【転移17日目】 所持金4億3829万ウェン 「例え相手が女でも喧嘩で勝つのって、気ん持ちいいーー♪」
明け方、手首の痛みに耐えかねて飛び起きる。
『うぐぅううう…』
惨めな呻き声を挙げながら、ヒルダに助けを求める。
「手首ですか?」
『い、痛い。』
ヒルダはどこからか持って来たワイングラスにポーションを注いで俺に飲ませてくれた。
(宿屋区画とは異なりプライベート区画には高級な調度品が無造作に配置されており、かつて裕福であった名残が見受けられる。)
いつの間にかコレットも起床しており、無言で俺の手首にポーションを擦り込んでくれていた。
ポーションというのは、俺にとっては飲み薬のイメージがあったのだが、本来は外傷に擦り込むのが正しい用法らしい。
なので、この国の湿布や絆創膏にはポーションと同じ成分が使用されているとのこと。
『ありがとう…
おかげで楽になった。』
「…それはよかったのです。」
あ、この女、怒ってるな。
まあ、気持ちは解らんでもないが…
『俺がやって行けてるのもコレットのおかげだよ。』
「…。」
口先の謝罪に騙されてくれるほど安い女ではない、か。
母親の教育が行き届いているな…
『朝っぱらから話す事じゃないんだけど。
この数日で十分な元手が溜まった。
王都内で遊んで暮らす分には何の問題も無い。』
「「…。」」
驚いてすらくれない。
この母娘には俺の財布事情を完全に把握されているくらいの心つもりで居た方が良いかも知れないな。
『ただ、俺達が以前話題に挙げた自由都市だったか…
そこで暮らすにはもう少し増やしたい。
とりあえず俺の手持ちを3~4億程度に増やす事を当面の目標とする。
今、泊っているキーンが不動産業者というのは聞いていたか?』
「いえ?
私もそれとなく探りを入れてみたのですが、上手く躱されてしまって。
高額商品を扱っていることまでしか推察出来ませんでした。」
嫌な女だw
今度、ゆっくり人物鑑定法を教えて貰おうw
『で、キーン氏は世界中の不動産。
それも富裕層向けの不動産を中心に取り扱っているんだ。
本籍地は帝国だが、今は本社を自由都市に登記してある。
息子さんの代以降は自由都市の戸籍で活動するようだ。
で、そのキーン氏曰く。
庶民向け戸建で1億ウェン、富裕層向け戸建で5億ウェン。
この辺りが相場らしい。
俺は向こうでも裕福な暮らしをしたいから、引っ越し当初は極力出費を抑えてキャッシュを増やす方針でいる。』
《残ってくれても付いて来てくれてもいい。》
というのが母娘への本音だったが、それを言うと女は怒るので黙っておく。
《付いて来てくれ。》
と言えば女共の機嫌が良くなるのだろうが、思ってないので仕方ない。
俺は世界最強の【複利】だ。
もはや誰かに遜る必要もない。
一度試してみたかったので、桶に無造作にポーションを入れて、そこに手首を漬けっ放しにする事にした。
ヒルダ曰く、「こんな使い方は聞いた事がないが、理論上は治癒が加速度的に早まる筈」とのこと。
『あのさあ。
今度3人でポーション風呂に入ってみないか?』
「「…。」」
意図を図りかねたのか母娘が怪訝そうな顔でこちらを凝視する。
『いやいや! 変な意味はないって。
エロい意味、エロい意味ww』
そこまで説明して初めて冗談だと理解してくれたのか、2人は上品な笑顔を作ってくれた。
コイツラの事はそんなに好きでは無い(正直しんどい)のだが、尊敬できるし頼りにもなる。
転移初日に彼女達に出逢えたのは複利に次ぐ僥倖だったのだろう。
==========================
朝、カウンターでキーンと挨拶。
『おはようございます。
昨日はよく眠れましたか?』
ヒルダの真似をしてみる。
「いい夢を見れたよ。
君のおかげでね♪
今日もメシ、御馳走させてよ。」
コレットが奥から睨んでいるので
『護衛任務が伴わないのであれば』
と返しておく。
==========================
「後、3日くらい王都を拠点に営業回りをするよ。」
『勤勉ですね。』
「明日の怠惰の為にも精勤しなくちゃね♪」
朝から2人でステーキセットを頼む。
とりあえず牛肉1キロを注文し、席に備えられた鉄板の上で豪快に貪る。
「そろそろ女を買いたいんだけど。
あの宿には呼べないんだよね?」
『まあ女所帯ですし。
客層落としたらキーンさんが困るでしょう?』
「うん、困る。
売春解禁した宿って、その瞬間に客層が劇的に落ちるからね。
そんな所には怖くて泊まれないよ。
王都で売春婦を置いてない宿、胡桃亭以外にないんじゃないかな?」
『俺も色々見たんですけど。
ウチ以外はどこも客引きのお姉さんが待ち構えてました。』
「客引き女って鬱陶しいだけなんだけど、寝る直前は居て欲しいんだよなあww」
『わかりますww』
「あの…
今日の事なんだけどさ?
荷物預けたまま身一つで売春宿で泊ってもいい?」
『いや、別に問題はないんじゃないでしょうか?』
「え?
いいの!?
普通は滅茶苦茶怒られるんだけど?」
『あ、そうなんですね。
俺も最近婿入りしたばかりなんで、宿屋の不文律とか全然知らないんですよ。』
「うーん、一般的に宿を2つ取るのって迷惑行為とされるからねえ。
夜逃げとか強盗誘致とかを疑われるし。」
『凄く身も蓋もない話をすると、人を泊めるよりも荷物だけ泊める方が…
俺としては気が楽なんですよね。』
「え!?
荷物の預かりサービスやってくれるの!?
長期も行ける!?」
『いやいや、ちょと待って下さいよ。
俺も婿入りしたばかりであまり事情も解って無いし
経営権を持ってるのは女将のヒルダなんです。』
「ああ、奥さんが経営権握ってるパターンね。」
『あ、いえ。
俺を婿にしたのは女将の娘の方なんですよ。』
「ええ!?
あの娘?
えええ!!!???」
『いや、俺も未だに戸惑っているんですが。』
「失礼だけど…
奥さん御幾つ?」
『来月12歳になるとか。』
「国によっては違法だから気を付けてね。
ちなみに私の祖国の帝国では15歳未満との婚姻は違法。」
ま、マジか?
何てマトモな国なんだ。
『そ、そうなんですね。
ちなみに、自由都市では?』
「自由。」
『おお、流石にその名を冠するだけの事はありますね。』
「但し幼少婚を嫌ったり蔑むのも自由。」
『なるほど。
世の中上手く出来てますね。』
そんな遣り取りがあって荷物預を依頼されたので
ヒルダに意見を聞きに戻る。
キーンはそのまま繁華街の方に向かう。
仕事前に景気付けする算段らしい。
==========================
『根本的な話になっちゃうんだけどさ。
2人って宿泊業に愛着はあるの?』
「あらぁ。
女が愛するのは一人の殿方だけですよ?」
そういってピタッと俺にくっつく母娘。
日頃から打ち合わせしているかのような絶妙なタイミング。
オマエら答弁サイボーグか?
『正直に言うね?
俺はカネに困ってない。
これから幾らでも稼ぐ自信も能力がある。
だから煩雑な接客で時間を奪われたくない。』
「理解出来ます。
リンならば、フリーハンドで動く方が効率的に目的を果たせるでしょう。」
『カネと荷物だけ預かるのはOK?』
「法律上、問題はありません。
但し客が…
いえ、リンであれば売上自体は問題にする必要はありませんね。」
『率直に言う。
高額の貸金庫を使ってくれるなら俺はペイする。
1000万ウェン以下なら時間の無駄。
どのみち王国を出て行くつもりだから、短期決戦でやりたい。』
「なら長期宿泊用に切り替えをしましょうか?
それも法人会員制で。」
よくもまあスラスラ策が湧く女だ。
正直、全部コイツでいいんじゃないかな、とは思う。
『カネだけ預かるのは駄目なんだろ?』
「その場合一旦宿泊事業者として廃業してから
貸金業者登録をする必要がありますね。
業者間の根回しや審査がありますので現実的ではありません。
どんなに早くても事業転換に1年以上は掛かります。」
『ふーん、だったらこの国を出るまでは宿を続けた方が良いか…』
数億ウェン程度を貯めるくらいなら、1年も掛からない。
下手をすると今月中に到達してしまうだろう。
俺がヒルダに願った事は以下の通り。
1、接客は時間の無駄なので通常営業の宿屋は止めて欲しい。
2、ポーション契約上、休業違約金が存在するので事業は続けて欲しい。
3、1000万単位の高額を貸金庫に預けさせる方法を考えて欲しい。
4、後腐れ無く国外退去する方法を考えて欲しい。
結構、身勝手な要求だと思うのだが、これらを聞き終えた後、ヒルダは順に回答していく。
1、今から法人会員制営業とする。
看板用プレートが物置にあるので、この後記載して玄関に掲げる。
2、代金は不要なので、キーンと交渉して法人会員第一号になって欲しい。
契約の事実さえあれば、商工会や行政サイドから咎められる事はない。
3、零細業者に貸さなければ自然にそれ位の額は越える。
その見分けが私が担当しても構わない。
4、宿の譲渡先を見つければ良い。
今後増えるであろう法人会員に売却・譲渡するのが妥当かと。
ふーむ。
ヒルダが言うならそうなのだろう。
俺は【複利】以外に何の取柄もない男なのでよくわからない。
==========================
話のついでで恐縮なのだが、母娘にカネを渡しておく。
彼女達に生活費を渡しておくことも必要だろう。
最初100万ウェンを渡そうとするが《手切れ金のつもりでは?》と勘繰られたので、60万ウェンを渡す。
何故60万ウェンか?
端数だからに決まってるじゃないか。
==========================
【所持金】
9560万ウェン
↓
9500万ウェン
※妻実家に60万ウェンを生活費として納入
==========================
まだ昼前なので、配当まで時間を潰す為に散歩に行く。
本音を言えば部屋の中でゴロゴロしていたいのだが、あの女共と四六時中顔を合わせていると息が詰まる。
カネに余裕が出来て来たので、前から興味があったカフェに入る。
テラスがハンモック席になっていて寝転がったままメシが食えるような仕組みになっている。
1万ウェン払えば、フリードリンクと2食が付く。
頼めばウェイターがトイレ以外の全ての面倒を見てくれるので、ここで時間を潰すことにする。
俺は労働が嫌いだ。
地球に居た頃から、如何に働かずに大金持ちになって世間の奴らを見返してやるかばかりを考えていた。
そう、俺が【複利】を授かったのは極めて妥当な帰結と言える。
こうやって労働者共を見下しながら飲むトロピカルジュースは最高に旨い。
まさしくこれこそが甘露なのだ。
ハンモックに寝転がる俺の眼前を多くの者がせわしなく走り回っている。
商人・職人・農夫・軍人・役人・娼婦・乞食・貴族…
皆が額に汗を掻き必死で這いずり回っている。
ふふっw
いい眺めだ。
いやあ、今日は絶好の昼寝日和ですなぁww
どんな手を使ってでも俺はこのスキルを地球に持ち帰ってやる。
ああ、地球でこのスキルを使えたら最高だろうなあ。
もしも帰れたら…
父さんを馬鹿にした奴らを全員叩き潰してやるんだ。
==========================
「遠市君?」
不意に誰かがテラス席に踏み込んで来る。
おいおい。
ここはVIPの為の区画だよ?
代金も払わず何だねキミは。
ウェイター何やってるんだよ、早くつまみ出せよ。
「遠市君だよね?」
『ポリポリ… ポリポリ…』
俺は干菓子をゆっくり噛み砕いてから、相手を見た。
女だ。
胸が大きいのは素晴らしい。
腰回りも豊かで俺好みだな。
あー、でもやや猪首気味なのはNGだな。
「和田ちゃんも心配してたんだよ!」
『…ワダ』
ここでようやく脳が地球に戻る。
ワダ? 和田、和田和子。
図書委員、前に尾行されて怖かった。
思い出した、俺のカネを狙ってる女だ!
この女も和田の一味か!?
俺は慌てて起き上がり周囲を警戒する。
この女、一人か?
見た所、そこまで腕が立つようには見えないが、コイツが囮でどこかに伏兵を隠している可能性は高い。
ウェイターと目が合う。
俺は必死にアイコンタクトで《早く叩き出せ》と指示するのだが、何を勘違いしたのか
《御安心下さい、女を連れ込むのは料金のうちですので♪》
と小粋にウインクを飛ばしてくる。
馬鹿野郎、カップル用のジュースなんて持ってくるんじゃない!
何でペアストローなんだよ!
空気読め馬鹿!
折角後でチップをくれてやろうと思ったのに、却下だ却下!
「いつもこうやって女遊びしてるんだね、最低!」
『…してない。』
「私達、みんな心配してたのに!」
『…勝手に座るな。』
「こういう時ほど、クラス全員で力を合せなきゃ!」
『…俺のサンドイッチ勝手に食うな。』
「安心して、皆を呼んできてあげるから!」
『っていうか勝手にストローに口を付けるなああ!!!
頭湧いてんのかテメーーーー!!!!』
「何よケチケチして。
こんなにいっぱいあるんだからちょっと位いいじゃない。」
『いやいやいや!
これカップルとかで飲むもんだぞ?
っていうか俺のクッション勝手に使うなよ!!』
「それでね、遠市君。
ここから本題に入るね?」
『相手の同意を得ずに勝手に話を進めるんじゃあないッ!!!
ウェイター!!
何とかしろ!!
いや、痴話喧嘩じゃないって!!』
あれ?
あれれー?
何だ、俺がおかしいのか?
あれ?
これ俺が間違ってるのか?
何故か周囲の客が温かいまなざしをこちらに送っている。
「若いわね~」
「僕達も新婚時代はあんな感じだったよね~」
「ほっほっほ、昔を思い出しますわい。」
いや、そういうのはいいから、規約を厳正に守ろうよ。
オイオイオイ!
何のためのVIP区画入場料金だ?
貧乏人のカス共を近づけさせない為だろうが!?
「ここだけの話、私達この国を出たいのね?
この召喚、何かおかしいんじゃないかって思い始めて。」
そりゃあ、思うだろうな。
未成年拉致だもんな。
ボコ・ハラムとか北朝鮮とやってる事変らないからな。
「殆どの男子がはしゃいじゃって、全然話を聞いてくれたんだけど。
荒木君とか金本君とか、おとなしい人だと思ってたのに。」
『セックスさせてやれば、聞く耳持ってくれると思うぞ?』
「あ、それは無理。
私、人権身長ない男って生理的に無理だから。
そもそもイケメン以外が遺伝子残すのって犯罪だと思わない?」
『君のお父さんを見ない限り何とも言えないな。』
「何とかクラスを一つに纏めたいのよ。」
『そうか、頑張ってな。』
「遠市君も仲間なんだよ!
かけがえのないクラスメートなんだからね!
力を合せようよ!」
嘘だろ?
この女、俺が楽しみにしておいたサンドウィッチを全部食ってしまった。
オマエ、どういう躾を受けてきたんだ?
『えっと、俺忙しいんでそろそろ帰ってくれないかな?』
「仲間でしょ!
団結しようよ!
どうしてみんな勝手するの!?」
『だからあ。
セックスさせてやったら、みんな話を聞いてくれるって。』
「そんなの死んでもイヤ!!
キモイキモイキモイキモイ!!
アタシ、陰キャとかオタクとかチビとか不細工とか
そーゆーカースト低いゴミに見られるだけで反吐が出るの!!!
でもクラスメートなんだから助け合うべきだよね?
遠市君もそう思うよね?」
『死んでもヤラせない女と話し合う事なんて何一つ無いと思うぞ?
そりゃあ、誰からも相手にされなくて当たり前だろ。』
「女子は全員賛成してくれてるの!!
男子が勝手なの!!」
コイツラの遣り取りを見てないので断言は出来ないが、どうせこの女が女に都合の良い主張を男子生徒に強要しようとして、愛想を尽かされたのだろう。
恐らく王宮内では男子生徒にハニートラップ的な勧誘も行われている筈だしな。
ヤレない級友よりもヤレるハニトラ、ってね。
「絶対にセックスはさせないし指一本触れさせるつもりはないんだけど!
それどころか生まれてこのかた1秒たりともブサメンを人間だと認識した事はないんだけど!
男子には女子を助ける義務があると思うの!!
私達かけがえの無いクラスメートなんだよ!!!」
…マジか。
典型的なフリーライド思想・エゴフェミ思想だな。
いやいや、仮にそんな思想を持っていたとして、普通それを口外するか?
異世界はTwitterじゃねーんだぞ!?
うーん、コイツの使い道何かあるかなー?
思いつかないなー。
後でヒルダに聞いてみるか。
とりあえずニコニコ金融に出勤する時間になったので、トイレに行くフリをして支払いを済ませ、裏口から脱出した。
折角金持ちになったんだからテラスで堂々と飯を食いたい。
でもテラスで食ってたら今みたいに貧民に襲撃される。
なあ、俺は一体どうすればいい?
誰か教えてくれよ!
==========================
【所持金】
9500万ウェン
↓
9499万ウェン
※カフェ絢爛楼にてVIP席代金1万ウェンを支払い。
==========================
俺は撒いたと思ったのだが、さっきの猪首が走って追いかけて来る。
マジか?
「仲間でしょーーーーーーー!!!」
奇声を挙げて掴みかかって来やがったので、《体落》で投げつけてやった。
背中を抑えて転げ回っていたので、爆笑しながらその場を立ち去る。
選択体育で柔道選んで正解だったぜ!
いやあ、例え相手が女でも喧嘩で勝つのって、気ん持ちいいーー♪
==========================
『どうも、お二人共お揃いで。』
俺がニコニコ金融の敷居をまたぐと、ダグラスとカインが書類を見ながら何やら相談をしていた。
こうして見ると、2人とも普通の職業人なんだよな。
「トイチ、宿屋に養子入りしたんだってな。
これからはコリンズと呼ばせて貰うぞ。」
封建社会って家が重視されるから、呼称に対してマメだよね。
『ええ、俺も徐々にコリンズ姓に慣れて行きます。』
ダグラスは書類をカバンを纏めると、カインに一礼して外出してしまった。
「昨日、ずっと待ってたのに…」
『スミマセン。
一言連絡するべきでした。』
「いや、別にそういう約束は無かったから…」
『カインさんに負担の掛からないシステムを考えてみます。』
「うん。
何かゴメン。
…おカネ、どうする?」
『もし借りれるんなら…
ありがたいです。』
「実はね?
勝手な申し出で恐縮なんだけど…
少し多めに持って来ちゃったんだ。」
いつもと違って今日のカインは、どうも遠慮がちでこちらの顔色を伺う様な仕草が多い。
『は、はあ。
多分、対応出来ると思いますが。』
「…2億9000万。」
『!?』
「2億9000万ウェンって対応して貰える?」
『うおお、流石におカネ持ってますねぇ。』
「シッ! 声がデカい!」
『す、すみません。』
「今、ダグラスが人員を連れて来るから。
運搬はそいつらにさせる。」
『…6000万ウェンが上限だと思ってました。』
「はははw
まあ、いいじゃない。
たまには博打したくなるよ。
…それでさ。
2億9000万ウェンの1%って事は…」
『290万ウェンですね。』
「う、うん。
その…
払えそう?」
『多分、行けるでしょう。
もし無理なら自腹で弁済しますよ。』
「いやいやいや!!
あくまで実験、あくまで実験だから。」
==========================
俺とニコニコ金融一派は胡桃亭まで無言で歩く。
「コリンズ君。
君を信用しない訳じゃないんだが…
その金額が金額だから。」
『ああ、俺を監視したいって事ですか?』
「いやいやいやいや!!
監視とかないから!!
護衛!
あくまで君を護衛させて貰いたいの!」
『一応、身内に相談させて下さい。
経営権は女将が持っておりますので。
もしも女将がNOと言えば、この話は諦めて下さい。』
「う、うむ。
いいかね!?
我々としては強要する意図は断じてないからね!?
あくまで友人として!
君の友人として!」
そりゃあ、日利1%が貰えるか否かの瀬戸際だもんな。
誰だって必死になるよ。
まあ、そこまで必死になる事はないよ。
俺の予想通り、ヒルダは「是非やりましょう!」と言ってくれた。
コレットが妙に落ち着いていると思ったら、必死で笑いを噛み殺している。
ああ、確定だな。
俺のスキルはヒルダに見破られ、その情報はコレットに共有済み。
母娘は勝利を確信したような笑顔でテキパキと部屋を整えていく。
「では、お連れ様はこちらのお部屋をお使い下さい。」
「ありがとうございます。
おい、野郎共!
ちゃんと挨拶しねえか!!」
「「「宜しくお願いします!!!」」」
ダグラス一派(暴力要員)は分散して各客室に分宿。
そして俺はカインを私室に招く。
『あ、どうぞ。』
「あ、お構いなく。」
オッサンと狭い密室で向かい合うというのも相当気まずい。
そもそもここって他人様を呼ぶ事を想定してないからな。
「いやあ、立派なサスマタですなあ。
お、先っぽが少し曲がってますね。」
『狼を討伐している時に歪められてしまいまして。』
「ほうほう!
流石ですなあ。」
特に共通の話題も無いので、型通りの会話をする。
そして互いに沈黙した後。
「で、では。
この箱を確認して貰えますか?」
『は、はい。』
地球に居た時は1億どころか10万も見た事が無かった。
父方も母方も先祖代々の貧民なので、下手をすると我が家系が見る最大の金額かも知れない。
1000万ウェンの価値のある大白金貨が20枚。
後は白金貨・金貨も混じっている為、計測にやや時間が掛かった。
『確認しました!
2億9000万ウェンです!』
カインは胸を撫でおろす。
「小銭が多くてゴメン。
今度から大白金貨で統一するよ。」
『お気遣いありがとうございます。』
「…では、この全額を君に預けます!」
『2億9000万ウェン、お預かり致しました!』
「…。」
『…。』
『あの、カインさん?』
「その… 私はどこで待っていればいいかな?」
『どこかで食事でも…』
「あ、いや。
君を信用していない訳じゃないんだけど。」
『では、私の身内に食事でも作らせましょうか?』
「いやいやいや!
他人様の奥方を使用人扱い出来る訳がないじゃないか!!」
コイツら妙な所で真面目だよな。
『まさか扉の外で待って貰う訳にもいかんでしょう?』
「お! いいですねぇ!
私、外で座ってるよ。」
マジか?
頭おかしいんじゃないのか?
俺は慌ててコレットにカインの世話を頼む。
物音から察するに、茶菓子を振舞ってくれているようだ。
カインも滅茶苦茶だが…
まあ、気持ちも解かる。
俺だって廊下に座ってるだけで290万貰えるなら一晩中でも喜んで座っておくだろう。
==========================
【所持金】
9499万ウェン
↓
3億8499万ウェン
※カイン・R・グランツから2億9000万ウェンを日利1%で借用
==========================
ふーーー。
俺は床に大の字になって気持ちを落ち着かせる。
不安なのか、カインがドア越しに話し掛けてくる。
「こ、コリンズ君! そこに居るのかい!」
『安心して下さい!
逃げも隠れもしませんから!』
「疑ってない! 疑ってないからね!」
そんな不毛な会話を繰り広げている間に17時が来た。
《4620万ウェンの配当が支払われました。》
今日は感慨では無く、安堵の感情しかない。
==========================
【所持金】
3億8499万ウェン
↓
4億3119万ウェン
※4620万ウェンの配当受取
==========================
『カインさん。
今、大丈夫ですか?』
「はい!?
大丈夫! 大丈夫ですよ!」
『どうぞ、入って来て下さい。』
「は、はい?
何か問題ありましたか!?」
『いえ、金利と元金をお支払いさせて下さい。』
沈黙が場を支配する。
そりゃあね、こんなの絶対おかしいよね?
「え?え?え」
『魔法です!』
「ま、魔法!?」
『いや、祈りです!』
「い、祈り!?」
『神に祈って授けて貰いました!』
「えー、それはちょっと無理があると言うか…」
『信心の乏しい方とは、今後のお取引は…』
「神に感謝します!!」
『じゃあ、まあ。
そういうことで。
何かあったら口裏合わせて下さいね?
利息受け取る以上、一蓮托生ですよ?』
「一連はしたいんだけど…
托生は嫌だなぁ…」
正直な男だ。
人望があるのもよく理解出来る。
『では元金2億9000万ウェン。
そして約束していた利息の290万ウェンをお支払いします!
御検分下さい!』
==========================
【所持金】
4億3119万ウェン
↓
1億3829万ウェン
※カイン・R・グランツに2億9290万ウェンを返済。
==========================
「おおおお…」
カインは目を丸くして呻いている。
こんな都合の良い話、詐欺師か神以外にはしてくれないだろう。
(まあ、この世の宗教は全て馬鹿を騙す為か賢者の言論を封殺する為の詐欺だが。)
『カインさん?』
「あうあうあ…」
『カインさん!』
「はッ!
す、すまない。
私とした事が醜態を。」
『では、用事も済んだので
おカネを回収してお引き取り下さい。』
「え? もう?」
『いや、だってここ俺の私室ですから!
さあ、このおカネを持って!
暗くなる前にお引き取り下さい!』
「あ! ちょっと!
ちょっと待って!
あ、明日も…
来ていいかな?」
『え?
明日も来るんですか!?』
「いやいや!
君だって毎日ニコニコ金融に来てたじゃないか!
ダグラスが不気味がってたよ?」
『いやいやいや!
あなた方は金融業者でしょ?
俺は開店中の店を訪問しただけですよ!
でも俺は単なる宿屋の入り婿です。
ここは金融屋じゃない!』
「待って! 待って!
話し合おう!
話し合おう!
我々は歩み寄れる筈だ!」
『いや、こっちも話し合いを拒絶している訳じゃないですよ?
ただ、俺にだってプライベートはあるし、毎日拘束されるのは辛いんです。
宿も女将に頼んで法人会員専用に転向したくらいですし。』
「法人会員!?
なるなる!
幾ら払えば会員になれるの!?」
『いえいえ、だからそういう話ではなく。
こんな大金を毎日遣り取りするのはプレッシャーなんですよ!』
「い、いや。
私だってプレッシャーだよ?
こんな大金持ち歩くの怖いもん!!
幾らダグラスが腕利きだってさあ。
そりゃあ私だって怖いよ。」
『いや?
ちゃんと持って帰って下さいよ?
もう利息は払いましたよね?』
「いやいや!
ちょっと待ってちょっと待って!
あ、そうだ!
いい事思いついた!
今、預けるよ!
このおカネ…
あ! いいこと思いついた!
ダグラスに710万ウェンを持ってこさせる!
それで計3億ウェン預ける!!」
『いやいやいや。
そんな一方的に…』
「ずっと預ける!
たまに元金確認させて!」
『いや、ちょ。
俺の都合も考えて下さいよ!!
3億なんて大金!
こんな女所帯で預かれる訳ないでしょ!?
貴方は強いからいいですけど
俺は傭兵でも冒険者でも何でもないんですよ!』
「じゃ、じゃあこうしよう!
ダグラスチームを24時間交代で護衛に付かせる!
彼らは地元のチンピラの間じゃ相当恐れられている存在だ。
ダグラスが隣に詰めてる店に押し込む馬鹿は絶対に居ないと断言できる!」
『俺はダグラスさん好きだからいいですけど。
妻が… 何と言うか…
やっぱり金融屋さんが、ね。
側に張り付いてると、ね。
いや、職業差別の意図はないんですけど、ね?』
「じゃあ、商売替えさせます。」
『いやいやいや!
金融業者の許認可って結構大変なんでしょ?』
「だって金融業なんかよりコリンズ君の取り巻きしてる方が絶対儲かるに決まってるもん!」
流石に切れ者と評判のカインだな。
俺の利用価値を完全に理解した上で、形振り構わず食らい付いて来る。
『…私の一存では決められませんので
女将のヒルダも同席させて宜しいですか?
可能ならダグラスさんも。』
==========================
その後、俺・カイン・ヒルダ・ダグラスの4人で秘密会談。
ヒルダの強い主張でコレットも同席する事になる。
会談と言っても、概ねカインの言い分が通っただけであるが。
1、カイン・R・グランツは3億ウェンをリン・コリンズに預託する。
2、リン・コリンズはカイン・R・グランツに対して1日300万ウェンの配当支払義務を負う
3、カイン・R・グランツは胡桃亭及びその経営者一族に対しての護衛義務を負う
4、ニコニコ金融は廃業を前提として休業する。
5、護衛担当のダグラスグループには胡桃亭の隣接テナントが支給される
6、ダグラスグループの人件費及び維持費はカイン・R・グランツが負う。
7、ダグラスグループは胡桃亭防衛に対する一切の責任を負う。
8、支給テナントにおける売上は全額ダグラスグループのものとする。
9、本会議における決定事項は全て機密とする。
まあ、こんな所か。
表向き、俺とカインはあくまで知人関係に留める。
ニコニコ金融の廃業理由は過当競争を避ける為、と口裏を合わせる。
ダグラスのシノギに関しては、あまり胡桃亭の品位を落とさず、かつ暴力装置である事を明確にしなくてはならない。
『ダグラスさん、強いって聞きましたよ?
冒険者とかどうです?』
「うーん。
悪くは無いんだが、冒険者ギルドなんて今はもう完全に坊主の手先だからな。
そこまでプライド捨てられないわ。
ボス。
農協の仕事請ける分には問題ないですか?」
「ああ、問題ない。
農協関係なら私も便宜を図れる。」
「じゃあ、害獣駆除パーティーと言う事にしますわ。
子分達も暴れたがっているし、多分誰も反対しないでしょう。」
『集金はダグラスさんかカインさんが来られますか?』
「そうだね。
当面はそうしよう。
これで君達へのボーナスも増やせるな。」
「お気遣い感謝します、ボス。」
==========================
【所持金】
1億3829万ウェン
↓
4億3829万ウェン
※カイン・R・グランツから3億ウェンを日利1%で借用
原則として支払いは利息分のみとする。
==========================
俺は義理堅い男だ。
カインにはちゃんと利息を支払う。
男と男の約束に二言はない。
まあ、払うのは単利だがな。
【名前】
リン・トイチ・コリンズ
【職業】
法人会員用宿屋の婿養子
【ステータス】
《LV》 12
《HP》 (3/3)
《MP》 (2/2)
《腕力》 1
《速度》 2
《器用》 2
《魔力》 1
《知性》 3
《精神》 2
《幸運》 1
《経験》 25640
本日利息 2747
次のレベルまで残り15310ポイント。
※レベル13到達まで合計40950ポイント必要
【スキル】
「複利」
※日利12%
下4桁切上
【所持金】
4億3829万ウェン
※カイン・R・グランツから3億ウェンを日利1%で借用
※ドナルド・キーンからの預り金7850万9000ウェン