【顛末記02】 世界銀行総裁
「ポール殿ぉ。
ごはんですぞー。
今日はポール殿の好物の毒サソリの殻を焙ったものですぞー。」
洞窟のリビング部分からジミーの声が聞こえる。
『はーい。 (ドタドタドタ)』
食卓には、弟分・義弟・妹・妹婿が揃っている。
「兄貴、状況はどうだ?」
『いつも通り最悪だよニック。』
「ポール殿。
もうオアシスに近づいてはなりませんよ。
今、カロッゾ殿に襲撃されたら、ひとたまりもありませんからな。」
『近づかないよ、ジミー。』
「兄さん、廃嫡されたままいつまでゴロゴロしているんですか。
ワタクシ、今日も兄さんの醜態を思い出して苦悶致しましたわ!」
『ゴメンな、ポーラ。
明日から本気出すよ。』
「ポーラ、義兄さんには義兄さんの考えがあるんだよ。
申し訳ありません、義兄さん。」
『いや、ロベール。
悪いのは俺だよ。
こちらこそ、実務を君に丸投げでごめんね。』
いつもと似たような会話が終わり、俺はジミーがよそってくれた毒サソリの殻をボリボリ嚙み砕く。
「ポール殿。
明日こそはドブネズミの肉を見つけましょう。」
『うん、そろそろ哺乳類が食べたいよね。』
「頑張って探してみます。
味変用のコケを取って参りました、ポール殿。」
『うん、お皿の端っこにプチュっとして。』
「畏まりましたでゴザル、ポール殿。」
『ありがと。』
「ジミー!
兄さんを甘やかすのはやめなさいっていつも言ってるでしょう!!」
「も、申し訳ありません、ポーラ姫。」
「まあまあ、義兄さんも居城の中くらいはリラックスしたいんだよ。」
「いっつも兄さんはリラックスしてるでしょ!!」
俺は急いで食事を平らげると、そのまま玉座の間に逃げ込んだ。
(ドタドタドタ)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺の名前はポール・ポールソン。
42歳バツ1。
所領に領民は居ない。
ポールソン大公国の君主と言えば聞こえはいいが。
要は流刑中の窮死寸前おじさんである。
何だよー、その目は。
大公爵が流刑地で死に掛けてるのが、そんなにおかしいかよ。
…色々、事情があるんだよ。
聞いて。
俺の言い訳聞いて。
統一政府って実質的に摂政殿下の独裁政権なんだ。
俺、その殿下に憎まれてるからさあ。
いつ殺されても不思議じゃないのね?
だから流刑地で粛清に怯えているんだよ。
いいじゃん、俺は廃人だし。
まあ血脈はロベールが残すと思うけどさ。
普段何をしてるかって?
居城から抜け出して鼠探しをしたりするかな。
モンスターの模型趣味が意外に役に立ってる。
ほら見て、毒カメレオンの死骸。
結構、肉付がいいだろ?
これに可食部があるって模型作りを通じて知ってたんだぜ?
次はいつ食えるかなあ。
うーん、サンドワームは滅多に見ないしな。
毒サソリは食べ飽きたしな…
こうやって食料調達計画を立てている時が一番悲哀を感じるね。
砂漠に居る限り、俺の余命は冬の夕焼けよりも僅かだ。
「ポール殿ー、来賓ですよー。
総裁閣下が来られてます。」
…更に問題発生。
どうやら俺の寿命は更に縮むようだ。
「遅いぞ兄貴。
総裁閣下を待たせるな。」
『ごめんよニック。
…そして御無沙汰しております、御当主様。
アポを頂ければお迎えに上がりましたのに。』
「まあまあニック君。
こうやって廃嫡長男の顔を見れただけでも私は幸福なのよ。
廃嫡長男❤
今にも死にそうな顔をしてるわね♪
とってもチャーミングよ。」
『俺は生き汚いんだよ。
さっきも妹に説教されていたところさ。』
「うふふ。
ポーラには廃嫡長男の真価がまだ見えていないようね。
山は巨大であるが故に麓にいる者には全貌が見えない。
仕方のない事だわ。」
『…。』
「兄貴、折角総裁閣下が来てくださったんだ。
早くお酌をしろ!」
俺は無言で、年下の幼馴染にサソリ酒を注ぐ。
この女との付き合いもいい加減長い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人相に浮かぶ性根の悪さが隠せないクレア・V・ドラインは俺の幼馴染である。
向こうの方が一回り年下なので、昔の俺は兄貴風を吹かせていた。
だが、今や彼女は俺の母方の実家・ヴォルコフ家門の惣領である。
故に、俺もこの女には日頃から平身低頭している。
クレアが定期的に恵んでくれる物資が無ければ、恐らく俺達は生存出来ていない。
「ねえ、廃嫡長男。
これ合衆国から献上された葉巻なの。
恵んであげるわ。
ポーラには道中で拾った石ころをプレゼント。
ジミーはヘンリエッタと別居2周年だったと思うから、この離婚届を。
それぞれの前途が幸福であれば良いわね。」
子供の頃から薄々思ってたことだけど。
この女、俺に意地悪してる時が一番機嫌良いよな。
『なあ、クレア。
度々来てくれるのは助かるんだが。
世界銀行総裁としての業務はいいのか?
それに、本来四天王は魔王様に近侍しておくべきだろう。』
「別にいいんじゃない?
摂政も私を大奥衆と接触させたくないみたいだし。」
『…。』
「それに、財政家としての私は、かなりいい仕事してるわよ。
うふふふ。
まさか、誰かさんの書いた論文を実現出来る日が来るなんて思わなかったかな。」
『…オマエはいい仕事をしてくれている。』
「~♪」
クレアは強引に俺を抱き寄せると力づくで唇を奪う。
「うふふ。
あの頃の夢が叶っちゃったね❤」
『…夢というのは、皮肉な形でなら幾らでも叶う。』
何がおかしいのかクレアはサソリ酒を片手に笑い続けていた。
かつて俺が提唱した急進的な再分配論。
発表当時は皆から嘲笑され排撃されたものだが…
執筆を隣で見ていた少女が実現してしまった。
今ではこの女が世界を嘲笑し排撃する側に回っている。
幸か不幸か、大魔王と俺は政治理念が近かった。
軍事観はそうでもないが、経済観に関してはほぼ同一と言っても過言ではない。
不思議と大魔王は俺が院生時代に提唱した学説と似た政策案を公約にしてた。
俺が大魔王をスムーズに支援できたのは価値観の近さが故かも知れない。
で、俺と大魔王の経済政策の近さは、クレアと摂政殿下に引き継がれた訳だ。
人間的な相性があそこまで悪いにも関わらず、政治的な親和性は最高の2人。
大魔王降臨や統一政府樹立に伴う経済的混乱は急速に収拾されつつある。
いずれにせよ、俺と大魔王の理想はいともたやすく実現してしまった。
実現に殆ど携われなかったのは残念だが当然。
俺達の様な理想屋は、理想を具現化するのに途方もなく向いていないからである。
向いているのは、冷徹極まりない機械の様な実務家なのだ。
摂政殿下を筆頭に懐刀のカロッゾ、そしてこのクレア。
統一政府にはそんな情緒を微塵も持たないメンバーが揃った。
故に最短で変革は成功したのだろう。
おめでとう。
俺は時代の革新を祝福する。
そして少しでも早く時が流れて、今回味わった未曽有の流血の痛みを人類が癒すことを願っている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
皆でラクダで一番高い砂丘に上る。
ポーラとクレアが背後でキーキー騒いでいるので、砂嵐の接近に気付くのがやや遅れてしまった。
数十年見慣れたこの光景である。
『それで総裁閣下。
憲法上は我が大公国にも検地は必要ですが、どうされますか?』
「キーキーキー!」
「キーキーキー!」
コイツラ本当に仲が良いよな。
女同士水入らずで俺の視界から消えてくれないかな。
『元首の私ですら国土の1%も把握出来ていないのが現状です。』
「キーキーキー!」
「キーキーキー!」
『いやあ、総裁閣下が視察を堪能して下さって何よりですなあ。
…ロベール、お姫様が宮殿に戻られるようだ。』
「ええ兄さん。
先に《ひんやりとした岩場》に戻っております。
ほら、ポーラ。
行くぞ。」
「ぷいっ。」
「ポーラ姫、宮殿に戻りますよ。」
「仕方ないわねえ。
舞踏会の準備もあるし、戻るとしますか。」
「何が舞踏会よ。
アンタ、昔っから廃嫡長男にしがみついてただけじゃない。」
「何ですって!」
「「キー! キー! キー!」」
大自然はいいねえ。
政治の汚穢に塗れた俺達を童心に戻してくれる。
砂丘の頂上から広がる大砂漠を眺めながら、本心からそう思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて本題。
仕事の話を始めましょう、廃嫡長男。」
『ああ、わざわざ来てくれてありがとうな。』
「砂漠が急速に拡大している現象。
こちらでも確認したわ。
報告を聞いた摂政もその場で本件を危機レベルAに引き上げたくらい。」
『レスポンス早いな。』
「だから。
あの子は世界一政治に向いてるんだって。
その証拠に貴方をまだ殺してないでしょ?」
『…君が助命嘆願してくれているおかげと聞いた。』
「そりゃあね。
出来損ないの廃嫡者を庇ってやるのも家長の義務よ。」
『ありがとう。』
「でも、これだけは覚えておいてね?
不始末を仕出かした慮外者を粛清するのも私の義務だから。」
『…肝に銘じよう。』
永劫砂漠の存在は有名だ。
子供向けの絵本の定番だからな。
幼き日の俺はマーサに何度も永劫砂漠の絵本を読んで貰う事を強請ったし。
少し大きくなってからは、ジミーやクレアに読んでやった事もある。
何でも飲み込む灼熱の大砂漠。
そのどこかに存在する黄金郷を手に入れた者は全世界の王となる。
そんな幼稚な御伽噺。
ソドムタウンの子供達は、みんなこの物語で想像力を育み大人になる。
もっとも、こんな御伽噺は幼年学校に入学する頃には自然に忘れてしまう。
何せ永劫砂漠は自由都市同盟の北方を覆っていた帝国の更に北東に広がっているのだからな。
最北部に住む帝国人が砂漠から飛ぶ黄砂に悩まされているという話を聞いた事はあるが、遥か遠くに住まう俺達には何の関係もないことだった。
大学で地理学の講義を履修していれば、多少は関心を持つかも知れない
自由都市人にとって永劫砂漠とはその程度の認識である。
俺だってこうやって赴任(配流)させられるまで何の興味も無かった。
「ねえ、廃嫡長男。
貴方の言っていたアンデット系モンスターってアレ?」
不意にクレアが左前方を指さす。
そこには砂中から出現する寸前のスケルトンバッファローの姿があった。
『ああ。
最初は永劫砂漠の日常風景かと思ったんだがな。
遊牧ゴブリン達曰く、ここ最近の現象らしい。
この1500年ほど砂漠を渡っている彼らだが、アンデット系モンスターはどの部族の伝承にも存在しなかったらしい。』
「なるほど、ね。
で?
アレの危険度はどう見るの?
モンスター博士さんとしては。」
『個々に関してはさしたる脅威を感じない。
骨が剥き出しだから簡単に四肢を砕けるし、炎上させれば動かなくなる。』
「…それでも脅威と?」
『摂政殿下にお伝えしてくれ。
砂漠の拡大現象とアンデットの発生に因果関係があった場合、事態が悪化する恐れがある、と。
宮殿に提出用の資料と報告書を用意してある。
忘れず持ち帰って欲しい。』
「了解。
ねえ、アレ撃ってみていい?」
『駄目だ。
軽薄な真似をするな。』
「あのねえ。
クュ07から聞いたけど、四天王って元は武官でしょう?
モンスター討伐くらい業務の範疇だと思うわよ?」
『…俺は女が武器を振り回すのは好きじゃない。』
「聞かなかった事にするわ。
2度とそんな大それた事を口にしては駄目よ。
現体制への叛逆と見做されるから。」
『…かもな。』
「まあいいわ。
どのみち、脅威度は知りたいからね。
あのスケルトンバッファローとやらを討伐してみて頂戴。」
『矛を収めてくれるのか?』
「廃嫡長男の前だし、しおらしくしておくわ。」
『…どちらかと言えば、俺以外の前でこそおとなしくしておいて欲しいのだがな。
まあいいい。
剣で砕く!
下がってろ。』
俺はラクダに軽く鞭を入れる。
流石に遊牧ゴブリンの調教した軍駱だけあって未知のモンスターにも臆さず突撃してくれる。
『ハッ!』
すれ違いざまに鞍上から頸椎に剣を振り下ろす。
やや固いな…
『…もう一撃、行くぞ。』
優しく背を撫でるとラクダは意図を汲んでくれたのか、再度スケルトンバッファローに突進してくれる。
敵は角を振りかぶろうとするが、それより先にすれ違いざまに頸椎部分を強打した。
振り返ると、既に頭蓋骨は落ちており、スケルトンバッファローは断末魔代わりの微痙攣を起こしていた。
俺は落ちた首を回収してクレアに検分させる。
「お見事。」
『いや、コイツが至らない乗り手をケアしてくれているだけさ。』
「ねえ。
まだヒクヒクしてるけど。
アレは死んだの?」
『放置した場合、1時間ほどで完全に沈黙する。』
「アンデットも死ぬのね。」
『…それを死と定義するならな。』
「随分、引っ掛かる言い方をするじゃない。」
『そりゃあ、この現象に引っかからなければ…
職務怠慢だろう。』
「そうね。
貴方の魔王様に対しての忠節。
摂政にしっかり伝えておくわ。」
『将たる者の忠誠は、ただ職務に捧げられるべきものだ。
上官に気に入られる為じゃない。』
「あらあ。
随分骨のあること。
そういう表情、もっと早く私だけに見せて欲しかったわ。」
『俺を都市で武張るような馬鹿と一緒にするな。』
「…うふふふふ。
来た甲斐があったわぁ❤」
『?』
「了解。
魔王城に帰還次第、摂政に復命するわ。
この事態を過小評価させないように働きかければいいのよね?」
『ああ、頼む。』
「…一応警告しておくわね?
摂政が貴方の建言を採用するという事は、カロッゾが来るということよ。」
『…だろうな。』
「貴方とカロッゾが対立した場合…
私は四天王として向こう側に加勢する義務がある。
いえ、ヴォルコフの家長として貴方を粛清せざるを得ない。
それだけは覚えておいてね。」
『…お手柔らかに。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、宮殿に俺と戻ったクレアはポーラと一通りキーキーじゃれ合ってから、部隊を率いて文明圏に戻って行った。
実務的な話は、クレアの幕僚団と弟達が済ませていた。
高速運河も開通したというのに、随分慌ただしい事である。
『なあポーラ。』
「何ですか兄さん。」
『オマエ、もう少しクレアと仲良く出来んのか?
いやこの40年くらいずっと同じ事を言ってる気もするんだが…』
「だってあの子、ワタクシから兄さんを盗ろうとするんですもの。」
『友人を泥棒呼ばわりは良くないなあ。』
「現に家督を盗られてしまったでしょう?」
『まあ、多少の語弊はあるが…
見ようによってはそう見える可能性もあるかもな。』
「それだけじゃないわ。
四天王の座も盗られてしまったじゃない。」
『それは仕方ないよ。
コリンズ王朝の代替わりに紐づいた人事なんだから。』
「後、管財人の地位も盗られてしまったでしょう?」
『うーん。
大魔王の遺命をないがしろにするつもりはないけど…
あれだけの大金を個人が管理するのは不健全だよ。
家督ごと世銀が吸収したのは好手だったと思うぞ?』
「そうやって兄さんの気持ちを盗んでいくから、あの子嫌ーい。」
『別に盗まれてはいないよ。
俺の妹はポーラだけさ。』
「本当に馬鹿ね兄さんは。」
『?』
「ワタクシがあの子から守りたいのはその座じゃないの。」
『???』
「まあいいわ。
あの子は敵の中ではまだ可愛気のある方だから。
こうして、出産祝いも寄越してくれたしね。」
『そこらで拾った石ころだろ?
よくそんなものを土産に出来るよな、アイツ。』
「馬鹿ねえ兄さんは。
冗談の通じるところを見せられちゃったら、拳の降ろし所が無くなるのよ。」
『まあ、アイツはそこら辺のヘイトコントロールが上手いよな。』
冷静に考えればクレアは俺から全てを奪った女である。
管財権や家督は兎も角、母親まで奪われた。
憎しみの感情が沸かないのは、俺のそれらへの関心が薄かった所為だろう。
(後、俺の師をその最期まで愛してくれた点には感謝しかない。)
奪われて腹が立つのは、せいぜい眼前のポーラくらいのものだ。
忌憚のない感想を述べよう。
クレアがあれ程の栄華を手に入れながらも、この愚妹の喧嘩友達で居てくれるのは率直に嬉しい。
こうも身近な幸福を言語化するのに40年も掛かってしまったのは、我が不徳の致す限りである。
【異世界紳士録】
「ポール・ポールソン」
コリンズ王朝建国の元勲。
大公爵。
永劫砂漠0万石を所領とするポールソン大公国の国主。
「クレア・ヴォルコヴァ・ドライン」
四天王・世界銀行総裁。
ヴォルコフ家の家督継承者。
亡夫の仇である統一政府に財務長官として仕えている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
異世界事情については別巻にて。
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