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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第四章 空っ風の異邦人と、黄昏のコンクリート
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第四章3 『郊外の巨大迷宮(Mドン)と神の食糧』

悲しみに暮れる暇もなくシオンとハクは敵の本拠地へ潜入するため、現代の服を求めて郊外の巨大迷宮(Mドン)へと突入。時を同じくして、群馬の泥ネズミたちも「深夜のコンビニ」という現代のオアシスで未知のカルチャーショックに直面します。

1. 国道沿いのオアシス、自動ドアの攻防

群馬県、大泉町。

すっかり日の落ちた国道354号線沿いには、異界から出現した『暁の自由都市』の巨大な防壁が、闇夜に黒々としたシルエットを落としていた。

自衛隊や警察のバリケードが遠巻きに築かれつつある中、その監視の目を容易くすり抜け、深夜のアスファルトを歩く三つの影があった。


夜国の元・副長ゼッカと、影潜りのカエレン、そして昼国の荷馬車乗りトビーである。


「……ゼッカ先生。本当に俺たちだけで偵察に出てよかったんですかい? ジーグ将軍は『勝手な行動は控えるように』って言ってましたぜ」

カエレンが、周囲の街灯の異常な明るさに目を細めながら周囲を警戒する。


「表の光の騎士様たちは、外交という名の茶番で忙しいだろうからな。我々泥ネズミは、泥ネズミのやり方でこの世界の『物資と情報』の流通経路ルートを探る。……あのカルロスとかいう陽気な男の言う通りなら、この世界は食料の宝庫だ」

ゼッカの義眼が、一定の間隔で立ち並ぶ電柱や、アスファルトの照り返しを冷徹に分析していく。


「にしても、すげぇ明るいッスね! 夜国なんて、夜は松明がないと自分の足元も見えなかったのに、この街は夜中なのに真昼間みたいだ!」

トビーが、道沿いに立ち並ぶ多国籍な看板(ポルトガル語やスペイン語のネオンサイン)を見上げて感嘆の声を上げる。


彼らがしばらく国道を歩いていると、ひときわ強烈な光を放つ、真四角の巨大なガラス張りの建物の前に出た。


「……ゼッカ先生! 見てくだせぇ! あの光の城を!」

カエレンが指差した先には、青と白と緑のストライプの看板が掲げられた『24時間営業のコンビニエンスストア』があった。


「ほう……。窓ガラスの向こうに、とてつもない数の物資が整然と並べられているな。武器の類はないが、食料や日用品の貯蔵庫だろうか。……潜入してみよう」

ゼッカが小太刀を隠し持ち、忍び足でコンビニの入り口へと近づく。


三人が、透明なガラスの扉の前に立った、その瞬間。


ウィィィン……ッ!


「なっ!? なんだぁッ!?」

トビーが悲鳴を上げて尻餅をつく。

カエレンも咄嗟に後ろへ飛び退き、ゼッカは低く身を沈めて扉を睨みつけた。


「……見事な結界術トラップだ。我々が触れる前に、扉が自ら左右に『消失』したぞ。……魔力の気配は一切なかったというのに、どんな仕掛けだ」

ゼッカが冷や汗を流す。

「先生! 中からすげぇ冷たい風(冷房)が吹いてきます! それに、あの『ピロリロピロリン♪』って妙に気の抜けた幻惑の音楽……! 絶対にヤバい呪術師が奥に潜んでますぜ!」


彼らは「自動ドア」と「入店チャイム」に、暗殺者としての最高レベルの警戒心を抱いていた。

「……落ち着け。私が先に入る。お前たちは背後を警戒しろ」


ゼッカが、まるでドラゴンの巣にでも踏み込むような極度の緊張感を持って、ゆっくりとコンビニの店内へと足を踏み入れた。


2. 錬金術の極致、三分間の奇跡(カップ麺)

店内に入った三人は、その圧倒的な光景に完全に言葉を失った。


「な、なんだこりゃあ……。ゼッカ先生、ここ、天国ですか?」

トビーが、陳列棚に隙間なく並べられた色とりどりのパッケージを前に、腰を抜かしかけている。


「……信じられん。おにぎり、パン、謎の弁当……これほど新鮮な食料が、何の護衛もつけられずに野ざらし(陳列)にされているだと?」

ゼッカもまた、義眼を限界まで見開いて弁当コーナーを凝視していた。

夜国では、一切れの干し肉を巡って殺し合いが起きるのが日常だった。それが、この光の箱の中には、軍隊を数ヶ月養えるほどの食料が無防備に置かれているのだ。


「先生! こっちには変な液体が詰まったボトル(ペットボトル)が山ほどありますぜ! 緑色に、茶色に……ニムちゃんの毒薬みたいだ!」

カエレンが、飲料コーナーの冷蔵庫を覗き込む。


その時、ゼッカの目が、ある一つの棚に釘付けになった。


「……カエレン、トビー。これを見ろ」

ゼッカが震える手で手に取ったのは、赤いパッケージの『カップラーメン』だった。


「なんスか、それ? 乾いた麺と、粉? 食い物には見えませんが」

トビーが首を傾げる。


ルミスの『翻訳の耳飾り』を通し、ゼッカはパッケージに書かれた文字(調理方法)を読み解いていた。


「……ここに書かれている古代文字(日本語)によれば。この器に『熱湯』を注ぎ、蓋をして『三分』待つだけで……極上の麺料理が完成するらしい」


「はぁっ!? 冗談でしょ先生! 料理ってのは、火を起こして、鍋を煮込んで、何時間もかけるもんだ! 湯を入れるだけで三分で完成するなんて、そんな魔法の錬金術があるわけ……」

カエレンが笑い飛ばそうとしたが、ゼッカの顔は真剣そのものだった。


「……試してみよう。そこの奥に、熱湯の出る魔導具(電気ポット)がある」

ゼッカは、カップ麺の蓋を開け、ポットからお湯を注いだ。


じっと、三分間。

三人の男たちは、カップ麺を囲んで、まるで爆弾の導火線でも見つめるように無言で立ち尽くした。


「……よし、三分だ」

ゼッカが、厳かに蓋を開ける。


フワァァァァ……ッ。


「お、おおぉぉぉっ!!?」

「なんだこの、食欲を直接殴りつけてくるような暴力的な香りは!!」


醤油と鶏ガラの濃厚な香りが立ち上り、先ほどまでパサパサだった麺が、黄金色のスープの中で艶やかに輝いている。


ゼッカは、備え付けの割り箸を取り、麺を一口すする。

ズルズルッ。


「……ッ!!」

ゼッカの無表情な顔が、ピクッと痙攣した。


「せ、先生!? 大丈夫ですか! やっぱり罠の毒が……!」

カエレンが慌てる。


「……美味い」

ゼッカの両目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

「麺のコシ、スープの深いコク、そしてこの謎の丸い肉(謎の肉)の絶妙な食感……! これが、これほどの奇跡の料理が、たった三分で、しかもこれほど大量に量産されているというのか……! 我々が夜国で食べていたドブネズミの丸焼きは、一体なんだったんだ……!!」


「マジッスか! 俺も食う!!」

「俺も俺も!!」


深夜の群馬のコンビニのイートインスペースで、ファンタジー世界の屈強な男たちが、一つのカップラーメンを回し食いしながら、感動のあまり号泣するという、あまりにもシュールな光景が展開されていた。


「……決めたぞ、お前たち」

スープを最後の一滴まで飲み干したゼッカが、ティッシュで口を拭いながら、力強く宣言した。


「我々泥ネズミは、この世界(現実)の流通経路を完全に掌握する。手始めに、この『コンビニエンスストア』という名の奇跡の貯蔵庫を、裏から牛耳るのだ。……このカップ麺があれば、夜国の兵士たちの士気は百倍に跳ね上がるぞ!」

「一生ついていきます、ゼッカ先生!!」


彼らは、レジのアルバイト店員に、シオンからもらった(地下バザールで換金用に持ち出した)ファンタジー世界の『純金の金貨』を叩きつけ、大量のカップ麺とポテトチップスを抱えて、意気揚々と闇夜へと消えていった。


3. 摩天楼の反逆者、巨大迷宮への潜入

その頃、群馬の長閑のどかなコンビニから遠く離れた、東京郊外のアスファルトの上。


冷たい雨が上がり、深夜の静寂に包まれた街の片隅にある、廃墟ビルの一室。

そこに、抜け殻となったカイルの肉体(生身の左半身)を慎重に隠し終えた、シオンとハクの姿があった。


「……よし。これで、半分幽霊の体は簡単には見つからねぇはずだ」

ハクが、ホコリまみれのシートをカイルの体の上に被せ、周囲に影の結界を薄く張った。

「ええ。カイルが電子の海でリオナを探してくれている間に、私たちはこの世界(現実)のルールに適応して、敵のサーバーへ物理的に侵入する準備を整えるわよ」


シオンは、ボロボロになったミッドナイトブルーのドレスの裾を強く引きちぎり、動きやすいように結び直した。

「……まずは、服ね。さっきからすれ違う金属の箱(車)に乗ってる人間たちが、私たちの格好を見てギョッとしてるのが分かるわ」

「当然だろ。てめぇは中世の女王様みたいだし、俺は上半身裸に呪いの刺青だ。こんなナリで大都会をうろついてたら、敵より先にこの世界の治安維持部隊(警察)ってのに包囲されるぜ」


ハクが首を鳴らす。

「なら、とっととこの世界の『装甲(服)』を調達しに行こうぜ。さっき、遠くの方にバカでかい城みたいな店が見えた」


二人が向かったのは、深夜の国道沿いにそびえ立つ、黄色と黒のド派手な外観を持つ超巨大なディスカウントストア――『Mドン』であった。


「……なんなの、この店。魔王の城よりもけばけばしいわね」

シオンが、入り口で煌々と光る『ドンドンドンMドン♪』というエンドレスで流れるテーマソングに、露骨に顔をしかめた。


「チッ、脳みそが溶けそうな音楽だぜ。……おいシオン、気をつけろ。入り口のガラスの扉が、勝手に開きやがった!」

ハクが、自動ドアの動きに過剰反応し、影の腕を展開しようとする。

「やめなさいハク! ただの機械仕掛けよ! あんたがいちいち影を出してたら、余計に目立つでしょ!」

シオンがハクの頭をペチンと叩いて制止する。


二人が自動ドアを抜け、店内に入った瞬間。


「「…………っ!!」」


眼前に広がる、床から天井まで隙間なく積み上げられた、狂気的なまでの物資の山。

洗剤、お菓子、家電、衣類、ブランド品、パーティーグッズ。

無数のポップ広告が視界を埋め尽くし、強烈な蛍光灯の光が、二人の目をチカチカと刺激した。


「……ハク。これ、全部売り物なの?」

シオンが、呆然と立ち尽くす。

「……信じられねぇ。俺たちの世界なら、城の宝物庫を全部ひっくり返しても、これほどの品数は揃わねぇぞ。……この世界の人間は、一体どれだけ欲深いんだ」


ハクが、積み上げられたトイレットペーパーの山を、罠ではないかと警戒しながらツンツンと指でつつく。


「……感心してる場合じゃないわ。早く服の売り場を探すわよ。……ええと、あっちね」

シオンは、天井からぶら下がっている案内板(ルミスの翻訳機のおかげで読める)を頼りに、衣料品コーナーへとズンズン進んでいった。


4. 試着室の攻防、ストリートの死神と狼

衣料品コーナーにたどり着いた二人は、またしても膨大な種類の服の前に立ち尽くした。


「……布の防御力は皆無ね。魔力も一切付与されていない。ただの『飾り』の布切れよ」

シオンが、ハンガーにかかったTシャツやデニムを引っ張り出しながら、不満そうに呟く。

「当たり前だろ。ここは魔法のねぇ世界なんだから。……おいシオン、俺はこれがいい。この黒い布のパーカーなら、刺青も隠せるし、動きやすそうだ」


ハクが手に取ったのは、無地の黒いオーバーサイズのプルオーバーパーカーと、ダメージ加工の入った黒いカーゴパンツだった。

「……まあ、あんたには似合いそうね。ただのガラの悪い不良青年よ」

シオンが鼻で笑う。

「てめぇはどうすんだよ。またフリフリのドレスでも着る気か?」


「冗談。ここからは隠密と戦闘がメインよ。……これにするわ」

シオンが選んだのは、黒のタイトなレザージャケットと、深い紫色のインナー、そして動きやすい漆黒のスキニーパンツと編み上げのブーツだった。


「……へえ。案外、現代の服ってのも悪くねぇな。てめぇの細い脚が強調されてて、蹴りがいかにも痛そうだぜ」

ハクがニヤニヤと笑うと、シオンは無言でハクのすねを革靴のヒールで思い切り蹴り飛ばした。

「いってェッ!? 何しやがる!!」

「試着してくるから、そこで大人しく待ってなさい」


シオンは、服を抱えて試着室の中へと消えていった。


数分後。

「……どう? おかしくないかしら」

カーテンが開き、着替えを終えたシオンが出てきた。


ハクは、その姿を見た瞬間、言葉を失った。

ファンタジー世界の女王のような高貴なドレス姿も美しかったが、現代のストリートファッションに身を包んだシオンは、恐ろしいほどに「都会の風景」に馴染んでいたのだ。

黒を基調としたソリッドな装いが、彼女の紫の瞳と黒髪の冷たい美しさを際立たせ、まるで裏社会を束ねる凄腕のエージェントのような、危険な色気を放っている。


「……おいハク。聞いてるの?」

シオンが、無反応なハクの顔の前で手を振る。

「あ、ああ。……悪くねぇよ。ていうか、ちょっと馴染みすぎててムカつくくらいだ」

ハクは、照れ隠しに顔を背けながら、自分もパーカーをすっぽりと被り、フードを目深に被った。

刺青は完全に隠れ、見た目は完全に「深夜のドンキにいる少し強面の若者」そのものだった。


「よし、これでカモフラージュは完璧ね。……あとは、お会計だけど」

シオンが、レジの方をちらりと見る。

「お金(この世界の通貨)なんて持ってないわよ。ゼッカみたいに金貨で払うわけにもいかないし」

「なら、俺の影で店員を眠らせて、その隙に……」

ハクが物騒な提案をする。


「バカ言わないで。無駄な騒ぎを起こせば、追跡者の監視網カメラに引っかかるわ」

シオンは、ふと、先ほどまで着ていたミッドナイトブルーのドレスのポケットから、小さな『魔石』をいくつか取り出した。

「……これで、ちょっとした『幻惑の魔法』をかけるわ。魔力が枯渇してるこの世界でも、魔石の力を使えば、数分間くらいなら店員の認識を『支払いが済んだ』と誤認させられるはずよ」


シオンは、レジの店員の前を通り過ぎる瞬間、指先で小さく魔石を砕き、紫の光の粉を店員の目に散らした。

「ありがとうございましたー」という店員の機械的な声を背に、二人は堂々とメガドンキの自動ドアを抜けて外に出た。


「……ふぅ。慣れないことはするもんじゃないわね」

シオンが、新しいレザージャケットの襟を立てながら息を吐く。

「てめぇ、立派な犯罪者だぜ。光の騎士どもが見たら卒倒するだろうな」

ハクがクスクスと笑う。

「うるさいわね。リオナを取り戻すためなら、泥棒でも悪魔でもやってやるわよ」


5. 深夜のファストフード、炭酸の衝撃

買い物を終え、深夜の街を歩いていると、ハクの腹の虫が「グゥゥゥッ」と盛大に鳴り響いた。


「……おいシオン。腹減った。さっきのドンキで何か食い物も盗んでくればよかったぜ」

ハクが腹を押さえてへたり込む。

「だから泥棒じゃないって言ってるでしょ。……でも、そうね。カイルからの通信(座標の解析)を待つ間、どこかで情報を整理しなきゃいけないし」


シオンが周囲を見渡すと、国道沿いに、赤と黄色の派手な看板を掲げた『24時間営業のハンバーガーチェーン店』が煌々と光っていた。

「あそこに入るわよ。さっきの魔石の幻惑魔法がまだ少し残ってるから、少しの食べ物くらいなら誤魔化せるわ」


店内には、深夜にもかかわらず数組の若者やトラック運転手がポツポツと座っていた。

シオンとハクは、一番奥の目立たないボックス席に座った。

シオンが魔石を使って店員を誤魔化し、テーブルの上には、山盛りのフライドポテトと、ハンバーガー、そして黒い液体コーラが入った紙コップが二つ置かれた。


「……なんだこれ。パンの間に、肉と得体の知れない野菜が挟まってるぞ。……食えるのか?」

ハクが、ハンバーガーを警戒しながら持ち上げる。


「文句言わずに食べなさい。この世界の一般的な携行食よ」

シオンが、レザージャケットの袖をまくり、ハンバーガーを一口かじる。

「……ん。美味しいわね。ジャンクな味だけど、塩気が強くて体に染み渡るわ」


シオンが普通に食べているのを見て、ハクも大きな口を開けてハンバーガーにかぶりついた。

「……ッ!!」

ハクの紫の瞳が、一気に限界まで見開かれた。

「……うまっ!! なんだこの肉の味の濃さは! さっきのゼッカの激辛キノコソースも良かったが、この白いドロドロ(マヨネーズ)とケチャップの暴力的な味が、俺の獣の胃袋を直接鷲掴みにしやがる!!」

ハクは、あっという間にハンバーガーを三つ平らげ、ポテトを鷲掴みにして口に放り込んだ。


「……あんた、本当に適応力高いわね」

シオンが呆れながら、紙コップのストローを吸う。


その直後、ハクも自分の紙コップ(コーラ)に口をつけ、思い切り飲み込んだ。


「ブフゥゥゥゥッ!!!」


ハクが、口に含んだコーラを盛大にテーブルに吹き出した。


「な、何すんのよバカ!! 汚いじゃない!!」

シオンが慌てて紙ナプキンでテーブルを拭く。

「シ、シオン!! 毒だ! 口の中で、黒い液体がパチパチと爆発してやがる!! 俺の舌が溶けるゥゥッ!!」

ハクが、喉を押さえて涙目でむせている。


「ただの『炭酸飲料』よ。バカね、シュワシュワするだけで溶けたりしないわよ」

シオンは呆れ果てて、自分のコーラを涼しい顔で飲んでみせた。

「……マジかよ。この世界の人間は、口の中で爆発する飲み物を喜んで飲んでるのか。恐ろしい連中だぜ……」

ハクは、コーラの紙コップを遠くに押しやり、二度と触ろうとはしなかった。


「……ハク」

シオンが、ポテトを一本つまみながら、少しだけ声を落とした。

「なんだよ」


「……この世界、便利で、明るくて、ご飯も美味しいけど」

シオンは、窓ガラスの向こう、雨上がりのネオンが水たまりに反射している都会の景色を、静かに見つめた。

「……すごく、寂しい世界ね。大勢の人がすれ違ってるのに、誰も他人のことなんて見ていない。……星の光も、月の光も、全部ネオンの嘘っぱちの光にかき消されてる」


シオンの脳裏に、数日前に星降る丘でリオナと一緒に見た、あの澄み切った満天の星空がよぎる。


「……早く、リオナとカイルを見つけ出して、あのバカな追跡者どもをぶっ飛ばして……私たちの世界に、帰らなきゃね」

シオンの紫の瞳が、決意の光を帯びて静かに燃え上がる。


「ああ。当然だ。俺たちの帰る場所は、あの土臭くて、泥だらけの自由都市しかねぇからな」

ハクも、残ったハンバーガーを口に放り込みながら、力強く頷いた。


6. 電子の海からの信号シグナル

その時だった。


シオンのレザージャケットのポケットの中で。

カイルの魂がダイブした『壊れたスマートフォン』が、ブブブッ、と激しくバイブレーションを鳴らした。


「……来たわ!」


シオンが急いでスマホを取り出す。

画面には、先ほどのカイルからの通信(大深度地下サーバーの座標)に続き、新たなメッセージと、赤い光のルートが表示されていた。


『シオン様、ハク殿。……敵の防壁ファイアウォールの巡回ルートを解析しました。この時間帯なら、物理的な端末から直接地下サーバーへ潜入できるはずです』


画面に表示された文字は、カイルの残した最後のデータ解析結果だった。


「……カイルのやつ、完全に敵のシステムを把握しやがったな。さすが半分幽霊だぜ」

ハクが、身を乗り出して画面を覗き込む。


「場所は……ここから数キロ離れた、都心部にある『巨大な通信鉄塔』の地下施設ね」

シオンが、地図の赤いピンを拡大する。

「追跡者たちは、この世界のネットワークの中枢を利用して、あの箱庭のシステムを管理していたんだわ」


シオンは、スマホを握りしめ、席を立った。


「行くわよ、ハク。腹ごしらえは済んだでしょ」

「オラァッ! いつでも暴れられるぜ。俺の影で、敵のサーバーとやらを物理的に噛み砕いてやる!」

二人の反逆者は、現代のファストフード店を後にし、夜のネオン街へと歩み出した。

レザージャケットとパーカーに身を包んだ彼らの姿は、すれ違う現代の若者たちと何ら変わりはない。

だが、彼らの魂の奥底には、決して消えることのない紫金の雷と漆黒の影が、牙を研いで出番を待っていた。

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