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【遠征日誌03】 制空権

発育が遅かった所為なのか家業が賤業だった所為か、子供の頃の俺は随分と周囲から虐められていた。

俺の内向性はその頃の不愉快な体験の数々によって形作られたのだと思う。

大抵の苛められっ子がそうであるように、俺もインドア趣味に逃げ込んだ。

モンスター模型を作ったりパズルゲームに没頭したり、■○▲にねだって絵巻物を読んで貰ったり。

そんな当時の俺が夢中になったのは異世界を冒険する絵巻物だった。

冴えない凡庸な子供が、異なる世界では英雄になって皆から敬愛されるという趣旨の物語である。

今思えば現実逃避以外の何物でもないのだが、異世界絵巻物だけが当時の俺にとっての逃げ場だったので仕方ない。

後に自分自身がそのジャンルで大家となる位には熱心に読み込んだ。

異世界に行けるなら死んでも良いとさえ思っていた。



「…オッサンの赤裸々トークを聞かされても苦痛なだけなんですけど、それは…」



『それでさ、私は体格も小さくて気が弱かったから…

乱暴者達の格好の標的だったんだよ。

いつも逃げるように家に駆け込んでは、■○▲にしがみついて泣きじゃくってたなぁ。』



「公王様。

トラウマを吐き出してアンタは多少スッキリするのかも知れませんけど、ボクはただひたすら不愉快なんですけど、それは…」



『まあ、それくらい異世界に依存していたんだ、当時の私は。』



「そないでっか。

ボクはアンタの根暗トークの所為で、これからの人生で異世界コンテンツを楽しめなくなりましたわ。」



『ごめんなー。

転移経験者のゲコ君なら、私の鬱懐を少しは理解してくれると思ったんだ。』



「あ、はい。

オッサンの自分語りがキショいって抗議なんですけど、もうええわ。

で?

どないでっか?」



『ん?

どうとは?』



「待望の異世界に来た感想を聞かせて下さいよ。」



『いやー、どうだろ。

感想も何も任務だしねぇ。

プライベートで転移してたら、また違ったのかなぁ。』



「やっぱり仕事やと楽しめませんか?」



『いやいや、これは軍務だから。

楽しんじゃったら不謹慎だろう。』



「ほぅ、やっぱり公王様は軍人の鑑ですな。」



『えへへへ。』



「…皮肉で言ってるんで真に受けられても困りますけどね。」



『機嫌直してくれよぉ。』



「いやー、どうですかねー。

自分の故郷がこうやって侵略されてるのを見て、今後も平静を保つ自信が無いですわ。」



『ゲコ君も侵略軍の一員じゃない。』



「ええ、そこに腹を立ててるんですわ。

子供の頃のボクは無邪気に夢見とったんです。

地球に攻めて来る悪い宇宙人と戦うヒーローになる事をね。」



『あ、分かる。

ゲコ君って意外にハートが熱いよね。』



「まさか自分が悪い宇宙人の手先になって、こうして銃口を祖国に向けるなんて思いもよらないじゃないですか。」



そっかー、この若者から見れば俺は【悪い宇宙人】かぁ。

反論出来ないのが辛いよなぁ。



『ごめんなー。

本当はそのトルーパーにはニックが乗る予定だったんだけど…

ほら、アイツなんでも器用にこなすから。』



「ええ、巨大ロボに乗って悪い宇宙人をやっつける妄想もしましたわ。

親父がそういう作品好きですし。

物の見事に真逆の立場になってもーたけど。」



『まだ地球と戦争すると決まった訳じゃないよー。』



「ウェイン卿もカロッゾ卿もエミリー姐さんも《あの人》も、やる気満々ですけどね。」



『ごめんなー。

地球終わったかも知れない。

例え被害が最小限でも日本人は全滅する気がしてきた。

何か本当にゴメンね。』



「ええ、ボクも薄々それは感じています。


ただゴメンで済んだら憲兵要りませんからね?

そこはちゃんと自覚して下さいね。」



ニックのトルーパーには予備パイロットのゲコを乗せることにした。

技量は確認済みであるし、この男の性格を鑑みれば武器を持たせていた方が脱柵の確率が下がる。

要するに首輪の一種である。



「ところで公王様。」



『んー?』



「アンタのハーレムメンバーがさっきからギャーギャー騒いでますけど、アレ何とかして下さいよ。」



『…ハーレム?

何のことやら。

ここは単なる軍陣だよ?』



「まあまあ、そういうタテマエはええですから。

公王様が行って仲裁して下さい。

皆が迷惑しとるんですわ。」



『うーん、ちょっと今は手が離せないなぁ。』



「寝転がってるだけですやん。」



『これも立派な監視業務だよ。』



「ああ言えばこう言うオッサンやな…」



『こう見えても昔は、ああ言えばこう言うクソガキだったんだよ。』



「月日の流れは残酷ですなー。」



『ホントホント。』



「で?

これからどうしはるんですか?

このままやと一斉攻撃食らいますよ?

何か対策立てて貰わな…」



『もう済ませた。』



「?」



『事前に君に教わっていて正解だったよ。

地球人は、戦闘の際に必ず上空からの攻撃を起点とする。

いやぁ、予習って本当に大事だね。

ぶっちゃけ空軍さえ使われなきゃ、ワンサイドゲームで我々が勝てるしね。』



「えー、ちょっと待って下さいよ。

こっちの空軍消しちゃったんですか?」



『いやいや、私の視野角内に入ってきたものだけだよ。

100機までは数えてたんだけど、途中で面倒になった。』



「…消せるのは目視した分だけって言ってたやないですか。」



『でも私、ずっと仰向けに寝てたでしょ?

視界の延長線上には成層圏も含まれてる訳じゃない。

じゃあ、それも目視の範疇じゃない。』



「その言葉遊びスキル、卑劣にも程がありますよ。

大体、日本人には手を出さんって約束やったやないですか!」



『正当防衛の範疇だよぉ。

流石に航空自衛隊は諦めて。』



「いやいや、彼らこそが我が国の防衛の要ですから!

安い機体でも100億するねんからポンポン消されても困りますわ。」



『でも、万が一攻撃されたらカロッゾとノーラに開戦の口実を与えちゃうよ?

2人共素知らぬ顔をしてるけど、召喚パスを絶対に開いてるから。

口では否定してるけど自分の軍団を呼び出す気満々だから。』



「いや、それは困るというか…

確実に日本人が皆殺しにされてまいますやん。」



『うん。

そうならないように私も善処してるんだ。

航空自衛隊の犠牲に関しては善処の範疇ということで。

後、日章旗が掲揚されてない型番の航空機も全部消してるから。』



「ガイジンに関しては何匹死んでもノーカンでええですよ。」



『突入前に君がイラストで説明してくれたステルス爆撃機?

個性的な形してるから印象に残ってる。

あれ高いんだったっけ?』



「2000億円くらいですかね。」



『ウェンで言ってくれないと分からないよ。』



「2000億ウェンくらいとちゃいます?」



『うっわ、マジ!?

ゴメンゴメン。

もう20機は消してると思う。』



「いや、日本はステルス爆撃機持ってないんで。

それはOKとしましょう。」



『ほっ。』



「アメカスやら露助やらが死ぬ分には全然歓迎ですよ。

でも空自は消さんとって下さいね。

ボクらの血税でまかなってるんですからね。」



『善処するよ。

後、報告しておくと静止軌道上からこちらをサーチしていた衛星も消した。

これもゲコ君の情報提供あってのことだ、ちゃんと借りは返す。』



「日本の衛星だけ残して貰えませんかね?」



『悪いけどコレ、軍事行動だから。』



「ですよねー。

で?

衛星は何機くらい消滅させたんですか?」



『数えてないなー。

私の領空に勝手に入って来て、勝手に消えてるだけだから。』



「えっと、そこは我が国の領空・領宙なんですけど?」



『そっかー、じゃあ私を倒して取り戻すしかないね。』



「アンタを倒してもーたら、キチガイ共が発狂しますやん。

責任取って下さいよ!」



『流石に自分の死後までは、どうにもならないよ。

キチガイ共の駆除はゲコ君に一任するわ。』



「いやいやいや!

あんなマジキチ軍団をボク如きがどうこう出来る訳がないじゃないですか!

公王様が存命の間に殺処分してくれな困るんですよ!

立つ鳥跡を濁さずと言うやないですか!」



『じゃあ、私の生存を祈っておいてよ。

一応こっちは穏健派なんだから。』



「うーん穏健派ねえ。

公王様もねー。

そこはどうかなー。

本質的にはノラカロと大差ないと思いますけど。」



『えー、流石にあの2人よりはマシだよー?

私は大魔王さえ保護出来れば、地球に追撃する意図はない。

これに関しては確約する。』



「いや、公王様がトイチ君を確保した瞬間に、総大将が殺人鬼に切り替わりますやん。

あの小弟女、絶対に機甲師団を全機地球に投入する気ですよ。

アレを何とかして貰わな困りますよ。」



『いやいや、私はあの人に生涯全敗してるから。

首長国でお姫様やってた頃から別格だったからね、あの人。』



「公王様が勝てへん相手から、どうやって祖国を守れと言うんですかね?」



『うーん。

ゴメン、私では思いつかない。』



「ちょっと真面目に考えとってくれませんかね?」



『あ、うん。

善処しとくね。』



「心の籠もってない回答やなぁ。」



『私、自分が粛清される恐怖でいっぱいいっぱいなんだよ。

ほら、遠征の直前までウェイン卿に拷問されてたじゃない。』



「あれは世論へのポーズやなかったんですか?」



『最初は私もポーズであることを微かに期待したけどさ!』



「ええ…」



『ニック共々、憲兵総監直々のガチ拷問をされたよ!

あああ、トラウマが蘇るッ!

大体ッ!

満身創痍の私を見れば、どれだけ酷い目に遭わされたのか分かるでしょ!』



「あ、スンマセン。

てっきり、皆の同情を惹く為の大袈裟な被害者ムーブかと…

リスカ女的な文脈なのかなと?」



『被害者なの!』



「あ、はい。

構ってちゃんは全員そう言いますね。

大体、ウェイン総監はアンタの嫁やないですか。

尋問とか言うて、ホンマは夫婦でイチャついとったんとちゃいますの?」



『工業用ハンマーで膝の皿を粉砕された(号泣)!

ずっと脚を引きずってるんだから誰か気付いてよッ!』



「そういうプレイでっしゃろ?」



『向こうはそうかもだけど、私にそんな趣味はない!!』



「まあ、ウェイン総監は見るからにアレですものね。

憲兵になる為に生まれて来たような人や。」



『他人事みたいに言ってるけど、統一政府が日本を接収した場合、ウェイン卿が駐屯軍の責任者になるんだよ?』



「う、うわあああ!!

そ、それは流石にッ!」



『私なりに配慮はするけど。

自分の事で精一杯だから。

あの人達を宥めたいなら、ゲコ君が頑張りなさい。』



「いやー、ちょっと待って下さいよ。

ボク如きに何を頑張れと…」



『内々の話だけど、摂政親征もオプションに入ってる。

少なくとも、親衛隊のトルーパーにも長期戦用フレームが換装され始めていた。』



「あの人来はるんですか…

異世界悪虐オールスターやないっすか。」



『摂政は元は1人で大魔王を奪還する事を希望していたくらいだからねぇ。』



「トイチ君…

キミは一体、どこにおるんや。」



『取り敢えず、君との協約に従って本陣は当面動かさない。

この場から地球人に大魔王の引き渡しを要請する。』



「原発に転移すると知っていたら、もう少し違う条件にしたんですけどね。」



『ねえ、ゲコ君。』



「はい?」



『定期的に飛来していた哨戒機が途切れてるんだけど?』



「そらあ航空戦力にも上限はありますから。

消し続ければいつかは在庫切れになるんとちゃいます?」



『ふーん。

まだ数百機しか消してないよ?

無意識に消した分も合わせれば1000機は越えてるかもだけど。』



「誰やねん、こんなバケモン連れて来た奴は。」



『それでさあ。

私が警戒しているのが巡航ミサイルなんだけど。

一向に撃って来ないね?』



「隣に原発ありますし、いきなりミサイル撃つのは政治的にかなり難しいんやないですか?

寧ろ、特殊部隊の夜間パラシュート強襲の方が現実的ですよ。」



『ああ、それは全部消した。

言わなかった?』



「ええ、初耳ですね。


…申し訳ないですけど、地球側への声明発表早めて貰えませんか?」



『えー、作戦計画ズレちゃうよ。』



「公王様。

今のところボクは契約を全て履行してます。

証言に嘘が無かったことも確認済ですよね?

そっちも筋を通して下さいよ。」



『…分かった。

じゃあ、前倒しするわ。

ブリーフィングを始めるから庵主様に連絡取って。』



「了解。」



…いや、ゲコの言い分も分かるよ。

そりゃあ俺だって*自国が滅ぼされた時は気が狂いそうなほど苦しかったもの。


*滅ぼしたのは統一政府定期


だから言ったんだよ。

俺1人を派遣してくれれば、事を荒立てずに大魔王救出に成功していたと。

多分1週間も掛からなかったんじゃないかな。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【魔王軍遠征部隊 戦略会議】


「出席者」


ポール・ポールソン  (総司令官)

ジミー・ブラウン   (副司令官)

ノーラ・ウェイン   (軍監)

カロッゾ・コリンズ  (後任司令官)

レ・ガン       (相談役)

ゲコ・ンゲッコ    (案内人)



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




ジミー

「はい、それでは皆さん。

そういう事で宜しいですね?」



ノーラ

「ボクはポールソンの方針なら何でも従うよ。

そもそも軍監である前に妻だからね。

()()()()()()()()()()()()()()貞淑な妻として控えているつもりだ。」



カロッゾ

「小弟は若輩者ですから…

ポールソン様に意見する気など毛頭御座いません。

()()()()()()()()()()()()()()、御意思に反することなどあり得ません。」



ジミー

「庵主様から何かありますでしょうか?」



レ・ガン

「公王が一々話を通したという事は、大方奇策を考えているのだろう。

【スマートホン】に関しては魔界でも噂になっていた。

どのみち地球では必須ツールらしいし、いずれ入手の必要に駆られただろう。

配信…

これは要するに公式声明を不特定多数の地球人に向けて発信したいという意味だね。」



ノーラ

「軍発表に関しては総司令官の専決事項だ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、現時点でこちらからは反対しない。

忠勇なるポールソン総司令官が魔王様の名誉を穢すような声明を出す筈がないからね。」



レ・ガン

「ゲコ坊。

入手はそこまで難しくないのかい?」



ゲコ

「スマートホンの契約には戸籍が必要になりますから、正規の契約は不可能です。」



ノーラ

「規約?

こちらの武力を見せてやれば、向こうから改善を申し出るだろう。」



ゲコ

「…そこまで大袈裟に事を運ばなくとも、地球人に対する声明発表でしたら貸与だけで十分事足ります。」



ノーラ

「…。」



ゲコ

「御安心下さい。

スマホなんて大抵の日本人が持ってるんです。

きょうび幼年学校生すら所持してます。

持ってへんのは、重度のお尋ね者くらいのモンですわ。

公王様なら簡単に入手出来ますって。」



カロッゾ

「先日も提言しましたが、高台からこちらを見ている地球人を幾らか捕獲させて貰えませんか?

10匹ほど捕らえれば何台かのスマートホンは手に入る筈ですし、運が良ければ大魔王の居場所を吐かせる事が出来るかも知れません。」



ゲコ

「…カロッゾ卿。

出征前の約束、守って下さいね?」



カロッゾ

「小弟は流血を好まないのですが、流血が小弟を好むのです。」



ゲコ

「…。」



カロッゾ

「…。」



ジミー

「お2人共、そこまで!!

会議の趣旨から逸脱しておりますぞ!」



ゲコ

「失礼しました。」



カロッゾ

「…。」



ジミー

「いずれにせよ!

本軍の総大将はポール・ポールソン公王です!!

作戦決定権も公王のもの!!

諸将には従う義務がある!!

そうですな?」



ノーラ

「ああ、一言一句違わずその通りだ。

ボクはポールソンに絶対服従するよ。

()()()()()()()()()()()()()()



ジミー

「それでは本作戦は皆様の賛同を得たものとして議事録に残します!!

軍監、カロッゾ卿も宜しいですな!?」



ノーラ

「…スマートホンの入手には反対しない。」



カロッゾ

「小弟はいつでもポールソン様に賛同しているのですが…

きっと行き違いでもあるのでしょう。」



レ・ガン

「意外だね。

2人は公王が少数行動を取る事に反対すると思っていた。」



ノーラ

「軍事的には非常識だよ。

でも、ボクはポールソンの実績を間近に見て来たからね。」



カロッゾ

「現にポールソン様の一機に小弟の精鋭部隊を壊滅させられたばかりです。

ブラウン宰相も、お見事な武勇でしたよ。」



ジミー

「…恐縮です。」



ゲコ

「宰相様!

ここで確認を取らせて下さい!!

本作戦は大魔王の救出を目的としたものなんですよね!?」



ジミー

「はい、本軍は大魔王奪還のみを目的としております。」



ゲコ

「日本人に対して攻撃を行った場合、大魔王に危害が及ぶ可能性がありますよ!!

それはお分かりですよね!?

また大魔王を連れ戻した後でも故郷が攻撃されてると知れば、摂政やダン陛下が不興を買う可能性が非常に高いです!!

ダン陛下の四天王職であるお2人には、この点を再度認識して頂きたい!!」



ノーラ

「…。」



カロッゾ

「…。」



ジミー

「総司令官閣下。

全員の賛同も得られましたので、地球人との接触作戦に関しては閣下が陣頭指揮を取られるということで。

本決定で宜しいですね?」



『皆様の御理解に深く感謝申し上げます。』



ジミー

「それでは諸将にあっては、議事録への署名をお願いします。」



ノーラ

「…分かった。」



カロッゾ

「…。」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「お疲れ様でゴザル。」



『ジミーこそお疲れー。

ゴメンな、しょーもない仕事ばっかり押し付けて。』



「拙者が自分で望んだ道でゴザル。」



『…すまないねぇ。』



「いえいえ。

それにしても地球人も災難でしたな。

来たのがポール殿お1人であれば、全てが円満に収まったものを。」



『今からでも俺1人でやらせてくれないかなー。』



「それ実質的に謀叛宣言。」



『だよなー。

世の中、上手く行かないことだらけだわ。

仕方ない、軍隊は我慢するわ。』



「などと言いながら、単騎運用作戦を提言する無道ぶりよ。」



『だってオマエラが来たら絶対に現地人と揉めるもん。

マシなのは絵巻物教養のあるジミーくらいのものだよ?』



「まあ確かに。

ポール殿の著作を全履修済みなのは拙者くらいのものですからな。」



『と言う訳で、自著を再現して来ます。』



「まさかあれだけ笑いものだった【子供部屋おじさん著作集】が侵攻作戦の布石だったとは…

あの頃の誰が予想したでゴザロウか。」



『父さんが生きてたらなぁ。

《ほらね、俺の文芸活動もちゃんとお国の為になったでしょ。》

って言えたのに。』



「お国を滅ぼしたのが統一政府定期。」



『うん、何をどう足掻いてもあの人には合わせる顔ないなあ。

まあ、いいわ。

ポール・ポールソン出陣しまーす。』



「もう少し真剣な顔をなさって下さい。

皆が睨んでおりますぞ。

ほら、ウェイン卿…」



『うわぁ、あの拷問の日々がフラッシュバックする…


ん? エミリーは?

こういう時、一番騒ぐと思ったのに。』



「営巣でゴザル。」



『《あの人》も居ないねえ。』



「《あの人》もついでに営巣でゴザル。」



『なんかやらかしたの?』



「どうせ罪を犯すでしょうから事前逮捕しておきました。

どのみち犯罪者ですし刑法上は問題ありません。

ウェイン卿にも違法性がない旨の確認を取ってます。」



『ああ、法律で決まってるなら仕方ないね。

あー、スッキリした。

じゃあ、行って来るわ。』



「御武運を。」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



はい。

と言う訳で、ようやく塹壕から出れました。



『ハァー。』



思わず溜息が漏れる。

久し振りに1人になれた。



『あー、しんど。』



愚痴もこぼれる。

うん、道は悪くないな。

舗装はアスファルト式かあ。

と言う事は聞いていた以上に車両技術が発達した文明なのだろう。


問題は…

地球人の道路って幅がトルーパーの機体サイズにジャストフィットしているんだよなあ。

しかもこの硬さは高機動機体と極めて相性がいいのだ。

その証拠に初日、カロッゾは地球道路を見た瞬間に慌てて口元を隠した。

垣間見えたは嬉しそうな盗み笑い。

あの顔はジェノサイドを計画している時の顔なのだ。



『駄目だなあ、俺。』



若い頃の俺はもう少し正義感や義侠心を備えていた気がする。

いや年齢ではないな、立場だ。

分不相応な立場が俺の心身を拘束して下らない人間に成り下がらせている。


だから言ったじゃない。

俺が子供部屋おじさんしてるのは稼業を継がない為なんだって。

静かに暮らさせてくれれば、世界くらいはこっそり救ってやってたのにさ。



『ハァ。』



溜息混じりに周囲を見回す。

ジミーの水魔法の圏内ギリギリに来た所為か、目ざとい地球人が首を伸ばしてこちらを覗いている。

そりゃあね、突出して来た奴は全員消したからね。

迂闊には踏み込めないでしょ。


これは勘だが、彼らは偵察を航空戦力に依存し過ぎている。

例えば俺が初日に消しまくったヘリコプター。

必死で塹壕の直上を飛行しようと試みていた。

恐らくは真上から俯瞰図を作成してから動くのが彼らの作戦習慣なのだろう。



『…それを封じられたら、そりゃあ逡巡するだろうな。』



呟きながら俺は野次馬を1人1人観察している。

ゲコの情報が確かなら、発信行為は一台あれば十分とのこと。


…となればだ。

交渉を持ち掛けるのは1人で構わないし、その1人の人物像こそが地球人の我が軍への印象となる。


なので組織人は不要。

彼らは必ずバイアスを掛けようと細工する。

色々インターセプトしようとする。

地球人の為にならない。



『…驚いたな。』



思わず目を剥いてしまう。

俺達の塹壕のすぐ傍にある民家。

信じ難いことに中にまだ人影がある。

遠目にだが男に見える。

普通、避難とかさせるだろ。

いいのか地球人?

いや、それどころか機材のような物を俺に真っ直ぐ向けている。

ああ、アレがスマートホンなのか。

想像していたよりも小さいな。



『…。』



俺はゆっくりとその民家に近づく。

中に居た男と目が合った。

男は恐縮したように慌ててペコリと頭を下げる。

あの挙措、明らかに軍属ではない。

うん、彼にしよう。



『どうもー。』



窓に呼び掛けてから、玄関に気付く。

ああ、アレが大魔王の言っていたインターホンなる機械だ。



  「俺の団地以外は付いてたんですけどね。

  便利な仕組みですよ。

  俺は恩恵を蒙ってないですけど。」



ふむ、指で押すだけで良いのだったか。



「あ!

もしもし!」



『うお、びっくりした。』



そうなんだよ。

インターホンさえあれば部屋の中に居たまま来客対応出来るのに、大魔王の集合住宅にはそれが無かったから、何度も不利益を被ったと愚痴っていた。

そっかそっか、確かに便利だな。



『こんにちわー。

はじめまして、ポールソンと申します。』



「あ!

は、はい!

こんにちは!!


あ!

そっち行きましょうか!!!」



『あ、いえ。

小雨も降りそうなので、別に気を遣わなくていいですよ。』



「いえいえいえ!!

だったら尚更ですよ!!

今、そっちに行きますね!!」



俺は首を捻る。

《そっち》とは?

家屋から出て来るということか?


うわっ、本当に出て来た!

頭おかしいんじゃないか?

ここに居るのがノーラだったら拷問されて惨殺されてたぞ、キミ。



「あ!!

は、はじめまして!!!」



『あ、どうも。

はじめまして。』



「あの!!

最初に確認させて下さい!!!

ロシア軍の方では無いのですよね?」



『ええ。

ロシア共和国の存在は聞き及んでおりますが、特に我々とは関係ありません。』



「もし違っていたらゴメンさない。

…い、異世界とかそういう関連の方ですか!?」



『ほう。』



いやあ、本当に驚いた。

初手でアタリを引けるとはな。

ほらね、軍隊なんて足手纏いでしょ。



『私にとってはこちらが異世界なのですが…

まあ概ねそんな所です。

私、ポールソン大公国から参りましたポールソンと申します。』



「ああ、それはそれは御丁寧に!!

私は井出原と申します。」



『イデハラさんですね、丁寧なご挨拶痛み入ります。』



「あの!

汚い家なんですけど、良かったら上がられます?」



『え?

宜しいんですか?』



やはりこの男は頭おかしいんじゃないか?

ここに居るのがカロッゾだったら拷問されて惨殺されてたぞ。



『あ、じゃあ。

差し支えないのであれば。』



「あ、恐縮です。

どぞどぞ。」



『あ、どもども。』



イデハラの自宅は典型的な労働者住宅だった。

本来、人を招く機能は備わっていない。



「いやあ、スミマセン。

親の葬儀から全然掃除してなくて。

参ったなぁ、ポールソンさんが来られると分かっていれば、もう少し綺麗に掃除していたのですが。」



『ああ、いえいえお構いなく。』



「あの、これはビールという飲み物。

これはコーラという飲み物…」



『あ、ビールなら祖国にもあります。』



「あ、そうでしたか。

お口に合うなら幸いなのですが、どうぞ。」



『ああ、これはこれは。

イデハラさんは実に心配りが出来る方です。

私も見習いたいものですな。』



「いえいえいえ!!

私などは昔から何をやらせても不出来でして。

親族や近所からは《親の失敗作》と呼ばれております。」



そっかあ。

キミもそう呼ばれているのかぁ。

ソドムタウンも異世界も大して変わらないじゃないか。

また1つ感動が薄れてしまった。


…やはり異世界転移は若いうちじゃないと駄目だな。

【魔王軍遠征部隊】



『ポール・ポールソン』 


大魔王救出作戦総責任者/魔王軍総司令官・公王。

ポールソン大公国の元首として永劫砂漠0万石を支配している。

万物を消滅させる異能に加えて、アイテムボックス∞を隠し持っている。



『ノーラ・ウェイン』


軍監/四天王・憲兵総監。

ポールソン及び後任者のカロッゾの監視が主任務。

レジスタンス掃討の功績が認められ、旧連邦首都フライハイト66万石が所領として与えられた。



『カロッゾ・コリンズ』


地球クリーン作戦総責任者/四天王・前軍務長官。

本領は自らが大虐殺の上に征服した南ジェリコ81万石。

旧名カロリーヌ。



『レ・ガン』


元四天王・ポールソン大公国相談役。

市井のゴブリン女性であったが、親族が魔王職に就任したことを切っ掛けに駐ソドムタウン全権に任命された。

魔界の権益保護の為、統一政府に様々な協力を行っている。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



魔王軍創設譚については別巻にて。

https://ncode.syosetu.com/n1559ik/

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― 新着の感想 ―
親の失敗作はまだ逃げてなかったのか 反社配信への出演フラグが立ったかな
大魔王の身柄要求はわかるけど、ヒルダは…清掃しちゃうからいいのか ヒルダはヒルダでウクライナ人自称してるから大変そうだした
ファーストコンタクトが井出原氏とは! ここから、繋がるのかな。 目的は、奪還で一致しているが、その先が不透明過ぎる。
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