第5話 子育ての入り口
名も知らぬ女性剣士を埋葬し、ついでに斬った男三人も埋葬してやる。
残り二人の遺体は森のどこかに転がってるだろうが、それを探すのは難しいため彼らの葬儀は自然に任せるとしよう。
魔王ガルボグ――いや、その息子カルミア直属の特殊部隊ロベリアが動いている以上、あまり痕跡は残せないが、それでも女性剣士を埋葬した場所には白い花を植えて置いた。
それらが終えて、赤ん坊を抱きかかえる。
「さて、問題はこれからだ。どこへ行くか……そりゃあ、東方領域の最東端しかないよな」
化外の地――東方領域の最東端。
そこでは人間族と魔族が共存してるとかしてないとか。
「噂はどうあれ、人間族領域・魔族領域にとどまれない以上、そこへ向かうしかないか。だが、その前に、この子の食事をどうするかだ」
失礼ながら、女性剣士の持ち物を探ってみたが、戦いの最中に落としてしまったのか何もなかった。
あったのは、猫とウサギの姿が刻まれた紅い宝石のついたペンダントのみ。
それに彼女の名前や家の紋章らしきものはないが、いつかこのペンダントを知る者と出会い、その時に彼女の名がわかるかもしれないと考え、預かっておくことにした。
俺は小さなぬくもりを伝えてくる赤ん坊の姿を翡翠色の瞳に宿す。
「牛の乳やヤギの乳だと駄目なのか? 赤ん坊について詳しくないから、与えていいものかどうかもわかんねぇな。となると、母乳を分けてもらうしかないが……人間族の母乳でも大丈夫なんだろうか? 魔族とは食べ物が同じだから、大丈夫だとは思うが……」
赤ん坊の唇に人差し指をあてて、軽くめくりあげる。
「歯はまだ生えてない。ってことは、牙もないから魔族とわかりにくい。耳はちょいと尖がってるが、まだまだ丸く人間と見分けがつきにくい。魔族の赤ん坊は人間族と見分けがつかないな。おかげで助かる」
母乳を分けてもらうにも、魔族の赤ん坊と知られるとさすがに問題だ。
だが、生まれたばかりの赤ん坊は魔族であっても、人間族とあまり見分けがつかないもののようだ。
俺は頭を包む赤黒の産毛に触れる。
「魔王ガルボグの髪色は漆黒。そこに赤色が混じってるってことは、これが母親の髪色だったのか? となりゃ、あの銀髪女性剣士が母親って可能性は薄いか」
元より、彼女にそのような雰囲気はなかった。
この子を、この方と呼んでいたしな。
いくら王族の娘とはいえ、実の娘をこの方呼びなどしないだろう。
「ともかく、村を探して、そこに赤ん坊を生んだばかりの女性がいることを期待しつつ、母乳を分けてもらえることを願うばかりだな……結構、難しいミッションだぞ、これ。この子が腹を空かす前に見つけ出さねぇと」
――――――――
幸いにして、早朝には小規模の村が見つかり、そこに子育て中の女性がいた。
それも複数人。
彼女たちとその家族に母乳を分けてもらうことを頼み込むと快諾してくれたが、俺に対する胡散臭さが鼻が曲がるほど漂う。
それもそうだ。
生まれたばかりの赤ん坊を抱えて旅をする男など意味が分からん。
どっかからか赤ん坊を盗んできたと思われても仕方がねぇが、そこは金で黙らすことにした。
こちとら、最近まで勇者やってたおかげで手持ちはそれなりにある。
ただ、これには大きな問題が。
ロベリア特殊部隊に痕跡を残したくなかったが、これだと思いっきり残すことになる。
ここからは痕跡を残さずに動かないと。
とりあえず、西方に向かったと見せかけてから東方に向かうとしよう。ただし、それに時間はあまりかけられない。
なにせ、赤ん坊は母乳でしか栄養を得られない。砂糖を溶かした白湯やおかゆの上澄みである重湯でも代わりになるようだが、それだと十分な栄養は取れない。
そこで、村の女性から母乳を過分に分けてもらう。
その母乳を熱消毒をした金属製の水筒に入れて、氷の魔法で低温保存した。
女性の話によれば常温でも四時間程度持ち、しっかり冷やしていれば三日くらいは持つそうだ。
さらにはおしめの替えを分けてもらい、その替え方や食後のゲップの出し方などを教わった。
旅の準備は終えたので、あとは母乳が切れる三日以内に東方領域へ向かえばいいわけだが、普通に歩いては七日はかかる。
しかも足取りをつかまれずにとなると、さらに日数が嵩む。普通ならば……。
しかしだ、俺は元とはいえ勇者。並の健脚ではない。
本気で走り続ければ一日で辿り着けるが――首のすわってない赤ん坊を懐に抱いて本気で走るのはまずいか。
振動を与えずに慎重に走るとなると……それでも俺の足なら、母乳が尽きるぎりぎりで到着できるだろう。