第三章8 『星の記憶、引き裂かれた魂』
大気圏スレスレの暗黒の空域。シオン、リオナ、ハク、カイルの四人は、上空からは『上位天使』の概念消去攻撃、下方からは狂王ソルとルナの『自爆魔力渦』という、逃げ場のない死の挟撃。
しかし、彼らの心に絶望はなかった。互いの背中を預け合う絶対的な信頼が、神の定めた物理法則すらも凌駕する。
そして、ついに『創造神の眼』の奥深くにアクセスした姉妹を待っていたのは、十五年間の苦しみの根源――前世において「一つの魂」であった頃の、星を巻き込む反逆の記憶。
1. 上下の絶望、交差する滅びの渦
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!!!
鼓膜を破るような轟音ではなく、空間そのものが悲鳴を上げるような重低音が、暗黒の空域を震わせていた。
「来るぞシオン! 下のバカ王ども、本気で星ごと俺たちを吹き飛ばす気だ!!」
人化した精霊獣ハクが、自身の背中から展開した巨大な漆黒の翼を羽ばたかせながら、眼下から迫り来る極大の魔力渦を睨みつけた。
光帝ソルの黄金の光と、闇御門ルナの漆黒の瘴気。
世界を統べていた二柱の神が、自らの命と魂、そしてプライドの全てを燃料にして放った『最終自爆魔術』。それは、直径数キロにも及ぶ巨大な竜巻となり、地上の大気を根こそぎ吸い上げながら、シオンたちを飲み込もうと恐ろしい速度で上昇してきていた。
「熱い……! ただの魔力じゃない、魂が焦げるような執念の塊よ!」
第一皇女リオナが、吹き上げる熱風に顔をしかめながら、白銀の聖剣『ソル・ブレイカー』を構える。
「リオナ様、僕の背中から離れないでください! 下方の物理・魔力防壁は、僕が全て引き受けます!」
半霊体となった聖騎士カイルが、光の右腕を限界まで広げた。
「――『絶対守護・白銀の神盾』、全方位展開!!」
カイルの体から溢れ出した白銀の光が、四人の足元に巨大な半球状の防壁を形成する。
直後、ソルとルナの自爆の渦が防壁に激突した。
ズガァァァァァァァァァァンッ!!!!
「ぐ、ぅぅぅぅぅぅっ!!」
カイルが、かつてない衝撃に顔を歪め、光の右半身を激しく明滅させた。
黄金と漆黒が混ざり合った破壊のエネルギーは、カイルの盾をすり抜けようと幾重にも牙を剥く。神の命を削った一撃は、半霊体の盾の許容量を遥かに超えていた。
「カイル! 魔力回路が焼き切れるわ!」
「大丈夫です! 僕は……この盾は、貴女を守るためにある!!」
カイルは生身の左手で自らの右腕を支え、魂を削りながら防壁を維持し続ける。
だが、危機は下方からだけではなかった。
『……目標、完全包囲。消去プロトコル、実行』
頭上の巨大な次元の亀裂。その周囲を飛翔していた十数体の『上位天使』たちが、無機質な光の槍を一斉に構えた。
下からの自爆渦を防ぐためにカイルが足元に集中している今、彼らの頭上は完全に無防備だった。
「上は私が喰い破る!! オラァッ!!」
ハクが、シオンを抱き抱えたまま、自身の影を上空へ向けて『巨大な顎』として展開した。
シューゥゥゥンッ!
上位天使たちが放った、存在そのものを消し去る概念の光線。
それがハクの影の顎に直撃する。
「ガ、ァァァァァァッ!?」
ハクの喉の奥から、苦痛の絶叫が漏れた。
「ハク!?」
シオンが驚いてハクの顔を見る。
「……ッ、問題ねぇ! この程度の光、俺の胃袋で消化して……ゴハッ!」
ハクの口から、どす黒い血が吐き出された。
天使の概念攻撃は、物理的なダメージではなく、ハクの存在そのものを削り取ろうとしているのだ。彼の影が光を捕食するたびに、彼自身の肉体が内側から崩壊しかけていた。
「馬鹿犬! 無理しないで、お前まで消滅しちゃうわよ!」
シオンがハクの腕の中で叫ぶ。
「うるせぇ! 俺が盾にならねぇで、誰がてめぇを守るんだ! てめぇは、あのデカい目玉を斬ることだけ考えてろ!!」
ハクは血反吐を吐きながらも、凶悪な牙を剥き出しにして上空の天使たちを睨みつけた。
下からは、カイルの魂を削る神々の自爆渦。
上からは、ハクの存在を削り取る天使の概念光線。
二人の騎士が、己の命を絶対の盾として、シオンとリオナを守り抜いていた。
「……カイル。ハク。……あんたたちの命、絶対に無駄にはしない!!」
シオンは、極限の恩讐と愛情を胸に刻み込み、魔剣『雷月』を高く掲げた。
「リオナ!! いつまでも守られてる場合じゃないわよ! あんたの光を、私の剣に重ねなさい!!」
「うんっ!!」
リオナは、カイルの背中を支えていた手を離し、自らの背中に六枚の『白銀の翼』を限界まで展開した。
「カイル! ハク! 一瞬だけ、私たちのために道を開けて!!」
シオンの魔剣に、全てを断ち切る『紫金の反逆雷』が収束する。
リオナの聖剣に、全てを癒やし浄化する『白銀の浄化雷』が収束する。
「「――『双雷・暁闇の蝕』!!」」
「行けェェェッ!! シオン!!」
「道を、切り拓きます!!」
ハクが影の顎を左右に割り、カイルが足元の神盾の圧力を一気に解放した。
その一瞬の隙間を縫って、シオンとリオナの放った極大の『双極の螺旋雷』が、上下の敵に向かって一直線に放たれた。
2. 光輪の破壊者たち、そして眼球への突入
ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
宇宙空間の入り口で、三つの超常的なエネルギーが衝突し、太陽が爆発したかのような閃光が弾けた。
下方に放たれた双雷は、ソルとルナの自爆の渦と正面から激突した。
「……ッ、馬鹿ナ! 我ガ命ノ炎ガ、小娘ドモノ雷ニ……!」
「アァァァァッ! 嫌ダ、私ハ闇ノ王ダゾォォッ!!」
ソルとルナの断末魔の叫びが、雷鳴にかき消される。
シオンとリオナの『双雷』は、彼らの自爆エネルギーを「破壊」するのではなく、完全に「中和・還元」し、光と闇の魔力を無害なマナの粒子へと分解してしまったのだ。
十五年間、世界を地獄に陥れた二柱の狂神は、ついにこの夜空の果てで、完全にその存在を消し去られた。
一方、上方に放たれた双雷は、上位天使たちの防壁を紙屑のように貫き、彼らの背負う黄金の光輪を次々と粉砕していった。
『……エラー。概念消去プロトコル、強制停止。……特異点ノ魔力出力ガ、システムノ許容量ヲ超過――』
上位天使たちが、理解不能なバグに直面した機械のように明滅し、次々と爆散していく。
「やったわ……! 上下とも、完全に道が開いた!」
リオナが歓喜の声を上げる。
「まだよ! 親玉が残ってるわ!」
シオンの視線の先。
亀裂の奥に鎮座する、惑星ほどもある巨大な『創造神の眼』が、自らの尖兵たちを破壊されたことに怒るわけでもなく、ただ冷徹に、無機質に四人を見下ろしていた。
『……特異点アルファ、ベータ。異常出力ヲ確認。……コレヨリ、箱庭ゴト存在ヲ初期化スル』
巨大な眼球の瞳孔が、不気味に収縮し、そこに信じられないほどの超高密度の光が収束し始めた。
それは、天使の槍やソルの要塞など比較にならない、文字通り『この星(世界)を丸ごと消し去る』ための、究極のデリートプログラムだった。
「マズイぜ! あんなモン撃たれたら、俺の影でも防げねぇ!」
ハクが焦燥に顔を歪める。
「撃たせる前に、私たちが斬る!! ハク、あの眼球のド真ん中まで全速力で突っ込んで!!」
シオンが叫ぶ。
「オラァッ!! 振り落とされるなよ!!」
ハクが残された魔力の全てを推力に変換し、音速を遥かに超える速度で、次元の亀裂の奥――巨大な眼球へ向かって特攻をかけた。
カイルもまた、リオナの背後で光の翼を羽ばたかせ、ハクに並走する。
「リオナ様! 剣を前に!」
「うん!」
眼球の中心で収束する光が、臨界点に達しようとしていた。
「私たちの明日を……邪魔するなァァァッ!!」
シオンとリオナが、魔剣と聖剣を交差させ、眼球の瞳孔――光の収束点へ向けて、渾身の刃を突き立てた。
ズブゥゥゥゥゥッ!!!!
二人の剣が、巨大な眼球の表面を覆う『絶対不可侵の力場』を突き破り、その奥深くへと食い込んだ。
その瞬間。
ピシッ……!!
空間に、亀裂が入る音がした。
いや、空間ではない。シオンとリオナの『魂』そのものに、何かが直接介入してきた音だった。
『……接続完了。特異点ノ、魂ノ深淵ヘアクセス』
眼球から発せられたテレパシーが、二人の脳内を直接殴りつけた。
「が、ぁっ……!?」
「お姉……ちゃん、頭が、割れそう……っ!」
シオンとリオナの意識が、現実世界から急速に引き剥がされていく。
ハクとカイルが必死に叫んでいる声が、遠く、水底から聞こえるようにくぐもっていく。
「シオン!! シオン!! 目を覚ませ!!」
「リオナ様!! くっ……眼球から凄まじい精神干渉波が! 二人を引き離さないと!」
ハクとカイルが二人の体を引き戻そうとするが、眼球から伸びた無数の光の触手が四人を拘束し、身動きを取れなくしてしまった。
『……過去データヲ参照。……貴様ラニ、己ガ何者デアッタカヲ、再認識サセル』
その無機質な宣告と共に。
シオンとリオナの意識は、完全なホワイトアウトに包まれ、遥か遠い、忘却の彼方に沈んでいた『前世の記憶』の深淵へと強制的にダイブさせられた。
3. 星の記憶、摩天楼の反逆者
(……ここは、どこ?)
シオンが意識を取り戻すと、そこは彼女が見たこともない光景だった。
黄昏時の荒野でも、王都の美しい城でもない。
天を突くほどに高くそびえ立つ、ガラスと鋼鉄でできた無数の巨大な塔(摩天楼)。
空には幾何学的な光の網目(サイバー空間のネットワーク)が張り巡らされ、鉄の塊が空を飛び交っている。
「……お姉ちゃん。ここ、私たちの世界じゃないわ」
隣に立っていたリオナが、怯えたようにシオンの腕に抱きついた。
「ええ。ここは……私たちが生まれる前の、遥か昔の別の星の記憶よ」
シオンの口から、無意識にその言葉がこぼれ出た。
彼女たちの魂の奥底に刻み込まれていた、消されたはずの記憶が、眼球のアクセスによって強制的に再生されているのだ。
二人の視線の先、ガラス張りの巨大な研究施設の中心に、一人の人物が立っていた。
純白の白衣を羽織り、無数の光る画面に囲まれながら、恐ろしい速度で何かを操作している。
その人物の顔には、シオンと同じ氷のような冷たさと、リオナと同じ純粋な光の両方が混在していた。
(あれは……誰?)
リオナが問う。
(……あれは、『私たち』よ。リオナ)
シオンが、震える声で答えた。
そう。その人物こそが、シオンとリオナの前世の姿。
高度な科学と魔法が融合したこの星において、最強の魔導士であり、世界を導く天才研究者であった、かつての『一つの魂』の姿だった。
記憶の映像が、走馬灯のように周囲を駆け巡る。
『……やはり、間違いない。この星の生命は、我々の意志で生きているのではない。全ては、あの宇宙の果てにいる『神』に管理された、ただの実験場(箱庭)に過ぎなかったのだ』
白衣の魔導士(前世の二人)が、モニターに映し出された『創造神の眼』のデータを前に、絶望と怒りに震えながら呟く。
『我々は自由だと思っていた。だが、争いも、病も、この星の寿命すらも、全てはあのシステムが調整しているプログラムだった。……ふざけるな。人間の魂は、誰かの玩具じゃない!!』
魔導士は、星の全てのマナを一点に集束させる巨大な魔導兵器を構築し始めた。
『神の管理システムを破壊する。たとえこの星が一度滅びようとも、偽りの平和など私は認めない。人類は、自らの足で宇宙を歩まねばならないのだ』
圧倒的な力と、純粋すぎる理想。
魔導士は、反逆の狼煙を上げ、空に浮かぶ『眼』に向けて、極大の破壊魔法を放った。
しかし。
その反逆が成功する直前、彼らの前に立ち塞がった者たちがいた。
『……エラー。被造物ノ反逆ヲ確認。コレヨリ、追跡者ニヨル処分ヲ実行スル』
空間が割れ、そこから現れたのは、黒いコートに身を包み、顔のない不気味な仮面を被った数人の集団だった。
天使たちのような無機質な兵器ではない。彼らは、創造神の意志を直接執行する、特権階級の処刑人――神の猟犬たる『追跡者』たちであった。
『……お前たちが、神の犬か!! そこを退け!!』
魔導士が、絶大な魔力を振るって追跡者たちと激突する。
しかし、追跡者たちの力は、星の理を凌駕していた。
彼らの放つ特殊な鎖が、魔導士の体を貫き、その『魂』に直接絡みついた。
『ガ、アァァァァァァッ!!』
『……特異点ノ魂、強靱スギルタメ、完全消去ハ困難ト判断。……ヨッテ、魂ヲ「光」ト「闇」ノ二ツニ分割シ、別ノ箱庭(別次元)ヘト投棄スル。互イニ憎ミ合イ、永遠ノ闘争ノ中デ魂ヲ摩耗サセル呪イヲ付与スル』
追跡者の一人が、冷酷な声で宣告する。
魔導士の魂が、引き裂かれるような激痛と共に、真っ白な光と、漆黒の闇の二つに分断されていく。
『やめろ……! 私の、私の中の「愛」と「絶望」を……分けるなァァァッ!!』
魔導士の絶叫を最後に、記憶の映像はブツリと途切れた。
4. 双極の誓い、覚醒の紫銀
「ハァッ……ハァッ……!」
精神の深淵――真っ白な無の空間で、シオンとリオナは荒い息をついてへたり込んでいた。
『……理解シタカ、特異点ヨ。貴様ラハ、我ガシステムニ抗イ、敗北シタ罪人ノ成レノ果テダ』
空間の全方位から、眼球のテレパシーが響き渡る。
『貴様ラハ、元ハ一ツノ魂。光ト闇ニ別レタ欠陥品ダ。……ダカラコソ、互イヲ求メ、互イヲ傷ツケ合ウ。ソノ無意味ナ輪廻コソガ、貴様ラニ与エラレタ罰ダッタ』
「……罰、ですって?」
シオンが、顔を伏せたまま、ギリッと拳を握りしめた。
『左様。シカシ、貴様ラハ再ビ共鳴シ、バグヲ起コシタ。……今度コソ、追跡者ヲ呼ブマデモナイ。我ガ直接、貴様ラノ存在ヲ世界カラ削リ取ッテヤル。無力ナ半身ドモヨ、絶望シテ消エルガイイ』
「……ふざけ、ないでよ」
シオンが、ゆっくりと顔を上げた。
彼女の紫の瞳には、絶望の涙など一滴もなかった。あるのは、かつてないほどの激しい、静かな怒りだった。
「お前たちが、私たちを引き裂いた。お前たちのせいで、私たちは十五年間、地獄のような苦しみを味わった。……お母様を失い、血に塗れ、妹の首を絞める悪夢を見続けた」
シオンは立ち上がり、隣で震えているリオナの手を、しっかりと握りしめた。
「でもね。……私は、自分の運命を後悔してなんかいないわ」
「……お姉ちゃん?」
リオナが涙ぐんだ目でシオンを見る。
「もし、私たちが前世のまま『一人の人間』だったら。……私は、夜の闇の冷たさも、他人に触れられる恐怖も知らなかった。そして……暗闇の底で、私を見つけてくれた、あの不器用な狼の温かさにも、出会うことはできなかったわ」
シオンの脳裏に、口は悪いが誰よりも自分を守ってくれる、あの黒髪の青年の顔が浮かぶ。
「私も……同じよ、お姉ちゃん」
リオナもまた、涙を拭って立ち上がった。
「私が『半分の光』じゃなかったら。……泥に塗れて泣くことの痛みも、誰かを愛することの苦しさも知らなかった。……自分の命を捨ててでも、私を守ってくれる、あのバカで優しい騎士に、愛されることもなかった!」
二人は、真っ白な空間の中で、互いの顔を見合わせて微笑み合った。
前世で一つの魂だった。だから何だと言うのか。
私たちは、神の与えた罰の中で、泥水をすすりながらも、自分たちの足で歩き、泣き、笑い、そして愛する人を見つけたのだ。
「私たちは、前世の幻影じゃない。……私は、シオンよ」
「私は、リオナ! 不完全でも、半分こでも、今の私たちが最高に大好きなの!」
二人の少女の魂が、精神空間の中で、かつてないほどの輝きを放ち始めた。
『……警告。特異点ノ精神波長ガ、異常上昇。コレハ……何ダ!? 一ツノ魂ニ統合サレルノデハナク、独立シタ二ツノ魂ガ、別次元ノ共鳴ヲ――!』
眼球のシステムが、パニックを起こしたようにエラー音を鳴らし始める。
「私たちを引き裂いてくれて、ありがとう、神様」
シオンが、不敵な笑みを浮かべて宙を睨みつける。
「おかげで私たちは、一人だった時よりも、ずっとずっと強くなれたわ。……前世の私(魔導士)が倒せなかったなら、今の私たちが、二人で束になってあんたをぶっ飛ばしてあげる!!」
シオンとリオナが、繋いだ手を高く掲げた。
紫金の雷と、白銀の雷。
二つの光が、螺旋を描きながら、真っ白な精神空間を完全に打ち砕いた。
5. 現世への帰還、神穿つの閃光
「……シオン!! 戻ってこい、シオンッ!!」
「ハ、ク……うるさいわよ。耳元で怒鳴らないで」
現実世界の宇宙空間。
光の触手に拘束され、気を失っていたシオンが、ゆっくりと目を開けた。
目の前には、涙目で叫び続けるハクの顔があった。
「てめぇ……! よかった、息が止まったかと思ったぜ……!」
ハクが、安堵に顔を歪める。
隣では、リオナもまたカイルの腕の中で目を覚ましていた。
「カイル……心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ」
『……バグガ。何故、精神崩壊ヲ免レタ。……消去、消去シテヤル!!』
眼球の瞳孔に収束していた極大のデリートの光が、臨界点を突破し、今まさに四人に向けて放たれようとしていた。
「ハク。カイル」
シオンが、拘束する光の触手を紫雷で引きちぎりながら、静かに、だが確かな力強さを持って二人の名前を呼んだ。
「お前たちは、私たちの剣よ。……私たちの魂の形がどうあれ、お前たちは私たちを信じて、その命を預けてくれるわね?」
「当たり前だろ! てめぇが前世でバケモノだろうがなんだろうが、俺の主はてめぇだけだ!」
「僕の命は、とうの昔にリオナ様に捧げています。地獄の底だろうと、宇宙の果てだろうと、お供しますよ!」
二人の騎士の言葉に、シオンとリオナは深く頷き合った。
「行くわよ、リオナ。私たちの新しい理を、この宇宙に刻み込むわ!!」
「ええ、お姉ちゃん!!」
シオンの魔剣『雷月』と、リオナの聖剣『ソル・ブレイカー』。
二つの剣の切っ先が、再びピタリと重ね合わせられる。
それは、先ほどの『双雷』とは全く違う次元の現象だった。
光と闇を反発させてエネルギーを生み出すのではなく。
独立した二つの魂が、互いの存在を完全に肯定し合い、愛する者たちの力を借りて『新しい一つの色』を生み出す究極の儀式――『魂魄連理』。
「「――『神霊の剣』!!!!」」
シオンとリオナの剣から放たれたのは、紫金でも白銀でもない。
世界を創生する時にしか存在しないと言われる、眩く、そして全てを包み込むような『無色透明の絶対光』であった。
ズガァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!
眼球から放たれた極大のデリート光線を、無色透明の剣閃が、まるで薄紙を裂くように真っ二つに切り裂いた。
『……バ、バカナ……! コレハ、システムニハ存在シナイ光……! 前世ノ特異点スラモ凌駕スル、未知ノエラァァァァッ!!』
眼球の悲鳴が、宇宙空間に木霊する。
シオンとリオナの放った『神霊の剣』は、眼球の瞳孔を真っ向から貫き、その巨大な質量を内部から完全に破壊し尽くした。
ピキピキピキ……パリンッ!!!
惑星ほどの大きさを持っていた創造神の眼が、無数のガラスの破片のように砕け散り、宇宙の塵となって消え去っていく。
眼球の破壊と同時に、シオンたちの周囲を取り囲んでいた上位天使たちも、電源を落とされた機械のように一斉に機能を停止し、空間に溶けて消滅していった。
「……終わった……」
シオンは、魔剣から手を離し、大きく息を吐き出した。
全身の魔力が完全に空っぽになり、強烈な睡魔と疲労感が襲ってくる。
「ハク……受け止めて……」
シオンがそのまま意識を失い、後ろに倒れ込む。
「おう。よくやったな、シオン」
ハクは、倒れてくるシオンの細い体を、大きな腕でしっかりと抱き止めた。
隣では、リオナもカイルの半霊体の腕の中で、安らかな寝息を立て始めていた。
「……カイル殿。どうやら、本当に俺たちは、神様をぶっ飛ばしちまったみたいだな」
ハクが、腕の中のシオンの顔を見つめながら、呆れたように笑う。
「ええ。彼女たちは、自らの力で運命を切り拓きました。……僕たちは、本当に素晴らしい主を持ちましたね」
カイルもまた、リオナの寝顔を優しく見つめながら、静かに微笑んだ。
天の亀裂が、ゆっくりと閉じていく。
眼下の『暁の自由都市』からは、空の脅威が完全に消え去ったことに気づいた人々の、割れんばかりの歓声が、遠く、微かに聞こえてきていた。
前世の因縁、狂った神々、そして創造神の眼。
全てを打ち砕き、彼女たちはついに、誰の干渉も受けない、本当の『自由な明日』を手に入れたのだ。
6. エピローグ、そして静かなる足音
数時間後。
暁の自由都市は、勝利の喜びに沸き返っていた。
空から降ってきた天使たちは一斉に消滅し、地下の泥ネズミたちも地上へ這い出してきて、昼国の兵士たちと抱き合って喜んでいる。
テントのベッドで目を覚ましたシオンとリオナは、街の人々から英雄として熱狂的な歓迎を受けた。
「お姉ちゃん……私たち、本当に勝ったんだね」
リオナが、泣き笑いしながらシオンの手を握る。
「ええ。もう、誰にも私たちの邪魔はさせないわ」
シオンも、穏やかな笑顔で応えた。
これで、物語は終わる。
そう、誰もが信じていた。平和な日常が、永遠に続くと。
しかし。
彼らが倒した『眼』は、あくまで創造神がこの箱庭を管理するための『端末』に過ぎなかったのだ。
――同時刻。次元の彼方、宇宙の深淵にて。
無数のモニターが並ぶ、冷たく無機質な空間。
そのモニターの一つに、『箱庭・管理システム(眼)破壊』の赤いエラーメッセージが点滅していた。
「……おや。あの箱庭の特異点、十五年前に引き裂いたはずだが。まさか、自力でシステムを破壊するまで成長するとはな」
暗闇の中で、黒いコートに身を包んだ男が、顔のない不気味な仮面越しにモニターを見つめていた。
彼の背後には、同じような姿をした数人の集団――前世の記憶の中で、シオンたちを引き裂いた神の猟犬たる『追跡者』たちが控えている。
「どうやら、あの実験場は失敗だったようだ。……システムが破壊された以上、マニュアル通りに『直接処分』するしかないな」
コートの男が、冷酷な声で宣告する。
「次元座標、特定完了。……これより、我々追跡者が直接赴き、あの双極の魂を完全に消去する」
十五年前の因縁。
シオンとリオナの本当の復讐相手が、ついにその重い腰を上げようとしていた。
平和な微睡みは、束の間の休息に過ぎない。
舞台はファンタジーの箱庭から、次元を越えた現代(前世のルーツ)へと繋がり、人類の魂の自由を懸けた、真の最終章が幕を開けようとしている。
追跡者の冷たい足音が、確実に、シオンたちの背後へと迫っていた。




