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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第四章 空っ風の異邦人と、黄昏のコンクリート
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第四章4 『偽装の衣と、地下迷宮の機械獣』

群馬県大泉町の拠点に集まった昼国の騎士たちが、見慣れない現代の衣服ジャージやスーツに身を包み、その軽さと機能性に驚くコミカルな日常会話劇。そして東京の巨大通信鉄塔の地下深くへと潜入したシオンとハクが、追跡者の操る無機質な科学兵器(防衛ドローン)と激突する。

1. Mドンの戦利品、泥ネズミたちの衣替え

群馬県、大泉町。

広大なネギ畑の中に突如として出現した『暁の自由都市』の城壁の裏側で、夜国の暗殺者たちは、大量の「戦利品」を前にホクホク顔を浮かべていた。


「へへっ! ゼッカ先生、あの『Mドン』って名前の巨大な店、マジで天国ッスね! 深夜だっていうのに、服から食い物まで何でも揃ってる!」

影潜りのカエレンが、黄色と黒の派手な文字で『激安の殿堂』と書かれた大きなビニール袋をいくつも床に置きながら、興奮気味に報告した。


「ああ。しかも、シオン様が夜国から持ち出した金貨が、この世界の『質屋』とやらで信じられないほどの紙幣(日本円)に化けたからな。……我々泥ネズミの資金力なら、この周辺の物資を買い占めることも容易い」

元・副長のゼッカは、義眼を光らせながら、買ってきたばかりの服のタグを小太刀で器用に切り取っていた。


「ゼッカ先生! 見て見て! この服、すっごく可愛い!」

テントの奥から飛び出してきたのは、毒娘のニムだった。

彼女が着ているのは、これまでの薄汚れた暗殺者のローブではない。オーバーサイズのパステルカラーのパーカーに、黒いプリーツのミニスカート、そして足元には厚底のスニーカーという、現代の若者特有の『地雷系(?)ストリートファッション』だった。


「どうですか! このパーカー、袖が長くて小瓶(毒薬)を隠すのにぴったりだし、スカートも動きやすいんですよ!」

ニムがクルリと回ってみせる。

「……まあ、悪くない。お前のその派手な髪色とも馴染んでいる。少なくとも、この世界の街中を歩いても『少し変わった若者』程度にしか見られまい」

ゼッカが冷静に評価する。


「カエレンはどうしたの?」

「俺ッスか? 俺はこれですよ!」

カエレンが着替えて出てきたのは、黒のナイロン製マウンテンパーカーと、動きやすいジョガーパンツ、そして顔の半分を隠す黒いマスクだった。

「この服、信じられないくらい風を通さねぇし、軽いッス! 夜国の重い革鎧がバカみたいだ! これなら、この変な空っ風が吹いてても一晩中張り込みができますぜ!」


「フッ。……お前たち、すっかりこの世界に染まっているな」

ゼッカが立ち上がる。

彼が選んだのは、夜国の軍服に似た漆黒のトレンチコートに、仕立ての良い黒の細身のスーツ、そして義眼を隠すための色の濃い『サングラス』だった。

首元にはダークグレーのネクタイを緩く締め、完全に「裏社会の凄腕エージェント(あるいはヤクザの幹部)」という出で立ちである。


「うわぁ……ゼッカ先生、なんかこの世界の『マフィア』ってやつみたいで、すっごく強そうです!」

ニムが目を輝かせる。


「褒め言葉として受け取っておこう。……さて、問題は我々ではない」

ゼッカは、未だに純白の重い甲冑を着たまま、テントの隅で居心地悪そうにしている昼国の騎士たちの方を向いた。

「ジーグ将軍。あなた方光の騎士様も、いつまでもその目立つ鉄くずを着ているわけにはいかんでしょう。……さあ、サイズは見繕ってきました。着替えてください」


ゼッカが、大きな紙袋をジーグの足元に蹴り飛ばした。


2. 騎士のプライドと、現代の装甲ジャージ

「……我々光の騎士に、異界の平民の服を着ろと言うのか」

ジーグ将軍が、眉間に深いシワを寄せて紙袋を睨みつける。


「将軍。この世界の住人は、誰も甲冑など着ていません。先ほどの警察と名乗る者たちも、薄い布の服を着ていたでしょう? ……この世界には、我々の世界のような魔獣が日常的に闊歩していないのです。重い甲冑は、不要なだけでなく、周囲の警戒を引く最悪の愚策ですよ」

ゼッカの正論に、ジーグはぐっと言葉を詰まらせた。


「将軍。ゼッカ殿の言う通りです。郷に入っては郷に従え、と言いますし……」

前衛隊長のレオンハルトが、恐る恐る紙袋の中に手を入れた。

「おっ。こ、これは……なんという滑らかな手触りだ! 絹とも違う、伸縮性のある不思議な布地……!」


レオンハルトが引っ張り出したのは、スポーツブランドのロゴが入った、上下黒の『ジャージ(セットアップ)』だった。


数分後。


「おおぉぉぉっ!! な、なんだこれは!!」


テントの中で着替えを終えたレオンハルトとゴランたち重盾兵が、歓喜の声を上げて飛んだり跳ねたりしていた。

「軽い! まるで羽衣を着ているようだ! なのに風を通さず、いくら関節を曲げても全く布が突っ張らないぞ!」

「これなら、甲冑を着ていた時の三倍の速度で走れるッス! 現代の平民たちは、全員がこれほど高性能な『動きやすい魔法の装甲ジャージ』を身につけているというのか!?」


ジャージとスニーカーという、完全に「地元の体育会系のヤンキー」のような出で立ちになった騎士たちが、感動のあまりストレッチを始めている。


「……お前たち、はしゃぐな。騎士の威厳が台無しではないか」

ジーグが、頭を抱えて深いため息をついた。


「そう仰らずに、将軍も着替えてみてください! ゼッカ殿が将軍のために選んだ服、すごく強そうですよ!」

レオンハルトに急かされ、ジーグも渋々、用意された服に袖を通した。


彼が身に纏ったのは、屈強な筋肉質の体を包み込む、ダークネイビーの『作業着ワークウェアのブルゾンとカーゴパンツ』、そしてつま先に鉄板の入った安全靴だった。

首には白いタオルを巻き、まるで「現場を束ねる熟練の親方」といった風貌である。


「……ふむ。確かに、布地が丈夫で、ポケットも多く機能的だ。これなら有事の際にも動きを阻害しない」

ジーグが、自身の太い腕を曲げ伸ばししながら、真面目な顔で頷く。


「似合ってますよ、将軍。……これで我々も、この『オオイズミ』の街に溶け込めるはずです」

ゼッカがサングラスの奥で小さく笑う。


「しかし、ゼッカよ。先ほどカルロスと名乗る男から聞いたが、この世界の人間は『魔力』を持たないそうだな。それなのに、あのMドンという巨大な商館に並んでいた無数の物資といい、鉄の獣(自動車)といい……彼らはどうやってこの世界を維持しているのだ?」

ジーグが、現代の缶コーヒーを口に運びながら、純粋な疑問を口にした。


「……『科学』と『物流』、そして『金』の力でしょう」

ゼッカが、紙幣の束を指で弾く。

「彼らは魔法という個人の力に頼らず、大勢の人間が協力してシステムを作り上げることで、我々の世界以上の奇跡を起こしている。……魔力がないからこそ、知恵と技術を極限まで研ぎ澄ませた。恐ろしい世界ですよ、ここは」


「……ああ。だが、だからこそ守る価値がある」

ジーグが、作業着のポケットに缶コーヒーをしまい、力強く頷いた。

「シオン殿たちが、この世界のどこかに囚われているリオナ殿下を探し出してくれているはずだ。我々は、彼女たちが帰還するまで、この拠点を……我々の民を、この姿で守り抜くぞ!」


「おうッス!!」

ジャージ姿の騎士たちと、現代服の暗殺者たちが、固い握手を交わす。

群馬の空っ風の中、ファンタジーの住人たちは、見事に(?)現代日本への順応を果たしつつあった。


3. 東京の暗闇、巨大通信塔への潜入

その頃、群馬から遠く離れた、東京の都心部。


シオンとハクは、雨に濡れたアスファルトを踏みしめながら、目的の座標へと到着していた。


「……見上げると首が痛くなるな。なんだこの、空まで届きそうなバカデカい鉄の塔は」

ハクが、黒いパーカーのフードを目深に被りながら、見上げる。

そこは、周囲の高層ビル群を遥かに凌ぐ高さでそびえ立つ、東京のシンボルとも言える『超巨大通信鉄塔ネオ・スカイタワー』の足元だった。


赤と白の航空障害灯が、雨雲に反射して不気味に瞬いている。


「……カイルの送ってきた座標は、この塔の真下よ。この地下深くに、追跡者どもが私たちの世界を管理していた『メインサーバー』がある」

シオンが、レザージャケットのポケットからスマートフォンを取り出し、画面の赤いピンを確認する。


彼女の出で立ちは、Mドンで調達した黒のレザージャケットに、タイトな黒のスキニーパンツ、そして編み上げのブーツ。腰には、細身のギターケースで偽装した魔剣『雷月』を背負っている。

深夜の東京の街を歩いていても、少し奇抜なストリートミュージシャンにしか見えない、完璧なカモフラージュだった。


「どうやって入る? 入り口には警備員が立ってるし、あちこちに『監視の目(防犯カメラ)』が光ってやがるぜ」

ハクが、塔の入り口を警備している制服姿の人間たちを睨みつける。


「強行突破はダメよ。この世界の警察や軍隊が動いたら厄介だわ。……物理的な戦闘は地下の敵本拠地まで温存する。ここは、私の魔法でスマートに抜けるわよ」

シオンが、ギターケースの中から魔剣の柄だけを少し引き出した。


「ハク。あんたの影で、私ごと体を覆って。監視カメラの死角(暗闇)と同化するのよ」

「チッ、魔力が少ねぇからあんまり長くは持たねぇぞ。息止めとけよ」


ハクの足元から、黒い泥のような影が這い出し、二人の体をドーム状に包み込んだ。

影と同化した二人は、周囲の闇に完全に溶け込み、音もなく塔の搬入口(通用口)へと近づいていく。


「……扉は電子ロックね。パスワードが必要みたい」

シオンが、分厚い鉄の扉の横にあるテンキーのパネルを見つめる。


「俺が影で鍵穴ごとぶっ壊すか?」

「ダメ、警報が鳴るわ。……こういう時のために、私の『紫雷』があるんじゃない」


シオンは、魔剣の切っ先を、電子ロックのパネルの隙間にそっと差し込んだ。


(……魔力を持たない機械の回路。電気が通っている線を、ピンポイントで『切断』して『ショート』させる……!)


「――『紫雷・機電切断ショート・スラッシュ』」


シオンの剣から、極細の紫金の雷が、静電気のような音と共にパネル内部へ流し込まれた。

バチッ……!

警報装置へと繋がる回路だけを正確に焼き切り、同時にロックを制御する電磁石の電源を落とす、大魔導士としての精密な魔法制御。


カチャッ。

分厚い鉄の扉が、音もなく数センチだけ開いた。


「……よし。入るわよ」

「てめぇ、いつから泥棒の才能に目覚めたんだよ。手際が良すぎて引くぜ」

ハクが呆れながらも、シオンの後に続いて、真っ暗な地下施設への階段を降りていった。


4. 機械仕掛けの番犬、無機質な殺意

通信塔の地下は、地上とは全く別の、無機質で冷たい空気に包まれていた。

壁一面に太いケーブルが這い回り、巨大なサーバーラックの冷却ファンの音が、低い耳鳴りのように響き続けている。


「……魔力が一切ねぇ。嫌な場所だぜ。息が詰まりそうだ」

ハクが、パーカーのポケットに手を突っ込んだまま、周囲の暗闇を警戒する。


「油断しないで、ハク。追跡者たちが、自分たちの本拠地を無防備にしておくはずがないわ」

シオンが、背中のギターケースを捨て、魔剣『雷月』を完全に抜き放った。紫の刀身が、非常灯の赤い光を受けて妖しく輝く。


コツ、コツ、コツ……。


地下三階の広大なサーバーフロアに足を踏み入れた瞬間。

彼らの前方に、複数の『足音』が響いた。

それは、人間の靴の音でも、獣の肉球の音でもない。金属がコンクリートを叩く、硬質で冷たい音。


暗闇の奥から、青白い単眼のLEDライトを光らせた、四足歩行の『機械獣』が五体、姿を現したのだ。


「……犬、か? いや、生き物じゃねぇ。全身が鋼鉄でできてやがる」

ハクが目を細める。


それは、現実の軍事技術と、追跡者のシステム技術が融合して作られた『防衛用サイボーグ・ハウンド』だった。

滑らかな流線型の装甲に覆われ、背中には小型のレーザー銃がマウントされている。


『……警告。未登録の生体反応を検知。

……侵入者。特異点アルファ。及び、エラーコード「ハク」。

……防衛プロトコル・フェーズ2。即時排除を実行します』


機械獣たちの青い単眼が、一斉に攻撃色の『赤』へと変わった。


シュンッ!!

五体の機械獣の背中から、緑色の消去レーザーがシオンたちに向かって一斉に発射された。


「チッ! いきなり撃ってきやがった!」

ハクが咄嗟に影の壁を展開し、レーザーを防ぐ。

ジジジジッ! と影がレーザーと反発し合い、焦げたような匂いが広がる。


「ただの機械仕掛けの番犬ね! 魂のないガラクタなら、斬るのに遠慮はいらないわ!」

シオンが、レザージャケットを翻し、壁を蹴って機械獣の群れへと突進する。


「ガシャァァァッ!!」

一体の機械獣が、鋭い鋼鉄の牙を剥き出しにしてシオンの首元へ飛びかかってきた。


「遅いわよ!」

シオンは空中で身を捻り、機械獣の顎を蹴り上げると同時に、魔剣を一閃した。


「――『紫雷・神断かみだち』!!」


紫金の雷が、機械獣の鋼鉄の装甲を、まるで豆腐のようにあっさりと両断した。

ズシャァァァンッ!!

真っ二つに裂かれた機械獣が、火花を散らして床に激突し、機能停止する。


「……脆い。やっぱり、ただの物質プログラムね。狂った神様たちの防御結界に比べれば、紙みたいな装甲よ」

シオンが、着地と同時に剣を振るい、刀身についたオイルを払う。


「オラァッ!! てめぇら、俺の前に立つんじゃねぇ!!」

ハクもまた、影を巨大な『狼の腕』に変形させ、残りの機械獣たちを次々とコンクリートの壁に叩きつけて粉砕していく。


「……ペッ。鉄と油の味しかしねぇ。不味すぎて影の胃袋が腐りそうだぜ」

ハクが、機械獣の残骸を踏みつけながら唾を吐き捨てる。


「文句言わないの。……でも、これで分かったわね」

シオンが、破壊された機械獣の断面から火花が散っているのを見下ろして言った。

「この現実世界システムの兵器は、物理的な破壊力はあっても、『魂(魔力)』が込められていない。……だから、私たちの魔法で直接回路を断ち切れば、いとも簡単にスクラップにできる」


「へっ、楽勝だな。この調子で親玉の仮面野郎どもも、残らず鉄くずにしてやろうぜ」

ハクが凶悪な笑みを浮かべる。


だが。

『……第一防衛ライン突破を確認。……しかし、想定内。

特異点の魔力消費を促すための、単なる捨て駒に過ぎない』


フロアの奥に設置された巨大なモニター群が一斉に点灯し、緑色のノイズと共に、顔のない仮面を被った『追跡者』の姿が映し出された。


5. 電子の檻、囚われた白銀の光

「……出たわね、ストーカー野郎」

シオンが、モニターの追跡者を睨みつけ、魔剣の切っ先を向ける。


『……ようこそ、現実世界リアルの深淵へ、特異点アルファ。

お前たちがわざわざこの大深度サーバーまで足を運ぶことは、計算通りだ』

モニターの追跡者は、全く感情を感じさせない声で淡々と語る。


「リオナはどこ!? 妹の魂を返しなさい!!」

シオンの怒声が地下フロアに響き渡る。


『……見せてやろう。お前が執着する、不要なデータの末路を』


追跡者の背後のモニターが切り替わり、サーバーフロアのさらに奥――隔離されたガラス張りの巨大な円筒形のタンクの映像が映し出された。


「……ッ!!」

シオンとハクが息を呑む。


タンクの中には、水ではなく、無数の光のケーブルと緑色のデータ流が渦巻いていた。

そして、その中央に。

小さな、今にも消え入りそうな『純白の光の球(リオナの魂)』が、強固な電子の鎖に縛り付けられ、囚われていたのだ。


そして、その純白の光を守るように。

ボロボロになり、激しくノイズに侵食されながらも、必死に『白銀の神盾』を展開し続けている、もう一つの光の姿があった。


「……カイル!!」

シオンが叫ぶ。


現実世界で抜け殻になっていたカイルの半霊体は、この隔離サーバーの檻の中にダイブし、リオナの魂が完全にフォーマット(消去)されるのを、自らの魂を削って防ぎ続けていたのだ。


『……あの半霊体の防御力は、想定外だった。自己の魂をウイルス化し、隔離サーバーの削除プロトコルを遅延させている。……だが、それも時間の問題だ。あと数分で、あの騎士のデータもろとも、特異点ベータの魂は完全に消滅する』

追跡者が残酷な事実を突きつける。


「……ふざけんな。数分もありゃ、てめぇらの鉄くずサーバーなんか、俺が全部叩き壊してやるよ!!」

ハクが、影の腕を限界まで膨張させ、サーバーの壁を破壊しようと力を込める。


『……無駄だ。ここは物理的なサーバーではない。我々が構築した、超高密度の仮想空間サンドボックスだ。物理攻撃は届かない。……お前たちは、そこで仲間のデータが消えゆくのを、ただ見ていることしかできない』

追跡者が、嘲笑うかのようにモニターの中で首を傾げた。


「……物理が届かないなら」

シオンは、下唇を強く噛みしめ、血を流しながら、静かに魔剣『雷月』を両手で構え直した。

彼女のレザージャケットの背中から、強烈な紫金の魔力が、まるで黒い炎のように立ち上る。


「私の『意志』で、その仮想空間ごと、この塔の地下から地上まで……真っ二つに両断してやるわ!!」


「シオン! やめろ! この魔力のない世界で、そんな規模の魔法を撃てば、てめぇの魂の寿命が縮むぞ!!」

ハクが慌ててシオンを止めようとする。


だが、シオンの紫の瞳は、モニター越しのカイルと、リオナの小さな光だけを見つめていた。


(カイル。あんたは、本当にバカな騎士ね。……でも、最高の盾よ。あんたが繋いでくれたリオナの命、私が絶対に切り開いてみせる!!)


シオンが、魂の限界を超えた紫雷を剣に収束させようとした、まさにその時だった。


『……シオン、様』


シオンの脳内に、モニター越しではない、微かなテレパシーが響いた。

隔離タンクの中で、消えかけていたカイルの魂からの、直接のメッセージだった。


(カイル……!?)


『……剣を、振るっては、ダメです。……罠、です。

追跡者は……貴女の極大魔法のエネルギーを……逆に利用して、この現実世界と、群馬の……自由都市を繋ぐ『ポータル』を、再起動させるつもりです』


「なっ……!?」

シオンの魔力が、ピタリと止まる。


『……奴らの狙いは……一つになった自由都市の民を、現実のシステムで……一網打尽に削除すること。

……僕が、内側から……この隔離サーバーのロックを、解除します。……だから、シオン様は……』


通信が途切れ、モニターの中のカイルの白銀の光が、自爆するかのように、限界まで眩く膨れ上がった。


「カイル!! 何をする気だ!!」

ハクが絶叫する。


直後。

隔離タンクの電子の鎖が、カイルの捨て身の内部からのバグ攻撃によって、パチン! と音を立てて断ち切られた。


『……エラー。隔離サーバーのロックが解除。……対象データの流出を検知』

追跡者の音声が、初めて焦りを帯びる。


「……今よ、ハク!! 檻が開いた!!」


「オラァァァァァッ!!」

ハクが、限界を超えた速度で影を伸ばし、モニターの向こうの隔離サーバーの隙間へ、強引に影の腕を突っ込んだ。


そして、間一髪。

完全に消滅しそうになっていた『純白のリオナ』と、ノイズだらけになった『白銀のカイル』の二つの魂を、ハクの影の腕がしっかりと掴み取り、現実のサーバーフロアへと引きずり出したのだ。


ゴロンッ、と。

冷たいコンクリートの床に、二つの光の球体が転がり落ちる。

同時に、モニターの中の追跡者の姿が、激しいノイズと共に消え去った。


「……リオナ! カイル!」

シオンが慌てて二つの光に駆け寄り、その両方を、自分の胸に強く抱きしめた。

光には重さがない。だが、シオンの胸の奥には、確かに二人の温かい魂の鼓動が伝わってきた。


「……ハァッ、ハァッ……。やったぜ、シオン。……引っ張り出して、やったぞ」

ハクが、影の腕を使い果たし、ドサリとその場に崩れ落ちる。


「ハク……! ありがとう、本当にありがとう……!」

シオンは、涙を流しながら、ハクの背中を撫でた。


奪われた二つの魂は、彼らの決死の連携によって、システムの手から取り戻された。


しかし。

彼らが息をつく暇もなく。

地下のサーバーフロア全体に、耳を劈くような警報サイレンが鳴り響き始めた。


『……緊急事態エマージェンシー。特異点アルファ、エラーコードハクによる、システムへの深刻な侵害を確認。

……これより、当施設(通信塔地下)の物理的な自爆シーケンスを起動。侵入者を、施設ごと完全に物理消去します』


「……チッ。データの消去に失敗したから、今度はビルごと爆破して殺す気かよ。追跡者の野郎、どこまでも汚ぇ手を使やがる!」

ハクが、フラフラと立ち上がりながら舌打ちをする。


「逃げるわよ、ハク! リオナとカイルの魂を持って、地上へ!!」


シオンは、二つの光の球体をレザージャケットの胸元に大切にしまい込み、ハクの手を引いて、崩壊が始まった地下迷宮の階段を全速力で駆け上がり始めた。

魔法とシステム。ファンタジーと現実。

二つの世界の理が激しく衝突する東京の地下で、暁の星徒たちの脱出劇が始まった。

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