第四章2 『魔導翻訳機と「ソウダンベ」の呪文』
未知の景色(群馬県の広大な平野部)に放り出された昼国・夜国の兵士たちが、現代社会の象徴である自動車や警察官と遭遇し、前代未聞のカルチャーショックを引き起こします。
1. 赤色灯の威嚇、白黒の機動馬車
「……将軍! 前方より、さらなる『鋼鉄の獣』が接近してきます!!」
前衛隊長レオンハルトの悲痛な叫び声が、群馬特有の乾燥した強風――『上州の空っ風』にかき消されそうになりながらも、防壁の上に響いた。
彼らの目の前、見渡す限りのネギ畑を切り裂くように伸びる漆黒の道(アスファルトの国道)の奥から、新たな脅威が猛スピードで迫ってきていた。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
「な、なんだあの悍ましい遠吠えは! 腹の底に響くような不協和音だ!」
「将軍、見てください! あの獣、頭の上で『真っ赤な光』を回転させています! まさか、炎属性の極大魔法を発動する前兆では!?」
昼国の重盾兵ゴランが、ガチガチと歯を鳴らしながら巨大な盾の裏に身を隠す。
彼らが「赤く光る炎属性の獣」と勘違いし、恐怖のどん底に陥っているその正体は、地元住民の「畑に巨大な城とコスプレ集団が現れた」という通報を受けて急行してきた、大泉警察署の『パトカー』であった。
キキィィィッ! とタイヤを鳴らして、パトカーが軽トラックの隣に停車する。
中から、制服を着た二人の警察官が、怪訝な顔をして降りてきた。
「……なんだありゃ。映画の撮影か何かか?」
ベテラン巡査の鈴木が、呆れたように防壁を見上げる。
「鈴木さん、撮影の許可なんて下りてないですよ。それに、あの連中の持ってる剣や槍……遠目からでも分かりますけど、本物の金属(真剣)みたいに見えます」
若い巡査の佐藤が、警戒しながら腰の警棒に手をかけた。
鈴木巡査は、パトカーに積んであった拡声器を手に取り、防壁の上にいるジーグたちに向けてスイッチを入れた。
『――そこの城壁の上にいる皆さん! 武器を置いて、ゆっくりと下に降りてきなさい! 銃刀法違反の疑いがあります!』
メガホンで増幅された大音量の日本語が、騎士たちを直撃した。
「ぐわぁぁっ!? 獣の腹の中から、人間が飛び出してきたぞ!」
「しかも、あの黒い筒から、直接脳に響くような大音量の『呪詛』を放ってきやがった!」
レオンハルトが耳を塞いでしゃがみ込む。
「落ち着け!!」
ジーグ将軍が大剣を床に打ち付け、兵士たちを一喝した。
「相手の言葉は全く理解できんが、強力な音波魔法の使い手であることは間違いない。……だが、彼らはまだ直接的な攻撃を仕掛けてきてはいない。不用意な刺激は避けるのだ!」
ジーグは、この未知の世界の圧倒的な「文明レベル」を肌で感じ取っていた。
馬も引かずに走る鋼鉄の獣。見たこともない素材の服を着た術者たち。ここで無闇に戦闘になれば、取り返しのつかない事態になる。指揮官としての本能が、彼に「対話」を求めていた。
「……しかし将軍、言葉が通じなければ交渉のしようがありません。我々の光の言語は、彼らには通じていないようです」
その時。
「お待たせいたしました、将軍。言葉の壁なら、私とニムでなんとか解決できそうです」
防壁の階段を駆け上がってきたのは、昼国の結界魔術師長ルミスと、夜国の毒娘ニムだった。
ニムの手には、先ほどシオンたちが発見した、画面の割れた『スマートフォン』が握りしめられている。
2. 禁断の魔導具『翻訳の耳飾り』
「……ルミス殿。それは、追跡者どもが落としていったという、異界の道具ではないか」
ジーグが眉をひそめる。
「はい。シオン様が『スマートフォン』と呼んでいたこの魔導具。内部の回路を私の魔力で強制的にバイパスし、ニムの調合した『神経伝達薬』を基盤に垂らすことで、驚くべき機能を引き出すことに成功しました」
ルミスは、誇らしげに一つの小さな『耳飾り』をジーグに差し出した。
「この魔導具の中には、どうやら異界の様々な言語を変換する『翻訳機能』が組み込まれていたようです。この耳飾りをつければ、相手の言葉が我々の脳内で自動的に意味のある言葉として変換され、我々の言葉も相手の言語として伝わるはずです」
「……そんな都合のいい魔法が、こんな小さな鉄の板に詰まっているというのか」
ジーグは半信半疑ながらも、その耳飾りを自身の左耳に装着した。
「ゼッカ先生にもつけてもらいましたよ! さあ将軍、あの鉄の獣を操る術者たちと、平和的にお話ししてきてください!」
ニムが背中をポンと押す。
ジーグは深呼吸をし、大剣を鞘に収めると、両手を高く上げて「敵意はない」というポーズをとりながら、防壁の階段をゆっくりと下り、鈴木巡査たちの前へと進み出た。
「おっ、降りてきたな。……君たち、一体どこから来たんだ? パスポートか身分証はあるか?」
鈴木巡査が、メガホンを下ろして尋ねる。
ジーグの耳飾りが、微かに緑色の魔力光を放ち、鈴木の言葉を即座に脳内へ翻訳した。
『――貴殿らは何処の国の者か。通行を許可された【身分証明の魔導符】を所持しているか?』
(……やはり、高度な法治国家か。入国には特別な符が必要らしい)
ジーグは緊張しながら、堂々とした態度で口を開いた。
「我々は『暁の自由都市』より参った。光と闇の理を越え、新たな世界を求める者たちだ。……突然の侵入を詫びよう。我々に敵意はない」
耳飾りの翻訳機能を通し、ジーグの言葉がスピーカーのような不思議な音声となって鈴木巡査の耳に届く。
「あかつきの……じゆうとし? なんだそりゃ。カルト宗教か何かか?」
佐藤巡査が怪訝な顔をする。
その時、軽トラックの陰で震えていた地元農家の田中さんが、恐る恐る顔を出した。
「お、お巡りさん……。こいつら、なっからおっかねぇなりしてるけんど、本当に悪い奴らじゃねぇんか? オラの畑が踏み荒らされちまうのは、そうだんべか?」
田中さんの、バリバリの群馬弁(北関東特有の訛り)が炸裂した。
その瞬間。
ジーグの耳飾りの翻訳機能が、未知のローカル言語データに直面し、激しい演算処理を起こしてしまったのだ。
『ピピッ……翻訳結果ヲ出力シマス』
ジーグの脳内に響いた翻訳は、以下の通りであった。
『――【極限の魔力増幅】による【大いなる畏怖】の具現者たちよ! 貴様らのこの姿は、いかなる【呪術的偽装】であるか! 我が聖なる大地の結界(畑)が蹂躙されることは、【世界の真理の肯定】であるというのか!』
「なっ……!?」
ジーグの顔面から、一気に血の気が引いた。
(……なんという恐ろしい威圧感! この初老の農民風の男、我々の甲冑を『呪術的偽装』と一目で見抜き、なおかつ『ナッカラ』という極限増幅魔法の呪文を詠唱しているというのか!)
ジーグは冷や汗を流しながら、慌てて片膝をつき、騎士としての最上級の敬礼をとった。
「お、お待ちいただきたい! 偉大なる農術師殿! 我々は決して、貴殿の聖なる結界(畑)を荒らすつもりはない! 『ソウ・ダンベ』などという真理の肯定は誤解だ!!」
「……は?」
突然、屈強な騎士に片膝をつかれ、「偉大なる農術師」と呼ばれた田中さんは、目を白黒させて固まってしまった。
「お、お巡りさん……この外人さん、頭打っちまったんじゃねぇか?」
「ええと……とりあえず、君たちの代表者として、署まで同行してもらえるかな。話はそこで聞くから」
鈴木巡査が、呆れながらも手錠を出そうとした、その時。
「待て」
背後の草むらから、無表情な義眼を光らせたゼッカが、音もなく姿を現した。彼もまた、ルミス特製の耳飾りを装着している。
「ジーグ将軍。この者たちの腰にある黒い筒(拳銃)からは、強烈な殺気を感じる。……交渉が決裂すれば、瞬時に鉛の弾を撃ち込まれますよ」
ゼッカは、暗殺者としての本能で、拳銃の危険性を正確に察知していた。
「なっ……! 貴様、どこから湧いて出た!」
佐藤巡査が驚いて拳銃のホルスターに手をかける。
一触即発の空気。
ジーグの大剣と、ゼッカの暗器。そして、現代の警察の拳銃。
文化と常識のギャップが、最悪の武力衝突を引き起こそうとしていた。
3. 交わる異文化、多国籍の街『オオイズミ』
「――待て待て! 喧嘩はそこまでだ、アミーゴ!!」
その張り詰めた空気を切り裂いたのは、一台の派手な自転車に乗って現れた、陽気なラテン系の男だった。
彼は警察官たちの前に立ち塞がり、両手を広げて笑顔を見せた。
「カルロスさん!」
鈴木巡査が驚いて声を上げる。
「スズキさん、彼らは悪い人たちじゃないよ。見てごらん、その目。迷子になって困ってる子供の目だ」
カルロスと呼ばれたその男は、褐色の肌に屈託のない笑顔を浮かべ、ジーグとゼッカに向かってウインクをした。
「Bem-vindo! オオイズミへ! 君たち、どこかの劇団の人かい? すごくカッコいい衣装だね!」
ジーグの耳飾りが、再び翻訳機能を作動させる。
『――【大いなる祝福と歓迎の呪文】! 我らが聖地【オオイズミ】へ!』
「オオイズミ……。それが、この大地の名前か」
ジーグは、カルロスの陽気な魔力(と勘違いしている)に当てられ、思わず剣の柄から手を離した。
カルロスは、背中に背負っていたクーラーボックスを下ろし、中から串に刺さった巨大な肉の塊を取り出した。
「朝からピリピリしてちゃダメだ。ほら、昨日焼いた『シュラスコ』の残りだ。冷めてるけど美味いぞ。食って落ち着きな」
ゼッカが、その肉の匂いを嗅ぎ、義眼を見開いた。
「……凄まじい肉の香りだ。様々な香辛料が複雑に絡み合い、獣の臭みを完全に消し去っている。……毒見は私がしよう」
ゼッカは、暗殺者の警戒心を解かず、肉を一口囓った。
その瞬間。
「……ッ!!」
ゼッカの無表情な顔が、驚愕に引き攣った。
「ゼ、ゼッカ殿! どうした、やはり毒が……!」
ジーグが慌てる。
「違う……。美味すぎる……! 噛めば噛むほど溢れ出す肉汁、岩塩とガーリックの完璧な調和。……我々が夜国で食べていた干し肉など、泥を固めたゴミに過ぎなかったというのか……!」
ゼッカは、ポロポロと涙を流しながら、あっという間にシュラスコを平らげてしまった。
「……暗殺者の心を、一瞬で溶かす肉の魔法だと!?」
ジーグも驚愕する。
「ハハハ! 気に入ってくれて嬉しいよ。この街には、世界中の美味しいものと、いろんな国の人間が集まってるんだ。ブラジル、ペルー、ネパール……ここはね、みんなが家族になれる街なんだよ」
カルロスが、誇らしげに周囲の街並みを指差す。
ジーグとゼッカは、カルロスの言葉(翻訳)を聞き、雷に打たれたような衝撃を受けた。
異なる国の人間、異なる文化の部族が、争うことなく一つの街で「家族」として共存している。
それは、十五年間殺し合ってきた昼国と夜国が、シオンとリオナの力によってようやくたどり着いたばかりの『理想の境地』そのものではないか。
「……素晴らしい」
ジーグは、感動で肩を震わせた。
「この『オオイズミ』という大地は、すでに異なる部族の同盟が完成している、超高度な平和文明国だったのか! ……我々は、なんという進んだ世界に足を踏み入れてしまったのだ!」
「オオイズミの民よ! 貴殿らの寛大なる『ベン・ビンド』の精神に、光の騎士として最大限の敬意を表する!」
ジーグが、カルロスと鈴木巡査に向かって、深々と頭を下げた。
「え、あ、うん……。まあ、悪い人たちじゃないみたいだな」
鈴木巡査は完全に毒気を抜かれ、頭を掻いた。
「とりあえず、君たちのその『城』が道路を塞いでるのは事実だから、少し話を聞かせてもらうよ。……あ、コーヒー飲むか?」
緊張の糸が切れ、空っ風が吹き抜ける中、日本の警察官とブラジル人住民、そしてファンタジー世界の騎士と暗殺者が、温かい缶コーヒーを分け合うという、奇跡のような平和の光景が生まれた。
防壁の上で見守っていたルミスとニムも、胸を撫で下ろした。
「……よかったぁ。なんとか言葉が通じて、戦争にならずに済みましたね」
「うんうん! やっぱり、美味しいご飯は世界を救うんだね!」
彼らはまだ知らない。
この平和で多国籍な「オオイズミ」の街のネットワークの裏側で、現実世界からの冷酷な刺客が、すでに包囲網を敷き始めていることを。
4. シャッター街の孤独、消えゆく霊体
一方、ジーグたちが平和的(?)な異文化交流を果たしていた頃。
シオン、ハク、カイルの三人は、自分たちの都市が融合した群馬県から遠く離れた、東京の郊外――寂れたシャッター街の路地裏に身を潜めていた。
次元のポータルに飛び込んだ際、彼らは運悪く、自由都市とは別の座標(現実世界の首都圏)に弾き出されてしまっていたのだ。
「……ハァッ、ハァッ……」
雨上がりの水たまりに、白銀の光の粒子がパラパラと零れ落ちる。
カイルが、コンクリートの壁に背中を預け、荒い息をついていた。
彼の右半身は、先ほど自動販売機から電気を吸収したにもかかわらず、再び激しいノイズに侵食され、輪郭が透け始めていた。
「カイル! 大丈夫か!? またバグが広がってやがるぞ!」
ハクが、カイルの体を支えようと手を伸ばす。
だが、そのハクの左腕もまた、次元を越えた際の負荷によって火傷のように爛れ、微かにデジタルのブロック状に崩れかけていた。
「……心配、ありません。ハク殿こそ、その腕の傷……」
カイルが無理に微笑む。
「……二人とも、無理しないで」
路地裏の入り口を警戒していたシオンが、ミッドナイトブルーのドレスの裾を絞りながら振り返った。
彼女の表情は、妹を失った絶望のどん底から這い上がった、冷たく、そして鋭利な刃物のような覚悟に満ちていた。
「ここは、大気中のマナが完全に枯渇している『死の世界』よ。カイルの半霊体も、ハクの影の魔力も、自然回復は見込めない。……電気を吸い上げても、それは応急処置にしかならないわ」
シオンは、カイルから受け取っていた『壊れたスマートフォン(追跡者が落としたデバイス)』の画面を見つめた。
「……追跡者たちは、リオナの魂を、この世界のどこかにある巨大な『メインサーバー』に持ち去ったはず。……それを探し出して、ハッキングしなきゃいけないんだけど」
「シオン。この鉄の箱で、敵の居場所が分かるのか?」
ハクが覗き込む。
「私の紫雷を基盤に流し込んで、強制的に起動させることはできる。……でも、この世界の『ネットワーク』に接続するには、パスワードや通信規格っていう、魔法とは違うルールが必要なのよ。私一人の魔力じゃ、そこまで演算しきれない」
シオンが唇を噛む。
前世の記憶があるとはいえ、彼女は魔導士であってプログラマーではない。完全なデジタルセキュリティを魔法だけで突破するのは不可能に近かった。
「……なら、僕がやります」
カイルが、震える足で立ち上がった。
「カイル? 何を言ってるの、あなたの体はもう……」
「シオン様。先ほど自動販売機に触れた時、僕は気づいたんです」
カイルは、ノイズに侵食されつつある自身の『光の右手』を、静かに見つめた。
「僕の体は、追跡者の次元防壁と同調したことで、すでに半分『デジタルデータ』になりかけています。……だからこそ、この世界の電波やネットワークの海に、直接『ダイブ(魂を接続)』することができるはずです」
「バカなこと言わないで!!」
シオンが激昂してカイルの胸倉を掴む。
「そんなことをしたら、あなたの魂がこの世界のシステムに完全に溶けて、二度と人間の形に戻れなくなるかもしれないのよ! リオナが消えた今、あんたまで失ったら……!」
シオンの紫の瞳に、恐怖の涙が滲む。
カイルは、シオンのその震える手を、生身の左手で優しく包み込んだ。
「……シオン様。僕は、リオナ様の盾です。彼女が深い電子の暗闇の中で震えているなら、僕が光となって、必ず彼女を見つけ出します。……それが、僕の命の使い方です」
カイルの青い瞳には、一切の迷いも、後悔もなかった。
彼は、愛する少女のために、人間であることを捨て、霊体となり、そして今、霊体すらも捨てて『ただのデータの光』になろうとしているのだ。
「……カイル殿。てめぇの覚悟、確かに受け取ったぜ」
ハクが、シオンの肩にそっと手を置き、カイルに向かって力強く頷いた。
「俺とシオンで、てめぇの肉体(抜け殻)は絶対に死守してやる。……行ってこい、幽霊騎士。お姫さんを迎えにな」
「……ありがとう、ハク殿。シオン様」
カイルは、シオンの持っていたスマートフォンの画面に、光の右手をそっと押し当てた。
「……必ず、見つけ出します。彼女の、魂の居場所を」
シュゥゥゥゥゥ……ッ!!!
カイルの光の右半身が、凄まじい勢いで細かなデータの粒子へと分解され、スマートフォンの画面の中へと吸い込まれていく。
それと同時に、カイルの生身の左半身は、糸が切れた操り人形のように、コンクリートの地面へと崩れ落ちた。
「カイル……!!」
シオンが、カイルの抜け殻となった体を抱きしめる。
スマートフォンの画面が、緑色のノイズと共に激しく明滅し、カイルの魂が電子の海へとダイブしたことを告げていた。
5. 電子の海の追跡、見つけた光の痕跡
(……ここは、どこだ。冷たい。息が詰まりそうだ)
カイルの意識は、無数の光の線と、数字の羅列が飛び交う、広大な『電子の海』の中にあった。
魔力のない、完全に論理と演算だけで構成された、システムの世界。
カイルの白銀の魂は、ここでは強烈な異物として検知され、周囲から無数のセキュリティプログラムが襲いかかってこようとしている。
(……負けるものか。僕は、彼女の盾だ!!)
カイルは、魂の形を鋭い『白銀の槍』へと変え、襲い来るセキュリティの壁を強引に突破していく。
光の速度で、世界中のサーバーのネットワークを駆け巡り、たった一つの、温かい『白銀の魔力の痕跡』を探し求める。
(リオナ様。どこですか。……お願いだ、僕の声に答えてくれ!)
どれほどのデータ層を潜り抜けたか。
カイルの魂が摩耗し、ノイズに呑み込まれそうになった、その時。
『……カイ……ル……?』
電子の海の最も深い場所――強固なファイアウォールに囲まれた『隔離サーバー』の奥底から、微かな、しかし間違いなくリオナの魂の波長が響いた。
(リオナ様!!)
カイルは歓喜に震え、その座標(位置情報)に全速力でアクセスした。
『カイル……ダメ……来ちゃ……! ここは、罠よ……!』
リオナの悲痛な声が響く。
その瞬間。
隔離サーバーの周囲に、巨大な『追跡者』のプログラムが無数に出現し、カイルの魂を包囲した。
『……警告。外部からの不正アクセス(ウイルス)を検知。
……特異点ベータのデータに接触を試みる不審なコード。即時、防壁内に閉じ込め、解析・消去を実行する』
「……しまっ……!!」
カイルが後退しようとするが、逃げ道は完全に塞がれ、彼の白銀の魂は、強固なデジタルの檻の中に囚われてしまった。
(……くっ、僕の力では、この檻を物理的に破壊できない……! せめて、シオン様たちに、この場所の座標だけでも……!)
カイルは、自らの魂を削り、最後の力を振り絞って、一つの『データパケット』を現実世界のスマートフォンへと送信した。
『……シオン様、ハク殿。座標は、東京の地下深く……大深度地下サーバー群です。リオナ様は、そこに……!』
通信が、ブツリと途切れた。
6. 決意の足音、摩天楼の反逆者たち
現実の路地裏。
シオンの握りしめていたスマートフォンの画面に、一枚の地図のデータと、赤いピンが点滅して表示された。
「……カイルからの通信よ。東京の、大深度地下。……ここに、リオナが囚われている」
シオンが、画面を見つめながら呟く。
しかし、その通信を最後に、カイルの意識はプツンと途絶え、腕の中で眠る彼の抜け殻の体温は、急激に冷たくなっていった。
「……カイルの野郎、敵の罠に引っかかりやがったな」
ハクが、忌々しげに舌打ちをする。
「……ええ。でも、あいつは完璧に仕事をこなしたわ。私たちに、目的地を教えてくれた」
シオンは、スマートフォンの画面を消し、静かに立ち上がった。
雨が上がり、雲の隙間から、大都会の冷たいネオンの光が差し込んでくる。
「ハク。……カイルの体を、安全な場所に隠して。私たちは、この世界(現実)の服を調達するわよ」
シオンが、ミッドナイトブルーのドレスの破れ目を強く握りしめる。
「服? なんでだ」
「この格好じゃ、敵の本拠地に潜入する前に、この世界の警察っていう厄介な連中に捕まるわ。……私たちは、この世界に溶け込むのよ。そして、誰にも気づかれないまま、システムのド真ん中へ乗り込む」
シオンの紫の瞳に、氷のような冷たさと、炎のような熱さが同時に宿る。
「……追跡者どもに、教えてやるわ。魔法がない世界だからって、私たちから全てを奪えると思ったら大間違いだってことをね」
ハクは、シオンのその表情を見て、凶悪な牙を見せて笑った。
「……へっ。その顔、最高にゾクゾクするぜ、シオン。……地獄の底まで、お供してやるよ」
冷たいコンクリートの森の中で、二人の反逆者は、現代の闇に紛れるための準備を始めた。
奪われた二つの魂を取り戻すため。
神のシステムを根底から破壊するため。
彼らの戦いは、ファンタジーの魔法から、現代のテクノロジーとサイバーパンクが入り混じる、予測不能の『現実世界』の死闘へと、いよいよ本格的に突入していく。




