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【顛末記06】 宰相

俺とジミー・ブラウンとの付き合いは長い。

何せこの男が母親の腹の中に居る前から知っているのだからな。


ブラウン家。

自由都市勃興時からの最古参であり、多くの評議員を輩出して来た名門中の名門。

その跡取り息子がなぁ…



「ハアハア。

ポール殿…

ドブネズミを5匹! 

毒サソリを7匹捕まえて来ましたぞ!」



『でかした!

これで来週まで食いつなげるな!!

…いつもすまないねぇ。』



俺はもうジミーの親御さんに二度と顔を合わせられない。

手塩に掛けた嫡男がこんな生活をしているなんて、俺が親なら確実に発狂する。



「仕方ありませんよ、ポール殿。

もう食料庫が尽きかけてるでゴザル。」



最近まで食料計画順調だったんだけどなあ。

無駄飯喰らいが増えたからな。



「ふふふ、大公爵閣下。

お困りですかな?」



『エミリー受刑囚。

用も無いのに玉座の間に入って来ない様に。』



「申し訳ありません大公爵閣下。

内装が似ているのでトイレと間違えてしまいました。」



うん、実は俺も5回に1回くらい間違える。



『トイレはこの隣の横穴ね。

ここは玉座の間。

来賓を迎えたりする大事な部屋だから、みだりに立ち入らないこと。』



「はーい♪」



エミリー・ポー。

自称・冒険者。

実際は性質の悪いチンピラで、普通に逮捕されて普通に有罪判決を受けた。

本人は政治的陰謀の結果と信じているが、関係書類を見る限り治安機関が業務の一環として凶悪犯を取り締まっただけである。

懲役27年。

罪状を見る限り甘々判決である。

どう考えても梟首が妥当だと思うのだが、恐らくは俺への忖度でこんな結果となった。

この女と相棒のレニーが健康的な胃袋をしているので、我が国の食料事情は危機的な状況に陥った訳である。



「ねえ、ポールさん。

だから私達が養ってあげるって言ってるじゃない。

許可さえくれれば、肉を持ち帰ってあげるよ?」



『君達はやり過ぎるからなあ。』



「えー、そうかなぁ。

私、典型的な淑女だよ?

真面目にウェイトレスやってた時期もあるし。」



『その後すぐにアウトロー人生に突入したじゃない。』



「そうだっけ?

あははは♪」



俺、丁度このエミリーが正業を退職して冒険者になる瞬間に立ち会っているからな。

と言うよりコイツとレニーの極悪コンビを引き合わせてしまったのが俺だ。

加えて、御丁寧にも3人で冒険者パーティーを組んでいた。

(世間様ゴメンナサイ!)

だから、この女がこれから何をやらかすは嫌でも解っちゃうんだよ。



「エミリー殿。

懲役内容は拙者が有意義なメニューを考えておきますので。」



「これはこれは宰相様♪

手柔らかにお願いしますよ。」



エミリーは不敵に笑ってジミーの言葉を受け流す。

そうなんだよなあ。

コイツらは暴力要員以外に使い道がないし、丁度その需要があるんだよな。

ィオッゴ曰く、帝国領でもアロサウルスが増えてるらしいし…


いっそ、エミリー&レニーを投入してみるか。

懲役の一環という事にしてしまうのも…



「それ監獄法的にマズいでゴザルぞ。」



『やっぱり駄目か?』



「懲役に従事させるなら、減刑規定を定める必要があるでゴザル。

狩猟を懲役メニューに加えるなら、獲物ごとに減刑日数を定める必要があるでゴザル。」



『ああ、確かにそれはマズいな。

アイツらが自力で釈放を勝ち取ってしまう可能性がある。』



「確かヒグマ駆除の減刑相場が1頭60日。」



『2ヶ月の減刑は気前良すぎないか?』



「いやいや、ヒグマは猛獣でゴザル。

頭部を射抜いても止まらない正真正銘のバケモノ。

減刑目当てで山に入った受刑囚が何百人も死んでるでゴザル。

60日は寧ろ厳しいくらい。」



『文字通り命懸けだな。』



「御存知の通り、アロサウルスの体長はヒグマの2倍。

減刑日数を定めるとなると、120日以上でないと法務部が申請を受け付けてくれないでしょう。」



『3頭倒したら1年減刑か…』



「あの2人の腕前であれば、下手をすると1日で自由を勝ち取ってしまうでゴザル。」



『その事態だけは防ぎたいな。

狂犬を世に放つべきではない。』



「同感でゴザル。」



『何かいいアイデアない?』



「懲役ではなく、レクリエーションの一環として

《運動をさせてあげる》というのは如何でゴザルか?」



『…まあ、無難な落とし所かな。

法務局はそういう詭弁を嫌がりそうだけど。』



「一応、報告書に付け加えておきます。」



『いつもすまないねぇ。』



「いえいえ、好きでやってる事でゴザルよ。」



ジミー・ブラウンは法学部を優秀な成績で卒業した上に、建材会社の役員として豊富な実務経験を積んだ男である。

加えて、政治や政争にも深く関与していた。

なので、ついつい大小の仕事を任せてしまい、仕事量に応じた役職として宰相の肩書を与えた。

宰相に任命した以上は所領を下賜する必要があるので、広めの領地を与えた。

よって彼は《凄く高い砂丘0万石》の領主でもある。

君主の俺と言えど彼の所領を通過する時はゴブリン団子を半分分けてやる位の配慮をせねばならない。

要するに俺は盟友ジミーを封建秩序に組み込んでしまい、それが故に彼はソドムタウンに帰れなくなってしまった。

当然、俺が切腹させられる時は高確率で宰相の彼も連座させられる。

そういう状況。



「だーかーらー。

多かれ少なかれ、どこの家中でも似た様なものでゴザル。

ポール殿が謝っても仕方ないでゴザロウ?」



『…オマエのご両親とヘンリエッタに合わす顔がない。』



「ヘンリエッタとは離婚が成立しましたし、あの女の年齢ならば再婚相手もすぐに見つかるでゴザルよ。

何より摂政殿下とウマが合うようですしな。」



『あの子も出世したよなあ。』



「政治への無関心が上手く作用したのでしょうなあ。」



『もう逢わないの?』



「魔王城に召喚されれば嫌でも顔を合わせるでゴザルよ。」



『なーんか、全部政治になっちゃったな。

俺、こういう人間関係嫌だわあ。』



「四天王と大公爵にまで昇り詰めた方が何を仰いますやら。」



『昔はさあ。

みんなでさあ。

普通に机に片肘ついて飯食いながら話す仲だったのに。

やってらんないわ、ホント。』



「それは言わない約束でゴザル。

もう時代が変わったのですよ。」



俺達は大魔王に非常に近い位置にいた。

故に、摂政殿下がその政権を受け継いだ時に否が応にも新体制に組み込まれた。

友人全員が顕官か逆賊になった。

俺自身に至ってはその二つを兼ねたような立場にある。

ジミーは俺と親交が長かったので一番割を喰う羽目になった。

当然、この男の居場所は本籍地コリンズタウンにすら既に無い。



『なあ、ポーラ。

今いいか?』



「あら、珍しいですわね。

兄さんから来てくれるなんて❤」



『囚人共の話なんだけどな?』



「もう少しロマンティックな話題になさいよ。」



『次の機会に宇宙の果ての話でもしよう。』



「はいはい、期待せずにお待ちしておりますよ。」



『囚人共にアロサウルス退治をさせるのってどう思う?』



「どうもこうも、相討ちになってくれれば、としか言いようがありません。」



『いや、一般論ではなく。

腹を割った話なんだよ。』



「囚人部隊というタテマエにして、兄さんの指揮下に置くしかないでしょう。」



『…その場合、囚人部隊が俺の旗本になってしまうぞ。』



「うふふ、軍服を着た山賊ですわね。

期せずして御先祖様に倣っている所に滑稽味があります。」



『笑い事ではない。

まだ全然召し抱えが進んでないんだ。

…動員令が下った時にマズい。』



「…確かに動員はあると思います。

王国があんな様子ですし、兄さんが総大将に任命される可能性も十分あります。

せめて1個師団だけでも早急に編成なさって下さい。」



『…総大将ねぇ。

こっちは冒険者1人すら雇う余力がないんだけどな。』



知行0石の俺にどうして2個師団の軍役が課されているかは謎。

ある意味小さな政府の究極形だよね。

ちなみに、この無茶な軍制の論拠は俺が若い頃に書いた論文だ。


大魔王帰還後の摂政殿下が提唱した政治理念は極めてシンプル。

《小さく強い政府による恐怖専制》である。

本当に少数精鋭な上に、洒落にならないくらい強く、未開の首狩り族よりも残忍である。

加えて、あの超トップダウン気質なのだから、摂政殿下こそ史上最も公約を遵守した天下人であろう。


大魔王が徴税と軍役の概念を持たない奇矯な政治家であった為に、統一政府の方針も自然とそうなってしまった。

年貢率は三公七民。

現在は各地方の混乱を収拾する意味合いで二公八民の時限税制を敷いている。

当然、役人の給与は下がり数も激減した。

語弊を恐れずに言えば、統一政府は《支えたい奴が勝手に支えている政府》となってしまった。

(俺は支えたくないんだけどな…)


政府に対して色々言いたい事はあるのだが、かつての俺が論文で【これが理想政治】と断言してしまっている手前、批判のし様がない。

学生時代に俺が提言した政策案が次々に実現し続けている現状は、まさしく性質の悪い悪夢である。



「兄さん。」



『はい?』



「魔王城に伺いを立てましょう。

懲役か囚人部隊か。」



『どっちも却下されたら?』



「その時は斬首が妥当でしょう。」



『うむ。

まあ、そんな所だな。』



  「ちょっと待つっス!!」



『うわ、まだ居たのか。』



  「さっきからずっと居たっスよ。

  妹さん、斬首は酷いっス!」



「あぁら、ごめんあそばせ。

ワタクシ、兄さんの妹を辞めて妻になったの。

大公妃様とお呼びなさい。」



  「うわキッショ、脳味噌ポールソンかよ。」



『2人とも仲良く…

するのはどうせ無理だろうから、この場で利害の一致を図れ。』



  「じゃあ、妹さんがポールさんを殴りたくなったら!

  羽交い絞めにする係になるっス。」



「あーら、丁度今がその気分なのですけど。」



  「じゃあ、どうぞ。(ガシッ!)」



『え!? 嘘だろ!?』



「では遠慮なく♪(ドゴォッ!!)」



『ごっぶえええ!!』



  「顔はマズいっスよ。

  明日、帝国から特使が来る日ッスよね?

  ボディにして下さい。」



「あら、言われてみればそうね。」



『ごほっ! ごはっ!』



「じゃあ兄さん、ごめんあそばせ。」



『ちょ! 待っ!』



「えい❤ (ドゴォ!)」



『ぶばああ!!』



  「ねえ、ポールさん。

  妹さん、動きキレキレじゃないっスか?」



『ごほっ! ごほっ!

両親の美点を妹が継ぎ、欠点を俺が継いだ。』



  「ポールさんでも一個くらい取り得あるでしょ?」



『父さんに似て、肩が凝りにくい体質だ。』



  「それ、単にポールさんが…

  肩が凝るほど仕事してないだけなのでは?」



『…否めないな。』



「兄さん。

忠実な妹妻から提案があります。」



『腹が痛むがどんな提案だ?』



「宮殿の周辺を囚人収容地区に指定しましょう。

モンスターの襲撃に関しては自己責任で駆除ということで。」



  「はんたーい!

  人道上の懸念があるっス。」



『でも本音は?』



  「暴れられるのなら何でもいいっス♪」



『あんまり嬉しそうな素振りを見せるなよ。

怒られるの俺なんだから。』



  「折角国主になったのに。

  怒られてばっかりっスね?」



『うむ。

元凶に言われると流石に腹が立つな。』




辺境なので、この様な超法規的運用の連続である。

保身の為にもかなりマメに報告書を上げているのだが、作成するのは主にジミーの仕事である。




『いつもすまないねぇ。』



「いえいえ。

日に日に切腹命令が近づいているだけでゴザルよ。」



『なあ、監獄法的にはマズい?』



「完全にアウトですぞ?」



『だろうねぇ。』



「でも摂政殿下は特例を認めてくれると思うでゴザル。」



『そうか?』



「殿下はポール殿の動きを参考にして新民法を制定している様に見えるでゴザル。」



『まさかぁ。』



「新しい坑道には鳴き声の大きなカナリアが必要でゴザロウ?」



『…言いたい事は分からんでもないがな。』



「で?

どうしたいですか?」



『討伐駆除に対する歩合報酬支払。』



「国主が賞金を支払うのですか?」



『昔エドワード王って居たじゃん?

王国の最後の人。』



「ああ、そんな御仁も居りましたなぁ。」



『あの人の政策を踏襲するのがベターなんだよ。

特に農村振興や道路行政へのアプローチなんかは面白かったなあ。』



「却下。

摂政殿下への当てつけと取られます。」



『あの方は、そういう公私は峻別される方だ。』



「讒言を招くのが目に見えているでゴザル。」



『迂遠な時代になったなぁ。』



「ポール殿の場合、今までが自儘過ぎたのでゴザルよ。

市井の勤め人はもっと苦労しておられますぞ。

ポール殿も役所務め位は経験しておくべきでしたな。」



『返す言葉も無い。』



あれも駄目、これも駄目。

文句は言わない。

俺以外の社会人はみんな、俺なんかより遥かに厳しい職場環境を堪えて、歯を喰いばって妻子を養っているのだ。

この数年、薄々感じ始めて来たのだが、ひょっとして俺以外はみんな大人なのか?



「…今更、何を言ってるのでゴザルか。」



『俺さぁ、もう40越えちゃったじゃん。』



「越えちゃいましたねぇ。」



『30代の頃は《ちょっとのんびり屋のオニイチャン》くらいの自意識でいたのね?

父さんも健在だったし、《首都の馬鹿ボンボン》くらいの立ち位置だった。』



「まぁ、ポール殿は童顔ですし、30中盤までは若者枠に入れて貰っておりましたな。」



『40過ぎたらさあ。

同年代とか後輩の世代が全員大人になっちゃってるのよ。

いつの間にか!』



「まあ、皆さん所帯を持たれておられますしね。」



『そうなんだよ!

俺の同期はみんな息子さんの仕官とか娘さんの縁組の話題をしてるんだ!

模型遊びやら絵巻物を卒業出来ないのは俺だけだったんだよ!!』



「…ここだけの話、ポール殿の同期は自らの息子さんに

《来年は幼年学校なんだから模型遊びは卒業しろ》

と叱責している時期ですからな。」



『そこなんだよなあ。

俺って幼稚なんだろうか?』



「ポール殿はのんびり屋なだけでゴザル。

大出世もされたし奥方もおられるし、社会的には成功者の部類ですぞ。」



『奥方って言うのは、元嫁?ポーラ?』



「…敢えて定めない方が無難なのでは?

大公爵ですから後宮の1つくらい保有する資格はあるということで。」



『0万石じゃハーレムは運営する資格はないよ。』



「いえ、ポール殿は甲斐性があるから良いのでゴザルよ。

ゴブリン団子の仕入れルートを作ってくれたではゴザラんか。

入部早々、遊牧ゴブリンやリャチリャチ族を味方につけた手腕は卓絶しております。

摂政殿下からもお褒めの書簡を頂いたではありませんか。

拙者も含めて一族郎党を喰わせているのだから、胸を張りなされ。」



『…今って養えてるうちに入るのか?』



「現に餓死者は出ておりません。

しかもリャチリャチ族にもです!

これはポール殿の政治的手腕ですぞ!」



『…実感湧かないなあ。

この生活環境で自己肯定感持つのは不可能だろう。

俺、先週もレニーに殺され掛けたんだぞ?』



「ポール殿は他の方とは異なるキャリアを歩んでおります。

比較にはあまり意味がありませんので、出来る範囲でベストを尽くして行きましょう!」



ジミーはいつもこうやって俺を力強く励ましてくれる。

宰相としての働きに加えて、精神安定剤として機能してくれている。

俺もこの地獄の生活でかなりメンタルが崩れてるからな。

もう、この男無しでは生きていけない。



「良いですか?

年齢を重ねれば、仕事相手に年下が増えるのは自然なこと。

一々気に病んでいたら、身体が幾つあっても足りませんぞ。」



『うん、そうだな。』



「明日、ここに表敬訪問されるバグラチオン侯爵。

かつての我々から見れば雲上人でしたが、職制上ではポール殿が上位。

卑屈になってはなりませんぞ!」



『いやあ、そうは言われてもなぁ。

相手は91万石の太守。

おまけに帝国時代は2度入閣している。』



「いやいや!

入閣と言えばポール殿は大魔王様の下で四天王を務めております!

どこに引け目を感じる必要があるのですか!」



『…大公爵にしても四天王にしても、あくまで公文書上のものだよ。

実体はバーの雇われ店長だからな。』



「ポール殿。

そういうところですぞ。

御自身が四天王の自覚を持てば世間はそう扱いますし、雇われ店長の感覚で居ればその程度に軽んじられてしまうものなのです。」



『…うん、前向きに考えてみるよ。』



ジミーはこういうけどさあ。

俺の出世なんて全て書類上の話だからなあ。

大公爵だの前四天王だの言われても、実態は俺自身が一番理解している訳じゃない。

俺が掃除屋の小倅で、不動産屋の使いっ走りで、バーの雇われ店長だったことなんて、全世界が知ってることじゃん。

堂々と振舞うのは難しいよ。


バグラチオン侯爵の用件は分かってるよ。

粛清されそうだから摂政殿下に取りなして欲しいんでしょ。

順番から言えば、俺の方が先だとは思うけどね。


そもそもとして、平民の俺には貴族同士の交際というのが肌感覚で理解出来ないのだ。

母・テオドラは生粋の貴族だが、自由都市に亡命してからは一切貴族社会に近づかなかった。

元嫁も貴族の家系だが、あそこは父親共々帝国人コミュニティから疎外されていた。

俺の貴族知識とはエルデフリダの自慢話を通じて断片的に知った程度のものしかない。

(それにしたって貴族婦人の知識であって、貴族男性の社会というのが未だに分からない。)

そういう経歴である為に今回の様な場面でどう振舞って良いのかわからない。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



さて、ゲオルギー・バグラチオン侯爵。

俺より1つ年下の41歳。

ガルボイグラード91万石の太守。

35歳で商務大臣・37歳で資源大臣として入閣している。

(ちなみに35歳の頃の俺は連載していた冒険絵巻《最強の僕が無双してクラスの女子全員から告られちゃった♪》が打ち切られてヤケ酒に溺れていた。)



「ポールソン大公爵閣下とこうして再会できた事、我が生涯最高の栄誉で御座います!」



いや逆だろ。

俺なんかに頭を下げるってアンタの人生の最大の汚点だぞ。

バグラチオン侯爵は俺の前で土下座してしまったまま、膳の前にすら来てくれない。



『侯爵殿、どうか! どうか!

キャリアも家柄も貴方の方が上!

寧ろ私が平伏すべき場面です!』



「いえいえいえ!!」



『いえいえいえ!!』



本来、こんな糞砂漠に表敬訪問して薄暗い洞窟で俺如きに頭を下げる人ではない。

彼は所領に帰れば、広大な土地を支配する大領主なのだから。

侯爵の領地で生産されるオリーブオイルは世界的に有名だし、居城のバグラチオン城には1000人以上の騎士が常駐していると聞く。

世が世なら、俺などは彼の家令にすら直答を許されない身分関係なのだ。



「魔王城では大変お世話になりました!

本来ならもっと早くにお礼に上がるべきでしたのに!

こんなにもずれ込んでしまい誠に申し訳ございません!」



『いえいえ!

皆様の案内はコリンズタウン出身者としての義務であると捉えております。

お役に立てたのであれば幸いです。』



全くのたまたまなのだ。

彼の初登城と俺の参勤のタイミングがたまたま被った。

馴れない異郷に難儀している彼を見かねてフォローに回り、新四天王を紹介した。

それだけの話。

ただ、彼は俺のおかげで首の皮が繋がったと固く信じている。

流石にそれは大袈裟だと思うのだが、まだ彼が切腹させられていない所を見ると案外何らかのプラス作用を彼にもたらしたのかも知れない。


旧連邦貴族の大半が摂政殿下に忠誠宣言書を提出している間、大半の帝国貴族はそれを怠っていた。

連邦人と帝国人には、実際に摂政殿下の御気性を目の当たりにしていたか否かの差がある為、仕方ないのかも知れない。

だが、帝国人達は統一政府から派遣された新皇帝に対しても間違った態度を取り続けた。

…アレはいけない。


新四天王体制が整う前に宣言書を提出した者はまだ誰も殺されていないが、反抗的な言動を見せていた諸侯は全て殺された。

カロッゾが帝都近郊で大規模虐殺を敢行した事により、ようやく旧帝国貴族も時勢を理解したようだが…

バグラチオン侯爵の忠誠宣言はやや遅かった。

大封故の意見調整の難しさもあったのだと思う。

その点は同情している。

ただ、彼より先に忠誠宣言書を提出した中にも改易切腹させられた者が居るのが現実。


次は自分だ。

彼がそう考えても不思議ではない。

いや、この情勢で楽観していたら、そいつは底抜けの低能だろう。



「是非共、大公爵様に知って頂きたいのですが…

当家は魔王様及び摂政殿下に絶対の忠誠を誓っております!」



『ええ、それはもう。

皆様にもしかと伝えておきます。』



侯爵は何度も俺の手を取り哀願して来る。

彼が思う程、俺は統一政府にコミットしている訳ではないのだが、外様の彼から見れば俺は十分寵臣の部類であろう。



「次の登城…

大公爵閣下の与力としてお供させて頂く訳にはなりませんか?」



『…いや、流石にそれは私の一存では。

殿中の皆様にお伺いを立てない事には…』



摂政殿下は、服属の為に参上した諸侯を2人も上意討ちしている。

事情を知っている俺は、それがやむを得ない措置であったと知っているのだが…

世間は既に殿下を【騙し討ちを多用する残忍な為政者】として認識している。

バグラチオン侯爵が疑心暗鬼になるのも仕方ないだろう。

俺の見立てでは、侯爵はギリギリセーフの位置にいる。

多少の減封はあると思うが、これだけ政権運営が形になって来ている今、殺される可能性は逆に少ない気がする。

無論、侯爵からすれば《気がする》では困るのだろうが。



「無理を申し上げる気はありません!

魔王城への登城日だけでも合わせる事は出来ませんでしょうか!」



『いやあ、そうは仰いましても…』



縋るような目で見られても困る。

俺だって粛清の恐怖に怯えながら暮らしているのだ。



「世間の者は、ポールソン大公爵こそが摂政殿下の第一の腹心であると羨んでおります!」



気持ちは分からんでもない。

何せ摂政殿下が所信表明演説で、何度も《ポールソン理論》を引用しているからな。

政権中枢との面識は俺が1番恵まれているだろうし、事情を知らぬ人から見ればそれこそ無二の腹心であろう。


流石にそれは無理があるとか思わないのか、世間?

腹心にこんな生活をさせる君主とか居るわけないだろう。

と言うか、この砂漠暮らしを羨む者が居るのなら、そいつの知能を心配するぞ。



「是非、あやかりたいです!

私も大公爵閣下の様に摂政殿下に忠勤を尽くしたいと考えております!」



侯爵は元は聡明な人物であると聞いていたが、恐らくはノイローゼの所為か正常な判断能力を喪失してるように見える。

(正気なら砂漠なんぞに来ない。)

沈着な方だという第一印象を抱いていたが、今日は発言すらも少し飛躍している。

無理もない。

帝国貴族はみな、領内での突き上げが激しいからな。



「話は変わるのですが!

娘のカサンドラが年頃でしてっ!

嫁ぎ先を探しているのです!」



『え?』



「たまたま!

たまたま!

今回の訪問団に同行しております!」



『え?

…流石に御冗談ですよね?

ここ砂漠ですよ?』



「私は世事に疎いので!

娘の縁談などを大公爵閣下に相談出来ればと!

そう考えておりまして!

…閣下も元は帝国の血筋!

宜しければ… 

身の回りの世話など如何でしょうか?」



…ヤバいだろ。

諸侯同士の無断通婚とか、絶対に謀反を疑われるぞ。



『御令嬢をよくこんな砂漠に連れて来られましたね。』



「…領内に置いておくのは、あまりに不憫で。

どうせ今生の別れとなるならば…」



なるほど、既にそういう状態か。

統一政府の税率は二公八民。

全世界の人民が天領編入を願っている。

つまり全ての封建君主が領民からの突き上げに苦しんでいるのだ。

一揆で殺された領主は数知れない上に、首謀者が罰せられた話は聞かない。

その上、領主一族が殺された土地は殆どの場合二公八民が適用されている。

忌憚なく言えば、殺し得なのだ。

魔王城への参勤中に妻子が殺されるケースも俺が知っているだけで4件あった。

…バグラチオンの危惧は正しいかもな。

この人が長く領内を空ければ高い確率で天領編入を訴える一揆が起こるだろう。



『侯爵…

そこまでの情勢であれば、御令嬢は魔王城に留め置くべきでしょう。』



「…あいにくの愚娘でして。

殿中の皆様に粗相があるのではないか、と。

ずっとそう考えておりました。

ただ、時期である事は承知しております。」



『…。』



「他に選択肢が無いことは重々承知だったのですが踏ん切りが付きませんでした。

今は付いてますからね!


…大公爵閣下は新侍従長と御昵懇であると伺っております。

娘を出仕させる場合の取り成しをお願いする事は可能でしょうか?

腰元身分でも構いません!

既に本人に厳しく言い含めております!

無論、謝礼は存分に支払います!」



『新侍従長と縁が深かった事は事実です。

ただ、公私の区別に厳格な方ですので、私の仲介では話も聞いて貰えないでしょう。

ドライン財務長官であれば、公務での往還もありますので、話は繋げるかも知れません…。』



「おおお!!

大公爵閣下!!」



侯爵が涙目で握手を求めて来るので仕方なく応じるが…

本音を言えば旧帝国貴族とは距離を取りたい。

だっておかしいだろう。

貴方達は本来、帝国皇帝にこれを頼むべきなのだから。

摂政殿下が指名した皇帝に頭を下げないのなら、その時点で謀反人ではないか。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



バグラチオン侯爵の娘は15歳。

ごく普通の毒にも薬にもならない貴族令嬢である。

見目が麗しいので、大魔王さえ降臨しなければどこかの貴族の妻として平凡な生涯を終えたであろう。


それが、こんな時勢になったばかりに、落人同然に砂漠に連れて来られた。

やや熱中症の兆候があったので元嫁に命じて休息させる。

侯爵が何度も「殿中へ出仕させても構わない」という表現を使ったので、認識の甘さを修正しておいた。


この期に及んでまだ分からないのだろうか。

アレはタテマエ上は魔王ダンの後宮だが、実質的には女のみで構成された政府なのである。

彼の目に女官として映っているのは、その全員が能力と気概のみを基準に選抜された軍人官僚なのである。

漁師の娘、鍛冶屋の娘、馬丁の後家、八百屋の出戻り、女冒険者、婦人傭兵、元女給、元娼婦。

出自はバラバラだが、みな摂政殿下のお眼鏡に叶った精鋭集団である。

あの繊弱な娘に入り込む余地など100%ない。

それを「構わない」とは何と思い上がった心根であろうか。



「なるほど、才媛揃いということですね!

無論、理解しております!」



彼が何一つ理解していないので、強い言葉で訂正する。

才媛ではなく英才、女官ではなく官僚、後宮ではなく政庁。

アンタも帝国人なら士官学校や兵営で苦労しただろう?

なら、どうしてその地獄を耐え抜く女が居ると思い至らない?

摂政殿下の旗本衆は血の洗練を勝ち抜いた最精鋭集団なのだ。

カサンドラ嬢如きに居場所があると思う方がおかしい。


繰り返しの説明に対し、素直に頷いてくれるのだが、多分理解出来ていない。

平民の俺に貴族社会を実感出来ないように、彼にはあれが単なる女所帯ではない事が理解出来ていないのだ。

摂政殿下とて好きで女で文武百官を揃えた訳ではない。

そもそも、あの方は同性との相性が悪い。

(早婚に踏み切れた理由も同性の友人がいない所為ではないだろうか。)

にも関わらず他に道がないから、こんな奇妙な政府を築き上げたのだ。

これだけ人類史が長いと、消去法で天下人になるしかない憐れな少女も登場する。

たまたまそれが今であるだけの話なのだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



結局、クレアに丸投げする事に決める。

俺から頼めば意地悪をされる可能性があるとの事で、添え状はジミーが書いた。

カサンドラ嬢がこれ以上の旅に同行するのは明らかに不可能だったので、侯爵はそのまま行かせ元嫁に介抱をさせた。

…もっとも、彼は最初からこの展開を狙っていたのだろうが。



「兄さん。

カサンドラさんの体調が戻って来たらしいわ。」



『そうか。

侯爵に復路で拾わせよう。』



「あの方に復路はあるのでしょうか?」



『どうだろう。

多分、魔王城では殺されないんじゃないかな?

新侍従長が騙し討ち染みた手口をかなり嫌っておられるみたいだし。』



「…らしいですわね。」



『カサンドラ嬢の処遇はオマエに任せる。』



「余ったらジミーに下げ渡しましょう。」



『…その心は?』



「アレは神話の一員です。

バグラチオン家の顔も立つでしょう。」



『オマエが何を言っているのかわからないが…

ジミーには迷惑を掛けるなよ。』



「掛けませんよ。

来年は子を産むのですから。」



『なあ、オマエのやってる事。

現代倫理から激しく逸脱してるんだが、それは自覚してる?

リャチリャチ族がドン引きしてたぞ?』



コイツ、ポールソン四兄弟全員の子供を産むつもりだからな。

ヤベーだろ。



「兄さんは何も分かってませんねぇ。

原始の戦いはもう始まっているのですよ?」



『原始?

オマエが何を言ってるのかさっぱり理解出来ない。』



「ですから。

大魔王が金銭と肩書を全て破壊してしまったではありませんか。

もう誰もウェンを信用しておりませんし、既存の爵位にありがたみを感じてません。」



『…まあ、あれだけの金額をばら撒いた訳だしな。』



「金銭を配った事が問題ではないのです。

大魔王の様な小僧がゴミでも捨てるような表情でカネを置き捨ててしまった事が問題なんですよ。」



『…ポーラ。

相手は救世の神君である。

言葉は選べ。』



「選んだ上で申しております。

数回挨拶を交わしただけですが、リン・コリンズは甘ったれた小僧でした。

惰弱で愚鈍で未熟。

ハイスクール時代の誰かさんそっくりで呆れましたわ。」



『…』



「そんな小僧がウェンや伝統爵位をゴミ扱いしてしまった。

価値が地の底に貶められてしまったのですよ。」



『それは結果の話だ。

大魔王に悪意は無かった。』



「ええ、大魔王()()無かったでしょうね。」



『…。』



「兄さんは本当に困った人です。」



『…。』



「その証拠に爵位や勲章を誰も買わなくなってしまったでしょう?

ワタクシだって御免ですわ。

身分社会の頂点に居る兄さんがゴブリンに乞食して暮らしているのですから。

人類が数千年掛けて築いた権威が貴方に貶められ尽くしてしまいました。


ねえ、兄さん。

どこまでが計算なんですの?」



『…貴族は艱難に立ち向かうからこそ貴族だ。』



「あらあら、酷いお方。

そこまでハードルが上がってしまえば、10年掛からずに貴族制度が消滅しておりますわね。

世界が全て共和制になってしまうのかしら?

お母様も可哀想に。」



『…母さんが生きている間に騎士になった、四天王になった、大公爵になった。

十分義理は果たした。

もう、いいだろう。』



「あんな子産むんじゃなかった。」



『!?』



「伝言は確かに伝えましたよ。」



『…承った。』



「それでは話を戻します。」



『…原始の話?』



「兄さんが絶やしたヴォルコフの血統。

この砂漠から再度始めるということです。

功臣ジミー・ブラウンには30年来の忠勤の褒賞を与えます。」



『産むなとは言わんが、この砂漠でどうやって子を食わせる?

今週の備蓄すら尽き掛けてるんだぞ?』



「それを考えるのが殿方の仕事でしょう。」



『…否めないな。』



「大魔王が世界を均しました。

あの愚かな小僧は、金銭さえ配れば世界が公平化するとでも思っていたのでしょう。」



『統計上は公平化している。

彼の取り組みは無駄ではない!』



「仮に富が均質化すれば、遺伝子的な優劣で生殖格差が生じるだけです。

世の格差の軸が貧富ではなく有無となるだけの話。」



『…そこまで極端だろうか。』



「現に兄さんが女を独占しておられるではありませんか。」



『いや、独占はしてないよ!』



「10人の女が兄さんに操を立てれば9人の男の血が絶えます。

貴方は善人面をして、そう言う虐殺劇を繰り返しているのですよ、ずっと昔から。」



『昔!?

いや、昔は全然女に縁が無くて。』



「…惨いお方。

まあいいですわ。

兄さんの様な卑怯者はそうやって手を汚さずに殺し続けていれば宜しいのです。

私は功あった者に褒賞を与えるだけ。」



『それがオマエが狂った様に子を産む理由なのか?』



「いいえ兄さん。

世界で貴方と私だけが正気なのです。

もう気づいていないフリはおやめなさい。」



『…俺は文明人だ。

オマエの提唱する雑婚を許容はしているが、好ましいとまでは思っていない。

女性の身体を褒賞品扱いするのも人道上間違っていると思う。』



「ええ、旧文明ではそうでしたね。」



『き、旧って…

オマエは本当に何を言っている?』



「今この瞬間に興っている新文明で勝つと申しているのです。

新たなるヴォルコフを私と兄さんで開闢するのですよ。」



『こんな砂漠で勝ちも何もあるかよ。』



「ふふっ、相変わらず狡猾なお方。

本当は砂漠で暮らしていく構想が頭の中にある癖に。

貴方って最低の卑怯者ね。」



『…。』



「やっぱりあるんだ♪」



『あのなあ、俺は為政者だ。

領地をより良く改善する責務を負っている。

緑化・機械化・地下化の腹案は持っていて当然だ。』



「流石は兄さんです♪

そうやっていつもいつも安全な場所で秘かに果実を独占なさるんですね。

我々女は貴方の様な卑怯者が大好きですよ。」



『ポーラ、勘違いするなよ?

タテマエ上の俺は貴族だが、この土地を封土と捉えてはいない。

あくまで俺はこの地を改善する為の行政官。

転封命令が出れば、後任者に引き継いで立ち去るからな。』



「ええ、前任領主は立ち去れば宜しい。

後任が来るという事は、土地改善が終わっているという事でしょう?

なら、その時点でこの地の国民が全て我々の末裔で占め終わっていれば良い。」



『…異常な発想だよ。

正気の沙汰ではない。』



「ヴォルコフはそうやって興った家です。」



『だから、それは神話時代の話だ。』



「兄さん。

今紡がれているのがその神話なのですよ。」



『人の世を記録したものが歴史。

それ以前を想像で補完したものが神話だ。

俺達は歴史に生きている。』



「あっはっはっはっは!!」



『何がおかしい。』



「人の世?

兄さんも大魔王も人外ではないですか。」



『…い、いやそれは。』



「兄さん、現実から目を背けるのはおやめなさい。

かつての世界は兄さんと大魔王の人外2人に破壊され終わりました。

何を他人事のように仰るのやら。」



『…俺は何も破壊していない。』



「ふふふ。

それを判断するのは、それこそ後世の史家ですよ。」



『…。』



「兄さん、いい加減に現実を認識なさってください。

大魔王の妻子も、ポールソン一族もまだ生きております。

つまり、世界にとっては現在進行形で神話時代なのですよ。」



『…。』



「本当は悟っておられるのでしょう?

1000年も経たないうちに、ポール・ポールソンが神格化される事を。

狗盗のヴォルコフ兄妹ですら末裔から狼神に祀り上げられてるのですから。」



『神格化なんて、その子孫だけが…』



「…。」



『…神も民も王も全て独占する気か?

一々おぞましい事を思いつく女だ!』



「ふふふっ。」



『何を笑うか!』



「私は兄さんの著作に忠実に振舞っているだけです。」



『俺はそんな論文書いていない!』



「うふふ、お馬ぁ鹿さん♪」



『!?』



「言いませんでした?

ワタクシ、兄さんの絵巻物にも目を通しているのですけど。」



『え?

いや、オマエはああいう趣味を昔から嫌っていたじゃないか。』



「でも兄さんの事は愛してますから、全著作に目を通してます。」



『それはおかしい。

オマエが児童書を買ってるなんて話は一度も聞いた事がない!』



「ハァ、愚鈍。

乳母だけが兄さんの部屋を掃除していたとでも思っているのですか?」



『え?』



「貴方、靴下一つ自分で畳めた試しがないではありませんか。

誰が兄さんのシャツを準備していたと思ってるのですか?

食べかけのお皿の片づけは?」



『あ、いや。』



「兄さんの著作は刊行されなかった物も含めて、私が一番読み込んでおります。

11社でボツになった《最強のボクが不思議パワーでスクールカーストの底辺から頂点にゴボウ抜き、チアガール部全員から告られちゃった》に至っては世界でワタクシだけが読了済です。」



『ちょ! オマ!

え!? 何で!?

いやっ!! 恥ずかしいだろっ!

勝手に読むなよ!!

俺の机見るなっていつも言ってるだろ!!!』



「読んでるワタクシはもっと恥ずかしかったです。

何ですか、あの劣等感の裏返しは。

弱者男性の典型ではありませんか。

少しは恥を知りなさい。」



『…はい。』



「それほど兄さんの著作を熟読している私ですから、私人としての兄さんの劣情と我欲を知り尽くしておりますし、考えた手口も履修済です。

ねえ兄さん。

今の出産構想、考えたのは貴方なんですけど。

何を常識人ぶっておられるのやら。」



『…。』



「認めなさい。

兄さんや大魔王は不正で得たアドバンテージを活かして女を独占するのが大好きなのです。

男の風上にも置けない卑怯者。

大魔王はチートなどと平然と嘯いておりましたね。」



『…アレは、フィクションだ。』



「ならば尚更!

いい歳をして、ああいうフィクションを執筆し続けている時点で、貴方にはああいう下劣な欲望があるのです。」



『…はい。』



「勘違いなさらないで下さいね。

責めている訳ではありません。

それが殿方の習性なのです。

ただ、兄さんには企画力はあっても実践する胆力が無かったから、ワタクシが代行してあげているのです。」



『…。』



「ちなみに、これから進める企画案も全て兄さんの著作から拝借致しました。

《突然貴族になっちゃった僕の領地には女の子しかいない!?

男女比1対9999999999人のハーレム領地経営》

…ストレートに欲望を綴り過ぎです。

せめてタイトル位は頭を使うべきかと。

出版されないのも当然ではありませんか。

アレは駄作でしたが、結果としてワタクシの戦略に幅を与えました。」



『オマエさあ、兄の没著作を勝手に読むなよ。』



「愛です。」



『いやあ、愛してくれるなら距離を置いて欲しいなあ。』



「比翼連理。」



『しつこい女だなあ。』



「だって兄さんの著作ではそういうヒロインが一番優遇されているではありませんか。」



『絵巻物と現実を混同するなよぉ。

…いや、俺が言えた筋合いではないんだがな。』



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



若き日の俺は芽が出ないながらも、経済学論文とファンタジー絵巻物を執筆し続けた。

当時は無為の日々に絶望していたものだが…

論文はクレアが、絵巻物はポーラがいつの間にか現実に落とし込んでくれていたらしい。



「おぞましい話でゴザルなあ。」



『だろ?』



「で?

今回のオチは?」



『俺の絵巻物と論文。

両方読み込んでるのがジミーだから、全部オマエにやらせるんだってさ。』



「…ポール殿。

拙者あの2人を何とかして欲しいと、ずっと申し上げてたでゴザルよね?

それも物心ついた頃から!」



『ゴメンって。

でも、アイツら俺のキャパ越えてるんだよ。

性格も揃って猛々しいしさ。』



「しかも裏で結託してますからな。」



『えー、アイツらいつから結託してるんだよ。』



「拙者の生まれる前からでゴザル。」



『怖っわ。』



「でも、拙者はどうすれば良いでゴザルか?」



『任せる。

だってオマエ宰相だし。』



「うーーん。

拙者の知っている宰相職とは業務内容が著しく異なりますな。」



『イレギュラーへの対処も仕事のうちって事にしておこうぜ。』



「はいはい。

じゃあ、温めていた名案を発表するでゴザル。」



『おお!!

流石は俺のジミー!!』



「スウ―― (覚悟の深呼吸)


ポールソンハーレム復活ッ!!!!

全員再集合して、ポールソン帝国を建国ゥ!!!」



『…無茶振りやめろや。

どこのキチガイの発案だよ。』



「ポール殿のデビュー作。

《本当は最強だったボク、無敵パワーで無尽蔵ハーレム!

9999人のヒロインと共に綴るラブラブ建国日誌》

からの引用ですな。」



『ちょ!

オマエ、あの話はするなって言っただろ!!

アレは若気の至りだよ!!!

殆ど流通しなかったんだからノーカン! ノーカン!』



「ちなみにあの本、皆で楽しく読ませて貰ったでゴザル。」



『あの頃オマエ幼年学校だろおおおお!!!!』



「いやあ、あんな哀しい妄想を見せられたから、ポール殿を放っておけなくなったのでしょうなあ。」



『大体、皆ってどういう事だよ!』



「いや、ポーラが持って来てくれたので、クレアや拙者で拝見したのでゴザル。

ヘルマン翁やドラン翁も頭を抱えておりましたぞ。

あ、あの時確かエルデフリダ殿もおられた気が。」



『みんなじゃねーか!!!』



「だから、そう言っております。」



『…恥の多い人生だった。』



「見てる分には面白いでゴザルよ?」



『見られてる俺は辛いんだよ!!!』



「で、それを踏まえた上の一発逆転策なのですがな?」



『あ、はい。』



「あの原稿、もう一度出版してみませんか?」



『え?

オマエ何を言ってるんだ?

あの原稿って、あの原稿?』



「はい。

《本当は最強だったボク、無敵パワーで無尽蔵ハーレム!

9999人のヒロインと共に綴るラブラブ建国日誌》です。」



『ちょっとまてーーーい!!!』



「刊行されば、確実に作品内容が再現されますぞ?

あの頃念願したキショイ妄想が現実になるのです。」



『いやいやいやいや!!!

ジミー!!!

いやっ、ジミーさん!!!

マジで勘弁して下さい!!!

死ぬっ! 恥死ぬゥぅ!!!』



「拙者達はもう死んだも同然の身の上でゴザル。

どうせ死ぬなら、最後に世界に一笑を贈りましょう。」



『笑われるの俺だけじゃん!!!

例によって!!』



「いい歳して泣かないで下さいよ。」



『泣くわ!!!』



「摂政殿下と新四天王。

言うまでもなく最強の布陣です。

帝国や首長国の建国譚を見ても、あそこまで圧倒的ではありませんでした。」



『…盤石ではあるな。

大魔王時代とは比べ物にならんよ。』



「ですが、お笑いポイントならポール殿が最強です!

歴史上に数多の英雄豪傑あれど、ポール殿ほど天下に笑いを振りまいた方はおられません!」



『単に笑いものにされてるだけだと思うんですが、それは…』



「ポールソン大公国の宰相権限を発動します!」



『…大公爵権限も調べておいてくれ。』



「作戦名!

【本当は最強だったボク、無敵パワーで無尽蔵ハーレム!

9999人のヒロインと共に綴るラブラブ建国日誌作戦】でゴザル!!」



『なげーよ。』



「じゃあ、【陰キャ妄想大作戦】で。」



『あ、やばい。

コイツ本気だ。』



「お喜び下さい!

25年の時空を越えてポール殿の夢を叶えて差し上げるでゴザル!」



『あれからそんなに歳を取った事がショックで死にそうなんだが。

そうか、25年かぁ。

もうそんなになるかぁ…

胃が痛くなってきた。

嫌だなぁ、俺も歳取ったよなぁ…』



「じゃあ、GOサインも出た所で

拙者は【陰キャ妄想大作戦】の準備に取り掛かります。」



『なあ、マジ!?

え? 嘘だよね?

俺、今年で42歳なんだけど?』



「ははは、そこは宰相権限ということで。

それでは失敬! ドヒューン♪」



『ちょ! 待て!

そのラクダでどこに行く!!!

ジミーーーーーッ!!!!!!


…ったく。

アイツも年々幼稚になって行くよなぁ。

誰に似たんだか。』




アイツの名前はジミー・ブラウン。

33歳バツ1。

俺と一緒に砂漠の果てに追いやられた。

ポールソン大公国の宰相と言えば何やら厳めしい響きだが。

かげがえのない俺の親友である。

【異世界紳士録】



「ポール・ポールソン」


コリンズ王朝建国の元勲。

大公爵。

永劫砂漠0万石を所領とするポールソン大公国の国主。



「クレア・ヴォルコヴァ・ドライン」


四天王・世界銀行総裁。

ヴォルコフ家の家督継承者。

亡夫の仇である統一政府に財務長官として仕えている。



「ポーラ・ポールソン」


ポールソン大公国の大公妃(自称)。

古式に則り部族全体の妻となる事を宣言した。



「レニー・アリルヴァルギャ」


住所不定無職の放浪山民。

乱闘罪・傷害致死罪・威力業務妨害罪など複数の罪状で起訴され懲役25年の判決を受けた。

永劫砂漠に収監中。



「エミリー・ポー」


住所不定無職、ソドムタウンスラムの出身。

殺人罪で起訴されていたが、謎忖度でいつの間にか罪状が傷害致死にすり替わっていた。

永劫砂漠に自主移送(?)されて来た。




「カロッゾ・コリンズ」


四天王・軍務長官。

旧首長国・旧帝国平定の大功労者。



「ジミー・ブラウン」


ポールソン大公国宰相。

自由都市屈指のタフネゴシエーターとして知られ、魔王ダン主催の天下会議では永劫砂漠の不輸不入権を勝ち取った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



異世界事情については別巻にて。

https://ncode.syosetu.com/n1559ik/


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異世界パート、楽しく読んでおります! 次に合流するのはシモーヌちゃんでしょうか? 武が必要な状況ですよね。 地球編も合わせ常に全裸待機中です!
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