【遠征日誌10】 横槍
去り際に知っても仕方の無い事だが、このナラハの地は「楢の葉」と書くらしい。
そんな部下達の雑談を小耳に挟んだ俺は、幼少の頃■○▲に連れられドングリを拾って遊んだ事を思い出す。
俺が消した地球人達もそんな風に過ごしていたのだろうか。
「公王様!
全部隊の集結が完了致しました!」
『…ああ、御苦労。
トルーパーの走行テストが終わるまで、少し時間がある。
交代で休息を取ってくれ。』
「ハッ!
直ちに全軍に伝達します!」
俺はレ・ガンと共にETCと呼ばれている現地の関所を視察する。
小規模な戦闘があったらしく、道の脇に地球人の死体が並べられていた。
『庵主様。
地球の風景は如何ですか?』
「…さあ、どうだろう。
オーラロードを通る時は、もっと色々考えてたんだけどね。」
『申し訳ありません。
庵主様にとっては仇の国だというのに。』
「いや、アタシらも地球人にとっての仇さ。」
『…肝に銘じます。』
「大魔王は見つかりそうかい?」
『目星は付いたので、後は地球人次第ですね。
我々は協力を要請し続けるのみです。』
「どうせ王太后が囲っているのだろう?」
『ええ。
若しくはルナ・タカミ。
トネ川に布陣後、その両名の引き渡し声明を発します。』
「…。」
『ご安心下さい。
別に王太后を害する予定はありません。
地球人が賢明であれば、今月中には作戦行動が終わります。』
「そうかい。
長期戦の準備をしてきて正解だったよ。」
『ええ、まったく。
庵主様が皆に言い聞かせてくれたお陰で何とかやれております。』
「礼には及ばないさ。
恩賞目当てにやってる事だからね。」
『分かっております。
約束通り全土を割譲しますので。』
2人でインターチェンジを視察した後、埋葬も兼ねて地球人達の死体を消去する。
消して貰えるだけ彼らは幸福だ。
レ・ガン曰く、王国軍が魔界に攻めて来た時は死体は全て野晒しで本当に悲惨だったらしいからな。
「公王様!
レオンティーヌの試験走行が完了しました。
ィオッゴ隊長曰く、路面と機体との相性がかなり良いとの事です。
また地球人が供出した自動車は想像以上に運転が簡便です。
公王様の仰る通り、このまま荷駄に使えます。」
『ああ、ありがとう。
すぐに向かう。
地球側が接近する気配はあるか?』
「いえ、あれ以来は1台も入ってきておりません。
おとなしく我々に明け渡す気になったのでしょうか?」
『…いや、違うな。
あれだけ頻繁だった流入が止まったという事は、地球の政府が禁制を出したという事だ。
こちらの視界外で攻撃タイミングを伺ってるのだろう。
怪しい動きがあれば即座に私に報告するように。』
「はッ!
その旨を全軍に通達します!」
『…ああ、頼むよ。』
「それと、少し宜しいでしょうか?」
『ん?
どうかしたかね?』
「カロッゾ様が予備トルーパーの貸与を申請しております。」
『いやいや、それは流石に非常識だろう。
越権甚だしい。』
「我々もそう思うのですが、相手は四天王です。
無下にも出来ず…」
『分かった。
直ぐに向かう。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カロッゾ・コリンズほど御一新で評判を落とした女は居ない。
カロリーヌと呼ばれていた頃は太陽のような笑顔で皆から愛されていた。
癪なのは、天下万民から蛇蝎の様に憎まれている現在の方が本人がリラックスしている点である。
『カロッゾ卿。
お時間宜しいか?』
「これはこれはポールソン様。
ご機嫌麗しゅう…」
『前置きは不要。
トルーパーの貸与を申請されたと言うのは事実か?』
「…。」
『…。』
「小弟は少しでも公王様のお役に…」
『事実か?』
「…事実です。」
『越権行為です。
自粛して頂きたい。』
「…殿を務めさせて頂けませんか?」
『…。』
「どうせポールソン様は陣頭に立たれるのでしょう?」
『…。』
「小弟であれば背後から強襲されても時間を稼げます。」
『…。』
「…。」
『…。』
「もしも公王さ…。」
『カロッゾ卿に予備機を貸与します。
型落ちのコルネイユですが、足回りはフルチューンしております。』
「いつも無理を言って申し訳ありません。
もしも小弟が信用出来ないのであれば地球人諸共消し去って下さって構いませんので。」
『カロッゾ卿。』
「はい?」
『進軍速度の調整方法だけ取り決めておきましょう。
ロベールも交えて信号弾について説明させて下さい。』
「ありがとうございます。」
原則的に固まって移動するとは決めている。
ただ、戦況如何によっては戦列が大きく伸びてしまうケースも考えられる。
いや、200㌔も敵地を進むのだ。
計画通りに行軍出来るはずもない。
だからこそ、殿の人選には悩んでいたし、俺も殿部隊の能力に合わせた速度で先陣を切るつもりでいた。
背中をカロッゾに託せるのであれば俺も前方だけに意識を集中出来る。
「ランチャーの調整だけ自分でやらせて頂けませんか?」
『それは構いませんが工具をお持ちなのですか?』
「…。」
『別に責めている訳ではありません。』
去り際に振り向くと、カロッゾは既にランチャーの銃身を取り外し始めていた。
あの女とは俺の大魔王救出作戦が終わるまでトルーパーを持ち込ませない協定を結んでいるのだが…
しれっと工具を持参している辺り、そういう腹づもりなのだろう。
カロリーヌ姫ほど御一新で評判を落とした女は居ない。
もはやカロッゾ・コリンズという単語自体が殺戮を意味している程である。
だが癪なのは、この女が繰り広げて来た無数のジェノサイドには一定の理がある点である。
俺も世間もカロッゾの正当性と有用性から目を背ける事が許されない時期に来ている。
革命が完遂しようとしている以上、カロッゾに対して歴史的評価を下さざるを得ないのだ。
所詮俺達がどれだけ綺麗ごとを並べ立てようと、革命も統治もこの女の持つ圧倒的暴力の庇護下でこそ遂行されているのだから。
遠征前からカロッゾ・コリンズは地球人の抹殺を強硬に主張し続けている。
勿論、その野蛮に皆が眉を顰めているのだが、同時に彼女が説く道理も理解は出来てしまうのだ。
確かにここで地球人を生かしておけば、いつか必ずや俺達の世界に危害を加える存在となるだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ジミー、先触れはどうか?』
「手筈通り、ケイン君がヨツクラ関に先行しました。
既に現地地球人と接触しております。」
『彼が討たれてしまってはグランツさんに合わせる顔がなくなってしまうな。』
「御冗談を。
地球人がケイン君を殺さないと確信しているのでゴザロウ?」
『まあな。
ハロルド皇帝も称賛していたが、あの少年は役者が違うよ。』
信じ難い事にケイン・D・グランツの下には31人の地球婦人が集った。
今もまだ志願者が増えているそうだ。
彼女達はケイン少年の歓心を家財と国家で買おうとしていた。
(貢納された地球車両が役に立っている以上、無下にも出来なくなった。)
驚いたのは集った半数以上が既婚者であるという事である。
理解に苦しむが、任務である以上は理解に努めなくてはならない。
「ケイン君はかなり熱心に地球人を説得してくれています。
《妨害されなければ攻撃もしない。》
そう約束しております。」
『早いな。
もう復命が届いたのか?』
「いえ、地球人達のラジオです。
ヨツクラ駅なる停車場でケイン君が出演しているので。」
『…ああ、聞かせてくれ。』
ニガホに頼んでラジオの音量を上げさせる。
《繰り返します。
我々魔王軍の目的は主君の父君であるリン・コリンズ様の保護です。
ああ、失礼こちらではトイチ・リンと名乗っているようですね。》
…ケイン君か。
打ち合わせ通りとは言え、彼にしては結構掘り下げるな。
《申し訳ありませんが、その御質問には回答しかねます。
我々は交渉に来た訳ではありませんので。
まずはトイチ・リン氏の身柄引渡。
話し合いをするにせよ、その後です。》
口調はソフトだが内容は厳しい。
あの少年、見た目に寄らず棘があるのかも知れないな。
「ポール殿。
ケイン君からの信号弾です、ヨツクラに敵影なし。」
『よし、ヨツクラまで進軍するぞ。
万が一カロッゾから敵襲合図があればトリケラトプスを1頭だけ後送してくれ。』
「トリケラを?」
『どう運用するかまでは聞いていない。
あの女にとってはそれで十分なのだろう。』
「承知しました。」
『さあ、俺も出るぞ。
レオンティーヌを回してくれ。』
「はっ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
統一政府が誇る軍事兵器トルーパー。
まるで文明の象徴か何かのように言われているが、元はどこぞから召喚されたゴーレムである。
我々人類が胸を繰り抜いたゴーレムに乗り込んだのは、たったの数年前に過ぎない。
にも関わらず、各勢力が秘かに膨大なリソースを注いで開発競争を繰り広げ、完全に実用化に至ってしまった。
俺の乗機の型番は【X507改】。
最近の若者と違って俺はトルーパー史に疎いのだが、この機体が完成するまでに506機のモデルが存在したのだろうか?
いや、【改】ということは、これ以前に507番目の機体があったのだろうか?
皆が言うには今は亡き首長国の技術の粋を尽くした逸品であるらしい。
どこまでが誇張か分からないので素直にフンフン頷いているが、実は俺にはトルーパーの良し悪しは分からない。
きっと分かりたくもないのだろう。
ただ1つだけハッキリしている事がある。
【レオンティーヌ】
民衆を庇って非業の死を遂げた救国の聖女。
そんな愛称の付けられた機体に俺なんかが乗って良い訳がない。
『ィオッゴ常務。
それでは手筈通りに頼む。
そのまま肩部に乗せてくれ。
有線通信は途切れさせないように。』
トルーパーの腕が恭しく差し出され、俺は巨人の掌に乗る。
そしてゆっくりと腕が上がったので、肩部にしがみついた。
『よし、ロック完了。
前進してくれ。
スピードを出してくれて構わない。』
《…。》
『どうした常務?
構わんのだぞ?』
《スミマセン、僕です。》
『え?』
有線通信から聞こえて来たのは涼やかな声…
ケイン・D・グランツ?
『…おかえりと言いたいところだが。
ヨツクラから戻って来れる時間ではないな。』
《実はですね。
ゲコ君には凄いスキルがありまして…》
『…いや、彼が凄いのはスキルじゃないんだよ。』
《はい?》
『何でもない。
前進せよ。
私を振り落とすなよ。』
《はい!》
どうやら小僧共に一杯食わされたらしい。
現在ヨツクラ関に居るのはケイン君に扮したゲコ。
変身能力の喪失という報告は虚偽だったらしい。
つまり先程ラジオから聞こえていた声もゲコの物。
総司令官の俺を欺き、単独で地球人に接触した。
意図は明白。
地球人の生存確率を上げる為の策の一環であろう。
『ケイン君。
1つ聞かせてくれ。』
《はい、何でしょう?》
『君はゲコ君に賛同して役目を譲ったのか?』
《いえ、ただの取引です。》
『取引?』
《遠征前に頼まれてたんですよ。
地球人を守るチャンスが欲しいと。》
『彼らしいな。』
《怒ってますか?》
『さあ、私も若い頃は頻繁に【取引】をしていたからな。
そして頻繁に怒られた。』
《申し訳ありません。》
『1つ聞かせてくれ。』
《はい?》
『ゲコ君は君にどんな対価を払うのだ?』
《彼は王国人を守るチャンスを僕に支払います。》
『なるほど。』
《申し訳ありません。》
『いや、軍令には違反していないからな。
叱責のしようがない。』
俺が下した命令は【ケイン・D・グランツが先触れして地球人を退避させること】である。
替え玉は好ましくないが7割方命令は遵守されていると見做して構わないだろう。
ゲコにカロッゾ。
主張は真正面から相反しているが、あの2人であればきっちり整合させてしまうかも知れない。
奴らの身勝手を許しているのは、それが理由だ。
若き日の俺が許されたのも、きっと同様。
俺も老いた。
そろそろ才能に期待する側に回る時期なのかも知れないからな。
《公王様、1つ聞かせて頂いて宜しいでしょうか?》
『どうぞー。』
《どうしてそんなに寛容なのですか?》
『きっと、そう躾けられたのだろうな。』
そう。
自分の気質だと思っていた物は■○▲の刷り込み教育の成果に過ぎない。
俺の本性なんて周囲から散々指摘され続けて来たではないか。
この歳になるまで、俺だけがポール・ポールソンを誤認させられ続けて来た。
《公王様は根から慈悲深い方だと認識し…》
『…若いうちから気を遣わんでいい。』
《申し訳ありません。
本質の部分では相当苛烈な方なのではないかと感じます。》
『浅慮なだけさ。
到底将の器ではない。』
話はそれだけ。
後はつまらない雑談。
若者特有の下らない悩みを聞いたり、オッサン特有のとても下らない悩みを打ち明けたり。
ただ、それだけ。
勿論、仕事なので何度も振り返って隊列を確認する。
よし、最後尾のカロッゾも部品に徹してくれているな。
《公王様。》
『んー?』
《こんなに隊列が伸びてしまって大丈夫なのですか?
今、横槍でも入れられたら…》
『いや、もうそれは無くなったから安心してくれて構わない。
運転に専念してくれ。』
《はい!》
途中、一度だけカロッゾの信号弾。
速度調整の為にトルーパーを停めて再度の点呼。
皆も地球車両の運転に慣れて来たようで、若い兵士達などは地球車両のエムブレムを指さして満面の笑みで品評会に興じていた。
通り掛かった俺は一瞬話に混ざろうと考えたが、大して地球車両に関心が無い事を思い出して、そのまま機体に戻った。
将兵達の息抜きも兼ねて彼らが地球車両談義に飽きるのを待つ。
トルーパーの肩部で溜息混じりに索敵をしていると、ハッチを無造作に開けて頬杖を付いているカロッゾと目が合った。
きっと俺もあんな風に感情の無い目をしているのだろう。
【魔王軍遠征部隊】
『ポール・ポールソン』
大魔王救出作戦総責任者/魔王軍総司令官・公王。
ポールソン大公国の元首として永劫砂漠0万石を支配している。
万物を消滅させる異能に加えて、アイテムボックス∞を隠し持っている。
首長国テクノロージーの粋を尽くした指揮官用X507改を乗機としている。
機体愛称はレオンティーヌ。
『ノーラ・ウェイン』
軍監/四天王・憲兵総監。
ポールソン及び後任者のカロッゾの監視が主任務。
レジスタンス掃討の功績が認められ、旧連邦首都フライハイト66万石が所領として与えられた。
配下軍団と共に乗機がオーラロードを侵攻中。
『カロッゾ・コリンズ』
地球クリーン作戦総責任者/四天王・前軍務長官。
本領は自らが大虐殺の上に征服した南ジェリコ81万石。
旧名カロリーヌ。
配下軍団と共に乗機がオーラロードを侵攻中。
『レ・ガン』
元四天王・ポールソン大公国相談役。
市井のゴブリン女性であったが、親族が魔王職に就任したことを切っ掛けに駐ソドムタウン全権に任命された。
魔界の権益保護の為、統一政府に様々な協力を行っている。
種族の慣例に従い、ゴブリン種搭乗員に対しての機体愛称授与を行っている。
『出原信之』
地球人。
捕虜兼現地徴用兵。
塹壕内ではノーラ・ウェイン、カロッゾ・コリンズの2名の将校部屋にて生活する事を強いられている。
ノーラ・ウェインのトルーパーに愛玩動物として搭乗する事が決定した。
『ジミー・ブラウン』
大魔王救出作戦副将/ポールソン大公国宰相。
ポール・ポールソンの無名時代から扈従し続けてきた腹心。
レオンティーヌの複座でポールソンと仲良く搭乗。
大国トップとナンバー2が同機体で戦闘をも行うという革命政権特有の狂気を体現している。
『ケイン・D・グランツ』
前四天王であるカイン・D・グランツの長男にして、摂政コレット・コリンズのクラスメート。
父親から長身と端正極まりない顔立ちを受け継いだ正統派の美少年。
特に訓練を受けた形跡はないがトルーパーの操縦もイケメン補正でお手の物。
『ゲコ・ンゲッコ』
大魔王と共に召喚された地球人。
どんな姿にも変身可能なレアスキル【剽窃】の持ち主。
紆余曲折を経てゴブリン姿でレ・ガンに近侍している。
地球名はカネモト・ピカチュー。
乗機はコルネイユ強硬偵察型。
機体愛称はギーガー。
『キムラ・エリカ』
ケイン・D・グランツのファンガール。
元々親子3代でのジャニーズの追っ掛けだったが、ケインに運命を感じてしまったと目が合ってしまった事で転向。
嫁ぎ先の金品を奪って魔王軍に献上した。
愛機はスズキ・ジムニーXL 4WD。
ちなみに本車両の所有者は配偶者のキムラ・クニヒコ氏である。
『ビル・チャップマン』
ポールソンの馬廻りの1人。
階級は少尉。
父のジム・チャップマンが僭称していた候王号が正式に認定された為、数少ない王族待遇者である。
『ニガホ・タモツ』
ポールの私的な客人。
仙台市に本社を置くタクシー会社「ずんだ交通」の社員。
大魔王のパーティーメンバーである寒河江尚元と面識がある。




