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【廃棄文書01】 竜

財政難を理由に始まった戦争は財政難を理由に終結した。

昨夜締結された帝国との無期限休戦協定。

この条約が財政難を理由に破棄される事を僕らは既に知っている。



この戦線に再配属されて丁度1年。

生産性とは真逆の毎日だった。

愛する部下の半数以上が死んだのに、目障りな上官は傷1つ負ってくれないという不条理。

…軍隊は真に地獄である。



「ハンター少尉!

エド・ハンター少尉はおるか!?」



『は!

少佐殿!

ここに控えております!』



声の主はチェンバレン少佐殿。

これだけの激戦を潜り抜けて傷1つ負わない猛者中の猛者である。



「おう、居るじゃないか。

相変わらず影の薄い男だな。

まあいい。

帝国側との休戦記念懇親会。

カネ貸し風情の肝煎りなのが気に食わんが…

まあ、そういう時代だ。

兎に角!

キサマも出席せよとの命が下った。

礼服に着替えた後、ヒトナナマルマルまでに私と共に司令室に出頭だ。」



『復唱します!

エド・ハンター少尉は礼服着装の後!

ヒトナナマルマルまでに少佐殿の司令室出頭に同行致します!』



「それとな?

私事で恐縮だが、俺の中佐昇進が決まった。

さっき内示が届いたんだ。」



『おめでとうございます。

チェンバレン中佐殿!』



「はっはっは。

まだ気が早いよ。

今夜のパーティーを大過なくやり過ごせばの話だ。」



『お言葉ですが少佐殿。

帝国側もかなり友好的な雰囲気と聞いております。』



「まあな。

向こうさんも少数民族の蜂起に相当手を焼いているからな。

いつまでも要塞攻めなんぞにリソースは割きたくないのだろう。

山岳民に森林民、嘘か真か世界の果ての砂漠民族ともやり合っているらしいからな。」



『好戦的な連中です。

もっとも、我々とて敵に囲まれておりますが。

少佐殿…

パーティーが終われば、流石に…』



「うむ。

流石に代休は与えられるだろう。

特にキサマはずっと酷使されとるからな。

…まあ指示を出しとるのは俺だが。


なあ少尉。

この要塞の3段ベッドと王都の独身寮、どちらが快適だ?」



『…どちらも等しく軍隊的であると考えております。』



「いつまでも独り者でおるから厄介事を押し付けられるのだ。

同期の未婚者はオマエだけだぞ。

俺もなあ、教え子に行き遅れがいるとアレコレ言われるんだよ。

いい相手はおらんのか?」



『申し訳ありません。

教官殿にはご迷惑をお掛けします。』



「全くだ!

昔からキサマは俺に面倒ばかり掛けやがって。


…娘はやらんからな!」



『あ、はい。

それはもう。』



「だがキャロラインの奴がオマエを気に入っていて困る。

連れて来いと五月蠅いんだ。

王都に帰還したら家に遊びに来い!」



『いやあ、ははは。

小官如きが少佐殿の敷居を跨ぐなど畏れ多い。

それでは直ちに支度致します!』



「あ! キサマ!

話は終わっておらんぞ!

待て、ハンター!」



『ハンター少尉!

戻ります!』



一体いつまでこの生活が続くのだろう?

任務任務任務任務。

気が付けば前線から前線を飛び回る毎日、階級章に星が増える気配はない。

要は軍隊社会の下っ端だ。

上官の圧迫と部下の突き上げの板挟みで奔り回る毎日。

いつか海辺の町で可愛い女の子と釣りでもしながらスローライフを楽しむのが夢。

だが僕の夢はきっと叶わない。

我が国の港湾は各国の猛攻によって両方とも、失陥寸前であるからだ。

近く我が国は内陸国に転落する。


そう、僕の祖国・王国は斜陽なのだ。

民衆には派手なプロパガンダで戦勝を謳っているが、実情は違う。

戦術の成功などでは戦略の失敗を覆せない、という子供でも知っている鉄則をこの数十年の間証明し続けている。


偉い人達は《民衆をちゃんと騙せている》と思い込んでいるが、僕の観測範囲にそんな馬鹿は居ない。

きっと人間は出世すると口が広がる分、耳の穴が狭まるのだろう。


じゃあ、きっと僕が耳を塞ぐ日は永遠に来ないのだろうな。

僕が昇進出来ない事は生まれる前から決まっている事だからだ。

軍隊は異物を拒む、王朝も異物を拒む。

彼らは絞首台への順番以外の何物も譲ってくれない事を僕は知っている。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『…。』



思わず溜息が漏れそうになる。

呼びつけられた早々に外門での立番だ。

事情は分からないが、親睦会の門前に誰も立たないのは見栄えが悪いらしい。

偉い人達が気まぐれにそう言って、例によって《誰か》に僕が選ばれた。

いつもの事である。



モロー銀行が設営した巨大な懇親会場。

その外門の左右を王国将校と帝国将校が守る。

なるほど、見栄えは悪くないな。

うん、まるで友好国同士の会談のようにすら見えるかも知れない。



人波が途切れたのを確認してから左側を盗み見る。

大柄な帝国将校。

階級は僕と同様に少尉。

その風格から相当の手練れである事が伝わる。

体格の割に顔付きは柔和だが、あの目鼻立ちは純血の帝国人ではないな。

恐らくは山岳民族とのハーフだろう。

帝国は少数民族への差別が我が国以上に苛酷と聞くからな。

きっとそれが原因であの男も貧乏籤を引かされたのだ。



「流石ですな。」



不意に声が聞こえた。

どうやら隣の帝国人が真正面を向いたまま話し掛けて来たのだろう。

国が違っても立番を命じられた兵隊のやる事など大して変わらない。



『いつも真逆の叱責を受けております。』



僕も真正面を向いたまま彼に答える。

この作業、かなり上手くやらないとバレるからな。

士官学校時代にチェンバレン教官に殴り倒された苦い思い出がフラッシュバックする。



「真逆…

でありますか?」



『直属の上官はいつも

《キサマは流石の大馬鹿者だ》

と賞賛して下さります。』



山岳男がクスクス笑う。

帝国人の癖に随分フランクな奴だ。



「小生は感服しているのです。」



『?』



「この門を通る王国の方は、貴官の顔を見た途端に皆一様に安堵の表情となります。」



『まさか。』



「きっと貴官は広く知られ、その手腕を認められているのでしょう。」



『独身寮の中では浮いた話が無い事で有名です。』



山岳男が微動もせずに笑い転げた。

むしろ僕は君を流石と評するけどな。

だって君、最初から僕が傷付かないように気を遣い続けていただろう?

僕よりずっと冷遇されている癖にさ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



2時間ほど氷雨の中で立っていた。

僕と山岳男は無言で正面を見つめ続ている。

当然、共に互いの肩章には最初から気付いている。


第一師団特務擲弾戦隊。


僕の所属する部隊。

聞くところによれば王国屈指の精鋭とのことだ。

その証拠にこの肩章を付けて街を歩いていると感嘆の目で見られる。

どうやら世間では使い捨ての肉壁をエリート部隊と呼称するらしい。

馬鹿馬鹿しい。

エリートとは彼の様な男を指す言葉なのに。



帝国有翼重騎兵団。


まさしく彼らこそが武の極致である。

昨日まで戦い続けた相手だからこそ理解出来る。

僕の部下を戦死させた原因の半分は上層部だが、残りの半分は彼らにあるからだ。

人類が生み出した最高傑作。

至高の芸術品。

それが彼らである。

血統を重んずる帝国の風潮に反し、酷烈な実力主義で部隊長が抜擢される。

例外的に少数民族や属国民にも出世の道が切り開かれている。

そうでなけば部隊運営が不可能なほど、彼らは激戦区に投入され続けるのだ。

無論、彼らは帝国に輝かしい勝利をもたらし続けて来た。

紛れもなく彼らこそが最強なのだ。

その証明に身をもって貢献した僕には断言する資格がある。。



「ハンター少尉、少し良いか?」



駆けて来た連隊長が山岳男に会釈してから僕の耳元で囁いた。



『は。』



「キサマ、以前ドラゴンを単騎で討伐したな?」



『…いえ。

特務の形でルーカス伯爵領での討伐支援に従事させて頂きましたが…』



「謙遜はいい。

キサマが単独で討伐した功は軍内でも知られ始めている。」



『…失礼しました。』



「ああ、別に責めている訳ではないんだ。

ただ、最近になってモロー銀行がその事実を探り当てたらしくてな。

クレアお嬢様がキサマの話を聞きたいと駄々をこねておられる。」



『クレアお嬢様…?

モロー銀行の関係者でありましょうか?』



「モロー総裁のお孫さんだ。

社交界に出る歳ではないので知られてないのも仕方ない。

まだ幼童の年齢だが…」



『はい。』



「5歳で学術論文を読んだという噂がある。」



『まさか…。』



「流石に5歳は誇張だろうが…

初等学校の授業をサボタージュしてソドム大学に入り浸っているのは事実らしい。

そういうお方だ。」



『まさしく才媛ですね。』



「…才媛なあ。

いやあ、どう表現して良いのやら。

兎に角、大至急交代要員が来るから、交代後すぐに主賓室に向かうように。」



『は!

了解致しました!』



「帝国にもキサマに匹敵する猛者がいるらしい。

お嬢様が聞き比べを望む可能性もあるので、そのつもりで居て欲しい。


繊細なお方だ!

くれぐれも粗相の無いようにな!」



外の世界でどうかは知らないが、軍隊では愚かで攻撃的な上官を《繊細》と表現する。

幸か不幸か、僕達軍人はそういう人間の扱いには慣れている。

自分より階級章の星の多い奴は概ね繊細だからだ。

常に自戒はしているつもりなのだが、きっと僕も部下達にとって繊細な上官なのだろう。

その点は地獄で詫びると昔から決めている。


会場に駆け戻る連隊長閣下の背に敬礼。

山岳男も非常に丁寧な敬礼をしてくれている。

きっと本当の意味で繊細な男なのだろう。


氷雨の立番は心地良い物ではないが、こうも立派な武人と並ばせて貰った。

僕は皮肉抜きで誉れを感じた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



どうやら偉い人達の仰る大至急とは1時間であるらしい。

今更驚く気も無い。

軍隊では階級章によって時間の流れ方が異なるのだから。

その証拠に新兵時代は1秒返事が遅れても殴られたものだ。

向こうから連隊屈指の伊達男として知られるギブソン先輩が爽やかな笑顔で走って来る。



「おうハンター、交代だ。」



『いつもながらの御高配に感謝致します。』



「ははは、あまり俺をイジメるなよ。

仕方ないだろ、父上が五月蠅いんだから。

今度俺の所領に遊び来い、旨いモンでも食わせてやる。」



『光栄であります。』



昔からいい加減な人だ。

真面目な者や誠実な者はみんな死んだのに、こういう奴だけが何故か生き残る。

僕はギブソンの長話を適当に打ち切ると隣の山岳男に呼び掛けた。



『先任!

別命ありましたのでこれにて失礼致します。』



「お疲れ様です、先任。」



山岳男は柔和な笑顔で答礼した。

そんなに優しい顔をしないで欲しい。


僕達は再会を約束されているのだから。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『エド・ハンター少尉であります!』



やや大袈裟に軍靴を鳴らして敬礼をした。

理由は簡単、その方が民間人が喜ぶからだ。

少なくとも眼前の少女は目を輝かせて手を叩いた。



「お目に掛かれて光栄ですわ。

アタクシ、クレアと申します。」



たどたどしい声とは裏腹に動作は極めて機敏である。

少女はまるで貴婦人のようにスカートの裾をふわりと摘まみ上げた。

まだ十にも満たない歳に見えるが、一体幾つなのだろう。

いや、何も考えまい。

余念なく貴婦人として扱うべきだ。

隣で微笑んでいるのは、きっとモーゼス・モロー総裁。

孫の前だからか好々爺の表情を崩さないが、世の中にオマエの邪悪な正体を知らない者は居ない。



死の商人。



少なくとも、僕達若手はこの悪魔の手口を熟知している。

あれだけ戦争を煽っておいて、よくも休戦仲介などと言えたものだ。

部屋の奥には総督閣下が着座し、いつもの無表情な眼で僕を観察している。

きっとさっきまで軍に天下りポストでも売り込んでいたのだろう。



  「申し訳御座いません少尉殿。

  孫娘がどうしても英雄に拝謁したいと駄々をこねまして。」



『どうかお気遣いなく。

お声を掛けて下さり光栄であります。

小官如きが《英雄》とは、何かの間違いだと思いますが…。』



僕は横目で総督閣下に会話を続けて良いかの判断をを仰ぐ。

返って来たのは《続けろ》との短い合図。



  「いえいえ!

  特務擲弾戦隊の武名は天下に轟渡っております。

  噂ではハンター少尉が木曜会戦の一番槍だとか。」



相変わらず恐ろしい情報網だ。

どこまでこちらの内情が知られているのか、想像するだけで悪寒がする。



『…虚聞でありましょう。』



俯こうとする僕に先回りする様にクレア・モローが潜り込んで来る。



「少尉が竜を討伐したんでしょ!」



  「クレア! 

  少尉に失礼な事を申し上げるんじゃない!」



形式的な叱責。

本当に僕を尊重する意志があるなら、そもそもこんな形で呼びつけたりしないであろうに。



「アタクシ!

討伐こそが殿方の価値の証だと思いますの!

少尉が竜を討ち取ったのですよね?」


 

  「控えなさい!」



『残念ですがお嬢様。

私は裏方として地元騎士団の皆様の補助を行っただけです。

どうか御賞賛は勇敢な騎士達に贈って下さいませ。』



クレアは年齢相応に頬を膨らませる。



「つまらない答え!

どうして優れた殿方ほど功績を隠すのでしょう!

大多数の下らない男は見え透いた嘘で飾り立てているのに!」



  「クレア、やめなさい。

  ハンター少尉が困っておられるだろう。」



「ねえ少尉信じて下さる?

世の中には狼の群れを一瞬で消し去ってしまう殿方もおられるのよ。

普段はウジウジしてる癖に、いざという時はとっても格好良くなるの!」



『信じますとも。

きっと、クレアお嬢様に相応しい素敵な騎士殿なのでしょう。』



クレアは頬を真っ赤にして両手で押さえる。

やれやれ、君は小娘だからまだ我慢出来るが…

軍隊では全ての上官にこういう追従じみた答弁が求められるのだ。

地獄だぞ?



「うふふふ!

私、少尉とは気が合いそう!」



『…身に余る光栄であります。』



会話が途切れた隙に再度総督閣下を見る。

どうやら合格点らしい。



  「ははは、良かったねクレア。

  それでは総督閣下。

  少尉殿に椅子を勧めても宜しいでしょうか?」



  「え?

  椅子?」



閣下は驚いたような表情で僕を凝視する。

南部方面総督・公爵リチャード・グリンヒル。

階級は上級大将。

国王陛下の従兄弟で王位継承順位は4位。

何より国際社会において対帝国最強硬論者として知られている人物。


僕が士官学校に在籍していた頃に、鋭すぎる舌鋒が災いして校長として左遷されて来た。

再び帝国との戦端が開かれると同時に独断で自領の騎士団を総動員して帝国軍のザビアロフ領に侵攻した。

首長国の仲介があっても尚、王の様な顔で現地に居座り続けた男。

500年前なら、きっと名将として称えられたに違いない。



  「えっと、総督閣下?」



困ったような表情でモロー総裁がグリンヒル閣下を見返す。

閣下は数秒硬直してから、不意に貼り付けたような笑顔を作り、ゆっくりと近づいて来て僕の肩を親し気に叩いた。



  「少尉、モロー総裁に忠勤するのだぞ。」



そう言い捨てると閣下は硬直した笑顔のまま、監視用の従卒を残して別室に向かってしまった。

だろうな。

身分意識の塊のような彼からすれば、僕の様な最下層の人間と並んで座る屈辱などには到底耐えられないのだろう。

何より彼は僕の出生譚を酷く憎悪しているのだから仕方ない。

モロー総裁は一瞬だけ驚きを漏らしてから、すぐに体勢を立て直して僕を椅子に招く。



「アタクシ驚きました。

この世で銀行と軍隊だけは能力順に出世すると聞かされておりましたのに。

両方嘘だったなんて♪

ねえ、お父様w」



幼女はそう言い放ってから、小馬鹿にするような口調で隣の筋肉質な男に笑い掛ける。

つまり男はモーゼスの嫡男クリストフ。

確か学生レスリング3冠制覇を達成した文武両道の英才と聞いた事がある。

クリストフは困ったような表情で娘を叱責するが、幼女はニヤニヤ笑って父親に取り合わない。


おいおい大丈夫か、モロー銀行。

娘の躾くらいはちゃんとした方が良いと思うぞ?

独り身の僕にだけは言われたくないと思うけどさ。



  「少尉殿、誠に申し訳御座いません。」



冷や汗を流しながらクリストフが頭を下げる。

苛烈で傲岸な人物と聞いていただけに意外である。

演技を疑わざるをえない程に恐縮した表情だった。

もしもこれが演技なら、彼は銀行家などより俳優になるべきだろう。



『どうか頭を上げて下さい。』



「アタクシにはどうかお構いなく♪」



いや、君は下げなさい。

クレア・モローは困る父親を横目で眺めながら心底嬉しそうに笑った。



「アタクシ、お父様を愛していますの♪

少尉殿は如何ですか?」



『残念ながら物心ついた時には他界しておりました。』



「あらぁ、知らない事とは言えゴメンなさい。」



心底哀しそうな表情で悼まれてしまう。



『お嬢様には小官の分まで孝行して頂けると幸いです。』



10秒ほどクレアは間の抜けた表情をしていたが、突然ケタケタ笑い出した。

何が面白いのかさっぱり分からないのだが、彼女にとっては愉快なのだろう。

渋い表情のクリストフを尻目に機嫌良く身体を揺らし続けた。

成程、愚者には色々なタイプがあるものだ。



「竜の話です。」



いつの間にか不快な笑い声は止まっていた。

代わりに、酷く不敵な笑顔で僕を見据えている。



『…。』



「ハンター少尉、まずはこれを御覧下さい。」



少女が指を鳴らすと背後に控えていた執事が移動台車を転がして来て、覆っていた白布を丁寧にめくった。

そこに在ったのは…



『これは竜…  

でありましょうか?』



台車の上には大型犬ほどのサイズの竜(?)が鎮座している。

翼の形状から飛行型と推測出来るが…

いや、そもそもこれは竜種なのか?

鳥の様に長い嘴、生理的不安を想起させられる鋭角的なフォルム。

思わず身体が身構えてしまう。



「恐竜・プテラノドン。

鑑定名はその様に表示されておりました。」



『…恐竜? 

そのような名の竜種は初耳です。』



「ええ。

アタクシも地龍や水龍、暗黒龍の存在は知っておりますが…

恐竜などという分類名は初耳でした。

ジェリコ大学のフッガー教授も確認作業に協力して下さったのですよ?

でも《この世界にとって未知の情報である》との回答でした。



フッガー教授…

無学な僕ですら名前だけは知っている。

【大賢者】の称号を持つ、世界屈指の碩学。

策士ルイ18世の懐刀。



『…これは幼体でありましょうか?

随分保存状態が良いように感じるのですが。』



幼女は機嫌良さげに肩を揺らす。



「少尉、これは模型なのです。」



『模型?

剥製ではなく?』



「ええ、ソドムタウンで一番の殿方が作って下さったの。

アタクシの為にね♥」



クレアが一瞬だけ女の貌になって勝ち誇ったように一人で笑う。

そしてすぐに現実に戻って来た。



「これは自由都市北部で発見された墜落死体から再現した模型なのです。

疫病への懸念から記録後、死体は速やかに焼却されました。

なのでスケッチの形でしか初期記録は残っておりません。


あ、このスケッチどうでしょう?」



『え?

いや、とても分かりやすく…

軍の記録係でも、これほど精密には描けないと思いますが。』



「うふふふ。」



『?』



「本題に戻りますね?

恐竜プテラノドンの原寸は翼開長が10メートル。」



『…10メートルと言いますと中隊指揮車両より長いですね。』



「ええ、正真正銘の怪物ですわ。

しかも群生であると推測されます。

こんな獰猛そうなのが、ガーッ!と群れて飛び回るんです。」



『それは脅威ですね。』



「弊行は、この事実を国際社会に報告し、同時に王国・帝国の両超大国に対して駆逐協力をお願いしたいと考えております。」



既に幼女は政治家の表情になっている。

いや違うな、真の政治家は両脇の祖父と父だ。

娘に放言を続けさせていることが既に政治。



『…流石はクレアお嬢様で御座います。

崇高な御志に感銘を受けました。』



考えろ。

仮に新種の危険生物が発見されたからと言ってそれを何故年端の行かない小娘の口から報告させる?

どう考えてもおかしい。

国際的なビーストハザードが予見されるのであれば、まず自由都市政府が国際社会に訴えるのが筋ではないだろうか?

仮に何らかの事情があって自由都市政府が公式会見を開けないのであれば、モロー銀行が声明を出すべきである。


モーゼスもクリストフも静かな目で僕らの遣り取りを観察している。

まるで第三者であるかの様な表情だ。

僕が見渡すと、いつの間にか全ての将兵が屏風の向こうに退出してしまっていた。

当然、屏風の裏には記録班が控えているのだろうが、それでも全員が席を外したのは不自然極まりない。

わからない。

…そこまで公式記録に残してはマズい問題なのか?


僕の脳内に緊急ラッパが響く。

参ったな、ここからは千尋の崖の一本道だ。



「ドラゴン・スタンピードが発生します。」



『は?』



「このプテラノドンなる恐竜が空を覆いつくし…

帝国から王国までを縦断する事が予想されております。」



『…失礼ですが、その結論に至った論拠があるのでしょうか?』



「この模型を作った方がそう申しておりました。」



『その方は…

学者の方ですか?』



「ええ、世界一のモンスター学者ですのよ。

そのうち必ずそうなりますわ。

アタクシ、一番弟子ですの♪」



『…。』



「信じられないのは仕方ありませんよね。

本国でも我が家の食卓でも誰も取り合ってくれませんでしたもの。」



『信じます。

本題に移りましょう。』



「まあ!?

こんな突拍子もない話に耳を傾けて下るなんて!


どうして?

ねえ、どうして少尉はアタクシを信じて下さるの?」



単なる経験則ですよお嬢様。

僕には必ず最悪を収拾する任務が与えらるのです。

ちなみに昨日までは帝国有翼重騎兵団を野戦で撃破する任務が与えられておりました。



『…この模型から製作者様の真摯で誠実なお人柄が伝わって来たからです。

それに勇敢にもクレアお嬢様を狼から守ったような英傑の言葉であれば是非もなく信じるべきでしょう。』



「わぁ///

そこまで理解して下さるなんて♪

そうなんです!

本当に凄い人なんです!

でも、みんなは馬鹿だから彼の偉大さを理解出来ないんです!」



…構図が見えて来たな。

みんなは賢いから製作者氏の突飛な正論に賛意を示せないのだろう。

(きっと政治的にマズい正論を吐く男なんだろうな。)

だが、事態の危機性はちゃんと理解しているので、公文書上で違和感の残らないようなアプローチで初期対応を図ろうとしている、と。



「では話を続けます。

師が恐竜・プテラノドンの死体から逆算した生態予測は下記の通り。」



クレア・モローは淡々と続けた。

要点は以下の通り。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【クレアの師が推測したプテラノドンの生態】



・推定飛行速度時速60㌔前後。


・産卵は年2回ペースで、1回当たり平均20個の卵を産む。


・20~40日で孵化するものと推測される。


・膂力はそこまででもなく、成人男性を咥えて飛び去るのが精一杯。


・奇異な身体的特徴からも推測出来るように、恐竜はこの世界にとって極めてイレギュラーな存在であると考える。


・もし竜退治の成功者が存在するのであれば、スケッチと模型を見た所感を伺いたい。

特に交戦した竜との類似点・相違点を重点的に。


・明らかに群生動物の特徴を持ちながら、目撃情報が殆ど無いのは不自然である。

まるで一頭だけがどこかから産み落とされたとしか考えられない。


・墜落死体は雌であり、子宮部の弛緩は産卵直後であるように見受けられた。


・万が一、産卵がこの世界でなされ、それが無事に孵化し、かつ適応したとすれば。

人類は最悪の天敵に脅かされることになるだろう。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「死体の脚部に我が国には存在しないシダ類が付着しておりました。

アカデミーに成分分析を依頼した所…」



『なるほど。

それで我が国と帝国の国境まで来訪されたのですね。』



「理解が早くて助かります。

恐竜の出現地は王国・帝国の中間地帯にあたる密林地帯。

地図を見た師は《恐竜はこの台地部分から飛んで来たのであろう》と見当を付けました。

飛行生物全般の生態から逆算するとそれ以外に考えられないそうです。」



『…我が国に卵を発見・駆除を要望したいということですか?』



俺がそう言った瞬間、モロー一族は僅かに冷笑を浮かべた。

《察しの悪い奴だ》と彼らの目が言っていた。



『なるほど。

中立地帯での軍隊行動を自粛する条約を締結したばかりですね。

休戦条約締結の直後に事故が起これば両国の国威を著しく傷つけます。』



僕が相手の言いたい事を言ってやると、3人は心底嬉しそうに目を細める。



「幸い、弊行が冒険者ギルドの主幹事を務めております。

国際案件として広域討伐依頼を出せれるのが理想なのですが…

係争地には討伐依頼は出しようがありません。」



ああなるほどね。

もう1000回くらい経験した展開だ。

要するに僕が卵を駆除させられるんだよね。

例よって危険手当も付かないんでしょ、ハイハイ。



「ただ、冒険者と言っても竜退治はおろか交戦経験のある者すら殆どおりません。

弊行も頭を抱えております♪」



クレア・モローの興奮した表情を見て全てを察した。

この構想は彼女の師が描いたものなのだ。

両国から竜殺しの経験者を招いて討伐をさせるという、子供が考えたようなシンプルな構想。

或いは帝国との休戦からして、その男の発案である可能性すらある。

君、絵巻物とか夢中で読み漁ってるタイプでしょ?

わかるよ。


そしてクレア・モローは敬愛する師の描いた絵図を完成させる事に、強い喜びを感じている。

一本の絵筆たる僕にとってはたまったものではないが。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「誠に申し訳御座いません!」



クレアが機嫌良さげに退出した途端、クリストフが勢い良く頭を下げた。



『頭取、頭を上げて下さい。』



「いえ! いえ!」



この男も随分クレバーだ。

一見、全力で恐縮しているような素振りをしている癖に、具体的な発言を何一つしていない。

信じ難い事に、今日のモロー銀行は一切公式発言を行ってないのだ。

頭取の我儘娘が我儘を捲し立てただけである。

モーガンもクリストフもこちらに何の言質も与えていない。

総督閣下に至っては席を外しているので、恐竜問題(というより国境地帯での作戦行動)がどんな結果を招いたとしても政治的失点は少ない。



「あくまで弊行は世界の平和を祈念するのみで御座います!」



涙を浮かべんばかりの情熱でクリストフが話を締め括った。

じゃあ、両国の兵器開発に資金援助をするのはやめてくれないかな…




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




その後、総督閣下の小部屋に呼び出されて細々と訓示を受ける。

閣下はプテラノドン脅威論を大袈裟に感じつつも、モロー銀行の顔は立てておきたいらしい。

そりゃあそうだ。

デフォルトを繰り返してきた我が国の国債を買ってくれる相手は殆ど残って無いからな。

見せ金をチラつかせて来るモロー銀行の機嫌を損ねる事は絶対に出来ないのだ。



「少尉。

来週までには探検隊を編成する。

君には存分に働いて貰うぞ。」



『はっ!

畏まりました総督閣下!』



「…気は進まんがな。」



『はい?』



「当然だよ。

天下の王国軍がだよ?

あんなカネ貸し風情に指図されて機嫌取りだ。

少尉、君は悔しくないのかね!!

王国軍人の名誉が穢されているのだぞ!」



『いえ、はい、いえ。

閣下の仰る通りであります。』



「大体、休戦なぞ必要ないのだ!

後一押し! 後一押しで勝てる!

考えてもみたまえ!

帝国軍は主力を前線に固め過ぎている!

敵前線さえ抜いてしまえばッ!

私なら1週間で帝都を陥とせる!!!

君もそう思うだろう、少尉!」



『…はい、閣下の仰る通りです。』



「…そもそも、奴らのあの態度はなんだ。

これ見よがしに飾り立ておって。

カネ貸し風情が貴族にでもなったつもりか?

私もこんなことは言いたくないんだけどねえ。

時代が時代ならあんな下賤共は! 

打ち首だよ!打ち首!

なあ少尉、私は何も間違った事は言ってないよなぁ?」



『はい、全て閣下の仰る通りです。』



「…まあね。

そうは言ってもだよ。

私も国際社会の一員だから。

一応、妥協はするよ?

うん、やはりね御先祖様の時代とは違うから。

現代にアップデートしなければならないからね。」



『流石は閣下で御座います。』



総督閣下は僕のことが大嫌いだが、僕を呼びつけて説教したり賛同させたりするのは大好きなのだ。

なので、僕は階級不相応なペースで閣下に呼びつけられる。

結果、僕を閣下の寵臣の様に誤解している者すら存在する。

…頼むから勘弁して欲しい。



「君もアップデートしなければならんぞー。」



『肝に銘じます。』



それから30分程、総督閣下のありがたい訓示を聞かされる。

どうやら僕には軍人としての心構えが足りないらしい。

一通り怒鳴り散らして満足したのか、総督閣下は椅子に深く腰掛け直して事務的に指示を総括し始めた。



やれやれ、ようやく解放されるのか。

そう思った瞬間にブッシュ参謀長が部屋に飛び込んで来る。

参謀長は僕を横目で睨みながら、早口で閣下に耳打ちをする。

あ、ヤバいな。

閣下の表情がどんどん険しくなってくる。

これ、絶対に僕にとばっちりが…



「ハンター少尉ッ!!

キサマがボヤボヤしているから!!

帝国軍が動き始めたぞ!!!」



『申し訳御座いません!』



「マズい!!

このタイミングで帝国に功を奪われては我が国の威信が失墜する!!

わかるか少尉!!」



『申し訳御座いません!』



「参謀長!

直ちにこちらも部隊を進発させろ!」



  「閣下! 

  締結直後に正規軍は動かせません!

  中立地域協定に調印したばかりです!

  派遣可能なのはあくまで国際基準を満たした探検隊だけです。」



今回の休戦を仲介した諸勢力はプテラノドンなんぞよりも、2大超大国が再激突する事を恐れているからね。

そりゃあ条約も軍事衝突を防ぐために条文をガチガチに固めるよね。



「そ、そうか。

うん、そうだったな。

だが帝国は動いてるんだろう?

それこそ協定違反ではないか!」



  「いえ! 

  先程申し上げた通り、あくまで帝国側は探検隊の要件を満たした上で動いております。

  ここに来る途中、首長国やモロー銀行に確認を取っているのが見えました。」



「ああああああ!!!!」



  「申し訳御座いません閣下!!」



「あああああああ!!!!」



『申し訳御座いません閣下!!』



「誰だ今週中とか言った馬鹿は!!

君達が悠長な事を言っているから!!

帝国に先行されてしまったじゃないか!」



  「申し訳御座いません閣下!!」



『申し訳御座いません閣下!!』



「じゃあどうしろって言うんだ!!!

そこまで言うのなら善後策を提示したまえよ!!!!

善後策を!!」



  「はっ! 恐れながら献策致します!

  現在、軍営に冒険者ギルド王国支部の者が待機しております。

  まずはその者達を先行させましょう!」



「ぼ、冒険者だと? 

何故、そんな下賤が陣中におるのだ?」



  「は? いえ、害獣駆除などをやらせる者も必要ですので。」



「あ、害獣。

うん、なるほどね。

うん、そうだね。

栄光ある我が軍の兵士達にそんな汚らわしい仕事をさせる訳には行かないからね。

まあ、そういうポジションの人員も必要だよね。」


 

  「では、彼らを先行させて宜しいでしょうか?」



「あ、待て!

イカンイカン!

万が一その者達が手柄を立てたらどうする?

軍の面子が丸潰れだよ。

監視を! ちゃんと監視を付けなきゃ!」



2人は横目で僕を見ながら話している。



  「では、当初の想定とは異なりますが…

  ハンター少尉が冒険者を引率する形で宜しいでしょうか?」



「あー、任せる!

詳細は2人で相談して決めるように。

結果を出せ、以上。

いいな、帝国に先を越されるなよ!

国際社会が見てるんだからな!」



  「了解!!」



『了解!!』



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



参謀長と廊下を走りながら、即興で屁理屈を捏ねる。

このタイミングで条約違反を犯してしまえば、我が国の信頼は地に堕ちる。

(まだ残っていればの話だが。)

国際社会から絶対に指摘されないよう念入りに捏ねなければならない。



「少尉!

取り敢えず君は…

出向だ!」



『え!?』



「安心しなさい。

この案件の間だけ。

なんか、アレだ。

冒険者を支援する3セクの…

まあ何かそういう役職ね。

えっと、どこかの公益法人に捻じ込んでおくから!

こちらも善処するから!」



『え!? え!? え!?』



「大丈夫大丈夫、書類上はアレだ。

上手くやっておくから。」



『…それは除隊を許可して下さるという事でしょうか?』



「除隊!?

駄目駄目駄目!!!

君は押しも押されもしない我が軍のエースなんだよ!

王国軍の宝だよ君は!

そんな除隊とか、困るよぉ!

他の事なら善処するから!」



『そ、そうでありますか。』



「とにかく!

何かそういう3セクっぽい役職で竜退治。

それが終わったら、即座に部隊に復員!」



『…は、はぁ。』



「いやいや、当然でしょう!

君にはドワーフ戦線に戻って貰わなくちゃ困るんだから!

今、三連鉄橋まで押し込まれちゃってるんだよ!

このままじゃ河向こうの領土を全部奪われちゃう!

わかるでしょ!?」



『…はい。』



「あ、そうだ中尉! 中尉に昇進させてあげよう!

君の功績で1人だけ昇進が遅れてるってそもそもおかしいんだよ!

給料増えるよー、遅配中だけど。」



『…はい。』



「酷使じゃないよ! 酷使じゃないからね!?

英雄! 君は英雄! 我が軍のエース!

私としても君の処遇は随分前向きに善処しているんだよ!

だから、アレだ…

色々頑張れ!!!」



『…。』



「あのぉ、もし出世しても私をイジメないでね?

私、パワハラとか苦手な人だからね?」



『…善処します。』



参謀長とワチャワチャやりながら冒険者ギルドの詰め所に到着。

いや詰所と言っても建屋はなく、ゴザの上に薄汚い恰好の連中がゴロゴロしている。

僕達が到着した途端に物凄い形相で睨まれたので、余程不満が溜まっているのだろう。



「なあ、偉いさんよぉ。

話が違うんじゃねーの?」



冒険者のリーダーらしき初老の男が口を開こうとした参謀長に詰め寄る。



「は、話とは!?」



「とぼけるんじゃねーよ!!

食事宿泊施設完備! 

任地に到着次第、前金で報酬を支給!

そういう約束だっただろ!!!

アンタら軍人は毎回毎回嘘ばっかり吐きやがって!!」



「し、支給されてないのかね?」



「ああ、そうだよ!

今日も懇親パーティーの警護名目で駆り出されて。

待機してろと言われたまま、ずっと放置されてる!

約束の食糧も貰えなかった!


…さっきまでの雨、随分堪えたぜ。」



「い、いや。

わかった、直ちに主計部に問い合わせる!

約束する!」



参謀長は後ろから追いかけて来た従卒に事態を言い含め、直ちに本部に走らせた。

末期だな。

粗雑な軍隊なんて、車軸の折れた馬車のようなものだ。

冒険者達が怒る気持ちも理解出来る。



結局、冒険者達が密林台地への同行を拒否。

当然だろう。

ここまで従軍してきた報酬がまだ支払われていないのだから。



『やめた方がいいですよ。』



気が付くと僕はそう言っていた。

参謀長が驚いたような表情でこちらを振り返る。



『さっきまで司令部は冒険者ギルドの存在を認識すらしておりませんでした。

危険な任務に見合った手当はきっと支給されないでしょう。』



その場に居た全員が食い入るように僕の話を聞いていた。

参謀長が隣で怒鳴っているが、仕方ない。

今の僕はギルドを支援する公益法人の職員だからね。

冒険者を騙して不利益を与えることなど出来ない。



「少尉!!

いや中…  少尉!!

じゃあどうするんだ!!!

帝国は探検隊の編成を終えているんだぞ!!」



『参謀長。

竜は自分が1人で討伐します。

それでは対策委員会に出頭して参ります。』



「いや!

幾ら君が豪の者だとは言え、そんな竜を単独征伐って…

神君御初代様じゃあるまいし。」



『じゃあ参謀長も一緒に来て頂けますか?』



「…それは、私の職務とは異なる。」



『あくまで斥候を兼ねて先行するだけです。

人員補充に期待しておりますよ。』



「…わかった。」



対策本部を兼ねているモロー家の陣屋には冒険者が2人だけ付いて来た。

驚く僕に2人は《正直者が報われる世の中になればいいな。》という趣旨の答えを返して来た。

…奇矯な連中だ。

いつの間にか門前に立っていたクレア・モローが僕達3人を見てクスクス笑う。



「皆様、随分機敏ですこと。」



『生憎、私はいつも愚鈍と叱責されます。』



「きっと少尉が早すぎて、凡人の目には見えないのでしょう。」



『…では、早速出発します。』



「兵士ではなく冒険者として行くのですね?」



『ええ、まさか締結翌日に軍を動かす訳には行きませんし。

今の私は3セク職員です。』



「3セク?

何という名称の団体?」



『申し訳ありません。

急いでいたもので、まだ聞いてません』



クレア・モローは腹を抱えてケラケラ笑った。

そして真顔に戻って叫ぶ。



「ドラン! 来い!」



  「もう居るぜ~。」



クレアの叫びが消える間もなく、闇の中から長身の男がゆらりと浮かび上がるように現れた。

顔にはニヤニヤとした笑いが張り付いているが、その身のこなしには一切の弛緩が無かった。

軍人ではない、冒険者でもない、ヤクザ者特有の狡猾で残忍な気配。



「アナタも行きなさい。」



  「おいおい嬢ちゃんw

  相変わらず人遣いが荒いぜ~。」



「勘違いしないで!

今回の雇い主はお爺様じゃなくてアタクシよ!」



  「へいへいw

  ま、給料分は働きますよ。

  何だぁ? このお兄ちゃん達の子守をすればいいのかい?

  ポールにジミーにお嬢ちゃん。

  俺様の背負い紐もそろそろ千切れちまそうなんだがな。」



「子供扱いしないでって言ってるでしょ!」



  「へいへいw

  嬢ちゃんが行き遅れたら女扱いしてやんよw」



「ばか! ばかーーー!!

ちゃんと結婚するもん!

あの人とずっと一緒に居るもん!」



  「嬢ちゃんにその気があっても、アイツに所帯なんて持てるのかねえ。

  まあいいや、今は子守に専念しますよっと。」



「何が子守よ!

ドランは下っ端!

少尉達の荷物持ちをさせて貰いなさい!」



  「ラジャー♪」



「少尉、私の騎士を貸して差し上げます。

使い捨て可。」



  「おいおーい、ひっでぇなあw


  使い捨ての何でも屋、ドラン・ドラインだ。

  宜しくな、ニイチャン達。」



『エド・ハンターです。

生まれて初めて同業者に逢いました。

宜しくお願い致します。』



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



四騎でフォーメーションを決めて月が明るいうちに密林の入り口に到着する事に決める。

軍隊に入ると仕事をするフリだけが上手くなるよね、自己嫌悪。


馬具の最終チェックの為に合同厩舎に向かう途中、丁度飛び出してきた馬群とすれ違った。

馬蹄音からして丁度10騎。

そして搭乗しているのは…


異民族!?


馬上に居たのは、容貌魁偉な異民族達だった。

皆一様に派手な民族衣装を着用している。

しかも意匠は見事にバラバラ。

森林民族、河川民族、砂漠民族、遊牧民族、洞穴民族…

そして最後尾から見事な馬術で駆けて来たのは…

先程とは打って変わって、山岳民族の質素な衣装を纏っていた。

背から武骨な柄が伸びているのがチラリと見えた。


刹那、目が合う。

相変わらず柔和な表情をしている。

どうやら貴官とは縁が深いようだ。


僕が敬礼した時、既に馬蹄は遠のいていた。

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ポールソンキターーーー!!!! や、登場はしてないけど。ポールの匂いがするだけで感想書いちゃう僕です╰(*´︶`*)╯ 毎回楽しみにしていますが、やはり推しキャラの気配あるとテンション変わりますよね╰…
ほんとにエドさん大変なんやなぁ。 小さな夢かなって良かったなぁ、女の子というか男の娘、ただし世界征服歴アリのだけども。 しかし一体どこの、未来のジュース配りおじさんがそんな模型も作って予測したんだ…
異世界、キタ~! あざます!あざます! 少女クレア、カワイイですね~。!絵を褒められて、フンスッてとこ。ギャップ萌えっす。 「使い捨て可」……。 軽い言葉の使い方に、息子が死ぬであろうことが分かって…
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