【顛末記18】 御学友
コレット・コリンズ電撃出陣。
俺がそのニュースを知った頃には、全てが終わっていた。
冷静に考えれば、魔王城は遊牧式のゲルなのだ。
確かに前線までの移動も選択肢としてはあり得るのだろう。
でも、予告もなしに最前線に遷都するとまでは誰も思わないじゃないか。
豪雨の夜、摂政コレット・コリンズは僅かな馬廻りを率いて大陸最南端のソドムタウンから出陣した。
翌々日には王国・帝国・連邦・首長国に挟まれた中立地帯に布陣。
王国と合衆国の紛争に従事していた民兵組織のリーダーを逮捕してしまった。
情報の真偽を確かめようと各勢力が現地に斥候を出した時には、コリンズタウンに設置されていたゲルが全てこちらに移転し終わっており、処刑された民兵達の惨殺体が街道に沿って延々と吊るされていた。
皆が驚く間もなく摂政は親衛隊を率いて王国の最南端の軍都を包囲、援軍すら待たずに手勢だけで占領してしまった。
流石に虚報だとは思うが、摂政自ら攻城兵器に搭乗して指揮を執ったとの風聞すら耳にした。
あまりの神速に政府系メディアですら反応出来なかった。
そもそも王国の各諸侯は統一政府に対して臣従を既に申し出ているし、摂政もそれを認める声明を発表済みだった。
《なのにいきなり攻め込むのは反則では?》
恐らく、俺も含めた全世界がそう思っている筈だが、口に出す馬鹿はいない。
命は1つしかないので、仕方ない。
『え?
これで紛争解決?』
「領土紛争ではしゃいでた連中の心が折れてしまいましたからな。
皆、息を潜めてるでゴザルよ。」
『俺はどうすればいいの?』
「命乞いに来た連中の応対に専念するべきでしょうなぁ。」
摂政は軍都を占領すると同時に処刑リストを発表した。
王国合衆国間の紛争の首謀者と見なされた数千名がリストアップされていた。
俺の陣に涙ながらに駆け込んで来たのは、合衆国側の首謀者達である。
彼らは口々に如何に自分達が紛争と無関係かを訴えているが、ここ数ヶ月合衆国に滞在していた俺は元凶が彼らであることを知っている。
要は、紛争の主体は地元の地主やら騎士階級やらの既得層であり、それを皆殺しにすれば解決すると摂政が判断したのだ。
「これは王国さんとの紛争でしょ!
どうして我々が摂政殿下のお怒りを買わなきゃならないのですか!」
『いやー、あの人は喜怒哀楽では政治判断を下さないですよ。
淡々と社会にとって有益か無益かを選別して処刑リストを作成してるんです。』
「じゃあ私が無益とでも言うのですか!?」
『…。』
処刑リストに名を載せられたということは、《無益》どころではなく《有害》と判定されたのだろうな。
「公王様!
公王様からお口添え頂けませんか!
家族!
せめて家族だけでも、赦免の道筋を!」
『そのリストの上から2番目に記されてるのが私ですからねぇ。
むしろ、私が赦免して欲しいくらいです。』
「…どうするべきでしょうか?」
『いやあ、どうなんでしょう。
取り敢えず出頭してみては如何でしょうか?』
「拷問とかされますかね?」
『拷問されるかは否かは分かりませんが、酷い殺され方はすると思います。
あの人、恐怖こそが平和への近道と固く信じてますからね。
いや、その持論の正しさが日々証明され続けていて、私も心が折れてしまっているんですけど。』
「そうですかぁ…
私が死んだらどうなるんですかね?」
『いやー、どうなんでしょ。
社長がお持ちの農地が小作人に分配されるのではないでしょうか?』
「みんな哀しんでくれますかね?」
『うーん。
農地が貰えたら喜ぶんじゃないでしょうか?』
「ですよねー。」
俺に助命権限が無いと知った者達が絶望し、陣中で勝手に切腹を始めたので、慌てて介錯して回る。
「切腹すれば家族が助かる」という根も葉もないデマが流れていたので『あの人がそんなに甘い訳ないじゃないですか!』と否定するのだが、群衆心理とは恐ろしいもので駆け込み切腹の連鎖は止まらなかった。
俺の陣営はすぐに死臭で満ち、地獄絵図としか言いようのない惨状となった。
この片頭痛はきっとPTSDに違いない。
皆に命じて事後処理を進めた。
名乗らず切腹した馬鹿の身元を調べさせているうちに、リストの2割位は処理出来てしまっていた。
軍都からの検分使を待っている間に切腹死体は続々と増え、また歓喜した小作人達の地主殺しも始まり、気がつくと処刑リストに名前が載ってなかった紛争反対派の地主一族まで惨殺され始めていた。
『いやいや、名簿に載ってない人まで殺すのはあまり良くないですよ。』
「そんな事言ったって!
戦争なんて地主が勝手に始めるものじゃないですか!」
『まあ、そういうケースは多いですけど。
それが全てではありませんからね。』
「でも、いつも地主に徴兵されて戦争に行かされますもの!
外国の軍人と戦争させられるよりも、地主の家族の寝込みを襲って殺す方が遥かに生存率高いじゃないですか!」
『あ、はい。
私も戦争させられるくらいなら、無抵抗の女子供をリンチ殺人するかも知れません。』
「ほーらね!」
そんな問答を繰り返しているうちに、議員や地主や民兵の親玉があらかた殺された。
ついでにヤクザや活動家が殺され、小資本家にまでリンチ殺人の魔の手が伸びた頃には、合衆国は牧歌的な農村の集まりとなっていた。
これまでの苛烈な大地主社会の反動なのか、偏執的な平等主義が合衆国全体を覆った。
政治的意見を表明した者は族滅された。
メガネを掛けているだけで惨殺される程に徹底していた。
対外戦争と重税の原因が消滅したので、合衆国には平和が訪れ人民には豊かさがもたらされた。
俺は特に何の活躍もしなかったが、摂政から送られて来る本領安堵の立札を村々を回って広場にプスプス刺して回った。
何の貢献もしないのは申し訳なかったので、『立札の文字が小さくて辛気臭いので、かなり近寄らないと読めないです。 文字は大きく蛍光塗料で書いたらいいんじゃないですかね?』と摂政親衛隊に告げると、翌週には採用されていた。
世相を皮肉ったつもりだったのだが、思いのほか年寄連中から感謝されてしまったので、それ以上は余計な発言が出来ない雰囲気となった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺の陣営には僅かに生き残った既得層が駆け込んで来たので、気は進まなかったが報告がてら魔王城に連れていく事になった。
どのみち彼らは本国に帰っても殺されるだけである。
それなら魔王ダンに馳せ参じてワンチャンを狙おうと思ったのだろう。
彼らの読みはそこまでハズレでは無かったらしく、意外にも少女官僚達は歓迎してくれた。
「遷都したばかりでテントも少なく、肉の壁が足りずに不安だったのです。」
実戦慣れした彼女達が満面の笑みで言うのだからそうなのであろう。
魔王城を中心としたゲル群の外周には、そういう亡命肉壁が多数住まされていた。
軍歴の長いロベール曰く、人道上の懸念を除けばコスパ最高の防御手段らしい。
いずれにせよ、そういう原始人のような戦略構想で新首都は拓かれていた。
もっとも、新首都と思っているのは俺達だけで、摂政は遊牧的な機動統治を続ける算段なのかも知れなかった。
『なあ、ジミー。』
「はい?」
『俺は定住文明こそが遊牧文明の進化系と習って来たが…
広域帝国を支配するなら、統治者は遊牧型の方がいいかもな。』
「そんなことを言ってると、ある日突然砂漠に摂政殿下のゲルが立ちますぞ。」
『うっわー、こえーww
それだけは絶対嫌だなww』
「今回の遷都、好手でゴザったな。
これで遠方の民族が好き勝手出来なくなったでゴザル。
地元が荒れれば、摂政殿下が首都機能ごと攻めてくる。
この前例に優る抑止力などありませんぞ。」
『どうか砂漠は静謐でありますように。』
「まったくでゴザル。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて。
魔王城と呼ばれるリン・コリンズゆかりのゲルの周囲には大小様々な官庁ゲルが存在し、賓客(人質)を宿泊させる迎賓ゲルも配置されていた。
拒めば殺されるので、当然賓客もこの遷都に同行している。
合衆国人を送り届けた俺は迎賓ゲルに顔を出す事を許された。
「どもですー。」
緩い口調で俺に声を掛けてきた少年はケイン・D・グランツ。
SSS級賞金首ヒルダ・コリンズを匿っている可能性があるSS級賞金首カイン・D・グランツの息子である。
「その理屈で、僕が逃亡した場合はS級賞金首になるらしいです。」
『おお、出世したじゃん。
どこぞの自称歌姫と同格だぞー。』
ケイン君の父であるグランツは極めて愛想が良く明朗な快男子であったが、家庭人としては対極だったらしい。
『グランツさんもなあ。
凄く人当たりの良い男で、同僚としては最高だったよ。
兎に角、細やかな気遣いをしてくれてさあ。
俺も見習わなきゃ行けないなって、未だに男としての模範にしてるもの。』
「父さんは外面がかなり良かったですからねえ。
僕も他人に生まれたかったです。」
『まあ、親子ってそんなものかもな。』
「ポールさん、僕どうなんるんですかね?」
『え?
まだ殺されてないってことは年内はセーフなんじゃない?』
「ポールさんからコリンズの奴に何か言ってやって下さいよ。」
『えー、一番目を付けられてるのが俺だからねえ。
口添えしちゃったら、君の処刑順位上がっちゃうよ?』
「嫌な時代になりましたね。」
『ホントホント。』
ケイン君は摂政コレット・コリンズと同年の14歳。
幼年学校のクラスメートだったらしい。
王都育ちの若者にしては政治にも経済にも無関心で、郊外に土地を買ってスローライフを楽しみたいという老人のような夢を持っていた。
たまたま彼の父親が大魔王に傾倒し、何が何だかわからないまま故郷を捨てさせられて遥か南のソドムタウンに移住させられた。
たまたま父の同僚の息子が同年だったので親交を結んだが、御存知の通り皇帝に即位してしまった。
極めて無責任なことにカインもキーンも逐電してしまい、置き去りにされたケイン君は無造作に人質区画に放り込まれた。
なまじクラスメートだけあって、摂政はケイン君に対しては何の遠慮もなかった。
「ポールさん、聞いて下さいよ。
僕の青春が滅茶苦茶になった顛末を。」
『あ、うん。
私も報告書を書かなきゃいけないから手短にね。』
俺も子供の頃、周囲の大人に甘やかされたからな。
せめて若者の愚痴くらいは聞いてやろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
僕の名前はケイン・D・グランツ。
平凡な幼年学校生だ。
ケインという名前はあまり気に入ってない。
父カインが狼藉三昧をしていた頃の変名だからである。
先週とうとう12歳になり、いよいよ卒業試験の時期が近づいて来た。
卒業成績で進路がかなり変わってくるからな。
士官学校への入学を目指している連中などは必死である。
試験の中でも一番配点が重いのが、明日から始まる王の森(王宮の裏手にある)での採集レポート作成。
このレポートと提出後に行われる口述試験が配点の半分を占めている為、僕らのクラスもその準備で大慌てだった。
「ちょっと男子ーッ!!」
やっと授業が終わり帰ろうとする僕達を1人の女子が呼び止めた。
コレット・コリンズ。
通称・コレコリ。
ブスの癖に口煩いという最悪の女子だ。
『な、なんだよ。』
「なんだよじゃないでしょー。
明日から実習なんだから、準備の確認をさせなさいよ。
グランツ君はお父様が冒険者なんでしょ。
ちゃんと採集の話を聞いてきてくれた?」
『う、うん。
まあ、今日聞こうと思ってたところだよ。』
「はあ!?
私、先月からずっと頼んでたよね?
わかってるの?」
『る、るっせーな。
わかってるよ。
大体、オマエは進学ガチらないって言ってたじゃん。
そこまでマジにならなくていいだろ。』
「あのねえ。
グランツ君はそういうところ直しなさい。
人生に危機感無さすぎ。」
『コリンズが神経質すぎるだけだよ。
大体、俺達まだガキだぞ。
郊外の連中は15の軍役までのんびり遊んでるじゃねーか。』
「はあ(糞デカ溜息)。
グランツ君みたいに無気力な人がいるから学校の品位が落ちるのよ。
私が後期のクラス委員になったらビシバシ行くから。」
『え?
お、オマエがクラス委員になるの?』
「あのねえ、先生が仰ってたでしょ。
最終年度の委員は成績順だって。
今の所、私がトップなんだからそうなっちゃうでしょ。」
『お、おう。』
「それじゃあ、家の手伝いあるから帰るね。
お父様にちゃんと話を聞いておきなさい。
明日の朝チェックするから」
(ガラガラピシャン)
「おいグランツ、マジかよ。
コレコリがクラス委員なんて嫌だぜ。」
「折角の学校生活が地獄になっちゃうよ。」
「グランツ君、何とか阻止しなくちゃ。」
『オマエラも隠れてないで、助けろよー。』
「やだよ、俺コレコリ嫌いだもん。」
「ブスの癖に仕切るよな、アイツ。」
「コレコリが実習班一緒とかうんざりするよね。」
『それにしても、採集の実習なんて後期にやることだろ?
どうして、こんなに早いんだ?』
「え? オマエ知らないの?」
「グランツは本当に噂に疎いよな。」
「来週に軍人を召喚して
王の森で訓練させるって噂だよ?」
『え? 軍人を召喚?
モンスターみたいに?』
「隣のクラスに助祭の息子が居るじゃん。
ほら、いつも金持ち自慢している。」
「アイツが教えてくれたんだ。
教団が今度は人間を召喚するんだってさ。」
「パパが言ってたけど、召喚モンスターって
レアスキル持ってる確率が高いんだって。」
『へー。
相変わらず変な税金の使い方するよなー。』
「あ、不敬罪ww」
「さっすがカネ貸しの息子はシビアだよな。」
「それ先生の前で言っちゃ駄目だよ。」
『「「「あっはっはっはwwww」」」』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2年前の王国と言えば俺の目には滅亡寸前に映っていたのだが、王都の幼年学校となるとそこまでの緊張感は無かったらしい。
『へえ、王国って幼年学校からフィールドワーク盛んだったんだね。』
「最後の王様がカリキュラムにフィールドワークや論述を入れまくったんですよ。
ペーパーテストと違って不正が起こりにくいからって。」
『おお流石は賢王エドワード。』
「いやいや、僕ら生徒としては誤魔化しが効かなくて辛かったですけどね。
まあ、親のカネで成績が買えなくなったから、進学は公平になったみたいですけど。」
『へー。
みんな色々考えるものなんだなー。』
「僕が卒業してから考えて欲しかったですw」
『あはは、学生あるあるだよなww
それで?
結局、摂政がクラス委員になったの?』
「それがアイツが学校に来た最後の日ですよ。
次の日から、家業多忙を理由に休学しましたもの。
翌週には公示にアイツの結婚退学が貼られてて…」
『ああ、大魔王が婿養子に入った頃だね。』
「ええ。
それでようやくあの糞ブスの顔を見なくて済むようになったと思ったら。
ある日、父さんが発狂して亡命キャラバンに無理矢理乗せられて。」
『ふふふ。
そこでも摂政と感動の再会を果たす訳だ。』
「大魔王様は結構僕に気を遣ってくれたんですけど。
コリンズの奴はそういう気遣いを一切してくれなかったんで。
状況説明すらしてくれないんですよ、酷いと思いません?
父さんは大魔王ベッタリで僕と母さんは完全放置されてましたからね。」
『君のお父さんは大魔王のこと大好きだもんな。
ケイン君には悪いんだけどさ、最初グランツさんが大魔王の父親かと思ったくらいだもん。』
「あ、それは母さんが死ぬまで疑ってました。
外で作った隠し子なんじゃないかって。」
『グランツさんモテるからなあ。
一緒に飯とか行ったらビビるぞ?
ウェイトレスが全員グランツさんに言い寄って来るんだよ。』
「モテるって言うか、あの人は遊びすぎなんですよ。
基本、僕と母さんは放置されてましたからね。
絶対に外で愛人作ってるんだろうなって…」
『いやあ、仕方ないよ。
イケメンで長身で喧嘩強くてカネ持ってるんだから。
グランツさんにその気がなくても、女が湧くんだよ。
君もどんどんお父さんに似て来たし、モテるんじゃない?』
「勘弁して下さいよぉww」
『「あっはっはww」』
絶望もあまりに深ければ笑うしかない。
俺達は涙を流しながら笑い合った。
「…これから僕、どうなるんですかね?」
『君はどうしたいの?』
「平凡な学園生活を送りたいっす。
まあ、学校制度はアイツに解体されちゃった訳ですけど。」
『次の御前会議で教育制度改革が議題に上がるから。
改善案出しておこうか?』
「じゃあ、クラス委員は人柄重視で任命する法律作っておいて下さい。」
『ふふふ。
でもその人柄の基準を決めるのが摂政なんだぜ?』
「あはははは、どのみち地獄だーwww」
『「あっはっは(涙)ww」』
コレット・コリンズのクラス委員就任は彼女の結婚により立ち消え、学級は地獄とならずに済んだ。
だがその4か月後に彼女は摂政・録尚書事・大元帥・最高判事に就任、世界は(自主規制)となった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
摂政は賢王エドワードの学制改革を非常に高く評価していた。
為政者としても一生徒としても素晴らしいものと感じていたらしい。
旧王国の教育官僚が無造作に連行されて来て、その場でエドワード式のカリキュラムをプレゼンさせられた。
流石に14歳で天下人となるだけあってコレット・コリンズは少し聞いただけで骨子を掴み取り、自身の幕僚と新時代の幼年教育企画案を組み上げてしまった。
必要な知識を抜かれ終わった教育官僚達には褒賞として肉の壁として生活する栄誉が授けられた。
「ねえ。」
「な、なんだよ。」
「なんだよじゃないでしょ。
王国の復興案考えておいてくれた?
折角王国人の迎賓ゲルに入れてあげたんだから、意見を聞いておいてって言ったよね?」
「…今日聞こうと思ってたんだよ。」
「はあ!?
私、先月からずっと頼んでたよね?
わかってるの?」
「る、るっせーな。
わかってるよ。
大体、オマエは王国政治ガチらないって言ってたじゃん。
そこまでマジにならなくていいだろ。」
「あのねえ。
グランツ君はそういうところ直しなさい。
天下に当事者意識無さすぎ。」
2人は悪態を吐きながらもどこか楽し気である。
そして来るべき決別が見えている所為か、年齢不相応に酷く哀しそうだった。
学生時代のクラスメートなんて、教室にいる間はありがたみがわからないのだ。
目の前の少女に大半が殺されて、俺もようやく分ったくらいだからな。
俺も大魔王も摂政も級友の多くを失った。
かけがえのない命と共に、人として更に大切な何かを俺達は失った。
喪失感すら失ってしまった気がする。
あの日々を知る者は全て死に、俺の死と共に全てが消滅する。
戻らない。
もう二度と戻らないのだ。
「なあコリンズ。」
「んー?」
「いつか実習に行こうぜ。」
「…馬鹿ね。
もう学校無くなっちゃったでしょ。」
「行こうぜ。」
「…今度はちゃんと準備しておきなさいよね。」
居並ぶ将星顕官は何も言わず主君の言葉遊びを見守っている。
その胸中は計り知れなかったが、これに関しては俺と似たような感慨を持っているのではないだろうか。
駄目元で願ったことだが、驚く事にケイン・D・グランツの所領招聘は認められた。
どうせ死ぬなら少しでも広い空を見て死にたい、との言葉には摂政も俺も大いに共感した。
この日、コレット・コリンズは全ての学友を失った。
【異世界紳士録】
「ポール・ポールソン」
コリンズ王朝建国の元勲。
大公爵。
永劫砂漠0万石を所領とするポールソン大公国の国主。
「クレア・ヴォルコヴァ・ドライン」
四天王・世界銀行総裁。
ヴォルコフ家の家督継承者。
亡夫の仇である統一政府に財務長官として仕えている。
「ポーラ・ポールソン」
ポールソン大公国の大公妃(自称)。
古式に則り部族全体の妻となる事を宣言した。
「レニー・アリルヴァルギャ」
住所不定無職の放浪山民。
乱闘罪・傷害致死罪・威力業務妨害罪など複数の罪状で起訴され懲役25年の判決を受けた。
永劫砂漠に収監中。
「エミリー・ポー」
住所不定無職、ソドムタウンスラムの出身。
殺人罪で起訴されていたが、謎忖度でいつの間にか罪状が傷害致死にすり替わっていた。
永劫砂漠に自主移送(?)されて来た。
「カロッゾ・コリンズ」
四天王・軍務長官。
旧首長国・旧帝国平定の大功労者。
「ジミー・ブラウン」
ポールソン大公国宰相。
自由都市屈指のタフネゴシエーターとして知られ、魔王ダン主催の天下会議では永劫砂漠の不輸不入権を勝ち取った。
「テオドラ・フォン・ロブスキー」
ポルポル族初代酋長夫人。
帝国の名門貴族ロブスキー伯爵家(西アズレスク39万石)に長女として生まれる。
恵まれた幼少期を送るが、政争に敗れた父と共に自由都市に亡命した。
「ノーラ・ウェイン」
四天王・憲兵総監。
自由都市併合における多大な功績を称えられ四天王の座を与えられた。
先々月、レジスタンス狩りの功績を評されフライハイト66万石を加増された。
「ドナルド・キーン」
前四天王。
コリンズ王朝建国に多大な功績を挙げる。
大魔王の地球帰還を見届けた後に失踪。
「ハロルド・キーン」
帝国皇帝。
先帝アレクセイ戦没後に空位であった帝位を魔王ダンの推挙によって継承した。
自らを最終皇帝と位置づけ、帝国を共和制に移行させる事を公約としている。
「エルデフリダ・アチェコフ・チェルネンコ」
四天王筆頭・統一政府の相談役最高顧問。
前四天王ドナルド・キーンの配偶者にして現帝国皇帝ハロルド・キーンの生母。
表舞台に立つことは無いが革命後に発生した各地の紛争や虐殺事件の解決に大きく寄与しており、人類史上最も多くの人命を救済していることを統計官僚だけが把握している。
「リチャード・ムーア」
侍講・食糧安全会議アドバイザー。
御一新前のコリンズタウンでポール・ポールソンの異世界食材研究や召喚反対キャンペーンに協力していた。
ポールソンの愛人メアリの父親。
「ヴィクトリア・V・ディケンス」
神聖教団大主教代行・筆頭異端審問官。
幼少時に故郷が国境紛争の舞台となり、戦災孤児として神聖教団に保護された。
統一政府樹立にあたって大量に発生した刑死者遺族の処遇を巡って政府当局と対立するも、粘り強い協議によって人道支援プログラムを制定することに成功した。
「オーギュスティーヌ・ポールソン」
最後の首長国王・アンリ9世の異母妹。
経済学者として国際物流ルールの制定に大いに貢献した。
祖国滅亡後は地下に潜伏し姉妹の仇を狙っている。
「ナナリー・ストラウド」
魔王ダンの乳母衆の1人。
実弟のニック・ストラウドはポールソン大公国にて旗奉行を務めている。
娘のキキに尚侍の官職が与えられるなど破格の厚遇を受けている。
「ソーニャ・レジエフ・リコヴァ・チェルネンコ」
帝国軍第四軍団長。
帝国皇帝家であるチェルネンコ家リコヴァ流の嫡女として生を受ける。
政争に敗れた父・オレグと共に自由都市に亡命、短期間ながら市民生活を送った。
御一新後、オレグが粛清されるも統一政府中枢との面識もあり連座を免れた。
リコヴァ遺臣団の保護と引き換えに第四軍団長に就任した。
「アレクセイ・チェルネンコ(故人)」
チェルネンコ朝の実質的な最終皇帝。
母親の身分が非常に低かったことから、即位直前まで一介の尉官として各地を転戦していた。
アチェコフ・リコヴァ間の相互牽制の賜物として中継ぎ即位する。
支持基盤を持たないことから宮廷内の統制に苦しみ続けるが、戦争家としては極めて優秀であり指揮を執った全ての戦場において完全勝利を成し遂げた。
御一新の直前、内乱鎮圧中に戦死したとされるが、その詳細は統一政府によって厳重に秘匿されている。
「卜部・アルフォンス・優紀」
御菓子司。
大魔王と共に異世界に召喚された地球人。
召喚に際し、超々広範囲細菌攻撃スキルである【連鎖】を入手するが、暴発への危惧から自ら削除を申請し認められる。
王都の製菓企業アルフォンス雑貨店に入り婿することで王国戸籍を取得した。
カロッゾ・コリンズの推挙により文化庁に嘱託入庁、旧王国の宮廷料理を記録し保存する使命を授けられている。
「ケイン・D・グランツ」
四天王カイン・D・グランツの長男。
父親の逐電が準叛逆行為と見做された為、政治犯子弟専用のゲルに収容されていた。
リベラル傾向の強いグランツ家の家風に反して、政治姿勢は強固な王党派。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
異世界事情については別巻にて。
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