澄んだ空気の中で
「…………ふぅ」
それから、数十分経て。
澄んだ空気の中、ふっと息を吐き歩いていく。今更ながら、この時期の朝は気分がすっと爽やかになる。こんなことなら、普段から……それも、可能であればエリスと一緒に何時間でも散歩をしたいく――
「…………あ」
すると、ふと目に入ったのは一艘の船が浮かぶ小さな波止場。場所こそ違うものの、こういう風景を見るとどうしても脳裏に過ってしまう。誰が悪いわけでもないけど、折角の爽やかな心地が台無しになった気分で。
一応、例の仕事は続けている。頼りっきりのこの状況で説得力なんてないとは思うけど、それでも私だって何かしたい。今のところそんな様子はないけれど、もしもエリスが助けを求めてくれた時に応じられるよう自分でもこうして資金を貯めてはいるわけで。
とは言え、以前より頻度は落としてるけども。と言うのも、仕事をするのは彼にバレない時間――彼がまず間違いなく例の場所に来れないであろう時間と決めているから。……まあ、バレるも何も最初から知られてはいるのだけども……それでも、今もこんなことをしていると思われたくないのもあるし――何より、他の男性とそういう行為をしているところなんて彼にだけは絶対に見られたくないから。……まあ、流石に心配ないとは思うけど。一応、船室内だし。
――さて、それはそれとして。
「……そろそろ、帰ろっかな」
数分歩みを勧めた後、ポツリと一人呟く。さっきの風景でちょっと気分が落ちてしまったこともあるし、エリスもそろそろ帰ってくる頃だと思う。待ちに待ちわびたエリスが。なので、先に戻って出迎え――
「………………え」
卒然、呼吸が止まる。視界には、黄色い屋根のたいそう立派な一軒家。ただ、そんなことはどうでもいい。問題は、たった今そこの扉から出てきた綺麗な男性――そして、その男性を笑顔で見送る見知らぬ女性で。止まった思考の中、震える唇でポツリと声を洩らす。
「…………エリ、ス……?」