第2話:タイが曲がっていてよ②
「…ご主人様は『この間抜けが。な~にをやってるのじゃ』、と仰っております」
ホームルームが終わった後、私は旧校舎の薔薇園に居た。そこであーちゃんを中継して"魔女"に罵られていた。
「うう……だってしょうがなかったんだもん。初めてで慣れてないんだし。仕方ないじゃん」
そうだよ。誰だって最初はうまくいかないじゃん…
「…ご主人様は『とりあえず"Phase1"は終了。これからは"Phase2"じゃ。昼休みに加え、放課後も積極的に接触し、相手を意識させるようにするのじゃ』、と仰っております」
「了解しましたぁ~」
はぁ~~と、溜息がつい出てしまう。
あんな失敗をやっちゃったのにまだやらなきゃいけないのか……やるけどさ。
「茜ちゃ~ん、こんにちは!3年の佐藤 花子ですぅ。こないだは本当にごめんね。お詫びに私のスカートもずり下げていいよ!あ、というか、新入生なのに知る人ぞ知るスポット、旧校舎の薔薇園に来るなんてお目が高い!一緒にお昼ごはん食べよぉ?」
「半径4m以内に近寄らない下さい。痴女がうつる」
「茜ちゃ~ん、放課後だし一緒に帰らない?」
「ついてこないでくれませんか?通報しますよこのストーカー」
「茜ちゃ~ん、朝早いんだね!私も今日は早く登校しようと思ってぇ。そしたらばったり偶然会えるなんて。これはもう運命でしょ。よかったら一緒に行こ!」
「キモ……ウチの学校ってお嬢様ばっかりだと思ってたけどこういう変態もいるんですね」
「茜ちゃ~ん、親戚のおじさまからランドのチケット2枚貰っちゃって、もし都合が付けば一緒に行ってくれないかな?」
「1人で2回行けばいいんじゃないですか?」
「茜ちゃ~ん、私最近バスケに興味が出てきたんだけど…一緒にやってみない?」
「え、そッ………だから何ですか。先輩は1人寂しくスクリーンの練習でもやってればいいと思います」
「茜ちゃ~ん、よかったらでいいんだけど、いやホントに大したことじゃないんだ……おっぱい触らせて!!!」
「はあ!?頭おかしいんですか?寄るな!こっち来んな!」
「茜ちゃ~ん、下着何色?」
「死ね!!」
「あの~、"魔女"ってば、茜ちゃんとの仲が進展しているようには全く思えないんですが…それにあの頭おかしい誘い方はやめた方がいいのでは?……」
放課後の薔薇園。茜ちゃんはちょうど下校した。他の人は誰もおらず今は私とあーちゃんだけ(ついでに"魔女")の空間だ。
私はベンチに座って頭を抱えていた。あれから"魔女"の指示のもと毎日昼休みや放課後に接触を試みているが一向に効果がない……それどころか日に日に暴言が強くなっているような気がするのだが?
「…ご主人様は『おかしい。妾の計画ではもうそろそろ"Phase3"の"週末でぇと"以降に突入し、観覧車でキスをして攻略完了しているはずじゃが…』、と仰っております」
あの悪魔みたいに狡猾な"魔女"もちょっと困惑している。
「そ、そんなあ……一体どうすれば……」
"魔女"の言う通りにすればいいって言われたからそうしてきたけど、もしかしてアイツって恋愛方面ではポンコツなんじゃ…
私の中で"魔女"に対して疑いが芽生え始めた。
「…ご主人様は『そもそも妾の調査によると、高畑 茜の攻略難度は最低のLEVEL.1だったはず』、と仰っております」
なんだよその難度。どんな基準だよ。
「なんで一番低いLEVEL.1なの?」
「…ご主人様は『面喰いだからなのじゃ』、と仰っております」
「面喰い?」
どゆこと?
「…ご主人様は『他の従者、コードネーム"D"が仕入れた情報によると、高畑 茜は非常に惚れやすいようじゃ。具体的には黒髪ロング、巨乳、高身長、たれ目、明るくてちょっとドジのお姉さんっぽい清楚系がドストライク。そういう女性を一目見ただけで惚れてしまい他のことを何も手が付かなくなってしまう』、と仰っています」
えぇ~、そうなの。え、てかその茜ちゃんの好みって私の魔改造姿と完全一致してるんじゃね!?
「…ご主人様は『そう、小娘、お前が考えている通りじゃ。だから妾の見立てではお前のあの魔改造姿で普通に接していればイケると思っていた。何か1つ"ピース"が足らないのかも』、と仰っております」
いや、どう考えても普通の接触じゃなかったんですが…
…しかし、何か1つピースが足らない、か
「…ご主人様は『小娘、高畑 茜についてもう一度よく洗ってみろ』、と仰っております」
「え~と、周りの人間に聞き取り調査的なヤツをするの?」
「…ご主人様は『そうじゃ。後、お前の演技も問題があるぞ』、と仰っております」
「演技?」
どういうこと?
「…ご主人様は『小娘、お前は"佐藤 花子"になり切れていない!』、と仰っております」
「はぁ?いやいやちゃんとやってたじゃん?現に、あーちゃんの魔改造で茜ちゃん好みの外見に…」
「…ご主人様は『いい加減なこと言うな。"佐藤 花子"の好意が高畑 茜に全然伝わってないぞ。耳障りの良い言葉を並べるのもいいが、女なら行動で示せ!!』、と仰っております」
……くそっ、分かったよ……やってやるよッ!!
それから一週間後の放課後、茜ちゃんが日直の為1人教室に残っているという情報をもとに私はそこへ向かった。
窓際にいる茜ちゃんの前の席に座り、彼女の方を見て声を掛ける。
「茜ちゃん、日直?がんばってるね。えらいえらい」
「……話掛けないで下さい、エロ女」
可愛い顔してなんて事を言うんだ。だがここでへこたれない。
「ねぇ、茜ちゃんって私に対して冷たい態度とるけど、ホントは嫌いじゃないよね?寧ろ好きだよね??勿論恋愛的に!」
「何ですか?自意識過剰なんですか?」
けっこうメンタルに来る……でもめげない。
「え、そうかな~?えっと……あのね、私茜ちゃんとはもっともっと仲良くしたくて、貴方のことを知りたくて…だから他の子に聞いちゃったんだ。中学時代のこと。ごめんね」
「ッッ!?」
茜ちゃんは私の想像以上に動揺していた。顔は一目でわかる程紅潮していたし、息も不規則に荒くなっていた。
「別のクラス…何組かは言えないけど茜ちゃんと同じ中学から編入した子が居てね。」
茜ちゃんは赤く染まった顔で私の方を鋭い目つきで射殺してくる。
「わざわざ調べて生意気な後輩をからかいにでも来たんですかッ!どうせ、私が中学のとき噓告白されたことでしょう!それも2度もッ」
「…」
私は声も出さず、頷きもせず目で問いに答える。
◆
——2日前
「あ~高畑さんのことですか?別に話してもいいですけど。でも私が情報元ってこと言わないで下さいね?」
私は放課後、茜ちゃんと同じ公立中学校から編入してきたとある女の子、山田ちゃん(仮名)に話を聞いていた。
「うん、勿論誰にも言わないよ、ありがと!あ、何かジュースでも飲む?」
私は廊下の先にある自販機を指差す。
「じゃあファンタで」
支払いをして学生証をしまい、山田ちゃん(仮)が紫色の炭酸飲料へ口を付け終わったのをチラッと見る。
「ごちそうさまです。私は当事者じゃなかったのでそんなに詳しい訳じゃないんですけど」
「全然大丈夫だよ!」
私は愛想よくニコっと笑顔を作る。
「高畑さんは中学の頃、美人ってことで男子の間で結構人気がありました。でも告白を何度されても全部断ってるからもしかしてレズじゃないのかって噂になったんです。私とあの子が中学1年生のときでしたっけ、軽薄な2年の女の先輩がちょっと悪ふざけのつもりで罰ゲームとして噓告白したみたいです。高畑さんは全く気付かなくてOKしちゃって。それが1回目の噓告白事件ですね」
山田ちゃん(仮)は炭酸飲料のキャップを開けてまたごくごくと飲む。
「お、おう。1回目ということは2回目もあったと」
「はい。2回目は高畑さんが2年生の時だった気がします。彼女はずっと女バスに所属していたんですね。あるとき男バスの主将に告白されたものの高畑さんは断って。それがきっかけで女バスの3年生のある人に嫌われちゃったんです。」
「な、なるほどね」
え、ちょっと待って。つまり、まず茜ちゃんは中学時代女子バスケ部だった。ある日、男子バスケ部の主将に好意を持たれて告白された。でも断った。それは良いものの、主将の男の子のことが好きな?女子バスケ部の3年生に「なんで私じゃなくてあの子(茜ちゃん)を選ぶの!」って感じで嫉妬された…ってことかな?
「女バスの3年生は高畑さんに逆恨みしたんですね。で…その人は、1回目の事件も知ってたし、自身が高畑さんに好かれていることを理解していたからそれを利用して噓告白して復讐したんです」
ええぇ、めちゃゲスいわぁ。イマドキの中学生ってこうなのかしらん。
「2回目の噓告白も高畑さんはOKしました。彼女って面喰いなんですかね。それとも人の内面に鈍感なのかなぁ」
「それで、その後どうなったの?」
「噓告白してから1週間後ぐらいに3年生の人がバラしたらしいです。」
「なんでそのタイミングで?」
「ホントかどうか知らないですけど、なんでも高畑さんがキスしようとしてきたから気持ち悪くなって…みたいです」
「…」
思ったよりひどい内容でどう言っていいか分からなかった。
「私が知ってることはそのくらいですね。その後高畑さんはすぐ女バスを辞めて、学校にもあんまり来てなかったかな」
「うん…話してくれてありがとう。その、茜ちゃんに噓告白した2人の女の子ってどんな容姿?」
「…う~ん、あんま覚えてないですけど敢えて言うと両方とも黒髪ロングの清楚系かなぁと」
◆
2人しかいない教室で私は窓から射す夕陽をただ眺めている。
茜ちゃんは唇を噛み締めながら私を睨みつけている。
好きな人から「噓告白」を2度もされたなんて……彼女の悲しみを真に共感するのは私には難しいだろう。
「何を黙っているんですか。ムカつく私を馬鹿にしにきたんですか。それともこのネタで脅迫して言いなりにでもしようって考えているんですか?いい加減にして下さいッ!」
「……」
「この学校に来れば誰も私のことなんか知らないし、今までの事を全部無かったことにできると思ったのにッ…」
茜ちゃんは頬に涙の跡を作りながら途切れ途切れに嗚咽する。
彼女の頬に手を触れる。
反射的に手が払いのけられるが、再度彼女の頬に手を当てる。
「……ッ!やめて下さい!私はもう他人の好意なんて信じたりしないです。どうせ……どうせ、嘘だって分かってますから」
私は嫌がる言葉を無視して、彼女の顔を引き寄せそのまま口づけをした。
「んっ……」
目の前にいるこの子の反応は鈍い。最初は少し唇が触れ合う程度だった。
だが、次第に彼女の方から唇を貪ってくるようになった。そして舌も絡み合うように誘導する……粘膜が擦れる音がする中、茜ちゃんは息を荒げていく。顔を見ると、目を必死に瞑っており健気な感じが可愛いらしい。
ようやく私達の唇が離れたとき、唇と唇に唾液の糸が出来ていた。
「私の気持ちが嘘なんかじゃないって分かった?」
茜ちゃんの潤んだ瞳を見つめながら静かに問いかける。
「……そんなの、分かりません」
そっぽを向いて呟くの正直可愛いなぁ。
「じゃあ、もう1回……する?」
私は彼女を窓際まで追いやり、逃げられないようにして再び口づけをした。
「ん……」
今度はお互いの唇の感触を確かめ合うような軽いキス。だがその行為だけでもこの子に気持ちを伝えるには十分すぎる程の刺激だったはず。
しばらくそれを繰り返した後、ようやく私達は離れた。
「今度こそ分かった?」
「……あうぅ…っはい…わ、わかりましたぁぁ」
顔を真っ赤にしながらこくんと頷く茜ちゃん。
「じゃあ、もう一度聞くね……私の事好き?」
「…好きです」
彼女は俯きながら小さく返事をする。
「最後に伝えられてよかった…」
ギリギリ聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で呟く。
「え、先輩?それはどういう?」
「いや、なんでもないよ。そう言えばさ。茜ちゃんってバスケやってたんだよね?」
雑な誤魔化し方だがしょうがない。
「あ、はい。そうですけど?」
「私茜ちゃんの一生懸命バスケしてる姿見たいかも!」
「…そ、そうですか?」
——ゴールデンウィークも明けて本格的に夏が近づいてきた。そんな日々の放課後。
私は普段通りの地味幼児体型オタクメガネスタイルで体育館の外のコンクリートに座りぼーっとしている。
「奈緒様、先日は1人目の攻略おめでとうございます」
隣に控えているあーちゃんがいつも通り無表情で声を掛けてくる。
「うん」
私は頑張って作り笑顔をする。
「…ご主人様は『小娘、今回の攻略まぁまぁだったぞ。中々良い絵だった。やっぱり妾の見込んだ通りじゃな。予定とはちと違ったがな』、と仰っております」
なんだよ。途中で散々私のこと罵倒してたくせに。
「…ご主人様は『しかし、女とのキスに抵抗感は無かったのか?お前ノンケじゃろ?』、と仰っております」
ノン…?何それ?
「いや別に…?女同士で乳を揉み合うみたいなもんでしょ」
アニメの知識だけどね。それに昔から演技…与えられた役になりきることは得意だった。
「…ご主人様は『お、おう?そうか?』、と仰っております」
「でもさぁ、思ったんだけど、結局茜ちゃんの気持ちを弄んでるという点では、私も噓告白した2人と同じじゃないのかな」
「…ご主人様は『そんなことは知らん。だが、"佐藤 花子"はあの後海外へ転校したということにしてある。会えなくなる前に高畑 茜へ気持ちを伝えたかったというシナリオじゃ。ちゃんとお別れの手紙も渡しておいたから安心するのじゃ。彼女は甘酸っぱい思い出を抱きながら、これから清々しい気持ちで学校生活を送れるだろう。だから攻略対象へのアフターケアは万全という訳よ』、と仰っております」
何を抜け抜けとふざけたことを……コイツに人間の心はないのか。私は行き場のない拳を握りしめながら歯軋りする。
でも"魔女"に言い返すことはできない。コイツにはお父さんと私の生活、命を握られている。金も力もコネもない私にはどうすることもできない。
くそがっ、いつか必ず…
ふと体育館の中を覗くと、あれからバスケ部に入ったらしい茜ちゃんが他の部員と共に練習に励んでいた。相変わらず綺麗な長い栗色の髪はポニーテールにまとめられている。時折シャツで汗を拭う仕草がアスリートっぽくてかっこいい。
「ん……私も何かスポーツやってみようかな……」
思わず呟く私。
「奈緒様、宜しければ私が指導や練習相手などをさせて頂くことができます」
「…あはは、ありがとうあーちゃん」
攻略対象:残り99人




