【遠征日誌09】 南海トラフ
首級58。
搦手を進軍させていたロベール隊が地元の警吏団(フクシマ県警)と会敵したのだ。
幸いにして、こちらの被害は軽微。
案の定【銃】を使って来た。
ただロベール曰く、手元がかなり辿々しかったとのこと。
地球の警吏が武器の使用を厳重に制限されているというゲコの情報は嘘ではなかったようだ。
敵将はノダ・ハルヒコ警視なる初老の男。
その首級が如何にも無念そうな表情だったのが印象的だった。
スケジュールが押しているので首実験は略式に留めた。
一番手柄は7名を討ち取ったリャチリャチ族のガリアリ、二番手柄は退路を塞いで敵の逃亡を防いだ遊牧ゴブリンのェルゥバンと定めた。
『皆の勇戦天晴である。
此度の功績、必ずや魔王様もお喜び下さるであろう!』
この台詞がTPOに合致していたのかは不明だが、兵士達が安堵した様子だったのでひとまず良しとする。
戦場で敵を討った事により、故郷に対して面子が立った。
一様にそんな表情。
気持ちは分かる。
俺やロベールも塹壕暮らしを強いられた時期があるからな。
あの無為に圧し潰される焦燥感は体験した者にしか分からない。
『死体はこれで全部だな?
血痕の場所があれば申告せよ。』
こちらの戦術癖を読まれたくなかったので、死体と血痕は全て消滅させる。
鹵獲した銃はチェックの後に実戦投入し、フクシマ県警の階級章は戦功証明として本国に持ち帰る。
「申し訳ありません、兄さん。
無用の殺生でした。」
『…ロベールが謝る事ではないさ。』
「ですが、極力現地人とは摩擦を起こしたくないと仰っておられたでしょう。」
『まあな。
だが、若手を抑え続けるのも限度がある。
オマエも苦労していたんじゃないか?』
「彼らには我慢も戦争のうちだと教えているのですが…
申し訳ありません、僕の力不足です。」
『いや、俺は助かっている。
ロベールが死角を塞ぎ続けてくれてるからフリーハンドで動けている。』
「ははは、お役に立てているのなら幸いです。
では次はどちらに進軍されますか?」
『予定通りタツタ駅に布陣する。
各隊の偵察が終わるまでは動かない方が良いだろう。』
「了解。
では僕の部隊は391号線の封鎖に戻ります。
橋も落としておきますね。」
『…ロベール、死ぬなよ。』
「ええ、生きてニックに会いましょう!」
ジャン・ロベール・レンヌはこれまでの戦場でもそうであった様に地球を死所と決めている。
兄として叱責すべきなのだろうが、俺も似たような価値観を持っているので、まだ何も言えていない。
もう互いの武運を祈るしか他にないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
タツタ駅。
規模はかなり小さい。
典型的な地方の中継拠点だ。
その停車場に俺達のゲルは展開する。
周囲をトルーパーに護衛させ、更に街道をトリケラトプスで塞いでいるが、やはり遮蔽物の乏しい陣地は怖い。
『…。』
「申し訳ありません!」
不意に下士官から詫びられたので驚いて振り向く。
どうやら表情が強張り過ぎていたらしく、彼は自分が俺の前を通り過ぎる際に粗相をしてしまったように感じたらしい。
慌てて誤解を解き、極力柔和な表情を心掛け、周囲に対しても労いの言葉を振りまいた。
『いやいや、君達のお陰で作戦は順調だ。
私ほど恵まれた指揮官も古今におるまいよ。』
…辛い。
祭り上げられて道化を演じ続けなければならない状況が苦痛で仕方ない。
やはり俺は気質的にリーダーに向いていないのだろう。
御一新前、役職というのは就きたい奴がカネで買って就いていた。
評議員の議席を買った連中は嬉しそうにふんぞり返っていた。
あの頃は軽蔑していたが、今思えば彼らにはリーダーの適性があったのかも知れない。
才も器もない癖に上座に座る事に喜びを感じる卑しい性根が備わっていれば便利なのだろうが残念ながら俺にはない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
タツタ駅到着から2時間経過。
俺がやった事と言えばここまでの進路上の建築物を消滅させたことくらいである。
オークチームがトリケラトプスの休養を進言して来たので、少し迷ったが許可を出す。
『スプ男君。
分かっていると思うが…』
「ええ敵影が見えればすぐにトリケラを集結させます。」
『ブリーフィングでも伝えた通りだが、地球人は銃を多用してくる。
先程もロベールの部隊に負傷者が出た。
決して侮れないぞ。』
「…公王様。
トリケラを盾に使ってみませんか?
コイツらは動きが鈍い分、置き盾くらいの役に立ちそうです。」
『…どうだろう。
考えた事も無かったな。
まあ丈夫そうではあるよな。』
スプ男が銃対策にトリケラトプスを用いる事を提案して来たので、先程フクシマ県警から鹵獲した銃を撃たせてみる。
「公王様、お下がり下さい。
万が一の暴発も考えられます。」
『チャップマン少尉は心配性だな。
うん、下がるよ。
この辺なら良いだろう。』
バキュンッ!!
『うおっ!
聞いていた以上に音が激しいな。』
「ええ、撃った自分も驚きました。
この轟音は騎兵の天敵です。』
『命中はしたのか?
あのトリケラトプスを狙ったんだよな?』
「はい、確かにあれの腹を狙ったのですが…
逸れたのでしょうか?」
『少尉、もう一発撃ってみろ。』
「はッ!!」
バキュンッ!!
確かにチャップマンはトリケラトプスに向けて撃っているのだが、早すぎるのか命中の有無が確認出来ない。
但しスプ男は小飛沫が着弾したと力説する。
『ふむ、確かに人間種よりもオーク種の方が動体視力が良いからな。
だがトリケラトプスに変化はないぞ?
実験は失敗だったのではないか?』
「いやあ、確かに見たんですけどねぇ…
あ! 公王様!!
見て下さい!
ここ! ここ!」
スプ男が慌ててトリケラトプスの胴を指差すので覗いてみると、確かに外皮が小さく凹んでいる。
『あー、本当だなぁ。
銃の威力が小さいのか、コイツが頑丈なのは分からんが…』
「しかし公王様。
ゲコ君の情報が正しければ、地球の警吏は全員同じ型の銃が支給されているのですよね?
じゃあ、トリケラさえ盾にしていれば完勝出来るのではないですか?
しかも地球人は武官でも剣を持たないのでしょう?」
『…過信は禁物だ。
警吏が持つ銃は地球で最も威力の乏しい型番と聞いている。
もっと高性能な銃が出て来る可能性もある。
だが、陣幕を囲むのはアリかも知れんな。
スプ男君、さっそく実験してみてくれ。』
「はい!」
一応、接近する地球人は全て消しているつもりだ。
現に先程も向かいの3階立てビルの屋上に敵諜らしき者が居たので建物ごと消滅させた。
だが俺とて万能ではない。
討ち漏らしが無いとも言い切れんからな。
今の地球人が俺を殺すには、不意の接近からの狙撃が最も高確率である以上、万全を期していなくてはならない。
スプ男がトリケラトプスを使役し本陣を取り囲ませる。
あの巨体は目障りではあったが、身を守る盾としては安心感があるな。
『チャプマン少尉。
皆に伝達してくれ。
射撃音が聞こえたら即座にトリケラトプスの背に隠れよとな。』
「は!!
直ちに通達します。」
再度、床机に腰掛け無為の時を過ごす。
鳥影も含めて空は全て清掃しているので、上方からの奇襲を受ける可能性は少ない。
…順調なのか?
確かに立案通りに事は進んでいるのだが、そもそも俺の構想が的外れならどうする?
やはりカロッゾやノーラの提言通りに大魔王以外の全地球を消滅させた方が良かったのではないか?
総大将になってしまった今、その是非を採点してくれる人間は存在しない。
いや、違うな。
正解を定めなければならない立場になったのだ…
早く適応しなくては…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、タツタ駅前の停車場に数台の地球車両がトリケラトプスに曳かれてくる。
その背後には手枷で歩かされている地球人が数名。
『あの者達は?』
「原住民です。
どうやら逃げ遅れたらしく…」
『捕らえてしまったのか?』
「も、申し訳ありません!」
…参ったな。
ブリーフィングでは捕虜を取らない旨をあれだけ徹底して布告したのに。
『…。』
「も、勿論公王様の方針は理解しております!
ただ彼らは民間人である旨を繰り返しており…
公王様の裁可を仰ぎたいと思いまして。」
『この距離でトルーパーを見られたくはなかった…。』
「申し訳ありません!
次から目隠しをさせます!」
『…いや、私の指示が不足していた。
君達はよくやってくれている。』
「あ、ありがとうございます!」
…全然よくやってないのだが、立場上口に出す事は出来ない。
まるで子守をさせられている気分だ。
やはり軍隊などは凡人のオママゴトだな。
『…捕らえてしまったものは仕方ない。
私も立ち会うから身元と所持品だけ調べろ。』
「はっ!
ただちに引っ立てます!!」
俺のゲルの前に引き立てられたのは9名の地球人。
全員泣きながらパニックになっている。
分かるよ、普通は泣くだろうな。
でも普通は戦闘区域には近寄らないんだけどな。
頼むから、わざわざ親切に戦闘区域を発表してやった俺の配慮を無駄にしないで欲しい。
9名のうち敵諜は2人だけだったので、他の7人から引き離した上で四肢を斬り落として所属を吐かせる。
情報保全隊。
なるほど、これもゲコの事前情報通りだ。
あの男、俺の想像以上に軸足をこちら側に置いているのだろうか。
『うむ、情報はこれで十分だ。
楽にしてやろう。』
「えっと、公王様?」
『清掃。』
「あ!」
『鹵獲品は保管庫に入れておくように。
後で軍監に報告しなければならないからな。』
「しょ、承知致しました。」
『あっちの7名は民間人だ。
手荒な真似はしなくて良い。』
「はっ!
えっと、では解放した方が良いでしょうか?」
『…うむ。
いや、放逐する前に君達が雑談してみせよ。』
「ざ、雑談でありますか?」
『これは戦争のコツなんだがな。
敵司令部で厳重に保管されている作戦命令書よりも、民間人の何気ない発言が情報源として優秀なケースもある。』
「な、なるほど。
流石は公王様です。
勉強になります。
で、ですがお恥ずかしながら自分は軍隊生活が長く、民間人と上手く交流する自信がありません。」
それもそうか。
近習を職業軍人で固めるのも考え物だな。
『誰か話上手な者は居ないのか?
教養があり頭の回転が速く下情に通じた者が好ましい。』
近習達が申し訳なさそうに俺を見返してくる。
いやいや、そりゃあ俺は適任者だろうけどさ。
捕虜の尋問まで俺がやるんなら、もはやオマエら要らないじゃん。
俸禄払ってる意味ないじゃん。
『どうもー、お怪我はありませんか?』
結局、俺が民間人と話す羽目になる。
意識して声を1オクターブ上げる。
どうして総大将がこんな事をやらされるのかは不明。
『御安心下さい。
皆さんの解放を約束します。』
「…あ、ありがとうございます。」
「た、助かったぁ。」
「命拾いした…」
民間人達の表情は硬い。
そりゃあね、俺が拷問時の悲鳴を消していたとは言え、連行された2名がどうなったかなんて馬鹿でも分かるよね。
『皆さんはどうしてこんな所におられたのですか?』
俺が何気なく尋ねた瞬間に7人の身体が強張る。
なるほど、そりゃあそうだ。
『ああ、これは尋問ではありません。
単なる好奇心です。』
民間人達が安堵の溜息を漏らす。
「ぼ、ボクは訪問介護なんです。
お客様が逃げ遅れてないか見て来いって上司に言われて。」
『ああ成程。
お仕事でしたか。』
「私はここの住民なんです。
貴重品を取りに帰ったのですが…」
『貴重品は見つかりましたか?』
「あ、いえ。
自宅が見つからず…」
『なるほどー。』
男の指さす方向の建築物は全て消滅させたからな。
そりゃあ見つからないだろう。
「ボクも仕事です。
最近、原発絡みでアレコレあったんで…
本社仙台なのに、ここまで走らされます。」
『センダイですか?』
センダイという地名には聞き覚えがある。
思い出した。
カロッゾが陽動の為の殲滅を提言してきた街の名だ。
「ええ仙台のタクシー会社なんですよ。
給与はそこそこなんですけど、ブラックで…
ずんだ交通なんか就職するんじゃなかった…」
『…。』
何かが引っ掛かる。
ズンダコウツウ。
何故だ?
どこかで聞いた単語だ。
いや、あり得ない。
どうしてこんな宇宙の果ての車夫の発言などに…
『ズンダコウツウ。』
「はい?」
頭の中を整理する為に口に出してみる。
やはり俺はこの単語に聞き覚えがある。
それも比較的最近だ。
【ズンダコウツウ】
どこで聞いた?
思い出せ、思い出せ。
「はじめまして。
ずんだ交通の運転部所属
寒河江と申します。」
『…運転部?』
「え?
あ、はい。
ボクは運転部の所属ですけど…」
『…サガエ。』
「え!?」
『知り合い?』
「あ、はい。
職場の先輩です。」
俺は思わず押し黙る。
そう、俺が砂漠の地下でラスボスっぽい生命体を消した日の話だ。
砂漠に閉じ込められた俺がSOSを無線機に送った所、何故か大魔王と繋がってしまい。
その時に救援アドバイスをくれたのが大魔王の運転手を務めていたサガエ・ナオモトなのだ。
『…。』
「あ、あの。
やはり弊社の寒河江が何か?」
『え?
やはり、とは?』
「いえ、原発がロシアに攻撃された日に会社を辞めちゃって。
寒河江先輩が乗り捨てた営業車両を回収させられたのがボクなんですよ。」
『…。』
サガエ・ナオモトは大魔王の配下にして俺の命の恩人でもある。
当然、その名前に辿り着けたのは僥倖なのだが…
あまりにも俺にとって都合が良過ぎる。
作為? 罠?
「…えっと。」
男が怯えたような表情で俺を見上げている。
どうしよう、コイツは解放出来なくなってしまったな。
いや、拘束や処断してしまったら逆に俺の思考が地球側に推理されてしまうのではないだろうか。
どうする?
どうする?
『…詳細は割愛しますがサガエ氏には恩がありまして。』
「お、恩ですか?」
『なので御安心下さい。
恩人の知己である貴方には危害を加えません。』
「お、おー。
た、助かった…」
『えっと、私は本軍の責任者のポールソンと申します。
貴方のお名前は?』
「あ、ボクは仁賀保です。
珍しい苗字でしょ?
親の離婚の関係で表記が仁賀保保になってしまって…
役所とかでいつも止められるんですよ、はっはっは。」
『ニガホさんですか、宜しくお願いします。』
「え、ええ。」
『…。』
「あの、何か怒らせるような事をしてしまいましたか…」
『いえ、寧ろニガホさんとは是非とも誼を結びたいくらいです。』
俺が腹を立てているのは軍隊と言う名のお荷物に対してである。
コイツらは何の役にも立たない癖に毎日膨大な兵糧を浪費する。
挙句の果てには総大将の俺が自ら尋問行為をさせられてヒントにまで辿り着いてしまった。
やはり俺1人で来るべきだったのだ。
トルーパー1台オーラロードに放り込むだけで、一体どれだけの触媒が必要となるのか兵士達は考えたことすらあるまい。
『まず謝罪させて下さい。』
俺が頭を下げるとニガホは却って怯えた様子を見せる。
そりゃあね、侵略者の親玉に急に謝られたら怖いよね。
俺でもビビるわ。
『先程、解放すると約束したばかりで心苦しいのですが…』
「…はい。」
『このまま我が軍に同行して頂きます。』
「…そ、それは。」
『待遇は捕虜ではなく客人として。』
「あ、それは構わないんですけど。
日本から裏切り者扱いされそう…」
『じゃあ、捕虜の体で。』
「あ、そうっすね。
その方が助かります。」
ニガホの車両を見学させて貰う。
これは実際、サガエ・ナオモトが業務に用いていた車両らしい。
つまり大魔王が搭乗していた…
『近づいたな…』
「は?」
『いや、何でもありません。
ニガホさんには食料を与えます。
このゲルでの休息も認めます。』
「あ、ありがとうございます。」
『チャップマン少尉。
居るか?』
「はッ!
控えております!」
『うむ。
これなるニガホ・タモツ氏は私の客人である!
彼の社会的地位を守る為に捕虜の体を取るが、くれぐれも粗相のないように!
私の恩人の知己であると周知させよ!』
「はッ!
しかと心得ました!」
『…。』
さて、吉と出るか凶と出るか。
この出逢いが罠であれば全軍の危機だが…
話の筋は通っているんだよな。
まず俺達が降り立ったフクシマ第二原発。
件のロシア共和国の襲撃を受けた。
それに伴い、センダイに駐屯してた要人なり役人なりをサガエが業務で輸送したのだ。
そして、恐らくはこのタツタ駅で大魔王と出逢った。
…ロシアは原発ではなく大魔王を狙った?
それとも大魔王がロシアに攻め込ませた?
分からない、だがこの地に大魔王が居たからこそオーラロードの座標がフクシマに指定されたのだ。
そこまでは必然、話の筋は通っている。
問題はニガホが我が軍に捕獲された事。
これが怪しい。
大魔王の人間関係を利用した地球側の罠ではないだろうか。
いや、罠にしては迂遠過ぎるか…
雑談を続けるもニガホの回答は要領を得ない。
地球人は知能面も劣っているようだが、その中でもニガホは下の部類なのだろう。
無論、これが演技である可能性も十分あり得るが。
『サガエ氏はどのような方でしょうか?』
「え?
寒河江先輩っすか?」
『はい、為人が知りたいので。』
「…いや、先輩と言っても歳はボクの父親と殆ど変わらないんですけど。
気さくな人ですよ。
アニメとか漫画の話も付き合ってくれたし。」
『やはり、親切な人なのですか?』
「そりゃあもう。
ボクみたいな歳の離れた新人の面倒も見てくれましたし。
会社でまともなのあの人だけですよ。
だから、サガエさんが飛んじゃったから…
ボクも辞めようかなって。」
確かにな。
サガエ・ナオモトは砂漠で死にかけてた俺に懇切丁寧にアドバイスをくれた。
お陰で何とか生き延びることが出来た。
大魔王は例によって直接的な役にこそ立たなかったが、偉材のサガエを紹介してくれたのはその大魔王なのである。
アタリを引き当て続ける天祐と繋ぎ止める愛嬌。
やはりリン・コリンズこそが将の将なのだろう。
ニガホがタクシーのドアを開けて俺を搭乗させてくれる。
兵達の表情に緊張が走ったので、軽口を叩いて宥めることにした。
『心配はない。
単なる調査だ。
危険はない。』
ふむ。
ここに大魔王が座っていたのか。
「大変でしたよぉ。
寒河江先輩が山形に乗り捨てちゃって…
社長もボクに八つ当たりするし…」
『ヤマガタ?』
「あ、はい。
仙台に比べれば大分田舎なんですけど。
寒河江さんがあっちの人なので…」
いや、二ホンの地形は一通り頭に入れている。
ヤマガタはここから北方のミヤギと山を挟んで隣接した州だった筈だ。
…そこで寒河江が消息を絶った?
何故、と問うまでもない。
大魔王に引き抜かれたのだ。
ヘッドハンティング。
それこそがリン・コリンズの真骨頂。
世人は莫大な財力を用いた買収工作で大魔王が天下を獲ったと捉えているが、とんでもない誤解だ。
カネは切っ掛けに過ぎない。
財力だのスキルだのそういうチャチな次元の男では断じてないのだ。
あの男には人を惹き付ける何かがあり、金銭を抜きにして皆が喜んで忠誠を誓っていた。
ドナルド・キーン、カイン・D・グランツ、王子フェルナン、ケネス・グリーブ、マーティン・ルーサー、アンドリュー・アッチソン。
皆が祖国や主君や組織を捨てて大魔王個人に味方した。
サガエ・ナオモトも同様に大魔王に魅せられて勤務先を捨てたのだろう。
ニガホに尋ねる限りあまり良い職場ではなさそうだしな。
そのサガエがヤマガタで車両を乗り捨てた。
…大魔王は北に逃れたのか?
分からない。
地球は鉄道網や航空機が発達し過ぎている。
ヤマガタから首都までは高速鉄道が直結されており片道2時間30分も掛からないそうだからな。
いずれにせよサガエ・ナオモトは大魔王の配下であり続けている筈だ。
運転手という立場であれば、今も近侍している可能性は高い。
なら、サガエと面識のあるニガホは手放せない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、タツタ駅周辺を完全制圧したので、手筈通り狼煙を上げてナミクラの本陣に合図。
俺は馬廻りと共に本陣に戻る。
『ジミー!
準備は出来ているな!』
「はい!
総員出立を始めております。」
よし、流石はジミーだ。
かなりスムーズに部隊を動かしてくれている。
俺は全員の退避を確認してから塹壕を消滅させた。
痕跡は一切残さない。
戦争のコツは敵にヒントを与えない事だからだ。
『完了だ。
タツタに急ぐぞ。』
「相変わらずの異能でゴザルな。」
『塹壕閉鎖も掃除屋の職務だからな。』
「お戯れを。」
そんな風に軽口を叩いてた時の事である。
不意に駱駝が騒いだ。
担当のゴブリン達が慌てて轡を取ったその時である。
ズガアアアン!
突如、轟音と共に大地が揺らいだ。
思わず膝を付きそうになるくらい地面が揺れる。
ドゴゴゴゴゴゴゴッ!
成程。
情報通りに地震が多い土地だ。
『総員周辺警戒ッ!
私は構わん!
狙撃に備えよ!』
「ポール殿!?」
よし、清掃完了。
『地震はもう無い!
それよりも敵影の有無を確認せよ!』
数分、遮蔽物越しに索敵させる。
体調の悪いダークエルフ達にも暗黒魔法を念入りに使わせる。
「公王様…
【影追いの術】も駆使しましたが…」
『敵は居ないのだな?』
「え、ええ。
多分…」
多分では困るのだが、責めても仕方ない。
勿論、暗黒魔法の精度は9割9分信用しているのだが、俺だってこの異郷で確証の無い行動を取るのは怖いのだ。
それを考えれば、大魔王は万事において思い切りが良かった。
男は度胸とはよく言ったものである。
そんな事を考えながら全軍にタツタ駅への移動を再開させる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「公王様!!
御無事でしたか!?」
『ああ、諸君には心配を掛けたね。
ナミクラまで敵影は無かったよ。』
「あ、いえ。
先程の大地震です。」
『ああ、そっちの。』
「軍議でも上がっていたと聞きますが、この地には南海トラフなる断層があり…」
『それは消えたから気にしなくていい。
皆にも伝達しておくように。』
「は?
あ、はい!
承知致しました!」
『そんな事より索敵状況を頼む。
移動には万全を期したい。』
「あ、いえ。
ナラハ関までの経路は完全に我が軍の支配下にあります。
厳重に索敵を続けておりますが敵影は見当たりません。」
『ふむ、順調と言えるか。
キドカワ橋はちゃんと落としたな?
同名の橋梁が複数あると聞いているぞ?』
「はい!
全て完全焼き落としたとのことです!」
『御苦労。
ナラハ関を完全に抑え次第、ここを引き払う。
点呼を急いでおいてくれ。』
「あの!」
『ん?
まだ何かあるのか?』
「あ、いえ。
お客人のニガホ氏が津波の危険性をしきりに進言されておられてまして、以前も大津波で多数の死者が出たと…。」
『ああ、すまない。
それも消したと皆に通達しておいてくれ。』
「え?
はッ!
畏まりました!」
『ああ、君。
もう一点いいか。』
「はい!
何でしょうか?」
『先程の地震が発生した時刻を調べておいてくれ。
特に震源地を正確に知りたい。』
「し、震源地でありますか?」
『うん、頼むぞ。』
「は!
畏まりました!」
さて、目星も付いたな。
【魔王軍遠征部隊】
『ポール・ポールソン』
大魔王救出作戦総責任者/魔王軍総司令官・公王。
ポールソン大公国の元首として永劫砂漠0万石を支配している。
万物を消滅させる異能に加えて、アイテムボックス∞を隠し持っている。
首長国テクノロージーの粋を尽くした指揮官用X507改を乗機としている。
機体愛称はレオンティーヌ。
『ノーラ・ウェイン』
軍監/四天王・憲兵総監。
ポールソン及び後任者のカロッゾの監視が主任務。
レジスタンス掃討の功績が認められ、旧連邦首都フライハイト66万石が所領として与えられた。
配下軍団と共に乗機がオーラロードを侵攻中。
『カロッゾ・コリンズ』
地球クリーン作戦総責任者/四天王・前軍務長官。
本領は自らが大虐殺の上に征服した南ジェリコ81万石。
旧名カロリーヌ。
配下軍団と共に乗機がオーラロードを侵攻中。
『レ・ガン』
元四天王・ポールソン大公国相談役。
市井のゴブリン女性であったが、親族が魔王職に就任したことを切っ掛けに駐ソドムタウン全権に任命された。
魔界の権益保護の為、統一政府に様々な協力を行っている。
種族の慣例に従い、ゴブリン種搭乗員に対しての機体愛称授与を行っている。
『出原信之』
地球人。
捕虜兼現地徴用兵。
塹壕内ではノーラ・ウェイン、カロッゾ・コリンズの2名の将校部屋にて生活する事を強いられている。
ノーラ・ウェインのトルーパーに愛玩動物として搭乗する事が決定した。
『ジミー・ブラウン』
大魔王救出作戦副将/ポールソン大公国宰相。
ポール・ポールソンの無名時代から扈従し続けてきた腹心。
レオンティーヌの複座でポールソンと仲良く搭乗。
大国トップとナンバー2が同機体で戦闘をも行うという革命政権特有の狂気を体現している。
『ケイン・D・グランツ』
前四天王であるカイン・D・グランツの長男にして、摂政コレット・コリンズのクラスメート。
父親から長身と端正極まりない顔立ちを受け継いだ正統派の美少年。
特に訓練を受けた形跡はないがトルーパーの操縦もイケメン補正でお手の物。
『ゲコ・ンゲッコ』
大魔王と共に召喚された地球人。
どんな姿にも変身可能なレアスキル【剽窃】の持ち主。
紆余曲折を経てゴブリン姿でレ・ガンに近侍している。
地球名はカネモト・ピカチュー。
乗機はコルネイユ強硬偵察型。
機体愛称はギーガー。
『キムラ・エリカ』
ケイン・D・グランツのファンガール。
元々親子3代でのジャニーズの追っ掛けだったが、ケインに運命を感じてしまったと目が合ってしまった事で転向。
嫁ぎ先の金品を奪って魔王軍に献上した。
愛機はスズキ・ジムニーXL 4WD。
ちなみに本車両の所有者は配偶者のキムラ・クニヒコ氏である。
『ビル・チャップマン』
ポールソンの馬廻りの1人。
階級は少尉。
父のジム・チャップマンが僭称していた候王号が正式に認定された為、数少ない王族待遇者である。
『ニガホ・タモツ』
ポールの私的な客人。
仙台市に本社を置くタクシー会社「ずんだ交通」の社員。
大魔王のパーティーメンバーである寒河江尚元と面識がある。




