表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/100

第9話 父として娘へ名を贈る

 村長リンデンは鋭き言葉で斬り込んできた。


「勇者ジルドラン殿、少々お話をしましょうか?」

「――――っ!?」

「事情は分からぬが、妙なことに巻き込まれているようですな」



 一瞬、誤魔化しと言う言葉を形作ろうとしたが、こちらの内心を射抜く鋭い視線を相手に無意味だと悟り、名を受け入れる。


「なるほど、気づいていたのか。どこかでお会いしたことが?」

「いや、直接はないな。ワシはちょうどお前さんが勇者として活躍し始めた頃に引退して、その後、たまに王宮に顔を出したときに見かけた程度じゃしの」


「王宮で? あなたは貴族、もしくは王族のご親類で?」

「いやいや、そんな大層な方々ではないぞ。ワシはスネートフォフンのコンダクターじゃった男じゃ」

「スネートフォフン!? 王国の諜報部隊!? そのトップであるコンダクター!?」



 スネートフォフン――王国に存在する秘密組織。主に諜報活動に勤しんでいるが、その詳しい活動内容は不明。


「俺も下っ端らしき人間を見かけたことがあるだけで、宰相アルダダスでさえ全容をつかめずにいる組織。そのトップが何故?」

「元トップじゃ」

「元であっても……道理でこの俺が簡単に背後を取られるわけだ。しかし、本当に何故……」


 ここで、この村の異様な雰囲気が頭をよぎる。

「もしや、この不可思議な村を監視するために……?」

「そりゃあ、下種の勘繰りじゃぞ。ワシがここにいる理由は……」

「理由は?」


「疲れたからじゃ」

「はい?」

「闇に身を隠し、影に生きて、絶望を食らう。そんな人生に疲れ、後進に全てを押し付けて逃げ出したのじゃよ」

「逃げ出した……」


「王国内では己の心を隠し、機を見計らい、病で伏せた振りをして死んだことにした。そうして、十年ほど前に、誰の目にも触れぬここへやってきたわけじゃ」



「スネートフォフンのコンダクターともあろう方が、全てを? にわかには……」

「そうかのぅ。ならば、お前さんはどうなんじゃ?」

「え?」


「勇者ジルドラン。なぜ、中央から遠く離れ、ここにいる? 敵である魔族の赤子を助けようとしている?」

「そ、それは……」

「何か(ゆえ)があり、居場所を失ったのではないか? それとも、ワシのように役割を演じることに疲れたのか?」



 両方だった……自分を中心に据えた場所は失われ、その場所を守るために政治の真似事をしていた自分に疲れ果てた。そして俺は、勇者という肩書きを捨てることを、抵抗することなく受け入れた。

「俺は……俺は……」



 言葉が喉元で詰まり、うまく形を作ってくれない。

 その様子を見たリンデンが変わりに言葉を形作る。

「よいよい、何も言わずともよい」

「へ?」


「ここはいろいろと訳ありの者たちが住む場所じゃ。だから深くは詮索せん。まぁ、今回は勇者ジルドランとあって尋ねずにいられなかったが……お前さんの様子からして、腹に一物・二物を抱えているように見えんしの。だから、もう何も言わんでいい」


「そうか、配慮に感謝を。だが、他の者には――」

「もちろん、お前さんの正体など言わん。そうじゃろう、剣士ヤーロゥ殿」

「ははは、ありがとう。レナンセラの村長・リンデン殿」



「ふふふ、というわけで、他の連中の過去にも触れないようにしておくれ。親しくなれば、自ら話す者もおるじゃろうから、その時までは」

「親しく……そうなるまで、俺はここにいていいのか?」

「行く当てがないのじゃろう。魔族の赤ん坊を携えて、噂を頼りにここへ訪れるくらいじゃからな」

「まぁ、そうですが……」


「おっと、ワシとしたことが余計なこと。まったく、詮索はせんと言うたのにな。ここは記憶をすぐどっかに置いてしまう、年寄りのボケということで勘弁してくれんかの?」

「あははは。ええ、俺も年の割には忘れっぽいので……」

「それはいかんのぅ。じーさんになる頃には、髪も記憶もなくなっておるかもしれんぞ」



 そう言って、リンデンは一部肌が露出した薄い頭をペチンと叩いた。

 その姿に俺は笑い声を漏らし、リンデンも笑う。



 と、ここで、先ほど出ていった青年が一人の人間族の女性を連れて戻って来た。

 年齢は俺よりも若く、二十代前半くらいだろうか?


 身長は高く、青いショートヘアに青い瞳。麻でできた足元までスッと伸びるオレンジ色のIラインワンピースを来た女性。爛漫さを纏う雰囲気に八重歯がよく似合う。


 彼女は俺を見ると、にこやかに笑った。

「久しぶりの新人さんだね。私はカシア」

「俺はヤーロゥだ」

「ふ~ん、うちの旦那と同じように剣を使うようだけど、ちょいと軟弱かな?」


「そうか? そこらの連中よりかは鍛えているつもりなんだがな」

「甘い甘い、もっと筋肉をつけないとモテないよ」

「それは人の好き好きのような……」

「でも~」


 顔をじっくりなめるように見られる。

「造りはいいね」

「それはありがとう」

「それで、ヤーロゥは赤ちゃんを連れてるんだって? その懐でぐっすり眠ってる子かな?」



 爛漫さを纏っていた彼女は打って変わり、慈しみ溢れる母の表情を見せる。

「ふふ、かわいい子。女の子みたいね」

「よくわかるな」

「ふふふ、母親としての勘よ。あら、この耳は……魔族の赤ちゃんか。こりゃ、複雑な事情がありそうだけど……ま、聞かないでおくよ」

「わるいな」

「えっと、それでお乳に困ってるんだって?」

「ああ、その通りだ――あっ」



 赤ん坊がぐずり始めて、泣き始めた。

「ふぇ~ん」

「おっと、どうした? おしめか、ごはんか、それとも寂しいのか」

「おなかが空いているようだね」

「何故、見ただけでわかる?」



「ふふ、母親の勘」

「はは、そうだったな」

「ま、ちょうど今、この子と同じくらいの子がいるからなんとなくなんだけどね。息子が生まれたおかげで、お乳で胸が張って大変でさ。ほらっ」



 そう言って、膨らんだ胸を張るのだが、それになんと返せばいいのやら……。

 返答に困る俺をよそに、彼女は両手をこちらへ伸ばす。

「ほら、こっちへ」

「はい?」

「はい、じゃないでしょ? 抱かせてくれなきゃ、お乳を飲ませてあげられないし」

「ああ、たしかに。だが……」


 今しがた会ったばかりの相手に、この子を預けても良いものか躊躇してしまう。

 その心をカシアは見透かして、とてもゆっくり、そして優しく言葉を渡す。



「ヤーロゥ、私はあんたの敵じゃない。同じ親として、小さな赤ちゃんを守りたいと思う仲間さ」

「同じ親?」

「そうだろ。あんたはこの子を必死に守ろうとしてここまで来た。そして守りたいから、大事にしたいから警戒してしまう。それは、あんたがこの子を大切にしたいと思っているから。それは同じ親として痛いほどわかる思い。そして、そんな思いを心に宿せるあんたはもう、この子の親なのさ」


「俺が、この子の……」

「さぁ、おなかを空かせている大切な子を抱かせてくれる?」



 カシアは再び両手を伸ばす。

 その手は、子を思う母の温もりを宿す手。

 だから、彼女へ赤ん坊を預ける。


 赤ん坊を抱いたカシアは身を(よじ)ろうとして、すぐに戻した。

 そして、俺の目の前で胸元の一部をはだけさせようとしたところで、先ほどの行動の意味を知る。


(俺の前で胸を見せるのが恥ずかしくて隠そうとしたが、俺に不安を与えまいと思いやめたのか。優しい女性だな)

 

 俺は言葉を発することなく、手だけを使い、後ろを振り向いても構わないという意思を見せた。

 彼女はそれに微笑みで応えて、後ろを向き、衣服の一部を動かして、懐に抱く赤ん坊に声を掛ける。

 すると、泣いていた赤ん坊はぴたりと泣き声を止めて、代わりに、んくんくと小さな音が広がり始めた。


 カシアは柔らかな青の瞳を赤ん坊へ落として、俺に尋ねてくる。

「この子の名前は?」

「それが……預かった(かた)から尋ねることができなくて」

「それじゃ、名前がないの? だったら、ヤーロゥ。あんたがつけてあげなよ」

「俺が!? だけど――」

「あんたはこの子の親なんだ。だから、つけてあげなよ。とびっきりの良い名前をね」

「俺が……俺が名前を……この子に…………」


 

 突然、与えられたとんでもない使命。

 名前……その子の人生と共に歩み続ける大切な贈り物。

 なんてつければいい? 妙な名前をつけるわけにはいかない。


 この子は女の子。太陽のように輝く黄金の瞳を持ち、柔らかな黒が溶け込む赤色の髪を持つ。


「太陽……アスカ……」

「ん、決めたのかい?」

「いや、そういうわけじゃない。この子の黄金の瞳を見て、太陽を連想して故郷で信仰されている太陽と風の神アスカを思い出したんだ」

「珍しいねぇ。全神ノウンを信仰する人ばかりの中で、異端の神々を信仰する村なんて」


「変わった村だったんでね……黄金の太陽、赤と黒。そういえば、故郷では赤い花びらに黒が溶け込み、より一層赤が映える花があった」

「その花の名前は?」


「花びらに()し妖精安らう花・フィスティニア。フィスティニア、アスカ……アスティニア。いや、アスティがいいか。いや、でも……」

「名前はアスティニア。あだ名はアスティで、どう?」

「なるほど! それはいい!!」

「じゃあ、この子に名前をプレゼントして」


 

 カシアはお乳を飲み終えた赤ん坊を優しく離して、俺にそっと手渡してくる。

 俺は赤ん坊を受け取り、懐に置いて両手で包み込んだ。

 そして、寝息を立てているこの子に名前をプレゼントする。


「アスティニア。それがお前の名前だ。アスティニア、今日から俺がお前の父親だ。よろしくな、アスティ!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ