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【顛末記14】 逆賊

ルイ王を始めとして、フェルナン、アンリ、テオドール、クロヴィス、パトリス、クリスティアーヌ…

錚々たる英雄はみな国家に殉じた。

最強国家は朽ちる間もなく滅びた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



首長国は厳格な征服王朝であった。

紅髪人。

その名の通り燃えるように赤い髪と情熱を誇る遊牧民族が原住民を征服して近年まで至る大国を築いた。


王族たる紅髪人と原住民の身分差は絶対的であり、政治・軍事・経済・文化・宗教・学術などの全ての分野のトップは赤い髪をしていた。

総人口の5%にも満たない紅髪人が文字通り全てを支配していたのだ。


そんな統治構造で王国・帝国の二大超大国と互角以上に渡り合い続けたのだから、流石としか言いようがない。

特にその経済力は圧倒的で、二大超大国からの亡命者は後を絶たなかった程である。

【国際社会における真の支配者は首長国である】

そう結論づける識者も少なくはなかった。

全てが順調だった。


大魔王コリンズが降臨するまでは。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「先輩、あれがゾンビホースですか?」



『ああ、見た目より俊敏だから近寄るなよ。

蹴り殺されるぞ。』



「ふふふ。

先輩が守ってくれるから大丈夫です。」



『馬術も剣術も君に及ぶとは思わないがな。』



亡国の姫君はただ愉快そうに笑った。

御一新前よりも彼女が明るい表情をするようになったことを俺は内心喜ばしく感じている。


多くの紅髪人が世を忍び髪を染めたり頭巾を被ったりする中、オーギュスティーヌだけはそれをしない。

特に変名を使う訳でもなく、本名のままで経済誌に投稿すらもしている。

そして、まるで世界を挑発する様に髪を伸ばし続けている。



「違います違います。

本当に政治的意図は無いんですって。

私も女ですよ?

普通にお洒落を楽しみたい気持ちはあるんです。」



『…似合ってるよ。

綺麗だ。』



「うふふ、ありがとうございます。

先輩が褒めるって事は疑われているってことだけど♪」



『…。』



俺以外の全員が彼女の叛意を疑ってるんじゃないかな?

本人の意志とは関係なく、統一政府の対抗馬になれそうなのって彼女くらいのものだからな。


オーギュスティーヌは首長国王ルイの九女として生を受けた。

本人は頑なに認めないが、英傑ルイ18世の才器を最も濃厚に継承したのが彼女達同母の3姉妹である。

必然的に父娘は激しく憎悪し合った。

特にルイの明敏な頭脳を継承したのが、このオーギュスティーヌだ。

彼女の執筆した学術論文(経済学・国際政治学)は、俺から見れば父親の持論にほぼほぼ近いものだったのだが逆鱗に触れた。

父王の目には意見相違箇所しか映らなかったらしい。



「可愛気が無い、生まれながらの謀反人、恩知らず、口先だけの二心者、小才子、不穏分子」



ルイ18世がオーギュスティーヌにぶつけ続けた悪罵は、彼自身が即位前に父や老臣達から浴びせられた批判そのものであった。

ルイが憎めば憎むほど、宮廷内におけるオーギュスティーヌの政治的価値が密かに上がった。

その上、彼女はクレア・モローやコリンズ母娘とも親しかった。

自我さえなければ叛乱の神輿として最適の存在と言えよう。



「父への反発だったのでしょうね。女らしいことは全て避けておりました。

国破れて恋路あり。

ボールソン先輩にこの髪型を見せれて良かったですよ。

本当はセミロングに似合う髪飾りとかも付けたかったんですけど。」



『昔から女に免疫が無くてね。

それ以上は目に毒だ。』



「うふふ。

そういうことにしてあげます。」



オーギュスティーヌの最後の策。

それはポールソン大公国に無数の最新兵器を譲渡することだった。

無断で搬入されたのは、首長国が独立を保持する為に極秘に開発を進めていた大型機動兵器。

俺が統一政府に通報しないのも計算済み。

言うまでもなく彼女の発案だった。

殆どの首長国軍人にとってポール・ポールソンは敵以外の何者でもなかったが、それでも彼らは最後の一射を俺に託す。



『私は貴方達を幼少の頃から憎み続けていた。』



チーフメカニックを務めていたテオドールの遺臣にそう語り掛けたが、彼は優し気に笑うだけだった。

確かに無意味な台詞だったな。

彼の祖国は既に滅びたのだから。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『砂丘の麓に影が動いているのはわかるか?

君の見たがっていたアロサウルスだ。

絶対に近付くなよ、人間がどうこう出来る相手じゃない。』



「でも先輩は何とかしてるんでしょ?」



『…絶対に近付くなよ。』



「はーい、ごめんなさーい♪」



最後の王アンリ9世は前王ルイと共に、魔王体制下での首長国存続の道を模索したが、当人達が自嘲していたように、そんなムシの良い話がある訳がなかった。

他国同様に天領への編入を請願する一揆が全土で発生して、普通に滅んだ。



「父も言っておりました。

二公八民の天領なら自分が農夫として住みたいくらいだ、と。」



『アンリ陛下にも大御所様にも落ち度はなかった。

むしろ、世の大半の為政者よりも有能で節度ある君主だった。

君の父君や兄君は善政家だった。

少なくとも俺は今でも敬意を抱いている。』



「ふふっ。大魔王も言ってたじゃないですか。

税金の軽いのが善政で重いのが悪政だって。

二公八民を越えたのなら、それは悪政です。

現に王室と活動家とギャングを機械的に消滅させてみたら二公八民で回っちゃった訳ですしね。」



摂政は真の善政家なので、裁判も取調も無く不要物を抹殺し続けている。

おかげで、人民の生活水準は上がる一方だ。



『王室は活動家やヤクザとは違う。』



「本音は?」



『…本音だよ。

王にだって価値はある。』



「うふふ、先輩は嘘ばっかり吐くんだから。」



そう。

結局、王や議員などは要らない事が判明した。

統計上でも証明済だし、何よりタックスイーターを殺せば殺すほど生活水準は上がることを人民が体感してしまった。

王侯貴族の死体数と可処分時間。

恐ろしいことに本当に正比例するのだ。

処刑台の王侯貴族やら議員やらは、為政者の消滅が如何に行政サービスを著しく低下させるかを力説した。

無論、結果は逆だった。

無給の行政官を志願する者は幾らでもいたし、その殆どが気質面での適性に恵まれていた。

問題のある者は摂政が裁判もなしに家族ごと殺した。

なので、現在の行政官には時代に殉ずる覚悟を決めた単身者が殆どとなった。



「ねえ先輩。」



『ん?』



「聞いてくれないんですね。

これからどうするのかって。」



『…これからどうしたい?

統一政府を打倒したいのか?』



「うーーん。

私にそれを期待する人も多いですけど。

そもそもコレット・コリンズの政策が私の持論と近すぎるんですよね。

特に流通政策。」



『…摂政からの諮問に対して君の論文を推挙しておいた。

本当は君のように優秀な人物が補佐すべきではあるのだがな。』



「やっぱり犯人は先輩でしたかー。」



『ゴメン。』



「でも、論文で済むのなら…

わざわざ私がコレット・コリンズを助ける必要もなくないですか?

難解な箇所があれば先輩が解説すればいいんですから。」



『もうしている。

魔王城に登城した時、摂政が一括して俺に補足説明を求めてくる。』



「あの子、どうですか?」



『あの人、賢いよ。

自分のキャパをちゃんと把握していて、わからない事に対してわかったフリをしないから。

それでいて理解する事を諦めない。


現代型の怪物ではあると思う。』



「知ってました?

同じ評価を得ている人が居るんです。」



『…さあ。』



「ヒント、私の好きな人です♪」



『なあ、知ってるか?』



「?」



『そいつ今頃有頂天だよ。』



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



遠出用の岩場で一晩を過ごした俺達は砂丘に登り、東方文明圏への道を眺める。



『どうしても行くのか?』



「ふふふ、寂しいですか?」



『かもな。』



「ねえ知ってますか?

首長国はどこからともなくやって来た遊牧民が近親相姦を繰り返して巨大部族を作って興したんです。

史書では天から降臨したとか騙ってますけど。」



『まるでどこぞのポルポル族だ。』



「先輩の話を聞いて思ったんです。

後輩として見習わねば、と♪」



『君は俺の悪い所ばかり真似るなあ。』



「昨日の子がもし産まれたらオギュオギュ族を始めてみます。」



『君なら案外成し遂げちゃうかもな。』



「ねえ、部族同盟結びません?」



『ははは。

部族の言い伝えにするよ。

いつかオギュオギュ族と出逢ったら、同祖の兄弟として盟を結べと。』



「ふふふ、兄弟部族なら仲良くなれるかも知れませんね。」



『…なれるさ。』



「先輩の子を産み終わったら。

すぐに西方に戻って来ます。

決着は自分でつけたいから。」



『よせ。

拾った命だ。

余生は安らかに暮らせ。』



「これはケジメなんです。

姉妹の仇は必ず討たなければならない。」



『俺は女が武器を持つのは反対だ。』



「安心して下さい。

世の女は男性の見てない場所で慎ましく殺し合ってますから。」



『それをやめろと言ってるんだ。』



「じゃあ、私達だけを見ていて下さい。

ただそれだけで女は幾らでもおとなしくなれます。」



『…すまんな、俺達は忙しい。

でも目が届かない場所でも争うな。』



「男の人ってほーんと勝手な生き物ねえ。」



話はそれで終わりだ。

首長国最後の残党は遥か東方に逃れ再起の時を待つ。

機動兵器の大半を置いていくのは、これ以上の牽引が現実的ではないと判断したからだろう。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



オーギュスティーヌ一派が去った後、俺達は全ての機動兵器を勢力圏の最遠に隠した。

別に謀反に加担したい訳じゃない。

追い込まれた時の生存率を上げたいだけである。


託された機動兵器は4機。

その中でも隊長機は首長国が国力の粋を集めて作り上げた最後の剣。

皮肉にも最も首長国を憎み憎まれた俺に託された。

或いはこれが運命だったのかも知れないと思いながら機体を撫でる。



【レオンティーヌ】



機体コードネームには救国の英雄の名が冠されていた。

【異世界紳士録】



「ポール・ポールソン」


コリンズ王朝建国の元勲。

大公爵。

永劫砂漠0万石を所領とするポールソン大公国の国主。



「クレア・ヴォルコヴァ・ドライン」


四天王・世界銀行総裁。

ヴォルコフ家の家督継承者。

亡夫の仇である統一政府に財務長官として仕えている。



「ポーラ・ポールソン」


ポールソン大公国の大公妃(自称)。

古式に則り部族全体の妻となる事を宣言した。



「レニー・アリルヴァルギャ」


住所不定無職の放浪山民。

乱闘罪・傷害致死罪・威力業務妨害罪など複数の罪状で起訴され懲役25年の判決を受けた。

永劫砂漠に収監中。



「エミリー・ポー」


住所不定無職、ソドムタウンスラムの出身。

殺人罪で起訴されていたが、謎忖度でいつの間にか罪状が傷害致死にすり替わっていた。

永劫砂漠に自主移送(?)されて来た。



「カロッゾ・コリンズ」


四天王・軍務長官。

旧首長国・旧帝国平定の大功労者。



「ジミー・ブラウン」


ポールソン大公国宰相。

自由都市屈指のタフネゴシエーターとして知られ、魔王ダン主催の天下会議では永劫砂漠の不輸不入権を勝ち取った。



「テオドラ・フォン・ロブスキー」


ポルポル族初代酋長夫人。

帝国の名門貴族ロブスキー伯爵家(西アズレスク39万石)に長女として生まれる。

恵まれた幼少期を送るが、政争に敗れた父と共に自由都市に亡命した。



「ノーラ・ウェイン」


四天王・憲兵総監。

自由都市併合における多大な功績を称えられ四天王の座を与えられた。

先々月、レジスタンス狩りの成功を評されフライハイト66万石を加増された。



「ドナルド・キーン」


前四天王。

コリンズ王朝建国に多大な功績を挙げる。

大魔王の地球帰還を見届けた後に失踪。



「ハロルド・キーン」


帝国皇帝。

先帝アレクセイ戦没後に空位であった帝位を魔王ダンの推挙によって継承した。

自らを最終皇帝と位置づけ、帝国を共和制に移行させる事を公約としている。



「エルデフリダ・アチェコフ・チェルネンコ」


四天王筆頭・統一政府の相談役最高顧問。

前四天王ドナルド・キーンの配偶者にして現帝国皇帝ハロルド・キーンの生母。

表舞台に立つことは無いが革命後に発生した各地の紛争や虐殺事件の解決に大きく寄与しており、人類史上最も多くの人命を救済していることを統計官僚だけが把握している。



「リチャード・ムーア」


侍講・食糧安全会議アドバイザー。

御一新前のコリンズタウンでポール・ポールソンの異世界食材研究や召喚反対キャンペーンに協力していた。

ポールソンの愛人メアリの父親。



「ヴィクトリア・V・ディケンス」


神聖教団大主教代行・筆頭異端審問官。

幼少時に故郷が国境紛争の舞台となり、戦災孤児として神聖教団に保護された。

統一政府樹立にあたって大量に発生した刑死者遺族の処遇を巡って政府当局と対立するも、粘り強い協議によって人道支援プログラムを制定することに成功した。



「オーギュスティーヌ・ポールソン」


最後の首長国王・アンリ9世の異母妹。

経済学者として国際物流ルールの制定に大いに貢献した。

祖国滅亡後は地下に潜伏し姉妹の仇を狙っている。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



異世界事情については別巻にて。

https://ncode.syosetu.com/n1559ik/


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ヤリチンですね☆彡
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