【顛末記05】 軍務長官
ここは地獄だ。
『…熱い、死ぬ。』
そりゃあね。
世界で最も暑いと言われる永劫砂漠で身動き取れなくなったら死ぬよね。
俺の名はポール・ポールソン。
例によって死に掛けている。
それにしても熱いなぁ。
「いいじゃないっスか。
アロサウルスの親玉を倒したんだし、男の癖にみみっちいっスねえ。」
アロサウルスという中型の竜種が砂漠に発生するようになったのは2年前からと聞く。
実物は本当にデカいよ。
俺も最初に見た瞬間に心が折れたもの。
何せ奴らは直立歩行で高速走行し人に全く臆する事がない。
そのリーダー個体を討伐出来たのは僥倖なのだが…
砂漠の窪地に嵌ってしまった。
宮殿からの直線距離はかなり近いのだが、それでも永劫砂漠の太陽は普通に人を焼き殺す。
救援が来ることは分かっているのだが、それまで持たないなあ。
「ねえ、ポールさん。」
『何だね?
レニー受刑囚。』
「ひょっとして死に掛けてます?」
『うむ、見ての通りだ。』
「遺言あれば聞いておくっスよ?」
『大魔王の遺命に沿った社会を築くように。
ジミーに彼の公約集を纏めさせてあるから。
皆で集まって念入りに読み合わせて欲しい。』
「いや、そういう仕事の話じゃなくて。
もっと恋とか。
誰が好きとか。
勿論、本命はアタシっスよね?」
『あ、ドブネズミの養殖に関しては遊牧ゴブリンと相談しながら進める事。』
「アタシの存在ネズミ以下かーーーい!」
俺がこんな苦境に陥ったのには浅い訳がある。
レニーが面白半分にリーダー個体と交戦を始めてしまったからだ。
事情説明終わり。
「ちょっと待つっス!!」
『え? 何?』
「その言い方だとアタシが問題児みたいに思われるじゃなっスか!」
『実際、問題行動多いけどね。』
「ぐぬぬ。
敵を倒したんだからいいじゃないっスか!」
『悪いとは言ってないよ。
巻き添えで俺が死に掛けてるだけの話なんだからさ。』
「棘があるなあ。
大丈夫大丈夫、こっちの座標はみんなも把握してくれてるし救援に来てくれるっスよ。」
『まあな。
後は救助と俺の死、どちらが早いかの話だ。』
「最近のポールさん弱ってるからなあ。
多分、死にますね。」
『誰かさんのお陰でな。』
「まあいいいや。
ポールさんが死ぬ前に聞いておきたい事があったんスよ。」
『何?
国家機密に関する事は地獄まで持って行くぞ?』
「いやいや、そうじゃなく。
話の続き!
ヒロインレースの話っスよ。」
『さっきから君はこの状況で何を言っている?
俺、普通に死に掛けてるんだけど。』
「アンタが死に掛けなのは恒例行事じゃないっスか。」
『…否めないな。』
「アタシら女が聞きたいのは、アンタの恋愛総括なんスよ。」
『何じゃそりゃ。』
「だから。
ポールさんに一番好かれてるのは誰かって話。
ぶっちゃけ、誰が本命なんスか?」
『いや、こんな場面で急に聞かれても。』
「急ではないっスよ。
いつも、この話になった途端はぐらかすじゃないっスか。
死ぬ前にオチを教えて下さいっス。」
『…オチねえ。』
「誰が一番って決め兼ねてるんなら、個々に寸評コーナーどうっスか?」
『俺、無難なコメントしかしないぞ。』
「つまんねー男。
じゃあ、アタシは?」
『…結構好きかな。
第一印象が良かったし。』
「うっほ♪」
『他の子はねえ。』
「あ、スンマセン。
他のメス共の事なんてどうだっていいです。
アタシ、自分が愛されてりゃそれで満足な生き物なんで。」
『あのさあ。
せめて相棒のエミリーの事くらいは聞いてやれよ。』
「いやあ、自分が愛されてる事を確認した途端に、あんな女の事はどうでも良くなりました。
エミリーぃ? 聞き覚えの無い名前っスねえ。」
『酷い奴だなー。』
「女の友情なんてこんなモンっスよ?」
『そっかー。
酷い奴らだなあ。』
そんな下らない話をしていると新手のアロサウルスが現れ、俺達が嵌っている窪みに向かってノシノシと登って来る。
『あー、俺死んだなあ。』
「アレも始末しましょうか」
『頼む。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
当然、朝の時点ではアロサウルスとの交戦など予定に無かった。
それどころか、自分の中では今日をリフレッシュ日と決めており、岩場から出る気すらなかった。
丁度元嫁がサソリのピクルスを作ってくれたので、それをポリポリ齧りながら岩場の整備計画でも練るつもりで居たのだ。
「アロサウルスがうろついてるらしいッスよ♪」
レニーの報告が如何にも嬉しそうだったので、窘めたくらいである。
情勢が変わったのは遊牧ゴブリン達に割り当てている岩場に向かうと決めてから。
俺と懇意にしているィオッゴが補給を終え次第、氏族会議の出席の為に本拠に戻らなければならないと聞いたのだ。
そこまで急いで顔を合わす必要も無かったのだが、彼には直近で借りがあり、この状況で挨拶を欠かす不義理をしたく無かったのだ。
「まあ、大丈夫ッスよ!
アロサウルスの目撃地点はゴブリン岩場の反対側っスし。
挨拶が終わったらすぐに戻ればいいだけっス。」
主戦力のニックがリャチリャチ族の集落から戻るのは明日の昼。
ロベールも昨日の戦闘で使いすぎたMPの回復に専念させている。
なのでアロサウルスの討伐は明日以降と決めていたし、こちらから手を出す気は毛頭無かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「最後にMVPヒロインを選出するッス!」
『最後?』
「だってポールさん、今にもくたばりそうッスもん。」
『まあ、君が言うなら死ぬんだろうな。
暑さで意識が朦朧として来たわ。
視界もボヤケてるし。』
「マジっスかー。
アンタの余命5分くらいっスね。」
『…実りのない人生だった。』
「そうっスか?
ポールさんってヒロインに囲まれてる印象あるし、ぶっちゃけハーレム主人公じゃないっスか。
男としては勝ち組っスよ。」
『砂漠でこんな死に方する奴が勝ち組なのかな?』
「まあまあ(笑)
アタシがポールソン伝説を語り継いでおくっスよ。
安心してくたばって下さい。」
『あの太陽の揺れは涙が故か陽炎か…』
「それでは!
ポールさん!
発表お願いします!」
『発表?』
「MVPヒロインっスよ。
人生を振り返って、1番印象に残ったヒロイン!」
…オマエジャイ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
討伐と言っても本当に大した事はない。
砂丘を駆け上がって来たリーダー個体の足元をスキルで消しただけの話である。
完全に体勢を崩したアロサウルスは、頭から真っ逆さまに地面に叩きつけられた。
余程打ち所が悪かったのか、断末魔の悲鳴を挙げて痙攣をしていた。
「ギャハハハ!
アタシが介錯してやんよ!」
そこにレニーが爆笑しながら残忍な追撃を加え続けただけの話。
トドメの炎弾を撃っている時のこの女の表情があまりに獰悪で内心戦慄したのだが、冷静に考えれば生物としてはコイツの方が圧倒的に正しいので、否定が難しい。
「いやあ、ポールさん!
流石っスねぇ!
大手柄ですよ!」
『え?』
「やだなー、リャチリャチ族も言ってたじゃないっスか。
アロサウルスのリーダー個体に戦士が何人も食い殺されたって!」
『ああ、そんな話もあったな。』
「もー、すぐにすっとぼけるんだから♪
アンタは強敵を倒した英雄っス!
あの武勇!
惚れ直しました!」
『いや、足場崩しただけだし。
トドメは君だし。
あれを武勇とは呼ばないんじゃない?』
「あははははは!
本当に何にも分かってないっスね。
何が武勇かは女が決めることっス!
それにしても♥
スキル使う瞬間のアンタの顔、やっぱり男の人っスよねえ。
思い出しただけでゾクゾクするッス。」
なるほど。
男が勝手に嘯く事ではないな。
「いやあ、今日はいいモン見れたッス!
最高の1日っスね!」
『そうか?
俺はこのピンチにパニックになってるんだが?』
アロサウルスから身を守る為とは言え、足場を崩した所為で俺達の位置も大きく下がった。
そして更にレニーが暴れたので、かなりヤバめの窪みに嵌ってしまったのだ。
どれくらいヤバいかと言えば、角度的に砂丘に登れない。
控え目に言って詰みの場所に落ち込んでしまったのだ。
「あー、わかったっス♥
さては、自分を犠牲にしてでもアタシだけを助ける方法を考えてるっスね?
いやぁ、女冥利に尽きますなぁ。」
『いや、冷静に考えたら俺達がここで死んだ方が社会全体にとって有益なんじゃないかと。』
「うっわ、酷え。
アタシが死んだら皆悲しむっス!」
『皆って誰だよ?』
「いや、居るでしょ。
ポールさんとかポールソンさんとか。」
『…まあ、寂しくはなるかな。』
「えへへー♪」
甘えてるつもりなのか、レニーが俺にもたれかかって来る。
色々と言いたい事は溜まっていたのだが、華やかなのは悪くないと思った。
そして話は冒頭に戻るのだ。
この後無事に救援されるのだが、その役に立ったのがレニーの人間離れした大音声である。
か細いなりに俺も頑張ったのだが「ボソボソ邪魔ッス」っと肩パンされたので黙った。
やっぱりね、世の中バイタリティが全てだからね。
俺みたいな陰キャ野郎は文明に庇護されてないと駄目だね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「何やってんだ! アンタは!」
急遽駆け付けて来たニックに怒られる。
『…ゴメン。』
「ゴメンじゃねーよ!
毎回毎回面白いことしやがって!
この英雄野郎が!!!」
『え? 英雄?』
「リャチリャチ族や遊牧ゴブリンにとってはな。
言ったろ、あのリーダー個体にかなりの数の同胞が殺されたって。
神様みたいモンだぜ、アンタは。」
『威厳のない神様ですまないねぇ。』
「いいんだよ、神様なんてヌルい位で。
…現世は十分厳しいんだからさ。」
俺を介抱しながらニックが言葉を濁す。
まあな。
統一政府があんなにも苛烈な姿勢だからな。
神様くらいは、俺みたいなボンクラの方がいいのかもな。
今の世界情勢。
良い訳がない。
突如、降って沸いた大魔王による天下平定事業。
若き怪物は惜し気なく世界に莫大な富を与え、一顧だにせず世界から去った。
この時点で既に異常。
当然、長らく続いた均衡があっさり崩れた。
普通なら大混乱状態になってもおかしくない状況なのだが、政権を継承した摂政殿下と新四天王が若年の身にも関わらず驚異の大車輪。
統一政府を軌道に乗せつつある。
つまりは、あり得ない無理を重ねたということ。
あり得ない数の人間が殺された。
政治的には正しい。
口が裂けても言えない事だが、統一政府の殺戮劇は政治的に極めて正しい。
その証拠に世論は摂政殿下を内心激しく嫌いながらも統一政府の継続を強く願っている。
そりゃあそうだ、何せニ公八民の政権が誕生したのである。
俺が市井に居たとしても統一政府を支持しただろう。
貴族をサクサク殺してくれるのも、本心では喜んでるに違いない。
彼らが死ねば占有していた所領が人民に再分配される。
低家賃の公営住宅や格安レンタル農地が増えるなら最高だもんな。
「兄貴、また余計なこと考えてるだろ。」
『世界情勢に思いを馳せていた。』
「うん、一般的には美徳だけど兄貴に限っては(バッテン)。」
『なーんか世界は俺にだけ厳しいんだよなあ。』
「実は楽しんでるんだろ? 今の生活。」
『享楽の代償が重過ぎだとは思うけどな。』
まあ、この激動の世界情勢から見れば今日の砂漠遭難なんてピクニックみたいなもんだ。
救出されて冷静になってみれば、これまで潜った修羅場の中ではイージーな部類だったような気がする。
そうだよなあ。
一時は俺、異世界から来た大魔王とウロチョロしてたんだもんなぁ。
うん、あの時に比べたら今日の短時間遭難なんて語るまでもない平凡事だもんな。
愚かな俺は砂漠もアロサウルスも明日には忘れてしまうことになる。
だが、これこそが痛恨事だった。
まさか砂漠の果てのこんな小事件をプロファイリングして、俺の現状を把握する奴が居るなんて想像もつかないじゃないか。
結果として、今回の件を捕捉された事が致命傷となった。
何とここは地獄の入り口ですらなかったのだ。
相手は現役四天王にして統一政府唯一の元帥号保持者。
魔王から兵権を与えられた軍務長官。
政府草創の大功労者。
カロッゾ・コリンズ。
【異世界紳士録】
「ポール・ポールソン」
コリンズ王朝建国の元勲。
大公爵。
永劫砂漠0万石を所領とするポールソン大公国の国主。
「クレア・ヴォルコヴァ・ドライン」
四天王・世界銀行総裁。
ヴォルコフ家の家督継承者。
亡夫の仇である統一政府に財務長官として仕えている。
「ポーラ・ポールソン」
ポールソン大公国の大公妃(自称)。
古式に則り部族全体の妻となる事を宣言した。
「レニー・アリルヴァルギャ」
住所不定無職の放浪山民。
乱闘罪・傷害致死罪・威力業務妨害罪など複数の罪状で起訴され懲役25年の判決を受けた。
永劫砂漠に収監中。
「カロッゾ・コリンズ」
四天王・軍務長官。
旧首長国・旧帝国平定の大功労者。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
異世界事情については別巻にて。
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