【降臨63日目】 所持金237万円 「こんな暮らしがスローライフである筈が無い。」
色々と言いたい事が山程あったのだが、互いに疲れていたので、シャワーを浴びて寝た。
(ちなみにこの家には浴槽がない。)
こんな心境で眠れるかは謎だったが、睡眠欲とは偉大なもので、気がつくと昼近くまで熟睡していた。
「いやあ、リンさんは大物ですなあ。」
『いえいえ、ただの怠け者です。』
俺が寝ている間に、釣りに行ってきたらしい。
台所で包丁をトントンさせている。
「1日寝かしたかったのですが、釣りたても中々のものですので。」
『これはお刺身?』
「平目と黒鯛です。
さっき釣りました。」
『…これってかなり大物なんじゃないですか?
あ!』
「ええ、生き延びるためにスキルを使用しております。
釣りとの相性が極めて良いスキルなので。」
『自動照準は何にでも応用出来ますね。
軍隊に居た頃はさぞかし重宝されたんじゃないですか?』
「私が兵卒なら高い確率で弓隊に配属されたのでしょうが…
士官として部下を持つ身でしたからね。
軽率にスキルを使う事は許されなかったのです。」
『え? 偉い人はスキル使っちゃいけないんですか?』
「将校が必死にスキルを使っていたら兵卒達が不安に思いますからね。
《戦局が苦しいのではないか?》と邪推されてしまうんです。
少しでも劣勢と感じたら徴募兵はすぐに脱走してしまいますから。
なので、基本的に隊長クラスは命令がない限りスキルを使用しません。
私も特殊任務に従事する時以外でスキルは使いませんでした。」
『それなんですよ。
異世界の方って皆さんスキルを保持されておられる訳じゃないですか?
その割にあまり積極的に使っている場面を見なかったので…
それが不思議でした。』
「そもそも論として、スキルって社会的身分によって扱いが異なりますからね。
偉い人って自分でスキルを使わないんです。
それは家来にやらせる卑しい作業だから。
故に、上位王族にはスキル鑑定を拒む方も多いですよ。
どうして、そんな労働者の真似事をしなければならないのか、って理屈ですね。」
『結構厳格ですね。
確かにそうですね。
偉い人は手を汚さない、か…』
「王国は固陋な身分社会ですから。
それに比べれば江戸幕府とかフランクだと思いますけどね。
だから、スキルを使って成り上がった者でも、爵位や役職を得た途端にスキルを封印するケースは多いです。
スキルなんて所詮は手段であって、目的ではありませんからね。
それにスキルはねえ…
あれも一長一短ですよ?
特殊なスキルを持っている事が知られたら…
迫害されたり、事件発生時に疑われて冤罪を被せられたり…」
『あ、そっか。
社会にとっての脅威度も高いから。』
「私がスキル鑑定を受けたのは国軍幼年学校の卒業式です。
それで、かなりのレアスキルである【自動照準】を授けられたのですが…」
『レアなのに褒められなかった、と?』
「うーーん。
これでも王族の末席ですから、御目見の資格は無いながらも式典への出席機会は多い立場なのです。
だからこそ、御先代様から露骨に危惧されてしまいました。」
『え? 危惧?』
「だってそうでしょう。
仮に暗殺事件が発生した場合、確実に私に罪が被せられていたでしょうから。」
『あ、そうか。
とてつもなく暗殺に向いたスキルですものね。
ああ、確かに。
誰かが撃たれたら真っ先にエドさんが疑われます。』
「なので、御先代様が各所と協議されて、私のスキルは【狙撃補正】という事になりました。
弓術・投擲術の上達が人より速いという設定ですね。
加えて、式典への出席を自粛するよう因果を含められました。
まあ、これに関しては容易なのです。
…母方が杣人の家系ですから。」
『林業関連でしょうか?』
「林業と言えば聞こえは良いですが…
平地の居住権を持たない水飲み百姓ですよ。
野焼きをやらされたり、勢子をやらされたり、蜂焼きを押し付けられたり…
わかるでしょ?
私の立場。」
『お察しします。』
「この様な特殊な産まれですから、陰謀への参加を強要されかねない立場でした。
御先代様からも厳重に因果を含められました。
私が先々代の血を引いている以上、何かやらかせば御家の改易に繋がりかねませんからね。」
『そうでしたかあ。
それではスキルを使う機会なんて殆どないですね。』
「…表向きは。」
『え?』
「何だかんだ理由を付けて…
私を使いたがりましたよ、偉い人達は。
《絶対に命中する狙撃》
貴方が指揮官なら使ってみたい手駒だと思いませんか?」
『…まあ、確かに。
寝かせておくには惜しい異能だとは思います。
ついつい使い道を考えちゃいますよね。』
「だから、冒険者ギルド争奪戦の尖兵には私が選ばれました。」
『え?』
「冒険者ギルドという巨大な利権を誰が握るのか?
王族か、資本家か、神聖教団か、軍部か。
よくある話です。
地球でも珍しくないと思いますが。」
『オリンピックとか万博とか、色々な話が出てますよね。』
「私は王族側の駒として、あの暗闘劇に参戦させられました。
名目は顕彰担当でしたが、実態は金融機関や神聖教団からの天下り役員の失点を暴く事を任務としておりました。
当時の階級は中尉。
軍から王族資本の公益法人に出向という形を取りました。」
『色々やっておられるんですね。』
「色々やらされただけですよ。
英雄ケビン・ローと出逢ったのはその時でした。
立場は異なりましたが、妙にウマが合って。
彼を通じて多くの冒険者と縁を結びました。」
『おお!
ケビン氏!』
「その中に、少女時代のヒルダ・コリンズが居たのです。」
『…。』
「おっと、奥方様とお呼びした方が良いですか?
それとも御母堂様。」
『…ヒルダで。』
エドワードは謙遜していたが、彼の裁いた刺身は本当に旨かった。
特に平目のエンガワをたらふく食べさせて貰って、何も出来ない自分が気恥ずかしくなった。
食後の運動も兼ねて、2人で散歩に出かけることとなる。
『えー、やっぱり女装しなくちゃ駄目ですか?』
「表社会と裏社会の両方から賞金が掛けられているのですよ?
警察もヤクザも既に動き始めている筈です。
念には念を入れないと。」
『確かに…
鷹見のtweetも異常にバズってますしね。』
「今は文字通り、【雌伏】の時です。」
『上手いこと言いますねえ。』
俺は児玉夫人に教わった化粧をポンポンと整える。
生理的な嫌悪感があったが、口紅も引く。
『キッショ。
こんなキモい女、初めてみました。』
「そうでしょうか?
私は可憐だと思います。」
『からかわないで下さいよ。
私は自分の容姿が嫌いなのです。』
「御言葉ですが。
例え御自身が嫌っていても、周囲はそう思わないかも知れない。
美醜とは所詮主観です。
そして、私の主観ではリンさんは素敵なレディとして映っている。
それだけは覚えておいて下さい。」
『…気休めにはなりました。』
全身女物に着替えて戸外に出る。
流石に女物下着は拒絶させて貰った。
俺にだってプライドがあるからな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
本当は良くないのだが、エドワードの背に掴まって電動自転車の2人乗り。
片貝港の堤防に腰掛けて並んで太平洋を眺める。
「せめて自動車を運転出来れば良かったのですが。
慣れないパンプス、大変でしょう?」
『これも経験であると前向きに捉えます。』
「お見事な心掛けです。」
『エドさん。』
「はい?」
『貴方には世話になりっ放しです。
何かの形で報恩させて下さい。』
「お気持ちはありがたいですが
私は命乞いの為に大魔王様の御側に居る訳ではありません。」
『そんな大袈裟に捉えないで下さい。
不慣れな家事をしたり、その程度のことですよ。
私に出来るかは謎ですが。』
「ふふふ、楽しみにしておきましょう。」
砂浜に寄せる波を眺めながらエドワードはポツポツ語る。
ダン・ダグラスと共に瀕死で魔界に辿り着いた日の事を。
「あの男に介錯を頼もうとしたのですが、一喝されましたね。」
『そうなんですか?』
「御存知の通り頑固一徹の男です。
死に際まで、私に再起を促し続けました。
私の遺言は聞いてくれなかった癖に、自分の遺言だけはきっちり遺して逝ってしまった。
死に顔があまりに傲然としていたので、しばらく彼の死に気付けなかった程です。」
『…あの人らしいです。』
「生きろ、最後の最後まで戦い続けろ。
それがダン・ダグラスの遺言です。」
『そうですか。
それで陛下は地球まで逃れる気になったのですね。』
「いや! 違います!」
『え?』
「ダグラスの遺言は大魔王様、貴方に向けたものなんです。」
寄せていた波が止まった。
『…まさか。』
「彼は、ずっと貴方の行く末を案じておりました。
貴方の魔王就任を誰よりも喜び、反面危険な立場に身を置いた事を危惧し続けていたのです。
或いは夭折した息子さんの姿を貴方に重ねていたのかも知れませんね。」
『…俺にはそんな素振りは。』
「不器用な男ですから。」
『…。』
「生きろ、最後の最後まで戦い続けろ。」
『…。』
「確かに伝えましたよ。」
『…承りました。』
「参ったな。
これで本当に心残りが無くなってしまいました。」
『やめて下さいよ。
私には生きろと言いながら。』
「元々、オーラロードを開いたのも自分の死体を隠す為です。」
『死体を隠す?』
「だってそうでしょう。
王の死骸なんて、幾らでも悪用出来ますから。
本当は切腹する予定でした。
ただ、魔界に着いた時には遺骸を隠蔽させる為の手勢すら残っていなかった。
故に最後の手段としての、オーラロードだったのです。」
『…。』
「王の責務はバトンを繋ぐこと。
その為にも戦場においては首級を取られないことが至上命題となります。
敗死するにしても、自身の死骸を残さない事が最優先。
私の死が確認さえされなければ、国家存続の芽が残りますから。」
『そんなの、哀しいですよ。
俺は… 陛下には死んで欲しくないです。』
「もう私の個人的な人生は終わりました。
いや、最初からそんなものは無かった気もしますが。
オーラロードで死ねていれば、私の使命は完了していたのですが。
愚かにもこうして生き恥を晒しております。」
『陛下。』
「もう陛下ではありませんよ。」
『では、エドワードさん。』
「はい。」
『生き延びられた事は断じて恥ではありません。』
「恥ですよ。
散っていった将兵達に合わせる顔がない。」
『名誉とは所詮主観です。
そして、俺やダグラスの主観ではエドワードさんは気高き王として映っている。
それだけは覚えておいて下さい。』
「…一本取られましたな。」
いつの間にか強まった風が雲を吹き飛ばしていた。
照り付け始めた太陽を一瞥してからエドワードは俺に手を差し出した。
黙ってエスコートされてやることにする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帰りに片貝漁港の隣の海産物直売所に寄る。
《海の駅》というネーミングは洒脱で良いと思った。
オイルサーディンの作り方を教わる約束だったので、イワシとハマグリを1キロずつ買って帰った。
頼んだがカネは出させてくれなかった。
シャワーを浴びてから、実際に教わる。
と言っても大した事はしていない。
イワシを手開きにして骨を外しただけだ。
エドワードは褒めてくれたが、素直には喜べない。
俺に出来る事なんて、どうせ誰にだって出来る。
『ああ、思い出しました。』
「?」
『王都に居た頃、ヒルダ達にイワシを買ってやったんです。
思いの外喜ばれて、それが意外でした。』
「そりゃあ喜ぶでしょう。
ケビンもヒルダもイワシ料理は好物でしたから。
このオイルサーディンの製法も、野営中にケビンから教わったものです。
なので、地球のそれとは味の組み立てが大きく異なっております。」
ヒルダから聞いたな。
港を失う前の王国人は気軽に魚介を食す事が出来た、と。
『そうでしたか。
小袋を土産に買っただけなのですが…
《こんなもので良ければ幾らでも食わせてやる》
と軽口を叩いたら目を丸くしておりました。』
「え!?
…それ、求愛の常套句ですよ?」
『あ! いや! そんなつもりでは!!』
「地球ではどうか存じませんが、王都では明確な口説き文句です。
文脈如何では求婚と解釈されます。」
『…。』
「少なくとも女性側は意識しますよ?
結婚を前提とした男女関係。」
『…申し訳ございません。』
「うーん。
まあ、悪気はないでしょうから、責める気にはなりませんが。
詫びる気があるのでしたら。コリンズ家に謝罪なさって下さい。」
俺は窓の外の太陽に手を合わせる。
『ジョー・コリンズさん、ヒルダお嬢様に手を出してしまって申し訳御座いません。
ケビン・ローさん、コレットお嬢様に手を出してしまって申し訳御座いません。』
「ジョー社長は多分怒ると思いますが、ケビンは寛容な男なので笑って許してくれると思います。」
『ジョーさん怒りますかねえ?』
「上昇志向の強い人でしたから…
宿屋の客と結婚なんて絶対に許さないでしょう。」
『ああ、それは悪い事をしました。』
「でもリンさんは後に魔王職に就任するから、手のひらクルクルセーフです。」
『私、ヒルダと会った頃は農協でフラフラしてましたよ。』
「ジョーさん的には門前払いですね。
エース冒険者のケビンですら最初は嫌がられていた位ですから。
《ヒルダの婿には最低でも騎士階級》って五月蠅くて。
…田舎の平民でしたからね、ケビンは。」
『よく婿入りが許されましたね。』
「ヒルダに嵌められたんですよ。」
『え?』
「あの子、最初からケビンを狙ってましたからね。
私も知らぬ間に協力させられてました。」
『え? え? え?』
「今でも覚えてます。
あの頃、ヒルダ・コリンズは12歳にもなっていなかった。
同年代の女子に比べてガタイは良かったですけどね。」
『え? 11歳!?
いや、パーティー組んでたって。
え?』
「だから嵌められたんですよ。
ケビンを婿入りさせる為に、かなり周到に逆算して…
いや、だってあの歳の子が…
あそこまでエグいことするなんて思わないじゃないですか…」
『…そもそも論として11歳で冒険者になれるものですか?』
「少ないながらも抜け道はあるんですよ。
《顧客サービスとして冒険者の補助作業は可能》
という条文がありまして。」
『顧客サービス?』
「いや、宿屋の娘ですから。
宿泊客のケビンへの届け物という口実でパーティーに入り込んで来たんです。
あまりに嘘が巧妙だったので、半年くらい周囲全員が騙されておりました。」
『…で、でも半年後に嘘は見破られたんですよね?』
「ええ、満座の中で崩れ落ちるケビンに婿養子入りを宣誓させた時のドヤ顔で…
《あ! この女、最初からコレを狙ってやがったな!》と。
何となく皆が悟りましたね。
ケビンは長男でねえ。
あの案件が終わったら、故郷に帰って家を継ぐことを楽しみにしていたのですが…
まあ、人生どこに落とし穴があるかわかりませんよ。
あ、コレは下ネタじゃないですからね。」
要はこういう事だ。
【酔い潰れたケビンが自分を手籠めにしている体にして、その現場を皆に目撃させ、婿養子入りという形で責任を取らせる。】
この着地点に向けて、ヒルダ(11歳)はまるでチェスの名手の様に手を進めていったらしい。
その間、4人いた恋敵を全員排除する事にも成功しているというから、かなりの手腕である。
(1人は完全行方不明、恐らく殺害されている。)
「私も後から知ったのですが…
王国の不良少女達の間で《アレサンピッチャー》なるエグい手口が共有されていました。
タイミング的に考案者はヒルダ・コリンズの可能性が高いですが…
近年ではソドムタウンの不良少女達にまでマニュアルが広まっているとか…
まったく世も末ですよ。」
口当たりが良く度数の強い酒を《酒と言っても我々女子でも飲んでるような駄菓子のようなものだ》と偽って男を手籠めにする凶悪な手段が異世界には存在するらしい。
(地球にもあるのかも知れんが。)
異世界やべぇな。
…いや、絶対ヒルダの考えた手口だろうけどさ。
「ケビンはねえ。
朴訥ですが、立ち姿が非常に堂々としているんですよ。
本人が平民だと主張しても、周りが信じないくらい。
それくらい風格のある男でしたよ。
男女問わずモテてましたね。
若い農兵たちが喜んでケビンに扈従するんです。
アレは天性のカリスマでした。
いや、私も当然尊敬してましたよ。
男子たるもの、かくあらねばならんと。
だから、ケビンを狙ってる女子は多かったのです。
やっぱりねえ、男はガタイですよ。
惚れ惚れするくらいの偉丈夫でしたから。」
『あ、私!
胡桃亭でケビン氏の武具を触らせて貰った事があります。
バカでかいプレートアーマー!
そしてこんなのどうやって持つんだっていうバトルアックス!』
「お!
懐かしいですねえ。
片刃の戦斧でした?
柄が槍のように長い。」
『はい、そんな感じです!
持ち上げる事すら不可能でした!』
「あれはねえ。
ケビンのトレードマークだったんです。
彼ねえ、当時バレット河の上流を騒がせていた双頭大蛇をねえ。
あの戦斧で単独撃破してますから。」
『おおおお!!!
カッコいい!!!』
「はい、文句なしの英雄ですよ。
あの時の双頭大蛇、胡桃亭ほどの体積があったんですよ。
もうね、周辺の村落も廃村を検討し始めていたんです。
それを単独撃破!
蛇の頭は2つとも一撃で粉砕されてました!
上官が報告書を信じてくれなかったから、慌てて蛇の牙を王都に搬送した程です!
彼こそ古今無双と称賛されるに相応しい男でした。」
『うおおおおおお!!!!
それですよ! それ!
私もそういうポジションになりたかったんです!』
「後夫になったんだから、同じポジションと言えなくもない。」
『ははは(棒)。』
「まあ、そういう事です。
当時、王都の人気者だったケビンをヒルダ・コリンズが射止めたという話。」
『うわあ。』
「お忘れではないと思いますが、我々はその彼女に賞金掛けられてますからねw」
『射止められたくないなーw』
「『わっはっはww』」
オイルサーディンを漬け終わったので、庭に出て七輪でハマグリを焼いて食べる。
塩・バター・醤油・マヨネーズ、飽きたら紫蘇で味変。
エドワードが酒を出してくれる。
山武の地酒、梅一輪。
幾らでも酒が進み、幾らでも食が進んだ。
腹が膨れたので、部屋に戻って2人でだらしなく畳に寝転がる。
程よく酔いが回り気持ちが良い。
『エドさん、良い生活してるじゃないですか。』
「ははは。
こういうスローライフに、ずっと憧れてたんですよ。
まさかこんな形で実現するとは思いませんでしたが…」
苦難の多い人生だったのだろう。
ささやかな事にでも彼は喜びを見出してしまうのだ。
それは一国の王であった者の余生としてあまりに哀しい。
見ていて少し苦しい。
こんな暮らしがスローライフである筈が無い。
『あ、16時過ぎ。
スキル、どうしたらいいですか?
キャッシュを集めてるのでしたら、協力しますが。』
「いや、それは非常にありがたいのですが…
宜しいのですか?」
『まあ、いつかどこかで安全が売りに出るかも知れませんし。
その時は陛下の分も購入しますので御安心下さい。』
「私にそんな資格あるんですかね。」
『どうでしょう。
でも、私は陛下に幸福になって欲しいんですよ。』
「…今この瞬間が、一番幸福ですけれどね。」
『…同感です。』
2人で笑い合いながら、カネを一旦俺に集める。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【所持金】
52万円
↓
2852万円
※エドワード・ギャロから2800万円を借入。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「すみません。
今の私にはこれが精一杯なのです。」
『いえ!
身分証も無い状況で、ここまでキャッシュを貯められたのですから…
それは凄い才覚ですよ。』
「心の中でみずほ銀行に謝罪しておきます。」
『お詫びにシステム障害でも直してあげますか?
自動照準でバグだけ狙い撃てるかもw』
「いやあ、聞けば初期設計に無理があったらしいですからね。
多分、システムそのものに照準が合っちゃうんじゃないでしょうかw」
『ははは。
じゃあ、余ったカネを預ける程度に留めておきましょうw』
「それが無難ですなw」
《485万円の配当が支払われました。》
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【所持金】
2852万円
↓
3337万円
↓
537万円
↓
237万円
※配当485万円を取得
※エドワード・ギャロに2800万円を返済
※エドワード・ギャロに300万円を支払い
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「リンさん、桁を間違えてませんか?」
『じゃあ日利ということで。』
「30秒くらいしか預けてないじゃないですか。」
『じゃあ、分け前ってことで。』
「私、何もしてませんよ。」
『じゃあ刺身代ってことで。』
「ドバイにだってそんな寿司屋はありませんよ。」
『じゃあ家賃ってことで。』
「300万あったら、ここらの中古戸建買えちゃいますよ。」
『じゃあ、将軍さんへの利子ってことで。』
「…ああ、そう言われると受け取りを拒みにくいです。
チェンバレン将軍… ああ彼の姓なのですが…
将軍は最後まで大魔王様に貸した5万ウェンの話をしてましたから。」
『え? そうなんですか?』
「いやあ、もう財政難で…
召喚の頃は、もう閣僚給与も受取自粛してましたもの。
私には隠してましたが、彼も裏では相当自腹を切っていたみたいですよ。
もっとも、士官学校時代にはそういう側面を見せてくれませんでしたが。」
『ああ、それは悪い事をしてしまった。』
「いつか、異世界に送金するシステムが発明されたら振り込んでみましょう。」
『そのシステムはどこに運用させますかw?』
「みずほ以外でw」
2人で肩を叩き合って笑い転げる。
まあ実際問題、宇宙の果て同士で経済をリンクさせるなんて止めた方が良い。
まずは自分の世界を何とかするのが先決だ。
昔話をして気が緩んだのか、エドワードは静かに寝息を立て始めた。
顔を覗き込んでみるが、眉間に刻み込まれた深い皺が彼のこれまでの人生を如実に物語っていた。
ブランケットを掛けてやる。
隣の寝息を聞きながら、俺も天井を眺める。
俺にスローライフ願望はないのだが、こういう生活なら悪くないかもな。
俺も畳の上に身体を広げる。
大の字になろうとしてスカートを履いていた事に気付いたので、舌打ちしてから股を閉じる。
いつまでこんな生活させられるんだろうな。
数分だけエドワードの隣でしばらく微睡んでいた。
だが、ふと物音に気付く。
窓の外を見ると、小雨が降り掛けていた。
『あ、洗濯物。』
俺は慌てて立ち上がり庭に干されていた洗濯物をしまう。
丸洗いしていた台所マットを門扉で乾かしている事を思い出したので玄関に向かう。
良かった、まだそこまで濡れてない。
そう思って取り入れようとした瞬間の事だった。
「ちょっとアンタ!!!」
突然、玄関の前に立っていたオバサンから怒鳴られる。
『…!?』
「アンタ! エドワードさんとどういう関係!?
抜け駆けはしちゃいけないってルールがあるのよ!!!」
『???』
オバサンは勝手に門の内側まで入って来て、俺に掴み掛かる。
「何とか言いなさいよ、この小娘!!!
若いからって調子に乗ってるんじゃないわよ!!
どうせアンタから誘ったんでしょ!!!」
『!!!』
手配中の身なので、迂闊に声を出してしまわないように心掛けている。
それがこのオバサンの逆鱗に触れたのか、いきなり何発か殴られる。
『ぐええ!』
腹パンの痛みに思わず呻いてしまった俺にオバサンは目を見開いた。
「ッ!!??
あ、アンタ、ひょっとして男の子なのかい???」
どうする肯定すべきか? 否定すべきか?
参ったな、どう答えてもロクな未来が待っていない気がする。
『…。』
「(ゴクリ!)
へ、へえ、そうかい。
エドワードさんは随分潔癖な人だと思ったけれど…
ああ、なるほどね♪
ああ、そういうこと♪
どうりでアタシに靡かない訳だ。」
オバサンは俺の肩をガッチリ掴んだまま離してくれない。
何とか振りほどこうとするが、逃れる事が出来ない。
「ふふふふふ。」
『??』
「安心して♪
オバサン、そういうのに理解のある方だから♪」
『(プルプルプル)。』
俺は慌てて首を振る。
「うぇひひ。
エドワードさんも隅に置けないねえ。
あっはは♪
ガイジンさんは先進的だわ♥
それに引き換え日本は駄目。
LGBTの初歩すら理解出来ていない後進国。
もう終わりだよ、このヘルジャップ!
ぷぷぷw
そっかー、エドワードさん。
そうだったんだー♥
ますます惚れ直しちゃったかな♪」
『い、痛いです。』
「あらあ!
ゴメンねえ。
怖がらせる気はないの。
安心して、オバサンはアンタの味方だから♪」
…いや、敵以外の何物でもないと思うのだが。
「ねえ、セックスは一日何回くらいしてるの?」
『は!?』
「うふふふ。
隠さなくてもいいじゃないーい♪
御近所同士なんだし♥
女同士、そういうトークもしちゃおうよー♪
アタシの名前は朱美、スナック朱美のママよ♪」
『い、いや。』
「あははは。
照れちゃって可愛いーー♪
ねえ、お名前なんて言うの?
ふひひ。
歳は幾つ? 好きな体位は?
エドワードさんとはどこで知り合ったの?」
『や、やめて下さい。』
「あらあ、怯えた顔もいいわねえ。
アナタ、男受けするタイプでしょう。
エドワードさんが気に入るのも理解出来るわぁ。」
「リンさん!」
表の異変を悟ったエドワードが飛び出して来る。
心底安堵。
慌ててその大きな背中に隠れる。
「あらあ、エドワードさん。
ゴメンなさいねー。
近くを通り掛かったら、たまたまこの子と仲良くなっちゃって。
ねえ、リンちゃん♪」
「朱美さん。
彼女は繊細な人なんです。
あまり踏み込まないであげて下さい。」
朱美は抗議するエドワードをニヤニヤと嬉しそうに眺めている。
「あらあら、ゴメンなさいねー♪
エドワードさんを困らせる気はなかったの。
出来心よ出来心♥」
「では、もう宜しいですね?
用事が済んだのなら帰って下さい。」
「エドワードさん。
その子、訳アリでしょ?」
「…あ、いえ。」
「あははははww
安心して♪
詮索する気はないから♥
でも、わかっちゃうの私♪
この商売長いからねー♥」
「…何を仰りたいのですか?」
「うふふふふ。
やだあ、怖い顔。
でも、エドワードさんって怒った顔も気品があって素敵♥
ここらの粗野な漁師共とは格が違うわー♪」
「あ、あまりしつこいと人を呼びますよ。」
「あらあらー♪
人を呼ばれて困るのはエドワードさんの方なんじゃないですか?
後ろのリンちゃんもかなー?
うふふふ♥
エドワードさん♪
ちょっとだけお願いがあるんですぅ♥」
「…わかりました。
私で呑める範囲の要求であれば呑みます。
だから彼女に手出ししないで頂きたい!」
「あらあらあらー♥
あらー♥ あらー♥ あらあらあらーーwww
デュフフフ♪
でもゴメンナサイねぇww
お願いって言うのはリンちゃんになんですぅ♥」
「!?」
『!?』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
救世の志を持つ身として、俺もあらゆる事態は想定していた。
如何なる艱難・恥辱にも耐える覚悟を決めていた。
俺は世界の歪みと刺し違える為に地球に帰還したのだ。
「次は2番テーブルおねがいねー♪」
『…は、はい。』
「おお! 君が新しい子かあ。
オカマちゃんを入店させたって聞いて…
最初は驚いたけど。
俺この子なら、全然イケるよお!! (サワッ)」
『や、やめて下さい!』
「あ、ヤバ。
こういう初々しい反応、俺ハマっちゃうかも!
朱美ママは本当に遣り手だよなー。
まーた、散財させられちゃうよー。」
「ほらっ!
ちゃんと五木田社長に挨拶して!」
「まあまあ、朱美ママ。
最初は誰だって緊張するよね?
オジサンはそこらへん、よく分かってるから♪
無理しなくていいからね?
安心しなさい。
オジサンは君の味方だからね♪」
「挨拶!
さっき教えたでしょ!」
『…は、はじめまして。
り、リン子でーす。』
「うははははwww
やっべー、可愛い!
何か目覚めた!
自分の中で新しい扉が開いた!
俺、本気で通っちゃうよーwww」
…こんな暮らしがスローライフである筈が無い。
【名前】
遠市・コリンズ・厘
【職業】
見習いホステス
神聖教団 大主教
東横キッズ
詐欺師
【称号】
賞金首
【ステータス】 (地球上にステータス閲覧手段無し)
《LV》 17
《HP》 衰弱
《MP》 憔悴
《力》 メスガキ
《速度》 小走り不可
《器用》 ライジング・カード!
《魔力》 悪の王器
《知性》 悪魔/ド低能/自分の名前は言えます。
《精神》 吐き気を催す邪悪
《幸運》 的盧
《経験》 1038332
本日取得 0
本日利息 150869
次のレベルまでの必要経験値272378
※レベル18到達まで合計1310710ポイント必要
※キョンの経験値を1と断定
※イノシシの経験値を40と断定
※うり坊(イノシシの幼獣)の経験値を成獣並みと断定
※クジラの経験値を13000と断定
※経験値計算は全て仮説
【スキル】
「複利」
※日利17%
下4桁切り上げ
【所持金】
237万円
【所持品】
女の子セット
【約束】
古屋正興 「異世界に飛ばして欲しい。」
飯田清麿 「結婚式へ出席して欲しい。」
〇 「同年代の友達を作って欲しい。」
『100倍デーの開催!』
× 「一般回線で異世界の話をするな。」
『世襲政権の誕生阻止。』
〇後藤響 「今度居酒屋に付き合って下さい(但しワリカン)」
「大阪を滅ぼさないで下さい!!!」
「空飛ぶ車を運転します!」
江本昴流 「後藤響を護って下さい。」
『遠市王朝の建国阻止。』
×弓長真姫 「二度と女性を殴らないこと!」
× 「女性を大切にして!」
〇寺之庄煕規 「今度都内でメシでも行きましょう。」
×森芙美香 「我ら三人、生まれ(拒否)」
×中矢遼介 「ホストになったら遼介派に加入してよ。」
「今度、焼肉でも行こうぜ!」
〇藤田勇作 『日当3万円。』
〇堀田源 「トイレコインの使い方を皆に教えておいて。」
〇山田典弘 「一緒にイケてる動画を撮ろう。」
〇 「お土産を郵送してくれ。」
「月刊東京の編集長に就任する。」
楢崎龍虎 「いつかまた、上で会おう!」
×警視庁有志一同 「オマエだけは絶対に逃さん!」
「オマエだけは絶対に守る!」
×国連人権委員会 「全ての女性が安全で健(以下略)」
〇安宅一冬 「浅草寺周辺を一緒に散策しましょう。」
水岡一郎 「タックスヘイブンの利用・移住をしないこと。」
×平原猛人 「殺す。」
「鹿児島旅行に一緒に行く。」
「一緒にかすうどんを食べる」
車坂聖夜Mk-II 「世界中の皆が笑顔で暮らせる、優しい世界を築く」
×今井透 「原油価格の引き下げたのんます。」
「小麦価格の引き下げをお願いします」
〇荒木鉄男 「伊藤教諭の墓参りに行く。」
鈴木翔 「配信に出演して。」
×遠藤恭平 「ハーレム製造装置を下さい。」
〇 『子ども食堂を起ち上げます。』
「紙幣焼却によりインフレを阻止する。」
〇田名部淳 「全財産を預けさせて下さい!」
「共に地獄に堕ちましょう。」
三橋真也 「実は配信者になりたいので相談に乗って下さい。」
〇DJ斬馬 『音楽を絡めたイベントを開催する際、日当10万で雇用します。』
金本宇宙 「異世界に飛ばして欲しい。」
金本聖衣 「同上。」
金本七感 「17歳メインヒロインなので旦那との復縁を手伝って。」
〇天空院翔真 「ポンジ勝負で再戦しろ!」
「再戦するまで勝手に死ぬな。」
〇小牧某 「我が国の防諜機関への予算配分をお願いします。」
阿閉圭祐 「日本国の赤化防止を希望します。」
〇坊門万太郎 「天空院写真集を献納します!」
宋鳳国 「全人類救済計画に協力します!」
堀内信彦 『和牛盗難事件を解決します。』
〇内閣国際連絡局 『予算1000億円の確保します』
毛内敏文 『青森に行きます!』
神聖LB血盟団 「我々の意志を尊重する者が必ずや遠市厘を抹殺するだろう。」
〇大西竜志 「知り得る限り全ての犯罪者情報の提供。」
坂東信弘 「四国内でのイベント協力」
国重辰馬 「四国内でのイベント協力」
涌嶋武彦 「畜産業界の総力を挙げて遠市派議員を衆議院に最低10名押し込みます!」
斑鳩太郎 『処刑免除を保証します。』
志倉しぃ 「カッコいいホモの人を紹介して下さい。」
〇孝文・j・G 「英国大使館パーティーにて利息支払い」
〇グランツ(英) 「perape-ra!!!!!!!!」
E・ギャロ 「農政助言」
金本光戦士 「どんな危機からも必ず救い絶対に守る。」
〇木下樹理奈 「一緒に住ませて」
×松村奈々 「二度と靴は舐めないにゃ♥」
〇 「仲間を売るから私は許して♥」
◎鷹見夜色 「ウ↑チ↓を護って。」
〇 「カノジョさんに挨拶させて。」
〇 「責任をもって養ってくれるんスよね?」
×ヒルダ・コリンズ 「芋羊羹…。」
「王国の酒…。」
「表参道のスイーツ…。」
× 「ポン酢で寿司を喰いに行く。」
土佐の局 「生まれた子が男子であればリイチ。
女子であればリコと命名する。」