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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第二章 黄昏の再会、砕かれた誓い
24/60

第二章9 『護るべき修羅』

狂った王たちが戦場を蹂躙する中、誰からも見捨てられ、孤独な死を迎えようとしていたシオンに、たった一つの「奇跡」が訪れる

1. 蹂躙される黄昏、狂王たちの遊戯


「逃げろォォォッ! 空が、空が落ちてくるぞ!!」

世界の境界線『黄昏時トキノカベ』。

かつて昼と夜の軍勢が睨み合っていたその荒野は、もはや戦争という概念すら消失した、純粋な「終末の坩堝るつぼ」と化していた。

東の空を十字に引き裂いて降臨した昼国の絶対君主、光帝ソル。

彼の手にある『太陽神剣アポロン』が振るわれるたび、目を焼くような極太の黄金のレーザーが大地を抉り、夜国陣営の最前線を数キロにわたって蒸発させていく。

「アッハハハハ! 素晴らしい光だ、ソル! だが、私の可愛いペットたちを虐めるのはそこまでにしてもらおうか!」

対する西の空、深淵のブラックホールから顕現した夜国の支配者、闇御門ルナ。

彼が哄笑と共に指を鳴らすと、地中深くから呼び覚まされた『深淵の根絶アビス・ルーツ』――山のように巨大な無数の黒い触手が、狂ったように蠢き出した。触手はソルの光線を物理的に相殺しながら、逃げ惑う昼国の兵士たちをゴミのように薙ぎ払い、すり潰していく。

神々による、盤面を無視した遊戯。

そこには、自国の兵士を守るという概念すら存在しなかった。

「退け! 退けェェッ!! 陣形など構うな、砦へ走れ!!」

昼国の前衛隊長レオンハルトが、血反吐を吐きながら絶叫する。彼の部下たちは、夜国の魔獣ではなく、自らの信じる『神(光帝)』の放つ光の余波によって、次々と灰に変えられていた。

「ひぃぃっ! 光帝陛下! 我々ごと焼くおつもりか!?」

「ア……アァァ……神ヨ……!」

先ほどまで第一皇女リオナを異端として断罪しようとしていた『熾天使の聖歌隊』の生き残り、少女リラとフィーナが、ソルの光が着弾した衝撃で崩れた瓦礫の下敷きになりかけていた。

「立て! お前たちはまだ歌えるはずだ! 陛下のために命を捧げよ!」

最高司祭の老婆ルミナエルが狂ったように杖を振り回して少女たちを立たせようとするが、次の瞬間、ルナの巨大な触手が頭上から叩きつけられ、ルミナエルは悲鳴を上げる間もなくひしゃげた肉塊となった。

「クソッ! 陛下の盾たるこの俺が、ただ逃げ惑うだけとは!」

皇帝直属の聖盾騎士ガラハッドが、半分砕けた『太陽の金剛盾』を頭上に掲げ、リラたち聖歌隊の少女を必死に庇いながら瓦礫の雨に耐えている。彼のような狂信者でさえ、己の民を平然と巻き込むソルの所業には、絶望と混乱を隠せなかった。

一方、夜国の陣営もまた、完全な統制崩壊を起こしていた。

「ひゃははは! なんだこれ、すげぇ! 燃えろ、全部ぶっ壊れちまえ!」

狂気に当てられた魔獣使いオーガが、自らのキメラ・ハウンドたちにまで金砕棒を振り下ろし、同士討ちを始めている。

「親分! やめてくだせぇ!」

助手の少年ルックが泣きながら止めに入るが、オーガはルックを蹴り飛ばし、高笑いしながらソルの光の雨の中へ飛び込んでいき、一瞬で炭化した。

上空では、大審問官メタトロンと星導官セレスが、ルナの側近である暗黒竜ヴリトラ、吸血魔女カーミラ、屍王バアルと、常軌を逸した空中戦を繰り広げている。魔法の爆発が連鎖し、空の色が黄金と漆黒に明滅を繰り返していた。

そして、その黙示録のような破壊の嵐の中心で。

「……ッ、はぁっ、はぁ……!」

白銀の六枚翼を展開した第一皇女リオナは、カイルの魂を封じ込めた『光の柩』を背に庇い、たった一人で狂える神々の余波に耐え続けていた。

彼女の放つ白銀の雷が、ソルの熱線とルナの瘴気をギリギリのところで中和し、周囲の兵士たち――味方だけでなく、逃げ惑う夜国の兵士たちの命すらも無意識に守り抜いていたのだ。

「リオナ殿下! もう限界です! これ以上魔力を放出すれば、貴女の体が……!」

近衛騎士団長ジーグが、大剣を杖にして立ち上がりながら叫ぶ。

「退きません……!」

リオナの透き通るような白銀の瞳が、西の空、夜国陣営の暗闇の奥を見据える。

この無意味な破壊の嵐を抜け、あの暗闇の奥で誰にも看取られずに死のうとしている『最愛の姉』を引きずり出すために。彼女は圧倒的な暴力の中で、奥歯を噛み締め、決して膝を屈しなかった。


2. 闇の底、崩壊する修羅の玉座


同じ頃。

完全に周囲から見捨てられ、半分が吹き飛んだ漆黒の天幕の中で、『神穿鴉』シオンの命は終焉の時を迎えようとしていた。

「ガァッ……ゴフッ、あ、あぁ……」

冷たい土の床を掻き毟る彼女の左半身は、もはや人間のそれではなくなっていた。

漆黒の獣毛が肩から胸元にまで侵食し、鋭利な黒い棘が背中の皮膚を突き破っている。獣化の呪いが心臓の壁を食い破り、彼女の魔力回路をドロドロに溶かしながら、その魂を純粋な「バケモノ」へと作り替えようとしていた。

鉄の仮面は、すでにない。

それを失った彼女の素顔は、恐怖と後悔に歪み、死の恐怖にガタガタと震える、ただの十五歳の少女のものだった。

「……ヒヒッ。神穿鴉様よぉ、アンタの恐怖政治も、どうやらここまでらしいな」

天幕の入り口で、影潜りカエレンが下卑た笑いを浮かべていた。彼の隣では、毒娘ニムがクスクスと笑いながら荷物をまとめている。

「ルナ様が直々にお出ましになったんだもの。仮面が割れて泣き喚いてるようなポンコツの将軍なんて、もう用済みよねぇ」

「黙れ、下衆ども。……神穿鴉様に対する口の利き方を忘れたか」

副長ゼッカが毒糸を構えるが、その手にはかつてのような殺気はなかった。彼の義眼は、苦しみもがくシオンを冷徹に観察しているだけだ。

「ゼッカ先生。アンタだって、本当はあの小娘を殺して、自分が総隊長になりたかったんでしょう? 今なら、背中から毒を撃ち込めば一発よ」

ニムの悪魔の囁きに、ゼッカの手がピクリと止まる。

ゼッカは、シオンの恐怖支配によって精神を破壊され、完璧な傀儡となっていたはずだった。だが、シオンの魔力が極限まで弱まり、仮面という象徴を失ったことで、彼の洗脳は解けかけていたのだ。

「……いや、私が手を下すまでもない」

ゼッカは毒糸を収め、冷たく言い放った。

「獣の呪いが心臓に達している。あと数分もすれば、あの娘は完全に自我を失い、醜い獣の化け物となって死ぬだろう。……我々はここを離脱し、地下の防空網から夜国の王都へ帰還する。行くぞ」

「了解ィ! あばよ、元・神穿鴉様! せいぜい惨めに死んでくれや!」

カエレンとニムが嘲笑いながら、ゼッカの背中を追って天幕から逃げ出していく。

夜国の軍勢の頂点に立っていた少女は、今、物理的にも精神的にも、完全に味方から見捨てられた。

痛覚はとっくに麻痺していた。

ただ、耐え難いほどの「寒さ」と、底なしの「虚無」だけが、シオンの意識を薄皮一枚で包み込んでいる。

(……ああ。やっと、終わるのね……)

シオンは、カイルを手にかけた自身の右手を、焦点の合わない瞳で見つめた。

最後に見た、リオナの絶望に満ちた顔。愛する人を失い、声にならない叫びを上げていた妹の姿が、シオンの脳裏にこびりついて離れない。

私は、お母様のように誰かを守って死ぬことはできなかった。

私はただ、嫉妬と憎悪に狂い、一番傷つけてはいけない相手を、一番残酷な方法で壊してしまった。

『私があなたの罪を半分背負う。だから……もう、一人で暗い場所にいないで、お姉ちゃん!』

闘技場でリオナが叫んだ言葉が、耳の奥で蘇る。

(ごめんね……リオナ。私が、私がいなければ……お前は……)

薄れゆく意識の中で、シオンは幼い頃の記憶を見た。

雷鳴の轟く夜。狭いベッドの中で、怯える妹を抱きしめていた自分。

『お姉ちゃんがいるから、大丈夫よ』

そう言って笑っていた、あの頃の温かい記憶。

「……お母……様……。私、疲れちゃった……」

シオンの瞳孔が開き、心臓の鼓動が、ついに最後の一打ちを終えようとした。

獣の呪いが、完全に彼女の魂を飲み込もうと、心臓に黒い牙を突き立てた、その瞬間だった。

『ギャウゥゥゥゥッ……!!!』

天幕の影から、巨大な精霊獣ハクが飛び出してきた。


3. 精霊獣の限界突破、魂を喰らう影


ハクは、倒れ伏すシオンの胸ぐらに、自身の巨大なあぎとを容赦なく食い込ませた。

物理的な肉を噛み切るのではない。シオンの心臓を覆い尽くそうとしていた『獣化の呪い』そのものに、精霊の牙を深く突き立てたのだ。

「……ハ、ク……? やめ、て……」

シオンが弱々しく抵抗するが、ハクは構わず、ズズズズズッ! と恐ろしい吸引力で、シオンの体内から溢れ出すドス黒い呪いと、過剰な絶望の魔力を、自らの体内に吸い上げ始めた。

精霊獣は、主の魔力を糧として生きる存在である。

だが、今のシオンが放っているのは、神穿の術式の反動と、彼女自身の「完全なる自己否定」が混ざり合った、致死量の猛毒だった。

『ガァァァッ! グルルルルルッ!!』

呪いを吸い込んだハクの巨体が、内側からボコボコと異様に膨張し、毛皮が弾け飛ぶ。

三つあった獣の瞳から血の涙が噴き出し、漆黒の毛並みが紫色の炎を上げて燃え上がり始めた。ハク自身の魂の器が、許容量を遥かに超えた呪いに耐えきれず、自壊を始めたのだ。

「やめろ……! お前まで、死んでしまう……! 私は、もう……」

シオンが、血塗れの右手でハクの鼻面を押し返そうとする。

だが、ハクはシオンの手を優しく舐め、そして、さらに深く、彼女の呪いの根源へと牙を食い込ませた。

ハクには、人間の複雑な言葉は完全に理解できない。

だが、彼には鮮明な記憶があった。

氷のように冷たい『闇の森』で、親の毛皮を剥がれ、絶望の中で死にかけていた自分。

その自分に、自らの貴重な命の薬を分け与え、その冷たい手で抱きしめてくれた、不器用で、誰よりも孤独な少女の匂い。

『もういい。泣かなくていいわ。私が、お前の痛みになるから』

あの日の約束。

世界中がこの少女を「化け物」と呼び、忌み嫌おうとも。

闇の国の王がこの少女を「壊れた道具」として捨て去ろうとも。

俺だけは、絶対にこいつを見捨てない。こいつが泣いているなら、俺がこいつの呪いも涙も、全部喰らってやる。

『ガァァァァァァァァァッ!!!』

ハクの咆哮が、燃え盛る天幕を内側から吹き飛ばした。

精霊獣としての本能(生存欲求)を完全に捨て去り、「主を護る」という純粋にして強烈な『意志エゴ』が、ハクの魂を限界突破させたのだ。

シオンの体内から、すべての獣化の呪いが引き抜かれた。

代わりに、許容量の数千倍の呪いを取り込んだハクの体が、ありえないほどの眩い紫金の光に包まれた。

「ハク……!!」

シオンが手を伸ばすが、光の奔流に弾き飛ばされる。

ミシミシ、メキメキと、骨が組み替わるような異音が響く。

巨大な獣のシルエットが、光の中でドロドロに溶け、極限まで魔力が圧縮されていく。精霊獣という『不定形の魔力体』が、主の魂の形に引っ張られ、かつてない高密度な『確固たる器』を形成し始めたのだ。

「……ぁ……」

光が収束した跡。

燃え盛る炎の中に立っていたのは、巨大な四つ足の獣ではなかった。

そこにいたのは、漆黒の髪を無造作に伸ばし、首筋から腕にかけて禍々しい紫色の『呪いの刺青』を刻んだ、長身の青年の姿だった。

ハクの魂の核を受け継いだ、爬虫類のように縦に裂けた紫色の双眸。強靭な筋肉を包むのは、彼自身の影の魔力が編み上げた、漆黒の軍服のような外套である。

シオンの絶望と呪いをその身に宿し、代償として「人間の肉体」と「自我」を獲得した奇跡の存在。

人化じんかした精霊獣、ハク。

彼は、獣の名残である鋭い犬歯を見せて、口の端を少しだけ歪めた。

そして、床に倒れ伏すシオンの前に膝をつき、初めて獲得した『人間の腕』で、彼女の震える体を、力強く、そして壊れ物を扱うように優しく抱き起こした。


4. 騎士の産声、泥ネズミへの鉄槌


「……ハ、ク……? 嘘、お前……」

シオンは、自分を抱きかかえる温かい腕と、目の前にある青年の顔を見て、信じられないように瞳を瞬かせた。

彼女の左腕から獣の呪いが消え失せ、本来の白く細い少女の腕に戻っている。ハクがすべてを肩代わりしてくれたのだ。

「……息、してんな。よかったぜ」

ハクの口から紡がれた言葉。

それは、重低音の唸り声をそのまま人間の声帯で鳴らしたような、少ししゃがれた、けれど不思議と耳に心地よい男の声だった。

「お前……喋れるの……? どうして、こんな姿に……私なんかのために……」

シオンの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。

自分が死ぬことを許されなかった戸惑いと、唯一の半身を道連れにしてしまった罪悪感が、彼女を混乱させていた。

ハクは、自らの首筋に刻まれた呪いの刺青――シオンを殺そうとしていた猛毒の証――を無造作に掻きながら、ふっと笑った。

「どうしてって……俺が、てめぇの影だからだろ。……てめぇが絶望して死にたいなら、俺がその絶望を全部喰って、腹の中で消化してやるよ」

ハクは、シオンの頬を伝う涙を、親指で乱暴に拭った。

「誰もてめぇを助けねぇなら、俺が助ける。神様がてめぇを見捨てるなら、俺が神様を噛み砕いてやる。……だから、こんなところで勝手に死ぬとか、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ、シオン」

それは、洗練された光の騎士の誓いではない。

ただの野良犬が、自分を拾ってくれたたった一人の飼い主に誓う、不器用で、狂気的なまでに一途な『絶対の忠誠』だった。

「ハク……あぁ、ハクぅぅ……!」

シオンは、ハクの胸に顔を押し当て、子供のように声を上げて泣きじゃくった。

仮面を被り、感情を殺し、誰にも甘えることを許されなかった十五年間の孤独が、この青年の不器用な温もりによって、初めて溶かされた瞬間だった。

その時である。

「……ヒ、ヒヒッ……ま、マジかよ……」

炎の向こう側から、信じられないものを見る目で立ち尽くしている者たちがいた。

逃げ遅れた影潜りカエレンと、毒娘ニム、そして副長ゼッカだ。彼らは、獣が人間へと変生する規格外の光景を目撃し、恐怖で逃げ足を止めてしまっていたのだ。

ハクは、シオンを抱き抱えたまま、ゆっくりとゼッカたちの方へ視線を向けた。

「……ア?」

縦に裂けた紫の瞳が、彼らを射抜く。

その瞬間、ゼッカたちの全身の毛穴から、ブワッ! とおびただしい冷汗が噴き出した。

(ば、バカな……! なんだ、このプレッシャーは……!)

カエレンは、歯の根が合わなくなった。

かつて『神穿鴉』として君臨していたシオンの恐怖が、鋭利な刃物だとすれば。

今、目の前にいるこの青年が放つ威圧感は、質量を持った「巨大な岩山」そのものだった。精霊獣の膨大な魔力と、シオンの呪いを掛け合わせた規格外のバケモノが、そこに立っていた。

「てめぇら……俺のシオンを見捨てて逃げようとしてた、泥ネズミだな?」

ハクの声が、地を這うように響く。

「ひぃぃぃッ! ち、違う! 俺たちはただ――」

「失せろ」

ハクが、シオンを抱いていない方の右手を、軽く横に薙いだ。

ただの裏拳。魔力すら乗せていない、ただの物理的な腕の振り。

しかし、その風圧だけで、周囲で燃え盛っていた炎が一瞬で消し飛び、カエレンとニムの体が、砲弾のように数十メートル後方へと吹き飛ばされた。

「ぎゃああああっ!!」

「あばばばばっ!!」

二人は瓦礫の山に激突し、白目を剥いて完全に気絶した。

「……チッ。手加減が難しーな、この体」

ハクは自分の右手を開いたり閉じたりして、人間の肉体の感覚を確かめるように首を鳴らした。

残されたゼッカは、義眼を見開き、震える手で毒糸を構えようとしたが、ハクが彼を一瞥しただけで、その手は完全に硬直して動かなくなった。

「……行けよ、元・副長サン。てめぇの腐った毒じゃ、俺の主にはもう届かねぇよ」

ゼッカは屈辱に顔を歪めながらも、無言で背を向け、闇の中へ逃げ去っていった。


5. 称号の奪還、戦場へ向かう双影


シオンは、涙に濡れた顔を上げ、すっかり逞しくなった自分の『元・影』を見上げた。

「ハク……あなた、その力……」

「シオン。立てるか」

ハクは、シオンの細い体をそっと地面に立たせた。シオンの足元はまだふらついていたが、ハクがしっかりと腰を支えてくれている。

「立てるわ。……でも、私は、これからどうすれば……。父を殺し、罪のない人を大勢殺し……妹の、一番大切な人まで奪ってしまった……。私は、生きていてはいけないのよ」

シオンの瞳は、まだ深い罪の意識に囚われていた。

ハクは、シオンの肩を両手でガシッと掴み、真っ直ぐに彼女の目を見つめた。

「なら、生き恥を晒してでも、その罪の落とし前をつけに行こうぜ。……てめぇの妹は、てめぇが壊したってのに、まだあんなクソみたいな空の下で、必死に踏ん張っててめぇを待ってるんだろ?」

ハクの言葉に、シオンはハッとして、天を仰いだ。

暗雲が引き裂かれた空。光帝ソルと闇御門ルナが、狂気と破壊の限りを尽くしているその中心で。

ただ一つ、決して消えることなく、誰かを守るように優しく輝き続けている**『白銀の光』**の存在を、シオンは確かに感じ取った。

「リオナ……」

『私があなたの罪を半分背負う。だから……もう、一人で暗い場所にいないで、お姉ちゃん!』

闘技場でリオナが叫んだ言葉が、今度は呪いとしてではなく、確かな『熱』を持ってシオンの胸の奥底に届いた。

妹は、自分を見捨てなかった。

自分がどれほど残酷に彼女の希望を打ち砕いても、彼女はまだ、姉を救うことを諦めていなかったのだ。

「……そうね。こんなところで泣いている場合じゃ、なかったわ」

シオンの瞳に、十五年間失われていた『人間としての強い光』が宿り始めた。

もう、己の弱さを隠すための鉄の仮面は必要ない。

闇の王に与えられた操り人形としての『神穿鴉』は、先ほど完全に死んだのだ。

「私は……私自身の意志で、あの子の元へ行く。神を穿ち、絶望を終わらせる真の『神穿鴉』として」

シオンの右手に、再び魔剣『雷月』が握られる。そこに纏われている雷は、すべてを虚無に還す日蝕の闇ではなく、ハクとの絆によって制御された、美しく力強い**『紫金の雷』**へと変貌していた。

「おう。俺はてめぇの剣であり、盾だ。地獄の底まで付き合ってやるよ、シオン」

ハクは獰猛な笑みを浮かべ、主の隣に並び立った。

人間の体を得た精霊獣と、仮面を捨て、己の意志で称号を奪還した少女。

かつて世界を絶望に陥れた最悪のコンビが、今度はたった一人の「泣いている妹」を護り抜くため、狂った神々が支配する戦場へと足を踏み出そうとしていた。

人化したハクと共に戦場を駆け抜けるシオンの姿と、光帝ソルの苛烈な攻撃に限界を迎えつつあるリオナの姿が交差する。

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