第一章1『黄金の洗礼』
七歳になったリオナ・エル・ディアル・ヒノクニは「雷光」にいる。
「雷光」の要塞でリアナが黄金の雷を放った。
「なぜ私の雷は、あんなに熱くてうるさいのかしら。もっと、静かで冷たい、あの『鑑定の儀』のような感覚が心地よいのに……」
黄金色の雷鳴が、天を揺らす。
昼国の辺境、「雷光」。この地に降る雨は、太陽の光を透かして金色の粒のように輝く。前世の私が知っていた「嵐」とは、似ても似つかないほど美しい、けれど暴力的な光景だ。
「リアナ皇女殿下、またそのような場所で……。お風邪を召されますよ」
背後から声をかけられ、私はバルコニーの欄干から身を引いた。
振り返ると、困り顔の侍女が大きなバスタオルを広げて待っている。
「ごめんなさい。でも、この雷の音を聞いていると、落ち着くの」
私の名はリアナ。昼国の第一皇女。
転生してから五年。私の体はすくすくと育ち、今ではこの眩しすぎる太陽の光にも、絶え間なく続く昼の喧騒にも慣れてしまった。
けれど、私の魂はまだ、あの雨の日の崖に取り残されたままだ。
1.目覚め始めた「光」の力
侍女に髪を拭かれながら、私は自分の掌を見つめた。
ふっと意識を集中すると、指先から小さな、けれど鋭い黄金の火花が弾ける。
「まあ! 殿下、また魔力をお漏らしに。やはり『光帝』陛下の血を引くお方、五歳にしてこれほどの出力を……」
侍女は驚き、そして誇らしげに目を細めた。
この国において、光の魔力はそのまま「強さ」の象徴だ。第一皇女である私に、周囲は次代の勇者たる資質を期待している。
けれど、私は知っている。
この指先から溢れる力は、あの時、姉さんと私を追い詰めた男が持っていたボウガンの鋭さに似ている。守るための力、けれどそれは、誰かを傷つけるための刃にもなりうるのだ。
「……ねえ。この雷は、あの壁の向こうにも届くのかしら」
私は、遠く地平線に揺らめく「黄昏時」を指差した。
昼と夜を分かつ、決して越えられない断絶の壁。
「壁の向こう……夜国のことでございますか? さあ、あちらは魔王の統治する呪われた地。音すらも吸い込まれてしまうと聞き及びますが……」
侍女は不吉なものを避けるように首を振った。
(いいえ、そんなはずはないわ)
私は心の中でつぶやく。
なぜなら、私がこうして強い光の魔力を放つとき、遠い空の向こう――あの紫色の稲光が明滅する「境界」の向こうから、かすかな振動が返ってくるような気がするからだ。
まるで、私の呼びかけに応える、誰かの声のように。
「姉さん……生きてるんでしょう? 私、もっと強くならなきゃ」
五歳の小さな体。けれどその瞳には、皇女としての気高さではなく、一人の妹としての執念が宿っていた。この世界がどれほど広く、あの壁がどれほど高くても。
私たちが「雷」の中で分かたれたのなら、この「雷」を道標にして、必ず見つけ出してみせる。
2.太陽の下の静寂と弾ける光、そして共鳴する「影」
昼国の暦で、私が七歳を迎えた日。 空は、不気味なほどに澄み渡っていた。 「天光」の地において、雨が降らず、雷鳴も聞こえない日は珍しい。それは嵐の前の静けさというより、世界が息を潜めて私の「格」を量ろうとしているかのようだった。
「リアナ皇女殿下、準備はよろしいですか?」
王宮の最上階にある『天鏡の間』。 光帝の直属である魔導神官が、仰々しく儀礼用の杖を鳴らした。 私の目の前には、巨大な水晶が据えられている。これに触れることで、体内に眠る魔力の「属性」と「出力」が可視化される。それが、この国での一生を決める「魔力鑑定の儀」だ。
(……怖いなんて、言ってられない)
私はドレスの裾を強く握りしめた。 背後には、父である光帝や多くの貴族たちが、品定めをするような視線を投げかけている。第一皇女として、凡庸な結果は許されない。
けれど、私が本当に求めているのは「地位」ではなかった。 前世で、あの崖の上で。 何もできずに姉の手を離してしまった、あの弱かった自分への決別。 この世界で、今度こそ大切な人を守り抜くための「力」が欲しかったのだ。
「……いきます」
私は小さく息を吐き、冷たい水晶に両手を添えた。
その瞬間。
ドォォォォォン!!
静寂を切り裂き、王宮全体を揺るがすような轟音が鳴り響いた。 水晶の中から溢れ出したのは、これまでの鑑定で誰も見たことがないほど濃密な、**「黄金の雷」**だった。
「な、なんだこの出力は……! 水晶が耐えきれん!」
神官の悲鳴。 視界が真っ白に染まる。私の体から溢れる魔力は、意志とは無関係に暴走を始めた。 パチパチと空気が爆ぜ、周囲の石造りの壁に亀裂が走る。
それは、祝福というにはあまりに激しい、破壊の光だった。
(あぁ、やっぱり……)
光の中に飲み込まれながら、私は妙な確信を持っていた。 私の魔力は、太光のような「慈しみ」ではない。 何かを焼き払い、無理やり道を切り拓くための「暴力」の輝き。 前世のあの忌まわしい記憶が、私の力を歪めたのか、あるいは研ぎ澄ませたのか。
その時だった。
狂乱する黄金の光の渦の中で、一瞬だけ、私の感覚が「ここではないどこか」へと飛んだ。
(……っ!?)
肌を刺すような冷気。 吸い込まれるような、深い、深い、紺碧の闇。 そこで私と同じように、暴風のような**「紫色の雷」**を撒き散らしている、誰かの気配を感じたのだ。
「姉さん……?」
思わず唇が動いた。 黄金の雷と、紫の雷。 二つの力は、世界の境界を越えて、互いの存在を確かめ合うように共鳴した。 ほんの一瞬、指先が触れ合ったような温もりが、魂の奥底に灯る。
「殿下! リアナ殿下!!」
誰かの叫び声で、意識が現実へと引き戻された。 目を開けると、そこには粉々に砕け散った水晶と、腰を抜かした神官、そして驚愕に目を見開く父の姿があった。
「……属性:雷光。出力……測定不能」
神官の震える声が、静まり返った広間に響く。 私は荒い息を吐きながら、自分の手を見つめた。 今感じた、あの冷たい風と紫の光。あれは単なる幻想ではない。
(姉さんも、どこかで戦っている。私と同じ、この『雷』の力を抱えて)
七歳の鑑定の日。 私は、この強すぎる力が「姉を救うための鍵」であることを確信した。 たとえ、それが国を滅ぼすほどの力だとしても。
3.封印された「黒い火花」と黄金の流刑
砕け散った水晶の破片が床に転がる音だけが、静まり返った広間に響いていた。 神官たちは青ざめ、震える手で測定器の記録を確認している。
「……あり得ん」
筆頭神官が、掠れた声で呟いた。 彼や神官の目だけに映っていたのは、黄金の雷の奔流の最中心部――ほんの一瞬、瞬きほどの間に弾けた**「真黒な稲妻」**だった。
それは、昼国の魔法体系には存在しない、負の波形。 夜国の魔力が持つ、光を喰らう性質。
「この力は……光帝陛下にさえ、報告してはならぬ」
神官たちは瞬時にアイコンタクトを交わした。もし「第一皇女に夜国の呪いが混じっている」などと知れ渡れば、王家の権威は失墜し、民衆はパニックに陥る。 彼らはその場で「出力過多による測定不能」と偽りの発表をすることを決めた。
しかし、疑念の種は消えなかった。 数日後、父である光帝から下されたのは、王都から最も遠く、最も過酷な**「雷光」の地への赴任**という名の追放だった。
「リアナ。お前の力はあまりに強大だ。王都の軟弱な結界では、お前の放つ雷を抑えきれぬ。……最果ての地で、その身を以て我が国の盾となれ」
父の瞳に宿っていたのは、愛娘への信頼ではなく、得体の知れない「異物」を見るような恐怖だった。
「……御意のままに」
七歳の私は、深く頭を下げた。 自分の内側に宿る「闇」の正体――それが前世で姉を失った絶望と、死の瞬間に見た濁った水の記憶であることに、当時の私はまだ気づいていなかった。
この世界では、昼国と夜国で現れる属性が鏡合わせのように対立しています。
1.三基本属性(多くの国民が持つ)
A.系統
【一般的な魔法使いは、以下のいずれかの魔力を宿しています。】
熱・力:物理的な破壊や温度変化を司る。 熱光・冷闇
理・形:質の硬化や、幻影による撹乱を司る。 固光幻闇
生・精:治癒や精神干渉を司る。 慈光呪闇
B.守護属性=各地域の統治者・高位貴族
【国の3つの地域 雷・太・天 / 雷・月・地 に紐付いた、より純度の高い属性です。】
・昼国側
太光: 安定した巨大な光エネルギー。王都の貴族に多い。
天光: 純白の聖なる光。神官や結界師が宿す。
雷光: ※リアナの属性。 最も攻撃的で制御不能な光。
・夜国側
月闇: 静寂と叡智の魔力。魔術師や策士に多い。
地闇: 重力や大地の底の圧力を司る魔力。
雷闇: 無音で浸食する最凶の闇。
C. 伝説の「源流属性」
歴史上、光帝と闇御門だけが到達できるとされる究極の属性です。
至高光: 昼国の源。全てを照らし、無に還す光。
深淵闇: 夜国の源。全てを飲み込み、静寂へ還す闇。




