【顛末記26】 外戚
革命とは本当に恐ろしいものである。
数々の名門を絶滅させる反面、氏素性すら定かではない賤民を権力の座に就けてしまうのだから。
コリンズ王朝の創始者である大魔王リン自体が貧民出身であることを隠す素振りさえ見せなかったし、婿入り先のコリンズ家も零細宿屋を営む未亡人母娘に過ぎなかった。
創業夫妻がそんな調子なのだからか、新時代の旗手には生まれの低い者が多い。
例えば、摂政親衛隊の中核メンバーは旧連邦の娼婦出身者で占められている。
また、残忍無比の憲兵総監として万民に恐怖されている四天王ノーラ・ウェイン。
神聖教団の代表として異端審問を復活させたヴィクトリア・V・ディケンス。
2人は同じ孤児院の同じ懲罰房の出身者である。
勿論、俺だって他人のことは言えない。
父ジャックが貧民窟の出身であり、数々の犯罪行為に手を染めて社会的地位を築いた男だからだ。
こんな成り上がり政権なので、高支持率に反して好感度はとてつもなく低い。
大魔王が莫大な富を寄贈し摂政が低負担社会を構築したにも関わらず、人民は統一政府を内心で激しく蔑んでいる。
他人事の様に言うのは本当に良くないのだが、皆よく我慢してくれていると思う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
以上を踏まえて。
今この世界で最も槍玉に上がってしまっているのが、眼前で臥せっている我が義弟ニック・ストラウドである。
『オマエ、俺には討死禁止とか言ってる癖に。』
「…別に、わざとじゃねぇよ。」
ニックは合衆国で発生した武装蜂起の鎮圧作戦に参加し、負傷した。
夜陰に紛れて包囲網からの逃亡を図った首謀者のエスピノザ男爵を単騎で追走し討ち取ったのだ。
その際、腹部と腿を斬られて落馬した。
未明にノーラ隊に救援された時には、男爵の死骸と共に崖下で意識不明状態に陥っていたとのこと。
『オマエが一兵卒なら勲章モノの勇戦なんだがな。』
「俺は葉武者だよ。」
『駄々をこねるな。』
「…スマン。」
『いや、気持ちは分かるんだ。
俺がニックでも…
突出してたと思う。』
ニック・ストラウドは目を閉じると、ゆっくりと溜息を吐いた。
ジェネリック・エナドリによって傷は塞がったものの、心身の疲労が抜けないとのだろう。
「スマン。」
再度、詫びた声は少し震えていた。
仕方ないさ、この男が1番追い詰められているのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
3年前、俺が出逢った頃のニックはまだ17歳だった。
たまたま遊んでいたビリヤード台が隣同士であり、酒の勢いもあったのか2人でガールハントに興じた。
親子ほどに年齢は離れていたが、不思議とウマが合った。
そう、本当に利害も何もない友人関係だったのだ。
ニックは社会的にも全くの無名だった。
近所の喧嘩を仲裁したり、冒険者として小遣い稼ぎをしたり、やや暴力的な労働運動を支援したり、要はスラムに1人は居るタイプの不良少年である。
労働災害の後遺症で苦しむ姉・ナナリーと、その乳飲み子・キキと3人で肩を寄せ合って暮らしていた。
貧民だらけのバラック地帯の中でも、狭く不便な地区に住んでいた。
そんな3人の貧しくも慎ましい暮らしを革命は一変させた。
摂政は俺を牽制する目的でナナリーを人質にとり、紆余曲折あって魔王ダンの乳母に指名した。
幼児キキは乳母子となり様々な思惑から尚侍(女官の最高位・自動的に妃資格を得る)に任命された。
つまり、このまま無事に2人が成人してキキが子を為すことになれば、スラムの火傷女ナナリーが王太后の座に就く。
(歴史法則から言って高確率でそうなる。)
つまりストラウド家が外戚としてコリンズ朝に加わるのだ。
そして歴史を鑑みれば大抵の場合、王が元服した直後の宰相は外戚から選抜され、その者は絶大な権力を手にする。
それが、ニック・ストラウドという20歳の若者が国際社会からの注目を浴びるようになった理由である。
ニックは必死に避けているが、早くも阿諛追従する者が贈答品を抱えて面会を打診している。
追従者達は判で押したように着飾らせた妹や娘を連れていた。
世間はそれをストラウド家の増長と捉え、激しく憎悪した。
各地の行政府にはニックを陥れるべく匿名の讒訴状が毎日投げ込まれていた。
「やあ、お2人さん。
3人きりで顔を合わせるのは随分久し振りだね。」
『…ノーラか。』
足音もなく医療用ゲルに入って来たのは四天王ノーラ・ウェイン。
彼女が床几に腰掛けた瞬間、血と機械油の臭いが部屋中に満ち溢れる。
思わず目を背けた俺をノーラは数秒眺めてから、「コイツは失礼。」と鼻で笑いながら詫びるフリをした。
「今回鎮圧した南ジブラルタル13万石。
ニックに与えられる事が決定したよ。」
ノーラは朱印状を無造作にニックのベッドに放り投げる。
「いや、俺はただの与力だ。
そんな加増を受ける謂れは…」
「おやおや、エスピノザに耳まで斬られてしまったのかい?
《今回鎮圧した南ジブラルタル13万石。
ニックに与えられる事が決定した。》
いつボクがキミの意見を求めた?」
「…。」
「復唱は?」
「…私、ニック・ストラウドは南ジブラルタル13万石を謹んで拝領致します。
魔王様並びに摂政殿下にいっそうの忠誠を誓う所存であります。」
「…よーし、いい子だ。」
「…。」
「おやおや、物分かりの悪い子がこの部屋に居るようだね。」
『…。』
「なあ、ポール・ポールソン。
ボクは親切で言ってあげてるんだぜ?」
『我が弟に対する過分な恩賞。
魔王様並びに摂政殿下に深く感謝申し上げます。』
ノーラは爬虫の様な目で俺を観察し続けていた。
ただの一度も瞬きしなかった。
魔界で出逢ったリザード達の方がまだ感情豊かな目線を向けてくれた。
「おめでとう。
愛する2人の加増栄達。
ボクも我が事のように嬉しいよ。」
「…。」
『…。』
「ふふふ、随分嫌われてしまったな。」
「…俺は。」
「んー?
何だい新領主殿。」
「昔の様に3人で笑って暮らしたい。
ジャンクマンのテラスで安酒を啜って、ノーラの考えた新商売の話を聞くんだ。
あの頃は良かった。」
「あっそ。
キミ達が黙ってボクの男になれば、そんな今もあったかもね。」
「あ、いや。
俺は…」
「摂政がね。
早く身を固めろって五月蠅いんだよ。
第2世代を増やしたいんだろうね。
ボクの回答はいつも同じさ。
《ポールソンを早く寄越せ、生死は問わない》
ってね。
これって純愛だと思わない?
そしたら政治的バランスがどうこうって言うからさ。
《じゃあニックでいいや》
って返事したんだよ、先月。」
相変わらずノーラの声色は楽しんでいるようにも退屈しているようにも聞こえた。
あの頃と決定的に異なるのは、この少女が警察権と魔王軍有数の軍事力を保有している点である。
「軍議が終わったタイミングでさ。
言うんだよ、摂政が。
《ストラウドなら幕僚を説得出来るかも知れない》
ってね。」
「…。」
『…。』
「駄目元でさぁ。
《どうせなら両方寄越せ》
って要求したら断られたよ。」
「…。」
『…。』
「婦人の道に反するのは良くないんだってさ。
王国女はお堅いよねえ。」
「…。」
『…。』
「ボクは死体でも構わないんだけどね。
これなら姦通には該当しないと思わないか?」
ノーラは軍刀を見せつけるようにカチャカチャと鳴らす。
気が付けば、俺の背中は川にでも飛び込んだ時のような量の冷や汗が流れていた。
いや、或いはこの汗は熱湯のように熱いのかも知れない。
「おいおいおい、これはジョークなんだぜ。
マジになるなよーww
折角、場を和ませてやろうと思ったのにさぁ。
あはははははは。」
「…。」
『…。』
「どうした?
笑えよ。」
「…はは。」
『…はは。』
「いやあ懐かしいなぁ。
こうやって気の置けない仲間と笑い合っていると昔を思い出すよ。
でも間違ってもボクの前で《昔は良かった》なんて馬鹿な発言はするなよ。
知ってるだろ?
反動分子の粛清も憲兵本部のお仕事だってさ。」
恐怖のあまり、吐息までが震える。
比較的好かれているであろう俺ですら、こここまで戦慄させられているのだ、逮捕されて尋問されている連中はどんな思いをしていたのだろうか?
無論、その大半が惨殺されているので感想を知る術はない。
「まあいい。
話題を変えよう。
君達の大好きなお仕事の話だ。」
ノーラは座ったまま脚を伸ばして声色を1段柔らかくする。
まるでリラックスしているかのように。
何人かから忠告を受けている。
ノーラ・ウェインの尋問は実はここからが本番であると。
「帝国住民からクレームが来ている。
キミの砂漠からアンデッド系のモンスターが大量に流れ込んでいるとね。
なので、ヴォルガ山以南はカロッゾ、以北はボクの部隊が掃討しておいた。 」
『…スマン。』
「詫びる必要はないさ。
掛け替えのない仲間じゃないか。」
『…。』
「安心して欲しい。
住民に死者が出たと言っても十数人だ。
革命を僭称するテロ政権の膨大な虐殺数に比べれば、誤差の範囲さ。
なあ、ポールソン。」
『いや、俺は。』
「安心しろ、と言っただろう?
別にキミを責めている訳じゃあない。
逆だよ、この上なく高く評価している。
だってそうだろう、他の誰があんな地獄みたいな砂漠を統治出来ると言うんだい?」
『…。』
「政府としても、早急にこの問題を収めたい。
ポールもそう思わないか?」
『ああ、そう思う。』
「なら、ボクやカロッゾが援軍として永劫砂漠入りする事に反対はしないね?」
『えっ!?』
「あはははは!
傷付くなぁ(笑)
露骨に嫌そうな顔するなよー(笑)」
『あ、いや。』
「4ヶ月。」
『え?』
「…年内にケリを付けろって言ってんだよ。」
『…ああ。』
「クレアの奴から聞いてるだろ?
今年は特に物入りだった。
予算を組み直す余裕はない。」
『だろうな。』
「117日後がタイムリミットだ。
解決出来ないならボクも砂漠に入る。」
『…。』
「督戦も憲兵の職務だ。
それは分かっているよな?」
『…はい。』
「Good、素晴らしいね。
国士無双のポールソン公王が解決を約束してくれた。
いやぁ、良かったよ。
断られたらどうしようって、ずっと不安だったんだ。
不安で不安で涙が止まらなかったよ。
何故なら、ボクは君達を愛しているからね。
安心してくれ。
住民達はボクが責任を持って説得する。この問題で騒ぐ者は居なくなる。
ポールもニックも大船に乗ったつもりで、領地の平定に取り組んで欲しい。
ボクはねぇ、女が戦場にしゃしゃり出る風潮が本当に嫌いでさぁ。
キミ達の活躍に水を差すことだけはしたくなかったんだ。
だって見ただろ?
ボクの新型トルーパー。
どう見ても火力に全振りし過ぎだよなぁ(笑)
何だよ、あの無駄にデカい図体は(笑)
あれじゃあ、まるで要塞じゃないか(笑)
誰だよ、アレを設計したバカは(笑)
あれじゃあ、まるで戦略兵器じゃないか(笑)
都市どころか広域ジェノサイドを企図した機体だとの誤解を受けかねない(笑)
なぁ?
ニックもそう思わないか?
今時、サラマンダーを18門も搭載するかね(笑)?
何と戦ってるんだよって話だよなぁ(笑)」
『…。』
「…。」
「ポールソン公王。
117日以内に全て解決出来るね?」
『はい、必ずや。』
「ストラウド卿。
117日以内に全て解決出来るね?」
「はい。
必ずや問題を解決してご覧に入れます。」
「あっはっはっはっは!!
いやあ、勇ましいオトコノヒトって素敵だよねぇ。
惚れ直しちゃたよ、感動しちゃったよ、多幸感に包まれちゃったよ、新型の整備にも熱が入っちゃうよ。」
『…。』
「…。」
更に5時間くらい苛められてから、ようやく憲兵本部のゲルから帰ることを許された。
(そう、統一政府は憲兵本部すらも移動式、ある日突然君の街に出現するのだ。)
帰り際、超巨大トルーパーを憲兵本部の好意(即ち拒否権がない)で見学させて貰った。
砲門をピッタリ俺達に向けてくるあたりは流石の憲兵仕草だった。
機体名に俺達の行きつけだったレストラン名が付けられていたという事は、本当にノーラがこれに搭乗するのだろう。
出口で聞かされて心底驚いたことだが、憲兵本部はポールソン派閥のつもりらしい。
ゲコやチャップマンの顔に殴られた痣があったが、それでも彼女達は真顔で俺達への親愛を主張していた。
なるほど。
やはり俺は職業差別と憲兵が嫌いだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ゲコ君。
大丈夫か?』
「痛たたた…
ちょっと腫れが残るかも知れませんね。」
『何で殴られたの?』
「トルーパー見てたらボコられました。」
『酷い話だな。
ちなみに憲兵隊は君のことを結構評価してたぞ。
ほら席割の手際とか凄く良かったからさ。』
「評価されてこの仕打ですか…」
『ちなみに私はウェイン卿にグリグリ刺されながら求婚された事がある。』
「愛されてますねー。」
『私の知っている愛とは少し違うなけどな。
ほら、この傷。』
「うおお!
マジっすか?
肉が抉れてますやん!」
『新郎兼ウェディングケーキに指名されちゃってるんだよ。』
「えっと、式に呼ばれた場合は祝儀と香典どっちを払えばいいんですかね?」
『えー、君も一緒にウェディングケーキになろうぜー。』
「勘弁して下さいよぉ。
ボク関係ないですやーん。
巻き込まんとって下さいよぉ。」
『あのさあ。』
「はい。」
『ゲコ君を旗本に取り立ててあげるから、ちょっとお仕事手伝ってくれない?』
「あ!
これは火中の栗を拾わされるパターンや (ピーン)!!」
『槍奉行の役職が空いてるんだけど、チャレンジしてみない?
領地もあげるよ?』
「うっわ。
ボクの死亡フラグ積み上げんとって下さいよ。」
軽口を叩き合いながら、手早く行軍陣形を組む。
駱駝の数が足りないので、体重の軽いゴブリンはトリケラトプスに乗せる。
「公王様!
乗り心地最悪ですやーーーん!!」
『えー。
君、言ってたでしょ。
トリケラと触れ合いたいって。』
「この振動で1週間行軍は死にますって!!」
『1週間は輜重部隊を連れてない場合だよー。
トリケラを守りながらだから、居城まで最低でも13日は掛かるよー。』
「死ぬ死ぬ死ぬ!!!
内臓がシェイクされて死ぬっ!
あ、そうや!!!
皆でストラウド奉行の領地に行きましょうよ。」
『まだ正式の辞令が降りてないのに南ジブラルタルに入城したら…
それこそ、あのトルーパーが攻めてくるぞ。
ちなみにアイツが昔語ってくれた夢は全世界の笑顔に復讐することだ。』
「…公王様。」
『んー?』
「ボク、剣と魔法の世界に転移したつもりやったんですけどね。
話と約束が違いますやん。」
『憲兵本部は剣も魔法も多用してるじゃん。』
「拷問と処刑にしか使ってませんやん!!」
『じゃあ、君が転移して来たのは拷問と処刑の世界なんだよ、きっと。』
「思ってたんと違ーーう!」
『えー、言い掛かりはやめてくれよなー。
幻想を他人に押し付けるのって今時の若者の悪い癖だぞー。』
騒ぎながらもゲコはトリケラの耐荷重を調べ上げ、手早く輜重を効率的に振り分けていく。
「兄貴、ゲコ君を連れて行くのか?
明らかに摂政の息が掛かってるぞ。」
『あの女とのホットラインがあるに越した事はないさ。』
ニックは横目でゲコを観察しながら軽く溜息を吐いた。
そう、どのみち俺達に選択肢は残されてないのだ。
『なぁ、ニック。』
「んー?」
『あの頃は良かったな。』
「ああ、昔は良かった。」
人々はノーラ・ウェインが四天王の座を掴んだから傲岸残虐になったと陰口を叩く。
違うんだよなぁ…
あの女は最初からあんな感じだったのだ。
天涯孤独・徒手空拳の身ながらも、当時から周囲に対してアドバンテージを発揮し続けていた。
(だから、ノーラの過去を知っている者ほど彼女に逆らわない。)
ようやく才覚胆力相応の地位に就いただけの話なのである。
その証拠に自由都市も連邦も跡形なく消滅して懐古主義者は絶滅させられただろう?
他の誰にあんな真似が出来ると言うのか。
ジャンクマンのオーナーは賢明だった。
ノーラが権力を掴みかけたと感じた瞬間に全てを明け渡して姪をノーラ隊に入隊させた。
おかげで彼の一族はまだ誰も殺されていない。
「言っとくけど俺は賢くないぞー。
兄貴と一緒でな。」
『マジかー。
ポールソン兄弟も長くはないな。』
「そうでっか。
じゃあ、そろそろボクはここで。」
「ゲコ君、ごめんなー。」
『君はまだ若いのにな。』
「巻き込み前提で話を進めんとって!!」
『「あっはっは」』
「憲兵さんに目ぇ付けられるとか、惨殺フラグの際たるモンやないですか!」
『大丈夫大丈夫、4か月以内に騒動を納めれば寿命が伸びるから。』
「…余命、何年くらい伸びるんですか?」
『4か月くらいかな?』
「アカーン!
焼け石に水ぅ!!」
『4か月は貴重だよー。
遺品を各所に贈ったり、後任者に引継書を書いたり。』
「嫌やー、野蛮人同士の政争に巻き込まれとーない(号泣)」
ゲコは余程奇特な性分なのか泣き言を漏らしながらも、歩みが逸れかけていたトリケラを群れに戻して回っていた。
『アイツはマメだよなー。
ニックと話が合うのも分かるよ。』
「合ってるのかな?
まあ、ゲコ君みたいなタイプは嫌いじゃないけどさ。」
『もう、ニックの後任アイツでいいだろ。』
「だな、じゃあ俺が死んだらノーラ係はゲコ君ってことで。」
『えー、オマエが死んだらストラウド家の家長がいなくなるじゃん。』
「兄貴にやるよ。
姉さんとキキと魔王ダンとその子を頼んだ。」
『これ以上、俺に権力集中するのはヤバいって。』
「まあ、アンタもロクな死に方しないだろうな。」
『ニックは生き延びさえすれば世界全体の権を握れるんだがな…』
「そんなアホなポジションに付いちゃったから、讒訴が凄いんだけどな。
特にこの1年は本当に酷いわ。
一挙手一投足を監視されてて、迂闊に発言出来なくなったよ。
皆が俺が失言するのを今か今かと待ち構えてるんだぜ。
気が狂いそうになる。」
『あ、ニック。
オマエ、頭頂に白髪が生えてる。』
「え!?
マジ!?
俺まだ二十歳だぞ!?」
『ゴメン。
俺その年齢の時、絵巻物の連載にノリノリだった。』
「そっかー。
俺もモラトリアムしたかったわー。」
『ゴメンて。』
「なぁ、兄貴。」
『んー?』
「昔は良かったなぁ。」
『ああ、あの頃が俺の黄金時代だったよ。』
ニックは余程疲労が溜まっているのか、駱走を断念してトリケラが牽く荷台に倒れ込んでしまった。
つい昔は羽根の様に軽やかな身のこなしだったのに、今は心身に重りでも取り付けられたかのように苦しげな足取りである。
ニック・ストラウドは俺の義弟である。
魔王の乳母ナナリーを姉に持ち、御一新以前から数々の武勲を挙げ、遂には13万石の領有と、四天王ノーラとの婚姻許可まで勝ち取ってしまった。
革命とは恐ろしいものである。
こうも不幸な男を生み出したのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねぇ、公王様。」
『んー?
駱駝には慣れたか?
それ、ニックの乗駱だから酷使するなよ。』
「この話のオチはー?」
『さっきノーラと会っただろ。』
「いやー、末路とオチは違うと思いますよ。」
『政治的には一緒だよ。
君もまだ若いなー。』
「えー!?
違うと言って下さいよー!」
『歴史を学び給え。
私や君のオチはもう決まっているから。』
「ちょーっ!!
ボクは関係ないですやーん!!」
『お後がよろしいようで。』
「何もよくないわーーっ!!」
歴史を鑑みれば、俺達の末路なんてもう見えてるからな。
寒門が外戚になって滅びなかった例などないし、憲兵に粘着された諸侯が無事だった話など聞いたこともない。
「ボクは!?
ボクは!?」
『そりゃあ、憲兵と道化師は相性悪いよ。』
「ワンチャン、犬の真似でもしたら見逃してくれませんかね?」
『そういう酔狂な人種は憲兵なんかに志願しないだろ。』
「ですよねー。」
統一政府は潔癖なので憲兵本部の権限が異常に強い。
創業者の大魔王が世襲嫌いなので外戚の立場が弱い。
必然的にニックと俺は死ぬ。
ついでにゲコ。
「ついでに巻き込まんとってーー!!」
いやあ、オチがついて良かった。
めでたしめでたし。
「そんなんボクの知ってるオチとちゃーーう!!」
…若いなぁ。
【異世界紳士録】
「ポール・ポールソン」
コリンズ王朝建国の元勲。
大公爵。
永劫砂漠0万石を所領とするポールソン大公国の国主。
「クレア・ヴォルコヴァ・ドライン」
四天王・世界銀行総裁。
ヴォルコフ家の家督継承者。
亡夫の仇である統一政府に財務長官として仕えている。
「ポーラ・ポールソン」
ポールソン大公国の大公妃(自称)。
古式に則り部族全体の妻となる事を宣言した。
「レニー・アリルヴァルギャ」
住所不定無職の放浪山民。
乱闘罪・傷害致死罪・威力業務妨害罪など複数の罪状で起訴され懲役25年の判決を受けた。
永劫砂漠に収監中。
「エミリー・ポー」
住所不定無職、ソドムタウンスラムの出身。
殺人罪で起訴されていたが、謎忖度でいつの間にか罪状が傷害致死にすり替わっていた。
永劫砂漠に自主移送(?)されて来た。
「カロッゾ・コリンズ」
四天王・軍務長官。
旧首長国・旧帝国平定の大功労者。
「ジミー・ブラウン」
ポールソン大公国宰相。
自由都市屈指のタフネゴシエーターとして知られ、魔王ダン主催の天下会議では永劫砂漠の不輸不入権を勝ち取った。
「テオドラ・フォン・ロブスキー」
ポルポル族初代酋長夫人。
帝国の名門貴族ロブスキー伯爵家(西アズレスク39万石)に長女として生まれる。
恵まれた幼少期を送るが、政争に敗れた父と共に自由都市に亡命した。
「ノーラ・ウェイン」
四天王・憲兵総監。
自由都市併合における多大な功績を称えられ四天王の座を与えられた。
先々月、レジスタンス狩りの功績を評されフライハイト66万石を加増された。
「ドナルド・キーン」
前四天王。
コリンズ王朝建国に多大な功績を挙げる。
大魔王の地球帰還を見届けた後に失踪。
「ハロルド・キーン」
帝国皇帝。
先帝アレクセイ戦没後に空位であった帝位を魔王ダンの推挙によって継承した。
自らを最終皇帝と位置づけ、帝国を共和制に移行させる事を公約としている。
「エルデフリダ・アチェコフ・チェルネンコ」
四天王筆頭・統一政府の相談役最高顧問。
前四天王ドナルド・キーンの配偶者にして現帝国皇帝ハロルド・キーンの生母。
表舞台に立つことは無いが革命後に発生した各地の紛争や虐殺事件の解決に大きく寄与しており、人類史上最も多くの人命を救済していることを統計官僚だけが把握している。
「リチャード・ムーア」
侍講・食糧安全会議アドバイザー。
御一新前のコリンズタウンでポール・ポールソンの異世界食材研究や召喚反対キャンペーンに協力していた。
ポールソンの愛人メアリの父親。
「ヴィクトリア・V・ディケンス」
神聖教団大主教代行・筆頭異端審問官。
幼少時に故郷が国境紛争の舞台となり、戦災孤児として神聖教団に保護された。
統一政府樹立にあたって大量に発生した刑死者遺族の処遇を巡って政府当局と対立するも、粘り強い協議によって人道支援プログラムを制定することに成功した。
「オーギュスティーヌ・ポールソン」
最後の首長国王・アンリ9世の異母妹。
経済学者として国際物流ルールの制定に大いに貢献した。
祖国滅亡後は地下に潜伏し姉妹の仇を狙っている。
「ナナリー・ストラウド」
魔王ダンの乳母衆の1人。
実弟のニック・ストラウドはポールソン大公国にて旗奉行を務めている。
娘のキキに尚侍の官職が与えられるなど破格の厚遇を受けている。
「ソーニャ・レジエフ・リコヴァ・チェルネンコ」
帝国軍第四軍団長。
帝国皇帝家であるチェルネンコ家リコヴァ流の嫡女として生を受ける。
政争に敗れた父・オレグと共に自由都市に亡命、短期間ながら市民生活を送った。
御一新後、オレグが粛清されるも統一政府中枢との面識もあり連座を免れた。
リコヴァ遺臣団の保護と引き換えに第四軍団長に就任した。
「アレクセイ・チェルネンコ(故人)」
チェルネンコ朝の実質的な最終皇帝。
母親の身分が非常に低かったことから、即位直前まで一介の尉官として各地を転戦していた。
アチェコフ・リコヴァ間の相互牽制の賜物として中継ぎ即位する。
支持基盤を持たないことから宮廷内の統制に苦しみ続けるが、戦争家としては極めて優秀であり指揮を執った全ての戦場において完全勝利を成し遂げた。
御一新の直前、内乱鎮圧中に戦死したとされるが、その詳細は統一政府によって厳重に秘匿されている。
「卜部・アルフォンス・優紀」
御菓子司。
大魔王と共に異世界に召喚された地球人。
召喚に際し、超々広範囲細菌攻撃スキルである【連鎖】を入手するが、暴発への危惧から自ら削除を申請し認められる。
王都の製菓企業アルフォンス雑貨店に入り婿することで王国戸籍を取得した。
カロッゾ・コリンズの推挙により文化庁に嘱託入庁、旧王国の宮廷料理を記録し保存する使命を授けられている。
「ケイン・D・グランツ」
四天王カイン・D・グランツの長男。
父親の逐電が準叛逆行為と見做された為、政治犯子弟専用のゲルに収容されていた。
リベラル傾向の強いグランツ家の家風に反して、政治姿勢は強固な王党派。
「ジム・チャップマン」
候王。
領土返納後はコリンズタウンに移住、下士官時代に発案した移動式養鶏舎の普及に尽力する。
次男ビルが従軍を強く希望した為、摂政裁決でポールソン公国への仕官が許された。
「ビル・チャップマン」
准尉→少尉。
魔王軍侵攻までは父ジムの麾下でハノーバー伯爵領の制圧作戦に従事していた。
現在はポールソン大公国軍で伝令将校として勤務している。
「ケネス・グリーブ(故人)」
元王国軍中佐。
前線攪乱を主任務とする特殊部隊《戦術急襲連隊》にて隊長職を務めていた。
コリンズ朝の建国に多大な貢献をするも、コリンズ母娘の和解に奔走し続けたことが災いし切腹に処された。
「偽グランツ/偽ィオッゴ/ゲコ」
正体不明の道化(厳密には性犯罪者)
大魔王と共に異世界に召喚された地球人。
【剽窃】なる変身能力を駆使して単身魔王軍の陣中に潜入し、摂政コレット・コリンズとの和平交渉を敢行。
王国内での戦闘不拡大と民間人保護を勝ち取った。
魔界のゴブリン種ンゲッコの猶子となった。
「ンキゥル・マキンバ」
公爵(王国における爵位は伯爵)。
元は遊牧民居留地の住民として部族の雑用に携わっていたが、命を救われた縁からコリンズ家に臣従。
王国内で一貫して統一政府への服従を呼びかけ続けた為、周辺諸侯から攻撃を受けるも粘り強く耐え抜いた。
御一新前からの忠勤を評価され、旧連邦アウグスブルグ領を与えられた。
「ヴィルヘルミナ・ケスラー」
摂政親衛隊中尉。
連邦の娼館で娼婦の子として生まれ、幼少の頃から客を取らされて育った。
コリンズ家の進軍に感銘を受け、楼主一家を惨殺して合流、以降は各地を転戦する。
蟄居処分中のケネス・グリーブを危険視し主君を説得、処罰を切腹に切り替えさせ介錯までを務めた。
「ベルガン・スプ男・ゴドイ」
魔界のオーク種。
父親が魔王城の修繕業に携わっていたので、惰性で魔王城付近に住み付いている。
大魔王コリンズの恩寵の儀を補助したことで魔界における有名人となった。
その為、異性に全く縁が無かったのだが相当モテるようになった。
以上の経緯から熱狂的なコリンズ王朝の支持者である。
「ヴォッヴォヴィ0912・オヴォ―」
魔界のリザード種。
陸上のみ生活しているという、種族の中では少数派。
その生活スタイルから他の魔族との会合に種族を代表して出席する機会が多い。
大した人物ではないのだが陸上リザードの中では一番の年長者なので、リザード種全体の代表のような扱いを受ける事が多い。
本人は忘れているが連邦港湾において大魔王コリンズの拉致を発案したのが彼である。
「レ・ガン」
元四天王。
魔王ギーガーの母(厳密には縁戚)
ギーガーの魔王就任に伴いソドムタウンにおける魔王権力の代行者となった。
在任時は対魔族感情の緩和と情報収集に尽力、魔王ギーガーの自由都市来訪を実現した。
「ジェームス・ギャロ」
ギャロ領領主。
現在行方不明中のエドワード王の叔父にあたる人物。
早くからエドワードと距離を置き、実質的な国内鎖国を行っていた。
能書家・雄弁家として知られる。
「ジョン・ブルース」
公王。
王国の有力貴族であったブルース公爵家が主家に独立戦争を挑み誕生したのが公国であり、ジョンは6代目にあたる。
武勇の誉れ高く王国・魔界に対して激しい攻撃を行う反面、綿密な婚姻政策で周辺の王国諸侯を切り崩していた。
「クュ07」
コボルト種の医官。
大魔王の侍医であったクュの孫娘。
紆余曲折あってコレット・コリンズの護衛兼愛人となった。
以前からポール・ポールソンの人格と能力を絶賛しており、即時抹殺を強く主張している。
「ニック・ストラウド」
ポール・ポールソンの義弟。
大公国建国後は旗奉行として軍事面から諸種族の取り纏めに奔走している。
エスピノザ男爵叛乱事件の鎮圧に大功あり南ジブラルタル13万石の領有を許された。
実姉ナナリーが魔王ダンの乳母に就任しその娘キキに尚侍の官職が与えられたことで、全世界からの嫉妬と羨望を集めている。
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異世界事情については別巻にて。
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