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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第四章 空っ風の異邦人と、黄昏のコンクリート
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第四章5 『草津の癒やしと、鋼鉄の馬(バイク)の夜』

崩れゆく東京の地下からの決死の脱出劇と、魂だけになった妹たちを「復活」させるための方法を探るシオ。一方、群馬県大泉町に取り残されたアリアたちもまた、負傷した兵士たちの治療という現実的な問題に直面していました。そこで地元住民から教えられたのは、群馬が世界に誇る大地のエネルギーの源泉――『草津温泉』。

1. 崩落の塔、雨中の脱出劇

『……自爆シーケンス、最終フェーズ。施設全体の物理的圧壊を開始します』


東京の都心部にそびえ立つ超巨大通信鉄塔。その地下数十メートルに広がるサーバーフロアは、無機質な合成音声と共に、凄まじい爆発と轟音に包まれていた。

天井の分厚いコンクリートがひび割れ、無数のケーブルが引きちぎれて火花を散らす。


「シオン! 走れ!! 上の階層から崩れてきやがるぞ!!」


ハクが、シオンの背中を押すようにして、崩れゆく非常階段を全速力で駆け上がっていた。

彼の背中からは巨大な『漆黒の影』がドーム状に展開され、頭上から降り注ぐ瓦礫の雨を間一髪で弾き飛ばしている。しかし、魔力が枯渇したこの現実世界において、高密度の影を維持し続けるのは、彼自身の生命力をゴリゴリと削る自殺行為に等しかった。


「ハク、影を出しすぎないで! あんたの体が持たないわ!」

シオンは、レザージャケットの胸元にリオナとカイルの『二つの光の球体(魂)』をしっかりと抱き抱えながら、血だらけの左肩を庇って階段を一段抜かしで駆け上がる。


「バカ言え! ここで潰されたら、てめぇが命懸けで取り戻したお姫さんたちの魂もパーになっちまうだろうが!!」

ハクが吼えた直後、彼らの頭上の階段が、巨大な鉄骨の直撃を受けて完全に崩落した。


「チッ、道が塞がれた!」

「退きなさいハク!!」


シオンが、胸元の魂を片手で抱え込み、空いた右手で魔剣『雷月』を鋭く振り抜いた。

「――『紫雷・破岩はがん』!!」


紫金の雷が、極限まで圧縮されたレーザーのように放たれ、頭上を塞ぐ数十トンの鉄骨とコンクリートを、文字通り『蒸発』させて大穴を開けた。


「オラァァァッ!!」

ハクが、その大穴の縁を影の腕で掴み、シオンの腰を抱き寄せて一気に地上階へと跳躍する。


ズガァァァァァァァァンッ!!!!


二人が塔の裏手にある搬入口の分厚い鉄扉を蹴り破って外へ転がり出た瞬間。

彼らの背後で、地下施設全体が完全に圧壊し、地響きと共に凄まじい土埃と熱風が吹き噴き出した。


「……ハァッ、ハァッ……っ!」

「げほっ、ごほっ……! ギリギリだったな……」


冷たい雨が降りしきる、深夜の東京のアスファルト。

シオンとハクは、泥とホコリにまみれて路地裏に倒れ込み、荒い息を吐き出した。


遠くから、異変を察知したこの世界の警察や消防のサイレンが、けたたましく鳴り響き始めている。


「……ハク、大丈夫?」

シオンが、息を整えながら身を起こす。

「あァ。なんとか五体満足だ。……てめぇこそ、大事な荷物は無事だろうな」


ハクの視線を受け、シオンはそっと、レザージャケットの胸元を開いた。

そこには、純白のリオナと、白銀のカイルの二つの小さな球体が、雨の冷たさを避けるように、シオンの体温に寄り添って静かに明滅していた。


「……ええ。無事よ。二人とも、ちゃんとここにある」

シオンの紫の瞳から、安堵の涙がこぼれ、雨水と一緒に頬を伝って落ちた。


妹の魂を、システムの檻から奪い返した。

だが、喜んでばかりはいられない。彼らには「肉体」がないのだ。


『……お姉、ちゃん……』

不意に、シオンの脳内に、微かなテレパシーが響いた。リオナの声だった。


「リオナ! 意識が戻ったのね!」

シオンが光の球体を両手で優しく包み込む。


『……うん。カイルが、私のデータを……守って、くれたから……。でも、お姉ちゃん。私とカイル、このままじゃ……魔力が尽きて、消えちゃう……』


リオナの言う通りだった。

現実世界には、魂を定着させるための大気中のマナが存在しない。カイルのように自動販売機から電気を吸い上げる応急処置も、魂だけの状態では不可能だ。


「どうすればいいの!? どうすれば、あんたたちの体を取り戻せる!?」

シオンが焦燥に駆られて叫ぶ。


『……シオン、様』

今度は、白銀の光からカイルの落ち着いた声が響いた。


『……肉体を再構築するには、リオナ様の「白銀の修復魔法」を、限界まで増幅させるための「触媒」が必要です。……この世界はマナが枯渇していますが、星そのものが持つ生命エネルギー……「大地の脈(地脈)」の熱を利用できれば、あるいは……』


「地脈の熱……? 火山や、地熱のことか」

ハクが顔をしかめる。

「こんなコンクリートだらけの東京のド真ん中で、そんな都合のいい大地のエネルギーが吹き出してる場所なんて、あるわけねぇぞ!」


シオンは、ハッとして、ポケットに入っていた『壊れたスマートフォン』の画面を見た。

先ほどまで追跡者のネットワークに接続していたその端末の地図アプリに、一つの可能性を求めたのだ。


(地熱……大地のエネルギーが、豊富に湧き出ている場所……!)


シオンの脳裏に、かつての記憶と、この数日間の群馬での光景がフラッシュバックする。

「……あるわ。東京じゃない。この世界で、大地が怒り狂うように熱を噴き出している、巨大な『源泉』の場所が」


シオンは、地図の画面を北西へ――彼女たちの仲間がいる、群馬県の山奥へとスワイプした。


2. 草津の湯畑、驚愕の光の騎士たち

同じ頃、群馬県・大泉町の『暁の自由都市』拠点。


「アリア師長! 第三テントの負傷兵が、急に熱を出して苦しんでいます! 昨日の天使の概念攻撃の余波バグが、傷口から進行しているようです!」

昼国の兵士が、血相を変えて医療テントへと駆け込んできた。


「そんな……! 私の治癒魔法でも、完全にバグを取り除くことはできないのに……!」

治癒術師のアリアは、自身の魔力が底をつきかけていることに絶望し、額の汗を拭った。


魔力がないこの世界では、アリアの治癒魔法は自分の生命力を削って発動するしかない。毒娘のニムが作る現代の薬品を使った治療薬も底をつきかけていた。


「困ったネ。みんな、顔色が真っ青じゃないか」


そこへ、大量のミネラルウォーターとスポーツドリンクを抱えたブラジル人住民のカルロスが、心配そうにテントを覗き込んできた。

「カルロスさん……。ごめんなさい、みんなの傷が、私たちの力じゃどうにもならなくて」

アリアが申し訳なそうに俯く。


「うーん……魔法ってやつはよく分からないけど、そんなに体の調子が悪いなら、『クサツ』に行ってみたらどうだい?」

カルロスが、あっけらかんと言った。


「クサツ……?」

たまたまテントに居合わせたジーグ将軍とレオンハルト(二人ともジャージと作業着姿である)が、首を傾げる。


「ああ。ここから少し山を登ったところにある、日本でも有数の『オンセン(温泉)』の街さ。昔から、クサツの湯は『恋の病以外はなんでも治す』って言われてるくらい、エネルギーに満ちたお湯が地面からドバドバ湧き出てるんだよ」

カルロスの言葉(ルミスの翻訳機経由)に、ジーグの目が大きく見開かれた。


「だ、大地から湧き出る癒やしの聖水だと……!? まさか、この魔力なき世界に、それほどの強力な『地脈の源泉(マナの泉)』が存在するというのか!」


「えっ? いや、ただの温泉だけど……硫黄の匂いはキツいし、お湯もすっごく熱いよ?」

カルロスが苦笑いする。


「行くぞ!! アリア殿、ニム殿、重傷者を荷馬車に乗せろ! レオンハルト、トビーを呼べ! 我々はこれより、その『クサツ』なる聖地へ向かい、大地の恩恵に預かる!!」

ジーグの号令により、光の騎士たちは藁にもすがる思いで、急遽「草津温泉」への遠征部隊を編成したのである。


数時間後。

トビーの操る荷馬車(カルロスが先導する軽トラの後を追って走ってきた)は、強烈な硫黄の匂いが立ち込める、群馬県北西部の山間部――草津温泉の『湯畑ゆばたけ』の前に到着していた。


「な、なんだここは……!」


荷馬車から降りたレオンハルトやゴランたちは、目の前に広がる光景に完全に圧倒されていた。

街の中心に、巨大なエメラルドグリーンの池のような空間が広がり、そこからもうもうと凄まじい白煙(湯けむり)が立ち上っている。

周囲には硫黄の強烈な香りが充満し、木製のといを通って、毎分数千リットルという桁違いの熱湯が滝のように流れ落ちているのだ。


「……凄まじい熱量と、大地のエネルギーだ。これが、全て地下から自然に湧き出ているというのか」

作業着姿のジーグが、湯畑の柵から身を乗り出し、ゴクリと生唾を飲み込む。


「将軍! このお湯、触ってみましたが、ものすごい熱です! しかし、不思議と肌がピリピリと活性化するような……まるで強力な治癒の魔法陣の中にいるようです!」

レオンハルトが、湯畑の端でお湯に指を浸して興奮気味に報告する。


「アリアお姉ちゃん! ここ、すごいよ!」

ニムが、持参した試験管に温泉のお湯を汲み取り、目を輝かせた。

「ただのお湯じゃない! 強い酸性で、殺菌作用が異常に高いわ! これなら、天使の攻撃でバグった傷口の腐敗エラーも、強力な酸で消毒できるかも!」


「本当ね……! この大気中に満ちている蒸気(熱エネルギー)を、私の魔法の触媒にすれば……枯渇していた魔力も補えるわ!」

アリアは、湯けむりの中に立ち、両手を胸の前で組んで祈るように目を閉じた。


「光よ……大地の熱を借りて、皆の痛みを癒やして!」


アリアの全身から、これまでにないほど眩い治癒の光が放たれ、草津の湯けむりと融合して、広場全体に温かい光の雨を降らせた。

光を浴びた荷馬車の中の負傷兵たちの顔色が、見る見るうちに赤みを取り戻し、苦痛のうめき声が安らかな寝息へと変わっていく。


「おおぉぉっ! アリア先生の魔法が、完全に威力を取り戻したぞ!」

「クサツの聖水、万歳!!」

ジャージ姿の騎士たちが、湯畑の周りで歓喜の涙を流して抱き合った。

(周囲の観光客たちは、謎のコスプレ集団が湯畑の前で泣いているのを見て、遠巻きに写真を撮っていたが、彼らは気にも留めなかった)


3. 鋼鉄のバイクと、コンクリートの夜風

その頃、アリアたちが草津の湯で劇的な回復を遂げているとは露知らず。

シオンとハクは、東京の雨上がりの路地裏で、一つの問題に直面していた。


「……で。どうやって群馬の山奥まで行くんだよ」

ハクが、腕を組んでシオンに尋ねる。

「歩いていくには遠すぎる。電車って鉄の箱は、俺たち一文無しじゃ乗れねぇんだろ?」


「ええ。追跡者のネットワーク網に引っかかるような公共交通機関は使えないわ。それに、リオナとカイルの魂が消える前に、一刻も早く大地のエネルギーがある場所(温泉地)へ急がないと」


シオンは、路地裏に停められていた一台の『大型オートバイ』に目を留めた。

持ち主が長らく放置しているのか、少し埃を被っているが、黒く無骨な車体は、まるで眠っている鋼鉄の獣のようだった。


「……あれを使うわ」

シオンが、レザージャケットのポケットに魂をしまったまま、バイクに近づく。


「おいおい、シオン。あれは馬じゃねぇぞ。二つしか車輪がねぇ鉄の塊だ。どうやって動かすんだよ」

ハクが怪訝な顔をする。


「前世の記憶を舐めないで。構造の基本は理解してるわ」

シオンは、バイクのキーシリンダーに指先を当てた。


チリッ……!

紫金の魔力を、極細の針のように変形させて鍵穴の奥へ流し込み、シリンダーの構造を物理的に「ハッキング」して無理やりイグニッションを回す。


キュルルルッ、ヴオォォォォォォォンッ!!!


静かな路地裏に、大型エンジンの重低音が咆哮のように響き渡った。


「うぉぉっ!? 生きてんのか、こいつ!!」

ハクが驚いて数歩飛び退く。


「うるさいわね、ただの機械よ。……ほら、ハク。後ろに乗りなさい」

シオンが、見事にバイクに跨り、サイドスタンドを払ってエンジンを吹かした。レザージャケットと黒いバイクの組み合わせは、恐ろしいほどに様になっていた。


「お、俺が後ろかよ!? てめぇの運転なんか信用できるか!」

「文句言わない! あんた、運転の仕方分からないでしょ!」

「くっ……! 振り落とすんじゃねぇぞ!」


ハクは、恐る恐るシオンの後ろに跨り、彼女の細い腰に腕を回した。


「しっかり捕まってなさい。……行くわよ!!」


シオンがアクセルを大きく捻り、クラッチを繋ぐ。

キュララァァァッ!! と後輪がアスファルトを蹴り上げ、黒いバイクは弾丸のような速度で深夜の東京の街へと飛び出していった。


「ぎゃあぁぁぁっ!! 速ぇぇ!! なんだこの加速は!! 内臓が置いてかれるゥゥッ!!」

ハクが、シオンの腰にしがみつきながら情けない悲鳴を上げる。

精霊獣として音速で空を飛ぶことには慣れているハクだったが、剥き出しの鉄の塊に跨って地面スレスレを爆走する「バイクの速度感」は、彼の野生の恐怖を全く別の角度から刺激していた。


「舌噛むわよ、ハク! 高速道路に乗るわ!」

シオンは、風を切り裂きながら、東京のネオン街を抜け、北へと向かう高速道路のゲート(もちろんETCもチケットも無視して、横の隙間を強行突破した)へと突入した。


深夜の関越自動車道。

雨上がりの湿ったアスファルトの上を、黒いバイクが一筋の流星となって駆け抜けていく。


「……おいシオン! てめぇ、どこに向かってんだ! 群馬のどの辺りにそんなエネルギーの塊があるってんだ!」

ハクが、風の音に負けないように大声で叫ぶ。


「……地図アプリによれば、群馬の北西部。活火山に囲まれた『草津』っていうエリアよ! そこなら、大地の熱とミネラルが豊富に噴き出してる。リオナの白銀の魔法を増幅させるには、最高の環境のはずよ!」

シオンが、ヘルメットを持たない黒髪を風に激しくなびかせながら答える。


彼女の胸元で、リオナとカイルの二つの魂が、バイクの振動とシオンの温もりに包まれながら、静かに、しかし力強く明滅していた。


(もう少しだからね、二人とも。……絶対に、元の体に戻してあげるから)


4. 真夜中の峠道、追跡者の刺客

バイクが群馬県に入り、山間部のカーブが連続する峠道へと差し掛かった頃。


「……シオン。後ろから、嫌な気配が近づいてきてるぜ」

シオンの腰にしがみついていたハクが、後ろを振り返って鋭く警告した。


シオンがバックミラーをチラリと見る。

漆黒の闇の中、彼らのバイクを追尾するように、三つの赤い光が異常な速度で迫ってきていた。


『……ターゲット捕捉。特異点アルファ、及び未定義エラーコード。

……東京の地下サーバーからの逃亡を確認。これより、物理的な機動兵器による強制排除を実行する』


赤い光の正体。

それは、追跡者たちが現実世界で運用している、漆黒の装甲に包まれた『無人攻撃用装甲車ドローン・ビークル』だった。


「チッ、しつこい連中だ! ここまで追っかけてきやがったか!」

ハクが舌打ちをする。


「ハク、振り切るわよ! しっかり捕まってて!」

シオンがギアを落とし、急カーブを車体を地面スレスレまで倒し込みながら猛スピードでクリアしていく。

火花がステップから散り、凄まじい遠心力が二人を襲う。


しかし、背後の無人装甲車は、タイヤの摩擦すら無視したかのような異常なコーナリングで、ピタリと背後に張り付いてきた。

ガトリングガンのような銃身が装甲車のルーフから展開され、緑色の消去レーザーが雨霰と放たれる。


「危ねぇ!!」

ハクが、咄嗟に左手から影の盾を展開し、レーザーを弾き返す。

「シオン! このままじゃジリ貧だ! あのデカブツ、俺が影でタイヤを吹っ飛ばしてやる!」


「ダメよ! 魔力のないこの世界で、あんたがこれ以上影を使いすぎたら、また自我を失うかもしれないわ!」

シオンが叫ぶ。

三日前の戦いで、ハクは追跡者にシステムを書き換えられ、暴走したトラウマがある。シオンは、二度と彼をあんな危険な目に遭わせたくなかった。


「……バカ野郎。てめぇの隣にいるのに、俺が怯えるわけねぇだろ」

ハクは、シオンの背中に額を押し当て、ニヤリと笑った。


「俺は、てめぇの『家族』だ。家族を守るのに、自分の命を出し惜しみする馬鹿がどこにいる」


ハクの言葉に、シオンの目が見開かれる。

「……ハク」


「運転に集中しろ、シオン! その代わり、俺が少しでもバグりそうになったら、てめぇの雷で何度でも俺の脳天をぶん殴って目を覚まさせてくれ!!」


ハクの絶対的な信頼。

シオンは、前を真っ直ぐに向き直り、フッと笑みをこぼした。


「……ええ。分かったわ。頼んだわよ、私の最高の騎士!!」


「オラァァァァァッ!!」

ハクが、バイクの後部座席から半身を乗り出し、残された全ての魔力を振り絞って、漆黒の影を背後の装甲車に向けて放った。


巨大な影の『狼の顎』が、アスファルトを抉りながら迫り来る装甲車のフロントガラス(センサー部)に食らいつく。


『……エラー。視界不良。障害物を検知。……衝突回避プロトコル――』


「回避なんてさせるかよ!! そのまま崖下に落ちやがれ!!」

ハクが影の腕で装甲車の前輪を強引に持ち上げ、バランスを崩させる。


ガシャァァァァァァンッ!!!!


三台の無人装甲車が、急カーブを曲がりきれずに互いに激突し、ガードレールを突き破って、暗黒の谷底へと真っ逆さまに転落していった。

谷底から、数秒遅れて凄まじい爆発音と火柱が上がる。


「……ふぅ。ざっとこんなモンだぜ」

ハクが、影を引っ込め、ドッと疲れたようにシオンの背中に寄りかかった。


「よくやったわ、ハク。……でも、寝ないでよ。もうすぐ着くから」

シオンが、バイクの速度を少しだけ緩め、夜風に吹かれながら言った。


「ああ。……匂いが、変わってきたな」

ハクが、鼻をヒクつかせる。


彼らの目の前、峠道を越えた先に。

強烈な硫黄の匂いと共に、もうもうと白煙を上げる巨大な温泉街の灯りが、暗闇の中にポツポツと浮かび上がり始めていた。


5. 湯畑の再会、魂の復活の儀式

草津温泉、湯畑。

深夜の静寂の中、滝のように流れ落ちる温泉の音だけが響く広場に、一台の黒いバイクが滑り込んできた。


「……シオン様! ハク殿!!」


広場の隅で野営の準備をしていたジーグやアリアたちが、バイクから降りてくる二人を見て歓声を上げた。


「みんな……無事だったのね。よかった」

シオンが、ヘルメット代わりに被っていたパーカーのフードを取り、安堵の笑みを浮かべる。


「シオン様こそ、ご無事で何よりです! ……しかし、そのお姿は? それに、リオナ殿下とカイル殿は……!?」

ジーグが、シオンのレザージャケット姿に驚きつつも、最も重要な二人の姿がないことに気づいて青ざめた。


シオンは無言で、ジャケットの胸元から、二つの光の球体を取り出した。

淡く明滅する、純白と白銀の魂。


「……嘘。そんな、リオナ殿下たちが、魂だけに……」

アリアが口元を押さえて絶句する。


「泣いてる暇はないわ、アリア。……この源泉(湯畑)のエネルギーと、私の魔力、そしてあんたの治癒魔法を全開にして、この二つの魂に肉体を再構築させるわよ」

シオンの紫の瞳が、決意に満ちて輝く。


「……できますか? 私の治癒魔法は、怪我を治すものであって、ゼロから肉体を作るなんて……」

アリアが不安そうに震える。


「やるしかないのよ。カイルが言ってたわ、リオナの白銀の魔法は『元の設計図通りに修復する』力だって。……リオナの魂自身に自分を修復させて、あんたの魔法でそれを外から補助するの。この大地の莫大な熱エネルギーを触媒にすれば、絶対にできる!!」


シオンは、二つの魂を両手に乗せ、湯畑の最も熱いお湯が流れ落ちる源泉の近く、巨大な岩の上にそっと置いた。


「アリア、ニム! 手伝って!」

「はいっ!」


アリアが両手をかざし、ニムが持参していた回復の薬品ポーションを温泉の蒸気に混ぜて気化させる。

シオンは、魔剣『雷月』を大地に突き立て、自身の紫金の魔力を、温泉の熱エネルギーと魂を結びつけるための『回路』として展開した。


「……リオナ、カイル。聞こえる? 私よ」

シオンが、光の球体に語りかける。

「もう怖くないわ。追跡者もここにはいない。……さあ、目を覚まして。あんたたちの帰る場所は、ここよ」


シオンの魔力と、アリアの治癒の光、そして草津の湯畑から立ち上る凄まじい地熱エネルギーが、一つの巨大な光の渦となって二つの魂を包み込んだ。


シュゥゥゥゥゥ……ッ!!!


光の渦の中で、二つの魂が激しく鼓動を始める。

純白の光が、徐々に人間の少女のシルエットを形作り。

白銀の光が、逞しい青年のシルエットを形作っていく。


「……戻れ。……戻れェェェッ!!」


シオンが、残された全ての魔力を振り絞り、魂の修復プロセスを強引に推し進める。

ハクも、ジーグも、その場にいる全員が、息を呑んで奇跡の瞬間を見守っていた。


そして。

眩い光が弾け、湯けむりが晴れた後。


「…………ん、ぅ……」


岩の上で。

真っ白な肌の少女が、ゆっくりと目を開けた。

そしてその隣には、生身の肉体を完全に取り戻した、金髪の聖騎士の青年が、少女を守るように倒れ伏していた。


「……お、姉……ちゃん……?」

リオナが、自分の手を見つめ、そして、目の前で涙を流しているシオンの顔を見て、ふわりと微笑んだ。


「リオナ……!! リオナァァァッ!!」


シオンは、魔剣を放り出し、震える腕でリオナの小さな体を力いっぱい抱きしめた。

「バカ、バカッ……! 勝手に消えたりして……! 心配させんじゃないわよ……っ!」

シオンは、大声で泣きじゃくりながら、妹の髪に顔を埋めた。


「……ごめんね、お姉ちゃん。でも、私、お姉ちゃんが絶対に助けてくれるって、信じてたから」

リオナも、シオンの背中に腕を回し、ポロポロと涙をこぼした。


「……シオン、様。……リオナ様」

隣で目を覚ましたカイルが、自分の両手――透けていない、両方とも温かい血の通った人間の手――を見つめ、信じられないというように目を見開いた。


「カイル殿! 貴方、半霊体ではなく、完全な人間の体に戻っているぞ!!」

レオンハルトが驚愕して叫ぶ。


「ええ……。次元の狭間でシステムがバグを起こした時、リオナ様の修復魔法と、この大地のエネルギーが、僕の魂の設計図を『人間だった頃』にまで巻き戻してくれたようです」

カイルが、喜びの涙を流しながら立ち上がる。


「……よかった。本当によかった……」

アリアとニムも、抱き合って泣いている。


ハクは、その美しい再会の光景を少し離れた場所から見守りながら、フッと優しく笑って、パーカーのフードを目深に被り直した。

「……チッ。泣かせるじゃねぇか。これだから人間のお姫様ってのは厄介だぜ」


草津の湯けむりの中。

絶望の淵から生還し、ついに四人の『暁の星徒』たちが、完全な姿で現実世界に揃い踏みした。

システムの消去を跳ね除け、奇跡を起こした彼らの絆は、もはやどんな神の理屈でも壊せないほどに強固なものとなっていた。


だが、夜はまだ明けない。

彼らがこの世界(現実)の理を完全に理解し、追跡者たちとの真の決着をつけるための、最後の戦いへの準備が、ここから始まる。

無事に再会を果たした彼らが、今後の身の振り方(追跡者への反撃)を話し合いながら、宇都宮へ。

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