【顛末記22】 前任者
魔界。
魔族と呼ばれる亜人種(これも相当失礼な表現だが)が住む土地。
字面こそおどろしいが、実態は単なる貧困地帯に過ぎない。
「いやあ、貧困地帯と言う割には…
対岸はでっかい水田地帯ですやん。
八郎潟よりデカいんちゃいますかね?
ああ、ボクの故郷にそういう計画的な農業地帯があるんですわ。」
『似たようなものだよ。
元々、あの辺りは不毛の荒野だったが…
大魔王が広大な農地を作った。』
「へえ、トイチ君がねえ。」
『意外かね?』
「いや、地球にはボンクラ反比例の法則というのがありまして。
何も出来へんカスに限って社会に何かをもたらそうとするんですわ。
トイチ君ほどの逆逸材なら、全宇宙をも救済しおるやろと期待してます。」
『ふむ、我々にも適用される法則だな。』
「そうなんでっか?
異世界の人らは皆さんスペック高いでしょ。
ボクら地球人一同、こっち来てコンプレックスに随分悩まされましたよ。」
『残念ながら私も宇宙派でね。』
「はっはっは。
公王は闇が深いですなぁww
それだけ出世しはってコンプ抱えてはるんですか?」
『きっと…
分不相応な自意識を抱えているのだろう。』
「ふふふ。
相応ですよ。
皆さん公王を褒めておられました。」
『いつか自分が褒めてくれる日が来ればいいのだけどな。』
「あっはっは、そらぁこの人戦争に強い訳やww
怖い怖いww」
軽口を叩きながらも偽ゴブリンは俺との会話に没頭していない。
愛想良くすれ違う魔族に手を振っている。
「ボク、スキルで化けてる人間種なんですけどバレてますぅー?」
「歩き方が変だよねえ。
怪我してるのかと思ったよ。」
「それ皆に言われるんですよぉ。
歩き方も練習してはいるんですけどねー。
どうやったらゴブリンを100%再現出来ますかね?」
「発想変えてみたら?
膝に包帯とか巻いてみなよ。
怪我でちゃんと歩けないって思われるかも。」
「うおお。
その発想はありませんでしたわ。
貴方を兄さんと呼ばせて下さい!」
「兄さんと呼ばれるほど若くない。
ンゲッコだ。
孫が2人いる。」
「おお、こらまた失礼しました!
ボクも名乗る場面なんですけど。
逃亡兵なんで名前を隠して生きてるんです。
名乗れなくて恐縮です。」
「ゲコ。」
「?」
「戦争で死んだ息子の名前だ。
名乗っていいぞ。」
「ボク、王国から来た人間種やけど、それでも名乗っていいですか?」
「いいよ。
息子はエドワードのことも好きだったからね。」
「…。」
「おや、君はエドワードが嫌い?」
「尊敬はしてますよ。
構図的に級友の仇なので形式的に嫌ってるだけです。」
「奇遇だね。
私もそうだ。」
「なるほど。
ボクは、この土地を好きになれるかも知れません。」
「奇遇だね。
私もそうだ。」
偽ゴブリン、いやゲコはそんな風に周囲全てに話しかけて、恐ろしい速度で知り合いを増やしていく。
そのおかげで魔王城に到着した頃には、俺達の周囲には数百名の魔族が取り巻いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あれ?
魔王城には入らへんのですか?」
『あそこには小役人しかいないからな。』
俺は魔界側から送られた書簡を眺めながら、周囲を見渡す。
懐かしい顔ぶれだ。
あの時は魔族なんてどれも見分けがつかなかったのに…
どうして今になって、個々を識別できるようになったのだろう。
『おーーい、そこのオーク君!
君は大魔王を担いでエナドリスプリンクラーしてくれたよね!』
「えーーー!
覚えてくれたんすかー!!??
てか、オーク見分けれるんすね。」
『あの光景は忘れられないよ。』
「あははははww
今じゃ俺のあだ名、スプ男ですよー!」
『じゃあ、今回もスプ作業頼むわ!!』
「うははははwww
了解ーっす!!!」
俺が少し嬉しかったのは、魔界の連中の表情が随分明るくなっていることだ。
まあ、コリンズ家が戸籍を魔族に変更したことで、コイツらは勝ち組になったからな。
王国や共和国とは完全に立場が逆転した。
特にあれだけ執拗に猛攻を仕掛けていた共和国。
今まで魔界から奪った領土を全て返還した上に、機嫌すら窺ってくるようになった。
政治とは本当に恐ろしいものである。
「ポールション様、御無沙汰しておりました。」
『おお!
あの時、役職に就いてたリザードさんじゃないですか。
お久しぶりです!』
「えー、人間種の方がリザードを見分けますか。
ちなみに名前はヴォッヴォヴィです。
自称防衛隊長でしたが、結局何の役にも立てませんでした。」
『それも役のうちです。
改めてよろしくヴォッヴォヴィ。』
「ポールション様が王様になったと聞いて、我々一同喜んでおりました。」
『そんな大したものではありませんよ。』
「我々にとっては良いニュースだったのです。」
『そうですか。
一笑に貢献出来たのなら幸いです。』
ヴォッヴォヴィは丁寧に尻尾を巻いてその上にチョコンと座る。
これはリザード式の敬意の印。
(尻尾を封じる、つまり急には動けない無防備な体勢を晒すことで敵対意思が無いことを証している。)
「ゴブリン区画はあちらです。
彼らの庵主も居られますよ。」
『ありがとう。
挨拶に行って来るよ。』
ヴォッヴォヴィがゴブリンの若者を呼び止め、その生活区画に案内させる。
俺達は来賓ということで、荷車のようなものに乗せて貰えた。
リザード種の彼はゴブリン区画には入れない。
どうやらそういうルールで多種族社会は運営されているらしかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゴブリンは本来地下種族である。
深い洞窟を地下に掘り進み続けて暮らす。
器用に地底湖を作って養魚もこなす。
氏族によっては一生地上に出ない連中もいるそうだ。
今は亡き我が故郷ソドムタウンにもゴブリンが僅かに暮らしており、その末期に彼らの屋内農業技術が移転された。
摂政は彼らのもたらした技術を大いに愛し、かつて北部地方州と呼ばれた自由都市の郊外区域にゴブリン式の巨大農業プラントを建造した。
北部の住民達は魔族を大いに嫌っていたが、プラントは金持ちの別荘街を潰した跡に建てられたので、少しだけ親近感を持ったそうだ。
「似た様な洞窟が並んでますなー。
この穴の奥にゴブリンが住んどるんでっか?」
『ゴブリンは氏族社会だからね。
氏族単位で洞窟を掘り、その中でも一族同士で横穴を分岐させる。
男と女の居住スペースは厳格に分けられている為、儀式を通してしか男女の正式な出会いはない。
セックスと墓参りと見合いを足して2で割ったような習慣。
人間種から見れば売春にも似た風習だ。』
「…随分、詳しいんですね。」
『知ることが平和をもたらすこともある。』
「戦争をもたらす事とどちらが多いんでっか?」
『史書を紐解く限り、君が感じた通りさ。』
「そうでっか。
ほな、目ぇでもつぶっときますわ。」
ゲコと軽口を叩き合いながらゴブリンが牽く荷車に揺られる。
不意に荷車が止まり、振り返ると。
「…。」
『…。』
「お久しぶりです。
公王様。」
『昔の様に呼んで下さい。
御婦人。』
「…久しぶりだね、旦那。」
『…懐かしいです。
まさか貴女と本当に再会出来るとは。
夢のようです。』
「旦那は出世する人だとは思っていたけれど。
ふふふ、もう話し掛けることすら畏れ多くなっちまった。」
『いえ、相変わらずフラフラしております。』
「遥か東方で遊牧している同胞を保護してくれたと聞いた。
同族への御厚情に感謝するよ。」
『いえ、彼らに助けられているだけですよ。
一緒に駱駝に乗って狩猟や測量をしております。
この前はチーズ作りを教えて貰いました。』
「…旦那が言ってくれた事は今でも覚えている。
いつかゴブリンと旅をする少年の物語を書きたいと。
まさか体現しちまうとはね。」
『残念ながら少年ではありません。
なので、冒険ではなく全てが政治になってしまいます。』
「…あの頃の旦那は少年のような目をしていた。
たった3年前の話とは思えないよ。」
『そうかも知れません。
ですが、もう老いました。』
「大人になったのさ。」
『…同じ事ですよ。
もう少年ではいられなくなった。
…それが許されなくなった。』
「王様になっても1人で走り回る癖は抜けない。
まだまだ若い証拠だよ。」
『じゃあきっと、大人になれないまま老いたのでしょう。』
「困った王様だ。
周りもさぞかし苦労していることだろう。
ねえ、そこの人間種さん。」
「この人ねえ、変り者すぎるんですわ。
せやからボクと話が合っちゃうんです。
何とかして下さいよーーっ。」
「ははは。
その旦那と居れば退屈はせずに済むよ。」
「地球にもこんな刺激ありまへんわw」
『あれから御婦人はどうされていたのですか?』
「生き残りの子育てを手伝いながら、皆の菩提を弔っていた。
平凡なゴブリン女の余生さ。」
『今度、俺の領地で子育てを教えてやって下さい。
世間知らずの女達が慣れない育児に四苦八苦しているんです。』
「それはきっと父親共が不甲斐ないのさ。」
『ふふふ、耳の痛い話です。』
「おめでとう。」
『?』
「旦那も親になったんだね。」
『…実感が沸かないんです。
子供を抱いても、まるでリアリティを感じない。』
「男はみんなそうさ。」
『領地は大半が砂漠なので地下に穴を掘りました。
特に意識はしてなかったのですが、御婦人が教えてくれたゴブリン式の居住空間になりました。
部族運営も貴方達に倣っております。』
「おやおや。
人間種さんはあんなに立派な建築技術を持ってるのに。
何が哀しくてこんな洞穴種族の真似事なんかw」
『いつか招待させて下さい。
国賓として。』
「どうせなら友人として招いて欲しいものだ。」
『…ええ。
そうさせて頂けると幸いです。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺と御婦人は洞窟の前でそんな立ち話をした。
話し込んだ気もするが、時間は10分も経っていない。
昔からそういう簡潔な人だった。
「あの、公王。
さっきの方は?」
『ソドムタウン時代の友人さ。
借りがあるような気もするし、貸しがあるような気もする。
時には轡を並べ、時には矛を交えた。』
「政治家の方なんですか?
そんな風には見えませんでしたけど。」
『魔王ギーガーの母親だよ。
四天王職に就いていたから、私の前任者でもある。』
「…魔王ギーガー。」
『懐かしい名前だろ、君にとっては。』
「ええ、まあ。
坊主共に殺せとしつこく言われてましたから。」
『ギーガーは戸籍上は大魔王の養父になる。
死に際のギーガーがリン・コリンズを養子に迎えて魔王職を譲った形だからな。
そんな経緯でコリンズ夫妻は今でもゴブリン戸籍だ。
ああ、厳密に言えば魔王ダンもゴブリン戸籍になるのかな。
少なくとも自由都市の民法ではそうなるな。』
「じゃあ、さっきの人は…」
『大魔王の養祖母となるな。』
「その割に随分みすぼらしい恰好されてましたね。」
『賢い人だからね。
馬鹿な真似はしない。
君ならそういう機微わかるでしょ?』
「ええ、まあ。」
『おまけに面倒見がいいから、いつだって馬鹿が擦り寄ってくる。
酷い話さ。』
「いえ、公王は聡明ですやん。」
『だが、こうして政治的効果を狙って擦り寄っている。
私は自分のこういう面が嫌いだ。』
「しゃーないですやん。
それが政治家の仕事やねんから。
公王は政治や戦争に向きすぎてるんですよ。
誰かがやらなアカンことやねんから、自己嫌悪されても困りますわ。」
『政治は悪徳だよ。
実に穢らわしい。』
「だからこそ大衆は為政者に人格的な清廉を求めるんでしょうなあ。」
『説教かね?』
「そうです。」
『そうか。
…叱責してくれる人はあんなにも大勢いたのだが。
誰もいなくなってしまってね。』
「単に公王に叱られるような点が残ってないだけと違います?
ボクの目にはパーフェクトムーブしてはるように映ってますけど。」
『例えそうであったとしても、王は王を許してはならない。』
「もう答え出てますやん。
誰かが口出しする余地ないでしょ。」
ゲコとの会話は無内容なので疲れずに済む。
この男を連れて来たのは正解だったのかも知れない。
ではこの婦人を連れて行くのは間違いではないと言い切れるのだろうか。
「旦那、仕度が終わった。」
『随分早いですね。』
「遺言は日頃から済ませてあるからね。」
『俺は…
言い遺す度に別の遺言が浮かんできて、慌てて更新しております。』
「まだ、己で成し遂げるべき使命が残っているということさ。」
『それは残念です。』
御婦人の名前はレと言う。
ゴブリンの古語で末娘という意味だそうだ。
『レ婦人と呼ばせて頂いて宜しいですか?』
「婦人と呼ばれるほと大した女じゃあない。
死を待つだけの薄汚い老婆さ。」
『この方が呼びやすいのです。』
「好きに呼んでくれればいい。
公王様。」
『いつも通り呼んで下さいよ。』
「おやおや、アタシには好きに呼ばせてくれないのかい。」
愉快そうに笑うレを荷車に引き上げて上座に置いた。
恐縮されるも、そのまま座って貰う。
俺が下座に座ることを許してくれる人はみんな死に、摂政だけがまだ死んでくれていない。
だから…
たまにはこういう我儘を言ってもいいじゃないか。
『御婦人。
謝礼を払わせて下さい。』
「もう十分貰った。
旦那にも大魔王にも。
奇跡的に魔族が生き残った。
これ以上は望んではならない。」
『貴女にです。』
「だったら尚更だ。
公人の家族は如何なる利益も得てはならない。」
『肝に銘じさせる事を誓います。』
俺が荷車を引くオーク達に開墾しても迷惑にならない場所を問うと、彼らは山麓の溶岩地帯を指した。
100年程前に火山が噴火し、工業区と港湾区を合わせた程の面積が使い物にならない無人の岩場と化したらしい。
『…セット!』
「ああ、懐かしいものだねぇ。」
『【清掃】!!』
大魔王さえ居ればあの一帯が豊穣の農地に変わったのたが、俺には視界全てを整地する程度の能力しかない。
取り巻きがどよめく。
感嘆は徐々に徐々に大きくなり、やがて怒号のような歓呼が大地に響き渡った。
『俺の名前はポール・ポールソン。
能力名は【清掃】。
不要と判断した物なら何でも消滅させる事が可能です。』
「…そんな偉大な力を持っても悩むものなのかい?」
『はい。
考えれば考えるほど、答えが遠くへ行ってしまいます。』
「じゃあ、旦那の悩みや苦しみは決して不要ではなかったということだね。
必要だから消えないのさ。」
『ッ!?』
「旦那が歩んで来た道程は断じて無駄では無かった。
そういう事だろう。」
『…貴女にはいつも救われます。』
「…お互い様だよ。」
目頭はやや熱くなるのだが、俺の頭は感傷を許してくれず、レ婦人の政治的価値を冷徹に計算し続けている。
魔王ギーガーの母。
そして大魔王コリンズの養祖母。
こんなにも使い道の多い人物が手付かずで放置されていた理由が分からない。
どうして皆は真面目に世界と戦わないのだろう。
心底理解に苦しむ。
今から向かうギャロ領も政治的にノータッチ。
エドワード王の出身母体であるにも関わらずである。
せめて王国諸侯はその利用価値を認識するべきではないのだろうか?
分からない。
人は何故こうも愚昧なのだろうか?
「知っていたかい、旦那。
朝から晩まで政治や戦争のことばかりを考えているのはアンタだけってことを。
他人様が馬鹿な訳じゃない。
アンタが異端なだけさ。」
『…なるほど、その視点はありませんでした。』
「自分が異端であることを認めれば、少しは優しくなれるよ。
世界に対しても自分に対しても。」
『…肝に銘じます。』
駆け付けて来たスプ男が大声で俺を讃えた。
そして黄塗りの木像(恐らくは大魔王を模している)を担いで、俺が整地した熔岩地帯を走り抜けた。
群衆が狂ったように足を踏み鳴らして、絶叫で統一政府と魔王ダンへの忠誠を示した。
やや信じ難いことだが、この唸るような地鳴りはギャロ領まで届いていたらしい。
『あの地質なら大麦栽培から始めることを推奨します。
種子は現在配給されているものではなく、最近品種改良に成功した乾燥地種子を申請し直して下さい。』
「…ありがとうよ。
だが、恩義に報いる国力が魔界にはまだない。」
『…最近ようやく小松菜のコンテナ栽培手法が確立されましてね。
摂政はそれと一緒に送ってくれると思いますよ。
発案者の願いをようやく形に出来て俺も安心しております。』
「摂政殿下に伝えておくれ。
対価には何が払えるか、と。」
『御婦人には見えていると思いますが、コリンズ王朝の支持基盤は途方もなく脆いです。
なので、支持層を喉から手が出る程に欲しがっているのですよ。
味方になってやって下さい。』
「まるで旦那は支持しないかのような口ぶりだ。」
『大魔王はかけがえのない友でした。
なので、その妻子というだけであれば命に替えても保護します。』
「…でも旦那の中では、それは私事なんだね?」
『はい、友情は公事ではありません。
個々の友誼が社会を動かすべきではないのです。』
「…だが、国際社会は思ったより脆く、旦那の義理や友達付き合いにすら一蹴されてしまったと。」
『…ええ、極めて遺憾ながら。』
「気に病む必要はないよ。
征服はされる方が悪い。
少なくとも魔界の連中はそれを痛感し続けてきた。」
レ婦人が笑って話を打ち切ったので、実務の話題に移る。
『王国を平定すれば世界から概ね緊張は消失します。
走狗良弓が不要な調和社会が訪れることでしょう。』
「だろうね。」
『かと言って血統主義の王国を宿屋の娘である摂政が征服しても逆効果です。
勝てば勝つほどヘイトが蓄積し、魔王ダンへの代替わり時に大規模蜂起が発生するでしょうから。
勿論予防は可能ですが、王国人の反乱を予防しようと思えば厳重な警察国家を築かざるを得ません。
それではコストが掛かってしまいますし、それを見た合衆国人や共和国人はますます統一政府への警戒心を強めるでしょう』
「故に賢王エドワードの名前を使うと。」
『ええ。
我々が名前を使うと世論が反発しますのてま、全てギャロ領にやらせます。』
「拒めば?」
『魔界の領地が広がりますね。』
「反対だ。
ギャロ領は緩衝帯として十分過ぎるほど機能している。
それこそ部屋住み時代のエドワードは密貿易にも応じてくれたしね。」
『なるほど、ではギャロ領は生かさず殺さずで。
逆に緩衝帯として機能しない勢力はありますか?』
「公国だね。
元は王国に反旗を翻した公爵家の興した国だ。
魔界を征服対象としか見てない。
数え切れない同胞が遊び半分に殺された。」
『ああ、それなら話が早い。
ギャロ領には布告だけさせて、軍役は公国に重めに課しましょう。
役に立てば良し、逆らえば御婦人の仇が取れて領地も広がる。』
「わからないね。
何故、魔界にそこまで肩入れしてくれる?」
『本当はわかっているのでしょう?
今の魔界の消極外交は国際秩序に大いに寄与しております。
大魔王の本籍地であることを一切主張しない政治センスは見事の一言に尽きます。
余程の賢人が絵図を描いているのでしょう。』
「ふーん。
アタシにはわからないけど、魔王城の連中は頑張っているみたいだから色々助けてやっておくれ。」
『いいえ、貴女ですよ。
他に誰が居るんですか。
なので俺は四天王の後任者として、前任者の構想を尊重する義務を履行するのです。
それが魔界の保全を優先する理由です。』
「…。」
『他に引き継ぎ事項はありますか?』
「無いね。
統一政府の完成度はそれくらい高い。
今は不安定でも必ずや盤石化するだろう。
最大野党の粛清にさえ失敗しなければ盤石だ。」
『なるほど。
世の中には困った奴も居るものです。
そいつを処分する方法があれば教えて下さい。
妙にしぶとい奴でね、皆が迷惑してるんです。』
「それこそスキルでも使って消しちまえばどうだい?」
『生憎、身体の中に宇宙を埋め込むくらいしか出来ませんでした。
ほら、星々が見えるでしょう。(パカッ)』
「おやおや可哀想に。
冬場は堪えるだろう。」
『もう慣れました。
朝晩は隙間風が少し気になるかな。
あ、手は入れないで下さいね。
吸い込まれちゃいますから。』
「どうしても処分に困るなら、腹の中の宇宙にでも放り込めばいいさ。」
『不法投棄罪って宇宙にも適用されるんですかね?
ほら、工業区でヤクザが運河のゴミ投棄監視員やってた時期あるじゃないですか?
あの時、ちょっと絡まれたのが未だにトラウマで。』
「でも旦那の腹でもあるからねぇ。
誰かに糾弾されても、私有地主張出来るんじゃないかね?」
『あー、それいいですね。
法廷に立つ時は言い張ります。』
俺達は他愛も無い話をしながら荷車に揺られていたが、スプ男(本名ゴドイ)がトリケラトプスなる移動用の陸龍を連れて来てくれたので、ギャロ領までそのまま飛ばすことにした。
あまりの悪路に辟易したので、スキルで進路上を整地し続けることにする。
お陰で旅程が劇的に短縮されてしまった。
これは、レ婦人との旧交を温めたかった俺にとっては非常に悔いが残る選択だった。
おまけに魔界から突然直通してしまった道路の存在に気付いた王国諸侯が完全に戦意を喪失してしまったので、俺の作戦計画は更に短縮された。
ギャロ領に近づく頃には目ぼしい勢力全てがトリケラトプスの周囲に参上し、忠誠宣言書を提出してしまったからである。
やけに諸侯共の腰が低いと思ったら、反撃を装い見せしめに幾名かの諸侯を殺すという俺の腹案が地域全体に看破されていたそうだ。
後から聞いた話だが、どうやら俺は殺意を隠すのが苦手ならしい。
摂政が言うのだからそうなのだろう。
【異世界紳士録】
「ポール・ポールソン」
コリンズ王朝建国の元勲。
大公爵。
永劫砂漠0万石を所領とするポールソン大公国の国主。
「クレア・ヴォルコヴァ・ドライン」
四天王・世界銀行総裁。
ヴォルコフ家の家督継承者。
亡夫の仇である統一政府に財務長官として仕えている。
「ポーラ・ポールソン」
ポールソン大公国の大公妃(自称)。
古式に則り部族全体の妻となる事を宣言した。
「レニー・アリルヴァルギャ」
住所不定無職の放浪山民。
乱闘罪・傷害致死罪・威力業務妨害罪など複数の罪状で起訴され懲役25年の判決を受けた。
永劫砂漠に収監中。
「エミリー・ポー」
住所不定無職、ソドムタウンスラムの出身。
殺人罪で起訴されていたが、謎忖度でいつの間にか罪状が傷害致死にすり替わっていた。
永劫砂漠に自主移送(?)されて来た。
「カロッゾ・コリンズ」
四天王・軍務長官。
旧首長国・旧帝国平定の大功労者。
「ジミー・ブラウン」
ポールソン大公国宰相。
自由都市屈指のタフネゴシエーターとして知られ、魔王ダン主催の天下会議では永劫砂漠の不輸不入権を勝ち取った。
「テオドラ・フォン・ロブスキー」
ポルポル族初代酋長夫人。
帝国の名門貴族ロブスキー伯爵家(西アズレスク39万石)に長女として生まれる。
恵まれた幼少期を送るが、政争に敗れた父と共に自由都市に亡命した。
「ノーラ・ウェイン」
四天王・憲兵総監。
自由都市併合における多大な功績を称えられ四天王の座を与えられた。
先々月、レジスタンス狩りの功績を評されフライハイト66万石を加増された。
「ドナルド・キーン」
前四天王。
コリンズ王朝建国に多大な功績を挙げる。
大魔王の地球帰還を見届けた後に失踪。
「ハロルド・キーン」
帝国皇帝。
先帝アレクセイ戦没後に空位であった帝位を魔王ダンの推挙によって継承した。
自らを最終皇帝と位置づけ、帝国を共和制に移行させる事を公約としている。
「エルデフリダ・アチェコフ・チェルネンコ」
四天王筆頭・統一政府の相談役最高顧問。
前四天王ドナルド・キーンの配偶者にして現帝国皇帝ハロルド・キーンの生母。
表舞台に立つことは無いが革命後に発生した各地の紛争や虐殺事件の解決に大きく寄与しており、人類史上最も多くの人命を救済していることを統計官僚だけが把握している。
「リチャード・ムーア」
侍講・食糧安全会議アドバイザー。
御一新前のコリンズタウンでポール・ポールソンの異世界食材研究や召喚反対キャンペーンに協力していた。
ポールソンの愛人メアリの父親。
「ヴィクトリア・V・ディケンス」
神聖教団大主教代行・筆頭異端審問官。
幼少時に故郷が国境紛争の舞台となり、戦災孤児として神聖教団に保護された。
統一政府樹立にあたって大量に発生した刑死者遺族の処遇を巡って政府当局と対立するも、粘り強い協議によって人道支援プログラムを制定することに成功した。
「オーギュスティーヌ・ポールソン」
最後の首長国王・アンリ9世の異母妹。
経済学者として国際物流ルールの制定に大いに貢献した。
祖国滅亡後は地下に潜伏し姉妹の仇を狙っている。
「ナナリー・ストラウド」
魔王ダンの乳母衆の1人。
実弟のニック・ストラウドはポールソン大公国にて旗奉行を務めている。
娘のキキに尚侍の官職が与えられるなど破格の厚遇を受けている。
「ソーニャ・レジエフ・リコヴァ・チェルネンコ」
帝国軍第四軍団長。
帝国皇帝家であるチェルネンコ家リコヴァ流の嫡女として生を受ける。
政争に敗れた父・オレグと共に自由都市に亡命、短期間ながら市民生活を送った。
御一新後、オレグが粛清されるも統一政府中枢との面識もあり連座を免れた。
リコヴァ遺臣団の保護と引き換えに第四軍団長に就任した。
「アレクセイ・チェルネンコ(故人)」
チェルネンコ朝の実質的な最終皇帝。
母親の身分が非常に低かったことから、即位直前まで一介の尉官として各地を転戦していた。
アチェコフ・リコヴァ間の相互牽制の賜物として中継ぎ即位する。
支持基盤を持たないことから宮廷内の統制に苦しみ続けるが、戦争家としては極めて優秀であり指揮を執った全ての戦場において完全勝利を成し遂げた。
御一新の直前、内乱鎮圧中に戦死したとされるが、その詳細は統一政府によって厳重に秘匿されている。
「卜部・アルフォンス・優紀」
御菓子司。
大魔王と共に異世界に召喚された地球人。
召喚に際し、超々広範囲細菌攻撃スキルである【連鎖】を入手するが、暴発への危惧から自ら削除を申請し認められる。
王都の製菓企業アルフォンス雑貨店に入り婿することで王国戸籍を取得した。
カロッゾ・コリンズの推挙により文化庁に嘱託入庁、旧王国の宮廷料理を記録し保存する使命を授けられている。
「ケイン・D・グランツ」
四天王カイン・D・グランツの長男。
父親の逐電が準叛逆行為と見做された為、政治犯子弟専用のゲルに収容されていた。
リベラル傾向の強いグランツ家の家風に反して、政治姿勢は強固な王党派。
「ジム・チャップマン」
候王。
領土返納後はコリンズタウンに移住、下士官時代に発案した移動式養鶏舎の普及に尽力する。
次男ビルが従軍を強く希望した為、摂政裁決でポールソン公国への仕官が許された。
「ビル・チャップマン」
准尉。
魔王軍侵攻までは父ジムの麾下でハノーバー伯爵領の制圧作戦に従事していた。
現在はポールソン大公国軍で伝令将校として勤務している。
「ケネス・グリーブ(故人)」
元王国軍中佐。
前線攪乱を主任務とする特殊部隊《戦術急襲連隊》にて隊長職を務めていた。
コリンズ朝の建国に多大な貢献をするも、コリンズ母娘の和解に奔走し続けたことが災いし切腹に処された。
「偽グランツ/偽ィオッゴ/ゲコ」
正体不明の道化(厳密には性犯罪者)
大魔王と共に異世界に召喚された地球人。
【剽窃】なる変身能力を駆使して単身魔王軍の陣中に潜入し、摂政コレット・コリンズとの和平交渉を敢行。
王国内での戦闘不拡大と民間人保護を勝ち取った。
魔界のゴブリン種ンゲッコの猶子となった。
「ンキゥル・マキンバ」
公爵(王国における爵位は伯爵)。
元は遊牧民居留地の住民として部族の雑用に携わっていたが、命を救われた縁からコリンズ家に臣従。
王国内で一貫して統一政府への服従を呼びかけ続けた為、周辺諸侯から攻撃を受けるも粘り強く耐え抜いた。
御一新前からの忠勤を評価され、旧連邦アウグスブルグ領を与えられた。
「ヴィルヘルミナ・ケスラー」
摂政親衛隊中尉。
連邦の娼館で娼婦の子として生まれ、幼少の頃から客を取らされて育った。
コリンズ家の進軍に感銘を受け、楼主一家を惨殺して合流、以降は各地を転戦する。
蟄居処分中のケネス・グリーブを危険視し主君を説得、処罰を切腹に切り替えさせ介錯までを務めた。
「ベルガン・スプ男・ゴドイ」
魔界のオーク種。
父親が魔王城の修繕業に携わっていたので、惰性で魔王城付近に住み付いている。
大魔王コリンズの恩寵の儀を補助したことで魔界における有名人となった。
その為、異性に全く縁が無かったのだが相当モテるようになった。
以上の経緯から熱狂的なコリンズ王朝の支持者である。
「ヴォッヴォヴィ0912・オヴォ―」
魔界のリザード種。
陸上のみ生活しているという、種族の中では少数派。
その生活スタイルから他の魔族との会合に種族を代表して出席する機会が多い。
大した人物ではないのだが陸上リザードの中では一番の年長者なので、リザード種全体の代表のような扱いを受ける事が多い。
本人は忘れているが連邦港湾において大魔王コリンズの拉致を発案したのが彼である。
「レ・ガン」
元四天王。
魔王ギーガーの母(厳密には縁戚)
ギーガーの魔王就任に伴いソドムタウンにおける魔王権力の代行者となった。
在任時は対魔族感情の緩和と情報収集に尽力、魔王ギーガーの自由都市来訪を実現した。
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異世界事情については別巻にて。
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