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【顛末記07】 酋長夫人

最初から元嫁は俺の事を英雄か何かと勘違いしていた。

この女の父親のロブスキー卿が実に軽率な男で、家庭内で大袈裟に俺を持ち上げていたからである。

ポールソン家が世間から蔑まれる清掃業者だったのが理由であろう。

婿の俺が特別な何かと思い込みでもしなければ、由緒正しき帝国貴族の彼は精神の平衡を保てなかったのだ。

彼にとって救いだったのは、子供の頃からアクシデントに遭遇する機会が多かった俺が幾つかの奇功を挙げていた点である。

(言うまでもなくドナルドやエルデフリダやクレアの容赦無い無茶振りが原因だ。)


実際はカネ欲しさに反社会勢力のジャック・ポールソンに娘を売っているだけなのだが、ポール・ポールソンという有望な若者に惚れこんだという無理のあるシナリオを彼は脳内で書き上げ吹聴した。

悪質な事に、彼は拡大解釈を重ねた俺の英雄譚を婚約前から執拗に娘に刷り込んでいた。

(当時、卒業研究に忙殺されていた俺は縁談の存在すら知らなかった。)


母親の孤高と父親の知能を継承した元嫁が今でも俺の事をヒーローか何かと思い込んでいるのはその所為である。




『え?

俺の騎乗姿が見たいの?』



「…。 (コクコク)」



『そりゃあ俺達だって駱駝なんかより、乗り慣れた馬の方が助かるんだけどさ。

この辺に馬はいないぞ?

オアシスには厩舎もあるみたいだが、あそこはカロッゾの領地だしな。』



「…。 (フルフル)」



『え?

ひょっとして馬ってこれのこと?』



「…♪ (コクコク)」



元嫁は上機嫌で組み上げたばかりのゾンビホースの標本を指さした。

参ったな、この標本は許可が降り次第、ソドム大学に送る算段なんだよな。



『いやいや、これはいつもの遊びではなくてお仕事の模型なんだ。

魔王様の御天覧もあり得るからね。

大切にしなくちゃ。』



「…。 (フシギー?)」



『アンデッド系は《地獄の使者》の異名を取る程に不吉なモンスターだ。

大事になる前にせめて発生源くらいは見つけておかなければならない。

その為の調査作業さ。』



「…。 (キョトン)」



『いや、地獄って言う位だから、地下から湧いてるんだろうけどさ…』



この元嫁との何気ない会話が切っ掛けで気付いたのだ。

地下を掘り進むうちに発見した巨大な地下空洞とアンデット系モンスターの大量発生。

何らかの因果関係がある。

そう確信した。


俺が地下探索の本格化に踏み切ったのは、政治的野心でも何でもなく、この何気ない会話に触発されただけのことである。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



ダンジョンの哨戒を任せていたニックと合流。

地下1階の掃討が完了したようなので、2人で使い道を考えながら歩く。

すぐ近くに存在するであろう巨大空洞との接続についても改めて相談する。



「兄貴、自分で穴掘りするのと、発見した遺跡に潜るのは訳が違うぞ?

中央から見た政治的な印象が全然違うのは理解してるよな?」



『まぁな。

この横穴、自然物ではなさそうだな。』



「リャチリャチ族が昔掘った穴ではないんだな?」



『それとなく確認はとったが、そもそも彼らは今住んでいる大峡谷を生物の生存南限と認識していたみたいなんだ。

諸資料でも裏を取ったから嘘ではない。』



「ああ、同じ砂漠でもあの辺はまだ暮らせそうな印象があるよな、小さなオアシスも幾つかあるし。」



『アイツら俺たちがここに住んでる事に未だに驚いてるからな。』



「いや、俺も自分自身にちゃんと驚いてるぞ?

よく生存出来てるなって。」



『いつもすまないねぇ。』



「それ、妹さんと奥さんに言ってやれよ。」



『妹は兎も角…

元嫁が何の資格でここに居るのかは未だに謎だな。

何回聞いても要領を得なくてさ。』



「離婚が成立してないからまだ正妻って言ってたぞ。」



『離婚成立したじゃん。

俺、民生局でちゃんと確認したよ?

民法上、完全な他人なんだけどな。』



「でも自由都市は無くなっただろ?」



『…認めたくないけど、いつの間にか全域が御天領になっちゃったね。』



「兄貴達は帝国貴族の様式で結婚したんだろ?

でも帝国は一応まだ残ってる。」



『ああ、帝国の貴族法では簡単に離婚出来ないよな。』



「だから、結婚状態は有効のままって言いたいんじゃない?」



『…時代の変わり目ってさあ。

言った者勝ち要素強過ぎて辛いわ。』



「兄貴も世間様に何か言ってみろよ?

耳を傾けて貰えるかもだぜ。

ほら、何か主張してみな。」



『…いつもすまないねぇ。』



「ははは、その芸風もすっかり板についたな。」



『ダサい兄貴でゴメンな。』



「…そのおかげで俺達はまだ殺されてない。

時代に合ってると思うぞ。」



『こんな事でいいのかなぁ。』



「兄貴、もう令和だぞ。

そのアップデートは保持しておけ。」



『…りょーかい。』



令和、か。

嫌な時代になったものだ。

大魔王の故郷の元号。

【平和を命ずる】という意味があるらしい。

あまりに統一政府にとって都合の良いフレーズなので、俺はこの元号の存在を密かに疑っている。

地球人の身柄が秘匿されている現在、真偽を確かめる方法が無い点も猜疑心に拍車を掛ける。

きっと皆も俺と似た思いを持っている筈だ。

だが無論、【平和の敵】の末路を散々見せられて来た俺達にそれを口に出す勇気はない。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



2年前、俺は砂漠に領地を与えられた。

(これはかなりオブラートに包んだ表現ね。)

本当に何もない場所だったので偶然見つけた岩場に洞窟を掘って宮殿とした。

資源採掘の可能性に懸けて、隣の岩場にも深く穴を掘った。

この時ほど、自らのスキルに感謝した日は無い。


【清掃】


周囲には、『家業の清掃業を支援する能力です。』と誤魔化していたが…

要は何でも消滅させてしまう能力である。

昔、戦場で塹壕を掘った経験があるので、その要領で地下トンネルも掘れてしまった。


なので、何とか生活空間化出来ないかを水系スキルを習得しているジミーに探らせている。

水さえ循環する仕組みを産み出せれば、ここを拠点に出来得るからだ。



「もう紛うこと無きダンジョンでゴザルよ。」



『単に穴を掘っただけだけどな。』



「掘りすぎィ!!」



『仕方ないだろ。

サンドワームの巣穴が中々見つからなかったんだから。』



「拙者、絵巻物で散々読んだでゴザルよ。

こういうダンジョンに悪の親玉が隠れ住んでるでゴザル。」



『わかるわかる。

部下を集めて悪事を企んでる設定な。

で、最後は正義マンに成敗されるんだよな(笑)。』



「成敗されるのポール殿でゴザルぞ?」



『ええ!? やっぱり俺か。』



「だって統一政府に無申告でこんな深い穴を掘ってるでゴザロウ?」



『ははは、何を企んでるんだかって話だよな。』



「ちなみに何を企んでるんでゴザルか?」



『砂漠から出られなくなったら、ここで地下部族になるしかないだろ。

だから実は大人数が隠れ住める空間を作れないか模索してたんだ。

リャチリャチ族の大峡谷を見せて貰った時にな?

俺ならあれ以上の物を作れると思った。』



「なるほど。

永劫砂漠0万石が子々孫々まで保証されてしまう可能性はありますな。


…我々の子も生まれるでしょうし。」



『本音で話すぞ?

100人程度なら俺1人で十分食わせていける。』



「この時点で恐ろしい甲斐性ですな。」



『茶化すな。

俺じゃなくとも、ある程度気の利いた奴なら1個中隊程度は養えるものなんだ。

問題は100人を越えると家族ではなく部族になる。

社会になるんだよ、ここが。

俺の先祖も元は狗盗一家だったが、兄妹で近親相姦を繰り返して頭数を揃えて土豪化する基盤を整えた。』



「危険分子ですなぁww」



『オマエラの血を残してやる為だ。

打てる手は全て打ちたい。』



「…そのお気遣いはありがたいのですがな。

奥方様までポーラ殿の真似をすると言い出した時は驚きましたぞ。」



『ポーラの奴が面白半分に煽るからな。

対抗意識もあるんだろう。』



「で?

ポールソン部族にレニー殿やエミリー殿も入れると?」



『気に入らないなら抱かなければいだけさ。

子が少なければアイツらの発言力が増えにくい。』



「うっわー、本当に未開部族の政治ですなぁ。」



『あくまで保険だよ。

俺だって本音ではソドムタウンに帰りたいんだがな。

今は近寄るのが危険すぎる。


領主としての役目をこなして文明圏とのパイプを保持しつつ、地下部族化も並行して進める。

消去法でこれしかない。』




現在。

ポーラが2人を産み更に1人を妊娠中。

最低でも俺達4兄弟の子を1人ずつは産むと宣言している。

最近になって、これに対抗する形で元嫁が挙手。

ポーラと同数を産むと宣言。

加えて受刑囚2名も挙手したが保留。

監守の俺達が囚人を孕ませるのはどう考えてもルール違反だからである。



「いいじゃないッスか!

減るもんじゃなし!!」



『レニー受刑囚。

無責任な発言を慎むように。』



「捕虜になった女は降伏の証に子を産む。

これが古来よりのルールっス!」



『…その野蛮極まりないルール、中世前半には普通に禁止されてるから。』



「アタシもポールソン部族に参加したいッスよ!

絶対面白そう!

アタシ丈夫だから200人くらいは産む自信があるッス!」



『そんなに養う甲斐性がないッス。』



「えー!

リャチリャチ族くらいまでなら行けるでしょ!」



砂漠民族リャチリャチ族の総数は3万弱。

ここから北の峡谷で山羊やデーツを育てて暮らしている。

帝国末期に補助兵として活躍し自治権を獲得したが、安堵状の発給直前で皇帝が戦死した。

なので非常に不安定な政治的立ち位置にある。



『あんな不安定な立場を目指してもな…』



「兎に角!

有罪判決はソドムタウンでの話ッス!

ここはポールソン大公国なんだから無効! 無効!」



…盗人猛々しいとはよく言ったものである。



『いやいや、俺は魔王の命でこの地に封建されてるんだから。

当然、御天領の刑法に準じた政治運用をするべきじゃない?』



「じゃあこの洞窟はポールソン部族の縄張りなんだから、文明圏の法律は無効! 無効!

そうでしょ、酋長!

アタシも酋長夫人くらいにはして貰えるッスよね!?」



『いやいや、酋長夫人の座はもう予約入ってるからな。』



俺がそう言った瞬間。

いつの間にか元嫁がレニーとの間に割って入っていた。

…この人、こういう話題の時だけ機敏だよな。



「あ! アンタはポールさんの元嫁さん!」



「むーふー。 (威嚇)」



「アンタお貴族様でしょ!

こんな洞穴で暮らせる訳ないじゃないッスか!」



「むーふー。 (反論)」



「え?

自分は何もしなけど生まれた子供が頑張る?

うっわー、出たー。

上級国民特有の断固として自分は何にもしない精神。

ねえねえ、ポールさん。

絶対アタシの方が役に立つッスよ!」



「むーふー。 (ドヤ顔)」



「は?

そりゃあアンタは実家の名前やコネが使えるでしょうけど!

子供が育った頃には帝国も無くなってるッス!」



「むーふー。 (憤怒)」



『やめろ、2人共!

どのみちレニーは服役中だ。

役職や肩書を与える事は不可能。

俺が被害者の会を宥める為にどれだけ頭を下げたと思ってるんだ!』



「…スンマセンッス。」



「むーふー♪ (暗黒微笑)」



『取り敢えず、中央がどうなるかは想像もつかない。

また長い乱世になって、この地に割拠せざるを得なくなる可能性も高い。

長丁場は覚悟しておけ。

こんな狭いコミュニティで一々煽り合うな。』



「…ッス。」



「…。(コクコク)」



俺は大公国など茶番に過ぎないと考えているのだが、俸禄を貰っている限り(貰ってないけど)は職務上の体裁を整えなくてはならない。

なので、まずは国主として誰を正妃に据えるかを定めなくてはならないのである。


ポーラが大公妃を自称し統一政府にもそう申請するように俺に強要したのだが、当然黙殺されている。

言うまでもなく、自由都市でも帝国でも王国でも魔界でも兄妹婚は禁忌とされているからである。

(そもそも兄妹婚が許されている文化圏など聞いたこともない。)

なので、ポールソン大公国の正妃の座は現在空位。

政権にとっては好ましくないらしく、政府からの書簡には毎回「大封の領主に妃が居ないのは困る」という指摘が遠回しに記されている。


まあね。

そりゃあ困るよね。

草創の王朝なんてゴッコ遊びみたいなものだからね。

一番広い封土を与えられた俺が早めに体裁を整えないと魔王ダンの権威に傷が付いちゃうよね。


…なので誰かに正妃の地位を与えなければならない状況なのだが…

ポーラは妹だから駄目。

エミリー&レニーは受刑者だから駄目(人格的にはもっと駄目)。

消去法で貴族教育を受けている元嫁なのだが…

この人を選ぶと父親のロブスキー卿を粛清した摂政殿下への挑発と捉えられんからな。

一番、無理だろ。



「うーうー。」



『だから酋長夫人の肩書と欲しいと?』



「(コクッコクッ)」



『いやいや、君は由緒正しきロブスキー家の一員でしょう。

そんな未開部族の真似をしたら天国のお父様も悲しむでしょう。

流石にそれはやめておこうね?』



俺だって地獄でロブスキー卿に逢った時に粘着されたくないからね。

本当にやめてね。



「うーうー。」



『いやいや、確かに帝国解体は既定路線だけどね?

それは共和制への移行というゴールの見えたソフトランディングだから。

帝国人やその文化は普通に残るからね?

君もそっち側に行きなさいって。』



「うーうー。」



『えー?

皇帝より酋長の方が偉いって?

いやあ、そんな話は聞いた事がないなあ。

どれだけ世間を知らない未開部族でも、そこまでは言わないよ?』



「うー!」



『え?

個人として他の奴よりポールソンが一番偉い?

勘弁してよー。

そういう発言が中央に届いちゃうと、本当に俺が死刑になっちゃうからね。』



「うー!」



『えー!?

この洞窟暮らしが気に入った!?

未来の勝ち組スタイル!?

これが!?』



「うーうーうー。」



『いやあ、幾ら令和だからアップデートしろと言われてもね?

俺はこの暮らしを未来的だとは感じないけどなぁ。』




そういう押し問答をしているとニヤニヤしながらポーラが近づいて来る。

あ、悪いこと考えてる顔だ。



「兄さん、いいじゃありませんか。

この人が自分で言っていることですし、【酋長夫人】の肩書を与えておやりなさいよ(ニコニコ)。」



『オマエ、今度は何を企んでるの?』



「いやですねえ。

大切なお友達が悲しんでるのに、見過ごすことなど出来ませんわ(ニコニコ)。」



元嫁を振り返ると、こちらも似たような表情をしている。

あー、コイツら絶対結託しているな。

ポーラが【大公妃】、元嫁が【酋長夫人】。

この俺を差し置いて女同士で勝手に決めたとのこと。

どうせロクでもない取り決めをアレコレしてるのだろう。

この謀反人共め。



ポーラや元嫁だけでなく、摂政殿下も含めた全世界の人民が大魔王の作った政体が長続きしない事を知っている。

無論、彼の唱えた平等分配論は美しく正しい。

だが、人間は醜悪で邪悪な生き物なのだ。

分配される欲は豊富な癖に、分配する志は絶無である。

そんな低劣な生き物にリソースを割くような政体は絶対に続かない。

統一政府が続けば続くほど、人間の卑しさが露呈する。

やはり人類には救われる価値も資格も無かったのだ。

無駄金をバラ撒く政体は長持ちしない。

だから、人民の救済という究極の無駄を行っている統一政府の存続などあり得ない。



大魔王が理想を実現するのは簡単だった。

全ての富を彼が独占した上で、全権限を一手に握る神権政体の独裁者になれば良いだけの話だったのだ。

彼の意志力ならば必ず実現できただろうし、世界を納得させるだけの実績があった。


だが、彼はこの世界に何の興味も持っていなかった。

エルフ族が差し出した神話級の宝物も虫でも見るような目で一瞥しただけだった。

彼は己の故郷で理想を実現する事にしか興味がなかった。

必然、そのしわ寄せは彼が捨てた妻子に集中する。

摂政殿下はただ無言で大魔王の語った理想の具現化に勤しんでいる。

夫以上に世界に興味が無いにも関わらずだ。

まさしく貞女の鑑であろう。


こんな政体は長続きしない。

誰もがそれを知りつつ、ただ減税の恩恵だけを貪っている。


ポーラと元嫁が始めたこの謀反はきっと成功する。

彼女達には大魔王が持たない卑しさをちゃんと持ち合わせているからだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



宮殿は《ひんやりした岩場》。

政府にも諸部族にも宣言済みなので、これは動かなさない。


それとは別に掘り進めたダンジョンを自部族が暮らす為の町とする。

キャパはリャチリャチ族のような2万人を目指す。

というより空間容積だけならば、ここは既に彼らの根城である大峡谷を越えている。

…だから、元嫁を基軸にここで部族を起ち上げてみるのも悪くない。

どうせ俺の寿命も長くないんだ。

死ぬ前に皆の為に基盤だけ作っておけば、少しは義理が果たせるかもな。



「それに兄さん。

私には勝算があります!」



『勝算?』



「こんな砂漠を欲しがる者などありません。

中央で大きな政変があったとしても、この地は接収されない公算が高いです。」



『…だろうな。

普通、改易は後任者の論功の為に行うものだ。

だから、この地への赴任を望む者が居ない場合は、ポールソン家の統治が長期化する可能性は高い。』



「でしょう♪」



『だがポーラよ。

オマエにも1つ誤算がある。』



「はい?」



『俺、多分この砂漠に支配価値を産み出しちゃうよ。』



「おーーーーーーっ♪」



何が嬉しいのかポーラが興奮した表情で抱き着いて来る。

コイツ、年々幼稚になるよな。

余計なところだけ俺に似るの止めて欲しい。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



余程気が早いのか元嫁がダンジョン内の酋長部屋作りを急かして来る。

そのくせ生産や探査に一切関心を持たない辺り、根っからの貴族女性だとは思う。



「…。(フルフル)」



『まあ、確かに君は政治に口を出さないから助かるよ。

今の四天王とか異常だからな。』



「…。(ニコニコ)」



『いや、俺も市民社会の人間だからな。

女の仕事は子供産む事だ、とまでは考えた事はない。

ただ、長い歴史の中で自然発生した性分担に向き合わざるを得ない立場になったとは思っている。

やっぱりさ。

父親が死んで母親に絶縁されて、完全に親の庇護下から外に出た訳じゃない?

だから、もうポールソン家のお子さんじゃなくて、男子ポールソンとして生きざるを得ないんだよ。』



「…。(コクコク)」



『そうか、親を亡くしたのは君もほぼ同時期だもんな。

ん?

欲が出た?』



「…!(コクン)」



『まあ、確かにそうだよな。

貴族家としてのロブスキー家が消滅した以上、未来へのグランドデザインは君自身が描く必要があるか…』



「うーうー。」



『過大評価は光栄だが、君が思っているほど俺は大した事ないぞ?

摂政殿下が演説でやたらと俺を持ち上げているのも、前四天王を砂漠に追放した事への批判を和らげる為だしな。』



「…。(フルフル)」



『…案外、君の言う通りかもな。

男の評価を決めていいのは女だけ、か。

まあ、理には適っている。』



「うー♪」



『そうか…

俺は私的な人生をとっくに捨てたけど。

君の命はこれからも続くんだものな。』



「…。(コクコク)」



俺は元嫁を連れて掘った横穴の説明しながら、ダンジョンをゆっくり進む。

サンドワームの巣穴とか銀鉱が固まっている方向などを口頭で伝えていく。


元嫁は俺同様に知能面にやや問題がある。

(それがソドムタウンでロブスキー卿が貴族の肩書を活かせずに孤立していた主因だ。)

だが、余白が大きいので記憶力は常人よりも遥かに良い。

なので、洞窟運用の伝承くらいは任せても良いと思った。

かなり上手くやればリャチリャチ族くらいの文化は後世に遺せるかも知れない。



「うーうー♪」



何が楽しいのか元嫁は上機嫌で俺の腕にしがみついている。

分かっているのだろうか?

ここが沈没船だという事を。



『セット!』



「…♪」



『【清掃クリーンアップ】!』



子供の頃から続けていた模型趣味がこんな形で活きるとは思っていなかった。

如何にも女が好みそうな間取りの部屋を作る事が出来たのだから。



「…。」



『いいよ、ここを酋長の間にしよう。

部族が増えたら、ここで会議やら何やら。』



まるで幼児のゴッコ遊びである。

元嫁と一緒にくり抜いた岩場に座り込んで、失われた過去と来る筈もない未来に想いを寄せた。

俺と似たような顔をした未開人がノソノソと穴を掘っている様子を想像して思わずクスリと笑ってしまう。

…中央で下らない政治ゴッコをしているよりかは健全かもな。



『決めたよ。

今、踏ん切りが付いた。

この地で起こっているアンデット問題。

俺の代で解決をする。

それも年内には決着をつける。

これで統一政府への顔は立つ。』



「…うーうー。」



『無茶は承知だけど、仕方ないさ。

俺が無駄な時間を掛けたくないんだ。』



「…。」



『…君との時間を大切にしたいからな。』



「っ!?」



奇しくも元嫁の名は俺の母と同じものであった。

今思えば、ただでさえ折り合いの悪い嫁姑感情が致命的になった原因の1つかもな。

(無論、主因が己の器量不足である事から目を背けるつもりもない。)


母が居る間はその名を呼ぶことも憚られていたが…

絶縁された今となってはもう構わないのかも知れない。



『ここに俺の国を築く。

誰かに与えられた訳ではない、俺の意志で築く俺の国だ。』



「…。」



『…行くぞ、テオドラ。』



「…はい!」



テオドラ・フォン・ロブスキー。

全てを失った哀れな女。

きっと世評以上に愚かなのだろう、その目は真っ直ぐに未来を見据えていた。

【異世界紳士録】



「ポール・ポールソン」


コリンズ王朝建国の元勲。

大公爵。

永劫砂漠0万石を所領とするポールソン大公国の国主。



「クレア・ヴォルコヴァ・ドライン」


四天王・世界銀行総裁。

ヴォルコフ家の家督継承者。

亡夫の仇である統一政府に財務長官として仕えている。



「ポーラ・ポールソン」


ポールソン大公国の大公妃(自称)。

古式に則り部族全体の妻となる事を宣言した。



「レニー・アリルヴァルギャ」


住所不定無職の放浪山民。

乱闘罪・傷害致死罪・威力業務妨害罪など複数の罪状で起訴され懲役25年の判決を受けた。

永劫砂漠に収監中。



「エミリー・ポー」


住所不定無職、ソドムタウンスラムの出身。

殺人罪で起訴されていたが、謎忖度でいつの間にか罪状が傷害致死にすり替わっていた。

永劫砂漠に自主移送(?)されて来た。



「カロッゾ・コリンズ」


四天王・軍務長官。

旧首長国・旧帝国平定の大功労者。



「ジミー・ブラウン」


ポールソン大公国宰相。

自由都市屈指のタフネゴシエーターとして知られ、魔王ダン主催の天下会議では永劫砂漠の不輸不入権を勝ち取った。



「テオドラ・フォン・ロブスキー」


ポルポル族初代酋長夫人。

帝国の名門貴族ロブスキー伯爵家(西アズレスク39万石)に長女として生まれる。

恵まれた幼少期を送るが、政争に敗れた父と共に自由都市に亡命した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



異世界事情については別巻にて。

https://ncode.syosetu.com/n1559ik/


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― 新着の感想 ―
〉ポルポル族 いかにも未開の部族っぽいですね。 地球のフジフジ族はどうなってしまうのか? ぜひ、作者さまにいっちょかみしていただきたく、強引に感想してみました。 ん、……セットぉ。
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