第三章4 『泥ネズミたちのバザール、毒娘の商売』
東の地平線が、血のように赤黒く煮えたぎっていた。
つい数十分前まで、十五年ぶりの澄み切った朝日を喜んでいた『暁の自由都市』の野営地は、今や恐ろしい熱波とサイレンのような怒号に包まれていた。
1. 迫り来る黄昏、二つの狂太陽
「全軍、防衛陣形を取れ! 結界魔術班は防壁の修復を急げ! 負傷者と非戦闘員は地下の古代遺跡へ退避させろ!」
昼国近衛騎士団長ジーグの、喉が裂けんばかりの咆哮が響く。
彼の視線の先、遥か東の空には、太陽とは別にもう二つ、巨大な『光の球体』が浮かび上がり、ジリジリとこちらへ向かって移動してきていた。
一つは、目を焼くような黄金の光。
もう一つは、光すらも吸い込むような漆黒の深淵。
「……あれは、魔力で構成された質量兵器。しかも、周囲の生命力を根こそぎ吸い上げながら自己増殖している……!」
前衛隊長レオンハルトが、潰れた左目を押さえながら呻いた。残された右目に映るその光景は、まさに世界の終わりを具現化したような悍ましさだった。
「光帝ソル陛下と、闇御門ルナ……。あの二人は、ついに自国の民の命まで魔力庫の薪としてくべたというのか。……狂っている。もはや、あれは王でも神でもない、ただの厄災だ!」
ジーグが大剣を地に突き立て、ギリッと奥歯を噛み砕かんばかりに食いしばった。
「将軍!」
その場に、白銀と紫金の雷を纏った二人の少女――シオンとリオナが駆けつけてきた。背後には、半霊体のカイルと、人化したハクの姿もある。
「おお、リオナ殿下! シオン殿! ……ご覧の通りです。敵は、我々が建設し始めたこの自由都市を、地形ごと蒸発させる気でしょう」
ジーグが苦渋の表情で報告する。
シオンは、東の空に浮かぶ二つの巨大な魔力球を睨みつけた。
「……カエレンの報告通りね。要塞化された巨大な魔力炉。あれが都市の上空に到達して『落ちて』くれば、私とリオナの双雷でも相殺しきれるかどうか……」
「お姉ちゃん、あれ、すごく熱い……。近づいてくるだけで、空気がチリチリ焦げてるみたい」
リオナが、汗を拭いながらシオンの袖を掴む。
彼女の言う通り、まだ距離があるというのに、野営地の気温は異常なほど上昇しており、立ててあったテントの帆布が自然発火しかけている箇所すらあった。
「チッ、ふざけやがって。飯の邪魔した挙句に、こんなクソ暑いモン持ち出しやがって。俺がひとっ走りして、あの目玉焼きを二つとも叩き割ってきてやろうか」
ハクが、腕の呪いの刺青を明滅させながら、背中の影を広げて跳躍の構えをとる。
「待ちなさいハク。あれは単なる魔法の塊じゃないわ。周囲の生命力を吸収する結界が張られているはず。考えなしに突っ込めば、あなたのその人間の体なんて一瞬でミイラにされるわよ」
シオンが鋭く制止する。
「なら、僕が盾となって突入しましょう」
カイルが、光で構成された右手を前に出した。
「僕の半霊体は、物理的な生命力を持っていません。魔力の干渉のみで存在している。僕の『白銀の神盾』で熱波を切り裂き、シオン様たちが攻撃を叩き込む道を作ります」
「……カイル。でも、そんなことをしたらあなたの魔力が……」
リオナが心配そうに見上げるが、カイルは優しく微笑んで首を振った。
「これが、僕がこの体を選んだ理由ですから。……ですが、あの要塞を落とすには、地上からの強力な支援(足止め)が必要です」
カイルがジーグ将軍の方を向くと、ジーグは重々しく頷いた。
「我々昼国の魔術班が総力を挙げ、対空の魔力砲撃を行います。しかし、あの熱波の中では、射程距離に入る前に我々の魔力回路が焼き切れてしまう可能性が高い……」
正攻法では、あまりにも被害が大きすぎる。
シオンが唇を噛み、別の打開策を思考の海から引きずり出そうとした、その時だった。
「――おやおや。光の国の立派な騎士様たちは、相変わらず力任せの正面突破しか頭にないようですな」
瓦礫の陰、地面に開いた地下遺跡への通気口から、ぬらりと這い出してきた影があった。
2. 泥ネズミたちのバザール、作戦会議への乱入
「……何者だッ!」
レオンハルトが即座に剣を抜き、殺気を放つ。
周囲の昼国兵士たちも一斉に槍を構えた。
「まあまあ、物騒な歓迎はご遠慮願いたい。我々はただの『通りすがりの商人』ですよ」
土埃を払って立ち上がったのは、元・夜国軍副長のゼッカだった。
彼の背後からは、影潜りのカエレンと、両手いっぱいにフラスコを抱えた毒娘のニムが、ひょっこりと顔を出している。
「夜国の残党……! 貴様ら、こんなところで何を企んでいる!」
ジーグ将軍が大剣を構え、場に一触即発の空気が流れた。
昼国の騎士たちにとって、夜国の暗殺部隊である彼らは、昨日まで憎むべき怨敵だったのだ。
「剣を下ろしなさい、将軍。彼らは私の『客人』よ」
シオンが、スッとジーグとゼッカの間に入り、静かな、しかし絶対的な威圧感のある声で告げた。
「シオン殿!? しかし、こ奴らは……!」
「彼らはもう夜国の兵じゃないわ。地下で自分たちの商売をしている、ただの泥ネズミよ。……それに、今の私たちには、彼らの『泥臭い知恵』が必要になるかもしれない」
シオンの言葉に、ジーグは渋々といった様子で剣を下げた。
「ふふっ、流石はシオン様。我々泥ネズミの価値をよく分かっていらっしゃる」
ゼッカは、無表情な義眼を光らせながら恭しく一礼した。
「ゼッカ。お前、さっき『力任せの正面突破しか頭にない』って言ったわね。何か策があるの?」
シオンが腕を組んで尋ねる。
「ええ。上空から迫るあの『二つの太陽』。あれの迎撃に、表の軍隊だけで立ち向かえば、この野営地は火の海になるでしょう。……ですが、我々が地下に張り巡らせた『罠』を使えば、あの厄介な熱波と魔力吸収結界を、一時的に『腐らせる』ことができます」
「腐らせる……? 魔力そのものをか?」
カイルが怪訝そうに眉をひそめる。
「えっへん! 私の出番ね!」
ニムが、元気よく前に飛び出し、抱えていた緑色のフラスコを高く掲げた。
「ジャジャーン! ニム特製『魔力崩壊液』! ルナ様の深淵の瘴気と、キメラの胃酸、それから昨日ハクさんが狩ってきた謎の獣の血をブレンドした、奇跡の毒薬よ!」
「……毒薬って。そんなもの、どうやって空の要塞に届ける気?」
リオナが、少し引き気味に尋ねる。
「ただ投げるんじゃないわよ。地下遺跡の通気システムを逆流させて、この毒を『気化』させて空に噴射するの! そうすれば、あの要塞が吸い込んでいる魔力の流れに、この猛毒の不純物が混ざる。神様の綺麗な魔力回路は、たちまちショートしてドロドロの泥に変わるって寸法よ!」
ニムは、恐ろしいテロリズムの計画を、まるでケーキのレシピでも語るように無邪気に説明した。
「……なるほど。相手の『周囲の魔力を吸収する』という特性を逆手に取り、毒を吸わせるわけか。えげつないが、理にかなっている」
シオンが感心したように頷く。
「な、なんと卑劣な……! 毒を散布するなど、騎士の風上にも置けん!」
レオンハルトが顔をしかめて抗議する。
「おや。では、正面から突撃して、貴方の大切な部下たちを炭の塊に変えますかな? 騎士の誇りとやらで、あの熱波が防げるならどうぞご勝手に」
ゼッカが、冷ややかに皮肉を返す。
「貴様ッ……!」
「レオンハルト、やめろ」
激昂する部下を、ジーグ将軍が手で制した。
ジーグは、東の空の圧倒的な熱源と、足元のゼッカたちを交互に見比べ……そして、深く息を吐いた。
「……背に腹は代えられん。民の命を守れるのであれば、私は泥でも毒でも啜ろう。……ゼッカと言ったな。その作戦、我々昼国の軍も全面的に協力する。何が必要だ?」
誇り高き光の騎士が、夜国の暗殺者に頭を下げた瞬間だった。
ゼッカは少しだけ驚いたように義眼を見開いたが、すぐに口角を上げた。
「話の分かる将軍で助かります。……必要なのは『時間』と『囮』です」
ゼッカは、足元の地面に木の枝で簡単な図を描き始めた。
「地下の通気システムから毒を気化させるには、全てのバルブを開放し、魔力炉を暴走させる必要があります。準備にあと三十分。……その間、あの『二つの太陽』の足を止め、奴らの注意を上空(表)に釘付けにしてほしい」
「つまり、俺たちが空で派手に暴れて、その隙にてめぇらが下から毒の煙を吹きかけるってわけだな」
ハクが、首をポキポキと鳴らして凶悪に笑う。
「いいぜ。泥ネズミの作戦にしちゃあ、上出来だ。俺が囮になって、あのクソ要塞をぶっ叩いてやる」
「……ありがとう、ゼッカ。あなたたちのおかげで、勝機が見えたわ」
シオンがゼッカに礼を言うと、ゼッカは肩をすくめた。
「感謝には及びません。我々も、自分の商売の縄張りを焼かれたくはないですからな。……それに、シオン様には『情報屋の用心棒』として、名前を貸していただく契約ですから。せいぜい、死なないように働いてもらいますよ」
「ええ。高いわよ、私の用心棒代は」
シオンは不敵に笑い、魔剣『雷月』を抜いた。
表の光と、裏の闇。
かつては殺し合っていた者たちが、今、一つの明確な目的のために、完璧な連携作戦を組み上げようとしていた。
3. 開戦、熱波の防衛線
「急げ! 投石機に冷却魔術を付与した岩を装填しろ! 結界班は三重の防壁を展開! 毒ガスが野営地に逆流しないよう、風向きの制御を怠るな!」
ジーグ将軍の指揮の下、自由都市の防衛線が急速に形作られていく。
しかし、敵の侵攻は予想以上に早かった。
ズォォォォォォォォ……ッ!!!
空気が震えるような不気味な重低音と共に、東の空から、超高熱の『熱風の壁』が野営地を襲った。
「熱っ!? な、なんだこの熱風は!」
「結界が溶けるぞ!!」
最前線に展開していた昼国の結界魔術師たちが、顔を覆って悲鳴を上げる。
『二つの太陽』――魔導要塞から放たれた、先制の広域熱放射である。
それはただの火属性魔法ではなく、周囲の水分と生命力を奪う『枯渇の熱波』だった。
「……これ以上、結界を削らせはしない!」
最前線に、半霊体となったカイルが躍り出た。
彼が光の右腕を高く掲げると、そこから巨大な白銀の城壁――『絶対守護・白銀の神盾』が展開された。
ズガァァァァッ!!
熱波が神盾に激突するが、カイルの盾はそれを物理的に防ぐだけでなく、熱の魔力を光の粒子へと変換し、無効化していく。
「カイル殿が防いでくれているぞ! 今だ、魔力砲撃を開始しろ!!」
レオンハルトの合図で、昼国の魔術兵たちが一斉に空へ向けて攻撃魔法を放つ。
さらに、冷却魔法を付与された巨大な岩弾が、投石機から次々と射出され、二つの太陽へと向かって飛んでいく。
しかし。
『愚カナル虫ケラドモ。太陽ニ向カッテ、ツバヲ吐クカ』
空から、光帝ソルの声が、魔力によるテレパシーとなって直接響き渡った。
飛んでいった岩弾や魔法の光は、要塞の周囲に張り巡らされた『絶対光域』に触れた瞬間、ジュワッという音と共に一瞬で蒸発してしまった。
『私ノカワイイ玩具ニ傷ヲツケルナ。シオン、這イツクバッテ命ゴイヲシテミセロ!』
闇御門ルナの狂った哄笑が続く。
要塞の底面から、無数の黄金のレーザーと、漆黒の瘴気の触手が、雨霰と地上へ向かって降り注いできた。
「ぐっ……! 数が多すぎる!」
カイルが神盾の範囲を広げて防ぐが、彼一人で野営地全体をカバーすることは不可能だった。数本のレーザーが盾をすり抜け、後方のテントを吹き飛ばす。
「カイル! 私も手伝うわ!」
リオナが、背中に六枚の『白銀の翼』を展開し、カイルの隣に並び立った。
彼女の放つ『白銀の浄化雷』が、空から降り注ぐ漆黒の触手を次々と撃ち落とし、無害なマナへと還元していく。
「リオナ様! 危険です、下がっていてください!」
「ダメよ! カイルだけに負担はかけさせない! 私はあなたの『剣』にもなるって決めたの!」
リオナの聖剣『ソル・ブレイカー』が輝き、彼女の瞳には強い決意が宿っていた。
「……本当に、貴女は強くなった。分かりました、二人で防ぎきりましょう!」
カイルとリオナ、二人の白銀の光が共鳴し合い、野営地を包み込む巨大な光のドームを作り上げる。
だが、敵は空からの遠距離攻撃だけではなかった。
「……シオン。上空から、何か降ってくるぜ」
ハクが、目を細めて上空を睨む。
二つの要塞の影から、無数の『黒い点』が、地上へ向かってパラシュートのように降下してきていた。
「あれは……夜国の『死肉人形』と、昼国の『異端審問兵』……!?」
シオンが驚愕に目を見開く。
地上に降り立ったのは、ルナの瘴気で操られたアンデッドの兵士たちと、ソルの光で完全に自我を破壊され、痛みを感じない特攻兵器と化した昼国の兵士たちだった。
彼らは全身に爆発性の魔力を宿しており、自爆攻撃を仕掛けるためだけに降下してきたのだ。
「……狂ってる。自分の国の兵士を、ただの使い捨ての爆弾にするなんて……!」
シオンの怒りが沸点に達する。
「ジーグ将軍! 防御陣形を対歩兵用に切り替えて! あいつらを野営地に入れたら終わりよ!」
「オラァッ!!」
ハクが、背中の影を無数の巨大な『腕』に変形させ、降下してくる特攻兵たちを空中で次々と叩き落としていく。
しかし、叩き落とされた兵士たちは地面に激突した瞬間に凄まじい大爆発を起こし、周囲に火の粉と瘴気を撒き散らした。
「チッ、触れただけで爆発しやがるのか! 厄介な連中だぜ!」
ハクが舌打ちをする。
「ハク、無理に叩き落とさないで! 私が斬る!」
シオンは、魔剣『雷月』を握りしめ、紫金の雷を限界まで高めた。
彼女の雷は、単なる破壊の力ではない。ハクとの契約によって得た『魂を喰らい、呪いを断ち切る』力だ。
「――『紫雷・神断』!!」
シオンの放った紫の斬撃が、空中で爆発しようとしていた特攻兵たちの体をすり抜ける。
その瞬間、兵士たちの体内に宿っていた『自爆用の魔力回路』だけが正確に切断され、彼らは爆発することなく、ただの動かない人形となって地面に転がった。
「す、すごい……! あの無数の自爆兵の魔力回路だけを、一瞬で断ち切ったのか!」
レオンハルトが驚嘆の声を上げる。
「ボーッとしてないで! 落ちてきた兵士たちを安全な場所へ運んで! まだ助かるかもしれないわ!」
シオンの指示に、昼国の兵士たちが慌てて動き出す。
空からの熱波をカイルとリオナが防ぎ。
地上への自爆特攻をシオンとハクが切り捨てる。
四人の圧倒的な力と連携により、自由都市はなんとか要塞からの第一波を凌ぎ切っていた。
しかし、彼らの魔力消費は激しく、このままではいずれジリ貧になるのは明らかだった。
「……シオン! そろそろ三十分だぜ! あの泥ネズミどもの準備はまだかよ!」
ハクが、特攻兵の群れを影で薙ぎ払いながら叫ぶ。
「もう少しよ! 私たちで、あいつらの注意を限界まで引きつけるわ!」
シオンは空を見上げ、二つの太陽の中心――魔導要塞の最も魔力が密集している部分を睨みつけた。
4. 泥ネズミの逆襲、空に咲く毒の華
地下遺跡の最深部。
「ゼッカ先生! 全ての通気口のバルブ、開放準備完了です!」
カエレンが、汗だくになりながら巨大なレバーに手をかけて報告する。
「ニム、毒液の気化システムは正常に作動しているな?」
ゼッカが、通信用の魔力管を通じて確認する。
「バッチリよ! この遺跡の地熱エネルギーを使って、一気に沸点まで持っていくわ! フラスコの中身、限界まで充填したからね!」
ニムの興奮した声が返ってくる。
「よし。……表の光の騎士様たち、よく耐えてくれた。ここからは、我々泥ネズミの時間だ」
ゼッカの義眼が、冷酷な光を放つ。
「カエレン、ニム! ――『魔力崩壊液』、全量散布開始!!」
ガコンッ!!!
カエレンが巨大なレバーを引き下ろした瞬間。
地下遺跡の無数の通気口から、凄まじい勢いで『紫緑色の不気味な煙』が地上へ向けて噴き出した。
煙は野営地の隙間を縫うように上昇し、上空の気流に乗って、真っ直ぐに二つの要塞へと向かっていく。
「な、なんだあの煙は!?」
空の要塞から地上を見下ろしていた光帝ソルが、不快そうに眉をひそめる。
「ルナ! 貴様の瘴気か!? 目障りだ、吸い込んで消し飛ばせ!」
「私ではない! ……ええい、なんだこの得体の知れない匂いは! 吸い込め、魔力炉の出力に変換してしまえ!」
闇御門ルナが、要塞の『魔力吸収結界』の出力を最大に引き上げる。
要塞の底面に発生した巨大なブラックホールのような吸引力が、ニムの放った『魔力崩壊液の煙』を、一滴残らず要塞の内部へと吸い込んでいった。
「……吸い込んだわね。馬鹿な神様たち」
地上でその光景を見ていたシオンが、不敵な笑みを浮かべた。
次の瞬間。
『……な、何ダ!? 魔力炉ノ出力ガ……低下シテイル!?』
上空から、ソルの狼狽する声が響いた。
『バカな! 吸収シタ魔力ガ、内部デ腐敗シテイルダト!? 制御不能ダ、結界ガ……剥ガレ落チル!』
ルナの絶叫が続く。
ニムの作った『魔力崩壊液』は、要塞の魔力回路そのものをショートさせ、黄金の光も漆黒の深淵も、ドロドロの汚泥のように変質させてしまったのだ。
空を覆っていた圧倒的な熱波が、嘘のようにスッと引いていく。
そして、要塞の周囲を覆っていた『絶対光域』のバリアが、パリンという音を立てて完全に崩壊した。
「ゼッカ先生! 作戦大成功だぜ! 奴らのバリアが剥がれた!」
地下からカエレンの歓声が響く。
「……よくやったわ、泥ネズミたち。最高の囮よ」
シオンは、魔剣『雷月』を強く握り直した。
「ハク! カイル! リオナ! 今よ! 奴らの要塞の『目玉』をぶっ潰すわ!」
シオンの号令に、三人が同時に頷いた。
「オラァッ!! 行くぜシオン!!」
ハクが、自身の影を巨大な黒い翼に変形させ、シオンを抱き抱えて空高く跳躍した。
「僕たちが道を切り開きます! リオナ様!」
「ええ! みんなの想い、私が届ける!」
カイルが光の半霊体を巨大な『白銀の弓』へと変形させ、そこにリオナが『白銀の浄化雷』を矢としてつがえる。
「撃てェェェッ!!」
ジーグ将軍の怒号と共に、地上の昼国軍が、バリアを失った要塞に向けて一斉に魔力砲撃を開始する。
夜国の毒で機能不全に陥り、昼国の砲撃で物理的な装甲を削られる二つの魔導要塞。
「おのれェェェッ! 泥虫ドモガァァァッ!!」
ソルとルナが、狂乱して最後の魔力を振り絞り、シオンたちを迎撃しようとする。
だが、ハクの圧倒的なスピードと、カイルとリオナの放つ『白銀の矢』の援護射撃により、要塞からの迎撃レーザーは全て完全に逸らされた。
「……これで終わりよ、狂った大人たち!」
要塞の眼前に到達したシオンが、ハクの腕から飛び出す。
彼女の右手に握られた『雷月』に、これまでにないほど高密度に圧縮された『紫金の反逆雷』が収束する。
「私たちが掴んだ明日を……これ以上、邪魔させない!!」
「――『紫雷・神断』、最大出力!!!」
シオンの放った紫金の極大の斬撃が、二つの巨大な魔導要塞の中央――魔力炉のコアを、完全に、そして無慈悲に真っ二つに両断した。
ズガァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!
空を赤黒く染めていた二つの太陽が、凄まじい爆発音と共に、美しい紫金の光の粒子となって四散した。
要塞の崩壊と共に、光帝ソルと闇御門ルナの姿も、爆発の光の中に飲み込まれ、完全に消失していく。
「……やった」
シオンは、空中でくるりと身を翻し、ハクの背中にふわりと着地した。
地上からは、昼国と夜国の兵士たちが入り混じった、割れんばかりの歓声が沸き起こっていた。
「やったぞ! 要塞が落ちた!」
「シオン様! リオナ殿下! 万歳!!」
「泥ネズミの毒も最高だったぜ!!」
かつての敵同士が、互いの肩を叩き合い、涙を流して勝利を喜んでいる。
「……フン。泥ネズミの商売としては、上出来の宣伝になったな」
地下遺跡から地上へ顔を出したゼッカが、空から降ってくる光の粒子を見上げながら、薄く笑った。
「すっごーい! 私の毒、神様の要塞もぶっ壊しちゃった!」
ニムが嬉しそうに飛び跳ねる。
上空から舞い降りてきたシオンとハクを、リオナとカイルが満面の笑みで出迎える。
「お姉ちゃん! かっこよかった!」
リオナがシオンに抱きつく。
「ちょっ、痛いわよリオナ。……でも、あなたとカイルの援護、完璧だったわ」
シオンは、照れくさそうにリオナの頭を撫でた。
「ハク殿も、お見事な飛翔でした。……やはり、貴方の背中は頼りになります」
カイルが微笑むと、ハクは「ケッ」とそっぽを向いた。
「てめぇの弓も、悪くなかったぜ。半分幽霊」
表と裏、光と闇。
彼らの力が完全に噛み合い、もたらされた絶対的な勝利。
『暁の自由都市』は、初めての防衛戦を見事に生き抜き、真の意味で「新しい世界」の第一歩を踏み出したのだ。
しかし。
彼らが勝利の喜びに沸くその空の、遥か高く、宇宙の彼方から。
冷たく、無機質な『創造神の眼』が、じっと彼らの戦いを観測し続けていることに、今はまだ誰も気づいていなかった。
真の絶望(天使の軍団)が地上に降り注ぐまで、残された時間はあとわずかである。




