【転移28日目】 所持金134億5500万ウェン 「所詮国なんて女資源を占有する為の道具だしな。」
当たり前だが飽きた。
毎日毎日、窓を閉め切った馬車に揺られるのである。
飽きない方がどうかしている。
問題は…
《飽きはしたが、そこまで苦痛ではない。》
ということだ。
原因は明白。
カネが増えているからに他ならない。
俺の場合は経験値も連動して増えている。
ついでに、実にどうでもいい事だがポーションも勝手に増えているのだが、管理はコレットに一任してあるので、よくわからない。
『2人ともゴメンな。』
「どうして謝るの?」
『退屈だろ?』
そういうと母娘はクスクス笑いだした。
何がおかしいのか不思議だったが、2人は俺を抱きしめたまま身を揺らして笑い続けた。
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当たり前だが、馬車旅が始まってからは彼女達とセックスはしていない。
馬車をギシギシ揺らしたら、いい御身分の人間が乗っていると周囲に教えているのも同然だし。
何より護衛団の士気が下がる。
だってそうだろう。
例えカネを貰っているとしても、自分達が男所帯の狭苦しさに耐えながら命を懸けている状況で、雇い主が退屈しのぎにセックスをしていたら…
少なくともうんざりはするだろうな。
会話する時も、殆ど声は上げない。
楽しそうにしていたら護衛が妬むかも知れないし、辛そうにしていたら護衛が勘繰るかも知れない。
コイツラにさえ裏切られなければ、ほぼ勝ち確(逆も然り)なだけに護衛団とのヒューマンエラーだけは絶対に避けたい。
何より、敵がどこにいるか分からない以上、本陣の場所は最後の最後まで特定させてはならない。
それ位、母娘と俺は静かなので。
護衛団が気を遣ってちょくちょくと様子を伺って来る。
酸欠や虫害等で3人共倒れているのではないか、と危惧されてしまうのだ。
カネ払いの良い雇い主に勝手に死なれたら困るだろ?
俺が彼らでもチョットは焦る。
そういう物分かりの良い貨物を心掛けているので。
小休止の際、珍しくダグラスが褒めてくれた。
「見直したよ、コリンズ。
前にオマエを《弱い男》と言ったが…
あの発言を撤回する。
オマエは《敬意に値する男》だ。
少なくとも俺はオマエの年齢の頃。
そこまでの境地には達していなかった。」
ここまで真正面から賛辞を述べる男ではないと思っていたので、素直に感激した。
生涯最高に嬉しい。
誇張でも皮肉でもない。
生まれてきて良かった、と思った。
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いつの間にか草原を抜けていた。
《大草原》という触れ込みだったので、少し拍子抜けする。
見渡すと小奇麗な田園地帯である。
神聖教団が王国から借金のカタに接収した肥沃な農業地帯。
キッチリ自治権も確保済である。
キーン曰く、ここもかつては草原だった、とのこと。
そう、王国との協定には草原の保全も含まれていたのである。
坊主共が牧草地に鍬を入れ、勝手に農地に変えたのだ。
神聖教団はひたすら農奴を搔き集めて、屁理屈をこねて遊牧民の居留地を鍬で侵略し続けている。
坊主は農奴が大好きだ。
だって、そうだろう。
職業柄、牧童よりも農夫の方が騙されてくれ易いからな。
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小休止の際に、キーン・カインに来て貰って打ち合わせ。
昼頃に着くであろう教団自治区の中枢部。
ここでスキルから生まれたミスリル貨を、俺自身に紐づけられるかをキーンに試して貰う。
一応、規則に従いミスリル貨に人差し指を置き、登録を試みる。
俺は話に夢中で見逃したのだが、触れた瞬間に軽く光ったらしい。
両名曰く、「楽観はするべきではないが、登録出来たのではないだろうか?」とのこと。
そのまま中枢部に着くまで3人でカネの話をする。
カネカネカネカネ、金かねカネ兼ね貨ねカネ、可ね。
正直、楽しい。
君も思わないか?
カネ儲けの話って、何でこんなに脳が活性化するんだろうな?
銭儲けの相談って、何でこんなに時間を忘れるんだろうな。
いや、忘れるよ。
だってもう中枢部に着いたもの。
『なあ、俺って。
そんなに話し込んでいたかな?』
母娘はただ上品に微笑むだけである。
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教団自治区中枢。
宗教施設っぽい巨大な尖塔が無数に立っていた。
どこをどう比較しても王都よりも遥かに繁栄している。
通りを行きかう荷馬車の数。
色彩豊かなタペストリー。
商店の軒先に並ぶ豪奢で珍奇な嗜好品。
それらを掻き分けるが如く勢いで、でっぷりと太った僧服の集団が肩で風を切って歩いている
坊主共が身に着けている派手な貴金属製の装飾品を見た瞬間。
脳が納得してしまった。
王国は既に滅び終わっていて、今まさにその残骸を坊主共が貪っている最中なのだ。
別に王国には何の義理も無いのだが、妙に感傷的な気分になった。
逆に母娘は、この光景を見て何も感じないようである。
それどころか胸を痛めている俺を心底不思議そうな表情で眺めている。
きっと男と女では国家観が異なるのだろう。
まあ、所詮国なんて女資源を占有する為の道具だしな。
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金融機関もやたら活気付いている。
メイン客は当然坊主。
みな一様に恰幅が良い。
投資信託や不動産投機の話題で大いに盛り上がっている。
最近は王国国債の売り浴びせが熱いらしい。
俺が足を踏み入れた金融機関にも、《王国国債の乱高下で大儲けセミナー》のポスターが貼ってあった。
結局、キーンの勧めもあり口座を作ることにした。
幾ら入金するかを思案する。
最悪、この先引き出せなくなる可能性も考えて大金を預ける訳には行かない。
『ねえ、御二方。
この場合、幾ら預金するべきだと思いますか?』
「コリンズさん。
あくまで、目的はミスリル貨を紐づけられるか否か、なので。
その事はお忘れなく。」
『では、10億ウェンをミスリル貨で預けますか?』
「…いや、そのミスリル貨は《例の奇跡》で授かったものでしょう?
取引履歴の無い者が、いきなり預けようとして問題が発生したら…
それこそ大騒ぎになります。」
『た、確かに。
俺もそれが一番不安なんです。
そもそも金融機関が正規のカネとして認識してるか否かを。』
「ですよね?
なので、まずはワンクッション置きましょう。
大白金貨のみで10億ウェンを預金するのです。」
『…はい。』
「で、一旦10億の口座を作ってから。
追加でミスリル貨を何食わぬ顔で預金申し出てみて下さい。
万が一、貨幣に問題があったとしてもですよ?
《実績ゼロの人間》と《既に纏まったカネを預けている者》
同じ扱いにはなりますまい?」
キーンの提案はもっともである。
俺は見た目も幼い(まだ高校生だしな)し、風貌も垢抜けない。
こんな俺がいきなりミスリル貨を出して、しかもそれにエラーが発生した場合、ロクな結末を辿らないだろう。
逆に正規の通貨で纏まった額の預金を予め行っていたら?
仮に問題があったとしても、多少の手心は加えて貰えるのではないだろうか?
全額没収されたとしても、せいぜい20億の出費で済むし、それで今後の対策を練れるなら安いものである。
「どうもー、いつもお世話になっております。」
そう言ってキーンはIDカードのようなものを窓口のお姉さん(何故か全員セクシー系)に渡す。
数秒してから
「こ、これはキーン不動産様!
いつもありがとうございます!
すぐに支店長を呼んで参ります!」
という、まるで富豪のような反応を受けた。
「コリンズさん。
私の預金額は大したことないよ?
ただ、不動産屋って結構頻繁に資金を動かすし
何より大口の客を紹介する機会が多いからね。
それで分不相応な待遇をされるんだ。」
キーンは謙遜しているが、行員たちの反応を見ている限り、大したことなくないだろう。
少なくとも俺への預金だけで82億ウェンがある上に、世界各国に不動産を保有しているのだから。
「はははw
あれは会社名義だから、キーン家の資産には計上出来ないよww」
その謙遜もおかしい。
ならキーンは世界中に不動産を保有するような巨大企業を保有している事になるのだから。
「キーン様、いらっしゃいませ。
本日はどのような御用件で御座いましょうか?」
『今日は友人を連れて来ました。
彼は取引先でもあります。
新規口座の開設の件で。』
「いつもお気遣いありがとうございます。
御友人様、当行は貴方を大歓迎致します。」
人当たりの良さそうな笑顔を浮かべる支店長。
眼が全然笑ってなくて怖い。
『コリンズです。』
余計な事を言わずに10億ウェンを机の上に置き、口座を作らせる。
俺は発言を最小限に絞り、キーンが殆どの受け答えをする。
尊大な態度を取っていると誤解されたくないので、おとなしくペコペコしておいた。
ニコニコ金融とは少し雰囲気が異なる水晶球に手を触れて登録する。
「最近、頻繁な借入実績がありますねえ。
しかも全て無利息返済されておられます。」
俺は妙に感心する。
この世界、後進的な未開世界だと思っていたが、地球のネットワークにも劣らないじゃないか。
「待合室に座っている、もう一人の友人グランツの会社ですよ。
王国側が貸出実績の不足を内々に指摘してきましてね?
ここのコリンズ氏が一肌脱いであげたのですよ。
おかげでグランツは小役人から付けられた因縁を何とかかわせたのです。」
「なるほど、ニコニコ金融さんですね。
先代には私の入行時にお世話になりました。
では、あの方は息子さん?
ああ、確かに
面影ありますねえ。」
世の中狭いな。
いや、違う。
カネを持ってる人間って絶対数が少ないから、豊かになればなるほど世界が閉ざされてくるのだ。
じゃあ、俺が世界一の大富豪になったら…
世界はどれだけ閉じてしまうんだろう?
「お待たせしました!
こちらコリンズ様の御口座カードです。」
『あ、どうも。』
適当に挨拶して打ち合わせ通りに一旦席を立つ。
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支店長がカインと挨拶を交わしている。
「お父様には可愛がって頂きました。」
などと聞こえて来る。
カインは苦笑しつつ大人の応対している。
その話が終わってから、カインに合流する体で支店長に近づいて、キーンが一言。
「ああ、コリンズさん。
あのミスリル貨も、もう預けちゃいます?」
当然、支店長が目ざとく顔を寄せて来る。
「ご預金でしょうか?」
「ええ、彼が冒険者関係の遣り取りでミスリル貨を入手した事があったんですよ。
それでまだ手元にあるので。」
「ぼ、冒険者で御座いますか?」
「彼の養子先が近隣に鳴らした冒険者でしてね。
彼自身も1日に100匹を討伐した猛者です。」
「ひゃ、100匹!?」
『兎ですよw』
冗談めかして笑うと、支店長の雰囲気も和んだ。
「コリンズさん、持って来てます?」
『ええ、一応。』
「預金が可能ならこちらも預かっておいてくれませんか?
駄目ならそのまま我々の不動産取引に使いますんで。
今度、こちらのコリンズさんが自由都市の富裕区に家を買って下さるんです。」
「ふ、富裕区にですか!?」
支店長が羨望の眼差しで俺を見る。
この会話はミスリル貨が通用しなかった場合の保険でもあるのだが…
さあ、どうなる。
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俺達がミスリル貨を支店長に渡し回答を待っていると、不意に声を掛けられる。
不正扱いされたのではないかと怯えるが、声を掛けて来た男は僧服姿で、どうやら行員ではないようだ。
「はじめまして、富める方。
遣り取りが面白かったので、つい声を掛けてしまいました。」
背が高く眼窩の窪んだ男だった。
着ている僧服も豪奢で、高位の聖職者と見当がついた。
こんなゴージャスな僧服を着ているのは、俺を召喚した司祭くらいのものだ。
「私はこの教区に勤めている司祭のバルトロと申します。」
『!?』
聞き覚えのある名前が出たので、思わず反応してしまう。
「あの、どこかでお会いしましたか?」
『あ、いえ。
王都に住んでいた頃、司祭の方が名前を挙げておられましたので…』
「…フェリペ。」
一瞬、バルトロの表情が憎しみに歪む。
犬猿の仲とはよく言ったものだ。
「彼と…
…その、懇意に?」
『ああ、いえ。
ポーションを売りに来られて。
こちらも断れず…』
そう言った瞬間、バルトロ司祭が身体を揺すって哄笑し始めた。
「それは災難でしたなwww
あの男はねぇww
昔から、他人に寄生するしか能のない男なんですよww」
かつて両名の間に何があったのだろうか?
いずれにせよ、コイツラ2人のどちらかが出世して、より大きな権力を握るのだ。
気が重くなるよな。
心の底からどうでも良い事なのだが、2人のうちどちらかが世界で8席しかない司教の座に着く。
これは相当巨大な利権が伴うポストらしく、この選出戦は毎回凄惨な経緯と結末を演出するらしい。
コイツラがポーションだの免罪符だのを必死になってセールスするのも、人事が上納金の多寡で決まるという糞システムを教団が採用しているからである。
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普通にミスリル貨は登録出来て、20億ウェン分の預金証書もちゃんと貰えた。
だが、その後笑顔で纏わりついて来たバルトロ司祭に免罪符を無理矢理買わされた。
10億ウェンの最高額免罪符を銀行引き落としである。
早速、残高が半減する。
「おおおお!!!!
コリンズ様!!!
貴方は忠実なる神の僕!!
全ての羊たちの模範です!!
貴方には!!
《ファウンダーズ・クラウン・エグゼクティブ・プラチナム・ダイアモンド・アンバサダー信徒》の称号を授けましょう!!
いやあ!!
めでたい!!!」
この世界に来てから坊主にはロクな思い出がない。
会った途端に追放されたり、会った途端にカツアゲされたり。
テメエら、報復はきっちりするからな!!
帰り際、ブスっとしている俺の肩を馴れ馴れしくバルトロが抱く。
どうやら彼の目には、俺が感激のあまり放心してしまっているように映るらしい。
オマエ、さぞかし人生が楽しんだろうな。
「コリンズ様
これで出世レースの勝利は決まったようなものです!
いやあ、この出会いを神に感謝!!
ふふふ、フェリペ如きには負けませんよww
私が司教の座を手に入れた暁には、クフフフww」
最後にバルトロは意味ありげにウインクしてから去っていった。
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【所持金】
137億0000万ウェン
↓
117億0000万ウェン
※20億ウェンをバベル銀行に預金
※直後に最高額免罪符を10億ウェンで購入
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しばし呆然としてから、猛烈な後悔に襲われる。
俺はあんなクズの出世を助けてしまったのだ。
10億ウェンあればどれだけ多くの人間を助けてやれた?
聞けば遊牧民の物売りはたった37万ウェンの物資を買ってやっただけで涙を流して喜んだらしい。
その報告を思い出し、急に胸が痛くなる。
ああ、これが罪悪感という感情なのだろう。
俺はさっき、明白な邪悪に加担してしまった。
世界には無数の困窮者が居るにもかかわらず、自分がそちら側の出身であるにも関わらず…
あちら側に君臨する邪悪に加担してしまった。
あの10億ウェンを使って教団は何をするのだろう?
決まっている、更に牧草地を遊牧民から奪って高い囲いのある美田を広げ続けるのだ。
今、俺は邪悪に加担してしまったのだ。
精神的な疲れもあったのか、俺は少しふらついてベンチに座り込んでしまった。
2人が心配して介抱してくれる。
歩いて馬車まで戻ろうとしたが、脚に力が入らなかったので肩を貸して貰った。
馬車に戻った俺は母娘に背中を向けて眠った。
暗闇の中で、ずっと俺は下を向いて溜息を吐いていた。
あれが夢だったのか現だったのかは覚えていない。
【名前】
リン・トイチ・コリンズ
【職業】
流浪のプライベートバンカー
【称号】
ファウンダーズ・クラウン・エグゼクティブ・プラチナム・ダイアモンド・アンバサダー信徒
【ステータス】
《LV》 15
《HP》 (4/4)
《MP》 (2/2)
《腕力》 1
《速度》 2
《器用》 2
《魔力》 2
《知性》 3
《精神》 2
《幸運》 1
《経験》 268723
次のレベルまで残り56373ポイント。
【スキル】
「複利」
※日利15%
下6桁切上
【所持金】
所持金134億5500万ウェン
※カイン・R・グランツから12億ウェンを日利2%で借用
※ドナルド・キーンから82億ウェンを日利2%で借用
※バベル銀行の10億ウェン預入証書保有