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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第四章 空っ風の異邦人と、黄昏のコンクリート
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第四章7 『鋼鉄の雨と、紫金の絶対女王』

処刑人エグゼキューター』が襲来し、現実世界と箱庭世界の強制統合による「七十二時間後の星の完全消去デリート」宣告。

それに対しシオンは、逃げるのではなく「統合された世界すべてのシステムを自らが掌握し、支配者になる」という、究極の反逆を決断。

1. 異界を囲む緑の軍勢、大泉の包囲網

強烈な上州の空っ風が、アスファルトの粉塵を巻き上げて吹き荒れていた。


群馬県、大泉町。

広大なネギ畑と住宅街を押し潰すようにして出現した『暁の自由都市』の堅牢な石造りの城壁。その周囲を、昨日までののどかな風景とは打って変わり、物々しい『深緑色の軍勢』が完全包囲していた。


「……将軍。ついに、この世界の本格的な軍隊が動いたようです。我々の城壁を、完全に包囲しています」


城壁の上から、前衛隊長レオンハルトが双眼鏡(昨日ゼッカたちがMドンで調達してきたものだ)を覗き込みながら、苦々しい声で報告した。


「ああ。鉄の獣(装甲車)が数十台、そして空には、プロペラを回して飛ぶ奇妙な鉄の鳥(攻撃ヘリコプター)が数機、旋回しているな」

昼国近衛騎士団長ジーグは、現代の作業着姿から再び『純白の重甲冑』へと身を包み直し、大剣を地に突き立てて眼下の軍勢を見下ろしていた。


彼らを取り囲んでいるのは、現代日本の防衛を担う『陸上自衛隊』の部隊だった。

突如として出現した巨大な城塞と、そこから溢れ出す中世ヨーロッパの騎士のような武装集団。日本政府がこれを「未曾有のテロリスト、あるいは未知の侵略者」と判断し、治安出動を下すのは当然の帰結であった。


城壁の麓、バリケードの向こう側から、装甲車に取り付けられた大型スピーカーが、威圧的な日本語の音声を張り上げている。


『――城壁内の武装集団に警告する! 我々は陸上自衛隊である! 直ちに武器を捨てて城門を開き、投降せよ! 繰り返す、直ちに武器を捨てて……!』


結界魔術師長ルミスの『魔導翻訳機(耳飾り)』を通して、その警告はジーグたちの脳内に正確に変換されて届いていた。


「……投降、だと? 冗談ではない。我々には守るべき民がいる。得体の知れない異界の軍隊に、無条件で首を差し出すわけにはいかん」

ゴランたち重盾兵が、城壁の上で大盾を構え、いつでも物理的な防衛陣形を組めるように身構える。


「待て。こちらから手を出してはならん。……彼らもまた、自分たちの国(世界)を守るために必死なのだ。我々が光帝の洗脳下で、夜国を恐れていたのと同じようにな」

ジーグが、兵士たちを制止した。


「ルミス殿。防壁の結界出力はどうか」

「問題ありません。大気中のマナは枯渇していますが、アリアの治癒魔法と草津の源泉エネルギーを利用し、城壁全体に『物理・魔力完全遮断』の結界を張り巡らせています。……しかし、相手の武器の威力が未知数なのが気がかりです」


ルミスが、不安げに防壁の表面に展開された半透明の光の層を見つめる。


ジーグは、深く息を吸い込み、城壁の縁に立って、自衛隊の指揮官車両へ向けて大音声で呼びかけた。


「――異界の軍隊よ! 我々に戦う意志はない! 我々は『暁の自由都市』の民! そちらの代表者と、言葉による対話を要求する!」


ジーグの声は、魔力によって増幅され、空っ風を切り裂いて自衛隊の陣地まで届いた。

しかし、その堂々たる騎士の宣言は、現代社会の軍隊にとっては「意味不明な言語を発するテロリストの挑発」にしか聞こえなかった。


『……目標、投降の意志なし。挑発行動を継続中。……これより、威嚇射撃による制圧を開始する!』


スピーカーからの無情な通告。

同時に、上空を旋回していた攻撃ヘリコプターの機関砲が、城壁のすぐ手前の地面に向かって、凄まじい火線を放った。


ダダダダダダダダッ!!!


アスファルトが粉砕され、土煙が数十メートルも高く舞い上がる。

現代兵器の鼓膜を破るような轟音と、圧倒的な破壊のデモンストレーション。


「ひぃぃっ! なんだあの音は!」

「雷魔法!? いや、詠唱もなしに空から鉄の雨が降ってきたぞ!!」


城壁の上の兵士たちが、本能的な恐怖に顔を引き攣らせて身を伏せる。


『――繰り返す! 直ちに武器を捨てて投降せよ! 次は城壁に直接撃ち込む!』

自衛隊の指揮官が、拡声器で最後通牒を突きつける。


「……対話の意志はない、か。野蛮な世界だ」

ジーグが、悲しげに目を伏せ、そしてゆっくりと大剣を構え直した。

「全軍、結界の後ろに下がれ。……彼らの武器の威力を、私の剣で見極める!」


2. 化学反応の限界、絶対不可侵の魔法

「撃てッ!!」


自衛隊側の指揮官の命令が下った瞬間。

城壁の正面に展開していた歩兵部隊の自動小銃から、一斉に数百発の銃弾が放たれ、さらに後方の装甲車に搭載された重機関銃が火を噴いた。


ヒュンヒュンヒュンッ!!

音速を超える鉛の弾丸が、空気を切り裂いてジーグたちに向かって殺到する。


「来るぞ!! 結界班、出力を最大にしろ!!」

ルミスが叫び、防壁に展開された『白光の魔力盾』が眩く発光する。


ガガガガガガガガガガッ!!!!!


凄まじい衝撃音が城壁を叩きつけた。

しかし、自衛隊の隊員たちは、双眼鏡越しにその光景を見て、全員が我が目を疑い、絶句することになった。


「……ば、馬鹿な」

「弾が……空中で、止まっている!?」


城壁の数メートル手前。

何もない空中に、緑色に輝く六角形の波紋(魔力結界)が無数に浮かび上がり、そこに放たれた数千発の銃弾が、まるで分厚い水飴に撃ち込まれたかのように完全に静止し、パラパラと無力に地面へと落ちていくのだ。


「……これが、この世界の武器か」

結界の内側で、ジーグは落ちてきた熱い鉛の弾丸を一つ拾い上げ、フッと鼻で笑った。


「火薬という粉を爆発させ、その推進力で鉄の塊を飛ばしているだけ。……ただの『物理的な質量攻撃』ではないか」


ファンタジー世界において、『魔法』とは世界のルールそのものを書き換える力である。

ルミスの張った結界は「物理的な運動エネルギーを無効化する」という『概念』の壁だ。どれほど銃弾の速度が速かろうと、化学反応による物理的な衝撃である以上、魔力という高次元の概念を貫通することは、天地がひっくり返っても不可能なのだ。


「隊長! ライフルが全く通用しません! 敵は未知の電磁シールドのようなものを展開しています!」

自衛隊の通信がパニックに陥る。


「……構わん! 特車部隊(戦車)、主砲よーい! あの城壁ごと、シールドを粉砕しろ!!」


後方に控えていた10式戦車の巨大な砲塔が、キュルル……と重々しい音を立てて城壁に向けられ、ロックオンを完了する。


「将軍! 敵の巨大な鉄の獣の鼻先から、とてつもない熱源反応が!」

レオンハルトが警告する。

「来るか。……私が出る。光の騎士の意地を見せてやろう!」


ズドォォォォォォォォンッ!!!!!


戦車の主砲が火を噴き、鼓膜を破壊する轟音と共に、一二〇ミリ滑腔砲の徹甲弾が、音速の数倍という圧倒的な速度で城壁へと放たれた。

ビルを易々と貫通する、現代科学の粋を集めた破壊の塊。


だが、ジーグは一歩も退かなかった。


「我が神は死したれど、我が心には太陽の誇りあり!! ――『光破・天墜てんつい』!!」


ジーグが、純白の大剣に極限まで『光の魔力』を集中させ、迫り来る目にも止まらぬ砲弾に向かって、真っ向から大上段から振り下ろした。


ガァァァァァァァァァンッ!!!!


世界が揺れるような金属音。

そして、誰もが信じられない光景が広がった。


重さ数十キロの徹甲弾が。

ジーグの大剣に触れた瞬間、真っ二つに両断され、空中で「ボフッ」という情けない音を立てて爆発することなく、ただの鉄くずとなって左右に弾け飛んだのだ。


「…………ッ!!?」

自衛隊の陣地が、水を打ったように静まり返った。

戦車の砲弾を、人間が、剣で真っ二つに斬り裂いた。そんな漫画のような物理法則を無視した光景を前に、現代の兵士たちの戦意は完全にへし折られてしまった。


「……見たか、異界の兵士たちよ!!」

ジーグが、砲煙を払いながら、大剣を天に掲げて咆哮した。

「貴殿らの持つ『火薬の筒』は、確かに恐ろしい轟音を鳴らす! だが、我々の魂に宿る『魔力(光)』を打ち砕くことは絶対にできない!……これ以上の無意味な攻撃は、互いの血を流すだけだ! 剣を収めよ!!」


ジーグの圧倒的な武威と、魔法の絶対的優位性。

現代兵器は、ファンタジーの魔法の前では、ただの「大きな石ころ」に過ぎないことが完全に証明された瞬間だった。


だが、自衛隊の指揮官は、恐怖と混乱の中で、最悪の決断を下そうとしていた。

「……馬鹿な、こんなことがあってたまるか! 全車両、攻撃ヘリも全て一斉射撃だ!! あの城壁を、跡形もなく消し飛ばせ!!」


恐怖に駆られた無数の銃口と砲塔が、再び城壁に向けられた、その時だった。


3. 圧倒的女王の帰還、紫金の支配

ゴロゴロゴロ……ッ!!!


突如として。

晴れ渡っていた群馬の空に、赤黒い雷雲が渦を巻き始め、周囲の大気がビリビリと静電気を帯びて震え出した。


「な、なんだ!? 天候が急変したぞ!?」

「空が……紫色の雷に覆われていく……!!」


自衛隊の兵士たちが、上空を見上げて悲鳴を上げる。

上空で旋回していた攻撃ヘリコプターの計器類が、異常な電磁波(魔力)の干渉を受けて狂い始め、警告音を鳴らして次々と不時着を余儀なくされていく。


「……この魔力、まさか!!」

城壁の上で、ジーグやルミスたちが、安堵と歓喜に顔を輝かせた。


ドォォォォォォォンッ!!!


城壁の最上部、最も高い楼閣の屋根に、一筋の巨大な『紫金の雷』が天から一直線に突き刺さった。

そして、雷光が晴れた後。


そこには、黒のレザージャケットを風に翻し、漆黒の魔剣『雷月』を肩に担いだ、黒髪の少女が立っていた。

彼女の背後には、巨大な漆黒の影を揺らめかせるパーカー姿の青年ハクが、まるで魔王の腹心のように控えている。


「シオン様!! ハク殿!!」

「帰ってきてくださった!!」


昼国と夜国の兵士たちが、城壁の上で一斉に膝をつき、割れんばかりの歓声を上げた。


シオンは、眼下に広がる深緑色の軍勢(自衛隊)と、彼らが向けている銃口を、紫の瞳で冷ややかに見下ろした。


「……私がほんの少し留守にしただけで、随分と騒々しい来客ね」

シオンの声は、メガホンも使っていないのに、その場にいる全員の脳内に直接、恐ろしいほどの威圧感を持って響き渡った。


「ジーグ将軍。彼らは、交渉の余地がある軍隊かしら?」

シオンが尋ねる。

「……いえ。言葉は通じますが、こちらの圧倒的な力を見てもなお、恐怖から攻撃を止めようとしません」

ジーグが首を振る。


「そう。なら、分からせてあげるしかないわね」


シオンは、肩に担いでいた魔剣を、静かに天へと掲げた。


「この世界の人間たち。……あなたたちのそのオモチャ(現代兵器)、すごくうるさくて、目障りよ」


シオンの魔剣から、無数の『極細の紫雷』が、まるで蜘蛛の巣のように全方位へ向けて放たれた。


「――『紫雷・強制停止システム・ダウン』」


バチバチバチバチッ!!!!


紫の雷は、自衛隊の兵士たちの肉体には一切触れなかった。

その代わり、彼らが持っている自動小銃の撃発機構、戦車の電子制御システム、通信機、そして装甲車のエンジン内部にのみ、正確に浸透し、その化学反応と電子回路を『魔力によって完全に切断・ショート』させたのだ。


「なっ……!? 引き金が引けない! 銃が完全に溶接されたように固まってるぞ!!」

「戦車の電源が落ちました! エンジンがかかりません!!」

「通信機も全滅です!!」


数千人の軍隊が持つすべての近代兵器が、たった一人の少女の魔法によって、文字通り「一瞬で」ただの鉄くずへと変えられてしまった。


「な、なんだお前は……! 悪魔か!!」

自衛隊の指揮官が、動かなくなった拳銃を投げ捨て、恐怖に顔を引き攣らせて叫んだ。


シオンは、楼閣の屋根からフワリと飛び降り、自衛隊の陣地のド真ん中――指揮官の目の前に、音もなく着地した。


「悪魔じゃないわ。……今日から、この世界の『支配者』になる女よ」


シオンの紫の瞳が、底知れない覇王の輝きを放つ。


「よく聞きなさい。この世界はあと七十二時間で、空間の矛盾によって完全に崩壊するわ。……あなたたちのお偉いさんが、私たちを異星人だと思おうがテロリストだと思おうが、勝手にしてちょうだい。でも、私たちの邪魔をするなら、次は武器じゃなくて、あなたたちの『命の回路』を断ち切るわよ」


圧倒的な力。絶対的な絶望の差。

現代兵器が魔法に全く通じないという残酷な事実を前に、自衛隊の部隊は、完全に戦意を喪失し、その場に武装解除して座り込むしかなかった。


「……ハク。ジーグ将軍。この連中を城壁から遠ざけてちょうだい。……ゼッカ、大至急、作戦会議よ」

シオンは、完全に場を制圧し、振り返ることなく城門の中へと歩み去っていった。


圧倒的女王の帰還。

その背中は、かつて復讐に囚われていた死神ではなく、二つの世界を背負い、神のシステムに反逆する『特異点』としての、揺るぎない覚悟に満ちていた。


4. 七十二時間の猶予、王の宣言

城壁の内部、巨大な司令部テント。


「……シオン様、ハク殿。ご無事で何よりです! しかし、リオナ殿下とカイル殿は……」

テントに飛び込んできたアリアとニムが、シオンの顔を見て言葉を失った。


シオンの隣には、ハクしかいない。

草津で復活したはずの妹たちの姿が、どこにもなかったのだ。


シオンは、痛むように目を閉じ、静かに口を開いた。

「……リオナとカイルは、追跡者の手によって、完全に『データとして消去』されたわ」


「え……っ」

アリアの顔から血の気が引く。

テント内にいたジーグ、ゼッカ、レオンハルトたち全員が、雷に打たれたように硬直した。


「そんな……嘘ですよね? 草津の温泉で、あんなに元気に……肉体を取り戻したのに……!」

ニムが、信じられないというように首を振る。


「事実よ。……追跡者どもの上位個体『処刑人エグゼキューター』が現れたの。奴らは、魔法の通じない高次元サーバーから、空間ごとリオナたちをデリートした」


シオンの声は、震えていなかった。

悲しみの底を突き抜け、ただ純粋な『怒り』と『反逆の炎』だけが、彼女の心を支えていた。


「処刑人は言ったわ。この現実世界と、私たちの箱庭の『強制統合』が、臨界点に達しようとしていると。……あと七十二時間。それが過ぎれば、物理法則の矛盾が爆発し、この日本という国はおろか、星そのものが崩壊クラッシュする」


シオンの衝撃的な宣告に、テントの中は重苦しい沈黙に包まれた。

数千の軍隊を制圧した喜びなど、一瞬で吹き飛んでしまった。


「……星が、崩壊する。我々だけでなく、先ほどの鉄の獣に乗っていたこの世界の人間たちも、全て消滅するというのか」

ジーグが、拳を強く握りしめる。


「ええ。追跡者たちは、私たち特異点という『バグ』を消すためなら、この現実世界の人間たちの命なんて、データのリセット程度にしか考えていないのよ」

シオンが冷たく言い放つ。


「……なら、どうするんですか、シオン様。我々には、その高次元とやらに干渉する手段がない。七十二時間待って、黙って消滅するしかないと?」

ゼッカが、サングラスの奥の義眼を光らせて尋ねる。


シオンは、テントの中央にある大きなテーブルに、両手をついた。


「逃げないし、諦めないわ。……私は、奪うのよ」


シオンの紫の瞳が、テントにいる全員をゆっくりと見回した。


「追跡者どもが、二つの世界の矛盾でシステムをクラッシュさせるっていうなら。……私が、この世界のすべての『魔力』と『ネットワーク』を掌握して、二つの世界の法則を、完全に一つの『新しいルール』として上書き(オーバーライド)してやる」


「世界を、上書きする……!?」

ルミスが息を呑む。

「そんなこと、神の御業です! シオン様お一人の魔力で、星全体のシステムを書き換えるなんて、魂が焼き切れてしまいます!」


「だから、あんたたちの力が必要なのよ」

シオンは、傍らに立っていたハクの背中をポンと叩いた。


「ハク。……あんた、昨日『俺は女王様の隣に控える番犬になる』って言ったわね」

「ああ。言ったぜ。てめぇが世界を乗っ取るなら、俺がその土台になってやる」

ハクが、不敵な笑みを浮かべる。


「ジーグ将軍。ゼッカ。……お前たちは、どう?」

シオンの問いに。


ジーグは、静かに片膝をつき、胸に手を当てた。

「我が剣は、民を守るためにある。……貴女がこの星の全ての人命を救う『王』となるならば、我が命、貴女の玉座のいしずえといたしましょう」


ゼッカもまた、フッと笑って深く一礼した。

「泥ネズミは、泥舟が沈むのを黙って見ている趣味はありません。……シオン女王陛下。我々の裏のネットワークを、存分にお使いください」


アリアも、ニムも、レオンハルトも。

テントにいる全員が、シオンに向かって深く頭を下げた。


妹を失った死神は、絶望に沈むのではなく、すべてを背負う『女王』として覚醒した。

彼らの心は、完全に一つになっていた。


「……ありがとう。みんな」

シオンは、静かに頷き、作戦の全貌を語り始めた。


5. 泥ネズミの暗躍、大地の経絡ネットワーク

「……で、シオン様。具体的にどうやって世界をハッキングするおつもりで?」

ゼッカが、用意していた群馬県周辺の地図をテーブルの上に広げる。


「簡単なことよ。この現実世界(現代日本)には、魔力は存在しないけれど、代わりに『電気』と『通信網ネットワーク』が、まるで人間の血管のように星全体に張り巡らされているわ」

シオンが、地図の上に引かれた国道や鉄塔のマークを指差す。


「カイルが教えてくれたわ。この世界の電子ネットワークは、魔力と極めて親和性が高い。……なら、日本のあちこちにある巨大な『通信鉄塔』や『発電所』を、風水で言うところの『大地の経絡レイライン』に見立てて、そこに私の紫雷を流し込めばいい」


「なるほど! 通信網を魔力回路として代用し、日本全土をカバーする超巨大な魔法陣ハッキング・プログラムを構築するんですね!」

ルミスが、天才的なその発想に目を輝かせる。


「ええ。問題は、私一人の力じゃ、全国の鉄塔に同時に雷を撃ち込めないこと。……それに、追跡者たちも必ず邪魔をしてくるわ」


「そこは、我々泥ネズミの出番というわけですね」

ゼッカが、ニヤリと笑った。


「実は昨日、我々の部下カエレンたちが、この『オオイズミ』の裏社会の人間と接触しましてね。……彼らは『ヤクザ』と呼ばれる、この世界の暗殺者ギルドのような連中ですが、彼らの持つ独自の『裏の流通網』と『情報網』を、我々の金貨と交換に借り受ける契約を結びました」


「ヤクザ……? よく分からないけど、頼もしいわね」

シオンが感心する。


「彼らの協力で、関東一円にある重要な『サーバーノード(通信拠点)』の位置は把握済みです。……我々が部隊を分散し、各拠点に『魔力を増幅させる杭(ルミスの結界具)』を打ち込んで回ります。シオン様は、ここ大泉町を起点として、すべての魔力を束ねてください」


「分かったわ。……タイムリミットは七十二時間。それまでに、日本中のノードを掌握するのよ!」


シオンの号令と共に、暁の星徒たちの、世界を救うための前代未聞の「大規模ハッキング作戦」が動き出した。


6. 決戦へのカウントダウン、それぞれの準備

その日の夜。

大泉町の拠点は、明日の作戦開始に向けて、慌ただしい準備に追われていた。


シオンは、自身のテントの中で、一人静かに魔剣『雷月』の手入れをしていた。

紫の刃に映る自分の顔。

そこに、かつて隣で笑っていた純白の妹の姿はない。


「……リオナ」

シオンが、ポツリと呟く。


『お姉ちゃんは、一人でも強いから』


消える瞬間にリオナが残した言葉が、胸を締め付ける。

「……バカね。強くなんかないわよ。あんたがいないと、夜は寒くて、暗くて……息が詰まりそうよ」


シオンの目から、一滴の涙がこぼれ、剣の刃に落ちた。


「……泣いてんのか、シオン」


テントの入り口から、ハクが静かに入ってきた。

手には、コンビニで買ってきた温かい肉まんを二つ持っている。


「……泣いてないわよ。目にゴミが入っただけ」

シオンが慌てて涙を拭う。


「嘘つけ。てめぇの嘘くらい、匂いで分かる」

ハクは、シオンの隣にドカッと座り、肉まんを一つ押し付けた。


「……食え。腹が減ってちゃ、明日からの戦いは乗り切れねぇぞ」

「いらないわよ」

「食えって言ってんだ。……リオナがいなくなって、一番辛いのはてめぇだ。でもな、俺たちはまだ生きてる。生きてる限り、腹は減るし、戦わなきゃならねぇ」


ハクの不器用で、しかし真っ直ぐな優しさに、シオンは逆らう気力を失い、肉まんを小さくかじった。

「……美味しい」


「だろ。……俺がついてる。てめぇが世界を背負って潰れそうになったら、俺の影でいくらでも支えてやる。……だから、一人で全部抱え込もうとすんじゃねぇぞ」

ハクが、紫の瞳でシオンを真っ直ぐに見つめる。


「……ありがとう、ハク」

シオンは、ハクの肩にコテンと頭を乗せた。


「七十二時間後。……私がこの世界のシステムを上書きできたら。……リオナとカイルのデータも、復元できるかしら」

シオンが、消え入りそうな声で尋ねる。


「当たり前だ。てめぇが大魔導士様の力で、都合のいいようにシステムを書き換えちまえばいいんだ。……あいつらを生き返らせて、また四人で宇都宮の餃子を食いに行くぞ」


「ふふっ。そうね。……絶対よ」


絶望の淵から、特異点は再び立ち上がる。

現代兵器を凌駕する圧倒的な魔法の力と、泥臭い人間たちの絆。

そして、世界を管理する冷酷なシステム(追跡者)。

残り、七十二時間。

ファンタジーと現実が交差する、本当の最終戦争ハッキング・ウォーの火蓋が、明日、切って落とされる。

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