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第1話:タイが曲がっていてよ①


「あーちゃん、それで、私はこれからどうすればいい訳?」


時折小鳥が囀る穏やかな昼休み、私は脚を広げてだらしなく学校の中庭にあるベンチに座る。

そして、隣にいるメイドの姿をした無表情の女の子へヒソヒソと小声で語り掛ける。


——あの日…お父さんの会社が倒産したことにより100億の借金を背負った私たち親子は、裏社会の大物"魔女"と契約した。

借金を肩代わりをする条件として、

お父さんは、"魔女"の新規事業チームの下っ端になった。成果を上げるまで一生ボロ布のように働かされることに。

そして私は、"魔女"の暇をつぶす玩具になった。女の子100人と恋愛し、彼女らのファーストキスを奪うというミッションを課された。



早速、監視のつもりか付き人としてか知らないが、"従者"1人を私の元へ寄越してきた。

"従者"とは、"魔女"に忠誠を誓う部下たち、とのことだ。

名前は無く、アルファベット1文字のコードネームで呼んでいるらしい。この子は"A"。

それだと呼びにくいので、私は「あーちゃん」と呼んでいる。

彼女の人間らしさを全く感じることのできない顔をチラッと見る。肩のラインで綺麗に整えられた黒髪と、透明感ある瞳が調和して、まるで精巧な人形のようだった。メイド姿もすごく似合っていて正直めっちゃ可愛い。この子の着せ替えとかしてみたいなぁ。…でもバストサイズは僅差で私の勝ちだな。私も発育は良くないけどあーちゃんのはまるでまな板だった。


「奈緒様…ご主人様は『まず1人目の攻略を開始せよ』、と仰っております」

あーちゃんは、氷のような冷たい声色で"魔女"の言葉を伝える。

アイツは多忙らしく、現在外国にいるとのこと。"魔女"の言葉は何故か()()()()()()()()()()伝えられる。

「はぁ、それで誰なの?」

ヤンキーとか怖い人じゃないと良いなあ…


「はい、今回の攻略対象について説明致します」

あーちゃんよりタブレットを渡され、説明を受ける。



------------------------------------------------------

名前:高畑 茜

年齢:15歳

身分:高校1年生

身長/体重:164cm/48kg

血液型:B型

特技:バスケ

その他:

 お嬢様の多い本校には珍しい一般家庭出身。

 高校からの編入生。

 両親がいつも仕事で留守にしている為、

 幼少期の多くを1人自宅で過ごす。

 現在は周囲にうまく溶け込めず、孤立気味。

------------------------------------------------------



資料とプロフィール写真を眺めながら、あーちゃんに口頭で説明を受ける。

段々と、彼女の人物像がなんとなく見えてきた。

写真を見てまず目が行くのは、背中まで伸びているであろうウェーブのかかった栗色の長髪。

よく手入れされているのか、とても艶やかで、彼女の拘りを感じさせた。

表情はムッとしていて微笑みはなく、キツめの濃い碧の瞳はカメラをみつめているようでどこか別の遠い場所を眺めている。

「茜ちゃんか。可愛いけど、な~んか気難しそうな女の子だねぇ」

てか、体重までまとめられているとかプライバシーの欠片も無いな。


「攻略対象の概要についてはご理解頂けましたでしょうか」

「うん、まぁ、大体は」

「それでは、次に攻略手順になります」

へぇー攻略の方法まで教えてくれるんだ。じゃあ案外行けるかも。

今後の展望に一縷の望みを持った。



------------------------------------------------------

Phase1.出会い

 彼女が校門をくぐった所でエンカウント

 一回り成熟した先輩を印象付ける

 隙を見てタイが曲がっているのを直す


Phase2.薔薇園での蜜月

 昼休みに彼女が薔薇園を訪れるので親交を深める

 気の利いた会話で場を盛り上げ楽しませる

 時折ボディタッチをして意識させる


Phase3.週末でぇと

 タイミングをみて遊園地に誘い、週末2人で遊ぶ


Phase4.色仕掛け

 お化け屋敷や人混みに乗じて密着する


Phase5.最終

 観覧車の上で、甘い言葉と共にキスをする

------------------------------------------------------



「え、なにこれ。本当にこんな流れで上手くいくの?」

恐らく"魔女"が作ったのだろうけど、どう考えても妄想全開のプランだ。

なんだよ、タイを直すって。

「…ご主人様は『上手くいくの?じゃなくて上手くやるのじゃ。この小便くさい小娘が』、と仰っております」

「いや、そうは言っても。自分で言うのも何だけど私ってただの地味なオタクメガネ女ですよ?それが、こんな可愛い女の子を落とすなんて……」


どう考えても無理だよ、と諦めにも似た感情を抱く。

お父さん、私どうしよう…


「…ご主人様は『大丈夫じゃ。そこはちゃんと考えてある。寧ろアンタみたいな特徴のないモブ顔、凹凸の無い貧相な身体の方が都合がよい』、と仰っております」

おいコラ、このクソ魔女が。ケンカ売ってるのかよ。

「…ご主人様は『問題は攻略対象とのコミュニケーションじゃ』、と仰っております」

そっか。相手をキュンと惚れさせる会話や行動をできる社交スキルが必要だよね。

「…ご主人様は『小娘、お前、以前演劇をやってたそうだな』、と仰っております」

「あぁ、割と長い間やってたけど…」

小学生のとき、とある少女漫画を読んで影響された私は、お父さんに頼んで近くの劇団に所属させてもらっていた。

演劇をしているときの、何者でもない自分が別の人間になれている感覚、結構楽しかったな。

「…ご主人様は『その技術を活用して女を攻略するのじゃ!』、と仰っております」

「はぁ?」


「…ご主人様は『何、簡単なことじゃ。女は全員、100人が100人()()()()()だと思えばいい。最近は自立だのなんだの言ってるが、結局どの女もずっと自分を見初めてくれる王子様を待っているのじゃ。お前はただ攻略対象の好みに合う相手を演じるだけでいい。さながら百の仮面を持つ女になれ!』、と仰っております」


「……」

なんだこの最低なBBAは…

てかずっと思ってたけど、あーちゃんを中継して喋る必要ある?お人形さんみたいな美少女あーちゃんの無表情顔で罵倒されるとめっちゃメンタルにくるんだが。





次の日、登校し校舎までの道を歩いているのだがなんだか様子が変だ。

周りの女生徒の視線を晒されながらヒソヒソと何か話をされている。

明らかに見られている。

なんだ?私の顔に何かついているのか?

今日の身だしなみは頭から指先まで全てあーちゃんにやってもらったけど、何か変な点でもあったのだろうか?



「誰ですの?あの可憐な女性は」

「あんな素敵な方、うちの学校にいたかしら?」

「すっごい綺麗な黒髪…あんな方と一緒に過ごせたらどんなに幸せでしょう」

「お姉様、若しくは王子様になってほしいですぅ」

「あのふわふわおっぱいを揉みしだきたいわね…ぶっちゃけ押し倒したいわ」



校舎に近づくにつれて周りのざわめきは大きくなり、それは段々と噂話の域を越えてくる。

私は動揺して、歩き方はぎこちなく、額からには冷や汗が流れてしまう。

その時後ろから何者かに突然肩を叩かれる。

「あーちゃん!」

振り向くといつも通りメイド姿の"従者"がいた。

「奈緒様、皆に見られているのは貴方が美しいからです」

と言いながら私の髪に触れ、優しい手付きで髪を撫でてくる。

「そ、それは言い過ぎだよ……お世辞ならやめてくれるかな」

クールなあーちゃんにまで容姿を褒められるなんてなんだか少し照れるな。

「でしたら、こちらをどうぞ」

あーちゃんに手鏡を渡される。

それを覗くと…


いつも脱衣所の姿見に映る、地味で幼児体型でめっちゃ早口で喋ってそうなオタクでだらしなく伸びた黒髪メガネな女はいなかった。

代わりにアニメのヒロインみたいな綺麗なお姉さんがいた。

すらりとした身長と豊かな胸に加え、風になびく長い黒髪が"彼女"の優雅さを引き立てている。メイクによって印象を変えた小顔のたれ目は愛らしい印象を感じさせる。ピシッとした制服の着こなしからも全体的に上品、清楚な仕上がりになっているが、とっつきにくさは全く無く、優美さと親しみやすさが見事に両立している。


え、何この魔改造姿は……そうか、皆の視線は私が変だからじゃなくてただ単に美しさに惹かれてってことか……!


「うわぁ…私ってこんなに綺麗になれるんだぁ」

「はい。奈緒様はとても魅力的ですよ」

ええぇ、マジかぁ…

「そう?あーちゃんでもそう思うんだぁ…」

「はい」

あーちゃん、言葉では褒めてくれるけど顔はいつも通り仏頂面だ…

まぁそれは置いておいて。

周囲にはどう接すればどうすればいいんだろうか。

今まで容姿を称賛されたことなんて無かったからどんな対応すればいいのかイマイチ分からない……

「奈緒様。こちらへどうぞ」

あーちゃんに途中にある脇道へ促される。

暫く歩くと休憩所があったので、攻略対象が来るまで待機した。

そこでずっと手鏡を眺めていた。


その後、始業5分前頃、校舎への道の途中にある噴水の前に立った私。

遂に攻略開始か。

「奈緒様、もうすぐ茜様が通過してきます。ご安心下さい。彼女はいつも遅いので他の生徒は既に登校済です。後、その姿の名前は"佐藤 花子"でお願い致します。」

「あぁ、ありがとう」

…何その名前、昭和かな?


噴水の前で襟を正していると、はぁ、はぁと肩で息をしながら女の子が歩いてきた。さっきまで走ってきたみたいだ。

あ!来た。資料で見た攻略対象の女の子だ!


「ごきげんよう」


私の近くに来たところで声を掛けてみる。

紅潮した顔と荒い息に思わずドキッとする。

それにしても可愛い子だ。睫毛が長くて目はぱっちりと二重、鼻筋は通っていて唇は少し小さくて艶がある。こんな子が同じクラスにいたら好きになってしまうだろう。


そう、私が男の子ならね。


そんなことを考えていると、彼女は私の横をスタスタと通り過ぎて行った。

え、何?聞こえなかったのだろうか?

「あの、茜ちゃん?」

ふと、彼女が立ち止まってくるりと振り返る。


「あなた誰ですか…ていうかなんで私の名前知ってるんですか。キモいんですけど……」


「え、えぇ!?」

い、今なんて言った?キモい!?私に対しての嫌悪の言葉だ。でもちょっと待って欲しい。これはどういうことなの……頭の中でハテナマークが浮かんでくる。私はあーちゃんの魔改造によって美人になったはずなのに……私は現実を受け止めることができなかった。もしかしてこれはドッキリ?あーちゃんはどこにいるの?

混乱する私を他所に、茜ちゃんはスタスタと歩き去る。


「ちょ、ちょっと!」

「何か用ですか?早く教室行きたいんですけど?」


彼女は近寄る私を突き放すように吐き捨てた。

「…ご主人様は『何をやっているのじゃ。早くタイが曲がっているのを直せ』、と仰っております」

耳に付けた小型イヤホンから"魔女"の指令が聞こえる。


「ちょっと待って。タイを!ネクタイを直させてぇぇぇぇ!」


私は彼女に慌てて駆け寄ろうとするが、つまずいてしまう。咄嗟に前にある()()を掴むものの…


「ぶへぇぇ!!!」


無残にも顔面を地面に激突させる。

「いたた、鼻が……」

顔を上げると、そこにはこちらに振り向いた茜ちゃんがいた。

私は反射的に視線を外そうとするものの、茜ちゃんの異様な横顔にギョッとする。

その顔は真っ赤で、恥辱に溢れていた。

どうしたんだろう。視線を下げると彼女の下半身にある白いレースの下着が丸見えだ。

どうやら転ろぶ際に彼女の履いているグレーのプリーツスカートを掴んでずり下げてしまったようだ。


うわぁぁぁぁッ、やってしまったぁ!


「…ご主人様は『バカ、何をやらかしてるのじゃ!百合に安易なラッキースケベなど不要!早く事態を収拾するのじゃ』、と仰っております」

イヤホン越しに、あーちゃんの冷静な声が"魔女"の言葉を伝えてくる。


あ~もうどうすれば!?

私の頭は完全にパニックになっていた。

えっと、

ああっ、

う~ん、

どうしよう?

いや落ち着け…しかし、まずいぞ、茜ちゃんの顔が怖くてみれない…あ、そうだ。とりあえず"魔女"の指令をこなそう!



「タ、タ、タイが曲がっていてよ」



私は起き上がって茜ちゃんの胸元に手を近づけると、少し屈んでリボンを直そうとする。

なんかこれちょっと変態っぽいな……

ちょっと緩んでいる茜ちゃんのリボンを結び直す。

「ふぅ、これでよし」

よし、あとは最後に笑顔で『ごきげんよう』と言ってから立ち去るだけだ。

これで後は上手くいくはず。茜ちゃんに挨拶をして……て、あれ?

彼女の顔を見ると、恥辱に染まっていた顔は、今では憤怒と殺意で彩られていた。


「こんの変態女ッ!会って早々人のスカート脱がすってなんのつもりよ!?、死ね!!」


あ……終わったな。


茜ちゃんは腕を振り上げて思い切りビンタをする。パンッと乾いた音が街中に響くと同時に鋭い痛みが頬に走った。そのまま倒れてしまう私。スカートを履いた後走り去る彼女の後ろ姿を眺めながら茫然としていたのだった。



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