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【顛末記16】 英雄

『威嚇射撃に留めろ!!』



最低でも10回は叫んだし、兵士達も従ってはくれた。

ただ1個大隊が放てば、それが威嚇であっても人は死ぬ。

最前列に血が飛び散ったのを見た途端にデモ隊は恐慌状態に陥り逃げ散ってしまった。

1週間掛けた説得交渉では何の成果も上がらなかったのに、苦し紛れに振った采は全てを解決してしまった。


死者は44名。

女や子供も混じっていた。

帰国後に知った事だが、その中にハビエル・ロペスなる騒動の首謀者もいたらしい。

御用メディアは大悪党の様に報じていたが、彼が身銭を切って困民の救済に奔走していた事実は長年合衆国と敵対していた王国人でさえ知っていた。

国境紛争が嘘のようなスピード解決したのは、ロペスの死が原因とのこと。



「あの規模の大暴動を100名以下の犠牲で沈静化したのですよ?

公王陛下の御手腕を皆が称えております!

ポールソン公王こそ英雄の名に相応しいと!」



帝国や合衆国の役人達は大真面目にそう言った。

統一政府に批判的なメディアですら賛辞を述べた。

どうやら俺と世間では英雄の定義が異なるらしかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



最初に下ったのは帝国で開催される経済フォーラムへの出席命令だった。


大魔王の天下振舞(経済テロ)によって革新(崩壊)した貨幣システムをどう保全(復興)するかがテーマ。

俺とクレアの通貨圏構想がやや異なる以外にさしたる対立点はない。

民意が大魔王の再降臨にしか興味を持たない以上、俺達の議論に真剣に耳を傾けてくれる者は稀だったし、会場の外ではお調子者達が勝手に大魔王感謝祭を開く始末だった。


最初はその程度の緩い雰囲気だったのだ。

なので随行させて来た一個小隊ですら過大と感じた。

俺とクレアが報道陣の前で互いの政策案を賛美し合いながら、他所行きの笑顔で握手して終わり。

最後にジミーとクレアがホテル併設のバーに向かうのを見送った所で俺のノルマは完了した筈だった。

(俺? 行くわけないだろ、この歳になると酒が残るんだよ。)



相部屋のィオッゴと談笑しながら皆への土産を考えていた時たった。



「王国情勢が急変したので、念の為に帝都での滞在を延ばして欲しい。」



正規の命令ではなかったが、深夜来訪したハロルド皇帝に直接頼まれてしまったので、頷かざるを得なかった。

俺は諦めるとして宰相のジミー・ブラウンだけでも帰国させて欲しいと願ったのだが、言を左右にされてしまう。

(最近は俺かジミーのどちらかが在国していなければ国が回らなくなってきた。)



「あー、これ戦争でゴザルな。」



『まさか。』



「ポール殿はこれまで何度か出兵要請を躱しましたよな?

それで政府もやり口を変えたのでゴザロウ。」



『つまり、俺を国外に釣り出してから出兵命令を下すと?』



「岩場に閉じ籠もっていれば、言い訳を考える時間も稼げたのでゴザルがな。」



『…。』



「いつもポール殿が言っておられるでゴザロウ?

封土とは貰い物ではなく預かり物なのだと。」



『0万石を預かってる俺は何を摂政に返せばいいんだろうな?』



「皆を楽しませる頓智でそれを切り抜けるのがポール殿の仕事でゴザル。」



『…0万石しか貰ってないので流血もゼロで済ませましたってのは駄目かな?』



「見事な回答ですな。

きっと我々兄弟だけの切腹で済ませて貰えることでゴザロウ。」



『…そいつは素晴らしい。』



ジミーの予想通り、翌日には摂政からの特使が派遣され、「1個師団だけ帝都に呼び寄せておくように。」と命じられる。

特使殿はそのまま軍監として俺の部隊に着任した。

軍監は十代半ばの少女と聞いていたが、体躯壮健でかつ表情が非常に精悍という如何にも摂政から重用されそうなタイプだった。

彼女が名乗ったゲルゲという姓にも聞き覚えがあるので、或いは親衛隊の2世隊員かも知れない。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



その翌日、ゲルゲ大尉の指示でホテルから軍事基地に移動させられる。

帝国時代は親衛師団の駐屯基地であったこともあり、敷地は広大で施設も充実していた。

厩舎1つとっても緻密に配置されトレーニングプールの水は清潔に保たれてた。

これが超大国の軍事中枢かと、思わず感嘆する。



『ゲルゲ殿。

駐屯の旨、承知致しました。

それでは基地司令閣下に挨拶をしたいので紹介して頂けませんでしょうか?』



俺のその発言を聞いたゲルゲ大尉は、一瞬だけ驚いたような表情を見せたがすぐに元の無表情に戻った。



「いえ、この基地は公王様の基地ですので…」



『え? 私ですか?』



大尉は何かを深く考え込むように黙り込み、30秒ほど経ってからようやく口を開いた。



「総司令官就任おめでとうございます。

公王様であれば必ずや平和維持任務を成し遂げられるであろうと摂政殿下も安堵しておりました。」



『…。』



「おめでとうございます。」



『…。』



「おめでとうございます!」



『…ありがとう。

魔王様の為に粉骨砕身する所存です。』



「…。」



『…。』



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



こうして俺は平和維持軍の総司令官に就任した。

司令官室に俺のネームプレートが既に掲示されていた事からして、今回のフォーラム自体が俺を本国から引き離す為の計略だったのだろう。

そもそも摂政はそういう術策を用いる事に躊躇しない人だ。


勿論、ゲルゲ大尉もハロルド皇帝の伝令官も口を揃えて否定する。

《フォーラム開催中に王国と合衆国の国境で民兵同士の大規模衝突が起きた。

突然の事態に我々も驚いている。》

一言一句違わない回答。

世間では対ポールソンマニュアルが出回っているのではないかとさえ勘ぐってしまう。

1個師団派兵の話だったが、結局は2個師団の派兵を求められる。

最初からそういう段取りだったとしか思えない。


最初の数日は各部署の役人が挨拶に来ただけだったので、司令官と言われても実感が湧かなかった。

そもそもとしてリーダーシップと無縁の人生を歩んできたからだ。

状況が変わったのは6日目。

帝国の第四軍団が入城して来てからだ。

最初窓から軍勢を見た時は《いよいよ俺が粛清される日が来たか》、と全身から冷や汗が噴き出したほどだった。

第四軍団を指名したのがハロルド皇帝ではなく、摂政と聞いたからである。



「総司令官閣下の旗下で戦えること、武人として誉れであります!」



伝令のモロゾフ氏の最敬礼に答礼している最中も恐怖は拭えなかった。

援軍名目で追手を送り込む手口を摂政は何度か使っているからある。

謹直に敬礼している兵士達が今にも抜刀するのではないかと、必死で震えを堪えた。

そもそも気の弱い俺にとって、軍服姿の兵隊に囲まれること自体が多大なストレスなのだ。



『参集して下さったことに感謝申し上げます。

司令と言っても私には軍歴がありません。

色々と御教示頂ければ幸いです。』



緊張で気の利いた台詞も思いつかなかったので、無難な挨拶だけを心掛けた。

モロゾフ氏が師団長の謁見を申請して来たので断りようもなく許可する。

上意討ち対策の為に窓の外から逃げ場を探すが、生憎眼下は帝国兵で溢れていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「公王陛下、再びお目に掛かれる日を楽しみにしておりました。」



『…そうか、君か。』



眼前で跪いている少女を俺は知っていた。

御一新前はカフェのハンモックで一緒に寝転がって駄菓子を半分こしたことすらあった。

クレアに保護されていると聞いていたが…



「ソーニャ・レジエフ、着到致しました。

非才の身ではありますが誠心誠意励む所存であります。」



『…宜しく頼む。』



かろうじてそう答えながら、俺は必死に記憶の糸を手繰った。

この子の年齢を必死に思い出そうとする。

確か俺と出逢った時は10歳?11歳?

幼年学校の年齢だったことは間違いない。

あれから何年経った?

2年? 3年?

駄目だ、脳が落ちついてくれない。

初めて会った時から背は伸びたが、相変わらず線が細い。

それだけに軍服姿が痛々しい。

ソーニャが少し喋ると腰のサーベルがカチャカチャ鳴り、それを聞く度に胸がズキズキと痛んだ。

閲兵の間も思考が纏まらず、応対を全てジミーに任せてしまった。

俺は覚えたてのマニュアルを読み上げただけである。

後で聞くと司令官としての理想の応対だったらしいので、軍人の仕事とはそういう性質のものなのだろう。



『…女性が軍務に就くのには反対だ。』



会食の際、互いの軍監が同席しているにも関わらず、そう切り出してしまった。

心がハッキリと状況に納得することを拒絶していた。

ゲルゲ大尉が素早く目線で咎めてくるが無視する。

ソーニャは表情を変えずに頭を下げ直した。



「公王陛下の信頼を一刻も早く勝ち取れるよう精進致します。」



『そういう話をしている訳じゃない。

君は幾つだ?

まだ戦場に向かうような年齢ではない筈だ。』



「もう15になりました。

帝国貴族であれば元服し初陣を飾る歳です。」



『まだ15だ!

大体、初陣云々というのは男子の話だろう!』



  「公王様!

  御言葉が過ぎますぞ!」



『黙れ!

俺は今ソーニャ・レジエフと話している!!』



  「…。」



『年端も行かない少女が軍務に就くことにどうしても納得出来ない。

こんな時代は間違っている!』



「御言葉ですが、小官の方が摂政殿下より年長です。」



『私は摂政にも武器を取って欲しくないと考えている。』



  「公王陛下!!

  ご発言を撤回下さい!!

  二心を疑う者も出てきますぞ!!」



『…発言は撤回しない。

何度でも言うさ。

女が剣を取るような世の中は間違っている。

絶対に撤回しないからな!!』



誰も何も言わずに時間だけが流れた。

給仕は淡々と皿を運び、グラスにワインを注いだ。

あまりに不愉快だったので振り返りもせずに自室に帰って眠った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



その翌日は感情の整理に費やした。

()()()()()を作った責任が自分にある事は俺自身が誰よりも知っていた。


理屈では全部わかっているのだ。

かつて帝室がアチェコフ流とリコヴァ流に分かれて骨肉の争いを続けていた。

アチェコフは、その後継者であるエルデフリダが四天王筆頭に、嫡男ハロルドが帝位に就いた。

対抗意識を燃やしたリコヴァが政権に近かったソーニャを担ぎ上げた。

それだけの話なのだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



更に翌日、魔王ダンからの綸旨が届く。

《平和維持軍の総司令官として合衆国入りし、今回の紛争を解決せよ》

内容は以上の通り。

綸旨の筆跡は祐筆も兼ねている侍従長のものだった。


その数時間後に2個師団到着。

俺と違って彼らの士気は極めて旺盛であった。

ゴブリン連中に至っては文字通り感涙しながら入城してきた。

そりゃあそうだろう。

冷や飯食いの少数種族が逆転出来る絶好の機会なのだから。



『ゲルゲ大尉。

摂政への確認は済んでいるのか?

第四軍団と言えば、帝国史を草創から支えたリコヴァ流直属の精鋭軍団だぞ?

それがゴブリンやらエルフの風下に立たされる。

この意味を本当に理解しているのか?』



「無論、摂政殿下とて感情的な反発は重々承知です。

砂漠の諸種族が帝国からの圧迫を受けていた経緯も踏まえております。

きっと不快に感じている帝国兵士は少なくないでしょう。」



『それならもう少し配慮を!』



「何故、情緒に政治が付き合わねばならないのか!」



『…。』



「配慮しなければならないのは、個々の兵士です。

違いますか?」



『…。』



「…。」



『…違わない。』



「ゴブリンの下では戦えない、女の下では戦えない。

思うのは勝手です。

個々の感情を咎める気はありません。

不満がある者は除隊申請すればいい。

軍隊は道具です。

円滑に社会を運営する為の道具です。


…社会が兵士の為にある訳ではない、兵士が社会の為にあるのだ!」



『…兵士も社会の一員だ。

少しはその心情にも目を向けてやりたい。』



「…。」



『…。』



「ではきっとそれこそが公王陛下に綸旨が下された理由なのでしょう。」



『…。』



「…。」



『大尉にはこれからも色々と御指導頂きたい。』



ゲルゲ大尉はそれには何も答えず、短く敬礼して俺の側に控え直しただけだった。

ただ、空いた時間を見計らって帝国軍の事情を色々報告してくれたので、その点には感謝の念を覚えた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



数日、軍務に没頭した。

いや、軍隊実務を覚える事に専念していた。



「随分、板について来たでゴザルな。

元帥杖にも慣れて来ましたか?」



『…周りが俺に慣れてくれた。

この数日の訓練期間は兵士が俺を将に育てる為のものだったのだろう。』



「ふふふ。

随分殊勝な総大将ですな。」



『…弁えているだけだよ。』



ゲルゲ大尉との衝突は絶えなかったが、それでも軍監の使い方は少しずつ理解してきた。

周囲は気を遣ってソーニャとの面会機会を増やしてくれたが、2人きりで会う事はなかった。

俺達が切腹せずに済むように気を遣ってくれてのことである。

ソーニャとの面会では久闊を惜しむ余地もなく、ひたすら行軍陣形に対しての論議が続いた。


【俺の本隊を庇う形でソーニャの第四軍団が囲む。

緊急撤退時は俺の離脱を確認するまではソーニャは後退しない。】


軍隊実務上、それが正しいことは知っている。

だからこそ余計に納得出来なかった。



「申し訳ありせんが公王陛下。

貴方様は総司令官です。

前衛に配置する訳にはいきません。」



『…やはりレジエフ卿が前衛を務めるということか?

他の者では駄目なのか?』



「小官はその為に派遣されて参りました。」



『俺は女を盾にするような真似をしたくない。

私事だが、君を危険に晒したくない。』



「お言葉ですが公王陛下!

自分こそ上長を盾にするような真似は出来ません。

陛下を危険からお守りするのが小官の任務です!」



上長? 小官? 任務?

君はさっきから何を言っている?

少し前まで本当に普通の少女だったじゃないか。

俺は最初ソーニャに逢った時、まさしく深窓の令嬢という印象を受けた。

こういう子こそ命を懸けて守らねばならないのだろうと率直に思った。

君が俺如きの盾になる?

意味がわからない。

まるで趣味の悪い悪夢を見せられているかのようだった。



『逆なら私も納得出来たのだがな。』



「公王陛下の御言葉は本末が転倒しております!

総大将に万が一の事態があれば、その時点で作戦は失敗なのですぞ!」



常識の定義も随分変わってしまった。

ほんの数年前までは女を危険に晒すなど、それこそ男にとっての恥であった。

少なくとも俺は両親からそう躾けられた。

だが、摂政に共鳴した少女達は新しい常識とやらを信奉している。

女も命を懸け淘汰し合うべきであると本気で考えている。

ある摂政の近臣などは「弱い女は皆殺しにして、強い女だけが子を産むべき。」と発言した。

居合わせた俺が窘めたが「殿方は何十万年もそうなさってきたではありませんか。」と反論されて何も言い返せなかった。

これが一時の風潮なのか定着するのかは定かではないが、御一新は単なるカネ配りではない。

カネ配りを少女達が完遂させてしまった事によって始まった思想革命なのだ。


ソーニャは真面目で良識的な少女だ。

なので御一新前は帝国貴族家の令嬢としての規範をしっかりと守っていた。

今は新時代の規範を忠実に守っている。

咎める俺が間違っていることは認める。

だが、こんな時代が正しいと思った事は一度もない。


…俺は統一政府を。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



砂漠民族の戦士タテタテ。

かつて皇帝アレクセイに従い無数の戦場を転戦し続けた猛者である。

皇帝戦死時は伝令として帝国北部で任務中だったので死ねなかった。



『先帝を知る者はもはや君だけかも知れないな。』



「近侍していた者の大半は殺されました。

姫君だけでもお守りしたかったのですが。」



国内の混乱に悩むアレクセイは大魔王に助力を乞い続けていた。

戦術の天才だった彼のことである、大魔王からの支援が成立すれば必ずや体勢を立て直していたことだろう。

彼が提案した娘の輿入れも悪い案では無かったと思う。

ただそれは、コリンズ家の妻母にとっては宣戦布告と同義だっただけの話だ。

皇帝も3人の娘も無惨に殺された。

コリンズ家に殺された。

タテタテは1人、コリンズ朝への憎悪を押し殺しながら生き延びてきた。



『変な時代になったよ。

皇帝陛下が生きておられれば何と仰ったのだろう。』



「闊達な姫君がおられましたので、その方が軍隊に入ってしまわないように止めておられたことでしょう。」



次女が最もアレクセイに似ていたらしい。

陽気で行動的、社交を好み決して希望を捨てない。

滞在中のホテルで発見された惨殺体は固く愛刀を握り締めていたという。



『どこも大変だな。』



「ええ、私の娘も公王様の軍に入りたいと…

まだ7つですよ。

もはやどう接して良いのかすら分かりません。」



『すまない。』



「いえ、親の私が不甲斐ないのが悪いのです。

君恩に何一つ報いることが出来ず…

死に目にも立ち会うことすら…

殉じれた戦友達が羨ましくて仕方ありません。」



『確か、娘さんはイリアリさんと言ったか…』



「覚えて下さっていたのですか?」



『彼女が兵士にならないように済む時代を作るよ。』



「…ありがとうございます。

死ねなくなってしまいました。」



タテタテと共に基地の裏手にある少数民族兵士の慰霊碑に向かい佇む。

彼の様な少数民族兵士は正規軍の墓地に葬られる資格を持たず、全て一緒くたにされていたとのこと。



「いつかここで追い腹を切るつもりでした。

アレクセイ陛下が、死ねばここに還ると日頃から申されていたので。」



『そうか。』



「公王様をお恨みします。

死ねなくなってしまいました。」



『…お互い、理由だけが増えるよな。』



皇帝アレクセイは常に兵士と同じ食事を取り兵士と同じ天幕で眠った。

虚礼と浪費を憎み、まるで帝室の歴史に当てつけるように簡素な生活を心掛けた。

宮廷人からは蛇蝎の様に憎まれたが、兵士は彼を愛し彼の為に喜んで死んだ。

その透徹した生涯は鮮烈過ぎて同国人には忌避されたが、奇妙な事にある敵国人が傾倒し模倣した。


名をコレット・コリンズという。


彼女がアレクセイ式を導入したことにより、その郎党達も全て倣った。

統一政府の常軌を逸した武骨さと潔癖さはアレクセイに由縁するのだ。

彼の寛容と明朗を倣ってくれれば、さぞかし世界は温かみのあるものだっただろう。



俺はタテタテらと共に少数民族兵士の慰霊碑を正規軍慰霊碑の隣に移し、簡素ではあるが先帝アレクセイの墓も立てた。

もっと大事になるかと思っていたが、ゲルゲもレジエフもハロルド皇帝もこの件に対してはそこまで厳しい言葉を用いなかった。

或いは出陣前に仕事を増やしたくなかっただけなのかも知れない。



「総勢七万です!

ここまでの軍勢を率いた将など滅多におりませんぞ!」



従軍記者を自称する男が興奮気味に叫ぶ。

なるほど書類上では皆が俺の配下である。

百歩譲ってそれは認めよう。

でも、どうせその矛先はいずれ俺に向くんだろ?

余程、不満が態度に出ていたのだろう。

記者氏は如何に摂政が俺を信頼しているかを執拗に説き続けた。

任務とは言え君も大変だな。


指揮官用の馬車にはゲルゲ大尉と帝国・合衆国の官僚が乗り込んだ。

誰とも喋りたくなかったので、役人の応対は全て大尉に任せた。


合衆国に入る直前に摂政からの特使が到着し、今回の俺の慰霊行為を全面的に追認する旨の令旨を読み上げた。

それどころか俺の慰霊を壮挙と称えすらもしていた。

あの女には何一つ共感出来ないのに、政治的判断が悉く一致してしまうのが苦しかった。



結局、俺はその正しさが許せないのだ。

大量虐殺、拷問、連座制、密告網。

俺が憎み続けた行為が人民を飛躍的に幸福にしている。

どれだけ否定しようとしても、データは俺の情緒に構ってくれない。

きっと、少女が剣を取る事にも何らかの合理性があって、それに反対している俺が頑迷なだけなのだろう。



令旨に目を通し、心底うんざりする。

まさか先帝の墓碑銘案まで一致してしまうとはな。


墓碑銘には、ただ英雄とのみ刻まれる事が決まった。

【異世界紳士録】



「ポール・ポールソン」


コリンズ王朝建国の元勲。

大公爵。

永劫砂漠0万石を所領とするポールソン大公国の国主。



「クレア・ヴォルコヴァ・ドライン」


四天王・世界銀行総裁。

ヴォルコフ家の家督継承者。

亡夫の仇である統一政府に財務長官として仕えている。



「ポーラ・ポールソン」


ポールソン大公国の大公妃(自称)。

古式に則り部族全体の妻となる事を宣言した。



「レニー・アリルヴァルギャ」


住所不定無職の放浪山民。

乱闘罪・傷害致死罪・威力業務妨害罪など複数の罪状で起訴され懲役25年の判決を受けた。

永劫砂漠に収監中。



「エミリー・ポー」


住所不定無職、ソドムタウンスラムの出身。

殺人罪で起訴されていたが、謎忖度でいつの間にか罪状が傷害致死にすり替わっていた。

永劫砂漠に自主移送(?)されて来た。



「カロッゾ・コリンズ」


四天王・軍務長官。

旧首長国・旧帝国平定の大功労者。



「ジミー・ブラウン」


ポールソン大公国宰相。

自由都市屈指のタフネゴシエーターとして知られ、魔王ダン主催の天下会議では永劫砂漠の不輸不入権を勝ち取った。



「テオドラ・フォン・ロブスキー」


ポルポル族初代酋長夫人。

帝国の名門貴族ロブスキー伯爵家(西アズレスク39万石)に長女として生まれる。

恵まれた幼少期を送るが、政争に敗れた父と共に自由都市に亡命した。



「ノーラ・ウェイン」


四天王・憲兵総監。

自由都市併合における多大な功績を称えられ四天王の座を与えられた。

先々月、レジスタンス狩りの功績を評されフライハイト66万石を加増された。



「ドナルド・キーン」


前四天王。

コリンズ王朝建国に多大な功績を挙げる。

大魔王の地球帰還を見届けた後に失踪。



「ハロルド・キーン」


帝国皇帝。

先帝アレクセイ戦没後に空位であった帝位を魔王ダンの推挙によって継承した。

自らを最終皇帝と位置づけ、帝国を共和制に移行させる事を公約としている。



「エルデフリダ・アチェコフ・チェルネンコ」


四天王筆頭・統一政府の相談役最高顧問。

前四天王ドナルド・キーンの配偶者にして現帝国皇帝ハロルド・キーンの生母。

表舞台に立つことは無いが革命後に発生した各地の紛争や虐殺事件の解決に大きく寄与しており、人類史上最も多くの人命を救済していることを統計官僚だけが把握している。



「リチャード・ムーア」


侍講・食糧安全会議アドバイザー。

御一新前のコリンズタウンでポール・ポールソンの異世界食材研究や召喚反対キャンペーンに協力していた。

ポールソンの愛人メアリの父親。



「ヴィクトリア・V・ディケンス」


神聖教団大主教代行・筆頭異端審問官。

幼少時に故郷が国境紛争の舞台となり、戦災孤児として神聖教団に保護された。

統一政府樹立にあたって大量に発生した刑死者遺族の処遇を巡って政府当局と対立するも、粘り強い協議によって人道支援プログラムを制定することに成功した。



「オーギュスティーヌ・ポールソン」


最後の首長国王・アンリ9世の異母妹。

経済学者として国際物流ルールの制定に大いに貢献した。

祖国滅亡後は地下に潜伏し姉妹の仇を狙っている。



「ナナリー・ストラウド」


魔王ダンの乳母衆の1人。

実弟のニック・ストラウドはポールソン大公国にて旗奉行を務めている。

娘のキキに尚侍の官職が与えられるなど破格の厚遇を受けている。



「ソーニャ・レジエフ・リコヴァ・チェルネンコ」


帝国軍第四軍団長。

帝国皇帝家であるチェルネンコ家リコヴァ流の嫡女として生を受ける。

政争に敗れた父・オレグと共に自由都市に亡命、短期間ながら市民生活を送った。

御一新後、オレグが粛清されるも統一政府中枢との面識もあり連座を免れた。

リコヴァ遺臣団の保護と引き換えに第四軍団長に就任した。



「アレクセイ・チェルネンコ(故人)」


チェルネンコ朝の実質的な最終皇帝。

母親の身分が非常に低かったことから、即位直前まで一介の尉官として各地を転戦していた。

アチェコフ・リコヴァ間の相互牽制の賜物として中継ぎ即位する。

支持基盤を持たないことから宮廷内の統制に苦しみ続けるが、戦争家としては極めて優秀であり指揮を執った全ての戦場において完全勝利を成し遂げた。

御一新の直前、内乱鎮圧中に戦死したとされるが、その詳細は統一政府によって厳重に秘匿されている。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



異世界事情については別巻にて。

https://ncode.syosetu.com/n1559ik/


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