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純文学

作者: エルール

 私は川だ。豊かな森林の間を走る、一本の川だ。私の身体はやわらかく、無数の稚魚を抱えても、彼らには傷一つつかない。今日も私の体内で、かわいい魚たちが泳いでいる。

 太陽が私の頭上に来ると、私の身体は透け始める。そうすると、近隣に住まう動物たちが一斉に私の元へと駆け寄ってきて、私の身体を見つめてくる(動物たちの仲間内では、魚の鑑賞が流行しているらしい)。魚たちは恥ずかしがって、隠れようとする。私も隠れたいが、私の身体はとても大きいので彼らのようには逃げることができない。ただ全身を脱力させ、枕元の木の上にとまっている鳥を数えながら、羞恥に耐えるしかない。動物たちは、魚らの姿を目で追って、更によく見ようとする欲張り者は、顔を私の身体に近づけてくる。遂には私の身体に彼らの口先が触れる。そのままの姿勢で彼らはしばらく硬直するが、魚たちが姿を見せないと理解すると離れる。そうして動物たちは次々と帰っていき、ようやく魚たちが姿を現す。

 太陽が沈み、星が出てきても私に安息は訪れない。私の体内に住まう魚たちは元気に泳ぎまわり、私を寝かしつけてはくれない。こういう時、私は一頭の牡牛のことを考えて、心を落ち着かせる。彼は、私の身体に口付けをする欲張り者のひとりだ。いつもその厚い唇から舌を入れてきて、情熱的に動かしてくる。きっと彼は、魚より私に気があるに違いない。私も、もっと積極的になった方がいいのかもしれない。

 夜が明けた。太陽が頭上に昇ってきて、動物たちが集まってくる。あの牡牛も一緒だ。彼は、まっさきに私の身体に口をつけ、私を求めてくる。だから私も彼の身体を求めた。彼は素直に私の体内へと入ってきた。二度、その足で私の腹が蹴られた。私はできるかぎり優しく彼の身体を包み込み、彼の全身を撫でてやった。彼は次第に大人しくなり、その身体を私に委ねてくる。そして、ここまで来て、私は重大なことに気づいた。私の身体の中に入っているのは、“彼”ではない。背格好は似ているが、何か決定的なものが欠如している。それはもはや牛でもなければ、魚でもなく、かといって鳥でもなかった。少なくとも、それが私にとって不要なものであることだけは確かだった。だから私は、迷わずそれを排出した。

 気づけば、もう太陽は沈みつつあった。私の周りにいた動物たちは、すでにいなくなっていた。あの牡牛も例外ではなかった。もうすぐ、また夜がくる。私はまた、彼のことを想い、彼のことを待つだろう。だけど、なぜだろうか、私はもう二度と彼らには会えない気がしてならなかった。

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― 新着の感想 ―
川視点で物語を書かれる事に驚愕しました。 動物たちや魚の細かい動きがリアルに感じられ、川の音から水の冷たさまで身体に伝わってくる作品です。
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