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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

盲目な恋

 

「すみ。起きて。朝だよ」

 朝一番に環の優しい声が耳に飛び込んでくる。

「すみ?」

「すーみ」

 僕は目が見えない。まぶたも開かない。だから環は、僕が本当に起きたのか分からずに何度も起こしてくれる。優しい声をゆっくり堪能できて毎日嬉しい。何度も声を聞いて、満足したら両手をあげてハグをねだる。幸せな一日の始まりを力いっぱい感じた。

「おはょ〜」


 環は僕の婚約者だ。僕は盲目で、役に立たない。それでも環が僕を選んでくれた理由はよくわからない。でも、環が僕を選べた理由はわかる。彼が裕福だからだ。いろいろな事業を展開していて、余裕があるんだろう。


 朝のハグを終えると、ダイニングルームへ移動し朝食をいただく。僕は目が見えないが、日常のことは大抵できる。だから郵便受けを確認するのは僕の仕事だ。今日も手紙を引っ張ってきて、環に渡した。

「父さんからだ」

 環が息を吐いた。仲悪いから、嫌なんだろう。朝のコーヒーの香りが鼻をかすめる。パンにマーガリンをつけて、頬張る。うん美味し。環の分も塗ってやる。バターナイフがパンの上を擦る音がザッザッと耳を通る。

「ん」

 パンを渡すと、環が頭を撫でてきた。しめしめ、喜んだな。環はペーパーナイフを手に取り、慣れた手つきで封筒を開けた。」

「バン!」

「ぅあ」

 びっくりした〜。環がここまで怒るのは珍しい。

「どうしたの?」

「どうやら父さんが借金をしたそうだ。それで、俺に縁談を持ってきた」

 聞いたことのないほど低い声だ。縁談。え、縁談?

「へ〜?」

 驚きすぎてそんな反応しか出なかった僕に環が説明を補足してくれた。まとめると、環が縁談を受けると借金が帳消しになってその上事業に投資までしてくれるといううまい話だった。お相手は街一番の資産家の娘だそうだ。

「受けるの?」

「断るよ」

そう言って環は立ち上がり、話を切り上げてしまった。


 次の日。お義父さんが家に来た。

 環とお義父さんのどなり声が聞こえてくる。大きい殴る音がきこえて、間に入ろうとした。でも、環が僕を庇って傷ついてしまった。頬の朱が鮮やかに主張する。

「ちっ顔に当たったか」

 そう吐き捨ててお義父さんが帰っていった。

 

 夜。ベッドで横になる環の頬に触れると、手を取られて両手で包まれた。温かくて安心する。開いた窓から雨の匂いが続いている梅雨に入ったようだ。後ろから抱き寄せられ、僕は大人しく目を閉じる。

「俺と逃げてくれる?」

 耳元で囁かれる環の言葉に、僕は頷けなかった



 環は最近、家の物を片付けている。僕が手すりにしていた棚が亡くなったし、部屋に音がよく反響するようになった。環は僕を連れて駆け落ちのようなことをするつもりらしい。環はなんでもできる人だ。会社の経営も上手くいっている。借金はお義父さんの名義だし、逃げても経済的な問題はないだろう。環は僕のためにたくさん頑張ってくれている。


「ピンポーーン」

 玄関の呼び鈴が鳴った。お義父さんだったらどうしよう。でも、なにか大切なようだったらダメだ。及び腰で扉を引くと鈴の鳴るような声が聞こえた。女性のようで、柔らかい印象がある。

「本当に目が見えないのね」

僕は彼女の位置がわからず、視線を定めきれずにいた。

「あの、どなたでしょうか」

「私は環さんの婚約者ですわ。今日はそのことでお話があって来たの」

「……。とりあえず中にどうぞ」

「あら、私狭いところは苦手なの。ここでいいわよ」

「え、ぁ」

「単刀直入に言うけれど貴方がここにいる意味がわからないの。借金のことを別に考えても、私のほうが環さんを幸せにできるのよ?目も見えなくて、子供も作れない貴方がどうやって環さんを幸せにするのかしら。もしも駆け落ちをしようとしているとして、会社の人たちがどうなるか考えたことあるのかしら。」

 だんだん高圧的な声色になっていく。はじめに感じた印象が、より恐怖を煽る。声が出なくなって、吐息ばかりがこぼれる。胸が痛い。苦しくなってくる。

「まぁいいわ、3日あげるから早くしてちょうだいね」

 彼女はそう言って、強く扉を締めた。彼女の言うことは尤もだ。僕は、子供も産めないし、目も見えない。何もできない。環を幸せにすることはできない。彼女に何も言い返せなかった。いい機会なのかもしれないな、僕はもともと彼の隣りにいるべきじゃなかったんだろう。


 彼女がやってきて、3日が経とうとしていた。もっと早く離れようと思ったけれど、やっぱりダメで。もうこんな日になってしまった。朝早くに家を出て、ゆっくりと歩く。段々と家路を離れ、もうここには帰れないことを自覚する。環との思い出の場所を歩いた。雨の匂いが僕の鼻腔をくすぐり、ポツポツと雨が落ちてきた。体温が下がって、手が冷たくなる。環の体温が恋しくなって、雨音が強くなって。淋しくなった。僕のことを呪った。もっともっと環にふさわしい僕だったら良かったのに。足取りが重くなった。環がいないなら、もういい。眼の前の洪水した川が目に入った。


◇side環


 夕方。帰宅したら澄が家に居なかった。強まった雨に強く扉を叩かれ、悪い予感が肌を刺した。   

「ガンッ」

 思いっきり扉を開いて、家から出た。加速する鼓動と上昇する体温すら邪魔だった。思い当たる場所をひたすらに走った。澄と手をとって歩いた道、初めてのデートで行った植物園。君がいる景色はすべて覚えている。 

「はっ、はっ」

降りしきる雨も体温で蒸発していく。息が切れても走った。


 不意に黒髪が瞳に映る。危なっかしい足取りで川に近づいていく澄。考えるよりも先に体が動いた。滑りそうになりながら、足を前へと動かす。思いの限り、手を伸ばした。君の美しい瞳を引き留めようとする。教会の鐘が遠く鳴った。鐘の音さえもかき消すように叫んだ。


「澄」


 指先が震えて、体から体温が漏れ出す。冷たい澄の手を掴んだ。手を引いて、腕の中に閉じ込める。濡れそばった瞳で澄が僕を見上げて、泣きながら笑った。

「たまき。ごめんね」

澄の体温を強く感じて、ほっとした。澄もそうだったようで、腕の中で寝てしまったようだ。


 ◆side澄


 気がついたら、知らない匂いの空間にいた。足音が近づいてきた。

 はっと身構えた。

「すみ!良かった」

 環が抱きしめてくる。少し苦しくて、安心する。環の匂いに包まる。

「た、たまき……」

 そうだった、あの後どうなった。ここはどこだ?

「ここは新しい家だ。仕事もちゃんと見つけたよ」

「僕と居てもいいの」

「当たり前だ。あの令嬢に何を吹き込まれたのか知らないけど、俺は澄が居ないとダメなんだよ」

「僕も、淋しくて」

 言い切る前に目頭が熱くなってきた。抱きしめる環の力が強くなる。

 あぁやっぱり。

「大好きだよ」

 虚を突かれたような環の顔がだんだん笑顔になってきて、僕も満面の笑顔になった。

 優しいキスが降ってきて、雨上がりに虹が咲いた。


 

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