【廃棄文書03】 蛮習
驚嘆すべき事に、密林の中には簡易ながらも道らしきものが敷設されていた。
僕達の進路上の両側。
巨木が外向きに倒されていたのだ。
一定間隔で括り付けられていた赤い布は復路の為の目印であろう。
「わ、我々が駆除しているがロングスネークが想定以上に多い。
ち、注意されたし。」
進路上から駆け戻って来たナギャ曹長は、手短に情報提供をすると後方に展開しているであろう首長国探検隊を目指して走り去ってしまった。
伝令の鑑であるとは思う。
ただ幾ら彼が森林民族とは言え、その負担は明らかに過大であるように見えた。
『皆さん、聞いた通りです。
ロングスネーク避けの為にも金属音は絶やさないようにしましょう。
ドランさん。
この季節のジャンピングコングの群れは、こちらから手を出さなけば襲って来ないのですね?』
「ああ、大凡20メートルを目安にしてくれ。
向こうの縄張りに接近すれば、胸を叩いてドラミングを始めるが、それはあくまで威嚇なので離れれば問題はない。
但し、投射兵器は絶対に使うな。
弓や礫を射かけてしまうと、群れ総出で反撃されるぞ。
あくまで不干渉を徹底しろ!」
『「「了解!」」』
悔しいが流石は天下のモロー銀行である。
この困難なミッションに最良の人材を送り込んで来た。
「ああ、勘違いすんなよ。
あくまで俺の依頼主はクレア嬢ちゃんだから。
情けない話だが、居酒屋のツケを立て替えて貰った弱みもあって逆らえんのだ。」
どこまでがジョークなのか分からないが、ドランは実に愉快そうな表情でそう言った。
そうだな。
同じ翻弄されるなら、ファナスティックな上官よりも可憐な少女に、だよな。
いずれにせよ、帝国外人部隊の協力的な姿勢とドランのモンスター知識もあって、我々は驚くほど簡単に中間ポイントに到着する事が出来た。
山民少尉は不在だったが、部下の民族兵たちが測量や設営を行っていたので、頼み込んで手伝わせて貰った。
手伝うと言っても、彼らの手際が見事過ぎて僕らが口を挟む余地など殆ど無かった。
だがそれでもアランの火魔法を彼らが重宝してくれたので、こちらとしても大いに面目が立った。
(願わくば社交辞令ではありませんように。)
洞穴民族のカラカラ兵長が土崖を真横に掘ってセーフゾーンを作っていたので、僕も稚拙なりにシャベルを振るった。
(流石に何もせずに見物しているのは心苦しいからね。)
「少尉、アナタハエライ人。
コンナ仕事サセラレナイ。」
『…私は、こんな風に他国人を気遣って下さる兵長達の方が余程立派だと思います。』
「オレ、隊長ニ指示サレタダケ。
最初ハ王国助ケル、意味ワカラナカッタ。
デモ、少尉ガ手伝ッテクレルノ見テ…
少シ隊長ノ言イタイ事ワカッタ。」
僕が彼らの上官たる山民少尉を褒めると、カラカラ兵長も嬉しそうに笑い、何度も握手を求めて来た。
好ましく映る反面、孤立が絆を産んでいる構図が見え隠れし、彼らの前途を少し不安に感じた。
横穴を掘り終わったカラカラ兵長は、跪いて均した土に接吻をした。
「少尉!
コレは野蛮人ノ風習!
本国デモ笑イモノニサレテイル。
文明人ガ真似ヲシテハ駄目!」
『申し訳ありません。
ただ、兵長の行為への趣旨には賛同出来てしまうんです。
自然への敬意とか、そこに人間の都合で手を入れてしまったお詫びとか。
きっと洞穴民族の皆さんは、あまり自然に手を加える事を良しとしない価値観をお持ちなのですね。』
「親ガ煩イカラ従ッテイルダケ。
好キデコンナ蛮習ナンカ…」
『気分を害してしまったのであれば謝罪します。』
「…悪イ気、シテナイ。」
カラカラ兵長とは横穴を掘る際のこの様な雑談で少し打ち解けられた気がする。
その証拠に《ミミズのガム》なる珍品をこっそり分けてくれた。
これは洞穴民族にとっての数少ない嗜好品であり、ドブロクに漬け込んだミミズを乾燥させたものとの事である。
気付け効果があるので、夜勤時の睡眠防止や長期戦闘中の集中力維持に用いられるということ。
試しにクチャクチャ噛んでみると、「本当ニ噛ム奴ガ居ルカ!」と怒られてしまう。
兵長曰く、文明人は野蛮人の真似をしてはいけないらしい。
「キャリアヲ大切ニシロ!」
と念を押される。
皆からいつも言われている事なので耳が痛い。
さて。
兵長曰く、山民少尉は台地へのアタックルートを選定に向かったという。
接近して分かった事だが、台地は四方が切り立っており、尋常の手段では取り付けそうにもなかった。
ただ彼らによると、山民少尉の《山読み》の勘は神懸っており初見の高峰ですら走破ルートを発見する異能を持っているとのこと。
上官には全幅の信頼を置いているのだろう、民族兵たちは「登山ルートは隊長が決めた通りが一番」と口々に満面の笑みで主張した。
『…私も隊長殿を信じます。
なので、帝国側のサポートに回りたいのですが、何か必要な物はありますか?』
「き、気持ちは嬉しいが…
そ、それは申し訳ない。」
『隊長殿にだけ甘えていては、こちらも心苦しいです。
何かあれば。』
民族兵たちは額を合わせて相談していたが、《復路の保全を頼んでも良いだろうか?》と遠慮がちに尋ねて来た。
往路で追い散らしたロングスネークが道に戻ってきて居座る事を彼らは警戒していた。
確かにそうである。
プテラノドン討伐が長丁場になった場合、補給と増援、そして負傷者の搬出は全てこの簡易道路で行う。
退路の確保は怠れない。
僕はドランとケヴィンを残し、アランを連れて復路の整備に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なあ少尉。
一個謎なんだけど。」
『はい?
何ですか?』
「どうして帝国に手柄を渡そうとするんだ?
この辺はウチと領有権で揉めてるんだろ?
もっとPRしなきゃ!
世界的にも注目されてるんだからさぁ。」
『…少し政治の話になってもいいですか?』
「お、おう。
俺でも解る様に教えてくれ。」
『まず大前提として、彼ら帝国外人部隊だけで今回の任務は十分遂行可能です。
アランさんも内心そう思うでしょ?』
「そ、そりゃあアイツらは自然の中で暮らしているような連中だから。
こういうサバイバル要素の強いミッションは得意だろうけど。」
『彼らが単に自然生活を営む民族ではなく、戦士としても相当な上澄みである事も理解しておられますね?』
「まあな。
ずっと走り回ってる癖にアイツら全然バテてねえ。
どういうスタミナしてんだかって話だよな。
それに全然隙が見えない。」
『ええ、彼らは飛び抜けて優秀です。
何よりリーダーが卓越している。
彼、有翼ですよ?』
「そ、そうなのか!?
擲弾戦隊と並び称される最強部隊じゃないか!?」
『…擲弾は兎も角、そのレベルの猛者です。
無論、単に戦士として秀でているだけでなく、部下達の信頼を勝ち取っている。』
「だよな。
チームワーク感じたよ。」
『なので、我々の仕事は彼らの邪魔をしないこと。
彼らの指示に的確に従い、少しでも帝国外人部隊が動きやすい態勢を作る事。
それが今回の私の方針です。』
「いや、確かにその方が作戦は上手く行くと思うけどさ。
手柄を挙げなけりゃ、コクサイシャカイにPR出来ないだろ?」
『うーーーん。
皆さんよく《国際社会にPR》と仰いますけど。
それって、端的に言えば《資本家の承認が欲しい》どいう事ですよね?』
「まあ、認めたくは無いが…
そうだよな。
…今の時代、ソドムタウンの金持ち共に反発されたら何も出来ない。
俺の親父はいつもそう言っているくらいだ。」
『であればこそ。
我々現代の軍隊は彼ら資本家の評価軸に沿って部隊行動を行うべきだと思うのです。
そして、ここからが本題。
彼ら資本家の評価ポイントは我々軍人とは真逆です。』
「え?」
『彼らの評価軸は問題解決への貢献度。
手柄争いのようなネガティブ行為には厳しい減点がなされます。』
「…まあ確かに、金持ち連中は無駄を嫌うよな。」
『軍隊では無駄な仕事を生産する人間が評価されます。
何故なら彼らはタックスイーターなので、仕事をするフリをしていないと面目を保てないのです。
逆にタックスペイヤーたる資本家階級は無駄を憎みます。
盗まれた税金をドブに捨てられるのは腹が立つでしょうから。』
「…あのさあ。」
『はい?』
「その発言、かなりヤバいからやめとけよ。
クソガキの俺ですら危機感を感じるぞ。」
『肝に銘じます。』
「要するに、手柄の取り合いをしない方が資本家連中から評価されるって言いたいんだな?
その方が王国の国益になる、と。
それは理解したよ。
俺も妙な真似はしねえ。」
『ありがとうございます。』
「だが、アンタの上官はどうだ?
そういう理屈に納得してくれるタイプか?」
僕は総督閣下のヒステリックな言動を振り返る。
『…さっきの発言だけでも軍法会議ものでしょうねぇ。』
「駄目じゃねーか!」
わかっている。
だが、国際問題に本気で取り組みたい時に軍隊がししゃり出るのは百害あって一利ない。
軍隊はあくまで部品。
作業員に徹する場合のみ存在価値はある。
だが、残念ながら役立たずに限って自我が強い。
特に総督閣下は《軍もまた社会を構成するパーツの1つに過ぎない》という事実を受け入れる事が出来ない人だ。
『なので、今から保身の為に仕事をするフリをします。』
「大人の癖に嫌味な言い方すんなよ。」
『私も子供なんですって。
何せ軍隊なんて大人の幼稚園ですから。』
「聞かなかった事にしてやるから、他の奴の前じゃその表現絶対にやめろよ。
アンタは卒園しろ、いいな!?」
『ははは、お手厳しい。
ねえアランさん。
往路のロングスネークを全て殺害したら、仕事をしたように見えますか?』
「アンタ、何を言っている?
全部?
このウジャウジャしたのを全部?」
『ええ。』
「…スキルか? スキルなんだな?」
『出来れば内緒にして欲しいです。
あまり見られたくないもので。』
「わかった。
俺はさっきの岩場でテント用の整地をしておく。
集合地点は多い方がいいだろうからな。」
『助かります。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、ようやく一人になれた。
こういう討伐系のミッションは、僕一人でやる方が成功率高いのだが、組織に属してしまうと中々単騎では動かせて貰えないよな。
世の中には絶対に知られてはならない手の内というのが存在する。
僕の持つ【自動照準】がまさしくそれだ。
軍には【弓術スキル】を保有と申告しているが、それは大噓。
僕の【自動照準】は、視界内の標的に投射攻撃を確実に命中させる能力だ。
オブラートに包まず言えば、《見たものを殺すスキル》である。
こんな反則的な能力を申告出来る訳がないだろう?
誰がどう考えても極めて暗殺に向き過ぎたスキルだし、僕もその為に使わざるを得ないと覚悟している。
『目標、多数。』
言ってから語弊がある事に気付く。
視界に蠢く蛇の数はどう見ても無数である。
矢が幾らあってもキリが無いので、僕は足元の砂利を集めて腰袋に放り込んだ。
そして右手で硬く握り込む。
『【自動照準】!』
僕が無造作に投げた砂利は一度力無く空中に浮いてから、次の瞬間にはバラけた粒が神速で四方八方十六方三十二方に散った。
やがて、大量の血の匂いが漂ってくる。
能力の偽装の為に普段は弓を使うが、人目が無いのなら砂利で十分だった。
試した事はないが、砂粒でも標的を確殺出来る筈である。
僕の能力の本質は、《当てる》ことではなく《殺す》事だからである。
なので本懐を遂げるまで、この能力の存在は誰にも知られてはならない。
以上の理由から駆除する蛇は総数の7割程度に留めた。
(アランには弾みで全部と言ってしまったが。)
経験上、死体の山にもある程度動く者が居てくれないと僕への猜疑が生じるからだ。
相手が獣であれ兵士であれ、皆殺しというのは想像以上にインパクトがあるし、そこで発生した違和感は高い確率で僕に紐付けられる。
それだけは避けたい。
痙攣する瀕死のロングスネーク達を眺めながら、僕はそんな事を考えていた。
「ハンター少尉。
今いいか?」
不意に背後から声を掛けられる。
ドラン・ドライン。
不気味な男、資本家の狗。
いつからそこに居た?
僕は極力平静を装い振り向く。
『どうぞ。』
「…本題だけ言うぞ。
差し迫っているからな。」
『ええ。
お願いします。』
マズいな、一番見られたくない相手に【副題】を見られてしまった可能性が高い。
「プテラノドンが既に羽化している可能性が高い。
山民の隊長さんが複数の飛影を目視したそうだ。」
『そうですか。』
「あくまで俺の勘だが、隊長さんが目撃したのは羽化したばかりの幼体の飛行練習だ。」
『飛行練習?』
「鳥類は概ねそうなんだよ。
卵から孵って羽ばたいたとしても、いきなりは遠出しない。
まずは巣の直上で旋回したり鈍速飛行をしたりで練習する。」
『兵隊と似たようなものですね。』
「ああ似ているな。
問題は鳥は人間なんぞと違って数時間飛べば、そのまま実戦に向かえる所だ。」
『耳が痛い話です。
つまり、後数時間でプテラノドンが飛び立つと?』
「その可能性は高い。
ただ、幼体の夜間飛行はあまり見ないケースだ。
なので、プテラノドンの巣立ちは明日の午前中。
…隊長さんは《巣を単独撃破しても構わないか?》と聞いている。
かなりアンタに遠慮していたぞ。」
『ああ、そういう事ですか。
すみません、委細理解しました。
《帝国単独で作戦を行って欲しい、我々はサポートに徹したい。》
そう伝えて下さい。』
「いいんだな?」
『私も彼も、最初からそういうつもりです。
大体、今から私が戻っても間に合いませんよ。
私の仕事をするポーズの為に作戦全体に支障を来たしたくありません。』
「…いいんだな?」
『それがベストであると私自身が考えております。』
ドランはしばらく僕を見つめていたが、不意に闇の中に溶けた。
忙しない男である。
その後もロングスネークを程良く間引きながら、旧街道まで戻る。
僕の狙撃点に関しては充分な距離が必要である事も戻る理由だ。
帝国外人部隊が直線的に道を拓いてくれたおかげであろう。
割と順調に作業が進んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
だが、残念ながら首長国の探検隊は真逆の状況だったらしい。
旧街道沿いのキャンプには幾つかの死体が並んでいた。
彼らに失礼にならないように素早く盗み見ると、その数5体。
「ああ!
ハンター少尉!」
見覚えのある年配の男が手を振ってくる。
昨日のミーティングに居た記憶がある。
確か首長国探検隊の主計官を務めていたレノ大尉だ。
『大尉殿。
どうされたのですか?』
「どうもこうもないよ!
ジャンピングコングだ!
我々は全滅させられた!」
『全滅!?
まさか…
では大至急、生存者の救護を!』
「…たしだけだ。」
『はい?』
「生き残ったのは私だけだ!
一緒に脱出出来たそこの5名も蛇の毒が回って死んだ。
私は隊列の真ん中に居たから運良く噛まれなかった。」
『…これからどうなさいますか?』
「わからん。
ここまでの事態は想定していなかったからな。
取り敢えず、明日の昼には補給隊が到着するから、彼らに回収して貰う」
よく見るとレノ大尉も脚部を負傷したらしく、しきりに擦っている。
『蛇避けの薬を使いますか?』
「山民の薬かね?」
『いえ、洞穴民族の秘薬です。』
「似たようなものだ。」
『先程帝国のカラカラ兵長に分けて貰ったのですが、昨日の煙と併用している所為かロングスネークが露骨に忌避するようになりました。
やはりここは蛇が多い様ですし、大尉殿も使用された方が無難かと思いますが…』
「私は文明人だ!」
『…。』
「こう見えてもジェリコ大学を卒業している!
母方は王族の血を引いているし、経済論文賞を受賞した事もある!」
『素晴らしい御経歴です。』
「蛮習忌むべし!
そんな私が野蛮人の真似事など出来る訳ないだろう!
我々文明人の使命は志ある未開人を教化してやる事だよ、違うか?」
参ったな。
早く帝国外人部隊に合流して進捗を擦り合わせたいのだが…
この御仁、放置すれば明日まで生きていなさそうなのである。
現に、フォレストスコーピオンの接近に気付けていない。
『…。』
僕は大尉に近づいた2匹を無言で踏み潰す。
「ん?」
鈍い反応で悟った。
彼はレンジャー訓練を受けた経験がない。
フォレストスコーピオンへの対処など初歩中の初歩だろうに。
どうしよう。
首長国の探検隊が全滅して、王国・帝国が全員帰還してしまった場合…
国際社会から結託を疑われる可能性がある。
それだけは避けたい。
しかも合衆国のリーダーであるコルテス中佐が意識不明の重体に陥った翌日なのだ。
外交問題に発展しても何ら不思議ではない。
暫しフォレストスコーピオンやロングスネークを駆除しながらレノ大尉の治療を行う。
逃走中、左脚に枝が刺さったとの事だが、思いの他出血量が多い。
『ポーションなら受け取って貰えますね?』
「勿論感謝する。
文明に国境はない。」
『でもヘビ避けは、駄目と。』
「…駄目だ。」
そんな遣り取りの所為で僕がここから離れられなくなってしまう。
首長国の人達が早く回収してくれると助かるのだけど。
小一時間程して、ナギャ曹長が戻って来た。
僕達を見て、色々と察してくれた様子ではある。
「た、隊長がハンター少尉殿に感謝を伝えるように命じられた。
た、単独登頂への承認。
ひ、非常に助かった。」
『いえ、私は全て帝国の皆様の功績であると認識しております。
ですが、少しでもお役に立てたのであれば、この上ない幸いです。』
「…ひ、日が沈む前に台地の麓で最終ミーティングを行えれば良かったのだが。」
言いながらナギャは横目でレノ大尉を一瞥した。
帝国にとって大して必要でもないミーティングの提唱。
山民隊長は最初から各国に花を持たせる心つもりではあったのだろう。
だが、現状難しいな。
レノ大尉の発汗が激しくなって来た。
彼の命のロウソクはあまり長くない。
『曹長。
全参加国が力を合わせる事は私にとっても理想でした。
ただ、今回は相手が未知の生物という事もあり、一刻も早い解決が求められております。
帝国にだけ負担を掛けてしまって恐縮なのですが、登山に慣れたメンバーだけで作戦を敢行するのがベストです。
我が国への配慮は一切必要はありません。
あくまで作戦をご優先下さい。
私はここでレノ大尉と共にキャンプを防衛します。』
言いたい事は全て言った。
大意は伝わったのだろう。
ナギャは無言で密林の陰に消えた。
そして僕はうなされる大尉を見守りながら夜を越した。
駄目元で差し出した《ミミズのガム》は当然拒絶されたので、僕が眠気覚ましにクチャクチャ噛んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
払暁。
プテラノドンはまだ飛ばない。
睡眠中なのか?
飛行練習中なのか?
或いは山民少尉が先手を打って一掃したのか、
僕は空を睨みながら、10秒に1度くらいレノ大尉をチェックする。
一応、献身的に治療した痕跡は残せた。
半日容体が持てば御の字だが。
太陽が昇りきってから、首長国の第2陣がざわざわと騒ぎながら旧街道を行軍して来た。
けしからん事に放歌している者すら居る。
従軍記者も何名か伴っており、かなりの大所帯である。
僕は先触れの斥候兵を呼び止めるとレノ大尉の救援を要請した。
「首長国軍臨時探検隊のペダン少佐です。
所属は第6師団です。」
『少佐殿!
自分は王国軍第1師団所属のエド・ハンター少尉であります!
貴国のレノ大尉と共に、この臨時本営を防衛しておりました!』
「うむ、ご苦労。」
王国式の皮肉は高度過ぎて通じなかったらしい。
(僕も首長国の皮肉に関しては、彼らの得意気な顔付きでしか分からないので問題ない。)
レノ大尉は最期の力を振り絞って、経過報告を行ってから死んだ。
ミミズのガムを無理矢理にでも食わせていれば、或いは彼は一命を取り留めたかも知れない。
…国際問題に発展しただろうどけど。
報告に立ち会わせて貰ったが、どうやら濡れ衣を着せられる心配はなさそうだった。
(首長国王は陰謀家なので油断は出来ないが…)
《首長国探検隊は勇敢にもジャンピングコングの群れを相手に奮戦するも惜敗。
近辺に居合わせた王国・帝国の探検隊は薬品を供出し、負傷者に対して懸命の治療を行った。》
従軍記者氏曰く、このような記事がジェリー新聞の紙面に掲載されるらしい。
インタビューを頼まれるが、軍紀で禁止されているので拒否。
「じゃあ匿名取材で!」
『現代軍に匿名性なんてある訳ないでしょう。』
説諭のつもりだったのだが、王国式ジョークと解釈されたのか、その場は温かい笑いの渦に包まれた。
何故か良い雰囲気になってしまったので、レノ大尉の死体袋に花を添える役までさせられてしまう。
(本来、直属の上官が行う名誉の行程らしい。)
『ピエール・レノ大尉殿の名誉の戦死を悼んで、敬礼!
戦士の魂よ無限の宇宙を駆けて、極星の果てを征服せよ!』
首長国人達に教わった、戦士の葬送儀礼。
元は我が国で伝えられていた太古の作法らしい。
軍史にそこそこ明るいつもりだった僕が知らないという事は、王国軍の近代化改革と共に廃れた古俗の1つなのだろう。
そして皮肉な事に、反王国を旗印に建国された首長国は権威付けの為に積極的に王国古俗を保存していた。
「どうしても、噴霧する必要があるのかね?」
伝令に戻って来たカラカラ兵長が洞穴民族の蛇避け薬を提示するが、ペダン少佐以下50名は使用を拒否。
当然、森林民族式の燻製マジナイは更に強く拒絶される。
記事のネタに困っていた従軍記者達だけが、安堵したように薬を被った。
「よし、戦場ルポはこれで行こう!」
「これで編集長に怒られずに済みそうですね!」
「戦場密着! 未開人と共に密林を行く!」
「おっ、キャッチーなコピーですねぇ。」
「まあな。 今年こそは報道大賞狙おうぜ。」
「はい!」
言いたい事は色々あるが、楽しそうで何よりである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、ドランの最悪の予想が当たった。
既に羽化していたらしいプテラノドンが大量に飛び立ったのだ。
丁度、こちらの直上に進路を取っている。
偶然?
ドランが仕向けた?
帝国が仕向けた?
僕が試されてる?
何も分からないなりに走って、見つけてた狙撃ポイントに駆け登る。
密林の切れ目、足元は平らな岩場になっており狙撃に集中可能。
背後から追って来ている従軍記者が到着する前に済ませてしまおう。
『【自動照準】!!』
撃つ、射つ、討つ。
全羽堕とせたかもしれないが、首長国人がざわざわと駆けて来たので一旦手を止めざるを得なかった。
結局、僕が落としたのは帝国方面に進路を取った7匹だけだった。
最後に申し訳程度に王国方面に飛んだ群れの中で一番大きな個体を射殺する。
「おお!
見事ですな!
流石は王国の第1師団に選抜される方だ!」
軍隊経験の無い従軍記者達だけが無邪気に称えた。
…軍人の価値感では最低の行動をしているのだけどね。
あーあ、チェンバレン中佐にまた殴られるな。
こうして僕は作戦を終えた。
後は皆の合流を待つだけである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「何をやっているのですか、貴官は!」
『おお、先任。
挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。』
戻って来た山民少尉が目を剥いて僕を叱責した。
上背がある男だけに、凄い迫力である。
尤も、威圧されたとは感じない。
彼は単に威厳があるだけなのである。
「まず、我が国に向かおうとした群れを全滅させて頂いた事に深く感謝申し上げます。
もしも貴官がおられなければ、我が国及び首長国に甚大な被害が発生していた事でしょう…」
『別に私が居なくても、誰かが射落としたでしょう。』
我ながら苦しいな。
少なくとも僕は自分以外であの高度を落とせる射手を知らない。
「…小生は立場上、見たままを報告せねばなりません。
国際社会にとって貴官は英雄ですが、それはつまり…」
そうなんだよなぁ。
僕の所の職場倫理では完全にアウトなんだよなぁ。
山民少尉は首長国や合衆国の陣を駆け回って状況報告を行っている。
その合間にチラチラとこちらを見ているので、きっと彼なりに僕に気を遣ってくれているのだろう。
僕と一緒で不眠なのに頑張る男だ。
さっき彼の口内から微かにミミズのガムの香りがしたので、やはりアレは効果のあるものなのだろう。
最後にナギャ曹長が走って来て
「あ、あれはマズい!
む、無論我が国を優先してくれた事には感謝しているが…
し、少尉が… き、曲解される可能性がある!」
と僕を叱責する。
まあねえ。
世の中には軍隊なる未開部族が存在しているからねえ。
何せ彼らは、他国の助けになる様な行動を全て部族への裏切り行為と看做して、容赦ないリンチで嬲り殺しにする風習を持っているのだ。
未開人達はその蛮習を軍法会議と呼称している。