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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第一章 輪廻の双極 ― 黄金の誓いと紫電の断罪
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第一章11『父殺し、そして紫電の断罪』

母の寝所を後にしたシオンの歩みは、死神の行軍そのものだった。

彼女の足元から広がるのは、石床を腐食させる黒紫の霧。影の中では、精霊獣ハクが主の怒りに呼応し、邸宅の柱を震わせるほどの重低音で唸りを上げている。

1. 葬列を阻む黒鉄の壁


「止まれ! 狂ったか、鴉風情が!」

本館へ続く大回廊で、行く手を阻んだのは、父ガレオスが最も信頼を寄せる親衛隊長、ヴァルグだった。彼は身長二メートルを超える巨漢で、全身を「黒鋼くろがね」のフルプレートアーマーで固め、公爵家最強の盾と謳われる男だ。彼の背後には、武装した精鋭私兵二十名が槍を構えていた。

「ヴァルグ。……退け。貴様らに用はない」

シオンの声には、一切の抑揚がなかった。

「笑わせるな。メリサンド様より命じられている。『不浄の娘が暴れたら、その手足を斬り落としてでも止めろ』とな。旦那様とメリサンド様は今、勝利の美酒に酔いしれておられる。貴様のような薄汚い――」

ドッ……!!

ヴァルグの言葉は、永遠に完結することはなかった。

シオンが指一本動かさず、ただ「睨んだ」瞬間、影から飛び出したハクの巨大なあぎとが、ヴァルグの上半身を鎧ごと噛み砕いたのだ。

「が、あ……?」

ドサリと落ちる鉄塊。噴き出す鮮血の雨。

シオンは返り血を拭おうともせず、凍りついた私兵たちの間を悠然と歩き抜ける。

「ひ、ひぃぃぃ! バケモノだ!」

「撃て! 雷を放て!」

私兵たちが一斉に『雷闇』の魔法を放つ。だが、シオンの周囲に展開された**「日蝕のオーラ(黄金と紫の混合魔力)」**は、それら全ての攻撃を「捕食」し、無へと還した。

シオンが軽く魔剣『雷月』を振るうと、空間ごとねじ切れるような音が響き、二十名の兵士たちは悲鳴を上げる間もなく、紫の灰となって崩れ落ちた。

「邪魔をするな。……葬式にはまだ早い」


2. 堕落、傲慢なる父


最上階、公爵の私室。

重厚な黒檀の扉を、シオンの紫電が紙細工のように粉砕した。

爆風と共に踏み込んだ部屋の中には、腐敗した香水と、高級なワインの匂いが充満していた。

「な、なんだ!? 地震か!?」

豪奢な天鵞絨ビロードのソファから飛び起きたのは、父ガレオス・ヴァン・バルザーク。その胸元には、あろうことか母エレインが生前愛用していた宝石を身に着けた妾、メリサンドがしなだれかかっていた。

部屋の隅には、今回の呪い殺しを実行した闇御門お抱えの呪術師、ネクロンも控えており、異様な事態に青ざめている。

「シオン……! 貴様、ノックもせずになんたる無礼だ! 謹慎を言い渡したはずだぞ!」

ガレオスは状況を理解できていない。彼にとってシオンは、あくまで「自分が支配する道具」であり、反逆するなどという発想自体が欠落していた。

シオンは無言で、メリサンドへと切っ先を向けた。

「その首輪……お母様のものよ。外しなさい」

メリサンドはヒッと悲鳴を上げ、ガレオスの背後に隠れた。

「いやぁ! ガレオス様、殺して! この子は私を睨んでいるわ! あの不浄な目で、私を呪い殺そうとしているのよ!」

「おのれシオン! メリサンドを怖がらせるとは! 母同様、貴様もこの家を乱す毒婦になり果てたか!」

ガレオスが激昂し、自身の魔剣『黒雷こくらい』を抜く。かつてシオンが憧れ、そして恐れた、父の強大な魔力が部屋を圧迫する。

だが、今のシオンにとって、それは「そよ風」以下の脅威でしかなかった。


3. 拒絶の盾、最後の涙


「お父様。……一つだけ、聞かせて」

シオンは剣を下げ、虚ろな瞳で父を見つめた。

「お母様は、あなたを愛していた。あなたの家を守るために、私という異端を隠し、闇御門に頭を下げ、命を削って尽くしていた。……それを知っていて、なぜ。なぜ、あんな女の戯言を信じて、お母様を殺したの」

ガレオスは鼻で笑った。

「愛だと? 笑わせるな。あの女は、お前という『光の汚点』を産んだ時点で、バルザークの血を裏切っていたのだ。私が求めているのは純粋な闇だ。メリサンドのお腹には今、純血の男児がいる。お前やエレインのような『混ぜ物』は、もう不要なのだよ!」

不要。

その一言が、シオンの中で燻っていた最後の情を断ち切った。

シオンの全身から、制御不能な紫金の雷が噴き上がる。

「そう……。なら、あなたも不要よ」

ズガアアアアアン!!

シオンが踏み込む。神速の突き。狙いは、父の背後に隠れるメリサンドの心臓。

だがその瞬間、ガレオスは咆哮と共に魔力を全開にし、最大の防御魔法『闇の円盾ダーク・イージス』を展開した。

それは、かつて「影喰らい」の襲撃を受けた際、母エレインや幼いシオンを守るためには一度も使われなかった、公爵家秘伝の絶対防御だった。

父は、それを、自分でも娘でもなく、ただ「妾とその腹の子」を守るためだけに使ったのだ。

刃が盾に弾かれた衝撃の中、シオンの時が止まる。

(ああ……。この人は、本当に、私たちを愛していなかったんだ)

鉄の仮面の下、右目から一筋の涙が流れ落ちた。だがそれは頬を伝う前に、紫電の熱でジッと蒸発し、黄金の火花となって消えた。

もう、悲しみはない。あるのは、冷徹な断罪の意志だけ。


4. ハクの晩餐、紫金の処刑


「……残念ね。お父様」

シオンが呟くと、彼女の影が爆発的に膨張した。

「ハク。……『食事』よ」

ガァァァァァァァッ!!

影の底から、実体化したハクの巨腕が出現した。それは防御魔法の内側へ、影を経由して侵入するという、物理法則を無視した精霊獣の捕食攻撃だった。

「な、なんだこれは!? 盾が効かぬだと!?」

「ひぃぃぃ! ぎぃやぁぁぁ!」

ハクの爪が、ガレオスの両腕を肩から引きちぎった。

「ぐ、ぎゃあああああああ!!」

魔剣が床に落ちる。両腕を失ったガレオスは、血飛沫を上げながら無様に転げ回った。背後のメリサンドは、腰を抜かして失禁し、ガレオスの血を浴びて半狂乱になっている。

隅で呪文を唱えようとした呪術師ネクロンは、シオンの視線だけで体が発火し、生きたまま灰になった。

シオンは、虫のように這いずる父の前に立った。

「ま、待て……シオン、待ってくれ! 私はお前の父だぞ! 公爵だぞ! 育ててやった恩を忘れたか!」

「恩? ……ええ、覚えているわ。この痛みも、絶望も、すべてあなたが教えてくれた」

シオンは『雷月』を高く掲げた。刀身に纏わりつくのは、日蝕のような黒紫の雷。

「シオン! やめろ! 闇御門様が黙っていないぞ!」

「あの方なら喜ぶわ。『鴉は親の死肉を喰らって成鳥になる』……そう教えてくれたのは、あの方だから」

シオンの瞳孔が、爬虫類のように縦に裂ける。

「さようなら、お父様。地獄で、お母様に詫び続けなさい」

一閃。

紫の閃光が、水平に走った。

命乞いをするガレオスの首と、悲鳴を上げようとしたメリサンドの首が、同時に宙を舞った。

天井まで届く血の噴水。二つの首は床に転がり、驚愕と恐怖の表情を貼り付けたまま動かなくなった。


5. 灰燼の夜明け


シオンは、血の海の中で静かに剣を納めた。

殺した。父を。一族を。自分の帰る場所を。

だが、不思議と心は軽かった。まるで、長年体に巻き付いていた重い鎖が外れたかのような、虚無的な開放感。

「行こう、ハク。ここはもう、狭すぎる」

シオンが指を鳴らすと、邸宅全体に仕掛けておいた紫電が一斉に起爆した。

ドォォォォォォォン!!

轟音と共に、バルザーク公爵邸が崩落する。歴史ある調度品も、父の欲望も、母の悲しみも、すべてが紫の炎に包まれ、灰へと変わっていく。

炎の前で、シオンは鉄の仮面を拾い上げ、再びその顔を隠した。

もう、素顔を見せる相手はいない。

彼女は背を向け、雪の降りしきる闇夜へと歩き出した。その背中には、かつての「光への憧れ」など微塵もない。あるのは、世界への呪詛と、まだ見ぬ妹であろう「光の皇女」への歪んだ殺意だけだった。

「待っていて、リオナ。……次はあなたの番よ」

十三歳の冬。

シオン・ヴァン・バルザークは死んだ。

そこに生まれたのは、親殺しの咎を背負い、神をも穿つ力を手にした最強の鴉――**『神穿鴉かみうちのからす』**であった。

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