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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第一章 輪廻の双極 ― 黄金の誓いと紫電の断罪
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第一章14『境界への進軍、光と影の臨界点』

序章:黄昏の海


魔を喰らうもの世界を「昼」と「夜」という二つの絶対的なことわりに分かつ境界線、通称**「黄昏時トキノカベ」**。

そこは、物理的な壁が存在するわけではない。太陽の沈まぬ昼国からの熱波と、永遠の凍土が広がる夜国からの寒波が激突し、互いの魔力大気が相殺し合うことで生まれる、幅数キロメートルに及ぶ「灰色の嵐」の領域である。

この場所は、神々の時代から続く「魔の墓場」と呼ばれていた。

渦巻く暴風の中には、光と闇の摩擦エネルギーを喰らって生きる太古の魔獣**『霧喰らい(ミスト・イーター)』**が遊泳している。巨大なエイのような姿をしたその怪物は、迷い込んだ兵士の魔力を骨の髄まで啜り尽くす、生きた自然災害だ。

今、その危険な死地を挟んで、歴史上かつてない規模の二つの軍勢が対峙しようとしていた。

大気が悲鳴を上げ、霧喰らいたちが、これから始まる極上の饗宴――「戦争」の臭いを嗅ぎつけ、不気味に上空を旋回し始める。

十五年という歳月を経て、かつて引き裂かれた双子の魂が、数万の命を巻き込み、世界の命運を懸けて激突するときが迫っていた。

1.天雷閣、黄金の祈りと鉄の規律


【開戦前夜:東側陣営・駐屯地】国境の砦から数キロ手前。昼国・第一皇女軍「天雷閣」の野営地には、無数の篝火かがりびが焚かれ、黄金の戦旗が夜風に翻っていた。

兵士たちの鎧が炎を反射し、まるで地上に天の川が流れているかのような荘厳な光景だ。しかし、その空気は張り詰めている。彼らが相手にするのは、伝説上の怪物とも囁かれる「冥雷鴉」だからだ。

「……手が震えているぞ、新兵」

テントの影で怯える若い兵士に声をかけたのは、顔に大きな古傷を持つ白髪の巨漢だった。彼は、光帝ソルからリオナの補佐兼・監視役として派遣された歴戦の猛将、近衛騎士団長・ジーグである。

ジーグは、震える兵士の肩を鋼鉄のような手で掴んだ。

「夜国の魔力は『恐怖』を伝染させる。貴様が震えれば、隣の友が死ぬ。光の民ならば、心に太陽を燃やせ。闇になど一歩も引くな」

「は、はいっ! 申し訳ありません、ジーグ将軍!」

ジーグは厳格な「光至上主義者」であり、夜国の存在そのものを病原菌のように憎悪していた。彼の存在は、リオナにとって頼もしい武力であると同時に、今後「姉を救いたい」と願う彼女の前に立ちはだかる、父帝の意思そのものでもあった。

その喧騒から離れた丘の上。

黄金の鎧を身に纏ったリオナは、一人静かに境界の嵐を見つめていた。その肩には、蛍のような光を放つ小さな精霊が止まっている。

それは、リオナの純粋な祈りから生まれた**光精霊『ルミナ』**だ。言葉は話さないが、持ち主の精神を安定させ、迷いを照らす導き手である。

「ルミナ……。怖い?」

チリン、と鈴のような音を立ててルミナが明滅する。

「そうね。私も怖いわ。でも、行かなくちゃ。あそこに、私のお姉ちゃんがいるかもしれないから」

リオナは胸元のペンダントを握りしめた。そこには、幼い頃に離れ離れになった双子の姉・シオンの似顔絵が入っている。リオナの記憶の中のシオンは、いつも自分を庇ってくれる、優しくて少し寂しげな少女のままだった。

「リオナ様」

背後から、温かく落ち着いた声がかかった。

振り返ると、そこには月光のような銀髪と、澄んだ青い瞳を持つ聖騎士、カイル・ヴァン・アストラルが立っていた。彼の手には、二人のために淹れた温かいハーブティーがある。

「カイル……。眠っていないの?」

「貴女が起きているのに、僕だけ眠るわけにはいきませんよ。……震えていますね」

カイルは自身のマントを脱ぎ、リオナの細い肩にかけた。そのマントからは、陽だまりのような安心する香りがした。

「……カイル。父様やジーグ将軍は言うわ。『夜国の魔物はすべて滅ぼせ』と。彼らにとって、闇は絶対悪なの。でも、私は信じたい。闇の中にも、心があるはずだって」

リオナの問いに、カイルは少し悲しげに微笑み、彼女の左手を取った。薬指には、二人が交わした「黄金の誓い」の指輪が輝いている。

「僕は、光の国の騎士です。ですが、それ以前に『リオナの騎士』です。貴女が剣を振るえば共に戦い、貴女が誰かを救いたいと願うなら、その道を切り拓く。……たとえ相手が魔王であっても、貴女が『姉』と呼ぶ人なら、僕は全力で彼女との対話の道を探します」

「カイル……ありがとう」

リオナの瞳に涙が滲む。カイルの無償の愛こそが、彼女を支える唯一の柱だった。

しかし、二人はまだ知らない。対話など到底不可能なほどに、姉の心が壊れ果てていることを。そして、その姉を壊したのは、他ならぬ「光による拒絶」であったことを。

「そろそろ時間だ。……行こう、カイル。私たちのひかりで、あの嵐を晴らすのよ」


2.冥雷鴉、静寂の虚無と殺戮の獣


【開戦前夜:西側陣営・待機地点】

対する西側、夜国の陣営には、篝火一つ焚かれていなかった。

あるのは、底なしの静寂と、凍てつくような殺気だけ。数千名の兵士たちは、まるで墓標のように直立不動で待機している。彼らは全員、黒い鉄仮面をつけ、個性を剥奪された戦闘人形――**特殊殲滅部隊『冥雷鴉めいらいあ』**の構成員たちだ。

その中央、巨大な黒い天幕の中。

玉座のような椅子に深く腰掛け、退屈そうに短剣を弄んでいるのは、『神穿鴉かみうちのからす』シオンである。

顔の半分を覆う鉄仮面。漆黒の軍服。そして左腕は、肘から先が完全に黒い獣毛と鱗に覆われ、鋭利な鉤爪が生えた「異形の腕」となっていた。

「……おい、鴉の姫様よぉ。いつまで『待て』をさせる気だ?」

シオンの足元で、下品な咀嚼音を立てて生肉を食らっている大男がいた。

彼は、今回の戦争のために闇御門ルナがシオンの配下に加えた、魔獣使い『オーガ』。身長三メートル近い巨躯に、無数の傷跡を持つ狂戦士であり、夜国の地下闘技場で百頭の魔獣を素手で殺したとされる危険人物だ。

「俺の可愛いペットたちが、光の国の軟弱な肉を食いたがって疼いてんだよ。なぁ、とっとと突撃命令を出せよ」

オーガの背後では、鎖に繋がれた数頭の**『キメラ・ハウンド』**が、涎を垂らして唸っている。

シオンは短剣を弄ぶ手を止めず、オーガを一瞥もしないまま呟いた。

「……煩い。躾がなっていない犬ね」

「あぁん!? 誰に向かって――」

オーガが立ち上がろうとした瞬間。

シオンの影が「ボコッ」と泡立ち、床から巨大な黒いあぎとが出現した。

ガァァァァァッ!!

精霊獣ハクである。

今や体長五メートルを超え、三つの目を持つ怪物となったハクは、オーガの喉元に牙を突きつけ、彼が飼うキメラ・ハウンドたちを一瞬の殺気だけで失禁させた。

「ヒッ……!?」

オーガが息を呑んで硬直する。生物としての格が違う。捕食者としての圧倒的な「圧」が、彼の本能に「動けば死ぬ」と告げていた。

「ハク。……下品な肉は腹を壊すわ。止めなさい」

シオンが指を鳴らすと、ハクは瞬時に影へと戻り、オーガは腰を抜かして床に崩れ落ちた。

背後に控えていた副長ゼッカ――今は感情を失い、シオンの忠実な操り人形となった男が、無機質に告げる。

「神穿鴉様。刻限です。東の空が白み始めました」

「……そう」

シオンは立ち上がった。その瞬間、天幕内の空気がさらに冷たく、重くなる。

彼女は自身の左腕、ハクと融合した獣の爪を見つめ、低く嗤った。

「ようやくね。……待たせたわね、リオナ」

シオンの脳裏に、前世の記憶がフラッシュバックする。

『お姉ちゃん大好き!』と笑う妹。

『不浄の娘』と自分を殴る父。

『裏切り者』として殺された母。

愛おしかった記憶はすべて、ドロドロに腐ったヘドロのような憎悪に変換されている。

なぜ、自分だけがこんな目に遭ったのか。なぜ、妹だけが光の中で笑っているのか。

その理不尽への答えは一つしかない。「光」が悪いのだ。自分を照らし、自分の影を濃くする「光」さえ消えれば、この苦しみは終わる。

「私の闇で、お前の希望も、愛も、その綺麗な顔も……全部塗り潰してあげる。それが、私に残された唯一の『救済』だから」

シオンが仮面の奥で瞳を光らせる。

その左目は、ハクと同じ、爬虫類のように縦に裂けた獣の瞳になっていた。


3.進軍、灰色の地平線へ


ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!

夜明けと共に、大地が鳴動を始めた。

東からは、朝日を背負い、黄金の輝きを放つ天雷閣の軍勢が。

西からは、夜の闇を引き連れ、光を飲み込むように進む冥雷鴉の軍勢が。

黄昏時の荒野に、二つの津波が押し寄せていく。

上空では、獲物を待ち構えていた『霧喰らい』たちが、両軍の放つ膨大な魔力に当てられ、逆に恐怖して雲の上へと逃げ去っていく。それほどまでに、この二人の纏う覇気は異常だった。

【距離:三千メートル】

リオナは愛馬の手綱を握り締め、敵陣の先頭を行く「黒い影」を捉えた。

黒い飛竜に跨り、巨大な黒獣を従えた、異形の指揮官。

(あれが、夜国の将軍……? なんて悲しい、寂しい色の雷なの……)

リオナの持つ「光」の魔力が、敵将の発する「虚無」の波動を感じ取り、恐怖ではなく悲鳴のような共鳴を起こす。

隣を行くカイルが、剣の柄に手をかけた。

「リオナ様、下がってください。あの敵将……尋常ではありません。僕の『太光』の結界が、視線を向けられただけで軋んでいます」

【距離:一千メートル】

シオンは、光の中心にいる「黄金の皇女」を、鉄仮面の照準器スコープ越しに捉えた。

眩しい。あまりにも眩しい。

整った顔立ち、揺れる金髪、そして何より、その瞳に宿る「迷いのない正義」。

そして、その隣で彼女を守るように寄り添う、銀髪の美丈夫。

(……男? ああ、そう。恋人までいるのね。……)

シオンの中で、ハクの殺意が爆発的に膨れ上がる。

自分は母を殺し、父を殺し、愛を捨ててここまで来た。

なのに、妹は何も失わず、何も汚さず、愛に守られたまま戦場に立っている。

その「無知なる幸福」が、シオンの神経をヤスリのように削った。

「全軍、展開」

シオンの声が、魔力に乗って戦場全体に響き渡る。

「陣形など不要。個々の判断で殺せ。ただし――」

シオンが右手を掲げると、空が急激に暗転した。

彼女から放出された紫金の魔力が、疑似的な「日蝕」を作り出し、太陽の光を遮断したのだ。

「あの中央にいる『光』だけは、私が喰らう。手出しは無用よ」


4.臨界点、双極の激突


【距離:ゼロ】

境界線の中心。

遮るもののない荒野で、ついに二つの巨大なエネルギーが接触した。

「突撃ぃぃぃぃッ!!」

ジーグ将軍の号令と共に、天雷閣の重装騎兵が大地を蹴る。

「ヒャハハハハ! 肉だ! 肉を寄越せぇぇ!!」

魔獣使いオーガが放ったキメラ・ハウンドの群れが、涎を撒き散らして迎撃に向かう。

剣戟の音、魔法の爆発音、兵士たちの怒号が交錯し、黄昏の静寂は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変わった。

その乱戦の只中を、二条の雷光だけが、互いを目指して一直線に突き進む。

リオナは、黄金の雷を纏った聖剣『ソル・ブレイカー』を抜いた。

「行くわよ、カイル! 私たちの誓いを、今こそ!」

「御意! 聖なる光よ、我が姫に勝利を!」

カイルの展開した光の盾が、飛来する闇の矢をすべて弾き返す。その守護を背に、リオナは躊躇なく加速する。

対するシオンは、魔剣『雷月』をだらりと下げたまま、ハクと共に滑るように空を飛んだ。

「喰らい尽くせ、ハク。……あれが、私たちが殺すべき『光』よ」

ドッォォォォォォォン!!

戦場の中央で、黄金の雷撃と、日蝕の虚無が正面衝突した。

衝撃波がドーナツ状に広がり、周囲の兵士たち――味方であるはずのオーガやジーグの部隊さえも吹き飛ばす。

世界が、白と黒の二色に染め上げられる。

至近距離で交差する視線。

リオナの透き通るような金色の瞳と、シオンの鉄仮面の奥にある紫色の獣の瞳。

「――っ!?」

剣を交えた瞬間、リオナの全身に電流が走った。

この魔力の感触。冷たくて、鋭くて、でもどこか懐かしい、あの雨の日の記憶。

(まさか……嘘でしょう……?)

リオナの動きが一瞬止まる。

その隙を見逃すシオンではない。

「隙だらけね、お姫様」

シオンの左腕、ハクの鉤爪が、リオナの首元へと迫る。

カイルが割って入ろうとするが、シオンの放つ「腐食の霧」に阻まれ、一瞬遅れる。

第一章の幕が下りる瞬間。

血塗られた運命の第二章が、その残酷な口を大きく開けた。

【第一章・完】

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