第三章7 『虚無の天使、抗う泥の城塞』
十五年ぶりに訪れた平和な宴は、空に走った亀裂から舞い降りた純白の羽によって、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと塗り替えられました。
しかし、絶望の泥底を這いずり回ってきた者たちの魂は、決して折れることはありませんでした。神の理不尽に抗う盾と剣、そして誇りを捨てた騎士と暗殺者の奇跡の共闘。
1. 存在の消去、触れてはならない純白
「う、うわぁぁぁぁっ!! 腕が! 俺の腕が、ないッ!?」
『暁の自由都市』の中央広場に、夜国の残党兵の悲痛な絶叫が響き渡った。
彼の右腕は、血を流して切断されたわけではない。空から舞い降りたのっぺらぼうの顔を持つ「天使」が放った光の槍に触れた瞬間、肩から先の肉体と骨、そして彼が右手に握っていたジョッキまでもが、まるで初めから存在しなかったかのように空間ごと「消滅」してしまったのだ。
「ひぃぃっ! 化け物だ! 逃げろ、陣形なんて組んでる場合じゃない!」
「待て! 押し合うな! 転んだら踏み潰されるぞ!」
数分前まで肩を組んで酒を酌み交わしていた昼と夜の兵士たちは、未知なる「概念兵器」の恐怖を前に、完全にパニックに陥っていた。
広場の中央で焚かれていた巨大な篝火も、天使が通り抜けただけで炎という現象そのものを消去され、周囲は不気味なほどの静寂と、冷たい月明かりだけに照らされていた。
「落ち着け! 浮き足立つな! 盾を前に出し、密集陣形を組め!」
昼国の近衛騎士団長ジーグが、大剣を振りかざして怒号を飛ばす。
「隊長! ダメです! 奴らには物理攻撃が通りません!」
前衛隊長レオンハルトが、天使に向かって渾身の斬撃を放つ。しかし、彼の鍛え上げられた鋼の剣は、天使の純白の体を「すり抜けた」直後、刀身の半分がチリとなって消滅してしまった。
「なっ……!? 魔力を込めたミスリル鋼の剣が、触れただけで消えただと!?」
『……不要ナ情報ノ削除ヲ、継続スル』
天使の顔のない頭部から、機械的なテレパシーが響く。
天使が六枚の金属的な翼を広げ、無機質な光の槍をジーグとレオンハルトへ向けて薙ぎ払おうとした、その瞬間。
「そこを退きなさい、お人形さん!!」
夜空を裂いて、紫金の雷を纏った一陣の風が飛び込んできた。
元・神穿鴉、シオンである。
彼女のミッドナイトブルーのドレスが夜風に翻り、手にした魔剣『雷月』が、天使の光の槍を真正面から迎え撃つ。
ガァァァァァァァンッ!!!
「シオン殿! 剣が消滅してしまいますぞ!」
ジーグが叫ぶが、シオンの魔剣は消えなかった。
天使の概念を消去する光と、シオンの紫金の雷が、空中で激しい火花を散らして拮抗しているのだ。
「……なるほど。物理的な物質は消せても、『魔力の概念』そのものは消しきれないってわけね」
シオンは、ギリッと奥歯を噛み締めながら、剣を押し込む。
彼女の放つ『紫金の反逆雷』は、相手の魔力回路を強制的に切断し、呪いを断ち切る力を持つ。天使の光もまた、創造神の魔力で編み込まれたプログラムである以上、シオンの雷とぶつかり合えば「相殺」させることが可能なのだ。
「ハク!!」
シオンが鋭く叫ぶ。
「オラァッ! 横っ腹が空いてるぜ、白ピジョン!!」
シオンの背後の影から、漆黒の青年ハクが弾丸のように飛び出した。
彼の右腕は巨大な『影の顎』に変形しており、天使の胴体目掛けて凄まじい勢いで食らいついた。
『……警告。未確認ノ捕食行動ヲ感知。回避……』
天使が後退しようとするが、遅かった。
「逃がすかよ! てめぇらのその無機質な光、俺の影の胃袋でドロドロに消化してやる!」
ハクの影の顎が、天使の純白の体をガブリと噛み砕く。
物理的な肉体を持たないはずの天使が、ハクの『絶望を喰らう影』に取り込まれた瞬間、ステンドグラスが割れるような甲高い音を立てて砕け散り、光の粒子となって消滅した。
「やった……! 天使を倒したぞ!」
レオンハルトが歓喜の声を上げる。
「喜んでる暇はないわよ! 上を見なさい!」
シオンが空を指差す。
空の巨大な亀裂からは、倒した天使の何百倍、何千倍という数の純白の群れが、まるで雪崩のように地上へ向かって降下し続けていた。
「チッ、キリがねぇ! まるで害虫の羽化だな!」
ハクが影を刃に変形させ、周囲に降り立つ天使たちを牽制する。
「お姉ちゃん! ハク!」
広場の奥から、白銀の光を放つカイルと、純白のドレスを翻すリオナが駆けつけてきた。
カイルの右半身からは、巨大な『白銀の神盾』が広範囲に展開され、兵士たちを天使の光の槍から守っている。
「カイル! その盾、天使の攻撃を防げるの!?」
シオンが尋ねると、カイルは苦しげに顔を歪めながら頷いた。
「はい! 僕の半霊体は『純粋な魂の力』で構成されているため、相手の消去概念とギリギリで拮抗しています。……ですが、消費魔力が大きすぎる! このまま防戦一方では、いずれ押し切られます!」
「私が回復させるわ! みんな、カイルの盾の中に集まって!」
リオナが、両手を天に掲げ、『白銀の浄化雷』の波動を広場全体に放つ。
彼女の光の波紋に触れた負傷兵たちは、消滅した腕や足こそ元には戻らないものの、失われた体力と魔力が急速に回復していくのを感じた。
「シオン様! リオナ殿下!」
そこへ、地下への入り口から、元・夜国軍副長のゼッカが、カエレンとニムを引き連れて顔を出した。
「表はえらい騒ぎですな。……このまま地上にいては、いずれジリ貧です。ジーグ将軍! 生き残りの兵士を全員、地下遺跡へ退避させてください! 我々が防衛線を張ります!」
「ゼッカ……! しかし、地下に逃げ込んだところで、奴らの光の槍は岩盤ごと消滅させてくるぞ!」
ジーグが大剣を構えながら怒鳴る。
「岩盤ではなく、『魔力の罠』で迎え撃つのです!」
ゼッカの傍らで、毒娘のニムが不敵に笑う。
「地下の狭い通路なら、私の『魔力崩壊液』のガスを充満させておけば、天使たちも中に入ってきた瞬間に機能不全を起こすはずよ!」
「なるほど、地の利を生かした籠城戦か! ……全軍、夜国のゼッカ殿の指示に従い、地下遺跡へ後退しろ! 負傷者を中央に固めろ!」
ジーグ将軍が、己のプライドを完全に捨て去り、かつての敵である暗殺者に兵の命を預けた。
昼国と夜国の兵士たちが、怒号を交わしながらも互いに肩を貸し合い、地下遺跡へと雪崩れ込んでいく。
「私たちも地下へ下がるわよ! カイル、殿をお願い!」
シオンが魔剣を振るい、迫る天使の群れを紫の雷で牽制する。
「承知しました!」
カイルが最後尾で白銀の盾を構え、四人も地下への階段へと飛び込んだ。
2. 地下迷宮の攻防、泥ネズミと騎士の絆
古代闘技場の地下遺跡。
かつては魔獣が巣食い、泥ネズミたちが闇市を開いていたその迷宮は、今や人類の存亡を懸けた最後の防衛拠点と化していた。
「通路の封鎖完了! カエレン、第一区画の毒ガスを散布しろ!」
ゼッカの指示が飛ぶ。
「へいへい! 特製ニムちゃんガス、お見舞いしてやらぁ!」
カエレンがバルブを開くと、通路に紫緑色の不気味な煙が充満する。
ズズズズズ……ッ!
地上から天使たちが無機質な足音を立てて地下へ侵入してくる。
しかし、彼らがニムの『魔力崩壊液』のガス層に入った瞬間。
『……警告。マナ回路ニ異常発生。……自己修復プロセス、エラ――』
天使たちの純白の体が明滅し、動きがガクンと鈍くなった。
「効いたぞ! 奴らの動きが止まった!」
ゴランたち重盾兵が歓声を上げる。
「喜ぶのは早いわよ! あの毒ガスだけで完全に倒せるわけじゃないわ! 魔力が弱まっている今のうちに、物理でコアを叩き潰すのよ!」
シオンが叫び、先陣を切って飛び出す。
「オラァッ! ぶっ壊れろ!!」
ハクの影の腕が、機能不全に陥った天使の胴体を次々と粉砕していく。
「我々も続け! シオン殿たちにばかり負担をかけるな! 誇り高き光の騎士の意地を見せよ!」
ジーグ将軍が、大剣に自身の魔力を限界まで込め、天使の足の関節を叩き斬る。
「うぉぉぉっ! 夜国の泥ネズミの罠なんぞに負けてたまるか!」
レオンハルトもまた、片目で敵の動きを見極め、的確に天使のコアを貫いていく。
地下の狭い通路という地形、ニムの魔力崩壊ガスによる弱体化、カイルの絶対防壁、そしてシオンたち特異点と兵士たちによる波状攻撃。
彼らの完璧な連携は、絶対的な力を持つ天使の軍団に対し、局地的ながらも互角以上の戦いを繰り広げていた。
「すごい……! みんなの心が、一つになってる!」
リオナは、後方から治癒の白銀雷を送りながら、その光景に胸を熱くした。
「ええ。光帝の狂気と、創造神の理不尽。それが皮肉にも、彼らを本当の『仲間』に変えたのですね」
カイルもまた、盾を構えながら微笑んだ。
だが、この奇跡のような防衛戦も、無限に湧き出す天使の物量と、根本的な魔力の枯渇によって、徐々に限界を迎えようとしていた。
「……ゼッカ先生! 毒の在庫がもう底をつきます! これ以上はガスを作れません!」
ニムが、空になったフラスコを抱えて悲鳴を上げる。
「チッ……。ここまでか」
ゼッカが忌々しげに舌打ちをする。
ガスの効果が薄れ始めた通路では、天使たちの動きが再び滑らかになり、無機質な光の槍が容赦なく兵士たちの盾を「消去」し始めていた。
「ぐぁぁっ! 盾が消えた! 下がれ、押し込まれるぞ!」
ゴランが腕を焼かれながら後退する。
「お姉ちゃん! カイルの魔力も限界が近いわ! 盾が薄くなってる!」
リオナの叫びに、シオンは魔剣を振るいながら振り返った。
カイルの光の右半身は、天使たちの概念攻撃を相殺し続けたことで激しく明滅し、今にも消え入りそうになっていた。
(……ここまでね。これ以上の防衛戦は、ただの全滅を待つだけの時間稼ぎよ)
シオンの紫の瞳が、冷徹な計算をはじき出す。
天使の軍団を根絶やしにするには、地上の残党を狩るのではなく、空に開いた『亀裂』――天使たちの母船であるあの巨大な眼を直接叩き潰すしかない。
「ジーグ将軍! ゼッカ! ここから先は少しでも長く持ち堪えなさい! 私たちは、これより空の『亀裂』へ直接突入して、親玉の眼球を叩き斬る!」
シオンが、大声で宣言した。
「なんと!? 空へ突入するだと!? しかし、あのような高高度へ、どうやって……!」
ジーグが驚愕する。
「ハクとカイルの力を使うわ。……それに、私たち『特異点』があの眼を攻撃すれば、天使たちの狙いも私たちに集中するはず。あなたたちへの攻撃は手薄になるわ!」
「お姉ちゃん、私も行く!」
リオナが、白銀の聖剣を構えてシオンの隣に立つ。
「カイル、最後の力、私に貸してちょうだい!」
「……御意のままに、我が主」
カイルが、残されたすべての魔力を振り絞り、半霊体の盾を『白銀の光の翼』へと変形させ、リオナの背中に憑依するように重なった。
「ハク! 飛ぶわよ! 私の体を空の果てまで持っていきなさい!」
シオンがハクの背中に飛び乗る。
「人使いの荒い主だぜ! 落っこちて舌噛んでも知らねぇからな!」
ハクの足元から、巨大な漆黒の影が爆発的に膨れ上がり、地下遺跡の天井を強引に突き破って、地上への『影のトンネル』を形成した。
「ジーグ将軍! ゼッカ先生! みんなを頼んだわよ!」
リオナが笑顔で手を振る。
「……どうか、ご無事で。我々の希望の光よ!」
ジーグが、万感の思いを込めて大剣を胸に当て、最敬礼を見送る。
「フン。用心棒が死んでは、我々も商売あがったりですからな。必ず生きて帰ってきてもらいましょう」
ゼッカもまた、義眼を光らせて深く頭を下げた。
四人の若き特異点たちは、泥臭い地下要塞を兵士たちに託し、すべてを終わらせるため、絶望が降り注ぐ夜空へと弾丸のように飛び出していった。
3. 狂王の帰還、引き裂かれたプライド
シオンたちが地上へ飛び出し、真っ直ぐに上空の亀裂を目指して飛翔していた、その頃。
黄昏時の荒野――彼らが先ほどまで宴を開いていた広場の外れ、大きく抉れたクレーターの底で、ドロドロの汚泥に塗れながら立ち上がる二つの影があった。
「……おのれ。おのれ、おのれェェェッ!!」
全身の純白の法衣を泥と血で黒く染め、金糸の髪を焼け焦がした光帝ソル。
「アァァァッ! 痛い、痛いぞ! 私の美しい肌が、こんな醜く焼け爛れるなど……!」
漆黒の礼服をボロボロに引き裂かれ、這いつくばるようにして嘔吐する闇御門ルナ。
数時間前、シオンとリオナの『双雷』によって魔導要塞を完全に破壊された二柱の狂神は、要塞の爆発エネルギーを自らの命と引き換えに相殺し、辛うじて生き延びていたのだ。
しかし、彼らの魔力は底を突き、もはや神としての威厳など微塵も残っていなかった。
「許さん……。許さんぞ、シオン、リオナ! 我が光の秩序を泥で汚した罪、貴様らの魂を永遠の炎で焼き尽くしてもまだ足りん!!」
ソルが、折れた『太陽神剣アポロン』を杖にして立ち上がり、空を見上げた。
「……ん?」
ソルの視線の先。
夜空には巨大な亀裂が走り、そこから無数の純白の天使たちが、地上に向かって降下している光景が広がっていた。
「……な、なんだあれは。光の軍勢……? いや、我が昼国にあのような無機質な兵など存在しない」
ソルが驚愕に目を見開く。
ルナもまた、痛みに顔を歪めながら空を見上げた。
「ヒヒッ……。ソル、貴様の隠し玉か? 笑わせるな、あのような醜い人形の群れで、私を……」
その時。
空から降下してきた天使の群れの中から、一際巨大で、黄金の光輪を背負った特殊な個体――『上位天使』が三体、ソルとルナのいるクレーターへ向かって舞い降りてきた。
『……生体反応確認。……対象アルファ・ソル。対象ベータ・ルナ』
上位天使たちの無機質な声が響く。
「……貴様ら、何者だ。この光帝の御前であるぞ、頭が高い!」
ソルが、残された威厳を振り絞り、折れた神剣を突きつける。
『……回答。我ラハ、創造神ノ摂理ヲ執行スル端末。……対象ソル、対象ルナ。貴様ラハ、管理区域ノ統制ニ失敗シタ、欠陥プログラム(バグ)ト認定サレタ』
「な、なんだと……?」
『……コレヨリ、不要データノ消去ヲ実行スル。抵抗ハ無意味ダ』
上位天使たちが、容赦なく光の槍を構え、二人の王に向けて突進してきた。
「ふざけるなァッ!!」
ソルが激昂し、神剣から最後の光のレーザーを放つ。
しかし、彼の放った光は、上位天使の放つ概念消去の光に触れた瞬間、あっさりと霧散してしまった。
「なっ……!? 我が光が、通用しないだと!?」
『……物理魔力ノ干渉ハ無効。サヨウナラ、欠陥品』
ズガァァァンッ!!
上位天使の槍がソルの右肩を貫き、彼をごみ屑のように地面に叩きつけた。
「ぐ、がはァッ!!」
「ヒ、ヒィィッ! ソルが、赤子のように……!」
ルナが恐怖に顔を引き攣らせ、後ずさりする。
「私に近づくな! 私は闇御門だぞ! 世界の半分を統べる支配者だ!!」
ルナが、自身の影から『深淵の触手』を呼び出そうとするが、魔力枯渇により数本の細い触手しか出てこない。それすらも、上位天使の光に触れて一瞬で消滅させられた。
『……支配者。ソレハ、創造神ガ貴様ラニ与エタ「役割」ニ過ギナイ。……役割ヲ果タセナカッタ道具ニ、存在価値ハナイ』
上位天使が、冷酷にルナの首を掴み上げ、宙に吊るし上げた。
「が、ぁっ……! はな、せ……ッ!」
絶対的な権力と力で、十五年間世界を弄んできた二人の王。
しかし、彼らもまた、創造神の目から見れば、ただの「箱庭の管理人」という名の使い捨てのプログラムに過ぎなかったのだ。
シオンたち特異点を排除できず、世界を一つに融合させてしまった彼らは、システムエラーの元凶として、容赦なく処分されようとしていた。
「……ふざけるな」
地面に叩きつけられたソルが、血反吐を吐きながら、ギリリと歯を食いしばった。
「私が……この私が、誰かの創った操り人形だったとでも言うのか……! 私は神だ! 光帝ソルだ! 誰の指図も受けん! 誰の裁きも受けん!!」
ソルの瞳に、極限の屈辱と、狂気に満ちた執念の炎が宿る。
彼は、自らの左胸に手を突き入れ、あろうことか自身の『心臓(魔力コア)』を強引に引きずり出した。
「ルナ!! 貴様も意地を見せろ! あの生意気な娘どもだけでなく、このふざけた神のシステムごと、全てを道連れにしてくれるわ!!」
「ヒ、ヒヒヒヒヒッ!! いいだろうソル! 私の絶望、底の底まで見せてやる!!」
ルナもまた、狂ったように笑いながら、自身の闇のコアを限界まで暴走させた。
二人の王が、自らの命と魂を完全に犠牲にして放つ、究極の自爆呪詛。
それは、天使たちを道連れにするだけでなく、この黄昏時の荒野一帯を、次元の狭間へ永遠に飲み込むほどの危険な魔力崩壊を引き起こそうとしていた。
4. 空への飛翔、姉妹と天使の群れ
その頃。
ハクの影の推進力と、カイルの光の翼を得て、シオンとリオナは夜空を垂直に駆け上がっていた。
「ハク! もっと加速できる!? 天使の群れが壁になってるわ!」
シオンが、すれ違う天使を紫雷で斬り捨てながら叫ぶ。
「無茶言うな! これでも影の限界まで魔力を吹かしてんだよ!」
彼女たちの頭上には、亀裂から降り注ぐ何万という天使たちが、まるで巨大な白い傘のように密集し、絶対防衛線を敷いていた。
地上へ向かう天使とは別に、亀裂の主である『眼』を守るための親衛隊だ。
「僕が突破口を開きます! リオナ様、雷を!」
カイルが、白銀の神盾を巨大な『光のドリル』のように変形させ、前方に構える。
「ええ! ――『白銀・神星衝』!!」
リオナの浄化雷がドリルの先端に収束し、天使の壁に巨大な風穴を開ける。
「オラァッ! その隙間を抜けるぜ!!」
ハクが、光の軌道を正確にトレースして、天使の群れの中心を文字通り弾丸のようにすり抜けた。
「……見えたわ」
厚い天使の壁を抜けた先。
そこは、大気圏スレスレの、星空すら見えない暗黒の空域だった。
そして目の前には、空にパックリと開いた巨大な次元の亀裂。
その奥で、無機質な歯車に囲まれて浮かぶ、惑星ほどの大きさを持つ『創造神の眼』が、静かに彼女たちを見下ろしていた。
『……警告。特異点ノ接近ヲ感知。……排除プロトコル、フェーズ3ヘ移行』
天の眼からのテレパシーが響いた瞬間。
亀裂の周囲空間が不気味に歪み、そこから、先ほどソルやルナを襲っていたのと同じ、巨大な黄金の光輪を背負った『上位天使』が十数体、姿を現した。
「……ただの案山子じゃないみたいね。でも、やることは同じよ!」
シオンが魔剣『雷月』を両手で構え、紫金の雷を限界まで高める。
「ええ、お姉ちゃん! あの眼を潰して、この空を私たちのものにする!」
リオナも聖剣を構え、カイルの光の翼を羽ばたかせる。
四人が、上位天使たちと激突しようとした、まさにその時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!!!
遥か下方――地上の方角から、彼らのいる上空まで届くほどの、凄まじい地響きと魔力の震動が伝わってきた。
「な、何!? 地下で爆発でも起きたの!?」
リオナが驚いて下を振り向く。
「違う! あれは地下じゃない! 荒野のド真ん中だ!」
ハクの紫の瞳が、地上の異変を正確に捉えていた。
彼らの眼下の荒野。そこから、天を焦がすような黄金の光と、全てを飲み込む漆黒の闇が、まるで巨大な竜巻のように絡み合いながら、上空へ向かって急上昇してきていたのだ。
「……嘘でしょ。あの魔力、ソルとルナ!?」
シオンが信じられないというように目を見開く。
「あいつら、まだ生きてやがったのか! しかも、このバカデカい魔力、完全に自爆する気だぜ!!」
ハクが舌打ちをする。
ソルとルナの命を懸けた暴走状態。
二人の狂王は、もはや理性を失い、純粋な『破壊の渦』となって、地上から上位天使たちごとシオンたちを飲み込もうと迫ってきていた。
上空には、無数の上位天使と、絶対的な力を持つ『創造神の眼』。
下方からは、世界を道連れにしようとする二柱の狂神の自爆の渦。
「……完全に挟み撃ちね」
シオンは、上下から迫る絶望的な死の挟撃を前に、しかし、フッと薄く笑った。
「お姉ちゃん? 笑ってる場合じゃないわよ!」
リオナが焦る。
「笑いたくもなるわよ。……神様に反逆するのに、これ以上最高の舞台なんてないじゃない」
シオンは、魔剣『雷月』の刃に、そっとキスをした。
「ハク。カイル」
シオンの凛とした声に、二人の騎士が応える。
「おう」
「はい」
「あの馬鹿な大人たちの自爆に巻き込まれる前に、一瞬で上の天使どもを斬り裂いて、あの『眼』のド真ん中に雷を叩き込むわよ。……準備はいい?」
「当然だ。俺の影で、奴らの光輪ごと噛み砕いてやる!」
「僕の命の全て、貴女たちの剣に捧げます!」
「私も! お姉ちゃん、タイミングは合わせる!」
四人の心が、極限の死地において、完全に一つに重なり合った。
「さあ、宇宙の理を、力ずくで書き換えるわよ!!」
紫金の雷と、白銀の雷。
漆黒の影と、白銀の霊体。
暁の星徒たちの、神々に対する真の反逆が、天の深淵を舞台に、いよいよその最高潮を迎えようとしていた。




