【転移9日目】 所持金70万ウェン 「俺だってそんな低能は心から軽蔑している。」
地球にはマネーベルト、なるものが存在する。
見た目は普通のベルトと変わらないのだが、内側がカネを盗難から保護する為の隠しポケットになっているセキュリティグッズだ。
中学の頃の話だ。
補助金か何かの関係で修学旅行先が海外になる可能性があると聞かされたので、自己防衛用に買った。
我が県は馬鹿しかいない低民度県なのだが、特に警察官や教師などの公職者に低能が集中している事が理由だ。
あんなクズ共がまともに海外引率など出来る訳がないし、万が一欠席できない場合、海外で無用のトラブルに巻き込まれる可能性がある。
結局、海外話は立ち消えになったのだが、コンセプトが気に入ったのでに常用していた。
俺の異世界転移には幾つかの幸運があったのだが、【複利】を授かった事と追放してくれた事に次いで、このマネーベルトを持ち込めたのは大いなる僥倖と認識している。
当然、増えた所持金の殆どはマネーベルト内に隠蔽。
強盗に襲われた時に備えて、ダミーのポーチに端数の銀貨・銅貨・鉄貨をジャラジャラさせている。
大きめの上着でベルトをさり気なく覆っているので、初見の相手にはカネを持っている事が見破られにくいと思う。
但し、連泊している宿屋の従業員が相手だと、どこまでこのカラクリが通用するか疑問だ。
服の脱ぎ方や置き方、支払いや水浴びの際の視線移動。
ベテラン従業員相手にカネの収納ポジションを悟られ続けない自信は無い。
そして今、ベテラン従業員に完全に不意を突かれてしまった。
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「昨日のお礼をしに来たんです、あと続きも♪」
筋が通っていない訳ではないのだろうが、寝込みを襲われるのは心臓に悪いな。
『あ、うん。
別に、お礼を言われる程のことじゃ。』
敢えて脱いだ着衣には目線を向けない。
カネを入れてます、と白状しているようなものだからだ。
「お母さんにも、ちゃんとお礼をしなさいって言われました♪」
そう言って無遠慮に布団に入って来る。
この女が泥棒であっても淫売であっても大胆だと思う。
異世界の貞操観念はまだ確認出来ていないが、拒めば怪しまれるかも知れないな。
俺は抱いた場合のメリット・デメリットをあれこれ考える。
わからん。
女を抱いた経験がないので、考えれば解かる程度の事しか思いつかない。
結局、かなり長い時間セックスをした。
もしこれがハニートラップや美人局であった場合、同じヤルなら一秒でも長い時間抱かないと元を取れないと思ったからだ。
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「あらぁ、コレットこんな所に居たのねぇ。
うふふ♪」
わざとらしい。
女将さんの登場タイミングが、である。
「あ、お母さんおはよう。
トイチさんと話してたら盛り上がっちゃって♪
うふふ♪」
これ、入室のタイミングまで完全に打ち合わせ済みっぽいな。
あまりにアホらしいので返事をする気すら湧かなかった。
それでも母娘が俺を挟んでわざとらしく会話を弾ませているので
『おはようございます。』
とだけ言っておいた。
「じゃあ、トイチさん。
朝食を用意しますね♪
コレットはお着替えを手伝いなさい。」
「はーい♪」
詳しい描写は割愛するが、もう一戦だけしてから1階に降りて水浴びをした。
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『あれ?』
いつもの食堂区画に食事の用意がされてない…
時間を掛けたから下げられてしまったのか?
「トイチさんはこっちですよぉ♪」
女将がカウンターの中から手招きする。
オイオイオイ、まさかだろ。
どうやら、この世界の宿屋はカウンターの奥が経営者宅になっているのがデフォルトらしい。
不本意ながら俺は母娘のプライベートスペースに立ち入ってしまう。
「噂になってますよ。
例の話♪」
『れ、例の話?』
「もー♪
クエストの話ですよぉ。
特別個体のホーンラビットを退治したって話題になってますよ。」
『あ、ああ。
あれはたまたま鉢合わせただけだから。』
母娘は勝手に「すごーい♪」とか言って盛り上がってる。
「うふふふー♪
またまたー♪
何のお仕事をされているのかよく分からなかったんですけど。
腕のいい猟師さんだったんですね。」
『いや、腕は全然駄目です。
討伐クエストも生活の為の最低限を何とかこなしているだけです。』
「うふふふふ♪
そういう事にしておきましょう♪
女が口を出す事でもありませんしね。」
女将さんはクエストやモンスターに関する知識を殆ど持っていない。
それらの事は《男の人の仕事》と切り離して捉えているのだろう。
逆に、男の甲斐性や将来性に関しては驚く程に深く観察している。
その観察眼が、《このトイチ・リンは稼ぐ能力が極めて高い》と見抜いたのだろう。
娘を夜這いさせる位には…
「ご迷惑なのは重々承知しております。」
コレットを買い物に行かせてから、女将さんは声のトーンをやや変えてそう言った。
『…いえ。』
「能力のある男の人は、一人の女や場所に拘束される事を極度に嫌います。
そうでない人は逆の振舞をしますけどw」
『…。』
「異世界から来られたんですよね?」
『…。』
「うふふ♪
私達、お役に立てると思いますよ。」
『役… ですか?』
「だって私。
物心ついた時から宿屋の手伝いをしていたんですよ?
その頃は帝国や共和国との国交があった時期ですので、ここは外国商人さん向けの宿だったんです。
外国の方をもてなす専門家を名乗っても的外れではないでしょう?」
…上手いな。
その一言で納得してしまった。
余所者の俺が早めに確保しなければならないのが、こちらの世界での協力者だ。
ここの事情にある程度精通してくれていないと案内役を任せようがないし、異文化に理解的な性格でなければ困る。
そういう意味では親の代からの宿屋というのは悪くない選択だ。
どのみち俺に拠点は必要だし、既にここはそんな役割を果たしてくれている。
『俺に何が出来ますか?』
「夫を亡くした身ですので、娘だけでも庇護して下さる方が居れば、と。
ずっと悩んでおりました。」
…直訳すると《娘と自分の2人を養え》、と言う事だ。
一方俺は、《若いうちは遊んで身を固めるのはある程度の歳になってから》と言う極めて平凡な人生観を持っており、高校生である今はまだ若いと自覚している。
…まあ、いいか。
女将さんに余程の悪意が無い限り、どう計算してもこの母娘を支援した方が俺の得になるんだよな。
『そこまでの甲斐性が自分にあるとは思えませんが
数人喰わせて行く事位は可能です。』
その言葉が承諾として捉えられたのか、俺はカウンターの内側の人間になった。
あまり本意ではない事が顔に出てしまっているが、女将さんが気に入ったのは《まさしくそこである》、とのこと。
「若いとは言え娘は大した器量ではないですし、この宿も古いだけの宿です。
こんなものに価値を感じてしまうような殿方は、そもそも将来の芽が無いのです。」
そこは同感。
娘の方は兎も角、女将さんとは経済感覚を共有出来る気がする。
「ああ、そうそう。
娘は如何ですか?」
最後にそう聞かれたので
『とても可愛い娘さんで、俺なんかには勿体ないです。』
と型通りに返しておいた。
その答えが非常に女将さん好みだったらしい。
この世に運命か何かがあると勘違いして、抱いた女に夢中になるような馬鹿が嫌いなのだろう。
俺だってそんな低能は心から軽蔑している。
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結局、その日は生活の話で持ちきりになった。
仮にヒモとしてここに住むとしても、ある程度の現状把握は必要である。
とりあえず、この宿が女将の祖父と夫を失ってから集客に消極的になった事は理解した。
元々、外国商人用の宿だったので娼婦を置いていなかった(ハニトラと曲解されて揉めやすい)し、母娘の女所帯なので夜のサービスを期待させるような要素は全て除外したという。
「どのみち信頼できる男の人は必要だったのよ。」
『俺… こっちに来たばかりですよ?』
「向こうではちゃんとした教育を受けておられたのでしょう?」
『そういう政治体制の国から呼ばれただけの話です。
包み隠さず申し上げますが、俺の実家は貧しかったですし、自分自身に大した能力はありませんでした。』
「ふふっ♪」
女将が微笑を浮かべる。
そう、《今は貧しくないし、大した能力がある。》と認めさせることに成功したからである。
俺達異世界人が特別なスキルを保有する確率が極めて高い事は、こちらでは常識である。
でなければ、莫大な労力を掛けて召喚しない。
なので、女将… ヒルダ(そう呼べと言われた)は俺がスキル持ちな事を理解していた。
加えて《俺のスキルには前例が無かった為に司祭から追放された》と聞いた瞬間、ヒルダは勝ち誇ったように口角を上げた。
生来の商人である彼女には解かるのだ、聖職者連中などに理解されないものこそ、商いに生かせるということが。
俺が『文字化けしていてよく分からないんです』と頑なにスキル名すら明かさないのも信頼の源泉になっている。
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夕方が近づいたので、口直しにダグラスに逢いに行く。
今度、プライベートで飯でも誘ってみよう。
「トイチ・リン。
ボスに話を通しておいたぞ。
数日中には結論を出すそうだ。」
『ありがとうございます!』
俺の顔を見るなり、カウンターに100万ウェンを並べ始めている。
「俺もようやく、無利息のメリットが心から理解出来たよ。」
ダグラスがそう呟く。
俺は無言で水晶に契約する。
この一連の流れ、悪くはないがまだまだ改善の余地がある。
もっと効率的に元金を借りる方向に持って行かなくては。
《6万6600ウェンの配当が支払われました。》
配当金額は微増している。
が、恐らくこれでは安全や未来を買う程の額ではない。
利率と元金をもう少し増やさないと、すぐに頭打ちになるだろう。
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【所持金】
66万5000ウェン
↓
166万5000ウェン
↓
173万1600ウェン
↓
73万1600ウェン
※ニコニコ金融から100万ウェン借り入れ。
※6万6600ウェンの配当受取
※ニコニコ金融に100万ウェンを返済
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俺は胡桃亭に戻り、食堂区画ではなく母屋で晩餐を囲んだ。
『明日、ホーンラビットを狩りに行く。』
そう宣言すると母娘は不安そうな顔をする、婿入りして来た夫がまさしく冒険者として戦死したからである。
『農協には仲間も居るし、俺は前衛に出ないから安心して欲しい。』
後で考えるとこの嘘は見え透いていた。
俺の性格なら数日間の知り合いを仲間呼ばわりしないだろうし、仮に仲間の縁が出来てしまったらそれを負債と捉えるからだ。
《前衛に出ない》の方は勿論本音だし、ちゃんと信じて貰えた。
異世界転移9日目。
家族が出来てしまった。
これを財産にするのも負債にするのも俺次第なんだろうな。
まあ今のところ後者以外の何物でも無いんだが。
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【所持金】
73万1600ウェン
↓
70万ウェン
※生活費として3万1600ウェン譲渡
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【名前】
遠市厘
【職業】
宿屋のヒモ
【ステータス】
《LV》 4
《HP》 (3/3)
《MP》 (1/1)
《腕力》 1
《速度》 1
《器用》 1
《魔力》 1
《知性》 2
《精神》 1
《幸運》 1
《経験》 110
次のレベルまでの必要経験値40ポイント。
※レベル5到達まで合計150ポイント必要
【スキル】
「複利」
※日利4%
【所持金】
70万ウェン
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