第三章2 『幽霊騎士の悩み、影の狼の散歩』
そして、その裏で『二つの太陽(光帝の逆襲の予兆)』が、少しずつその姿を現し始めた。
1. すり抜ける丸太と、半霊体の憂鬱
黄昏時の荒野に、活気ある槌の音が響き渡っていた。
光帝ソルと闇御門ルナという二柱の狂神が退いてから数日。近衛騎士団長ジーグの宣言により建設が始まった『暁の自由都市』は、昼国と夜国の生き残りたちが手を取り合うことで、驚異的なスピードでその形を成しつつあった。
崩壊した古代闘技場の石材を再利用し、防壁が組まれていく。
その建設現場の中央で、一人の美しい青年のため息が漏れていた。
「……また、すり抜けてしまいましたか」
聖騎士カイル・ヴァン・アストラル。
彼は困ったように自身の右手を顔の高さまで上げ、太陽の光に透かして見つめた。
透き通るような白銀の光で構成された右半身。彼は神々との死闘の末、第一皇女リオナの『白銀の浄化雷』と自身の『太光』の魔力を融合させ、死の淵から『光の半霊体』として現世に留まる奇跡を起こしたのだ。
その圧倒的な魔力は、神の光すら防ぐ絶対の盾となる。
しかし、平和な日常の力仕事においては、それは致命的な欠陥を抱えていた。
「カ、カイル様! 申し訳ありません! 俺のようなむさ苦しい平民が、尊き半霊体であられるカイル様に丸太運びなどをお願いしたばかりに……!」
足元で、昼国の重盾兵だった巨漢のゴランが、土下座の勢いで地面に額を擦り付けていた。彼の目の前には、カイルが運ぼうとして落としてしまった(正確には、手がすり抜けてしまった)巨大な丸太が転がっている。
「頭を上げてください、ゴラン殿。貴方が謝ることではありません。……僕がまだ、この体の魔力制御に慣れていないだけですから」
カイルは苦笑しながら、光の右手で丸太を持ち上げようと意識を集中させた。
魔力を物質化させるイメージ。
白銀の手にカチリと硬い感触が生まれ、丸太を掴む。そのまま持ち上げようと力を込めた瞬間――ふっと集中が途切れ、再び右手がホログラムのように丸太を透過してしまった。
「ああ……やはり、物理的な質量を長時間保持するのは、魔力の消耗とは別の神経を使いますね。剣を握るのとは勝手が違うようだ」
カイルが少し肩を落とすと、周囲で作業をしていた元・昼国の兵士たちが、慌てふためいて駆け寄ってきた。
「カイル様! どうかご無理をなさらず! 力仕事は我々泥臭い兵士の役目です!」
「そうです! 奇跡の御姿であられるカイル様は、そこに立って微笑んでくださるだけで、我々の士気が百倍になりますから!」
「さあさあ、丸太は俺が! カイル様はあちらのテントで冷たいお水でも!」
兵士たちは、カイルをまるで触れてはならない神聖なご神体のように扱い、彼から丸太を奪い取ってあっという間に運んでいってしまった。
「……皆さんの気持ちはありがたいのですが、これでは僕がただのお荷物になっているような気がして……」
カイルは残された両手(生身の左手と光の右手)を見比べ、深くため息をついた。
「そんなことないわよ、カイル」
背後から、鈴を転がすような明るい声が響いた。
振り返ると、水桶を抱えた第一皇女、リオナが微笑みながら立っていた。美しい金髪を後ろで無造作に束ね、簡素な麻の服を着た彼女の額には、キラキラと汗が光っている。
「リオナ様。お疲れ様です。水運びですか?」
「うん。アリアにお願いされてね。……ふふっ、カイル、また丸太を落としちゃったの?」
リオナのからかうような視線に、カイルはバツが悪そうに視線を逸らした。
「お恥ずかしい限りです。いざという時の盾にはなれても、平和な街づくりでは、僕はどうやら不器用な幽霊のようです」
カイルの自嘲気味な言葉に、リオナは水桶を地面に置き、彼に一歩近づいた。
「カイルが不器用なのは、昔からじゃない。……それに、幽霊だなんて言わないで。あなたはここにいるわ」
リオナは、カイルの光の右胸――心臓があるはずの場所に、そっと自分の手を当てた。
「物理的な重さはなくても、あなたの光はこんなに温かい。……あなたが命を懸けて私の側に残ってくれたこと、私は一日だって忘れないわ。だから、焦らないで。ゆっくり、新しい体に慣れていけばいいのよ」
リオナの真っ直ぐな瞳と、光の体越しに伝わってくる彼女の魂の温もりに、カイルの胸の奥がじんわりと熱くなった。
「……リオナ様。貴女は本当に、僕にはもったいないくらい優しい方だ」
カイルは、生身の左手でリオナの手をそっと包み込んだ。
「ありがとうございます。……丸太は運べなくても、貴女の笑顔を守ることだけは、この半霊体の命が尽きるまで完璧にこなしてみせますよ」
「もう、大げさなんだから」
リオナが少し頬を染めて笑い合った、その時。
「――おいおいおい。朝は毒スープで俺を暗殺しようとして、昼はこんな白昼堂々とイチャつきやがって。てめぇら、少しは周りの独り身の兵士どもの精神衛生ってモンを考えろや」
瓦礫の上から、呆れ果てたような、しゃがれた男の声が降ってきた。
見上げると、そこには人化した精霊獣、ハクが腕を組んで見下ろしていた。
2. 影の狼の散歩と、戸惑う元・聖騎士たち
「ハク! もう胃は痛くないの?」
リオナが尋ねると、ハクは忌々しげに舌打ちをした。
「てめぇの殺人的な味覚のせいで、俺の強靭な影の胃袋が悲鳴を上げたままだ。……シオンのやつは、ゼッカの泥ネズミどもと何やらコソコソ話し込んでやがるし、このキャンプは平和すぎて退屈で死にそうだ」
ハクは、首の関節をボキボキと鳴らしながら瓦礫から飛び降りた。
漆黒の髪に、爬虫類のように縦に裂けた紫の瞳。首筋から腕にかけて禍々しい『呪いの刺青』が刻まれたその姿は、一見するとただのガラの悪い不良青年にしか見えない。
だが、その体内に圧縮された精霊獣としての莫大な魔力は、周囲の空気をピリピリと震わせていた。
「だからよ、俺はちょっと『散歩』に行ってくる」
ハクは、野営地の外――まだ魔獣の残党が徘徊しているであろう黄昏時の荒野の奥を指差した。
「散歩って……ハク、人間の体で外をうろつくのは危険ですよ。それに、貴方はまだ二本足で歩くことに完全に慣れていないでしょう?」
カイルが真面目な顔で忠告する。
「あァ? 誰に向かって説教してやがる、半分幽霊。四つ足よりバランスが悪いのは確かだがな、親指が使えるってのは結構便利なんだぜ」
ハクはニヤリと凶悪な牙を見せて笑うと、背中の影をマントのように翻し、一瞬で姿を消してしまった。
「あ……行っちゃった。大丈夫かしら」
リオナが心配そうに見送る。
「放っておきましょう。彼の『散歩』というのは、要するに周辺の魔獣狩りのことです。有り余る魔力を発散させないと、彼はストレスでどうにかなってしまう性格ですからね」
カイルがやれやれと肩をすくめた。
――数十分後。自由都市の建設地から数キロ離れた、灰色の森の入り口。
「クソッ! 陣形を崩すな! 盾を前に出せ!」
昼国の前衛隊長レオンハルトの怒号が響いていた。
彼ら哨戒部隊の目の前には、夜国の残党魔獣である『三頭のキメラ・ハウンド』が涎を垂らして立ちはだかっていた。光帝ソルが撤退した影響で統制を失い、飢えに狂った魔獣たちが森に迷い込んでいたのだ。
「隊長! ダメです、昨日の神々の魔力余波で、我々の魔力回路がまだ回復しきっていません! 剣に光が宿らない!」
部下の騎士が悲鳴を上げる。
キメラ・ハウンドが三つの首で同時に炎のブレスを吐き出すための予備動作に入った。
レオンハルトは、潰れた左目の痛みに耐えながら、必死に盾を構えた。
(ここまでか……! せっかく殿下が救ってくださった命だというのに!)
彼が死を覚悟し、ギュッと右目を閉じた、その瞬間だった。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
森の木々を薙ぎ倒すほどの凄まじい衝撃波が走り、レオンハルトの耳に、重い肉の塊が破裂するような異音が届いた。
「……え?」
恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
三頭のキメラ・ハウンドのうち、中央の一頭の首が、完全に『消滅』していたのだ。
そして、そのキメラの背中――巨大な胴体の上に、一人の漆黒の青年が跨るようにして立っていた。
「……チッ。脆いな。骨を砕く感触すらねぇ。これじゃあ散歩の準備運動にもなりゃしねぇぜ」
ハクである。
彼は、自身の影を巨大な腕のように変形させ、ただの『裏拳』一発で、キメラの首を粉砕してしまったのだ。
「ギャ、ギャンッ!?」
残された二頭のキメラが、突如現れた圧倒的な捕食者のプレッシャーに怯え、後ずさる。
「オイオイ、どこ逃げようとしてんだ? 犬っころは犬っころらしく、俺の足元で腹見せて鳴きやがれ!」
ハクの紫の瞳が凶悪に光る。
彼が地面を踏みしめた瞬間、彼自身の足元の影がヘビのように無数に伸び、逃げようとしたキメラたちの四肢に絡みついた。
「オラァッ!!」
ハクが腕を引き絞ると、影の鎖がキメラたちを空中へ放り投げ、そのまま地面に向かって強烈に叩きつけた。
メシャァァッ! という生々しい音と共に、残りのキメラも完全に沈黙した。
「ふぅ。……まあ、こんなモンか。人間の体ってのも、殴る感触がダイレクトに伝わってきて悪くねぇな」
ハクは、腕の刺青をさすりながら、満足げに首を鳴らした。
その一部始終を、口をポカンと開けて見ていたレオンハルトたち哨戒部隊は、あまりの規格外の力に完全に言葉を失っていた。
「……あ」
ハクが、彼らの存在に気づき、気まずそうに頭を掻いた。
「チッ、光の連中か。……おい、てめぇら。こんな雑魚に手こずって、またシオンやあの半分幽霊の手を煩わせるんじゃねぇぞ。とっとと死体片付けて帰りやがれ」
ハクが背を向けて森の奥へ去ろうとした、その時。
「あ、兄貴ィィィッ!!!」
レオンハルトが、感動のあまり涙と鼻水を流しながら、ハクの背中に向かって叫んだのだ。
「……は?」
ハクが胡乱な目で振り返る。
「す、凄まじい膂力! そして圧倒的な影の制圧力! 先日の闘技場での御活躍も拝見しておりましたが、まさか我々のような下っ端のピンチを救うために、わざわざパトロールをしてくださっていたとは!」
「違げぇよ! 俺はただの暇つぶしで……」
「ハク兄貴! 一生ついていきます! どうか、我々にその圧倒的な武の極意をご教授ください!」
「そうだ! ハク兄貴! 俺たちに稽古をつけてください!」
他の騎士たちも、完全に目を輝かせてハクを取り囲んでしまった。
かつて光帝の教えに縛られ、洗練された剣術と魔法陣ばかりを学んできた彼らにとって、ハクの『本能と暴力に任せた純粋な力』は、あまりにも新鮮で、強烈な憧れの対象となってしまったのだ。
「だーっ! 鬱陶しい! 誰が兄貴だ! 誰が教えてやるか! 俺は狼だぞ、てめぇら人間と馴れ合う気はねぇって言ってんだろ!」
ハクが影を威嚇するように広げるが、レオンハルトたちは全く怯む様子がない。
「流石は兄貴! 狼のように孤高! その背中、我々『ハク兄貴親衛隊』がどこまでも追いかけます!」
「親衛隊とか作んな気持ち悪ィ!!」
平和な森に、元・精霊獣の狼狽する叫び声と、光の騎士たちの暑苦しい歓声がいつまでも響き渡っていた。
3. 酒場での交差点、霊体と影の宴
その日の夜。
『暁の自由都市』の中央広場に、簡素な木箱や樽を並べただけの、青空(正確には星空)酒場がオープンしていた。
地下から這い出してきたゼッカたち『泥ネズミ』の商人が持ち込んだ夜国特産の強い蒸留酒と、昼国軍の備蓄にあった干し肉が振る舞われ、復興作業の疲れを癒やす兵士たちで賑わっている。
その酒場の隅の席で、奇妙な組み合わせの二人が向かい合っていた。
「……なんで俺が、てめぇと一緒に酒飲まなきゃなんねぇんだよ」
ハクが、木樽のジョッキに注がれた強い酒を煽りながら、不機嫌そうに悪態をついた。
向かいに座っているのは、半霊体のカイルである。
「そう言わないでください。リオナ様もシオン様も、今は女子同士のテントで休まれています。たまには、男同士で語り合うのも悪くないでしょう?」
カイルは、光で構成された右手で器用にグラスを持ち、中の果実水を静かに傾けていた。半霊体の彼はアルコールで酔うことはないが、場の空気を楽しむために付き合っているのだ。
「ケッ。男同士ねェ……。てめぇは半分死んでるし、俺は元々バケモノだ。人間の男同士みたいな暑苦しいノリは御免だぜ」
ハクはそう言いながらも、カイルのグラスに自分の酒瓶から酒を注いでやった。
昼国最強の元・聖騎士と、夜国最悪の元・精霊獣。
生まれも育ちも、戦う理由も全く異なる二人だが、彼らにはたった一つだけ、深く共有している絶対的な『芯』があった。
「……昼間、レオンハルトたちに囲まれて大変だったそうですね。彼ら、貴方のことを『兄貴』と呼んで慕っていましたよ」
カイルがクスクスと笑うと、ハクは顔をしかめた。
「思い出すだけでサブイボが出るぜ。俺はシオンの影だ。あいつ以外の奴に媚び売る気も、群れる気もねぇんだよ」
ハクはジョッキをドンッと机に置き、夜空を見上げた。
「……なあ、半分幽霊。てめぇ、なんでそこまであの光のお姫さん(リオナ)に執着してんだ?」
突然の問いに、カイルは少しだけ目を丸くし、そして、グラスの中の水を優しく見つめた。
「……執着、ですか。そうですね。端から見れば、僕は狂っているように見えるかもしれません。自分の命を捨ててでも、彼女の魂を守りたいと願っているのですから」
カイルの青い瞳に、懐かしい記憶の光が灯る。
「僕は、光帝ソル陛下の完璧な兵器として育てられました。感情を殺し、ただ光の正義を執行するための剣として。……でも、初めてリオナ様にお会いした日。彼女は、僕の傷だらけの手を握って、泣いてくれたんです」
カイルは、自分の生身の左手を見つめた。
「『痛かったわね。もう、一人で戦わなくていいわ』と。……僕を剣としてではなく、一人の人間として見て、悲しんでくれた。その瞬間に、僕の世界に初めて『本当の光』が差し込んだんです」
カイルは顔を上げ、ハクを真っ直ぐに見据えた。
「僕は、彼女のその純粋な光を守る盾でありたい。……たとえこの体が消滅し、宇宙の果てに魂が散ったとしても、僕の誓いは変わりません」
静かな、だが決して折れることのない強靭な意志。
それを聞いたハクは、しばらく無言で酒を飲み……そして、鼻でふっと笑った。
「……へっ。似たようなモンだな、俺たち」
「ハク殿も、ですか?」
「俺は、氷みたいな『闇の森』で、親の毛皮を人間に剥がされて死にかけてた。……もうダメだと思った時、泥だらけの小さなガキが、自分の大事な傷薬を俺の傷口に塗りたくりやがったんだ」
ハクの紫の瞳が、優しく細められる。
「『もう泣かなくていいわ。私が、お前の痛みになるから』ってな。……世界中がそいつをバケモノだって罵っても、俺にとっての神様は、あの不器用で泣き虫なシオンだけだ」
ハクは、自らの首筋の呪いの刺青を無造作に撫でた。
「俺はあいつの影だ。あいつが絶望するなら俺が全部喰ってやるし、あいつが誰かを斬りてぇなら、俺がその刃を研いでやる。……ただ、それだけだ」
守るべき光と、共に歩むべき闇。
二人のベクトルは正反対だが、その主への『絶対的な愛と忠誠』の深さは、完全に等しかった。
「……ふふっ。本当に、僕たちは似た者同士ですね、ハク殿」
カイルが微笑んでグラスを掲げる。
「あァ? 誰がてめぇみたいな優等生と似てるって? 気持ちわりぃこと言うな」
ハクは悪態をつきながらも、カイルのグラスに自分のジョッキをガチンとぶつけた。
「……まあ、てめぇのそのイカれた覚悟だけは、認めてやるよ。シオンの妹を泣かせたら、真っ先に俺がてめぇの首を噛み千切るからな」
「肝に銘じておきます。僕も、貴方がシオン様を悲しませたら、容赦なくこの光の剣で浄化しますよ」
二人は、互いに不敵な笑みを浮かべ、酒を呷った。
しかし。
「……ん? あれ、ハク殿? 顔が真っ赤ですよ?」
カイルが不思議そうに指摘した。
「あァ……? なんだか、急に世界がグルグルしやがって……人間の体ってのは、アルコール回るのが早えな……」
ドサッ。
ハクは、たったジョッキ三杯の蒸留酒で、机に突っ伏して完全に寝落ちしてしまった。精霊獣としての魔力は規格外でも、人間の肉体としての肝臓は、まだ全く酒に慣れていなかったのだ。
「……やれやれ。狼だと言い張る割には、無防備な寝顔ですね」
カイルは苦笑し、自分のマントを脱いで、いびきをかき始めたハクの肩にそっとかけてやった。
4. 忍び寄る二つの太陽、消えゆく生命
カイルとハクが酒場で奇妙な友情を育んでいた頃。
シオンは、テントで眠るリオナを残し、一人で『暁の自由都市』の防壁の上に立っていた。
「……シオン様」
背後の影から、音もなく情報屋のカエレンが姿を現した。
「ご苦労さま。……それで、東の森の異常は?」
シオンが冷たい声で尋ねる。
「……ゼッカ先生の推測通りです。光帝ソルの野郎、王都に戻ってからとんでもないことをしでかしてますぜ」
カエレンの顔は、月の光の下でもわかるほど青ざめていた。
「王都を中心にして、半径数十キロの土地の『魔力』と『生命力』が、根こそぎ吸い上げられています。……草木は枯れ果て、動物はミイラになり、人間たちでさえ、原因不明の衰弱で次々と倒れているそうです」
シオンは、ギリッと唇を噛み締めた。
(ソル……! 自分の神剣の力を取り戻すために、自国の民の命まで魔力源として吸い上げているのね……!)
「それに、これを見てくだせぇ」
カエレンが、震える指で東の夜空を指差した。
そこには、目を疑うような光景があった。
深夜であるにもかかわらず、東の地平線の奥に、赤黒く燃える不気味な『巨大な光の球体』が二つ、まるで双子の太陽のように空に浮かび上がりつつあったのだ。
「二つの太陽……。いや、あれは太陽じゃない。膨大に圧縮された魔力の塊よ」
シオンの紫の瞳が、危険な兆候を正確に分析する。
「光帝ソルと、闇御門ルナ。……あいつら、一時撤退したんじゃなく、自分の国のすべての命を贄にして、世界そのものを破壊するための『超巨大魔導要塞』を起動させたのね」
「……このままじゃ、明日か明後日には、あの二つの太陽が俺たちの頭上に落ちてきますぜ。シオン様、どうしやす?」
カエレンの声が震えている。
シオンは、背後に広がる平和な野営地を振り返った。
いびきをかいて眠る兵士たち。治癒魔法の練習をしているアリア。そして、テントの中で安らかな寝息を立てている、最愛の妹の顔。
十五年ぶりに取り戻した、当たり前の日常。
泥だらけの朝食も、ハクの馬鹿騒ぎも、カイルの優しい眼差しも。
「……奪わせないわ」
シオンは、魔剣『雷月』の柄を強く握りしめ、二つの太陽を睨みつけた。
「私たちが手に入れたこの世界は、もう誰の箱庭でもない。……光の神だろうが、闇の王だろうが、宇宙の創造神だろうが。私たちの明日に指一本触れさせない」
修羅としての仮面を捨て、守るべきものを知った少女の背中には、かつてないほどの静かで、そして強靭な『覚悟』が満ちていた。
平和な微睡みの時間は、早くも終わりを告げようとしていた。
明日から再び、神々との最終決戦の火蓋が切って落とされる。
だが、今の彼女はもう、孤独な死神ではない。
光と闇を越えた、最強の反逆者たちが、共に並び立っているのだから。




