【顛末記29】 SSS級賞金首
革命に多大なる貢献を成した者への待遇は往々にして二極化する。
革命幹部として社会の最上位層に迎えられるか、危険視され始末されるかである。
前者は間違いなくカロッゾとノーラ。
封建制打倒の功績を認められ前代未聞の大封を与えらた。
本人のみならず、その郎党団も破格の栄達を遂げた。
或る下士官に至っては娼婦の身から剣一本で伯爵夫人に収まったのだから、現代の御伽噺と言って差支えないだろう。
後者はグリーブやケルヒャー辺りが該当するであろうか。
あれだけ武功あって衆望も集めていたのに、よく分からない理由で殺された。
眼前の老人も後者寄りではあるが、粛清理由が喜劇的ではある。
「ワシさぁ。
コリンズ君が天下取ったから、安泰だと思ってたのね?
結構、彼の覇業にも貢献したつもりだったしさぁ…」
そこまで言ってアホらしくなったのか、老人は溜息を吐いて不貞腐れたように寝転んでしまった。
気持ちは分かる。
これが普通の革命政権なら、副王の地位を授けられていても不思議ではない存在だからである。
ミヒャエル・フォン・ミュラー。
大魔王リン・コリンズに全てを授けた男。
まず軍隊を率いて勝利を授けた。
次に統一政府の基礎ドクトリンである三公七民戦術を授けた。
無位無官であったコリンズに財政顧問の役職を授けた。
まさしく大魔王誕生の立役者である。
そして女遊びの奥義(妾宅や非嫡出子の運用)を授けようと画策していた事がコレット・コリンズに発覚して、SSS級賞金首となった。
つまり、ヒルダ・コリンズに対するそれと同等の殺意を向けられているのだ。
「幾らなんでも酷すぎね?」
『まぁ、正室から見れば側室遊びを唆す輩なんて、絶対に生かしてはおけないでしょうからね。』
「あーあ。
コリンズ君も酷い奴だよなー。
故郷に帰るんなら、ちゃーんと嫁も連れて行けよなー。」
『そこは同感ですね。
摂政と地球とやらで末永く幸せになって欲しかったです。』
カロッゾ領を大きく迂回して荒野を行軍していた俺達の前に仮面を被った奇人が出現した。
奇人は最初の2分間程は《ミュラー仮面》を名乗っていたが、日差しが強くなってくると仮面を脱ぎ捨て正体を明かした。
何とミュラー仮面の正体はミュラー翁だったのだ。
ミュラーは自分と同じく摂政に目を付けられている俺に親近感を持っているらしいのだが、俺としては賞金首に馴れ馴れしく話し掛けられるのは辛い。
あの森の向こうがすぐにカロッゾ領なのである。
奴に侵攻の口実を与える訳には行かないのだ。
なので、手短に話を打ち切りたかったのだが、当たり前のような顔でヒョコヒョコと軍列に加わってしまった。
『あのぉ、迷惑なんでそろそろ何処かへ行ってくれませんかね?』
「えー、ワシら仲間だろぉ。」
『いやぁ、ははは。』
参ったなー。
SSS級賞金首を陣中に匿ったなどと知られたら、粛清の口実となってしまう。
「ワシ、役に立つよー。」
『何の役に立つんですかー?』
「戦争とか登楼を指南出来る。」
『指南と言いましてもねぇ。
今の戦争は全部トルーパーですからねぇ。
売春宿なんて、概念ごと消滅しましたし。』
「最近の若い奴らは口を開けばトルーパーだよなぁ。
ワシの編み出した騎兵戦術を継いでくれる人材はおらんのかね?」
仕方ないだろ。
トルーパーは文明的だしカッコいいもの。
その横で馬に乗ってたら、自分が時代遅れになったみたいで恥ずかしいんだよね。
『うーん。
騎兵科自体が縮小の一途を辿ってますからね。
そもそも現役の騎兵連中でさえ、その殆どが機甲科への転属を申請してる有様なんですよ。
クレアの計算では、100年以内に騎乗文化は消滅するらしいですよ。』
「マジかー。
時代の変わり目エグ過ぎだろ。」
『旧時代の花形は大抵割を食いますよね。』
「ワシ、全人類で1番ワリを食っとるよ。
娼館もなくなっちゃったし。」
『見事に消えましたよねー。
まぁ、誰だって摂政に目を付けられたくないですからね。
仕方ないですね。』
「そこでワシはポール君に目を付けた!」
『えー、私ですかー。』
「ミュラー流の戦争奥義を全部授けちゃう。
これさえ修得すれば、どんな国でもチョチョイのチョイで征服可能だ。」
『いやー、ははは。』
このジイさんも法螺吹きだよな。
大体アンタ、大魔王が来るまで故アウグスブルク卿(軍隊経験ナシ)に押されまくってたらしいじゃないか。
「いや、違うって。
軍資金さえあれば、ワシは無敵なの!
そういうマニュアルなの!」
『軍資金ねぇ。
そうは仰いましても私も貧乏所帯ですからねぇ。』
まず資本主義の概念を大魔王が破壊してしまった。
御一新前の段階で既に《軍資金》という概念があやふやになっている。
更には魔王ダンの《公地公民宣言》により、全ての土地は人民の所有物となった。
(俺の目にはコレット・コリンズが全世界を支配しているようにしか見えないのだが。)
従って、ミュラーの戦争マニュアルは前提が完全崩壊していて、役に立ちそうには思えない。
行軍中、ミュラー翁は熱心にプレゼンして来るが…
どれも使い所のない戦術案ばかりだった。
『まぁ、昔みたいに国家が複数乱立していて、商取引が盛んになれば、ミュラードクトリンの価値も上がると思いますよ。』
「いつ頃、そうなるんじゃろ?」
『さぁ。
500年くらい経てば、コリンズ朝も揺らいでるんじゃないですか?』
「盤石過ぎね?」
『基礎のしっかりした政権ですからねぇ。』
コリンズ王朝は成立譚が突飛な癖に運用が妙に手堅い。
税金が安い上に不穏分子は片っ端から始末している。
余ったリソースで学者・技師を優遇している。
軍備は常に最新鋭に更新し続けている。
加えて、政権の中核を占めている摂政と皇帝ハロルドの生真面目で堅実な性格。
何より創始者のリン・コリンズが神として篤く崇拝されている。
見事なまでにセオリーを抑えているのだ。
歴史を鑑みるに、この手の王朝は息が長い。
「昔からさぁ。
真面目な場面では、ワシの出番ってないのね。」
『摂政も皇帝も真面目一徹の人ですからねぇ。』
ミュラーみたいな呑む打つ買う型の武弁なんか、1番居場所がないよな。
この人、大魔王に側室を勧めてなかったとしても、自然に追いやられてたんだろうな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
現在、宰相のジミーをカロッゾ領に派遣し、永劫砂漠から這い出たモンスターの被害者への補償を行っている。
我が軍に恩賞として下賜された兵糧は帝国とカロッゾ領への補償で恐らく消えるだろう。
少なくない住民が砂漠から湧いたアンデッドモンスターに殺されたようなので、俺も文句は言えない。
行軍中、ふと気になって森の向こうにあるカロッゾ領をこっそり覗いてみる。
見える筈もないのに、木立の隙間から盛況なバザールが映っている錯覚にすら陥る。
あそこは、それほどに豊かな土地なのだ。
俺も赴任時に一度通っただけだが、極めて肥沃なオアシスであった。
デーツが生い茂り、膨大な数の牧場や養魚池がある。
全ての都市は近代的に設計され、冷風が常に吹き抜ける構造である為、人々は快適に暮らしている。
(おまけに、住民は力こそ全ての価値観を持っているので、世界最強の軍閥であるカロッゾは畏敬されている。)
そんな豊かな領地に貧乏所帯の俺が弁済をさせられるのは、正直に言って愉快ではない。
何せ俺達は不毛の砂漠で芋虫を貪っているのだから。
「旦那。」
背後のレ・ガンに注意されたので、森を覗くのを止める。
きっとこの老婆には全てを見透かされているのだろう。
『申し訳ありません。
将にあるまじき軽率な行動でした。』
「それだけ旦那が自領の統治に真剣であるという証拠さ。」
勿論、俺の行動は許されるものではない。
君主が隣領を羨まし気に眺めていたら配下に悪心を抱かせかねないからだ。
古来より侵略戦争は君主の嫉妬や欲望が招くものである。
俺は誰よりも己を戒めなければならない。
『庵主様には、色々とご指導をお願いさせて下さい。』
砂漠では人間種の生活様式で暮らす事は不可能と早くから俺達は悟っていた。
なので魔界のゴブリンやオークの食性を取り入れる事に決めた。
レ・ガンには政治のみならず、その方面のアドバイザー役も期待していた。
そして人間種向けの調整は天才料理人リチャード・ムーアに一任する。
『お義父さん。
いつも無茶を申し上げてしまいますが…』
「もう謝るな。
そもそも俺は魔王様から世界の食料事情改善を命じられている。
故に砂漠でも公平に任務を遂行をする。
それだけの話だ。」
『ありがたいです。
他に頼れる人も無く。』
「但し、カロッゾ領や東方にも情報は共有するぞ。」
『…。』
「安心しろ。
オマエが軍事的に不利を被らない範囲に留める。」
『何から何まで申し訳ないです。』
「任務の一環に過ぎない。
気遣いは不要。
さぁ、見えて来たぞ。
オマエはオマエの職務に専念しろ。」
義父リチャードに優しく肩を叩かれて、頭を切り替える。
さぁ、オアシスの緑がそろそろ途切れる。
つまり俺の領地・永劫砂漠は間近という事だ。
そして、中立地帯の目印である小さな丘に登ると…
「おっほー、壮観だなぁ!
敵! 敵! 敵!
んー♪ 絶景絶景♪
ボールソン君、ワシの活躍期待してくれていいからね!」
無人である筈の砂漠には無数の黒点が蠢いていた。
アンデット系モンスター。
無限に湧く上に肉が食えないという、罰ゲームのような存在である。
『あ、スミマセン。
ミュラー卿には申し訳ないのですが、参戦は(笑)(両人差し指でバッテン)』
勝手に抜刀突撃をしようとしたミュラー翁を制止する。
だから、カネも物資も本当に無いんだって。
傭兵働きをしたい気持ちも理解出来るが、こっちの懐事情も汲んで欲しいよな。
「一匹幾ら!?
一匹幾ら!?」
貧すれば鈍すとは良く言ったもので、ミュラー翁は燥ぎながら身体をソワソワさせている。
危ない危ない。
この爺さんは相当腕が立つからな。
うっかり討伐単価なんて設定しちゃったら根こそぎ持って行かれるぞ。
『セット!』
「あ!?
ちょ!!」
『【清掃】ッ!!』
「あーーッ!!」
先手を打って視界に蠢いていたアンデット共を全て消滅させた。
「おいおーい。
ポールソン君、酷いよー。
ワシ、君からふんだくる傭兵料をアテにしてたのにー。
えー!?
ひょっとして君、視界のモンスターを全部消しちゃった?
酷い奴だなー。ワシの食い扶持ー。」
領内の鎮撫は君主たる俺の使命だからな。
そりゃあ、消すでしょ。
「それにしても、ポールソン君。」
『あ、はい。』
「大魔王と好対照で君のスキルも圧巻だな。」
『あ、ども。
恐縮です。』
「触媒を使ってない様に見えたけど、MP管理とかどうしてるの?」
『金欠なんで触媒はなるべく使わない事に決めたんです。
MPも減ってる気配ないんで、別にいいかなって。』
「えー、あれだけ膨大な数のモンスターを消滅させてMP減らないって事はないでしょ。」
『いや、減ってる感触はあるんですけど。
全体からすれば微々たるものですので。
まぁいっか的な。』
「あれ?
君、ひょっとして無敵チートじゃね?」
『そう思っていた時期もあるんですけどね。
砂漠で生き抜く上では大した足しになりませんねぇ。
ゴブリン団子が増える訳でもなく。』
「…そっかー、砂漠辛いかー。」
『ええ、辛いっすよー。』
「どれくらい辛い?」
『毎日発狂するくらいには辛いですね。
私も自覚がないだけで、もう何百周か狂ってると思います。
砂漠ってねー。
人生考えさせられますよー。』
「マジかー。
ワシ、心が折れそうだわ。」
言いながらも軽やかに乗騎を進めるミュラー翁はきっと大物なのだろう。
暫く駱走すると緑は消え、永劫の砂だけが視界を占める。
つまり俺は帰郷したのだ。
「なぁ、ポールソン君!」
『はーい?』
「砂しかないぞ!」
『だから、何度も念を押したじゃないですか。』
「さっきから砂漠しか無いじゃないか!」
『何せ永劫砂漠ですからね。
しかもこの景色が無限に繰り返されます。』
「オアシスとか無いの!?」
『さっきの森の向こうが豊穣のオアシスなんですよ。
私の領地ではありませんけど。』
さしものミュラーも呆然とそびえる砂丘を見上げている。
その気持ち分かるよ。
でも、アンタはまだいいさ。
引き返せるのだから。
…俺なんか、ここが所領なんだぜ。
駱駝に鞭を入れて小高い砂丘を駆け上がる。
報告書を通して知ってはいたが…
アンデッドまみれだな。
誇張抜きで黒点が8砂漠が2。
惨状としか言いようがない。
『【清掃】!!』
なので、手早く消去しておいた。
俺の認識する砂漠からは全アンデッドが消えた筈だ。
「おい、ポールソン君!
君、ひょっとして凄い奴なんじゃないか!?」
…さっきから騒がしいジジーだな。
『掃除屋の跡取り息子ですから。』
「なぁ、そのスキルって何でも消せるんだよな。
じゃ、じゃあさ!」
『期待している所を申し訳ないですけれど、摂政達は消せませんよ?』
「えー、なんでー!」
『このスキルは不要なモノしか消せないんですよ。
以前、試してみましたけど摂政も四天王も消えてくれませんでした。』
「うおー、マジかー。
世の中、上手く行かない事ばっかりだよな。」
『賛否両論はありますけど、あの人達は歴史的功績も絶大ですからね。
エルデフリダの奴でさえ、何かの役には立っているのでしょう』
「え?
エルデフリダ姫は一番評価高いよ?」
『え?
あんな珍名の方が他にも居られるのですか?』
「いやいや、皇太后のエルデフリダ姫だよ。
君の幼馴染の。」
『…はぁ。』
「守旧派との落とし所を作った功績は大きいし…
広域アカデミー構想もかなり上手く行っている。
政治的にはあの人が一番評価高いんじゃない?」
『…はぁ。』
理解不能。
まあ、あんな女でも一応四天王だし、優れたブレーンも揃ってはいるのだろう、知らんけど。
何かの役に立ってるのなら良いことだ。
でも所詮ミュラーの戯言だからな。
9割くらいは割り引いて聞いておこう。
「でも、安心したわー。」
『え?』
「いやいや、そうでしょ?
不要なモノしか消せないってことは、ワシは消えずに済むってことじゃない♪」
『え?
そうですかね?
寧ろ、ミュラー卿なんて社会に一番不要な存在だと思うんで…
私の射線上に入らないように注意して下さいね?』
「おいおーーいww
冗談キツいぜーーーーwww
ワシはリン・コリンズの生みの親みたいなものだよ!!
だいじょーぶだいじょうぶ♪
自信あるもん!!
ワシ絶対消えないから!!」
『そ、そうですかね?
まあ、忠告はしましたから。
射線上には絶対に入らないで下さいね?』
「はいはいww
若い癖に心配性だなーーww
気を付けますよーーーん♪」
やれやれ困ったジジーだ。
コイツ絶対に面白半分に射線に入って来るつもりだよな。
まあいっか。
この爺さんが消えた所で社会に1ミリの損失もないしな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、我が宮殿《ひんやりした岩場》が見えて来たぞ。
周囲には見慣れない堀と逆茂木。
俺が戦場でリフレッシュしていた間、こちらは大変だったらしい。
「兄さん、ロベール。
お帰りなさいませ。」
迎えに出てくれたポーラやテオドラが珍妙な甲冑に身を固めていたが、面倒なのでツッコミは入れない。
俺は疲れているのだ。
『ただいまー。』
「戦果は如何でしたか?」
『恩賞をいっぱい貰って、賠償に全てが消えたー。』
「あらあら、これはとんだ名君ですわね。」
いつも通り皮肉を言いながらポーラは膨れ上がったポールソン軍の軍列を一瞥する。
『メンバーが増えちゃってゴメンな。』
「…人は城、人は石垣、人は堀。」
相変わらず訳の分からない発言ばかりする妹だが、機嫌が良さそうなので何よりである。
とりあえず、荷下ろしも兼ねてレ・ガン率いる魔界ゴブリンやスプ男率いる魔界オークに地下都市を割り当てた。
ここから大急ぎで論功行賞を行い、兵達をそれぞれの部族に帰してやらねばならない。
そんな事情だったので、帰国後数日は雑務に忙殺された。
…今度から戦争は俺一人でやらせてくれないかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、配下の戦功に見合った恩賞を支払う甲斐性を持ち合わせてはいないので、各部族の拠点に巨大な地下空間をプレゼントする事でお茶を濁す事にした。
『族長、申し訳ありません。
今の私にはこの程度しか出来ず…』
「…い、いえ。
こんなにも巨大な地下空間が…
え?
ここ、リャチリャチ族だけで使っていいんですか?」
『はぁ、エルフやゴブリンには別に掘る予定ですので。
どうぞ、部族の皆様でご自由にお使い下さい。』
「えっと、普通に真水まで湧いているのですが…
使用料は年間どれくらいお支払いすれば…」
『いえいえ。
これはリャチリャチ族の武功に対する正当なる恩賞です。
今回の遠征では犠牲者も出てしまいましたし、供養料も兼ねて贈らせて下さい。
対価は末代まで不要です。
ジミー、朱印状を発行して。』
「はっ!
直ちに!」
『じゃあ、族長。
事務的な擦り合わせは落ち着いてから。』
「え? え? え?
いやいやいや、流石にこんな広大な空間を…
公王様!!!」
『あ、合衆国土産のバーボンはここに置いて行きますので。
んじゃ。 (スタスタスタ。)』
「公王様! 公王様!!」
よし、これで今日のノルマは達成。
明日、遊牧ゴブリンの拠点に同サイズの地下空間を作ってから、ダークエルフの隠れ里か…
嫌だなぁ。
あそこ遠いから行きたくないんだよな。
でも、他の2部族に空間をプレゼントしたのに、ダークエルフにだけあげないのも統治者として公平を欠くからな。
面倒だから地面を掘って行こうかな…
駄目だな、落盤が怖い。
地道に地上を進もう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なあなあ、ポールソン君。」
『何ですか、ミュラー卿。
少しはおとなしくしておいて下さいよ。
ただでさえ貴方はSSS級賞金首なんだから。』
「いやいや!!!
アレを見て黙ってられるかよ!!
さっきの君のスキル!!!
ソドムタウンの貴族区よりも広い空間を一瞬で作ってしまった!!」
『お、流石にいい見立てですね。
丁度、貴族区・富裕区・中央区の主要三区と同等の面積にしてみました。』
「いや…
君、滅茶苦茶だぞ。
もうチートじゃない。」
『若い頃は抑制してたんですけどねぇ。
私も歳が歳ですし…
加減する気力や体力が残ってないんです。
もう何もかもどうでもいいかなって言うのが本音です。』
「君まだ40そこそこじゃん。
若いよ!」
『そうですかねー。
色々ありすぎて、もう疲れましたわ。』
この数年で身近な人が死に過ぎた。
もう疲れた。
本当に疲れた。
そろそろ俺の番にしたいのだ。
「うーーーん、君ほどの英傑がジジーみたいな発言してちゃ駄目だぞー。
折角、大魔王と双璧を成す異能を持ってるんだから、人生に有意義に活用しなくちゃ!」
『そうは仰いましてもねー。
最近はもう心が動きませんわ。』
「まだ40代前半だろ?
駄目よー、中年の危機みたいな話してたら。
君、ほんの2年前は街のニイチャンみたいな恰好してたじゃない。」
『いやー、仰ることは理解出来るのですけど。
私の周囲の年上がごっそり消えましたからね。
なーんか老熟した姿勢を要求される場面が急増して…
最近は笑い方も忘れてしまいました。』
「あー、責任者あるあるだな。
急に家督を継いで、そうなる奴も連邦には居たわ。
君、真面目過ぎるんだよ。
これでワシまで居なくなったらどうするー?」
『そうですねー。
この状況でミュラー卿まで鬼籍に入ってしまったら…
それこそ悪い意味で大人にならざるを得ないですよ。
今以上に淡々と職務をこなすだけのつまらない君主になりそうです。』
「極端な奴だなー。
そんな事言われたら、ワシも早死に出来ないじゃないか。
あ!
砂丘の麓にゾンビホースがおるー。」
『えー、全部消したと思ったんですけどね。
あ、本当だ。
まあいいや、スキルで消しますから下がっていて下さい。
危ないですから、もっと下がって!』
「ははは、大袈裟な奴だなーww
大丈夫だって、不要物しか消えないんだろー?
ヨユーww ヨユーww」
『いいから下がって下さい。
絶対にアングルに入って来ないで。』
「はいはい、下がるよーんw」
『まったく。
じゃあ、行きますよ!
セット!』
俺は何千何万と繰り返してきた予備動作に入る。
このアングルに収まった不要物で消えなかったものは…
「なーんちゃってwww
ミュラー仮面参上ッwwwwww
ウェーーーーーーイ♪」
『あッ!!!!』
(シュワッ!!!)
俺はゆっくりとアングルを外し、砂丘の麓を確認する。
よし、ゾンビホースは無事消滅したな。
撃った瞬間に何か致命的なミスを犯した気がするので、麓を2度見返してみる。
いや、スキルは完璧に決まっているな。
拳を何度か開閉し手応えを再確認する。
うん、今の俺に撃ち漏らしなどあり得ない。
○ュ○〇が言った通り【清掃】は大魔王と双璧を成す最強チートだ。
ん?
《大魔王と双璧》とは言い過ぎではないか?
讒言されれば不敬罪に処されてしまうぞ。
「兄さん、さっきから何を?」
『おおロベール。
来てくれたのか?』
「??
いえ、この数日の伴走はずっと僕が務めてましたが。」
『…お、おう。
そうだったな、スマンスマン。
歳の所為かどうも記憶があやふやになりがちでね。
ロベールには迷惑ばかり掛けてしまうよ。』
「兄さんはまだ40前半でしょう。
耄碌するには早すぎですよ。」
『ははは。
でもなぁ、革命騒ぎで年上が全員いなくなったからなあ。』
「ああ、それはありますねえ。
特にドラン翁やヘルマン翁が粛清されたのは兄さんにとって痛手でした。」
『それな。
せめて親世代の補佐役が居てくれれば、副王的なポジションとして脇を固めて貰えるんだが。』
「確かに。
今の兄さんに必要なのは、軍務経験豊富な親世代ですね。
出来ればフランクに軽口を叩き合えるお茶目師匠ポジションが居れば好ましいのですが。」
『おいおいww
そんな都合の良い存在がひょっこり現れる筈ないだろーーーwww
絵巻物じゃあるまいしーーwww』
「あっはっはww
自分でもどうしてそんな具体的な例えが出たのか分かりませんwww」
2人で笑い合ってから、ロベールが静かに真顔に戻る。
「こういうご時世です。
発言には細心の注意を払って下さい。
特に御自身を大魔王様と比較するなど論外。
叛意を疑われますよ。」
『だな。
スマン、どうかしていた。』
「歴史を紐解けば、革命が一段落した時期というのが一番危険なんです。
功臣でも些細な理由で簡単に罪に問われてしまう。
特に…
摂政殿下は御身内にすら厳しい方ですから。」
『…そうだな。
母親と戦争をして賞金まで掛けてしまう女だ。
微塵の隙を見せてはならない。』
世界で唯一のSSS級賞金首ヒルダ・コリンズ。
魔王位簒奪を画策した大逆人。
如何なる田舎町にもその手配書は貼られている。
無論、誰にとっても母親の命を執拗に狙う行為は理解不能なので、そういう面でもコレット・コリンズは恐れられている。
この猟奇性は断じてファッションではない。
真の恐怖政治とは《恐ろしい統治が為される》ことではない《恐ろしい統治者が君臨する》ことなのだ。
それを人類は痛感している。
「急ぎましょう、次は我々ですよ。」
いつの間にか冷徹な軍人の表情に戻ったロベールが俺を促す。
そうだな、もう時間はない。
茶番はとっくの昔に終わっている。
さあ、ここからは平凡な君主として平凡な保身に走るか。
少年の頃は、こういう生き方を誰よりも憎悪したのだがな。
俺も老いた。
ここからはセオリー通りに淡々と足掻くのみである。
【異世界紳士録】
「ポール・ポールソン」
コリンズ王朝建国の元勲。
大公爵・公王・総司令官
永劫砂漠0万石を所領とするポールソン大公国の国主。
「クレア・ヴォルコヴァ・ドライン」
四天王・世界銀行総裁。
ヴォルコフ家の家督継承者。
亡夫の仇である統一政府に財務長官として仕えている。
「ポーラ・ポールソン」
ポールソン大公国の大公妃(自称)。
古式に則り部族全体の妻となる事を宣言した。
「レニー・アリルヴァルギャ」
住所不定無職の放浪山民。
乱闘罪・傷害致死罪・威力業務妨害罪など複数の罪状で起訴され懲役25年の判決を受けた。
永劫砂漠に収監中。
「エミリー・ポー」
住所不定無職、ソドムタウンスラムの出身。
殺人罪で起訴されていたが、謎忖度でいつの間にか罪状が傷害致死にすり替わっていた。
永劫砂漠に自主移送(?)されて来た。
「カロッゾ・コリンズ」
四天王・軍務長官。
旧首長国・旧帝国平定の大功労者。
「ジミー・ブラウン」
ポールソン大公国宰相。
自由都市屈指のタフネゴシエーターとして知られ、魔王ダン主催の天下会議では永劫砂漠の不輸不入権を勝ち取った。
「テオドラ・フォン・ロブスキー」
ポルポル族初代酋長夫人。
帝国の名門貴族ロブスキー伯爵家(西アズレスク39万石)に長女として生まれる。
恵まれた幼少期を送るが、政争に敗れた父と共に自由都市に亡命した。
「ノーラ・ウェイン」
四天王・憲兵総監。
自由都市併合における多大な功績を称えられ四天王の座を与えられた。
先々月、レジスタンス狩りの功績を評されフライハイト66万石を加増された。
「ドナルド・キーン」
前四天王。
コリンズ王朝建国に多大な功績を挙げる。
大魔王の地球帰還を見届けた後に失踪。
「ハロルド・キーン」
帝国皇帝。
先帝アレクセイ戦没後に空位であった帝位を魔王ダンの推挙によって継承した。
自らを最終皇帝と位置づけ、帝国を共和制に移行させる事を公約としている。
「エルデフリダ・アチェコフ・チェルネンコ」
四天王筆頭・統一政府の相談役最高顧問。
前四天王ドナルド・キーンの配偶者にして現帝国皇帝ハロルド・キーンの生母。
表舞台に立つことは無いが革命後に発生した各地の紛争や虐殺事件の解決に大きく寄与しており、人類史上最も多くの人命を救済していることを統計官僚だけが把握している。
「リチャード・ムーア」
侍講・食糧安全会議アドバイザー。
御一新前のコリンズタウンでポール・ポールソンの異世界食材研究や召喚反対キャンペーンに協力していた。
ポールソンの愛人メアリの父親。
「ヴィクトリア・V・ディケンス」
神聖教団大主教代行・筆頭異端審問官。
幼少時に故郷が国境紛争の舞台となり、戦災孤児として神聖教団に保護された。
統一政府樹立にあたって大量に発生した刑死者遺族の処遇を巡って政府当局と対立するも、粘り強い協議によって人道支援プログラムを制定することに成功した。
「オーギュスティーヌ・ポールソン」
最後の首長国王・アンリ9世の異母妹。
経済学者として国際物流ルールの制定に大いに貢献した。
祖国滅亡後は地下に潜伏し姉妹の仇を狙っている。
「ナナリー・ストラウド」
魔王ダンの乳母衆の1人。
実弟のニック・ストラウドはポールソン大公国にて旗奉行を務めている。
娘のキキに尚侍の官職が与えられるなど破格の厚遇を受けている。
「ソーニャ・レジエフ・リコヴァ・チェルネンコ」
帝国軍第四軍団長。
帝国皇帝家であるチェルネンコ家リコヴァ流の嫡女として生を受ける。
政争に敗れた父・オレグと共に自由都市に亡命、短期間ながら市民生活を送った。
御一新後、オレグが粛清されるも統一政府中枢との面識もあり連座を免れた。
リコヴァ遺臣団の保護と引き換えに第四軍団長に就任した。
「アレクセイ・チェルネンコ(故人)」
チェルネンコ朝の実質的な最終皇帝。
母親の身分が非常に低かったことから、即位直前まで一介の尉官として各地を転戦していた。
アチェコフ・リコヴァ間の相互牽制の賜物として中継ぎ即位する。
支持基盤を持たないことから宮廷内の統制に苦しみ続けるが、戦争家としては極めて優秀であり指揮を執った全ての戦場において完全勝利を成し遂げた。
御一新の直前、内乱鎮圧中に戦死したとされるが、その詳細は統一政府によって厳重に秘匿されている。
「卜部・アルフォンス・優紀」
御菓子司。
大魔王と共に異世界に召喚された地球人。
召喚に際し、超々広範囲細菌攻撃スキルである【連鎖】を入手するが、暴発への危惧から自ら削除を申請し認められる。
王都の製菓企業アルフォンス雑貨店に入り婿することで王国戸籍を取得した。
カロッゾ・コリンズの推挙により文化庁に嘱託入庁、旧王国の宮廷料理を記録し保存する使命を授けられている。
「ケイン・D・グランツ」
四天王カイン・D・グランツの長男。
父親の逐電が準叛逆行為と見做された為、政治犯子弟専用のゲルに収容されていた。
リベラル傾向の強いグランツ家の家風に反して、政治姿勢は強固な王党派。
「ジム・チャップマン」
候王。
領土返納後はコリンズタウンに移住、下士官時代に発案した移動式養鶏舎の普及に尽力する。
次男ビルが従軍を強く希望した為、摂政裁決でポールソン公国への仕官が許された。
「ビル・チャップマン」
准尉→少尉。
魔王軍侵攻までは父ジムの麾下でハノーバー伯爵領の制圧作戦に従事していた。
現在はポールソン大公国軍で伝令将校として勤務している。
「ケネス・グリーブ(故人)」
元王国軍中佐。
前線攪乱を主任務とする特殊部隊《戦術急襲連隊》にて隊長職を務めていた。
コリンズ朝の建国に多大な貢献をするも、コリンズ母娘の和解に奔走し続けたことが災いし切腹に処された。
「偽グランツ/偽ィオッゴ/ゲコ」
正体不明の道化(厳密には性犯罪者)
大魔王と共に異世界に召喚された地球人。
【剽窃】なる変身能力を駆使して単身魔王軍の陣中に潜入し、摂政コレット・コリンズとの和平交渉を敢行。
王国内での戦闘不拡大と民間人保護を勝ち取った。
魔界のゴブリン種ンゲッコの猶子となった。
「ンキゥル・マキンバ」
公爵(王国における爵位は伯爵)。
元は遊牧民居留地の住民として部族の雑用に携わっていたが、命を救われた縁からコリンズ家に臣従。
王国内で一貫して統一政府への服従を呼びかけ続けた為、周辺諸侯から攻撃を受けるも粘り強く耐え抜いた。
御一新前からの忠勤を評価され、旧連邦アウグスブルグ領を与えられた。
「ヴィルヘルミナ・ケスラー」
摂政親衛隊中尉。
連邦の娼館で娼婦の子として生まれ、幼少の頃から客を取らされて育った。
コリンズ家の進軍に感銘を受け、楼主一家を惨殺して合流、以降は各地を転戦する。
蟄居処分中のケネス・グリーブを危険視し主君を説得、処罰を切腹に切り替えさせ介錯までを務めた。
「ベルガン・スプ男・ゴドイ」
魔界のオーク種。
父親が魔王城の修繕業に携わっていたので、惰性で魔王城付近に住み付いている。
大魔王コリンズの恩寵の儀を補助したことで魔界における有名人となった。
その為、異性に全く縁が無かったのだが相当モテるようになった。
以上の経緯から熱狂的なコリンズ王朝の支持者である。
「ヴォッヴォヴィ0912・オヴォ―」
魔界のリザード種。
陸上のみで生活しているという、種族の中では少数派。
その生活スタイルから他の魔族との会合に種族を代表して出席する機会が多い。
大した人物ではないのだが陸上リザードの中では一番の年長者なので、リザード種全体の代表のような扱いを受ける事が多い。
本人は忘れているが連邦港湾において大魔王コリンズの拉致を発案したのが彼である。
「レ・ガン」
元四天王。
魔王ギーガーの母(厳密には縁戚)
ギーガーの魔王就任に伴いソドムタウンにおける魔王権力の代行者となった。
在任時は対魔族感情の緩和と情報収集に尽力、魔王ギーガーの自由都市来訪を実現した。
「ジェームス・ギャロ」
ギャロ領領主。
現在行方不明中のエドワード王の叔父にあたる人物。
早くからエドワードと距離を置き、実質的な国内鎖国を行っていた。
能書家・雄弁家として知られる。
「ジョン・ブルース」
公王。
王国の有力貴族であったブルース公爵家が主家に独立戦争を挑み誕生したのが公国であり、ジョンは6代目にあたる。
武勇の誉れ高く王国・魔界に対して激しい攻撃を行う反面、綿密な婚姻政策で周辺の王国諸侯を切り崩していた。
「クュ07」
コボルト種の医官。
大魔王の侍医であったクュの孫娘。
紆余曲折あってコレット・コリンズの護衛兼愛人となった。
以前からポール・ポールソンの人格と能力を絶賛しており、即時抹殺を強く主張している。
「ニック・ストラウド」
ポール・ポールソンの義弟。
大公国建国後は旗奉行として軍事面から諸種族の取り纏めに奔走している。
エスピノザ男爵叛乱事件の鎮圧に大功あり南ジブラルタル13万石の領有を許された。
実姉ナナリーが魔王ダンの乳母に就任しその娘キキに尚侍の官職が与えられたことで、全世界からの嫉妬と羨望を集めている。
「ハワード・ベーカー」
大魔王財団理事長。
元は清掃会社の職員だったが、コリンズ家のソドムタウン入り直後に臣従。
大魔王パーティーの一員として、キーン・グランツと共にリン・コリンズを支えた。
主に(株)エナドリの代表取締役としてビジネス界から大魔王の覇業に貢献した事で知られる。
大魔王の経済テロの後始末に誠意をもって奔走したことで、世論からの信頼を勝ち取った。
「テオドラ・ヴォルコヴァ」
ヴォルコフ家前当主。
幼少時に実家が政争に敗れ族滅の憂き目に遭い、単身自由都市への亡命を余儀なくされた。
その後、紆余曲折あって清掃事業者ポールソンの妻となり一男一女を設ける。
統一政府の樹立と同時に旧臣を率いて帝国に電撃帰還、混乱に乗じて旧領を奪還した。
家督を財務長官クレア・ドラインに譲ってからは、領内で亡夫の菩提を弔う日々を送っている。
「シモーヌ・ギア」
大量殺人事件容疑者。
冒険者兼林業ヤクザとして高名だったギリアム・ギアの戦死後、その敵対勢力が尽く家族ごと失踪する事件が発生。
自由都市同盟治安局は妹のシモーヌを容疑者として捜査するも統一政府による国土接収で有耶無耶になった。
「ミヒャエル・フォン・ミュラー」
旧連邦の私的記録に頻出する人名。
新支配者であるノーラ・ウェインの連邦史保存プロジェクトにおいて、その文字列がノイズと判断されたので関連の文言は新史への記載を見送られた。
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異世界事情については別巻にて。
https://ncode.syosetu.com/n1559ik/