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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第二章 黄昏の再会、砕かれた誓い
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第二章14 『黄昏の終焉、そして暁の鐘』

ついに邂逅を果たした姉妹と、人化した精霊獣ハク、そして半霊体として蘇ったカイル。

1.朝焼けの乾杯、泥に咲く笑顔


黄昏時の荒野に、十五年ぶりの本物の朝日が差し込んだ。

これまで空を覆っていた分厚い暗雲は、リオナとシオンが放った『双雷・暁闇の蝕』によって完全に消し飛ばされていた。

昼と夜を分かつ境界線の中心、吹き飛んだ古代闘技場の跡地。

そこには、神々(ソルとルナ)の支配から解放され、互いに武器を置いた両軍の兵士たちの姿があった。

「……信じられるか。あの悪鬼のような夜国の連中が、俺たちと同じ朝日を見て、呆けてやがる」

昼国の重盾兵ゴランが、割れた盾を地面に置き、ぽかんと口を開けて空を見上げている。

「俺たちだって同じだろ。光帝陛下の光に焼かれかけて……あの死神みたいな女の子に助けられたんだからよ」

同じく昼国の荷馬車乗りトビーが、酸で焼けた腕をアリアの治癒魔法で癒やされながら苦笑した。

彼らの視線の先では、夜国の残党たちが、奇妙な顔で光を浴びていた。

「おい、ルック。太陽ってのは……こんなにあったかくて、目が痛ぇもんなのか?」

魔獣使いの助手だった少年ルックが、亡き親分の金砕棒の破片を抱えながら、眩しそうに目を細めている。

「……チッ。肌がジリジリしやがる。これじゃあ俺の吸血鬼の肌には毒だぜ」

吸血斥候ヴァニールが日陰を探して瓦礫の下へ潜り込むが、その顔にはかつてのような血への飢えはなく、ただただ戦いが終わったことへの疲労感だけが浮かんでいた。

そんな彼らの中心。

最も高い瓦礫の上に、四人の若き反逆者たちが座り込んでいた。

「あーあ……疲れたわ。本当に、十五年分くらい一気に疲れた」

元・神穿鴉、シオンが、泥だらけになった軍服のまま、ゴロンと仰向けに寝転がった。鉄仮面を失い、獣化の呪いから解放された彼女の顔は、驚くほど幼く、そして穏やかだった。

「お姉ちゃん、泥だらけ。女の子がそんな風に寝転がっちゃダメよ」

第一皇女リオナが、少し呆れながらも、シオンの頭を自分の膝の上に乗せた。リオナの『白銀の翼』はすでに魔力を消費して消え去っており、彼女の美しい金髪も今は砂ぼこりに塗れている。

それでも、膝枕をされたシオンは、少しだけ照れくさそうに目を伏せた。

「……うるさいわね。少しだけよ。……ちょっとだけ、休ませて」

「うん。ゆっくり休んで」

その姉妹のやり取りを、少し離れた岩の上から見下ろしている男がいた。

人化した精霊獣、ハクである。

彼は呪いの刺青が刻まれた腕を組みながら、フン、と鼻を鳴らした。

「平和ボケしやがって。てめぇの魔力回路、まだ完全には元に戻ってねぇんだぞ。気を抜いたらすぐにブッ倒れるんだからな」

「うるさいわね、駄犬。あんたこそ、人間の体の使い方が下手くそで、あちこち関節が外れかかってるじゃない」

シオンが口を尖らせて言い返すと、ハクは「あァ!?」と凶悪な牙を剥き出しにした。

「てめぇを助けるために無茶した結果だろうが! なんだその言い草は!」

「まあまあ、お二人とも。今はただ、この朝日の暖かさを分かち合いましょう」

ハクとシオンの間に、スッと入って仲裁したのは、半霊体となった聖騎士カイルだった。

彼の右半身は透き通るような白銀の光で構成されており、陽の光を浴びてキラキラと神秘的な燐光を放っている。

「……チッ。半分幽霊のくせに、爽やかな顔しやがって」

ハクは悪態をつきながらも、どこからか拾ってきた酒瓶(夜国軍の荷物からくすねたものだろう)のコルクを歯で引き抜き、カイルの方へ投げ渡した。

「ほらよ。幽霊でも、酒くらい飲めるんだろ?」

「あ……ありがとうございます。でも、僕は勤務中ですので……」

「馬鹿野郎。王様どもは逃げ帰ったんだ。誰がてめぇの勤務を咎めるってんだよ」

ハクの言葉に、カイルは一瞬キョトンとした後、フフッと柔らかく笑った。

「……そうですね。では、少しだけ」

カイルが酒瓶に口をつけるのを見て、リオナが驚いたように目を丸くした。

「カイルがお酒を飲むなんて、初めて見たわ」

「ええ……。なんだか、ハク殿のペースに乗せられてしまいました」

カイルが少し頬を染めて笑うと、シオンもクスクスと笑い声を上げた。

「不思議な光景ね」

シオンが、朝日を浴びるカイルとハク、そして膝枕をしてくれるリオナを見上げて呟いた。

「数時間前まで、殺し合いをしていたのに。……こうして四人で並んで朝日を見ているなんて、どんな冗談かしら」

「冗談じゃないわ、お姉ちゃん」

リオナが、シオンの額にこびりついた泥を指で優しく拭う。

「これは、私たちが私たちの手で掴み取った『明日』よ。……お父様たちのような、狂った大人に押し付けられた運命じゃない。私たちが、私たちの意志で作る未来の、最初の朝よ」

リオナの力強い言葉に、シオンは小さく頷き、もう一度目を閉じた。

十五年間、ずっと冷たい闇の中で一人で泣いていた少女の心に、ようやく、本物の休息が訪れたのだ。


2.決別の将軍と、暗躍する泥ネズミ


四人の若者たちが束の間の安らぎを得ている頃。

昼国軍の残存兵力をまとめていた近衛騎士団長ジーグの元へ、前衛隊長レオンハルトが駆け寄ってきた。

「将軍! 部隊の再編成、および重傷者の治療が概ね完了しました。……ですが、この後、我々はどうすれば」

レオンハルトの左目は、夜国の毒で完全に潰れていたが、その顔つきには以前のような狂信的な光はなく、どこか晴れ晴れとした覚悟が宿っていた。

ジーグは、手にした大剣の血糊を布で拭いながら、空を見た。

「……我々は、光帝陛下に明確な反逆の刃を向けた。王都へ帰還すれば、待っているのは異端審問と処刑だろう」

「はい。覚悟の上です。我らの誇りは、民を守り、あの第一皇女殿下の白銀の光に報いることにあります」

レオンハルトの言葉に、周囲の兵士たちも深く頷く。

「ならば、我々の道は一つだ」

ジーグは、大剣を鞘に収め、兵士たちを見回した。

「我らはこれより、王都には帰還しない。……この黄昏時の荒野を西へ進み、夜国と昼国の『国境の緩衝地帯』に新たな拠点――『暁の自由都市』を建設する」

「自由都市……ですか」

「そうだ。光帝の狂気からも、闇御門の恐怖からも解放された、民のための避難所だ。殿下たちが切り拓いてくれたこの朝焼けの地に、我々が新たな国を創るのだ。……殿下がいつか戻ってこられる、温かい場所をな」

ジーグの壮大な決意に、兵士たちから「オォォッ!」という力強い歓声が上がった。

彼らはもはや、光帝の操り人形ではない。自らの意志で光を掲げる、真の騎士へと生まれ変わったのだ。

一方。

そんな昼国の熱い決起集会を、瓦礫の陰から冷ややかに見つめている三人組がいた。

夜国の残党――副長ゼッカ、影潜りカエレン、毒娘ニムである。

「……ヘッ。お堅い騎士様たちは、どうやら新しい国を作るらしいぜ」

カエレンが、拾い集めた金貨の袋をジャラジャラと鳴らしながら鼻で笑った。

「あんな目立つことしてりゃ、すぐに光帝の討伐軍がやってきて皆殺しにされるに決まってるわ。馬鹿じゃないの」

ニムが、毒薬の小瓶を整理しながら肩をすくめる。

「馬鹿で結構。彼らが光帝の目を引きつけてくれるなら、我々にとっては好都合だ」

ゼッカは、無表情な義眼を光らせながら、地図を広げていた。

「ゼッカ先生。俺たち、これからどうするんで? シオン様は『自由にしていい』って言ってくれたけどよ……まさか、夜国の王都に帰るなんて自殺行為はしねぇよな?」

カエレンが不安そうに尋ねる。ルナを裏切った彼らが帰還すれば、待ち受けているのは想像を絶する拷問死である。

「当然だ。夜国はルナの怒りによって、間もなく完全に崩壊するだろう。……我々は、闇の世界の『さらに底』へ潜る」

ゼッカは、地図の北の端――地図にも載っていない、巨大な大穴のマークを指差した。

「ここだ。通称『奈落の口』。……太古の昔に捨てられた、古代地下帝国の遺跡群だ。我々泥ネズミは、ここで新たな情報ギルドを立ち上げ、裏からこの世界を支配する」

「おぉっ! さすがゼッカ先生、悪党の鑑だぜ!」

「アハハ! 面白そう! そこなら、私の新しい毒の実験台がいっぱい捕まえられそうね!」

ゼッカは、歓喜する二人を無視して、視線だけをシオンたちがいる瓦礫の方へ向けた。

(……シオン様。我々泥ネズミは、貴女のその眩しすぎる『白銀と紫金の光』にはついていけない。だが……もし、貴女が再び底なしの絶望に突き落とされるようなことがあれば。その時は、裏の世界から必ず、この毒牙で援護しましょう)

悪党には悪党の、歪んだ義理の通し方がある。

ゼッカたちは、誰にも気づかれることなく、音もなく闇の中へ姿を消していった。


3.束の間の平穏、カイルの異変


太陽が高く昇り、戦場跡地が完全に明るくなった頃。

「……んっ……」

シオンが、リオナの膝の上で目を覚ました。

「おはよう、お姉ちゃん。よく眠れた?」

リオナが、天使のような笑顔で覗き込む。

「ええ……。こんなに熟睡したのは、十五年ぶりかもしれないわ」

シオンが身を起こし、背伸びをしようとした、その時。

「――っ!?」

シオンの顔から血の気が引き、彼女は思わず胸を強く押さえた。

「お姉ちゃん? どうしたの!?」

「シオン!」

リオナとハクが慌てて駆け寄る。

シオンは、脂汗を流しながら、何か恐ろしいものを見るように、自分たちの少し前方を凝視していた。

「……カイル……」

シオンの視線の先。

少し離れた岩の上で、静かに目を閉じて休んでいたはずのカイルの体に、明らかな『異変』が起きていた。

彼の右半身を構成している、美しい白銀の光の霊体。

その光の中に、まるでインクを垂らしたように、不気味な**『黒い染み』**が浮かび上がり、チカチカと明滅を繰り返していたのだ。

「カイル! どうしたの、その黒いのは……!?」

リオナがカイルの右腕を掴もうとするが、カイルはハッと目を覚まし、反射的にリオナの手を振り払ってしまった。

「……ッ、触らないでください、リオナ様!」

「え……?」

リオナが傷ついたような顔をする。カイルが彼女を拒絶するなど、今まで一度もなかったことだ。

「申し訳ありません……。ですが、これは……ダメだ。僕に触れると、貴女の魂まで『引っ張られ』てしまう……!」

カイルは、自身の右胸――光の心臓がある部分を強く押さえ込み、苦悶の表情を浮かべていた。

彼の右半身から、白銀の光が剥がれ落ち、代わりに底なしの闇のような黒いオーラが漏れ出し始めている。

「おい、半分幽霊! てめぇ、何が起きてやがる!」

ハクがカイルの胸倉を掴み上げようとするが、カイルから放たれた黒いオーラに触れた瞬間、ハクの手に火傷のような呪いの痕が刻まれた。

「チッ! なんだこの禍々しい呪いは! シオンの絶望とは種類の違う……もっと古くて、気味の悪りぃ気配がしやがる!」

シオンが、魔剣『雷月』を杖にして立ち上がり、鋭い目でカイルを見据えた。

「……ハクの言う通りよ。その黒い染みは、夜国の魔力じゃない。昼国の光でもない。……カイル、あなた、自分の魂を現世に繋ぎ止めるために、どこからその『命の代償』を持ってきたの?」

シオンの問いに、カイルは苦しげに顔を歪めた。

「……僕も、わかりません。リオナ様の白銀の雷に包まれた時……僕は、深い闇の底へ落ちていく感覚がありました。そこは、死後の世界というより……もっと遠い、星の裏側のような場所で……」

カイルは、震える光の右手を見つめた。

「そこで、巨大な『眼』を見たんです。宇宙の全てを見透かすような、冷たくて、絶対的な力を持った眼……。その眼が、僕に語りかけてきた。『まだ死ぬことは許さない。特異点(お前たち)の観測は、まだ終わっていない』と」

「特異点……?」

リオナが首を傾げる。

「はい。その眼から、強引に『命の糸』のようなものを繋がれ……気がついたら、僕は光の半霊体として蘇っていました。……ですが、あの眼と繋がったことで、僕の魂の中に、何か恐ろしい『異物』が混入してしまった気がするんです……!」

カイルが叫んだ瞬間、彼の右半身の黒い染みが一気に拡大し、彼の右目を完全に漆黒に染め上げた。

「ガ、アァァァァァァッ!!」

カイルが頭を抱えて絶叫する。彼の背中から、神聖な光の翼ではなく、禍々しい漆黒の光輪のようなものが展開され始めた。

「カイル!!」

リオナが泣き叫びながらカイルに抱きつこうとするが、シオンがそれを全力で引き止めた。

「ダメよリオナ! 今のあいつは、自我が何かに乗っ取られようとしている! 迂闊に触れれば、お前まで精神を持っていかれるわ!」

「おのれ、クソ神どもをぶっ飛ばしたと思ったら、次は悪霊の取り憑きかよ! めんどくせぇ!」

ハクが腕の刺青を光らせ、カイルを物理的に気絶させようと拳を振り上げた。

だが、その時。

『……愚カナル、星ノ塵ドモヨ。我ガ観測ノ邪魔ヲ、スルデハナイ』

カイルの口から、彼自身のものではない、何重にも重なった機械的な、だが圧倒的な神性を持った『声』が響き渡った。


4.天の亀裂、目覚める『創造神プロヴィデンス


ビキィィィィィィィィンッ!!!!

カイルから発せられたその声と同時に。

彼らの頭上に広がる、美しい朝焼けの空が――まるでガラスの天井が割れるように、物理的に亀裂を走らせたのだ。

「な、なんだあれは!?」

遠くで街の建設を話し合っていたジーグ将軍たちが、空を見て絶叫する。

空に走った巨大な亀裂。

その亀裂の向こう側に広がっていたのは、青空でも、星空でもなかった。

それは、無機質な歯車が噛み合う巨大な機械仕掛けの宇宙空間であり、その中心には、カイルが語った通りの、世界を見下ろす『巨大な眼』が浮かんでいた。

圧倒的すぎる存在感。

光帝ソルや闇御門ルナといった、この星の「神」たちが、ただの砂粒に思えるほどの、完全なる次元の違い。

『……シオン。リオナ。十五年ノ時ヲ経テ、再ビ双極ガ重ナリシ事、確認シタ。

貴様ラハ、前世ヨリ続ク『宇宙ノルール』ニ対スル反逆ノ特異点。……我ガ箱庭ニ、ノイズハ不要ダ』

巨大な眼球からのテレパシーが、シオンとリオナの脳内に直接響き渡る。

「……前世……? 宇宙の理……?」

リオナが、頭痛に耐えながら呟く。

だが、シオンはその言葉を聞いた瞬間、心臓を鷲掴みにされたような強烈な既視感デジャヴに襲われた。

「……思い、出した。私、この眼を……知っている……っ!」

シオンの脳裏に、今の人生(十五年間)ではない、遥か遠い昔の記憶がフラッシュバックした。

それは、高度な魔法文明が栄えた別の星の記憶。

そこで、彼女とリオナは「双子」ではなく、強大な魔力を持った「一人の魔法使い」だった。

その魔法使いは、世界の理を書き換えるほどの力を持ち、神(創造神)に反逆した。

結果、神の怒りを買い、魂を二つ(光と闇)に引き裂かれ、記憶を消されてこの星に「双子」として転生させられたのだ。

「私たちは……罰を受けて、引き裂かれたのね。あの、空に浮かぶバケモノに……!」

シオンが、震える手で『雷月』を握りしめ、天の眼を睨みつける。

『左様。貴様ラハ、永遠ニ光ト闇ニ別レ、憎ミ合イ、殺シ合ウコトデ魂ヲ摩耗サセル呪イヲカケラレテイタ。

ダガ、ソノ輪廻ヲ断チ切リ、再ビ共鳴シタカ。……ナラバ、次ハ物理的ニ、貴様ラノ存在ソノモノヲ『消去』スルマデダ』

空の亀裂がさらに広がり、巨大な眼球の周囲から、無数の純白の光体――神の概念兵器たる『天使』の大群が、地上に向けて降下を開始した。

それは、ソルやルナの軍勢とは比べ物にならない、一切の感情を持たない『純粋な破壊プログラム』の群れだった。

「チッ! 次から次へと、ヤバそうなのが降ってきやがる!」

ハクが、シオンとリオナを背に庇うように前に出る。

『ソノカイルヲ通ジテ、貴様ラノ魂ノ座標ハ完全ニ特定シタ。……逃ゲ場ハナイ』

空の眼球の言葉と共に、カイルの肉体を支配していた黒いオーラが、さらに凶悪に膨れ上がる。

「アァァァァァッ!! リオナ様……逃げて……僕は、もう……!」

カイルが、残された最後の自我で必死に叫ぶ。彼の右手には、漆黒の炎を纏った神殺しの剣が形成され、その切っ先が、あろうことかリオナの心臓に向けられていた。

「カイル! ダメよ、自分に負けないで!」

リオナは、カイルの剣先から逃げようとはせず、真っ直ぐに彼を見据えた。

「あなたが教えてくれたんでしょう! 絶望の底でも、愛は絶対に光を失わないって! 私が、あなたを一人で闇に落とすはずがないわ!」

リオナは、六枚の白銀の翼を再び限界まで展開し、自身に刃を向けるカイルの胸に、正面から飛び込んだ。

「リオナ! 馬鹿、死ぬ気か!」

シオンが叫ぶ。

グサッ!!

カイルの漆黒の剣が、リオナの脇腹を深く貫いた。

「が、はっ……!」

リオナの口から鮮血が吐き出される。

「ア……あ……リオナ、様……! 僕、は……なんてことを……!」

カイルの黒く染まった瞳から、絶望の涙が溢れる。

だが、リオナは血を吐きながらも、決してカイルから離れず、彼の右頬を両手で優しく包み込んだ。

「いいの。……これで、やっと捕まえた」

リオナの白銀の雷が、カイルの漆黒のオーラと真正面から激突し、互いの魂を繋ぐように循環し始めた。

「お姉ちゃん! ハク! 今よ!」

リオナが叫ぶ。

「カイルの魂を支配している、あの空の眼との『繋がり(パス)』を斬って!!」

「……上等よ。元からそのつもりだわ!」

シオンが、限界を超えた魔力を『雷月』に注ぎ込む。紫金の雷が、かつてないほどの激しい咆哮を上げる。

「オラァッ! 神様の目玉なんぞ、串刺しにしてやるぜ!!」

ハクが、自身の影を巨大な黒い槍へと変形させ、空の亀裂――巨大な眼球へ向けて投擲した。

「「――『紫雷・神断かみだち』!!!」」

シオンの放った紫金の雷刃と、ハクの放った影の槍が一つに重なり、一直線にカイルと巨大な眼球を繋いでいた『黒い魔力の糸』を打ち据えた。

パァァァンッ!!

空間が割れるような音と共に、黒い糸が完全に切断された。

『……チッ。忌マワシキ特異点メ。……ダガ、コレデ終ワリデハナイ。天使ドモヨ、降下セヨ。世界ヲ、初期化セヨ』

空の巨大な眼球は、不快そうなテレパシーを残し、徐々に空の亀裂の向こう側へと後退していった。しかし、無数の天使の大群は、すでに地上へ向けて雨のように降り注ぎ始めている。

パスを切断されたカイルは、右半身の黒いオーラが霧散し、再び美しい白銀の半霊体へと戻り、そのまま糸の切れた人形のように倒れ込んだ。

「カイル……よかった……」

リオナもまた、脇腹の出血により限界を迎え、カイルの上に折り重なるようにして意識を失った。

「リオナ! カイル!」

シオンとハクが駆け寄り、二人の状態を確認する。

リオナの傷は深いが、白銀の魔力が自動的に止血を始めている。カイルの魂も、今は安定しているようだ。

「……とりあえず、最悪の事態は免れたな」

ハクが大きく息を吐き出す。

だが、彼らが安堵する暇はなかった。

「シオン様! 空から、得体のしれない化け物たちが降ってきます!」

遠くから、ジーグ将軍たちが警戒の声を上げる。

空から降下してくる純白の天使たちは、剣や魔法ではなく、存在そのものを消去する『概念の光』を放ちながら、地上のすべてを無差別に破壊し始めていた。

「……あれは、昼国でも夜国でもない。私たちの前世からの因縁……この世界を終わらせるための、本物の『神の軍隊』よ」

シオンは、意識を失ったリオナとカイルを守るように前に立ち、魔剣『雷月』を強く握り直した。

「ハク。……悪いけれど、平和な朝日は数十分で終わりみたいね」

「ハッ! 最初から期待してねぇよ。……てめぇが休めねぇなら、俺がてめぇの分の敵も全部ぶっ殺してやるだけだ」

ハクが、闘争本能を剥き出しにして空を睨む。

彼らの目の前に、一体の巨大な天使が舞い降りてきた。

のっぺらぼうの顔に、六枚の金属的な翼。手には、光の槍を構えている。

「行くわよ、ハク」

「オウ!」

シオンとハクは、迫り来る神の軍勢に向かって、迷うことなく駆け出した。


5.エピローグ光と闇の総力戦へ


空が割れ、天使が降り注ぐ中。

シオンの心には、不思議と焦りも絶望もなかった。

(……お母様。お父様)

シオンは、剣を振るいながら、心の中で亡き両親に語りかけた。

(私は、たくさん間違えた。たくさん人を傷つけて、取り返しのつかない罪を背負った。……でも、私はもう、逃げないわ)

振り返れば、背後には、傷つきながらも自分を信じて眠る妹と、彼女を守る騎士がいる。

隣には、悪態をつきながらも自分のために盾となってくれる、不器用な狼がいる。

(私は、一人じゃない)

かつて、絶望の中で世界のすべてを憎んでいた少女は。

今、自らの意志で、大切なものたちを護るための戦いに身を投じていた。

光帝ソルと闇御門ルナの支配は終わった。

だが、それは真の戦いの序章に過ぎなかった。

前世からの因縁、世界を箱庭として弄ぶ『創造神』との、人類の存亡を懸けた最終戦争。

「私が……私たちが、この世界の明日を創る!!」

シオンの紫金の雷鳴が、天使の純白の体を真っ二つに切り裂いた。

血塗られた双子の悲劇から始まった物語は、今、神の理に抗う壮大な反逆の叙事詩へと、束の間の休息をはさみやがらそのページを大きくめくる。

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