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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第二章 黄昏の再会、砕かれた誓い
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第二章10 『戦場に咲く白銀と紫金』

人化したハクと共に立ち上がったシオン。

一方、狂王たちの容赦ない蹂躙の中で限界を迎えつつあるリオナ。二人の軌跡が、神々の暴力が吹き荒れる戦場の中央でついに交差する。

1. 狂王の蹂躙、すり減る聖女の命


黄昏時の荒野は、光と闇の神々による理不尽な暴力の嵐に呑み込まれていた。

「……ッ、ぐぅぅぅっ……!!」

第一皇女リオナは、背中に展開した六枚の『白銀の翼』から極限まで浄化の魔力を振り絞り、半球状の結界を維持していた。

彼女の背後には、炭化の進行を白銀の雷でギリギリ食い止めている聖騎士カイルの『光のひつぎ』がある。そして彼女の周囲には、逃げ遅れた昼国の兵士たち――近衛騎士団長ジーグや前衛隊長レオンハルト、治癒術師アリアたちが、絶望的な面持ちで身を寄せ合っていた。

ドズゥゥゥゥンッ!!!

上空から、昼国の絶対君主・光帝ソルの放つ黄金のレーザーが結界を叩く。

同時に、地中からは夜国の支配者・闇御門ルナが操る『深淵の根絶アビス・ルーツ』の巨大な触手が、結界の側面を万力のように締め上げている。

「殿下! もう限界です! このままでは貴女の魔力回路が焼き切れてしまう!」

結界魔術師長ルミスが、両目から血を流しながら叫ぶ。リオナの結界を内側から補助しているルミスでさえ、神々の魔力の余波に耐えきれず死にかけているのだ。

「退けません……! 私が退けば、カイルも……皆も……!」

リオナの透き通るような肌に、ひび割れのような赤い魔力痕が浮かび上がり始めていた。命を前借して魔力を捻り出している証拠だ。

上空の玉座から、光帝ソルが冷酷な眼差しで娘を見下ろした。

「しぶとい娘だ。我が神剣の光に抗うとは、完全に異端に堕ちたか。……セレス、メタトロン。あの目障りな白銀の結界を粉砕しろ」

「御意のままに」

星導官セレスが星の瞬きを集束させた『星屑の光弾』を雨霰と降らせ、大審問官メタトロンが六枚の翼を翻して、灼熱の光剣を構え急降下してくる。

「くそっ! 陛下の狂気を止める術はないのか!」

ジーグ将軍が血反吐を吐きながら大剣を構えるが、彼の足は恐怖と重圧で完全に竦んでいた。光の国に絶対の忠誠を誓ってきた彼にとって、神である光帝に刃を向けることは、精神の根幹を崩壊させるに等しい行為だったのだ。

「カイル……お姉ちゃん……!」

リオナは、視界が白く明滅する中、ただ愛する者たちを護りたいという一心で、白銀の雷を爆発させた。


2. 戦場を駆ける双影、修羅の選択


その絶望の戦場から数キロ離れた、夜国陣営の跡地。

「オラッ! 邪魔だ、どきやがれ!」

ドゴォォォォンッ!!

立ち塞がる巨大なキメラ・ハウンドの顔面を、凄まじい質量を伴った『漆黒の拳』が粉砕した。

拳の主は、精霊獣から人間の姿へと変生を遂げた青年、ハクである。

彼は、自身の影をマントのように変形させて背中に纏い、呪いの刺青が刻まれた腕を振るうたびに、空間そのものを歪めるような恐ろしい物理破壊を引き起こしていた。

「無茶苦茶な戦い方ね、相変わらず……」

ハクのすぐ背後を、紫金の雷を纏いながら滑るように走るのは、仮面を捨てた元・修羅の少女、シオンである。

彼女の右手に握られた魔剣『雷月』からは、かつてのような「すべてを否定する」禍々しい冷気は消え去っていた。代わりに、迷いのない透き通った紫の刃が、襲い来るルナの触手を次々と正確に斬り落としていく。

「ハッ! 四つ足から二本足になったんだ、殴る方が手っ取り早ぇだろ! シオン、右からデカいのが来るぞ!」

「見えているわ!」

シオンが宙に舞い、巨大な触手の関節部分に『紫雷・一閃』を叩き込む。

二人のコンビネーションは、かつてないほどに完璧だった。言葉を交わすまでもなく、視線を合わせるまでもなく、互いの呼吸と魔力の波長が完全に同期している。それは、主従というよりも、一つの魂を共有する絶対的な『半身』としての戦い方だった。

二人が戦場の中央――リオナのいる場所へと一直線に突き進んでいると、前方に異様な光景が広がっていた。

「……異端の泥に塗れた哀れな子羊たちよ。神の御名の下に、その穢れた魂を強制浄化して差し上げましょう」

瓦礫の山の上で、昼国の異端問問官ザイオンが、狂気に満ちた笑みを浮かべていた。

彼女の放つ『教理の鎖』が、逃げ遅れた夜国の兵士たち――死体回収人のイゴールや、呪詛師のマラディ、そして魔獣使いの助手の少年ルックの首に巻きつき、彼らの自我を強制的に白紙に書き換えようとしていたのだ。

さらに、ザイオンの足元には、昼国の兵士である重盾兵の生き残り、ゴランや、ペガサス乗りの少女ミラまでもが鎖に繋がれていた。

「昼国の者であろうと、恐怖に顔を歪める者は光の純度を落とす不適合者です! 全員、感情なき神の兵隊に生まれ変わりなさい!」

ザイオンは、味方であるはずの恐怖に怯える兵士たちをも、洗脳の対象としていたのである。

「やめろぉぉ! 兄貴の盾が……俺の心が消えちまう!」

ゴランが頭を抱えて泣き叫ぶ。ルックも首を絞められ、白目を剥きかけていた。

その光景を見た瞬間、シオンの足がピタリと止まった。

彼女の脳裏に、母エレインの記憶がフラッシュバックする。

『裏切り者』として魂を肉体に縛り付けられ、永遠の苦痛を強いられた母の姿。そして、父ガレオスから『不浄』と蔑まれ、感情を殺すことを強要されてきた自分自身の過去。

他者の心を縛り、尊厳を奪う『絶対者の狂気』。

それは、昼国の光であろうと、夜国の闇であろうと、シオンが最も憎悪するものであった。

「ハク」

「おう」

シオンの低く冷たい声に、ハクは獰猛な笑みで応えた。

ズバァァァンッ!!

ザイオンが「え?」と声を漏らすより早く。

ハクが影を伝って空間を跳躍し、ザイオンの眼前へと出現した。

「なっ……何者ですか!? 貴方からは、精霊の匂いが……」

「黙れ、クソ尼」

ハクの蹴りが、ザイオンの腹部に沈み込む。

「が、はァッ……!?」

ザイオンはくの字に折れ曲がり、数十メートル吹き飛ばされて瓦礫に激突した。

同時に、シオンが放った紫金の雷刃が、捕虜たちを縛っていた『教理の鎖』を、寸分の狂いもなく切断した。

「ゲホッ、ゴホッ……! た、助かった……?」

ルックやゴランたちが、首を押さえながら咳き込む。

彼らが顔を上げると、そこには、かつて戦場を恐怖のどん底に陥れた死神――『神穿鴉』シオンが、鉄仮面を持たない美しい素顔で立っていた。

「し、神穿鴉……!?」

夜国のマラディも、昼国のミラも、その姿を見て恐怖に後ずさった。殺される。敵味方関係なく、ここで虚無の雷に焼かれるのだと。

しかし、シオンは彼らに刃を向けることなく、ただ一言、冷たく言い放った。

「失せなさい。……死にたくなければ、あの狂った光と闇から、一刻も早く遠ざかることね」

それだけを言うと、シオンは再びリオナのいる戦場の中央へ向けて駆け出した。

ハクもまた、呆然とする兵士たちを鼻で笑い、

「チッ、足手まといどもめ。とっとと生き延びろ!」

と吐き捨てて、シオンの後を追った。

残された昼と夜の兵士たちは、信じられないものを見る目で顔を見合わせた。

あの血も涙もない修羅が、自分たちを助け、そして「生き延びろ」と言ったのだ。

イゴールやルックといった夜国の者たちだけでなく、ゴランやミラといった昼国の者たちの心にも、絶対的だと思っていた『光と闇の境界線』が、音を立てて崩れ去るような衝撃が走っていた。


3. 神罰の刻、崩壊する白銀


一方、闘技場の中央。

リオナの限界は、すでにとうに越えていた。

「ハァッ……ハァッ……!」

白銀の六枚翼はボロボロに千切れかけ、結界の表面には無数の亀裂が走っている。

「もうよい。つまらん余興は終わりだ」

上空の光帝ソルが、ついに自ら手を下すべく、『太陽神剣アポロン』を天高く掲げた。

周囲の空間の光が、すべてソルの剣へと吸い込まれていく。昼であるはずの空が不自然に暗くなり、ソルの剣だけが、超新星のように恐ろしい輝きと熱を持ち始めた。

「消し飛べ、出来損ない。――『神罰・天照のあまてらすのやり』」

それは、一個大隊を一瞬で蒸発させる、昼国最大の戦略級殲滅魔法。

それが、逃げ場のない闘技場のリオナに向けて、一直線に放たれた。

同時に。

『フン、出し抜かれると思うなよ、ソル!』

西の空から、闇御門ルナが『深淵の根絶』の触手すべてを一本に束ね、すべてを腐食させる『虚無の濁流』を放った。

光の極大槍と、闇の極大濁流。

二つの神の怒りが、十字砲火となってリオナたちを襲う。

「殿下ァァァッ!!」

ジーグ将軍が絶叫し、兵士たちが絶望に目を閉じた。

リオナは、逃げなかった。

彼女は振り返り、カイルの『光の柩』の上に覆い被さるようにして、自身の小さな体を盾にした。

そして、迫り来る圧倒的な死の光景を前に、静かに微笑んだのだ。

(ごめんね、お姉ちゃん。……迎えに行ってあげられなくて。

でも、私はもう、誰も傷つけない。カイルと一緒に、この光の中で……)

リオナが、すべてを受け入れ、白銀の雷と共に散ろうとした、まさにその瞬間。

「――勝手に諦めてんじゃねぇよ、馬鹿妹」

リオナの耳に、聞き慣れた、けれど十五年間ずっと聞くことのなかった、不器用で、ぶっきらぼうな『姉』の声が届いた。


4. 黄昏の交差、並び立つ双影


ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!

光と闇の巨大な質量が激突し、闘技場の残骸が完全に消滅した。

天を衝くほどの爆煙と、光の乱反射が周囲を包み込む。

上空のソルもルナも、完全に標的を粉砕したと確信し、互いへの次なる攻撃に備えようとしていた。

だが。

煙が晴れた闘技場の中央。

そこには、奇跡が立っていた。

「……え……?」

リオナが恐る恐る目を開けると、彼女の視界を覆っていたのは、迫り来る死の光ではなく。

頼もしい、黒い軍服を着た二つの『背中』だった。

一人は、禍々しい紫色の呪いの刺青を刻んだ、漆黒の髪の青年。

彼は、ルナの放った『虚無の濁流』を、自らの影を極限まで圧縮して作り上げた「絶対捕食の壁」で正面から受け止め、なんと素手で強引に軌道を空へと逸らしていた。

「オラァッ! こんな泥水、不味くて飲めたもんじゃねぇな!」

青年――ハクの腕からは煙が上がっているが、彼は獰猛な牙を見せて笑っている。

そしてもう一人は。

右手に紫金の雷を纏った魔剣『雷月』を握る、一人の少女。

彼女は、ソルが放った『天照の槍』の真っ只中に飛び込み、その強大な光の刃を、自身の雷刃で真っ二つに「斬り裂いて」いたのだ。

左右に分かたれた光の槍が、闘技場の外壁を溶かしながら虚空へ消えていく。

鉄の仮面を持たない、紫と金色の瞳を持つ少女。

「お、姉……ちゃん……?」

リオナの掠れた声に。

シオンは、ゆっくりと振り返った。

泥と血に汚れ、髪は乱れ、軍服はボロボロだ。

けれど、その素顔に浮かんでいるのは、夜国の死神としての冷酷な笑みでも、すべてを憎む修羅の顔でもなかった。

どこか照れくさそうな、そして、十五年分の懺悔と愛情が入り混じった、不器用な『姉』の顔だった。

「……遅くなって、ごめんなさい。リオナ」

シオンのその声は、かつてリオナの首を絞めた時の呪詛ではなく。

あの日、雷の鳴る夜に『大丈夫よ』と言ってくれた時と、全く同じ温かさを持っていた。

「お姉ちゃん……! お姉ちゃんっ……!!」

リオナの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。

彼女は立ち上がり、シオンの胸へと飛び込んだ。

シオンは、勢いよくぶつかってきた妹の体を、不器用だが、しっかりと抱きしめ返した。

「痛い……痛いわよ、リオナ。鎧くらい脱ぎなさいよ……」

「ごめんなさい……ごめんなさい、お姉ちゃん……! 私、私……っ」

泣きじゃくるリオナの背中を、シオンは優しく撫でた。

「謝るのは私の方よ。……お前の光を憎んで、お前の大切な人を奪って……本当に、ごめんなさい。……でも、お前が私のことを諦めないでくれたから。お前が、ずっと呼んでくれたから……私は、帰ってくることができた」

感動的な姉妹の再会。

だが、その背後では、空気が凍りつくような殺気が膨れ上がっていた。

「……ほう。死に損ないのゴミが、少しばかり小手先の真似事を覚えたようだな」

上空の玉座から、光帝ソルが忌々しげに見下ろしている。

「国賊たる姉と、光を裏切った妹。……まさに反逆の双極か。まとめて消し炭にしてやる」

西の空からも、闇御門ルナの狂った哄笑が響く。

「ハハハ! 傑作だシオン! 獣の呪いに食い殺されることもできず、ノコノコと妹に縋り付くとはな! 貴様のその醜い命、私が直々に摘み取ってやろう!」

二人の絶対的な神々が、再び圧倒的な魔力を収束させ始めた。

「……お姉ちゃん。逃げて。あの二人は、もう狂ってる。カイルも倒れて……私たちだけじゃ……」

リオナが、絶望に顔を曇らせてシオンの胸に縋る。

だが、シオンは小さく首を横に振り、リオナをそっと引き離した。

「逃げないわ。……私たちの世界を、これ以上あの大人たちの身勝手で壊させるわけにはいかない」

シオンの瞳に、強い光が宿る。

「ハク」

シオンの声に、青年となったハクが、首をボキボキと鳴らしながら二人の横に並び立った。

「おう。準備運動は終わりだ。……さて、どっちのクソ神からぶっ殺してやろうか」

ハクの全身から、精霊獣としての莫大な魔力と、闘争本能が噴き上がる。

「な、何だアイツは……!? あのような男、夜国にも昼国にもいなかったはずだ……!」

ジーグ将軍やレオンハルトたちが、ハクの異常な威圧感に気圧されて後ずさる。

シオンは、カイルの光の柩を一瞥し、そしてリオナに向き直った。

「リオナ。お前の放つその『白銀の雷』……カイルの魂を守り、世界を癒やすその光。絶対に絶やさないで」

「お姉ちゃん……」

「私が剣となり、ハクが盾となる。……私たちは、もう二度と、誰にも奪わせない」

シオンが魔剣『雷月』を構えると、刀身に紫金の雷がバリバリと音を立てて纏わりついた。

「行くわよ、リオナ。……神殺しの時間よ」

「……うんっ!」

リオナもまた、涙を拭い、白銀の雷を爆発させて六枚の翼を広げた。

漆黒の髪の青年を盾とし、

白銀の光を放つ妹と、紫金の雷を纏う姉。

交わるはずのなかった二つの雷鳴が、世界を支配する狂った神々を討ち果たすため、今、かつてないほどの巨大な共鳴を開始した。

絶対的な絶望の戦場に、ついに反逆の狼煙が上がったのである。

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