【転移52日目】 所持金7135億7230万ウェン 「このオッサンは微妙に使い勝手がいいんだよな。」
早速、使われ始めた神殿を見物。
朝っぱらから多くの御婦人達が集まっている。
来週使わせる事を約束した《戦争未亡人合同慰霊祭》の下見に来たらしい。
彼女達の夫の大半は平和維持軍として首長国の援軍に赴き、帝国や王国や合衆国に殺された。
当然、連邦に殺された者も多い。
『俺は…
連邦の大使です。
それでもいいんですか?』
「でも、ここはソドムタウンの神殿なんでしょう?
首都の施設には変わらないんだから、私達は別に構わないわ。」
『はい。
自分もここが大使館ではなく、皆様の神殿だと捉えております。』
「ならいいじゃない。
昔はみんな自分の家の先祖や神を自由に祀れたって聞くよ?
教団の坊主共が入って来るまではずっとそうだったんだってさ。」
『そうだったんですね。』
「そうよ。
昔は慰霊祭とか命日祭も、みんなで楽しく騒ぐお祭りだったんだから。
最近は教団のホールばっかり増えてねえ。
値段が高い癖に辛気臭くて説教臭いから、ここを使わせて貰って助かるわ。
やっとあの人にちゃんとした供養をしてやれる。」
『故人のご冥福をお祈り申し上げます。』
女の噂話とは本当に恐ろしいものである。
もうこの神殿の話題が広まっている。
特に貧困地帯である工業区や港湾区から多くの見学者が殺到している。
俺個人では到底捌けないので、対応は全てベーカー課長に一任だ。
ポール経由の情報だが、課長を期間限定でレンタルする提案も受け入れてくれたようだ。
勿論、見返りとして今後生じるであろう清掃案件を彼らに割り振らせて貰う。
『ポールさん。
俺がスカウトしたのはベーカー課長だけですよ!』
「実はさあ。
妹婿が優秀な上に勤勉でさあ。
最近は何かにつけて比較されてるのね?
あんまり実家に居場所ないんだよ。」
そりゃあ、ジュース買ってくるしか能の無い男だからな。
『あ、いや。
そんな家庭の事情を話されても。』
「ねえ、リン君。
俺を大使館で雇ってくれない?」
『いやー、ここが大所帯ならジュース係の枠を譲ったのですが。
妻と母だけですからねえ。』
「そうかぁ」
ガクッと肩を落とした癖に去る気配はない。
それどころか戦争未亡人達に擦り寄って冗談を交わし始めている。
世の中には色々な種類の強さがあるよな。
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散歩も込めて神殿の周りを車椅子でコロコロ動いていた時である。
1人の奇妙な小男に呼び止められる。
あ、角がある。
総合債券市場で似たようなのを見たことあるぞ、ゴブリンだ。
「あ、あの!
神殿の管理人様とお見受け致しました!」
『え?
あ、はい。
今は一応私が総責任者を務めております。』
「…。」
『あの何か?』
「そ、そのっ
図々しいお願いで恐縮なのですが…
我々が借りさせて頂くことは可能でしょうか!
勿論、代金は借金してでも支払います!」
『あ、いえ。
別に皆様、無料で使って頂いているので。
スケジュールさえ調整させて頂けましたら…』
「え!?
わ、我々も使って良いのですか!?」
『ええ、祭祀関係であれば特に制限は設けておりません。』
「…魔族ですよ?」
『そのようですね。
私もこの国に来て初めてお目に掛かったのですが。』
「…戦没者供養ですよ?」
『どうぞ。
私だって死んでいった友を常に想い続けております。』
ゴブリンの青年はゲルグと名乗った。
戦費調達の為に自由都市を訪れた一門の当主を補佐する立場であるらしい。
王国がカネ不足で実質的に滅びかけているように、魔界は食糧難で風前の灯らしい。
連年、侵略を受け続けたことにより、農地・牧草地は荒廃し、輸送ルートもズタズタに寸断された。
防衛線を張ろうにも兵糧が無い。
飢えと戦火から逃れる為に、遥か北の極地に逃亡した難民団も多数ある。
せめて兵糧さえあれば、何とか今回の攻撃を凌げる算段はあるのだが。
ゲルグの主君(従兄弟にあたる人物らしいが)は最後の望みを賭けて、海路を通り自由都市に戦費調達にやって来た。
もう後がない。
王国が魔界討伐の為に大動員令を発令したからだ。
何とか戦時国債を売る事には成功したが、肝心の穀物が買えない。
神聖教団系列の商社が取引を拒絶しているからである。
教団の掲げる人間至上思想を鑑みれば驚くほどのことではない。
「主君は…
何も出来ずに帰るのならば、自由都市に亡命中の同胞達の為に
最後に指導者としての責任を果たしたい、と申しております。
帰り次第、我々は合戦で討ち死にする事でしょう。
その前に、せめて散って行った同胞を供養してやりたいのです。」
明日ならまだ予定が埋まっていないから好きに使ってくれて構わない。
そう伝えるとゲルグ氏は喜色満面で走り去って行った。
じゃあ、アンタの供養は誰がするんだよ?
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更にコロコロと車椅子を転がしていると、キーン家の御者達が声を掛けてきた。
「あ、あのコリンズ社長。
栄養ドリンクのキャンペーンはまだ続いておりますか?」
栄養ドリンク?
ああ、エリクサーの事か。
前に御者にプレゼントした事がある。
『ええ、多少在庫が残っておりますが。
1本で良ければ、贈呈しましょうか?』
俺がそう言った瞬間、気まずそうに御者が下を向いてしまう。
『ああ、失礼しました!
他にも御用命の方が居られるのですね?』
「はい。
アッシの実家が港湾区にあるんですが…
一族全員肉体労働者で、皆身体が弱っておりまして…
それで、キャンペーンがまだ続いているんでしたら…
あの!
販売が始まったら幾ら位になるんですか!?」
『あ、いや。
定価とか全然まだ考えてなくて。』
「当然ポーションよりも高いんですよね?
いや5万以上するのは当然だと思いますが…」
『あ、いやどうかな?
俺も本当に製薬業界とか全然知識が無くて…
とりあえず、キャンペーン継続してるんで。
ご実家に行きましょうか?』
「す、すみません!
いきなり押し掛けて御迷惑だとは承知なんですが
それに社長は、まだお怪我が癒えてもないのに。」
『ああ、御心配なく。
ジュース配りの名人も連れて行きますので。』
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「それで俺に白羽の矢がたったんだね!!」
『まあ、ドリンクキャンペーンの適任者が
ポールさん以外に思いつかなかったので。』
「任せなさい!!!
俺は重労働をさせられそうになる度に
《ジュース買って来ます》
で逃げ回って来た男だ!
大船に乗ったつもりで居てくれていいからね!」
マジで糞だな。
まあ、アンタのそういう所が狂おしい程好きなんだけど。
港湾区まで馬車で1時間30分ほど。
進めば進むほど、風景が貧しくなる。
商業区→工業区→港湾区。
それぞれ巨大なゲートが存在し、労働者が効率的に隔離されている。
御者にしたってキーン家の指定業者に選ばれなければゲートに近づく事すら憚られる。
工業区から港湾区へのゲートは特に厳重である。
俺が長い旅で見て来た如何なる検問所よりも重武装であり、見張り塔の上には連装バリスタが2門も設置されている。
そしてゲートを潜った瞬間、視界の両側に広がる無数のバラック。
薄汚い洗濯物がセピア色の万国旗のように周辺を埋め尽くしている。
遠目に見えるのは団地だろうか?
それとも倉庫なのだろうか?
取り敢えず労働力が見事に集約されている事だけは容易に想像が付いた。
海運こそが自由都市の富の源泉である。
故に港湾利権は厳格に管理され、単純労働者風情が最低賃金以上を獲得する隙はない。
全世界から安価な労働力を集めて使い捨てるスキームが完成済みなのである。
そう、これが富の正体なのだ。
いつか異世界に行ってみたいと思ってた。
違う世界に行けば地球の嫌なことなんて全部忘れて、もっと自由な何かになれると思ったんだ。
異世界?
異世界?
ここが?
なあ、教えてくれよ。
何が異なるって言うんだ?
きっとここから更に別の世界に転移しても似たような社会構造が広がっているんじゃないのかな?
なあ、みんな。
どうせ世界なんてどれも全部一緒だよ。
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港湾区は薄汚い建物だらけだったが…
1つだけ妙に立派で小奇麗な建物があった。
ああ、ちゃんと覚えてるよ。
免罪符も買わされたしな。
「神の愛は無償です!
神は惜しげなく与えます!
善行を積めば、死後に天国に行けます!
《だから教団に貢献しましょう》
神はいつでも貴方も見守ってますよー!」
直訳すれば、そういうニュアンスの放送が大音量で流れている。
恰幅の良い聖職者の指揮の元、餓鬼の様に痩せ細った善男善女がパンフレットを配ったり太鼓を鳴らしたりしている。
…地獄絵図だな。
「信者になればパンが貰えるんだけどねえ。」
御者の母親はそう言った。
『貰いに行かないんですか?』
「結局、寄付金を取られるし、高い神像や神棚を買わされるから。」
フロントエンドからバックエンドまでの導線がしっかりしている。
商売人としては見事である。
『パンは無いのですが…
キャンペーン中の栄養ドリンクを持って来ました。
世界最高のジュース係と共に。』
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【常備薬】
エリクサー 720ℓ
↓
エリクサー 655ℓ
※モニタリングキャンペーンで65ℓ配付
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結構、バラ撒いたつもりだったのだが殆ど減っていない。
1ℓあれば数名で効果をシェア出来ることが解ってきたからだ。
《苦くて飲みにくい》という意見にはポールが様々なカクテルを即興で作って対応する。
bar通いが高じて、バーデンをやっていた時期もあるそうだ。
御者一族の様々な持病が治ったとのこと。
寝たきりだった老父氏が起ちあがってからは、近隣からも住民が押し寄せ凄い騒ぎになった。
俺の脚はピクリとも動かないが…
まあいいさ。
俺の分まで皆で喜んでくれよ。
《1450億ウェンの配当が支払われました。》
参ったねぇ。
更にエリクサーが増えちゃったよ。
お?
ポールはカラクリに気付いたな。
流石に世界最高のジュース係だ。
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【常備薬】
エリクサー 655ℓ
↓
エリクサ― 819ℓ
↓
エリクサー 780ℓ
※164ℓの現物配当を受領
※モニタリングキャンペーンで39ℓ配付
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帰りはとてつもなく早かった。
そりゃあそうだろう、余ったエリクサーを馬に飲ませたんだから。
「ねえ、リン君。」
『はい?』
「そのうち値上げする訳?」
『別に…
困ってる人が居ればあげちゃえばいいと思ってます。』
「中央区や富裕区で配布しないのってワザと?」
『一応ポールさんに断っておきますけど。
悪意はありませんからね?
でも彼らは自分で薬を買えるから。』
「俺は何をすればいいの?」
『自分の代わりに配ってくれる人がいれば助かると考えてました。。』
「ふーん。
それって大使館の仕事とは異なるんだね?」
『ええ、まあ。
単なるリン・コリンズの活動です。
あ、キーンさん達とパーティー組んでるから
これってパーティーとしての活動になっちゃうかも。』
「あーあ、仕方ねーな。
俺も一肌脱ぎますか!」
『いや! ポールさんは別にいらないですよ?
そんな事より早くベーカー課長を転籍させて下さいね?』
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【コリンズパーティー結成】
リン・コリンズ (エナジードリンク製造業)
カイン・R・グランツ (元冒険者)
ドナルド・キーン (在宅起訴中の不動産屋)
ポール・ポールソン (ジュース係)
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『ちょっと!
勝手に名簿を上書きしないで下さいよ!』
「えー、いいじゃん。
最近、実家に帰り辛いんだよ。
会社でも肩身が狭いし…」
でもまぁ、このオッサンは微妙に使い勝手がいいんだよな。
カネが無限にある俺と、時間が無駄にあるポール。
親和性は滅茶苦茶高い。
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その夜、子爵がやってきた。
付き添いのグリーブ曰く、遊牧民のマキンバへの養子手続きが本当に完了したらしい。
今、周辺諸侯が大騒ぎしているとのこと。
『やはり反発がありましたか?』
「え? 反発?
いや、買い手をこっちにも紹介しろってみんな五月蠅くて。
あれって遊牧民を連れてくればおカネを貰えるんですよね?」
別に遊牧民限定ではないのだが、周辺諸侯は《遊牧民を養子にすれば数億ウェンが貰えるうえに自由都市での面倒を見て貰える》と思い込んでいるらしい。
もはや俺では処理し切れないので、グリーブに頼み込んで王国方面の引継ぎを頼む。
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【所持金】
5790億7230万ウェン
↓
7240億7230万ウェン
↓
7140億7230万ウェン
↓
7135億7230万ウェン
※1550億ウェンの配当を受け取り。
※グリーブ傭兵団に対王国工作費として100億ウェン支給
※子爵領購入成功報酬としてマイケル・コンラッドに5億ウェン支払
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「コリンズ社長!
この金額は過大ではありませんか!?」
『グリーブさん、経費はまだまだ追加可能ですので
ちゃんとあなた方自身の安全を買って欲しいんです。
もうあんな目には逢いたくないので。
くれぐれも安全第一で!』
「わかりました。
これだけの工作費用があれば、何とでもなります。
政治将校でもこんな金額扱わないでしょうから。」
『その経費、グリーブ家も含めて護衛団の皆さんの御家族を移住させる費用としても使って下さい。』
「いや、流石にそこまでは!」
『でも、その方が仕事に集中できますよね?』
「まあ、それは、
後顧の憂いは確実に絶っておきたいですから。」
『必ず生きて俺と再会して下さい!
それが貴方のミッションです!』
それにしても、どうしてカネが減らないんだろう?
明日は桁を一個上げてみようか?
【名前】
リン・コリンズ
【職業】
エナジードリンク製造業
駐自由都市同盟 連邦大使 (辞任申請中)
連邦政府財政顧問
【称号】
ファウンダーズ・クラウン・エグゼクティブ・プラチナム・ダイアモンド・アンバサダー信徒
【ステータス】
《LV》 25
《HP》 (2/4)
《MP》 (4/4)
《腕力》 1
《速度》 2
《器用》 2
《魔力》 2
《知性》 3
《精神》 6
《幸運》 1
《経験》 1億6059万3934ポイント
次のレベルまで残り4917万0130ポイント
【スキル】
「複利」
※日利25%
下9桁切上
【所持金】
7135億7230万ウェン
※バベル銀行の10億ウェン預入証書保有
※国際産業道路98号線交通債100億ウェン分を保有
※第11次魔族領戦時国債200億ウェン分を保有
【常備薬】
エリクサー 780ℓ