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【顛末記23】 公王

最初、この地方の諸侯達が突然一斉に臣従の意を示した理由が理解出来なかった。

彼らの態度が面従腹背的であることだけは一貫していたので、漠然と彼らを改易する前提で統一政府は話を進めていた。

要するに統一政府にとっては魔界の北部に位置する彼ら王国諸侯は既に敵に色分けされていたのだ。


だがギャロ領に入った瞬間に、臣従を申し出る周辺諸侯が何故か大挙した。

それも形式的な臣従ではなく、本人と嫡男が切腹覚悟で魔王城に出頭するという、実質的な隷属姿勢であった。

今までの牛歩戦術を鑑みれば不可解極まりない。

少なくとも俺や摂政の想定とは大きく異なるリアクションだった。


意図が読めないので、俺は彼らとの面会を保留した。

遠巻きに何事かを話し掛けられるも、言質を与えたくなかったので全て無視した。

こうなるとギャロ家にも不信感が沸く。

居城に招かれるも信用出来なかったので、少し戻って国境の魔界側に野営することに決めた。



「旦那、少しいいかい?」



『はい、貴女の進言をお待ちしておりました。』



このレ・ガンという名のゴブリン老婦人は魔界が一番苦しい時期にソドムタウンにて外交基盤作りに奔走した女性である。

だから、最初から俺はこの婦人の諫言を全て聞き入れるつもりでいたし、それを期待して連れて来た。



「旦那がここまで威圧的なタイプだとは思わなかった…

タテマエは外交交渉なのだろう?」



『威圧的?

俺がですか?』



「…あの態度は良くなかった。

皆が必死で旦那の機嫌を取ろうとしていたのに、攻撃的に睨み付けて黙らせてしまった。

アタシは、もっと穏便な外交姿勢を旦那に期待していたんだよ。」



『いえ!

威圧なんてするつもりはありませんでした!!


ただ、彼らの意図が全く読めずに戸惑っているのです。

この辺の諸侯は反統一政府と聞いていたものですから。

俺も少し困惑してしまって。』



「ねえ旦那。

アンタはもうあの頃の無位無官とは違う。

今や押しも押されもしない統一政府のナンバー2だ。

旦那が単騎でやって来るというこの状況が既に異常なんだよ。」



『…いや、まあ、それはそうなのですが。』



…きっと異常なのは俺個人であって、状況自体はよくあるものなんだよなぁ。

そんな事を思いながらレ・ガンと話し込んでいるとゲコとスプ男が戻って来る。



「公王様。

あんまり意地悪したら彼らが可哀そうでっせ。

あの人ら泣きそうな顔してましたやん。」



『あ、いや。

別に意地悪とかそういう感情はないんだ。

ただね?

これまで統一政府に冷淡だった彼らが急に平身低頭し始めたから。

正直、意図が読めない。

何を企んでいるのか、猜疑してしまう。』



「いや、意図も何も…

いきなり公王様が攻めて来たら誰かてビビりますよ。」



『攻めるも何も、私は外交交渉に来ただけだ。

その証拠に軍隊を連れてないじゃないか。』



「いやいや、さっきの公王様。

交渉って態度してなかったやないですか。

アソコまで露骨に威圧したらアカンわ。」



『え?え?え?

いや、私は威圧などしていない!!!

…していないぞッ!!』



「まあまあ、そんなに怒らんとって下さい。

ボクもここまで御自覚が無いとは思ってませんでした。

はっきり言いますね?

公王様は統一政府の中でも一番好戦的な武将やと思われてるんです。

当代を代表する武闘派、それが王国人にとっての公王様ですわ。」



『ちょっと待ってくれ!!

私は武闘派なんかじゃないよ!!

酷いのはカロッゾやノーラだ。

アイツらと違って私はいつだって穏健なアプローチを心掛けている!!』



「いやいや、勿論! 勿論です。

諸記録を掘り下げた限り、公王様は相当理知的な部類の政治家やと思います。

そう思ったからこそ、ボクも公王様に接触した訳ですしね。


ただね?

ただですよ?

それは公王様とある程度の関わりを持ってやっと見えて来る部分なんですよ。

現にソドムタウンではかなりの人気と聞いてます。


逆に。

逆にですよ?

王国の連中にとって公王様って、大国の国主でありながら渡河一番槍を敢行した猛将なんですよ。

あの合戦にはそれくらいインパクトがあったんです。

現に公王様は旗本だけで王国の精鋭騎兵団を全滅させた訳やないですか?

ボクもさっき彼らと少しだけ話しましたけど、完全に荒武者のイメージを持たれてますよ。」



『猛将とか荒武者とか…

私の柄ではないよ。

どちらかと言えば真逆のインドア人間だ。

一番槍もたまたまだ。』



「いやぁ…

10万規模の合戦で一番槍がたまたまって…

それは流石に通らんのちゃいます?

実質的な一騎駆けやったって聞きましたよ。」



『違うよ。

私は軍隊経験がないから。

大将がどんなペースで前進すればいいか感覚的に掴めてなかっただけ!

仮に単騎で突出していたとしても、それは能力不足故のミスだ!』



「…まあ、言い分があるのは理解出来ます。

恐らくそれは本音なんやとも信じます。

ただね?

ここでは公王様は相当恐れられてるんですよ。

それは現実として受け止めて下さいよ。」



『…。


そうだな。

君の言う通りだ。

少し頭を冷やすよ。』



「でもギャロ城には入城しない、と。」



『しない。

彼らはエドワード王の親族でありながら、王が逃げ込む事を拒絶して追い払った。

信用されなくて当然だ。』



「王に射かけたって噂も立ってますしね。」



『私は彼らと交渉に来たのであって、遊びに来たのではない。

城内に招かれてやる義理が無い。』



「…ギャロ家も色々あったみたいですけどね。

王様を輩出するのも色々大変らしいですよ。


でもまあ、それに関しては賛成かな。

何をされるか分かったモンやないですしね。

城に近づいた途端に射られたら堪りまへんわ。」



『もうさ。

面会はこの道端でいいよ。

うん、用事はここで話そう。』



「えー、ホンマに道端ですやん。

流石にヤバいですって!

変な尾びれ付いてまいますよ!」



『スプ男君。

この辺に座りやすい岩とかある?』



  「岩ですかぁ。

  どれも座るには小さいかなぁ。

  

  あー、じゃああそこの洞穴とかどうですか?

  多分、ブラッドベアの巣だと思うんですけど。」



「えー! スプ男クン!!

ブラッドベア言うたら猛獣やん!?

その巣に入るの?」



  「あー違う違う。

  彼らは友好的だよ?

  そこらで獲った魚とかをあげたら話は通るし。

  俺達オークは大雨の日によく巣を借りるからね。

  今日なんか天気ヤバいし、早めに借りようよ。」



「そ、そうなんや。

レ婦人、ゴブリン的にもそうなんですか?」



  「うーーーん。

  ベア系全般にあまり凶暴な印象はないねえ。

  温厚で懐き易いイメージはあるけど。

  ゴブリンの巣では普通に暮らしてるよ?」



そんな会話を見守っていると、スプ男やレ・ガンが果物や魚をブラッドベアの巣穴に放り込み、親し気に笑い掛け出した。

俺もブラッドベアには猛獣のイメージしかなく冷や冷やしたのだが、2人はあっさり巣に入り、ベアの背を撫で始めた。

俺とゲコは本当に気は進まなかったのだが、天気が今にも崩れそうだったので周囲の木から柑橘を両手いっぱいにもぎ取って恐る恐るベアにくれてやる。

気のせいか、俺達に対してスペースを開けてくれた気がする。



  「お! 公王様流石ですね。

  コイツも気に入ったみたいです。

  一晩くらいなら普通に泊めてくれますよ。」



スプ男の軽口に対し、冗談ではないと内心には思ったが氷雨が降り始めたので、仕方なくブラッドベアの巣穴に入る。

ここで喰われて死んだら…

間違いなく士道不覚悟罪で改易されるだろうな。



『お邪魔します。』



「ボクは餌とちゃいますよー。」



俺とゲコはブラッドベアに一礼して巣穴の奥に入った。

思ったより中は広い。

俺達の持って来た柑橘を子熊が機嫌よく食べており、それを眺めるブラッドベアの目もどことなく優しい。

最初は怯えていたのだが小一時間もすると緊張が解け、洞穴の隅を借りて仮眠を取らせて貰うことにした。



「旦那、ゲコ坊。

見て御覧、洞穴が続いているだろう?

昔ゴブリンが住んでいたってことさ。」



『ああ、どうりで規模が大きいと思いました。』



「ベア系とゴブリンは食性が被らない上に住処をシェアする事が多いからね。

割と仲良くなりやすいんだ。」



『人間種はどうですか?』



「人間種さんは派手に農地を広げるから…

共存不可能な種ではあると思うよ。」



『耳が痛い限りです。』



少し心苦しかったので、洞穴を出てもう一度柑橘を集める。

樹上に舞茸が密集していたのでついでに採取。



『御婦人。

ベア系はキノコも食べると認識しているのですが。』



「そりゃあこの子達も食べる物がなければ食べるけど…

好んでは食べないね。」



『あ、そうなんですね。』



「舞茸かい。

オークとゴブリンは好んで食べる。

逆にリザードやコボルトは嫌がるね。」



『じゃあ、御婦人が食べます?』



「ははは、自分達の洞穴なら煮炊きもするんだが、流石に借り住まいで火は使えないよ。」



『あ、それは確かに。

不注意でした。』



「スプ坊。

オークはキノコの生食を好むが、アンタ食べるかい?」



  「えへへへ、実は少し腹が減ってます。」



『ああ、それならそうと言ってくれよ。

さあ、スプ男君が食べなさい。

どうぞどうぞ。』



  「いや、こんな上物を独占するのは流石に…」



『我々人間種はキノコの生食が苦手なんだ。

御婦人もですよね?』



「そうだね。

アタシらゴブリンは、基本的に大抵の食材を煮込むからね。

キノコを生で食べるという話は聞かない。

スプ坊、アンタは身体がデカいんだ。

遠慮せずお食べ。」



  「あ、じゃあ、俺、スンマセン。」



スプ男は恐縮しながらも、横臥してクチャクチャと舞茸を咀嚼し始める。

明らかに雰囲気が弛緩したので、今まで相当緊張していたのだろう。

俺も洞窟の入り口まで持って来ていた柑橘を全て運び込み、ブラッドベアに振舞った。

子熊が甘えた鳴き声で擦り寄って来たので、ひょっとすると気に入られたのかも知れない。



「あー、公王様。

雨が激しなってきましたね。」



『本当だ。

洞窟の奥に居たから分からなかったよ。

この分だと今日はギャロ家との交渉はないな。』



「ですねー。

ここまでの豪雨ですと視界が全然やし…

トリケラの奴も完全に休止体勢に入ってしまいましたしね。

じゃあ、交渉は雨が止んでからですか?」



『そうだな。

明日雨が止んだら…

ギャロ領に再訪しよう。』



「じゃあ、雨が続いたらこの洞穴でもう一泊します?

空ぁ見た感じ、雲は相当厚いですけど。」



『いやぁ、2日も連続で宿を借りるのは彼らに悪いだろう。

ブラッドベアにだって生活があるから。』



「その慈愛を諸侯達にも向けてやって下さいよー。」



『…まあ、善処するよ。』



「ほな、明日は雨中行軍しますか?

トリケラは雨の日に進むのを嫌がるって聞きましたけど。」



『?

あ、すまん。

どのみち雨を消し去るつもりでいた。』



「そ、そうっすか。

え? 雨を消す?」



『言わなかったか?

私は邪魔だと感じたら何でも消せるぞ?』



「…はぁ、邪魔だと感じたら。


怖ッ!!!!

この人怖ッ!!!!」



『おいおい、大きな声を出すんじゃない。

子熊が睡眠中だよ。』



「あ、スンマセン。

でもボクの反応はまだ抑えた部類やと思いますよ?」



『あ、そうなんだ。』



「…なんでも消せる、というのは【政治的軍事的に自信がある】というだけのニュアンスではないですよね?」



『そんなに思い上がってないさ。

私は1人の組織人に過ぎないよ。

単に個人的に可能というだけの話。

君のスキルと一緒。』



「…いやいや、個人で何でも消すって。

そっちの方がボクは怖いですけどね。


勿論政治力・軍事力に限った話でも、ここらの連中にとっては絶望以外の何物でもないですけど。

大体、この政治状況で【邪魔者は消せる】とか言っちゃったら…

もうそういうことやないですか。

そんなん、諸侯からしたら処刑宣告ですよ。」



『ああ、そうなるか。

そういうつもりで発言した訳ではないのだが。


でもな?』



「あ、はい。」



『ここら辺の諸侯は長年魔界に侵掠を続けていたし…

私も摂政も漠然と殲滅対象と認識しているぞ?』



「え?

交渉って言ってましたやん。」



『だから、ギャロ領を残す事は政権の総意だ。

政治的なクッションとして働いて貰いたいからな。

ただ、それ以外の諸侯は話題に上ったことがない。』



「え?

そうなんすか?」



『最終的に彼らは改易されてここら一帯が天領になるんじゃない?

ギャロ家は北西地方の連絡役的な役職に就けられると思う。』



「改易諸侯はどうなるんでっか?」



『あ、いや。

どうなるも何も、本当に話題にすら上ったことがない。

王国人の摂政からしても馴染みのない地域だからね。

ぶっちゃけどうでもいいんじゃない?』



「…それ地元諸侯にとったら一番怖いパターンですね。

侵攻軍に興味すら持たれてない…

どうでもいいけど漠然と殲滅対象って…

心折れますがな。」



『いやあ、君は侵攻って言葉を使うけどさ。

魔界からここまで道すら通ってないんだよ?

そもそも物理的に軍隊行動が不可能だよ。』



「ッ!?」



ゲコは絶句して俺の顔を茫然と見つめる。

饒舌極まりない男にしては珍しく、全身から冷や汗を流して唇を編んでしまった。



『え? 何?

ゴメン、私また何か変なこと言っちゃった?

ゴメンね?

昔から空気の読めないオッサンだって、若い人に怒られるんだよ。』



1分ほど重苦しい沈黙が続いてからゲコが言葉を絞り出した。



「道なら…

あんなに広く真っ直ぐな道を公王様が作ったばかりやないですか。」



『…ああ。

ゴメン、忘れてた。』



「…誰がどう見ても軍用道路ですよね?」



『うーーん。

私はそういうつもりでは無く、今回のミッションで通行さえ出来れば何でも良かったのだが…

ほら、悪路を進ませるのはトリケラトプスが可哀想だからさ。


確かに、言われてみればトルーパーを問題なく送り込める規格の道路ではあるね。

カロッゾ卿の機甲師団なら魔界の首都エデンから半日でギャロ領に侵攻可能かな。』



「…公王様。

少しは攻められてるモンの気持ちを考えてやって下さい。

ある日突然軍用道路が自分の領地に接続されたら…

ボクやったら発狂しますわ。」



『あー、ゴメン。

確かに酷い話だよな。

今まで意識してなかったけど。

簡単な天候操作とトルーパー対応の軍用道路敷設程度なら、私一人で出来ちゃうんだわ。』



「マジっすかー。」



『うん、しかもそれを同時にこなしても疲労感は殆どない。

現に今、肩こりすら感じてないからね。

スカッシュで1ポイント取る方が苦労するんじゃない?』



「公王様。

ご自分の立場になって考えてみて欲しいんですけどね?

そんな奴に攻められたらどう思います?」



『いやー。

普通に国が滅びるでしょ。

だってこれカロッゾ軍が全軍で攻めて来るパターンだよ?

最低でも城主一族は族滅されると思う。』



「…。」



『そんなに怒るなよ。

私もそこまで気が回らなかったんだよ。』



「いや、怒ってはいませんけど。

次に彼らが投降を申し出たら、受け入れてあげて下さい。」



『うん、ゴメン。

そうする。』



俺は雨の中、もう一度外へ出てみる。

トリケラトプスが面倒臭そうに振り返ったので、子熊に貰ったネズミの死骸をプレゼントしてやった。

相変わらず何を考えているか分からない生物だが、ムシャムシャと貪る様子はどこか幸福そうだった。

そして自分が来た道を振り返ると…



『うわっ!

軍用道路じゃん!!!』



そこには真っ平に均され、遥か後方に一直線に続く太い道路があった。



「だからそう言ってるやないですかぁーーーー!!!」



洞窟の入り口から俺を睨みつけていたゲコが怒声を上げる。

ピエロぶってる癖に妙にハートの熱い奴だ。



『あー、これは駄目だわぁ。

こんな軍道を一方的に敷いておいて外交交渉もへったくれもないわ。

これって半分恫喝だよね。』



「半分で済むかーーーーいッ!!」



…ヤバい、俺アイツのこと好きかも知れないw

思わず笑みがこぼれる。


これ以上若者に怒られたくないので必死で笑いを堪えながら軍用道路をチェック。

見た目以上に堅牢である。

この豪雨の中、一切崩れる気配がない。

仮にカロッゾが機甲師団を全速移動させたとしても、大した損耗は生じないだろう。


ああ、迂闊だった。

確かに考えてみれば、俺のスキルって現代戦と滅茶苦茶相性いいな。

そっかぁ、昔は塹壕も掘れちゃったもんな。

…俺さぁ、軍歴がないから自分のスキルを今まで軍隊的な発想で精査して来なかったんだよ。

でもまあ、最近軍人の真似事をさせられて、多少の知識も付いて…

うん、認めざるを得ないな。

俺、常軌を逸して戦争向きだわ。

それも守将ではなく攻将。


うわあ。

それにしてもこの道路…

すっごく硬い。

軍人さんは喜ぶだろうなぁ…

これ、やられた方は堪ったものじゃないな。

俺って結構酷いことするよな…



「旦那、頭は冷えたかい?」



気が付くとレ・ガンが側にいた。

手に持った大きな蓮の葉は俺への傘のつもりなのだろうか。



『ええ。

確かに威圧的ですね。

俺、周りから自分がどう見られてるかに…

あまりに鈍感だった気がします。

いい歳して恥ずかしいというか。

さっきも若者達に呆れられてしまいましたし。』



「そこに気づけただけでも大したモンさ。

世の中、一生己に気づけず朽ちて行く奴が殆どなんだよ。」



『…猛省します。』



「そうやって小まめに軌道修正出来るのが旦那の長所だ。

大丈夫、アンタなら出来るよ。」



『明日からの交渉は…

もう少し世間から見たポールソンを意識して、健全に進めてみます。』



「旦那なら出来る。

気負い過ぎないようにね。」



『はい、ありがとうございます。

貴女にはいつも助けられます。』



帰路、甘瓜がなっていたのでレ・ガンと収穫して持ち帰りブラッドベアに献納する。

子熊たちの好物であったらしく、彼らは甘えたような鳴き声を上げて笑った。

…笑うこともあるのだな、君達は。

俺はベア系の模型を数えきれないほど作って来た。

帝国人の間では縁起物なので、帝国系の連中から頼まれる機会が多かったからだ。

エルデフリダも珍しく褒めてくれた。

彼女からモンスター博士などとおだてられて…

ベア系の第一人者か何かのように自負していたが、彼らに笑顔という機能があることすら俺は知らなかった。



…俺は何も知らなかった。



「旦那。

そういう日もあるさ。」



俺の表情を見て心境を察してくれたのか、レ・ガンが優しく肩を抱いてくれた。



『明日は自分を誇れるように精進します。』



「アンタはよくやっている。

たまたま、自分の欠陥や失敗ばかりに目が行く性分なんだよ。

それは向上心の現れだから恥じる必要はない。」



『…ありがとうございます。』



甘瓜に限っては、人間もベアもゴブリンもオークも食べれるので皆で並んで貪った。

ベアの本音など理解し得るとは思えないのだが、それでも打ち解けた気がしたので、俺達は巣穴で仮眠を取らせて貰うことにした。

そう言えば寝るのを忘れていた。

そして俺が寝てないという事は、彼らも俺に気を遣って眠れない事を意味する。

…大将失格だな。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「公王様、お休み中にスミマセン。」



耳元で囁くスプ男の声に飛び起きる。



『ん?

問題発生?』



「あ、いえ。

王国の連中がこの先まで来てます。

多分、十騎前後が国境を越えているのではと。」



『えー、困るなぁ。

彼ら国境は越えないって言ったばかりなのに。


何?

攻めて来たの?』



「いやーー。

そういう雰囲気ではないですね。

遠目に騎影を見ただけですけど、槍も弩も持ってないように見えました。」



ベアも異変を察したのか、怪訝そうな表情で洞穴の外に耳を澄ませている。

そして地に耳を付けていたレ・ガンが断言する。



「この音は軍馬だね。

5頭から10頭の間。

全力疾走ではない。」



『ではギャロ本人でしょう。』



「そうなのかい?」



『彼らにとっては早めの出頭がベターですから。

特にこの雨はいい。

必死で駆け付けました感が演出できます。

多分、雨具の類は敢えて付けずに近習だけ連れて来ている筈です。

高い確率で嫡子も連れてます。』



「ふふっ、見て来たように言うね。」



『俺が彼らなら嫌々そうしますから。』



この中で最も声量があるのはスプ男なので、彼に叫んで貰う。



「ギャロ殿ーーーーーーッ!!!!!

公王様ならここにおわしますぞーーーーー!!!!」



流石はフィジカル種族のオークである。

その響き渡る銅鑼声には惚れ惚れとする。



『スプ男君、良い仕事ぶりだ。

恩賞ものだぞ。』



「え? マジっすか!

やったぜ!」



『私は0万石なので恩賞は渡し得ないが、摂政に頼んでおこう。』



「えー、摂政殿下っすかぁ。

いやー、ははは。

冷静に考えたらデカい声出しただけですしね。

恩賞はまだ早いかな、たはは。」



ここまで畏怖嫌悪されるのは最早芸風の域なので、最近の俺はやや摂政を見直すようになっている。

2人で主語を伏せた悪口に興じていると、蹄音が近づいて来た。

やはり、あからさまに速度を落としている…

相手を刺激しないことだけに気を遣った走り方だ。


なので再度、スプ男に呼び掛けさせる。

それも、こちらも気を遣って。



「ギャロ殿の御来訪を心より歓迎致しまーす!!」



今度は完全に届いたのか、すぐに返事がある。



  「公王様でしょうか!?

  先程は大変申し訳御座いませんでした!!

  ジェームス・ギャロ、出頭致しました!!!」



『ポールソンです。

先程はどうも。』



「公王様!

まずは国境を跨いだ無礼をお許し下さい!」



『…いえ、今後は控えて下さると助かります。

それで?

如何なる御用でしょうか?』



「雨具を献上に参りました!」



…あー、コイツ上手いな。

その場その場で器用に機転を利かすタイプの男だ。

愚鈍者の俺としては羨ましい限りである。



「これだけの豪雨は久し振りなのです。

公王様にもしもがあれば一大事と思いまして!」



…まあ、一大事だろうな。

俺がここら辺で事故死でもしたら、統一政府は絶対に因縁を付けて大攻勢を仕掛けるだろう。

眼前のこの男と一族は必ず殲滅される。



『お気遣い痛みいります。

ただ、既に宿で寛いでおりました。

雨が止むのを待って、明日か明後日にでも伺おうと思っていたのです。』



「は?

や、宿で御座いますか?

この付近にそのような施設が?」



そこまでギャロが言った所で、スプ男が駆けて来て俺達を蓮の葉で覆った。

間近でオークを見たギャロが一瞬目を見開いてから、慌てて黙礼する。



『ギャロ卿。

私は宿に戻りますが…』



「あ、では!

せめてお見送りをさせて下さい!」



『あ、いや。

見送りも何もここに泊まっておりますので。』



そう言って俺はブラッドベアの巣穴に入る。

冷静に考えれば俺は狂人なのかも知れない。

洞穴に入った俺がベアと共に振り返ると、ギャロは絶句したまま立ち尽くしていた。

いや、自分でも理解してるよ?

明らかに常軌を逸しているもの。

でも仕方ないじゃない、雨が降ってきたんだから。



『えっと。』



泣きそうな顔で目を見開いたままギャロは俺達を凝視している。

そりゃあね、熊の巣でゴブリンやオークと寝転んでいる侵略者が居たら心が折れるよね。

俺だってそんな奴が攻めて来たらパニックになって崩れ落ちるわ。

王国屈指の弁論家と聞いていたが、流石にこの状況では言葉も出ないらしい。

俺も眠いので、早く帰って欲しいのだが…



『ギャロ卿も入られますか?』



外交儀礼としてそう言わざるを得ない。

豪雨にも関わらず王の親族に軒も貸さなかったとの噂が立てば、統一政府の評判が落ちるからだ。

(まだ落ちる余地が残ってると良いのだが…)



「…お、お招きありがとうございます!」



そうなんだよなあ。

この状況ではギャロ卿は招きに応じざるを得ないんだよなぁ。

だって【公王が求めたにも関わらず会談を拒絶した】なんて噂が立ったら、俺が弁護したところで絶対に討伐軍が編成されちゃうもの。

なんかごめんな。



『えっと、何か食料とかお持ちですか?』



「あ、はい!

公王様に喜んで頂ければと思い、弊領の名産である鴨の干し肉とシュガーメロンを持参致しました!」



レ・ガンにそれがレッドベアの好物であると教えて貰ってから、ギャロ父子を洞穴に招いた。



「こ、この度はお招き頂きまして…」



『あ、いえ。

ここは彼の住処です。

私も一夜の宿を借りているだけですので。』



何だかんだで胆力のある人物なのだろう。

ジェームス・ギャロは嫡男のトーマスと共に巣穴に入って来た。


ここでブラッドベアが暴れ出して俺達全員が死んだら、数千年語り継がれる歴史ミステリーが誕生してしまうなと思い、不謹慎にも吹き出してしまう。



「公王様!?」



『いやあ、失敬。

ギャロ卿を笑った訳ではありません。

気を悪くされたなら謝罪します。』



「あ、いえ!」



俺達は改めて自己紹介。

子熊が興味深そうにこちらを見ていたので、「友人のギャロ卿です。」と説明してやる。

言葉が通じたのか、馴れる様な態度でこちらに寝転がって来たので背中を優しく撫でてやった。



『こちら大魔王の御者を務めた事もあるスプ男君です。』



「どうもー、スプ男でーす。」



『こちらゴブリン見習いのゲコ君。』



「どうもー、ゴブリン見習い兼人間失格のゲコでーす♪」



『こちら私の四天王としての前任者であるレ・ガン婦人。

魔王ギーガーの御母堂と紹介した方が分かり易いかも知れませんね。』



ギーガーの名を出すとギャロ親子は身を強張らせる。

そりゃあね、ギャロ家も魔界侵攻戦では奮戦したらしいからね。



「息子がお世話になりました。」



レ・ガンは感情を抑えてそう言ってから、上品に頭を下げた。



「ギーガー陛下の御冥福を祈ります。」



ギャロ親子もレ・ガンに深く頭を下げ、しばらく額を地に付けていた。

なるほど馬鹿ではないか。

扱い難い程度には聡い。



『この4名で伺わせて頂いております。』



ギャロはしばらく唇を噛んでいたが、やがて観念したかのような表情となり懐から書状を取り出し平伏した。



『いやいや、領土献上宣言書など根回しも無しに渡されても困ります。

私も復命のしようがありません。』



「私と嫡男のトーマス。

そしてその他の一門衆全員。

魔王城に出頭しますので、取次いで頂けませんでしょうか?」



『あー、いやいや。

書状でも申し上げました通り、別にギャロ卿の封土を奪いに来た訳ではありません。

今後の国際情勢について話し合いがしたかっただけです。』



話が長引くと面倒なので、ブラッドベア達に干し肉を献上しながら、摂政と話し合った国際秩序構造について解説する。



『要は、摂政はエドワード王さえ存命であれば王国が荒れずに済んだと考えておられます。

ここまでは宜しいですね?』



「ええ、ご評価光栄であります。」



『ただ現状。

音信不通状態なのです。』



俺が音信不通と言った瞬間にギャロ親子は怯えた目でこちらを見上げる。

あっ!

そうか!

コイツら統一政府がエドワード王を殺したと思っているのか!?

違うぞ、多分!



『いや!

本当に我々も行方が分からなくて困ってるんですよ。

今でも懸命に捜索しております。

保護! あくまで保護を目的とした捜索!』



まあ、こんな言い方をした所で疑いが晴れる訳ないよな。

だって俺や摂政ですら魔族を疑ってるもの。

(というより俺は摂政が一番怪しいと思っている。)

なにせ、大規模侵略戦争の総大将がその数カ月後に流れ着いたのである。

エドワード王が戦争反対派だったことは魔界でも有名な話ではあるが…

それでもあまりに多くの魔族が殺されたからな。

恨みを堪え切れなかった者が居ても不思議ではないだろう。

そんな風に俺達が魔族を疑っているように、ギャロも俺達を猜疑していたのだ。



『何か誤解があるようですが…

むしろ、摂政こそがエドワード王の生存を1番願っているのです!』



俺が力説すればするほど、ギャロ親子は身体を強張らせ、遂には返事すらしてくれなくなった。

疑われて当然である。

コレット・コリンズの粛清劇は現時点でも人類史上屈指の規模だからである。

《膨大な諸侯を族滅しましたが、エドワード王の行方不明にだけは関与していません。》

などと主張した所で、今更信じる馬鹿もしないだろう。



『まあ、どのみちこの雨では身動きが取れません。

明日までゆっくり羽根を伸ばしましょう。』



極力冗談めかして言ったのだが、ギャロ父子の緊張はほぐれない。

まぁな、熊の巣穴で侵略軍の親玉や魔族と1夜を共にするなんて悪夢以外の何物でもないよな。



『では、皆さん。

目覚めた時には雨が上がっていると良いですね。』



子熊の腹を優しく撫でてから俺は眠りに着いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



久し振りに夢を見た。

まだ幼年学校に入学する前であろうか…

無邪気に走り回っている少年時代の俺を老いた俺がぼんやり眺めていた。

或いは、老いた俺が走り回る様を少年の俺が呆れて眺めているのかも知れなかった。

まあ、いいさ。

大した違いはないのだから。


そして不意に絵本が開く音。

添い寝してくれているのは勿論■○▲。

そう、これは子供の頃に■○▲が読んでくれた絵本の夢。


何度ねだっだろう、勇敢な騎士が拐われたお姫様を助ける為に、悪い国に攻め込む話。

悪い国は大勢の軍隊と様々な兵器を駆使して騎士に襲い掛かるが、騎士は決して屈しない。

彼は奮戦し、悪い国をやっつけて、お姫様を取り戻すのだ。


如何にも子供騙しの浅はかな夢。

日頃、争い事を憎んでいた■○▲なのに、どうしてあの絵本だけは読み聞かせてくれたのだろうか?


わからない。

■○▲は俺が父・ジャックのような暴力的な人生を歩む事を必死で阻止しようとしていたのに。

或いは、■○▲自身が一途な騎士に救いを求めて居たのだろうか。

今となっては決して叶わぬ夢物語。


夢の中の俺は悪者を懸命に倒す。

倒す、斃す、たおす、タオス。

この歳になればわかる。

それは姫君の為でも正義の為でもない。

流血そのものがいつしか目的化しているのだ。


絵本の中の悪い国はカリカチュアライズされている。

醜く歪んだ悪い王様、悪い将軍、悪い兵隊。

夢の中の俺は喜び勇んでそれらをやっつける(殺害)ことに没頭している。

文字通りの夢中である。

絵本の中のことなので、どれだけ多くの悪者をやっつけても血は流れない。

悪い国が燃え盛ったのなら、そこに住む国民は…

特に大量の非戦闘員が巻き添えになって死ぬ筈だが、絵本なので割愛される。


そしてハッピーエンド。

姫君を抱き上げた少年は誇らし気に笑う。

あの頃の俺が思い描いた姫君なので当然エルデフリダである。

あの女が救出されたくらいで感謝するとは思えないが、妄想の中のエルデフリダは感涙にむせび泣きながら、俺に抱き着く。

そして2人はキスをしてハッピーエンド。


何故、あの頃の俺は思い至らなかったのだろう。

やっつけられた悪い国の痛みに。

誇らし気にエルデフリダを抱き上げた俺の足元に広がっているのは、無限に広がる瓦礫。

そして天にも届くような屍体の山。

被害者達は恐怖に目を見開き苦痛に叫びながら、俺に殺されていた。

その殆どは女子供だった。

きっと泣き叫び命乞いをしたのだろうが、絵本にそんなシーンは描写される訳がない。

実際の戦場は凄惨な死臭と死を待つ兵士達の呻きに満ち溢れているのだが、絵本はそれを覆い隠す。


今思えば、あの絵本は軍の天下り団体が刊行していたのかも知れないな。

文筆家として名が知られ始めてからは、そういう依頼がどれだけ断っても舞い込んで来たからな。


得意気にポーズを取っている少年時代の俺の笑顔は極めて醜悪である。

目先しか見えない幼稚な小僧。

ほんの少しの想像力すら働かせる事が出来ない粗忽さ。


やれやれ、子供というのは本当に愚かな生き物だ。

大人であれば眉を顰めるような愚行を平気で犯す。

醜悪な少年ポールソンの顔をこれ以上見たくなかったので、俺は■○▲に叫ぶ。

早くこんな少年時代のページはめくってくれ、と。


■○▲と一瞬目が合う。

哀れな者でも見る目。

失望や憐憫に溢れた目。

もう■○▲は2度と笑い掛けてくれない。


俺は■○▲から絵本を乱暴にひったくり、力ずくで醜悪な少年時代のページを破り捨てる。


だかページが破られたところで、被害者達が生き返る訳でもなく、それどころか屍体の山は更に高く大きくリアルに描写されていた。

構図は殆ど同じだったが、瓦礫を踏み付けている俺は歳を取っていた。

大人になれなかった癖に老いてしまっていた。

身も心も歪み腐っていた。


胸には誇示するように無数の勲章。

それが殺した数だということさえ理解していなかった。

知っているのかポールソン、恥を練り固めたものを世の馬鹿共は勲章と呼ぶのだ。


破り捨てられた少年時代はどこかに消え去り…

老醜の惨めに曲がった背中が浮かび上がる。

その男はさも世を憂うかのような仕草でゆっくりと振り返る。


だが、その表情は悲しむどころか、まるで…



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「公王様。」



目を開くとギャロと目が合う。

皆が俺の周囲に集まっていた。



『失礼、ギャロ卿。

寝過ごしてしまいましたか?』



「あ、いえ!

彼が…」



ギャロ卿が反対側を指すとブラッドベアが俺を覗き込んでいた。

枕元には砕けた甘瓜?



「朝方にベアが洞穴から出たと思ったら、今しがた瓜を抱えて戻って参りまして…

恐らくは公王様への心遣いなのではと…」



『ああ、これは失礼。』



俺はブラッドベアに礼を述べて甘瓜をご馳走になった。

喉が潤って心地良い。

目が合うと、俺が喜んだことが伝わったのだろう。

満足してノソノソと巣穴の真ん中に戻り、子熊を優しく抱き締めながら横たわった。



「申し訳ありません。

お休みを邪魔してしまいました。」



『あー、いえいえ。

気になさらないで下さい。

夢を見ていただけです。』



「ええ、それで気が引けたのです。」



『気が引けた?』



「はい、公王様がとても機嫌良くおやすみでしたので…

吉夢を中断してしまったのではないかと。」



吉夢、か。

夢なんて一々覚えていないが、彼が言うならそうなのだろう。

聞けば、俺の寝顔は機嫌よく笑っていたらしい。

全く、何を考えているのだか。

こんな状態で安穏な夢を見るとは…

確かに常軌を逸しているな。

認めたくはないが、確かに俺には戦争の才能があるのかも知れない。



雨が相当収まって来たので、ギャロ父子と再度打ち合わせ。

ギャロ領を改易する意図はなく、それどころか本領安堵が内定している旨を伝える。



『その代わりと言うわけではありませんが、エドワード王名義の書状発給と魔界との相互不干渉条約への調印取りまとめ。

ギャロ家には動いて頂きますよ?』



「はい!

勿論で御座います!

2度と魔界侵攻論が生じないよう、皆に固く言い聞かせます!

慮外者が居れば、必ずや征伐してご覧に入れます!」



熊の巣穴で取り交わされた外交約束に効力があるかは不明だが、少なくともギャロ家は誠意を見せた。

この後、俺がギャロ城に入城し彼が臣下に対して統一政府への全面服従を布告して話は一段落となる。

もしもこの臣従声明が罠であれば…

いっそ全て消してしまっても良いか。

別に王国を平定しても構わないのだろう?



『ええ、その後家臣団の皆様には誓紙を提出して頂きます。

いえ、これは疑っているとかではなく、他の方の領地でも同じ手続きを行っておりますので。

強制ではありませんが、ギャロ領からだけ誓紙が届かないとなると、あらぬ疑念が生じてしまい兼ねません。』



相手は本職の封建諸侯なので、こういう場合のお約束は知り尽くしている。

特にクレームもなく、ギャロ城に案内された。

思っていたより豪華である。

分家とは言えギャロ家は王族なので、城内に玉座の間を据える事が許されているそうだ。


俺が諸侯のアポ無し面談を嫌っている事が周知されているのか、ギャロ城謁見の間では見覚えのある諸侯達が並んで平伏していた。

案内されたので王座に腰掛ける。

大きく柔らかいが今朝まで過ごした穴倉ほどの快適さはない。



「ポール・ポールソン公王陛下!!!

愚かなる我々の謁見をお許し下さり誠に! 誠に!」



俺が眺めていると、皆が一斉に声を合わせた。



「「「「「「感謝しております!!」」」」」」」

「「「「「「恐懼しております!!」」」」」」」

「「「「「「御慈悲に言葉も御座いません!!」」」」」」



見事に揃っていた。

きっと王国貴族にはこういう口上作法があるのだろう。

何か返事をしなければならないのだろうが、こういう作法が本当にわからないので黙っていた。

ゲコが横目で俺を睨んで来たので、仕方なく言葉を絞り出す。



『…であるか。』



「「「「「「「…。」」」」」」」」



玉座の間が沈黙に支配される。

参ったな。

もっと気の利いた発言をしたかったのだが…

こんな事ならエルデフリダの作法指南にもっと真面目に耳を傾けておけば良かった。

だって仕方がないじゃないか。

俺は掃除屋の息子なんだぞ?

玉座に腰掛ける日を想定しろと言う方がどうかしている。



「公王陛下は皆様の御忠勤に深く感激しておられます!!

先程の話ではありますが、摂政殿下へのお口添えも堅く決意されておられました!!」



ゲコが叫んだ。

そう、俺がゴブリンとオークしか連れて来ていないので、ギャロ側も玉座の間に魔族を入れざるを得なかったのだ。

ゴブリンが彼らにとって神聖な玉座の間で叫んだにも関わらず、誰もゲコを責めない。

それどころか安堵したような笑顔でゲコに感謝の会釈を送っていた。



『…。』



あ、そうか。

俺が話し掛けにくい雰囲気を出しているから、諸侯達が苦慮しているのか。

えっと、こういう時は何て言わなくちゃいけないんだっけ。



  「笑え。」



思い出せないな。

昔、〇■△◎が忠告してくれた気がするのだが。



  「オマエは鏡の無い世界で育ったのか?

  違うだろ?

  自分の表情くらいコントロールしろ。

  オマエの所為で皆が死ぬぞ?

  …笑えよ、ポールソン。」



おかしい。

それはとても大事なことだった気がする。

どうして思い出せない?



  「でもな?

  皆はオマエほど強くはないんだ。

  …だから、これ以上、周囲を圧迫してやるな。

  なあ、ポール。

  笑え。

  それが周りの連中への許しになる。

  笑え。

  俺はオマエだけには笑っていて欲しい。」



なあ〇■△◎、俺に笑えって言ってくれたのって誰だっけ?

まあいい、これは交渉だ。

出来るだけソフトな雰囲気を作らなければ…



  「そんな顔するな。

  なあ、知ってるか?

  オマエ、ヘラヘラ笑ってる時の方が

  よっぽどいい男なんだぜ。

  だから、笑え。

  そんな顔するな。」



何か言わなければ。

王国情勢を少しでも丸く収める為に。

言え、何か気の利いた発言をするんだ。



『…魔王様も摂政殿下も諸君らの不忠に深く心を痛めておられた。』



あれ、俺は何を言っているのだ?



『諸君らは既に忠誠宣言書を魔王城に送った筈だが…』



ん?

何の話をしている。



『とうとうマキンバ領救援戦には一兵も送らなかったな。』



いや、そりゃあそうだろう。

ここからマキンバ領なんて、洒落にならない距離だぞ。



『これは逆賊の所業であるッ!!!』



???

理解不能。

コイツは何を言っている???

眼前の諸侯が平身低頭して必死に謝罪している。

一様に顔面蒼白であり、冷や汗をダラダラと垂らして涙を浮かべて陳弁していた。



『カロッゾ卿とも協議したのだがな。』



その名を出した瞬間に場が凍りついた。

そりゃあね、世界各国でジェノサイドを繰り返している奴の名前なんて挙げられた日にはね。



『例え摂政殿下がお許しになったからと言って、主君を侮辱された我々の怒りは収まらないという結論に達した。』



酷い言い掛かりである。

ああ、歴史の授業で習ったわ。

大国がやる恫喝外交だ。

今の俺の論法はかつて超大国であった王国が周辺国を従わせる為のそれ。

若き日の俺が最も憎んだやり口だ。

…いや、俺が憎んだのは手口だったのだろうか、自分がその力を持たないことへの憎悪でなかったと言い切れるのか?




『要は諸君は戦争を望んでいるのだろう?』



『口先だけでなら幾らでも忠誠は誓えるぞ!!』



『今更になって臣従だと? 見え透いた時間稼ぎだな。』



『せめて一度くらいは挨拶に来るべきだったな。』



『摂政は諸君の事をご存じ無かった。

当然だよな? 引見した事がないのだから。』




最後に俺が決定的な何かを叫ぼうとした所で誰かの手が俺の肩に置かれた。

その優しさがあまりに■○▲に似ていたので思わず黙るが…

振り返るとレ・ガンがただ哀しそうに俺を見つめていた。


わかるよ、貴女が言いたいことは。

誰かが俺の口を借りて勝手に喋ってるのではないかと思う程に語調が激しくなったのだ。

いや、責任転嫁はやめよう。

きっと俺には元々こういう気質があったのだ。

そもそもとして我が父ジャックはヤクザ者だし、母方のヴォルコフ家に至っては帝国内でも武門と名高かった。

俺には粗暴な血が…

いや、それも違うな。

親の所為にするのは卑怯だ。

俺だ。

生まれつきポール・ポールソンというのは冷酷で残忍な化物だったのだ。

■○▲の薫陶の賜物として、さも人間みたいな顔をしていただけの話。

そもそも、俺は本当に摂政やカロッゾを憎んでいるのだろうか?

内心で彼らに賛同しているからこそ、ここまで政権に深くコミットしているのではないだろうか。


わからない。

…ポールって何なんだろう?



『なあ、ゲコ君。』



気が付くと俺は反対側に立つ珍妙な見習いゴブリンに話し掛けていた。

いや、隣でずっと叫んでいた彼にようやく気付いたのかも知れない。



「…はい。」



『なるべく穏便に済ませたかったのだ。』



「ボクの目には真逆に映りましたけどね。」



『怒ってるか?』



「このアプローチの正しさも理解出来てしまう自分に腹が立ってます。」



『…君に恩賞を与える。』



「?」



『この場における代弁権を授ける。

私は全て追認する。』



「…アンタ、頭おかしいやろ?」



『このまま狂人に喋らせたいのなら君が黙っていろ。』



拳を固く握りしめながら瞑目したゲコがゆっくりと目を見開いた。



「公王陛下は長旅でお疲れですので代理として布告を致します!」



…そうか、この男も大魔王の級友だったな。

アラキやウラベもそうだが、気骨のある連中が揃っている。

それとも気骨があったから生き残れたのだろうか。

俺には知る由もない。



「本日お集まりの皆様の身体・生命の安全を保証します!

出頭の件ですが、まずは当方が本国に助命の確約を得てからで結構です。

万が一、助命許可が降りなかった場合。


…逃げて頂いて構いません。」



ああ、ゲコは本当に政治も外交も知らないんだなと改めて認識する。

このエセ個人主義者には封建人の心理が理解出来ないし、する気もないのだろう。


ゴブリン風情に庇われてしまったので、いよいよ諸侯達は腹を切らざるを得なくなった。

当然である。

《死刑判決が下りましたがゴブリンに縋って逃げ延びました》

等という屈辱に堪えられるほど彼らは強くない。


ゲコの偉大さは、何の素養もない癖にただ義侠心のみで人命を助けようと試みている点だ。

俺は確信する。

この男が()()()()()()を摂政と交わしていることを。

その後もゲコは諸侯の間を走り回って、皆の希望を細やかに聞き取って回った。


まあ、希望と言っても封建諸侯の考えはどれも一緒である。

【血統の保全】と【領主身分の保証】。

ただこの2つだけである。

今さら虫がいいにも程があるとは思うが。



「公王。

難しいとは思いますが、嫡男の出頭は延期して頂けませんか?

せめて生命の保証が確約されてから…」



『いいよ。』



「…宜しいのですか?」



『摂政が本当に殺したいのは俺だけだしな。

その俺が頼めば聞いてくれるんじゃない?』



「ボクは公王の意見を聞いているんですよ!」



『こちらの意見はシンプルだ。

私が確信する最適解より、君の意見を採用した方が社会に与えるストレスが少ない。』



「我儘を聞き入れて下さり感謝します。」



『いや、折角狂人が2人も揃っているのだ。

有効活用するべきだろう?』



「…アンタなんかと一緒にせんとってくれや。」



『それは失礼。』



俺はしばらく玉座に深く腰掛けて、諸侯の間を走り回るゲコを眺めていた。

なるほど、世の中には色んな形の英雄が居る。


気が付くと話は全て終わっており、ギャロ家以外の諸侯は自主的に魔界の首都エデンに出頭し沙汰を待つことに決まっていた。

嫡男衆はギャロ城に抑留という形式を踏む。

もしもポールソンの助命申請が通らなかった場合、嫡男衆には逃亡のチャンスを与える。

ギャロ家に関してだけは嫡男トーマスだけをエデンに送らせ、当主ジェームスは周辺地域の宣撫に専心させることとなった。


よく解らないが、ギャロ家の印章やら何やらを一式預かってしまう。

トーマス氏曰く、この一式があればエドワード名義の布告書は発給出来てしまうらしい。

イマイチ釈然としなかったが、取り敢えず魔王城に帰還することにする。

不足があればもう一度来訪すれば良いだけなのだ。

立派な道路も出来たしな。



『なあ、ゲコ君。』



「…。」



『最近、極めて調子が悪いんだ。

何をやっても最適解しか選択出来ない。

ここだけの話、勝つ為の最短ルートが嫌でも見えてしまうんだよ。』



「社会全体の調和の為に多少の横暴には目を瞑れと?

貴方達が世界中で起こしているジェノサイドの論拠がそれですか?」



『ゴメン。』



「ボクに謝ってもしゃーないでしょう。」



『でもさあ。

私が強権を振るえば振るうほど税率は下がるよ?』



「それが分かってるから!

アンタの側に居るんでしょうが!!」



『…君は異常だよ。』



「酔狂なだけです。」



『昔、君に似た男がいた。』



「今はどうしてはるんですか?」



『歳の所為か人間のフリが下手になったよ。』



「今度は人間用の巣穴で雨宿りしようと伝えておいて下さい。」



『やめておこう。

人間にだって選ぶ権利はある。』



用事が終わったので諸侯と共に玉座の間を退出する。

今から皆で騎走して魔王城に向かうのだ。



『あれ?

あそこの彼らは?』



入り口を出たところで平伏している一団を発見したので、ギャロに尋ねる。



「あ、いえ。

公国の…

公王氏です。」



ギャロは言い難そうな表情で俺に耳打ちする。

どうやら彼が王国から分離独立した公国の公爵らしい。

王国から公爵位を剥奪されてからは、公王と名乗っているそうである。



『いやあ奇遇ですね。

私も公王らしいんです。

同業者同士仲良くして下さい。』



掛ける言葉も思いつかなかったが、今度は口が勝手にリップサービスをしてくれた。

困ったな、口先の調整機能が年々落ちている。



「滅相も御座いません!!!

ポールソン公王陛下を差し置いての僭称!!

誠に申し訳御座いませんでした!!

今はただ罪を償う事だけを考えております!!!」



公王氏は言い終わると、背筋を正してから再度額を床に押しつけた。



『頭を上げて下さい。

今回の私の任務は王国の鎮静化だけです。』



ああ、これが噂の公国か…

ゲコもレ・ガンも素知らぬ表情をしているが、度々話題に上ってはいる。

王国に召喚されたゲコは《魔界への進軍路に存在する公国とは決戦必至》と教わったし、魔界人のレ・ガンは公国の度重なる侵略に長年怯え暮らしていた。

曰く、数え切れない同胞が遊び半分に殺されたとのことである。



『貴方の立場はお苦しいでしょうね。』



思わずそう呟いてしまう。

そりゃあね、つい数年前まで魔界なんて雑多な亜人が住む最貧国に過ぎなかった。

一方、公国は要害を利を活かし王国の討伐軍を何度も撃退するほどの強勢を誇っていた。

それが今では完全に立場が逆転した。

コリンズ夫妻が魔界に戸籍を移したことにより、魔族が官軍となってしまったからだ。

その結果、長年魔界に攻撃を仕掛けていた公国は統一政府に背いたことが無いにも関わらず自動的に逆賊になってしまった。

これにより公国では退陣要求一揆が続発、公王氏は途方に暮れていたと言う。


そして今回。

ポール・ポールソン来訪の報を聞いた公王氏は、最後のチャンスと見て一族を引き連れて馳せ参じたとのこと。

ちなみに公国とギャロ家は長年の宿敵だったが、公王氏が平身低頭して俺との面談を乞うたらしい。

本当は王国諸侯と一緒に平伏したかったらしいが、王国に対して独立宣言を行った公王氏には謁見の間に入室する法的資格がなく、その入り口で土下座していたとのこと。



『公王殿も一緒に来られますか?』



形式的に声を掛けただけだが、公王氏は喜んで列に加わってしまう。

そりゃそうか、地元に居たところで殺されるのを待つだけだからな。

一族での出頭というのも殊勝だからではなく、殺されると分かっている土地に誰かを残したくないだけなのだろう。



『えっと、公王殿…』



「ブルースとお呼び捨て下さい!!」



『え?』



「当方の姓で御座います。」



『ああ、失礼しました。

ではブルース公王殿。

宜しくお願いします。』



「いえいえ!!」



『はい?』



「当家如きが公王などと僭称で御座います!

公王の称号に相応しいのはポールソン陛下のみで御座います!!

私は王国からは爵位を剥奪されておりますし、国際法的には無位無官。

本来、公王様に直答する事さえ許されない身分です!」



…参ったな。

摂政との打ち合わせでも公国人の出頭までは想定していない。

果たして連れ帰って良いのだろうか?

そもそも摂政は王都で教育を受けている。

当然、公国に関しては逆賊と教わっていることだろう。

多分、殺害は内定しているんじゃないかな?



『一応、念を押しておきますが…

ブルース殿に関しては助命申請が受け付けられない可能性もありますよ?

何せ想定外ですから。』



「ええ、仰る通りです。

ですが…」



まあな。

俺が貴方の立場でもワンチャンに賭けるよ。

だって、もうブルース氏は完全に詰んでるもの。

ただでさえ周囲を敵国に囲まれているのに、この北西地域にエデンからの直通道路が通ってしまった。

これまでも何度か貢納品として宝飾を魔王城に送ったが開封もせずに送り返されたらしいしな。



「摂政殿下は宝飾がお嫌いなのでしょうか?」



『さぁ、年頃相応の関心はあるみたいですよ?

御一新前はエルデフリダ卿とそういう話をしておりましたしね。』



「あ、では我が領地から産出される!」



『ただ、大魔王が異常に装飾を嫌っていたので、摂政も夫の好みに寄せているのではないでしょうか?』



「…な、なるほど。」



『それに今の摂政はゴブリンの民族衣装か軍服しか着用しておりません。』



「え!?」



『当然でしょう。

彼女はゴブリン籍の軍人なのですから。』



若さの所為もあると思うが、先陣切って攻城梯子を駆け上がるという奇特な大元帥である。

そりゃあどこの国の士官学校でも《将校たるもの率先垂範せよ》と教わると聞くが、限度があるだろうに。



「な、なるほど。」



『軍規で宝飾の着用は禁止されておりますし、ゴブリンには宝石を付ける文化がありません。

レ・ガン女史の肌に紋章が描かれているでしょう?

ゴブリン種にとっての装飾とは肌に直接施すペインティングを指しますし、摂政もそれに倣ってます。

生真面目な方なので、ドレスコードから外れる事はまずないでしょう。』



ブルース氏とそんな話をしながら城外に繋いでいたトリケラトプスに乗り、諸侯団と共にブラッドベアの洞窟まで戻る。

休憩を提案するも、希望者が居なかったので休憩は割愛とする。

更に少し進むと、開けた平地に大量の魔族が殺到していた。

当然、諸侯達は怯える。



『君達、どうした?

集合命令を出した覚えはないぞ?』



「いえいえ公王様。

朝起きたらエデンから軍道が伸びておりましたので!

慌てて駆けつけたのです。」



『いやー、これは軍道ではないのだけれど。』



「でも立場が逆なら公王様も駆けつけられるでしょう?」



『まあなあ。

朝起きて突然こんな立派な道路が他国までのびていたら…

取り敢えず参陣するかな。

行かなきゃ怒られそうだもんな。』



「皆で武具を引っ張り出して駆けて来ましたが…

戦争では無いのですな?」



『話し合いに行っただけだよ。

彼らが摂政に面会を望んでいるから、これからその仲介。』



「えっと公王様。

お隣の方は?」



『同業者のブルース公王。』



  「いえ、不可逆廃業致しました!」



『そっか。

公王業界も衰退の一途を辿るのみだな。』



俺が諸侯達にテントを割振っていると、エデンに親衛隊が到着する。

遠目にトルーパーが2機搬入されているのも見えた。



「公王様、御無事で何よりです!」



『ああ、ケスラー中尉か。

久し振り。』



「困りますよ。

平定までに一ヶ月と申されたではないですか。」



『え?』



「往路に10日、復路に10日、実務に10日と…」



『ああ、そんな話もあったな。』



「まだ4日です。」



自分では長旅のつもりだったが、そんなものか?

途中、あまり休憩を取らなかった所為かもな。



『軍務なのだから多少の誤差はあるだろう。』



「…公国人まで連れて来られても。」



『まずかった?』



「…。」



ああ、討滅する軍事計画をもう組んでいたのか。

言ってくれればいいのに。



『彼らの命乞いをしたいのだけど、構わない?』



「公王様の申請であれば、摂政殿下も認可せざるを得ないでしょう。」



  「公王様! ボクもボクも!

  ボクの命乞いもちゃんと頼んで下さいよ!!」



「ああ、キミが例のゴブリン君か。

摂政がえらくキミを気に入っていた。」



  「ホッ。」



「本来斬罪の所を絞り首で許してくれるそうだ。」



  「そういうオチやめーや!!」



『あ、ケスラー中尉。

ついでに私の命乞いは可能かな?』



「うーーーーん。

今回の件で功が大きくなり過ぎましたからね。」



『まあ、セオリーから言えば粛清の準備を進めなきゃならない段階だよな。』



「ええ、私が公王様に付けられることも内定しましたので。

本当に申し訳御座いません。」



そっか、カウントダウン始まったかぁ。

あの人も仕事早いよな。



『…せめて縛り首で許してくれない?。』



「いえ!!

公王様ほどのお方にそんな不名誉な刑罰を下せる訳がないじゃないですか!!」



  「えー、ボクの名誉はー?」



今の所、公王などというアホらしい肩書を得てからロクな事がない。

この役職はハズレなのだろうか?

と思って公王業の大先輩であるブルース氏に尋ねてみたが、ブルース公王家は長年栄華を満喫していたらしい。

やれやれ、どうやら俺が至らぬだけのようだ。



俺の名はポール・ポールソン。

子供の頃の夢が叶った男だ。

【異世界紳士録】



「ポール・ポールソン」


コリンズ王朝建国の元勲。

大公爵。

永劫砂漠0万石を所領とするポールソン大公国の国主。



「クレア・ヴォルコヴァ・ドライン」


四天王・世界銀行総裁。

ヴォルコフ家の家督継承者。

亡夫の仇である統一政府に財務長官として仕えている。



「ポーラ・ポールソン」


ポールソン大公国の大公妃(自称)。

古式に則り部族全体の妻となる事を宣言した。



「レニー・アリルヴァルギャ」


住所不定無職の放浪山民。

乱闘罪・傷害致死罪・威力業務妨害罪など複数の罪状で起訴され懲役25年の判決を受けた。

永劫砂漠に収監中。



「エミリー・ポー」


住所不定無職、ソドムタウンスラムの出身。

殺人罪で起訴されていたが、謎忖度でいつの間にか罪状が傷害致死にすり替わっていた。

永劫砂漠に自主移送(?)されて来た。



「カロッゾ・コリンズ」


四天王・軍務長官。

旧首長国・旧帝国平定の大功労者。



「ジミー・ブラウン」


ポールソン大公国宰相。

自由都市屈指のタフネゴシエーターとして知られ、魔王ダン主催の天下会議では永劫砂漠の不輸不入権を勝ち取った。



「テオドラ・フォン・ロブスキー」


ポルポル族初代酋長夫人。

帝国の名門貴族ロブスキー伯爵家(西アズレスク39万石)に長女として生まれる。

恵まれた幼少期を送るが、政争に敗れた父と共に自由都市に亡命した。



「ノーラ・ウェイン」


四天王・憲兵総監。

自由都市併合における多大な功績を称えられ四天王の座を与えられた。

先々月、レジスタンス狩りの功績を評されフライハイト66万石を加増された。



「ドナルド・キーン」


前四天王。

コリンズ王朝建国に多大な功績を挙げる。

大魔王の地球帰還を見届けた後に失踪。



「ハロルド・キーン」


帝国皇帝。

先帝アレクセイ戦没後に空位であった帝位を魔王ダンの推挙によって継承した。

自らを最終皇帝と位置づけ、帝国を共和制に移行させる事を公約としている。



「エルデフリダ・アチェコフ・チェルネンコ」


四天王筆頭・統一政府の相談役最高顧問。

前四天王ドナルド・キーンの配偶者にして現帝国皇帝ハロルド・キーンの生母。

表舞台に立つことは無いが革命後に発生した各地の紛争や虐殺事件の解決に大きく寄与しており、人類史上最も多くの人命を救済していることを統計官僚だけが把握している。



「リチャード・ムーア」


侍講・食糧安全会議アドバイザー。

御一新前のコリンズタウンでポール・ポールソンの異世界食材研究や召喚反対キャンペーンに協力していた。

ポールソンの愛人メアリの父親。



「ヴィクトリア・V・ディケンス」


神聖教団大主教代行・筆頭異端審問官。

幼少時に故郷が国境紛争の舞台となり、戦災孤児として神聖教団に保護された。

統一政府樹立にあたって大量に発生した刑死者遺族の処遇を巡って政府当局と対立するも、粘り強い協議によって人道支援プログラムを制定することに成功した。



「オーギュスティーヌ・ポールソン」


最後の首長国王・アンリ9世の異母妹。

経済学者として国際物流ルールの制定に大いに貢献した。

祖国滅亡後は地下に潜伏し姉妹の仇を狙っている。



「ナナリー・ストラウド」


魔王ダンの乳母衆の1人。

実弟のニック・ストラウドはポールソン大公国にて旗奉行を務めている。

娘のキキに尚侍の官職が与えられるなど破格の厚遇を受けている。



「ソーニャ・レジエフ・リコヴァ・チェルネンコ」


帝国軍第四軍団長。

帝国皇帝家であるチェルネンコ家リコヴァ流の嫡女として生を受ける。

政争に敗れた父・オレグと共に自由都市に亡命、短期間ながら市民生活を送った。

御一新後、オレグが粛清されるも統一政府中枢との面識もあり連座を免れた。

リコヴァ遺臣団の保護と引き換えに第四軍団長に就任した。



「アレクセイ・チェルネンコ(故人)」


チェルネンコ朝の実質的な最終皇帝。

母親の身分が非常に低かったことから、即位直前まで一介の尉官として各地を転戦していた。

アチェコフ・リコヴァ間の相互牽制の賜物として中継ぎ即位する。

支持基盤を持たないことから宮廷内の統制に苦しみ続けるが、戦争家としては極めて優秀であり指揮を執った全ての戦場において完全勝利を成し遂げた。

御一新の直前、内乱鎮圧中に戦死したとされるが、その詳細は統一政府によって厳重に秘匿されている。



「卜部・アルフォンス・優紀」


御菓子司。

大魔王と共に異世界に召喚された地球人。

召喚に際し、超々広範囲細菌攻撃スキルである【連鎖】を入手するが、暴発への危惧から自ら削除を申請し認められる。

王都の製菓企業アルフォンス雑貨店に入り婿することで王国戸籍を取得した。

カロッゾ・コリンズの推挙により文化庁に嘱託入庁、旧王国の宮廷料理を記録し保存する使命を授けられている。



「ケイン・D・グランツ」


四天王カイン・D・グランツの長男。

父親の逐電が準叛逆行為と見做された為、政治犯子弟専用のゲルに収容されていた。

リベラル傾向の強いグランツ家の家風に反して、政治姿勢は強固な王党派。



「ジム・チャップマン」


候王。

領土返納後はコリンズタウンに移住、下士官時代に発案した移動式養鶏舎の普及に尽力する。

次男ビルが従軍を強く希望した為、摂政裁決でポールソン公国への仕官が許された。



「ビル・チャップマン」


准尉。

魔王軍侵攻までは父ジムの麾下でハノーバー伯爵領の制圧作戦に従事していた。

現在はポールソン大公国軍で伝令将校として勤務している。



「ケネス・グリーブ(故人)」


元王国軍中佐。

前線攪乱を主任務とする特殊部隊《戦術急襲連隊》にて隊長職を務めていた。

コリンズ朝の建国に多大な貢献をするも、コリンズ母娘の和解に奔走し続けたことが災いし切腹に処された。



「偽グランツ/偽ィオッゴ/ゲコ」


正体不明の道化(厳密には性犯罪者)

大魔王と共に異世界に召喚された地球人。

剽窃(パクり)】なる変身能力を駆使して単身魔王軍の陣中に潜入し、摂政コレット・コリンズとの和平交渉を敢行。

王国内での戦闘不拡大と民間人保護を勝ち取った。

魔界のゴブリン種ンゲッコの猶子となった。



「ンキゥル・マキンバ」


公爵(王国における爵位は伯爵)。

元は遊牧民居留地の住民として部族の雑用に携わっていたが、命を救われた縁からコリンズ家に臣従。

王国内で一貫して統一政府への服従を呼びかけ続けた為、周辺諸侯から攻撃を受けるも粘り強く耐え抜いた。

御一新前からの忠勤を評価され、旧連邦アウグスブルグ領を与えられた。



「ヴィルヘルミナ・ケスラー」


摂政親衛隊中尉。

連邦の娼館で娼婦の子として生まれ、幼少の頃から客を取らされて育った。

コリンズ家の進軍に感銘を受け、楼主一家を惨殺して合流、以降は各地を転戦する。

蟄居処分中のケネス・グリーブを危険視し主君を説得、処罰を切腹に切り替えさせ介錯までを務めた。



「ベルガン・スプ男・ゴドイ」


魔界のオーク種。

父親が魔王城の修繕業に携わっていたので、惰性で魔王城付近に住み付いている。

大魔王コリンズの恩寵の儀を補助したことで魔界における有名人となった。

その為、異性に全く縁が無かったのだが相当モテるようになった。

以上の経緯から熱狂的なコリンズ王朝の支持者である。



「ヴォッヴォヴィ0912・オヴォ―」


魔界のリザード種。

陸上のみ生活しているという、種族の中では少数派。

その生活スタイルから他の魔族との会合に種族を代表して出席する機会が多い。

大した人物ではないのだが陸上リザードの中では一番の年長者なので、リザード種全体の代表のような扱いを受ける事が多い。

本人は忘れているが連邦港湾において大魔王コリンズの拉致を発案したのが彼である。



「レ・ガン」


元四天王。

魔王ギーガーの母(厳密には縁戚)

ギーガーの魔王就任に伴いソドムタウンにおける魔王権力の代行者となった。

在任時は対魔族感情の緩和と情報収集に尽力、魔王ギーガーの自由都市来訪を実現した。



「ジェームス・ギャロ」


ギャロ領領主。

現在行方不明中のエドワード王の叔父にあたる人物。

早くからエドワードと距離を置き、実質的な国内鎖国を行っていた。

能書家・雄弁家として知られる。



「ジョン・ブルース」


公王。

王国の有力貴族であったブルース公爵家が主家に独立戦争を挑み誕生したのが公国であり、ジョンは6代目にあたる。

武勇の誉れ高く王国・魔界に対して激しい攻撃を行う反面、綿密な婚姻政策で周辺の王国諸侯を切り崩していた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



異世界事情については別巻にて。

https://ncode.syosetu.com/n1559ik/

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アンサートーカーが常時発動しているのに 粛清されちゃう系主人公
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