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唯一の術
「……ありがとう、ございました」
ハラハラと雪の舞い降る、ある宵のこと。
軽く頭を下げそう告げるも、こちらを振り向くこともなく去っていく恰幅の良い男性。そんな彼の衣服は何とも華やか、そして腕や首には何とも派手なアクセサリーの数々。一方、私はところどころに解れの見える粗末な身形で。……うん、まだしも先ほどまでの――互いに一糸纏わぬ先ほどまでの方が、まだしも惨めにならずに済んだかも。
さて、そんな私がいるのは閑散とした波止場にポツリと浮かぶ廃れた船の一室。そんな雰囲気も何もない空間にて、この身一つを売ることでどうにか生き延びているわけで。