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第3話 赤子を懐に抱く女性剣士

――――王都より東方千キロ地点



 やっとこさの旅で新たな勤務地、東方領域の手前というところまでやってきた。

 ここまで旅路はずっと一人。


 実のところ、王都を出る際は大仰な荷馬車に大量の荷物が載っけられて、百人近い護衛やら従者に、こっそり隠れて俺を見張る諜報部の二人がついてきた。


 なんだかんだで俺は元勇者なので、こういったコブがたっぷりついてくるわけなんだが……全部ほっぽり出してやった。

 勇者の肩書きを降ろした俺は、この十五年のストレスを一気に開放してやろうと、勝手気ままに行動することにしたというわけだ。


 護衛や従者には後から来いと命令して、俺は一人でさっさと勤務地に向かう。


 俺の本気の足についてこられる者なんていない。諜報部の二人は途中まで頑張っていたが、結局は俺を見失ったようだ。


 ま、どのみち、勤務地である東方領域の小さな町で合流するわけだから、何の問題ないだろ。


 久方ぶりの一人旅に俺はたっぷりと羽を伸ばす。

 その旅も終わりが見えて、ここからゆっくり歩いても七日程度。


 

――深夜



 闇夜に踊る炎を前に、ふと、故郷のことを考える。

「そういや、三年前に顔を出したっきりで帰ってねぇな。通り道だし、一度、顔を出しとくか? とはいえ、兄貴や妹が所帯を持ってて顔を出しにくいんだよなぁ。おふくろが『勇者やってるくせにいい人の一人や二人いないの?』って必ず尋ねてくるし」



 正直言えば、そういった関係になった女性はいたが、結局結婚にまで至っていない。

 理由は勇者の嫁なんて聞こえはいいが、その負担は途轍もないからだ。


 俺自身が政治のいざこざで気が滅入ってたのに、それを嫁さんにまで背負わせることになる。

 それだけは避けたかった……ってのは言い訳で、自分のことで手いっぱいで、これ以上の重荷を背負う気になれなかったってのが本音だ。


 そして、愛する人を重荷と感じている時点で、俺は誰かと一緒にならない方がいいと思い、二十七の時に付き合っていた女性を最後に、その後誰とも付き合っていない。



 俺は固形スープを陶器のコップに入れて、焚火にかけていたお湯を注ぐ

「誰が考えたか知らないが、即席食品を作った人は偉大だねっと。ずずっ、うめぇ。春先の夜は冷えるが、スープのおかげで体が温まる」


 はふっと、小さな白い吐息を漏らして、星々が輝く空へと霞む白を溶け込ます。

「……次の機会でいいか。でも、手紙くらい~~ふぁあぁぁ~、そろそろ寝るか」

 あくびと小さな背伸びを交え、俺は簡素な敷物の上に荷物の詰まったバッグを枕代わりに置いて、粗末な毛布に(くる)まる。


「勇者をやってたときはとにかく贅沢だったからなぁ。荷物は最小限、これぞ旅の醍醐味ってもんよ」

 俺は枕元にあった木の枝を焚火に放り投げてから、眠りにつこうとした。



――だがそこに、小さな剣戟音(けんげきおん)が耳を(かす)る。


 その音にため息をぶつけつつ、毛布をパサリと横にめくった。

「はぁ、人様が今から寝ようってしてるのに。ったく、夜は静かにしろよ」

 

 瞳を閉じ、鼓膜に意識を集めて音の出所を探る。

「東に五百。そう離れてないな。数は六。剣戟(けんげき)の音から、一人が五人に襲われているのか? 関わりのないことだが、放置するにはなんとなく目覚めが悪い。それも多勢に無勢ときてやがる。ちょいと覗いて、問題があるようだったら加勢してやるか」




――深い森の中


 樹冠が月明りを遮る傘を張り、木々の姿は虚ろにして形と闇の境目を失う。

 蛇のようにうねる根っこたちは折り重なり、静寂の(とばり)を破る不敬な足へ絡みつこうと横たわる。

 

 彼らが遮る道なき道を風のように通り抜けて、俺は剣戟音(けんげきおん)が響く場へと向かう。

 音に気づいて、まだ一分ほど。

 そうだってのに、五人が三人に減っている。


「襲われている一人は相当な手練れだな。襲っている側も特殊な訓練を受けている感じなのによ」



 俺は現場へ向かっているが、彼らは戦いながらもとても素早い動きで暗闇に閉ざされている森を駆け抜けており、ちょいとばかり確認に時間を食ってしまった。


「そろそろか」


 俺は腰に下げた変幻自在の芙蓉剣(ふようけん)・ヴィナスキリマの(つか)に手を置いた。


 こいつは、勇者としての肩書きを貰う前から使用している剣。

 故郷の村の倉庫に転がってた謎の剣だ。

 村長曰く、太陽と風の神アスカが他の世界から持ち込んだ武器だとかなんとか。

 そんな胡散臭い逸話はともかく、変わった剣であることは確かだ。


 真っ白な鞘に納まり、黒色の(つか)に左右に伸びた(ガード)(つか)には桃色の大輪の花である芙蓉(ふよう)の花模様が刻まれている。

 刀身もまた黒く、幅広で分厚い。

 だがこの剣は、冠する名の通り、変幻自在。


 念じれば、細身の剣にも槍にも変化する。

 しかし、それを行えたのは村でも俺だけ。王都に訪れて他の戦士や剣士にも試させたが、行えたのはやはり俺だけだった。

 

 当時の俺は自分を神に選ばれた人間なのかもしれない! なんて、痛々しいことを本気で考えていた。

 十代後半の頃の自分の姿に顔を赤らめながらも、今は月夜の暗がりの中で戦闘を行っている(やから)に意識を集める。



「見えた!」


 茂みの先――

 一人の女性剣士の前に、真っ黒なフードを被った三人の男が立つ。

 白銀の短めの髪を持つ女性剣士の耳は尖り、唇からは小指の先ほどの牙が二本。

 これは――魔族の特徴!?

 彼女だけじゃない。男三人からも魔族の気配を感じる!?


(なぜ、魔族がこんなところに? 東方の端で互いの領域の境目とはいえ、ここは人間族の領域内だぞ)



 俺は女性へ翡翠色の瞳を向ける。

 彼女は全身血塗(ちまみ)れで、銀色の軽装鎧を赤黒に染めている。

 足元は覚束ずにいたが、左手には剣をしっかりと握り、剣先を三人の男たちへ向けて近寄らせまいとしていた。


 近寄らせまい? 剣からは何かを守る意思を感じる。

 

 それに左手だけで剣を?

 右手は何かを隠すように、懐を包み込んでいる。

 そいつに視線を集中する。

 もそりと何かが動く。

 動いたのは――小さな手!?


「赤ん坊!?」


 俺は茂みから飛び出して、後方にいた男を斬った。

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