【顛末記12】 侍講
【魔王軍先遣隊】
綸旨の冒頭には大きくそう記されていた。
魔王ダンの祐筆を兼任している侍従長はこういう雄々しい文字も書ける。
先日登城した際に砂漠諸種族の正規軍編入が再確認され、与えられたのがこの呼称なのだ。
名前だけの話ではない。
遊牧ゴブリン・リャチリャチ族・ダークエルフにそれぞれ軍旗が下賜され、居住地を基地使用する許可も降りた。
モンスター扱いされ面白半分に殺されていた彼らが、一転して体制側となったのだ。
今後、官軍たる彼らへの攻撃行為は統一政府への叛逆と見做される。
いや、軍事基地資格を獲得した彼らの居住地には接近すら許されないし、半径1キロ以内への侵入行為を行った者を無警告で殺害する事も合法である。
即ち、生存の法的根拠を与えられたのだ。
彼らの悲願は叶った。
その他にも、族長の名が武鑑に掲載される事も決定した。
更には10万石分の兵糧米も恩賜品として大公国に支給された。
ついでに俺に【公王】の称号が授けられた。
政府内序列としてはハロルド皇帝と並んだらしい。
上意討ちの標的を昇進させて油断を誘うのは摂政のいつもの手口なので俺も腹を括る。
宰相ジミー・ブラウンが朗々と綸旨を読み上げる間、召集された諸部族は声と感情を押し殺していた。
一言たりとも発する者はいなかった。
無邪気に喜んだり信じたりするには、彼らの苦難はあまりに長過ぎたのだ。
今は頭数が足りないので先遣隊という部隊扱いだが、陣容が整えば軍団の呼称も許されるとのこと。
直訳すると、摂政が永劫砂漠に一定規模の軍事力を常駐させたがっている、ということだ。
この砂漠は俺達の西方文明圏と新たに服属した東方文明圏の丁度真ん中に位置しているからね。
多少の無理をする価値はあるのだろう。
さて綸旨の本旨はここから。
先遣隊の編成は異種族で1個師団、西方文明圏の人間種で1個師団を編成をするように定められた。
そりゃあそうだろう。
異種族差別の激しい王国や合衆国に異種族のみで構成された軍隊で進軍するのはあまりに愚策。
仮にお飾りであったとしても人間種は必要不可欠である。
「それにしても参ったな。」
『ニックは不安か?』
「まあな。
人間種だけでの1個師団は想定していたが、西方文明圏のみと指定されるとは思っていなかった。」
『同感。
俺も漠然と東の連中で数合わせをする算段定だったから。』
「それを見透かされての牽制なんだろうな。
毎度毎度、抜け道は潰して来るよな。
生殺与奪、両方キッチリしてるわ、あの人達。」
『恩賜米も全て新米で10万石あったしな。
それが驚きだよ。』
「兄貴、1・3・3・3は気前良すぎ。
これまでの諸侯なら本営だけで9割キープしてたぜ。」
『本営と言っても現時点では俺達家族だけだからな。
1万石でも十分過ぎるくらいさ。
ドランさんが生きてたら干し米を作って貰うんだけどね。
惜しい人を亡くしたよな。』
「…兄貴、ドラン・ドラインの話はするな。
摂政殿下への叛意と捉えられかねない。」
『…やれやれ、俺は恩人も悼めないのかね。』
「もう時代が変わったんだよ。
今は令和だぞ?
適応しろ。」
令和か…
俺にとっては随分と辛く苦しい響きになってしまったな。
俺の愛した人達の多くが奪われ殺されたからな。
統一政府に対して恨み以外の感情を持つことは極めて困難である。
リン・コリンズの四天王で俺だけが囚われてしまった。
ドナルドやカイン・D・グランツのように俺も逃げたかった。
今思えば摂政の協力要請を自刃で拒んだフェルナンこそが最も正しかったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
仕官希望者からの自己推薦状は山の様に届くが、文面は判で押したように同じ。
【オアシスでも我慢する。
高等教育を受けているので将校待遇希望】
最初はジョークかと思ったが、どうやら彼らにとっては苦渋の妥協らしい。
そんな甘い話があるのなら、俺が乗りたいくらいである。
大体、俺が欲しいのは兵であって将ではない。
皆も本当は分かっているのだ、豊かな社会で必要とされているのは親に学歴を買って貰った将校志願者ではなく、兵卒として通用する優秀な人材なのだと。
摂政が人民の生活レベルを引き上げた事により、最下層のエッセンシャルワークには誰も従事したがらなくなった。
兵卒などはその際たるものである。
「全兵卒に短期間の将官研修を受けさせ、適応した者を指揮官に据えれば良いのでは?」
その手法で最強軍隊を作ってしまった摂政が言うのだから誰も反論出来ない。
軍事素人を自称する摂政は熱心に反対意見を求めたが、歴戦の職業軍人も含めた全人類が対案を出せなかったので、この選抜方法が主流になってしまった。
おまけに摂政は地球の学制を参考に、全人民(孤児や異種族も対象だ)に向けた無償教育制度を整えつつある。
彼らの唯一のアドバンテージである高等教育履修も、すぐに陳腐化することだろう。
今は信奉する主君のために戦う、純義勇軍時代。
思想と行動の一貫した摂政・カロッゾ・ノーラ・クレア・ハロルド皇帝には大量の狂信者がおり、文字通り犬馬の労を尽くしている為、募兵で不自由することはない。
自分の信じた相手の為に死ねるのだから素晴らしい時代になったと思う。
そんな時代に猟官者の居場所はない。
そもそも、《オアシスでも我慢》とはどういう意味なのだろう?
俺は砂漠の洞窟に住みサソリを貪っていることを講演の度にくどいほど繰り返しているのだが、世間にはそれが通じていないらしい。
帝国寄りのオアシスはカロッゾ軍の駐屯基地だし、遥か北のオアシスはダークエルフの根城として魔王ダンと俺が連名で本領安堵し終えた。リャチリャチ族の住む大峡谷や遊牧ゴブリンが住むサボテン地帯も同様。
領主と言っても新参者の俺である。
彼らが一所懸命の覚悟で数千年守り続けて来た土地に対して一指たりとも触れる気はない。
【もしも貴殿が実際に仕官された場合、居住地は砂漠に浮かぶ岩場を掘って作った洞窟である。】
皆への返書には正直にそう書いているのだが、どうも伝わっていない。
かつて神聖教団の連中が愚民を脅す為に騙っていた地獄とやらよりもここは苛酷だというのに。
歴戦の義弟ロベールでさえ、「塹壕よりも過酷な住処」と表現するほどなのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2人だけ実際に見学に来た者が居る。
ハイスクール時代の先輩ホセ・ガドベトと帝国の小土豪イワン・ソロコフである。
両名共、我が宮殿《ひんやりとした岩場》を案内されて思考停止し小一時間茫然自失してしまった程だった。
ガドベド先輩などは「本当は正式な宮殿があるんだよね? ここは砂漠戦用の特殊訓練施設なんだよね?」と何度も食い下がって来た。
気持ちはわかる。
あまりにしつこいのでトイレに連れて行き、排便を実演してやった。
エミリーがニヤニヤしながら「貴婦人用も実演しますぞ?」と茶化してくるので追い払う。
俺の動作があまりに手慣れていた所為だろう。
先輩にもポールソン大公国の生活水準が理解出来てしまったようで、唇を噛んで黙り込んでしまった。
「君のコネで将校にして貰えると期待していた。」
絞り出すように呟く。
正直は美徳だが、相変わらず厚かましい人だな。
『そもそも我が国には兵卒が居ませんからね。』
「…うん。
俺の想像の中の君は、豊かなオアシスで美女に囲まれ、大軍に守られていたんだ。」
『カロッゾ卿が丁度そんな感じですね。』
「駄目元で仕官応募してみようかな。」
『多分、ポールソン大公国のスパイだと思われて殺されますよ。』
「拷問とかされるのかな?」
『あの人がしない訳ないでしょ。』
「だな。」
『そもそも、先輩は世間から100%ポールソン派だと思われてる筈ですよ。
幼年学校から大学までずっと一緒ですし、実家も結構近かったですし。』
「実家かぁ。
そんなものもあったなぁ。」
『ありましたねぇ。』
「あの辺の再開発ってまだ続いてるの?」
『我々の居た地区は運送労働者向けの人民住宅が完成してました。
第二次入居が始まってましたよ。
俺の実家があった辺りは駅舎建設の為の飯場ですね。』
「乗合馬車?」
『いえ、【鉄道】です。
現場で居合わせたドワーフ系の技術者と仲良くなったのですが、年内に着工するそうです。
魔王城から帝都までの路線は確定っぽいですね。』
「そっかぁ。
俺達の故郷、完全に無くなったちゃったな。」
『ガドベド先輩なんて親御さんが御健在だからいいじゃないですか。』
「まあなぁ。
生きてくれてるだけでもありがたいのかな。
君は自業自得とは言え、勘当されちゃったものな。」
『なので、私の本籍地はこの永劫砂漠となりました。』
「え! マジ!?
あ、そうか未婚のまま勘当されたら民法上そうなるのか…」
『もうすっかり砂漠の民ですよ。
なにせ、このゴブリン団子が御馳走ですからね。
昨日は毒サソリの殻しか食べてません。』
「ポールソン大公国に仕官するって大変そうだな。」
『まぁねえ、
実情を知った人は、全員仕官申請を取り下げますから。』
「あ、悪いけど…」
『了解。
先輩の取り下げ手続きは私がやっておきます。』
「不義理な事をしてスマンな。」
『いえいえ。』
皆が将校待遇と高禄への期待を俺に抱く。
0万石の身でどうやって俸禄を払えばいいのか、こちらが聞きたいくらいである。
なのでガドベド先輩にも【無駄飯喰らいを養う余力はない】とハッキリ伝えた。
「俺さぁ。
ポールソンが出世したと聞いて、淡い期待を抱いたんだ。
1000石くらいの身分にして貰えるかと思って…
なんかゴメンな。
君は昔からこういう猟官が嫌いだったのにな。」
『いえ、こちらこそご期待に沿えず恐縮です。
…ここって地図面積だけは広いんで、先輩以外にも自薦して来る方は多いです。』
「なあ、あの大きな砂丘の向こう側にもオアシスは存在しないの?
ほら、地平線に浮かんでるアソコ。」
『どうでしょう。
我ら永劫砂漠の民が踏み入れてない場所に住みやすいオアシスが存在するのかも知れません。
ただ、もし存在したとしても辿り着く事は極めて困難でしょう。
そして仮に奥地のオアシス地帯を確保出来たとしても、今度は魔王軍としての軍役を果たせなくなります。
この《ひんやりとした岩場》でさえ、帝国入りへの所要時間が長いですからね。
実際、ガドベド先輩もここに来るまで大変だったでしょ?』
「死ぬかと思った(笑)
何だよ、ゾンビホースって。
ロベール君が護衛してくれなきゃ、絶対に辿り着けなかったぞ。」
その後、しばし旧交を温めてから先輩を送り返す。
お互いそれとなく妥協点を探ったが、特になかった。
彼は情報収集を申し出てくれたが、強い口調で断る。
これ以上、友を殺されたくはない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「宜しいのでゴザルか?
ガドベト子爵を帰してしまって。
大学教育と正規の騎士教育の両方を受けた人間は今時貴重ですぞ?」
『いや、現代で貴重なのは高等教育を受けてなお、足軽長屋で暮らせる者だ。
俺はそういう逸材を遇したい。』
「ポール殿以外にそんな逸材がいるのですか?」
『もしくは快適な足軽長屋を建てれる者だな。』
「この流れで言いにくい事ですが、建材会社出身の拙者なら出来ます。
施工経験もありますし。」
『つまり、それが結論だ。
名ばかり将校を増やす必要はない。』
その後も送られて来る仕官志望書は増えるばかりである。
理由は明白、摂政の改易計画が順調だからだ。
接収された貴族や富豪の土地は農民や労働者に公平かつスピーディーに分配されている。
99%の歓喜と引き換えに没落した1%は必死の形相で家名相応の体面を保てる仕官先を探している。
そんな彼らの最後の希望が、永劫砂漠0万石の俺なのだ。
どう考えても、そんな動機で志願してくる将校は不要。
「やはり、いらないですか?」
『ロベールが1番理解している癖に。
将校希望者なんて百害あって一利ないよ。』
「今、必要とされているのは砂漠に長期滞在可能な兵卒ですからね。」
『彼らの言い分はこうだ。
【砂漠には住めない、将校待遇じゃなければ仕官出来ない。
賃金ではなく俸禄が欲しいし、子供には文明的な教育を受けさせたい。】
…いや、彼らの要望は平凡な水準ではあるんだけどね。
俺に叶えてやる力はないし、付き合う義理も無い』
「多少無理してでも緑化パフォーマンスをしますか?
多少は兵卒が集まるかも知れません。」
俺も一族の生活が懸かってるからね。
砂漠を緑化する方法は何通りか開発済だよ。
無論、政治的に安定するまでは秘中の秘だ。
『いや、その奇跡はポルポル族の洞窟のみにもたらす。
状況が安定すれば、3種族への技術提供にも踏み切る。』
「流石は公王ですね。
税も取らずに支援だけを考えておられる。
あ、洞窟と言えば。
ポーラの報告ですが、ヒカリコケを利用したトマト栽培試験。
発芽らしき状態を今朝確認したとの事です。」
『よし!
初めて役に立った!』
「ヒカリコケはジミーも使い道を模索してましたものね。」
『ポーラの奴の話だよ。』
2人であの女がキーキー反論する光景を想像して笑う。
…参ったな。
凡百の仕官希望者よりもポーラの相対的価値が上がってしまった。
愚かな妹だが大学教育は受けているし、お勉強は出来るタイプだ。
無駄に他人にリソースを注ぐくらいなら、ポーラの研究環境向上を図った方が賢いか。
「…軍に在籍していた頃の話ですが。」
珍しくロベールが自分から軍隊時代の話をした。
『あ、うん。』
「師団内から使える人間だけを抜擢して、小隊を編成出来れば対師団戦闘すら可能な最強の小隊を作れると常々考えておりました。」
『使える人材以外は結局要らないってことだね。』
「ええ、数を合わせたところで最終的な収支がマイナスになります。
例えばニックなんて、兄さんにとってはずっとプラスを出し続けてくれてる訳じゃないですか。
理想形は彼だと思うんです。
今も雑兵と参謀長を兼ねたように動いてくれてるでしょう。」
『うん、アイツにはどれだけ感謝してもしたりない。
初対面の段階でナンパのコツを教えてくれたんだ。
ニックに関してはは初日から借りがカンストしてるw』
「ここだけの話、募兵は理由をつけて後回しにするべきです。
むしろ、兄さんにとって1番使える人材を一本釣りで招聘しましょう。
数だけならリャチリャチ族に文明圏の衣装を着せるなどして誤魔化せます。」
…弟よ。
骨格も肌色も異なる少数民族で偽装とか、流石に無理があるぞ。
「反対ですか?」
『リャチリャチ族の変装は却下。
最初の1秒でバレる。』
「ですね。」
『でも、万難を排して1本釣りしたい人材は居る。』
「おお!
じゃあ、その人物を!」
『問題は摂政も彼に同じ評価を下してるんだ。』
「うわ、そうなんですね。」
『当然、こちらから引き下がったよ。』
「流石に天下人とスカウト合戦する意味はないですものね。」
『なので登城の際にソドムタウン在国のまま与力として貸して貰えないか頼んでみた。
あくまで雑談の一環としてね。』
「え?
それで、何と?」
日頃、そうであるように摂政は1秒の間も置かず即答。
彼女に挑む者は、まずこの神速の判断力に向き合わなくてはならない。
【政権にとって最重要人材なので移籍は難しい。
だが、魔王行幸の視察任務なら与えても構わない。】
「…前から薄々思ってましたけど摂政殿下って案外柔軟ですよね。」
『柔軟に殺してくるから怖いんだよ。』
2人で肩を叩き合って笑う。
いや、次に殺されるのは間違いなく俺なんだけどな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ロベールとのそんな会話から半月が経過した頃だった。
カロッゾのオアシスから来客到着の狼煙が上がったのでジミーに迎えに行かせると…
「ポールさん! (抱き)」
『お、おうメアリか。』
俺が摂政と競合してまで誘致を望んだ人物。
それが彼女の父親、チャールズ・ムーアであった。
御一新前から天才料理人として一部から絶賛されていた人物。
独創性と適応力に秀でており、激増した召喚動植物の食事方法を考案するという大功を無数に立てている。
クズ・コマツナ・ワカメ・クラゲ・ヒグマetc
我々の生活圏を脅かし続けていた外来生物の活用方法を社会に提供し続けてきた傑物。
それが我が畏友チャールズ・ムーアなのだ。
大魔王帰還直後から、俺と摂政が水面下で彼のスカウトを開始した。
公徳心溢れる彼は摂政の武断政治を憎みながらも彼女の三顧の礼に応えた。
ムーアが官職の類を異様に嫌うので、摂政は彼を魔王ダンの侍講に据えた。
「魔王様に対しては人命の尊重を説きますが、それでも宜しいでしょうか?」
嘘か真か、処刑場に現れるなり検死中の摂政に向かって大音声でそう宣言したらしい。
以降、摂政や四天王にその硬骨ぶりを愛され重用されている。
最近では彼が改良した配給食用の食用油が人民の間で話題になっているそうだ。
当然、そんな逸材を摂政が手放すはずがないので、その娘を寄越してきたのだ。
聞けば長らく宮中で保護されていたらしい。
ムーアの娘であると同時に、俺の配偶者候補だったので見ようによっては人質解放とも言える。
「ポールさん逢いたかった… (グスッ)」
『あ、うん。
俺もメアリに会いたかったよ。』
「…嘘つき。」
俺の胸元に顔を埋めたままメアリが責める。
嘘ではないのだが、流石に俺もこの歳だ。
「会いたい」という文言に込められている男女の温度差はおぼろげに理解している。
俺が面会を渇望していたのはメアリではなく、その父チャールズであることを口や表情に出すことのデメリットもだ。
『いつまで滞在するの?』
何気なく言ったつもりだったのだが、メアリは泣き崩れてしまう。
「やっと逢えたのにどうして追い出すことばかり言うの!!!」
『あ、ゴメン。
そういうつもりじゃなくて…
砂漠って人が住むところじゃないし。』
「エミリーは住んでるでしょ!!!」
号泣しながらメアリが指さす方向を見ると、エミリーとレニーが無表情でゴブリン団子をモシャモシャ齧りながら見物している。
『あいつらは単なる死刑囚だから。』
「うわっ、ポールさんひっどおい。」
「謝罪と補償を要求するッス。」
「じゃあ私も死刑にして!!!」
『ええ!?
いやいや、悪いことしてない人を死刑に出来る訳ないじゃない。』
「私も悪事を働いた記憶はありませんぞ♪」
「冤罪で逮捕されたッス!」
「女にとって好きな人と居られないのは死刑と一緒なんだよ!!!」
…マジかー。
それは大変だな。
大半の女は死刑並みの人生を歩んでるのか、可哀想に同情するわあ。
男の次に悲惨な生態してるなオマエラ。
『わかったわかった。
じゃあ、取り敢えずメアリを玉座の間に案内しよう。
今夜はそこで寝なさい。』
「はいっ♥」
「ちょっと待って!メアリちゃんだけズルい!」
「アタシらも玉座の間で寝たいッス!!」
『エミリー受刑囚、レニー受刑囚。
速やかに牢獄に戻るように。』
「ぐぬぬ!」
「ぐぬぬっス!」
こんなやり取りがあっても、流石は実務者の娘である。
メアリはちゃんと手土産を持って来た。
リチャード・ムーアが集めた調理器具の数々である。
特に駱駝車一台を用いて運搬して来た巨大な無水窯は、明らかに全軍の輜重を意識しており、我が軍にとって貴重極まりないものだった。
今まで夢物語だった王国への遠征に俄然リアリティが生じる。
「あ、それと。
お父さんから伝言。」
『え!?
彼は何と言っていた!?』
「…私を見てもそういう反応してくれなかった癖に。」
【月イチでいいからポールソンbarを再開しろ。】
『ん?
それで?
続きは?』
「私も聞いたけど。
それだけを確実に伝えろって。」
…どういう意図だ?
確かにbarを開いていた時期はあるが、この砂漠で開けということか?
摂政からは冒険者酒場の開設は認められているが。
「コリンズタウンに出店しろって意味じゃないよね?」
『ああ、御父上の言葉はこの砂漠で開けとの意味だ。』
「私、あの頃のフードならまだ作れるよ。
軟骨の唐揚げ! 出汁巻き玉子! ワカメポン酢!
全部大魔王様が喜んでくれた!
懐かしいって言ってくれたもん。」
『…ふむ。
そんな事もあったなあ。』
「ウェイトレスの御用命は如何ですかな?」
「看板娘になってあげるッス!!」
『え?
そんな刑務作業はあったかな?』
「あ! ひどーい!」
「ポールさんが犯罪者扱いするッス!」
俺はメアリが持参した大量の調理器具の一番奥を無言で漁る。
予想通り、簡単には見つからない場所にあの頃のバーテン道具が隠されていた。
万が一検問されていても、バーテン道具だけは見落とされていたかもな。
ミキシンググラス、ストレーナー、2ピースシェイカー、3ピースシェイカー、メジャーカップ、ピーラー、バースプーン、スクイーザー、そしてペティナイフ。
記憶が鮮明に蘇る。
大魔王の命を受けて貧民相手にカクテルに偽装したエリクサーを配り続けた日々を。
あの時の客が文字通り大魔王シンパとなり、岩盤支持層としてコリンズ朝の黎明を支え続けた。
…ポールソンbarには、そういう政治的意味があるのだ。
バーテン道具はどれもあの頃のまま埃を被っていたが、ペティナイフの切っ先だけが執拗に研ぎ澄まされていた。
砂漠の太陽に照らされ、刃先が禍々しく輝く。
長年父の調理補助をしていたメアリのみがその意図に素早く気付き、何事も無かったような笑顔で反射光を身体で覆って皆から隠した。
一瞬だけ俺と目が合うと力強く頷く。
さっきまでのヒステリックな泣き顔は完全に消えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺の宮殿《ひんやりとした岩場》。
リャチリャチ族が支配する大峡谷。
遊牧ゴブリンの牙城であるサボテンオアシス。
ダークエルフの隠れ里。
その中間点を強引に整地した。
ダークエルフのアネモネを呼びつけ、上空に暗闇を展開させて日よけを作らせる
要は、隠し持っていた手の内の全てを駆使してbarらしきものを作り上げたのだ。
「貴方様は今や公王の極位にある方で御座います。
こんな給仕の真似事などなさらなくとも。」
恐縮していた長老達の口をカクテルで塞ぐ。
どんな不平屋も酒を飲んでいる瞬間だけは黙るからね。
『メアリ、暗黒タロイモの甘辛煮を3人前追加!』
「あいよ!」
月に一度だけ開かれるポールズbarで飲むのに代金は不要だ。
ダサい奴でも年寄りでも、異民族でも異種族でも、来る奴は誰でも歓迎する。
モテなくて困ってる奴の相談にも乗ってやる、何せ俺は非モテ道の大先輩だからな。
カウンターにはポール・ポールソンが立つ。
人気取りとかパフォーマンスとか以前に、バーテンとして俺以上の人材が居る訳がないからだ。
殆ど褒められることのなかった青年時代、バーテンのバイトでだけは絶賛され続けていたからな。
特に客の様子を見ながらのカクテルチョイスなんかは完璧だ。
そいつの体調や嗜好を何となく読み取って、最高の一杯を提供可能なのだから。
それにこれだけ客が多いのにカウンターはピカピカだろ?
どうやって【清掃】してるのかは企業秘密な。
ありがとう、リチャード・ムーア。
貴方のお陰で、自分が猟官者達を憎んでいた理由を今ハッキリと言語化出来たよ。
俺は【働いているフリをする奴】が大嫌いなのだ。
自分自身が長らくニートだったから、怠け者や無能者に厳しく当たるつもりはない。
ただ、【能力があるフリ】や【役に立つフリ】をして地位を盗もうとする行為が許せないのだ。
そういう連中は己の無能を無意識に自覚しているから、資本や身分の形で獲得した盗品を子孫に相続させる事だけに注力する。
全ての人間は社会の部品であるべきなのに、不当に地位を盗み他者を部品にした無為徒食を企む。
俺はそれが許せなかったのだ。
『エミリー受刑囚、君の客整理は素晴らしい。
あちこちでゴブリンとダークエルフが相席しているのに、一切の争いが起きていない。』
「ふふふ。
偉いのはお客様、ウェイトレスは皆様の理性にお願いしているだけですぞ。」
『レニー受刑囚。
即興でテラス席を用意してくれた機転に感謝する。』
「どうせ飲むなら皆で楽しく飲みたいだけッス。」
『…減刑の方法、政府に問い合わせとくわ。』
「どうしたんスか、急にww」
そう。
本来、人事評価は能力と成果だけに下されるべきなのだ。
摂政が反対を押し切ってテクノクラート偏重を続けるのも、きっとそれが理由だろう。
没落貴族の処遇に無関心な反面、技術者の縁談には奔走しているらしいからな。
正しい。
社会は消耗品に徹する男とその子を産む女さえ居れば成立するのだから。
きっと摂政は蟻や蜂の観察を怠らなかったのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2度目にポールソンbarを開いた時点で、俺の兵力は3個師団を越えていた。
結局は各種族が1個師団以上の兵力を供出してしまったのだ。
各族長が恭しく兵士名簿を提出し、全ての兵士に軍駱が行き渡っている旨の報告を付け加えた。
俺の指示を待つまでもなく、自主的に異種族間交流まで進めてくれていた。
皆の兵糧を生産する為に無水窯はフル稼働していたが、贈り主であるリチャード・ムーアに想いを馳せる兵士は見当たらなかった。
俺はそれを特に哀しいとも思わない。
雨がそうであるように、才能はただ一方的に下々を潤すのみなのだから。
砂漠には、ただ陽気な軍歌だけが響き続けていた。
【異世界紳士録】
「ポール・ポールソン」
コリンズ王朝建国の元勲。
大公爵。
永劫砂漠0万石を所領とするポールソン大公国の国主。
「クレア・ヴォルコヴァ・ドライン」
四天王・世界銀行総裁。
ヴォルコフ家の家督継承者。
亡夫の仇である統一政府に財務長官として仕えている。
「ポーラ・ポールソン」
ポールソン大公国の大公妃(自称)。
古式に則り部族全体の妻となる事を宣言した。
「レニー・アリルヴァルギャ」
住所不定無職の放浪山民。
乱闘罪・傷害致死罪・威力業務妨害罪など複数の罪状で起訴され懲役25年の判決を受けた。
永劫砂漠に収監中。
「エミリー・ポー」
住所不定無職、ソドムタウンスラムの出身。
殺人罪で起訴されていたが、謎忖度でいつの間にか罪状が傷害致死にすり替わっていた。
永劫砂漠に自主移送(?)されて来た。
「カロッゾ・コリンズ」
四天王・軍務長官。
旧首長国・旧帝国平定の大功労者。
「ジミー・ブラウン」
ポールソン大公国宰相。
自由都市屈指のタフネゴシエーターとして知られ、魔王ダン主催の天下会議では永劫砂漠の不輸不入権を勝ち取った。
「テオドラ・フォン・ロブスキー」
ポルポル族初代酋長夫人。
帝国の名門貴族ロブスキー伯爵家(西アズレスク39万石)に長女として生まれる。
恵まれた幼少期を送るが、政争に敗れた父と共に自由都市に亡命した。
「ノーラ・ウェイン」
四天王・憲兵総監。
自由都市併合における多大な功績を称えられ四天王の座を与えられた。
先々月、レジスタンス狩りの成功を評されフライハイト66万石を加増された。
「ドナルド・キーン」
前四天王。
コリンズ王朝建国に多大な功績を挙げる。
大魔王の地球帰還を見届けた後に失踪。
「ハロルド・キーン」
帝国皇帝。
先帝アレクセイ戦没後に空位であった帝位を魔王ダンの推挙によって継承した。
自らを最終皇帝と位置づけ、帝国を共和制に移行させる事を公約としている。
「エルデフリダ・アチェコフ・チェルネンコ」
四天王筆頭・統一政府の相談役最高顧問。
前四天王ドナルド・キーンの配偶者にして現帝国皇帝ハロルド・キーンの生母。
表舞台に立つことは無いが革命後に発生した各地の紛争や虐殺事件の解決に大きく寄与しており、人類史上最も多くの人命を救済していることを統計官僚だけが把握している。
「リチャード・ムーア」
侍講・食糧安全会議アドバイザー。
御一新前のコリンズタウンでポール・ポールソンの異世界食材研究や召喚反対キャンペーンに協力していた。
ポールソンの愛人メアリの父親。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
異世界事情については別巻にて。
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