第二章12『双極と護りし者たちの反逆』
四人の若き反逆者たちが、世界を蹂躙する神々(光帝ソルと闇御門ルナ)に対して最大の反撃を開始する
1. 蘇る誓い、半霊の聖騎士
「カイル……? カイルッ……!!」
崩壊した古代闘技場の中央。第一皇女リオナの震える声が、吹き荒れる神々の暴風を切り裂いて響いた。
彼女が展開した『光の柩』の中で、完全に炭化し、心臓に大穴が空いていたはずのカイル・ヴァン・アストラルの肉体に、ありえない現象が起きていた。
死の呪いに侵された右半身から、黒い炭がサラサラと剥がれ落ちていく。
しかし、その下から現れたのは、元の生身の皮膚ではなかった。
リオナの『白銀の浄化雷』と、カイル自身の魂に刻まれていた『太光』の魔力が極限で融合し、眩い半透明の光の粒子となって、欠損した右腕や右胸を再構築し始めたのだ。
「……ありえねぇ。死んだ人間の魂が、魔力で肉体を編み直して定着してやがる……」
人化した精霊獣ハクが、爬虫類のように縦に裂けた紫の瞳を見開き、驚愕に牙を剥き出しにした。
「あれは、ただの治癒魔法じゃないわ」
紫金の魔剣『雷月』を握るシオンが、息を呑む。
「リオナの白銀の雷が、カイルの『守りたい』っていう強烈な意志を触媒にして、失われた肉体を『光の霊体』として受肉させているのよ。……あの子、無意識に神の領域の魔術を行使している」
光の糸が編み込まれ、心臓の大穴が純白の輝きで満たされる。
そして。
ゆっくりと、カイルの長い睫毛が震え、その澄んだ青い瞳が、再びこの世界を映し出した。
「……泣かないで、と言ったはずですよ。リオナ様」
「カイル……ッ! ああ、カイル!!」
リオナは、光の霊体となったカイルの右胸に飛び込み、声を上げて泣き崩れた。
霊体となった右半身は、生身のような柔らかさはない。しかし、そこからは確かに、カイルという人間の持つ、太陽の陽だまりのような温かさが伝わってきた。
「ごめんなさい……心配を、おかけしました」
カイルは、光で構築された右腕をゆっくりと動かし、リオナの背中を優しく撫でた。
「体が、とても軽いです。……僕の命は、貴女のその美しい白銀の光と、完全に一つになったみたいだ」
彼が立ち上がると、その姿はまさに『超常の騎士』であった。
左半身は生身の人間のままだが、右半身は透き通るような白銀の光で構成されている。彼が纏っていた砕けた鎧も、魔力によって光の聖鎧として再構築され、淡い燐光を放っていた。物理的な寿命や肉体の制約を逸脱した、**『光の半霊体』**への変生である。
「……よく戻ってきたわね、頑固騎士」
シオンが、顔を背けながら、わざとぶっきらぼうな声を出した。彼女の瞳にも、安堵の涙が光っている。
「お前が死んだままだと、私が一生この子に恨まれるところだったわ」
カイルは、シオンの顔――鉄の仮面を失い、十五年分の重荷から解放された素顔を見て、静かに微笑んだ。
「お姉様。……貴女のその顔を、リオナ様はずっと見たかったんですよ。戻ってきてくれて、本当に良かった」
「……誰がお姉様よ、馴れ馴れしい」
シオンがふいっとそっぽを向くと、ハクがゲラゲラと笑った。
「ヒャハハ! シオン、てめぇ耳の先まで真っ赤だぞ! ま、半分幽霊になっちまうとはな。不味そうで食う気にもならねぇが、盾としちゃあ一級品に仕上がったんじゃねぇか?」
「ええ。貴方たち二人の背中は、僕が絶対に守ります」
カイルが、光の魔力で形成された新しい聖剣を握りしめる。
リオナ、シオン、カイル、ハク。
一度は完全に砕け散ったはずの四つの運命が、神々の暴力の嵐の中で、かつてないほど強固な絆で結ばれた瞬間だった。
2. 狂神の激昂と、泥に塗れた者たちの選択
「……おのれ。おのれェェェッ!!」
上空の玉座で、昼国の絶対君主・光帝ソルの顔が、怒りで醜く歪んでいた。
「死者を現世に留めるなど、光の摂理に対する最大の冒涜! 我が娘でありながら、そこまで異端の泥に染まったか! セレス! メタトロン! 今すぐあの忌まわしい亡霊ごと、リオナを完全に消去しろ!」
「御意のままに」
六枚の翼を持つ大審問官メタトロンが、感情のない声で応じ、両手に灼熱の光剣を顕現させる。
星導官セレスもまた、空に無数の魔法陣を展開し、都市を一つ消滅させるほどの『星屑の隕石』の詠唱を始めた。
西の空からも、夜国の支配者・闇御門ルナの狂った声が響く。
「クハハハハ! 泣かせる三文芝居だ! カーミラ! あの光の亡霊の魔力を吸い尽くしてやれ! 絶望の底から這い上がった魂ほど、極上の味がするぞ!」
「ふふっ、お任せを、ルナ様」
吸血魔女カーミラが、深淵の触手の波に乗って、赤い血の刃を撒き散らしながら急降下してくる。
四人に対して、両国の最高戦力が同時に牙を剥く絶体絶命の状況。
だが、その時、戦場の下層で思わぬ者たちが動いた。
「全軍、盾を構えろォォォッ!! 皇女殿下とアストラル殿の頭上に、指一本触れさせるな!!」
昼国の近衛騎士団長ジーグが、血塗れの大剣を掲げて咆哮した。
「ウォォォォッ!!」
前衛隊長レオンハルトや、重盾兵のゴランたち生き残りの兵士たちが、円陣を組み、リオナたちを守るように巨大な防壁魔法を展開したのだ。
「ジーグ将軍……! みんな……!」
リオナが驚きに目を見張る。
「殿下。我々はずっと盲目でした」
ジーグ将軍が、空の光帝を睨みつけながら言った。
「狂っているのは夜国だけではなかった。民を顧みず、自らの子すら道具として焼き殺そうとする光など、我々が信じた神ではない! 我らの真の光は、貴女のその『白銀』にこそある!」
兵士たちの決起。それは、光帝ソルの絶対支配が、民の心から完全に崩れ去った瞬間だった。
一方、夜国側の瓦礫の陰でも、奇妙な動きがあった。
「……チッ。どいつもこいつも、狂ってやがる」
副長ゼッカが、義眼をギリリと鳴らしながら、手元の毒糸を紡いでいた。
「ゼッカ先生! 逃げるんじゃないの!?」
影潜りカエレンと毒娘ニムが、パニックになって叫ぶ。
「逃げるさ。だが、ただ逃げるだけでは闇御門様の触手に巻き込まれて死ぬ」
ゼッカは、冷や汗を流しながらも、極めて冷静に戦況を分析していた。
(光帝と闇御門……あの二柱の化け物を相手に、シオン様たちが勝てる保証などない。だが、万が一……あの四人が神を穿つような奇跡を起こしたとしたら? ここで恩を売っておくのも、生存戦略の一つだ)
「カエレン、ニム。お前たちの命、私に預けろ。……あの吸血女の足を引っ張る」
ゼッカの言葉に、カエレンたちは半ベソをかきながらも頷いた。恐怖で支配された関係ではなく、純粋な『生存のための共闘』が、泥ネズミたちの中にも芽生えていた。
3. 激突、白銀の神盾と影の巨腕
「死になさい、反逆の双極!!」
上空から、セレスの放った無数の『星屑の隕石』と、メタトロンの灼熱の光剣が同時に降り注ぐ。
「カイル! 上から来るわ!」
リオナが白銀の翼を広げようとした瞬間。
「お下がりください、リオナ様。……今の僕は、ちょっとやそっとじゃ壊れませんよ」
半霊体となったカイルが、一歩前に出た。
彼が光の右腕を天に掲げると、そこから展開されたのは、以前の『太光の盾』を遥かに凌駕する、巨大な白銀の城壁――**『絶対守護・白銀の神盾』**だった。
ズガガガガガガガガッ!!!
隕石の雨が神盾に激突するが、カイルの盾は傷一つ、ヒビ一つ入らない。
「なっ……!? 私の星導魔術が、完全に防がれたと!?」
セレスが驚愕に顔を歪める。
「物理法則を無視した光の密度……厄介だ」
メタトロンが盾の死角へ回り込もうと加速するが、カイルの光の右腕が、メタトロンの動きを完全に捉えていた。
「貴方の剣は、迷いがない代わりに『重さ』がない」
カイルの聖剣が、メタトロンの双剣を下から弾き飛ばす。ガァンッ!という衝撃音と共に、メタトロンの六枚の翼のうち二枚が光の粒子となって吹き飛んだ。
「くっ……! 半分幽霊のくせに、これほどの出力を……!」
一方、地上では、夜国の吸血魔女カーミラが、血の刃を嵐のように展開してシオンに迫っていた。
「血をよこしなさい、シオン様! 貴女のその生意気な顔、真っ青な死体に変えてあげるわ!」
「お前の相手は俺だ、吸血ババア」
カーミラの背後に、影の中から音もなく出現したのはハクだった。
「キャッ!? いつからそこに……!」
カーミラが慌てて血のムチを振り回すが、ハクはそれを素手で掴み取った。ジュワァァッ!と呪いの血がハクの手を焼くが、ハクは全く動じない。
「熱くも痒くもねぇな。……シオンが十五年間喰わされてきた毒に比べりゃ、てめぇの血なんて砂糖水だ」
ハクが腕を思い切り引っ張ると、カーミラの体が空中で体勢を崩した。
その隙を、泥の陰に潜んでいた者たちが見逃さなかった。
「今だ、カエレン! ニム!」
ゼッカの合図と共に、地面の影からカエレンが飛び出し、カーミラの足首を影の杭で縫い止める。
「なによこれ! 動けない!?」
「あはは! いただきぃ!」
ニムがカーミラの顔面に、麻痺毒の入ったガラス瓶を全力で投げつけた。パリン!と割れた瓶から紫の毒霧が噴き出し、カーミラが「ゲホッ、ガハッ!?」と激しく咳き込む。
「な、なぜお前たちが私を……! 裏切る気か、ゼッカ!!」
カーミラが血眼になって睨むが、ゼッカは冷たく義眼を光らせた。
「裏切りではない。私は私の生存確率が高い方に賭けただけだ。……やれ、獣の若造!」
「言われなくてもやってやるよ!」
ハクの右腕に、凄まじい質量の影の魔力が収束する。
「オラァッ!!」
振り抜かれた影の巨腕が、カーミラの腹部にクリーンヒットした。
「ア、ガァァァァァァッ!?」
夜国最強の魔女の一人が、数百メートル後方の岩山まで吹き飛ばされ、完全に沈黙した。
「ヒャハハ! やったぜゼッカ先生! 魔女をぶっ飛ばした!」
カエレンとニムが歓喜の声を上げる。
ハクは、肩をすくめて彼らを一瞥した。
「……チッ。余計な手出ししやがって。だが、悪くねぇタイミングだったぜ、泥ネズミども」
ゼッカは無言で会釈し、再び瓦礫の陰へと姿を消した。彼らなりの、歪んだ共闘だった。
4. 双雷・暁闇の蝕(双雷の共鳴)
「よくやったわ、ハク。カイル」
シオンが魔剣『雷月』を構え、深く深呼吸をする。
「私たちの邪魔をする取り巻きは、これで大人しくなったわね。……さあ、いよいよあの狂った神様たちを引きずり下ろすわよ」
上空では、配下を無力化された光帝ソルと闇御門ルナが、かつてないほどの激怒に包まれていた。
「おのれ、おのれぇぇッ! 下等なゴミ共が、神の御業に泥を塗るか!!」
ソルの『太陽神剣アポロン』が、闘技場全土を消し飛ばすほどの極大の光を収束させ始める。
「クハハハハ! 許さんぞシオン! 貴様のその生意気な首、私が直々に引きちぎってやるわ!」
ルナもまた、『深淵の根絶』のすべての触手を一本に束ね、巨大な黒竜の頭部のような形に圧縮していく。
「来るわ、リオナ! 二人の最大魔法が同時に!」
「ええ、お姉ちゃん。……でも、私たちなら絶対に押し返せる!」
リオナは『ソル・ブレイカー』を、シオンは『雷月』を、それぞれ高く掲げた。
「カイル! ハク! 私たちを上まで飛ばして!!」
「承知しました!」
「しっかり捕まってろよ、シオン!」
カイルが白銀の光の踏み台を空中に連続で生成し、ハクが影の反発力を利用して凄まじい推力を生み出す。
リオナとシオンは、二人の護衛の力を借りて、崩壊する重力を無視し、上空の二人の王へ向かって真っ直ぐに跳躍した。
「愚かな! 自ら死にに飛び込んでくるとは!」
ソルが『天照の槍』を放つ。
「消し飛べ、小娘ども!」
ルナが『虚無の濁流』を放つ。
神々の放つ、絶対の光と絶対の闇。
それが、宙を舞う姉妹に向かって十字に交差しようとした、その瞬間。
「合わせるわよ、リオナ!」
「うんっ!」
シオンとリオナは、空中で互いの空いている手を、ギュッと強く繋ぎ合わせた。
十五年前、雷の夜に握りしめていた、あの時のように。
二人の魔力が、繋いだ手を通じて完全に循環し始めた。
リオナの『白銀の浄化雷』と、シオンの『紫金の反逆雷』。
相反するはずの二つの属性が、互いの欠落を補い合い、反発するのではなく、二重螺旋を描いて凄まじいエネルギーの奔流へと昇華していく。
「「――『双雷・暁闇の蝕』!!!」」
二人が同時に振り抜いた剣から、白と黒、金と紫が美しく混ざり合った、この世界の理に存在しない『新しい色』の巨大な雷撃が放たれた。
ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
それは、神の光すらも飲み込み、悪魔の深淵すらも浄化する、奇跡の一撃だった。
ソルの放った黄金の槍が、双雷の螺旋に触れた瞬間、パリンと音を立てて砕け散る。
ルナの放った虚無の濁流が、双雷の光に照らされ、蒸発して消滅していく。
「ば、馬鹿な!? 我が神剣の光が……押し負けるだと!?」
光帝ソルが、初めて恐怖に目を見開いた。
「ありえん! 闇の底から生み出した絶対の虚無が、あのような小娘たちの魔力に……!」
闇御門ルナが、玉座から身を乗り出して絶叫する。
「落ちなさい!!」
シオンとリオナの怒声と共に、双雷の巨大な螺旋が、二人の王の絶対防御結界を同時に、そして粉々に打ち砕いた。
パァァァァンッ!!!
空を覆っていた黄金の十字と、深淵のブラックホールが、ガラスが割れるように無惨に四散した。
5. 地に堕ちた神々、反逆の宣戦布告
「ぬ、おおおおおっ……!」
「ぐぁぁぁぁぁっ!?」
絶対の安全圏である上空の玉座から、光帝ソルと闇御門ルナが、無様に空中へ放り出された。
彼らは慌てて魔力で飛行姿勢を立て直すが、もはや彼らの纏っていた神の如き威厳は、見る影もなく傷ついていた。
ドスゥンッ!
ソルとルナは、崩壊した闘技場の端と端に、それぞれ苦悶の表情を浮かべながら着地した。
建国以来、彼らが地上の泥に足をつけたのは、これが初めてのことであった。
そして、彼らの中央。
舞い散る白と紫の魔力の粒子の中を、二人の少女が、護衛の青年たちを従えて静かに降り立った。
「……信じられん。あの神々を、地に引きずり下ろしたぞ……」
見守っていたジーグ将軍が、震える声で呟く。昼と夜、両軍の生き残りたち全員が、この信じがたい光景に息を呑み、静まり返っていた。
シオンは魔剣を肩に担ぎ、ハクは首を鳴らしながら凶悪に笑っている。
リオナは白銀の聖剣を構え、半霊体となったカイルは静かに彼女の背中を守っている。
「……見下ろされるのは、趣味じゃないのよ」
シオンが、かつての主君であるルナと、自分を化物に変えたソルを交互に見据え、冷たく言い放った。
「あなたたちが神を名乗るなら、私たちは神を穿つ反逆者よ。……さあ、第二ラウンドを始めましょうか」
リオナもまた、一歩前に出て、真っ直ぐに父親を睨みつけた。
「父様。ルナ様。……あなたたちの身勝手な戦争は、今日、ここで私たちが終わらせます」
地に堕ちた二柱の王の顔が、極限の屈辱と怒りによって、悪鬼のように歪んでいく。
「……調子に乗るな、出来損ないどもが。神の真の怒り、その身の細胞一つ残さず刻み込んでくれる!!」
空を覆っていた雲が完全に消え去り、黄昏時の荒野に、不気味なほどの静寂が訪れた。
四人の若き反逆者たちと、狂える二柱の王。
世界を創り変えるための、本当の『神殺しの死闘』が、今まさにその火蓋を切ろうとしていた。




