【転移48日目】 所持金3000億7240万ウェン 「それじゃあ次は3人で《残業》しますか」
キーン家の朝は遅い。
息子さん(ハロルド君)を早朝に登校させる仕事を使用人に任せているからである。
奥様は古風で生真面目な方なので、息子さんが送迎の馬車に乗り込む頃には何とか起床して窓から手を振る。
いささか横着な気もするが、息子さんにとっては嬉しいらしい。
まあ、母親なんて子供さえ捨てなければなんだっていいんだよ。
昨日は3人で深夜まで呑んでいるうちに眠り込んでしまった。
結構真面目な作戦会議をして、名案良案がポンポン出ていた気もするのだが、何も覚えていない。
今度から誰かにメモを取って貰おう。
俺は腹ばいでズルズル動いて室内用の車椅子に滑り込む。
執事さんが風呂の準備が出来ている事を教えてくれたので、キーンさんに押して貰って一緒に風呂に入る。
『ねえ、ひょっとしてキーンさんって物凄い大富豪なんですか?』
「あ、いや。
ミスリル貨の処分に困ってる人に言われても…」
『ミスリル貨しか手に入らなくってしまって…
正直、詰んでる感あるんですけど。』
「外でその台詞言っちゃ駄目ですよ?
嫉妬で怒り狂った群衆に叩き殺されるからね?」
『あ、はい。
気を付けます。
でも冗談抜きでミスリル貨って使い道なくないですか?
これって市場とかじゃ使えないんですよね?』
「駄目駄目駄目!
一般の人になんか絶対に見せちゃ駄目ですよ!?
本当に強盗とかの的になっちゃうからね?」
『ですよねー。
こんなモン、何に使うんですか?』
「いやー。
一般的な取引には普通は使わないですよねえ。
法人相手の高額不動産取引…
あー、法人そのものの売買にも使ったことあるな…
要するに証券・債券ですね。」
『債券?』
「国や大企業が資金調達する為の有価証券ですよ。
例えば《1年後に5%増しで返済するから総額5000億ウェンの国債を買ってくれ》とかね。」
『へえ。
そこでミスリル貨使えるんですか?』
「うん。
大口購入はほぼミスリル貨です。
大国の公募なら10億ウェンが最低購入単位な事が多いから。
弱小国の公募は1億ウェンの事もあるけど。」
『ふーん。
債券って紙なんですか?』
「紙、っていうか所有記録ですね。
一応証書も貰えるけど、所有者として登録されるのが強い。
先進国内ならどこでも換金出来るし。
換金時は支払い通貨を選べる筈ですよ?」
『あー、じゃあ債券というのを買えば両替出来ますね。』
「…その発想は無かったですわー。」
途中で入って来たカインが身体を洗い終わったので、3人で総合債券市場という場所に行く事にした。
証券会社組合が設立した債券売買の為の巨大会場で、富豪の社交場としての役割も持っているらしい。
ボンボン生まれのキーンは当然の如く年間パスを持っている。
「証券会社が勝手に送って来るんですよ。
ほら、私って国外顧客を相手にしてるでしょ?
移住してきた客から証券会社の紹介をよく頼まれるんです。」
カネ持ちって凄い。
よーし、折角先進国に移民して来たんだ。
総合債券市場とやらを使い倒してみよう。
『ってキーンさん近くないですか!?
なんかすぐについちゃいましたよ!?』
「ああ、私達みたいな商売人ってこの辺りに固まって住んでるので。」
『北浜と梅田みたいなものですか!?』
「ごめん、それはわからない。
ただ、自由都市にはこの規模のビジネス街が幾つかありますよ。」
おお、まじかー。
経済大国すげえな。
綺麗な石造りの建物がビッシリ並び、馬車に混じって馬の無い馬車(異世界版自動車なのか!?)もスイスイ走っている。
しかも行きかう人々の身なりが美しい。
表情も皆一様に品がある。
企業のボーイなのだろうか?
小洒落た制服を着た少年達(中学生くらいであろうか?)がビルからビルを走り回っている。
テナントビルの1階はランチカフェになっており、中では紳士達が談笑をしている。
『おおーーー。
ぶ、文明の気配がする!!』
「あれ?
珍しくコリンズさん感激してくれるじゃないw」
『こっちに来てから王国やら連邦やらで…
正直、気が滅入っていたんです。
いやー、移住して来て良かったぁ。
俺、こういう綺麗な街に住んでみたかったんですよ。
それに引き換え連邦は酷かった…』
「まあ、あそこは…
民度がねぇ…」
などと他愛もない話をしながら総合債券市場の敷地内に馬車を進める。
そして信じがたい事に…
この施設は車椅子に対応してくれていた。
ドアマンのお兄さん(かなりのイケメン)が車椅子でも通れる大型入り口に誘導してくれる。
おお、これこれ、これなんだよ!
俺はこういう文明的な遣り取りに飢えていたんだ。
つい先日まで、連邦の野蛮な首狩り族共を見ていただけに、感慨ひとしおである。
==========================
俺の想像していた債券市場とは少し違っていた。
客席の皆がステージを見下しながら食事をしている。
ローマのコロッセオのような構造だ。
どうやら、裕福な市民にとって公募者達のPR演説を聞きながら食事をするのが一種の娯楽らしい。
キーンは何人かの老人に小腰を屈めて挨拶をして回り、俺達を紹介してくれた。
「こちらの2人は王国からの移住者です。
両方、かなりの賢才なので、どうか宜しくお願い致します。」
「おお、ワシも親の代で王国から亡命してきたんだよ。
同郷人同士、仲良くしてくれたまえね。」
「カイン・R・グランツと申します。」
『リン・コリンズと申します。』
「うむ!
王国人は肩身の狭い思いをする場面も多いと思うが
何とか皆で乗り切っておこう。
まあ、連邦人ほど扱いが悪い訳ではないから安心しなさい。
わっはっはww」
…笑えねぇ~
俺達はステージを見下ろしながらステーキを頬張る。
キーンが勧めてくれたプラムジュースで熱々の肉を流し込むのは喉が気持ちいい。
『おお!
このジュース、後味がいいですねえ!』
「あ、気に入ってくれた?
これがねえ、首長国さんが最近開発したトマトプラムなんですよ。
あそこは農業とか牧畜の技術進んでるからねえ。」
『へえ。
いつか首長国にも行ってみたいです。』
「ははは。
いい所ですよ。
紹介状書くから、身体が治ったら遊びに行ってみて下さい。」
その後も、鮮やかに盛られた赤身魚のカルパッチョや、ポタージュスープを濃縮して固めたようなメインディッシュに舌鼓を打つ。
いや、これレベル高いぞ!?
俺、料理は日本が一番だと漠然と思い上がっていたが、自由都市のグルメレベルは洒落にならんレベルだわ。
下手をするとサイゼリヤより旨いかも知れん!
==========================
3人でグルメを貪りながら、ウェイトレスの品評をする。
(ここのウェイトレスは多額の別料金を支払えば、夜に客室に来て債券ラインナップを《丁寧に》教えてくれるらしい。)
これなんだよねー。
都会ってカネさえあれば安逸に生活出来るから好きだよ。
地球に居る時は同じ理由で嫌っていたけどね。
眼下で説明されているのは、帝国・首長国間の産業用道路建設の為のインフラ債。
両国から派遣された経済官僚が、如何に両国が親密であり、先日起こった武力衝突が単なる事故であったかを力説している。
総額1800億ウェンで発行体は帝国・首長国が50%ずつ出資した合弁会社である。
年利5%で最低購入金額は10億ウェンから。
そこそこ人気の債券らしく、順調に買いが入っている。
どうやらウェイトレスに買い注文を入れれば、そのまま債券水晶登録をしてくれるらしい。
ここのウェイトレスは美しい上に証券ディーラーの資格まで備えているらしい。
「キーン君。
私、買ってみるよ。」
「おお、分配型と貯蓄型、どっちを買うの?」
「あ、いやウェイトレスの話ね。」
カインは爽やかな笑顔でウェイトレスと談笑している。
この人も人生満喫してるよなあ。
「コリンズさんはどうする?」
『あ、いえ。
ウチは嫁も養母も勘が鋭いので…』
「あ、ゴメン。
債券の話ね?」
『おお! スミマセン!
あ、じゃあ買っときます。』
よく分からないまま100億ウェンだけ購入しておく。
えっと、メインバンクってのはバルトロ司祭に免罪符を買わされた時の、バベル銀行だったか…
あそこになるのかな?
まあいいや。
==========================
【所持金】
2680億7520万ウェン
↓
2580億7520万ウェン
※国際産業道路98号線交通債を100億ウェン購入
==========================
『あー、御二方。
コレ、素晴らしいシステムですね。
何とかミスリル貨を消化出来そうです。』
「よし。
連れて来て良かった!」
聞けば総額数千億単位の債券、総額2兆ウェン越えの超大型債もここでは売買されているそうだ。
しばらくはここで凌げそうだな。
PRステージの合間には美人ウェイトレス達がテーブルにやって来ては、国際情勢やら為替相場の解説をしてくれる。
金融機関の特色もユーモアを交えて教えてくれて、難解な話を聞かされている筈なのに楽しい。
料理に飽きたら豪奢なカフェ区画でデザートで口直し。
さっき債券を購入したお礼の名目で注文をお願いしたお姉さんが接待してくれる。
いやあ、けしからんですww
《620億ウェンの配当が支払われました。》
==========================
【所持金】
2680億7520万ウェン
↓
3200億7520万ウェン
※620億ウェンの配当を受け取り。
==========================
最初、小一時間見物して帰るつもりだったが…
飛び切り居心地が良く、ついつい3人で話が盛り上がる。
キーンは余程顔が広いのか、挨拶をしに来る相手が絶えないので退屈しない。
カインが連邦での内乱騒動を面白おかしく話すと、場は非常に盛り上がった。
やはり王国との緩衝帯である連邦の動向は皆が気にしているのである。
『いやあ、ここに居ると国際情勢が大体見えてきますね。
俺、合衆国の国名は何度か聞いていたんですけど、王国とも少しだけ国境を接しているんですね。』
「合衆国と王国はたまに紛争してますよ。
今は収まっておりますが、いつ再燃してもおかしくはないです。」
『ほえー。
どこも結構大変ですねぇ。』
「国の強弱ありますから。
帝国や首長国の様な大国は債券がまだ捌けますけど。
合衆国とか公国はいつも苦労されておられます。」
『へえ。
まあ、何千億ウェンを集めるなんて大変ですよね。』
「国なんて戦争に負けたら返済が難しくなりますからね。
デフォルトを起こす確率も高まりますし、最悪の場合国家そのものが消滅します。
なので戦争の強い国は利回りが低くても国債・公債が売れ易いですし…
逆に弱小国は悲惨ですよ…
あ、丁度今のステージ。
国家元首がわざわざ演説するみたいです。
この1週間は特に自由都市内で金策に走り回っているそうですな。」
『え?
国家元首!?』
驚いた俺がステージを見下ろすと顔色の悪い小男が必死に身振り手振りで演説をしていた。
『へえ、意外に小柄ですねえ。』
「ゴブリン族は小兵揃いとよく言われますね。」
突如、聞き慣れない単語が耳に飛び込んで来る。
『ご、ゴブリン!?』
「ん?
魔族の方を見るのは初めてですか?
あー、王国の軍事方針ならそうなっちゃうかぁ。
自由都市には魔界の方も結構多く滞在されてますよ。
居住区域は制限されておりますが。」
『つ、角が生えてますよ?』
「いや、そりゃあ
ゴブリン族の方は普通に角が生えてるでしょ?」
驚く俺をキーンは不思議そうな顔で眺めている。
周囲を見渡してみても、誰も違和感を持っていないらしく手元の目論見書と演説を見比べている。
ああ、ここではこれが常識なのか。
眼下の小男は必死に購入を訴えるが買い手が付かない。
なんだ?
差別とかそういうのが強いのか?
「あー、あれは売れないでしょうねぇ。
彼らの戦時国債…
今年に入ってから何度目だよって話です。」
『戦時国債?』
「ほら。
王国が教団の要請で魔界征服を宣言しちゃったでしょ?
通り道の公国とも対魔界戦で停戦するって噂だし。
多分、王国・公国連合軍VS魔界の構図になるんじゃないですかね?
気の毒ですけど、魔界側に勝ち目ないですよ。
あー、短期債の200億ウェンも売れないか…
幾ら年利40%って言われてもねぇ。
来年の今頃、魔族領は…
あまり良い状況にはないでしょうなあ。」
眼下の小男は涙ながらに戦時国債の購入を呼び掛ける。
顔色が悪いのだと思っていたが、どうやらあの緑色が地肌らしい。
「必ずや皆様の御恩に報います!
せめて兵糧の代金を持ち帰らせて下さい!
皆様!!」
必死の呼び掛けにもかかわらず、購入の気配はない。
周囲の投資家たちは次のステージの目論見書をチェックしている。
==========================
【所持金】
3200億7520万ウェン
↓
3000億7250万ウェン
※第11次魔族領戦時国債を200億ウェン購入。
==========================
「あー、やっぱりコリンズさんは買ったかあ。
まあ、予想通りではありましたが。」
『さっきは買うと損だっていったじゃないですか。』
「だから買ったんでしょ?」
『いや、まあ。
そういう訳では無かったのですが…
誰も買ってませんでしたし。
大体、キーンさん、俺を誘導したでしょう。
教団の名前なんか出してw』
「ははw バレました?
コリンズさんの行動原理、最近分かってきたんですもの。
おっ、次は海洋債ですよ。
これは熱いんです!
結構乱高下するんで、投資家が喜んで買うんですよ。」
『へえ、海洋債!
色々あるものですねー。』
==========================
すっかり夜も更け、これから帰ろうとする。
カインは残業。
彼の妻子には俺達2人で上手く誤魔化す事を約束済み。
車椅子が通り易い中央ロビーで馬車を待っていると、フロント係が葉巻やワインを勧めてくれる。
どちらも興味がなかったのだが、ふと思いついて女子供が喜びそうな菓子折を用意して貰う。
==========================
【所持金】
3000億7250万ウェン
↓
3000億7240万ウェン
※チップ
==========================
キーンは葉巻コレクターでもあるらしく、俺に吸い方を教えてくれた。
合衆国産の最高級品を2人で回し吸いしながら、リゾート用不動産の話題で盛り上がる。
「さて、馬車も来たようだし
そろそろ行きますか。」
『ですね。
あまりに楽しかったので思わず長居してしまいました。』
「お?
それじゃあ次は3人で《残業》しますか?」
『ヒルダに殺されてしまいますよーーww』
『「ははははははwww」』
俺達が笑い合いながら席に着き、馬車がゆっくり動き出した時だった。
「お待ちください!」
ロビーの向こうから、こちらに叫ぶ声が聞こえた。
最初は何か忘れ物でもして、ボーイが届けに来てくれたのかと思った。
だが、よく見ると…
ん?
さっきのゴブリンか?
「あ、あの!
呼び止める御無礼をお許し下さい。」
『あ、いえ。
何か?』
御者も気を使って馬車を停めようとするが、後続車が多いので停められない。
「その顔のお傷。
先程、カフェ区画から!
我が国の国債を全額購入して下さった方だとお見受けします!!」
『ああ、はい。
動きながらで申し訳ありません。
あの、後続車も来てますし危ないですよ?』
「先程はありがとうございました!!!
これで! これで何とか我が国は戦線を維持できます!!」
『ああ、そういう。
いえいえ、元首の方に対して馬車の上から申し訳御座いません。
下馬の礼を取りたいのですが、生憎この身体でしてね、後続も来ておりますし…
それでは今夜はこれで。
御武運を。』
冷淡な反応になってしまったかも知れないが非常識なのはゴブリン氏である。
貴賓用ロータリーに駆けこんで来たのだから。
ドアボーイが怒った表情でゴブリン氏を引き剥がした。
後続車の御者が顔をしかめていたので、俺とキーンは慌てて謝罪した。
「私は! 私は!!!
ゴブリン族のギーガーと申します!!!
魔界一同、この御恩は忘れません!!
どうか、どうかお名前を頂戴させて下さい!!
私は!! 魔王ギーガーと申します!!!」
返事をしてやろうにも、彼の叫びは後方に消えて行った。
車道に出てから後続車の紳士に呼び止められ叱責を受ける。
ロータリーでの急停車は事故に繋がりかねないのだから当然である。
しかも悪い事に、先方はソドムタウンで最大手の食品加工会社の経営者だった。
俺とキーンは平身低頭して許しを乞い、何とか機嫌を直して貰ってから家路についた。
【名前】
リン・トイチ・コリンズ
【職業】
連邦政府財政顧問
【称号】
ファウンダーズ・クラウン・エグゼクティブ・プラチナム・ダイアモンド・アンバサダー信徒
【ステータス】
《LV》 24
《HP》 (2/4)
《MP》 (4/4)
《腕力》 1
《速度》 2
《器用》 2
《魔力》 2
《知性》 3
《精神》 5
《幸運》 1
《経験》 6684万4498
次のレベルまで残り3977万7066ポイント
【スキル】
「複利」
※日利24%
下9桁切上
【所持金】
3000億7240万ウェン
※バベル銀行の10億ウェン預入証書保有
※国際産業道路98号線交通債100億ウェン分を保有
※第11次魔族領戦時国債200億ウェン分を保有
【常備薬】
エリクサー 609ℓ