【遠征日誌01】 放射線
あまり好ましく無いことなのだが、最近の俺はすっかり戦争慣れしてしまった。
若い頃は知らない土地に着くとまず名物や景勝を楽しんだものだが、今は進軍ルートや布陣可能箇所しか視界に入らない。
どうやら、いつの間にか俺は少年の日に最も憎悪した人種に成り下がっていたらしい。
「ポール殿、やはり周囲にニックの姿はありません。
もう捜索隊を出すしかないでゴザル。」
『…駄目だ。
守備陣形への移行を最優先する。』
「…承知しました。
後任の旗奉行には誰を任じますか?
ニックの代わりなど務まる者はおりませんぞ。
一旦ロベールを本営に戻しますか?」
『いや、ロベールには引き続きトルーパーの起動指揮を執らせろ。
各部隊には俺が直接指示を出す!
ジミーは俺の代理で本営指揮。』
「承知ッ!」
ポールソン大公国軍は多種族の寄合所帯である。
だからこそ部隊間の連動を統括する旗奉行の重要度が他家とは比較にならない程に大きい。
故に俺はこのポストを義弟ニック・ストラウドに任せ、彼も重責に応え続けてくれたのだが…
まさか任地到着と同時に行方不明になるとは…
最重要ポストを属人化してはならない事は俺も重々承知していた。
言い訳する訳ではないのだが、ニックが優秀過ぎて後任の選びようが無かったのだ。
(若く利発な上に姉が魔王の乳母という権威性まで備えている。)
なので、ついつい義弟の精勤に甘えていたのだが、この予断を許さない状況で裏目に出てしまった。
やはり横着は駄目だな。
諸隊への指示は俺が直接出すしかあるまい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【ポールソン兄弟】
血縁関係はないが、俺の3人の義弟である宰相のジミー・旗奉行のニック・槍奉行のロベールが我が軍の中核である。
御一新前から気の合う連中ではあったが、まさか地獄の道連れになるとは思いもよらなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『各部隊ッ!
点呼は完了しているな!?
リャチリャチ族、全員揃ってるか!?』
「はい、先程点呼完了しました!
欠員ありません!!
駱駝も全頭到着しております!」
『よし!
駱駝を連環し黙らせろ!
ゲルは中央に展開!』
「はっ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【リャチリャチ族】
古来より砂漠に住む少数民族。
砂漠気候に適応する為か極めて奇異な身体的特徴をしている。
特に砂岩の様に荒れた肌は根強い差別の一因となっている。
帝国が統一政府に吸収される過程でポールソン公国の管轄となった。
騎射と牧畜に長けていることから、伝統的に傭兵や隊商としての活躍が多い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『次!
ダークエルフ!
長老、スキルは使えるのだな?』
「はい!
現在闇魔法を展開中です!
この位置からでは分かりにくいかと思いますが、外部からは相当接近しない限り音と灯りには気付かれません。」
『…全スキルが正常に使用できるかを早急に確認して欲しい。』
「畏まりました、公王様。」
『夜が明ける前に確認を済ませてくれ。』
「…承知しました!」
『スマン。
それ位に君達が今回の作戦の生命線なのだ。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【ダークエルフ族】
太古、エルフとの抗争に敗れ砂漠に逃れて来た種族。
違法薬物の密売などで猛威を振るった時期があり、有害種族として多くの地方で駆除対象に指定されている。
暗黒魔法なる独自の魔法技術を長年錬磨し続けて来た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「申し訳御座いません、公王様。
アネモネが居れば役に立てさせましたものを…」
『彼女は技術は確かなようだからな。
ただ、私としては長老が居てくれて助かっている。』
「おお、勿体ない御言葉です。」
『君達はやや疲労が目立っている。
メディカルチェックは念入りに行ってくれ。
エクスポーションの使用も許可する。』
遠征は体調不良との戦いである。
目的地が遠ければ遠いほど傷病者は増えるし、その把握は当然俺の仕事だ。
ポールソン公国は多種族の寄り合い所帯である為、種族差も考慮した綿密な健康管理が求められる。
術式を展開させ続けた事もあり、今回はダークエルフ達の疲弊が激しい。
『スプ男君。
オーク族はどうか?』
「最初、耳が少しキーンとしたんですけど。
今は大丈夫です。」
『トリケラは使えそうか?』
「ははは。
コイツらはいつも通りですよ。
相変わらず鈍感そのものです。」
『では手筈通りに。』
「ええ、ゴブリン隊が塹壕を掘り終え次第搬入します。」
『…なあ、スプ男君。』
「はい?」
『振り回しちゃってゴメンな。』
「安心して下さい。
俺は楽しんでます!」
『埋め合わせは砂漠に帰ったらな。』
「ええ、帰りましょう。
みんなで!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【オーク有志隊】
俺が魔界に立ち寄った際に現地採用したオークのグループ。
彼らが使役する畜獣・トリケラトプスと共に輜重兵として運用している。
他の3種族の合意を得た上で、王宮付近の地下空間をオーク居留地として提供中。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『庵主様。
お加減は如何でしょうか?』
「おや、公王様。
忙しいだろうに、こんな老醜なんかにまでお気遣い下さって。」
『…ゴブリン勢は我々の命綱ですから。』
「相変わらず乗せるのが上手いねえ。
昔から思っていたが、公王様は総大将に向いてるよ。」
『これからもそう思って頂けるように精進致します。』
「簡易壕は小一時間もすれば完成するよ。
こちらの判断で順次休憩を取らせるが、それで構わないね?」
『はい、シフトは庵主様にお任せします。』
「ねえ、旦那。」
『はい。』
「長生きをすると色々な体験が出来るものだ。」
『…。』
「旦那にも、もっと冒険を続けて貰いたいんだがね。」
『私の個人的な人生はもう終わりました。』
「ふふふ、どこぞの泣き虫と同じ事を言う。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【レ・ガン】
元四天王。
魔界ゴブリンの第一人者にして先々代魔王ギーガーの養母。
即ち大魔王夫妻の義祖母に当たる
三顧の礼を以て帷幕に加えた。
現在は遊牧ゴブリンの相談役を務めている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「公王様!!
先に横穴を掘りました!
駱駝とトリケラを入れましょう!!」
『ィオッゴ常務!
ペースが早過ぎないか!?』
「たまたま柔らかい地盤だったんです。
無理はしておりませんよ。
それより公王様!
トルーパーの武装を外してしまって本当に良かったんですか?」
『ああ、戦闘と交渉は全部私一人で行うから。
現地人を刺激しない振舞を意識して欲しい。』
「いやあ、どうでしょう?
トルーパーだのトリケラトプスを持ち込まれたら…
やっぱり刺激されちゃうんじゃないですか?」
『だろうな。
だからこそ、君達ゴブリン種が壕を掘ってくれて助かる。』
「…我々、命令があれば命を惜しまず突撃しますんで。」
『ふふっ。
すまないが今回の私の秘かな目標が全員を無事に帰す事でね。』
「全員の中には当然公王様も含まれておられるんですよね?」
『…。』
「じゃあ私の目標は公王様に無事帰還して頂くこととします!」
『やれやれ常務には敵わないな。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【遊牧ゴブリン】
砂漠で駱駝の遊牧を行っている種族。
帝国人が命名した種族名とは異なり、実際は殆ど遊牧をせず地下でキノコを栽培して暮らしている。
(ファッションが帝国内に居住する遊牧民に似ていたので、そう誤認された。)
太古に魔界ゴブリンから分かれた種族なので、一般的なゴブリン種とは風貌がやや異なる。
種族的な特性として非常に平衡感覚が優れており、トルーパー操縦への適性が高い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
各部隊に欠員はなし。
旗奉行のニック・ストラウドだけが行方不明。
どうする?
もうMIA認定してしまうか…
駄目だな、到着早々に幹部が欠けては軍の士気が保てない…
いや、それは違う。
ニックが居ないと俺が心の平衡を保てないだけだ。
「公王様。」
『ゲコ君か。』
「転移ポイントを特定出来ました!」
『うむ。』
「我々が降り立ったのは波倉稲荷神社なる宗教施設でした。
ここは日本国の福島県。
福島第二原発前です!」
『その表情からして重要拠点なのか?』
「日本人なら全員知ってる施設です。
原子力発電所と言って、一般的に危険とされる施設です。
以前、公王様に核兵器の話をしましたよね?
それと同じ原理で地球式のエネルギーを…」
『電気だろ。
地球人の主要インフラ。
大魔王も卜部君もその話をしてくれたよ。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【ゲコ・ンゲッコ】
大魔王の級友。
本人曰く、何にでも変身可能な【剽窃】なる異能を持っている。
ゴブリン種に変身したまま元に戻らないのは、魂胆があるのか愛着が湧いたのか…
頭の回転が速い上に万事にマメなので手元に置くことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「つまり軍事的に最重要施設なんです。
ここに軍隊を展開してしまったのはマズいですって。」
『私は大魔王のパスを手繰っただけだよ。
なあ、ゲコ君。
ここは大魔王の故郷なのか?
或いは仕事や学問で縁があった?』
「いやあ、そういう話はした事ないですね。
確かアイツの家系は瀬戸内方面やったんとちゃうかなー。
何でこんな場所に…」
『いや、私が大魔王を目指して開いたオーラロードの出口だ。
間違いなくここにリン・コリンズが居たんだ。
そしてここから彼は私と通信を行った。』
「ああ、公王様が死に掛けてる時ですよね。」
『スマン、私はいつも死に掛けてるから。
どのタイミングだったかな…』
「で?
その時、トイチ君は何と?」
『いや、それが聞いてくれよ。
私から助けを求めて通話したのに、大魔王も死に掛けてたんだ。
酷いと思わないか?』
「お、おう。
彼も起伏激しい人生歩んでますよね。
それにしても原発周りで死に掛けって…
アイツ何やっとんねん。」
『そう厳しい事言わないでやってくれよ。
大魔王なりに頑張ってるんだからさ。』
「いやぁ、あのボンクラが頑張るとロクな結果が出ないような…
まあええですわ。
トイチ君の話は一旦置いときましょう。
それより急ぎ報告が1つ。」
『ん?
何?』
「10年前、この付近は大規模な地震と津波に見舞われてます。
科学的な検証では否定されてるんですが、放射線が漏れていると噂されてます。」
『ふむ。』
「個人的には、そこまで健康への影響はないと思います。
現に周囲を見る限り住民も戻って来てますしね。
ただ、皆さん異世界勢にとっては極めて有毒な可能性があります。
大至急対策を…」
『今、終えた。』
「え?」
『放射線とやらが危険なんだろ?』
「あ、はい。
大量に被曝すると身体に多大なる…」
『今、全て消した。』
「え!?」
『いつも言ってるだろう。
私は不要な物なら何でも消せると。
断言しよう【清掃】は無敵だ。』
「…ほな妹さんのヒステリーを何とかして下さいよ(ボソッ)」
『なので放射線に関しては心配しなくて構わない。
全て消した。
さあ、作戦を開始するぞ。』
「あいあいさー。(棒)」
今となっては俺に茶々を入れてくれる者は貴重となった。
だからこそ、この軽口男の存在はありがたい。
それにコイツはマメだから重宝するんだよ。
文句を言いながらも俺の演台を持って来てくれたしな。
『忠勇なる兵士諸君!!
我々は遂に大魔王の故郷へと降り立った!!
出立前のブリーフィングでも話した通り、既に私は大魔王との通信に成功している!!
これは何を意味するか!?
そう、本作戦が雲を掴むような性質の物ではない事を意味しているのだ!
私は約束する!!
必ずや任務を完遂し、諸君らを愛する家族と再会させることを!!
諸君!
我が最愛の同胞達よ!!
進もう!!
祖国の輝かしい未来の為に!!
行こう!!
栄光のその先へと!!!
これより大魔王奪還作戦を開始する!!!』
そして俺達の戦争が始まる。
【魔王軍総司令官 ポール・ポールソン】
統一政府序列第2位の重鎮にして、世界最大の領土面積を誇るポールソン大公国の国主。
自身の乳母であったマーサ・ニューマンが魔王ダンの乳母頭を務めている為、魔王の乳兄弟にあたる。
魔王の世界統一事業においては政戦に渡って目覚ましい活躍を見せ、御一新の大きな原動力となった。
特に軍事面での功績は比肩する者がなく、広大な担当戦域をいずれも数日で鎮定している。
その圧倒的な征服速度から『国士無双』と称えられている。
性格は極めて獰悪であり、摂政に対して下馬の礼を拒絶する等の傲岸不遜な態度が問題視されている。
領内で古代遺跡の盗掘やトルーパー密造を行っているとの風聞もあり、政府にとっては極めて危険な存在である。
世界全体に深刻な危機を及ぼし得る程の邪悪なスキルを隠し持っていると噂されるが、その実態を探ろうした者全てが姿を消している。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔王軍創設譚については別巻にて。
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