【転移37日目】 所持金21億8274万4510円 「激闘ポンジ合戦!」
起床。
昨日、早く寝た所為かスッキリとした目覚めだ。
時間はわからない。
俺が起きた気配に気づいたのか、襖越しに安宅が声を掛けて来る。
「先生、おはようございます。
宿側が朝食の準備が出来ていると申しております。
この離れに運ばせる事も出来ますが。」
『おはようございます。
そうですね、それではお言葉に甘えてこちらで食べさせて下さい。
あの、宿の主人にチップを渡したいのですが…
相場が分からないんです。』
「…既に多目に渡しておりますので、1万円が妥当かと。」
『ありがとうございます。
安宅さんの要所要所でのアドバイスに日々助けられております。』
「恐縮です。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【所持金】
15億1537万6510円
↓
15億1536万6510円
※磯子荘にチップとして1万円を支払い
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
皆が集った頃に朝餉も揃う。
朝から刺身なんて食べられるか不安だったが、いざ箸を付けるといくらでも食が進む。
新鮮な卵、程よく炙られた海苔、濃厚な胡麻豆腐と合わせると、自分でも信じられない量の白飯が腹に入った。
「やっぱりリンは若いな。
結局4杯喰ったのか?」
普段、こういう事に口を出さない平原が尋ねてくる。
『ええ、普段は昼でもこんなに食べれないのですが
自分でも驚いてます。」
「先程、主人が地酒を持って来たが
今はやめておくか?」
『はい。
これから長距離移動ですし、これは名古屋への土産としましょう。』
明日は名古屋でのBBQイベント。
早めに現地入りして、打ち合わせを万全にしておきたい。
東京担当のjetとも前日にオンライン通話で最終調整をする段取りになっているからな。
今日はこのメンバーで東海道を西進。
磐田で鳩野を降ろしてから浜松で鈴木翔に挨拶。
その後、名古屋入りをする。
宿は名古屋で最初に泊まったIC側のヴィラ。
飯田が長期でキープしてくれたので、2か月は独占状態である。
しかも、持ち主の建設会社が同物件を売りたがっているらしい。
M&Aサイトに掲載されていた売値は土地・事業の合算で2億9000万円とのこと。
俺の中で購入はほぼ決定となる。
皆で地図を開いて、今日の移動スケジュールを最終確認していると…
バタバタ… バタバタ!!
「はわわわわ!!
初日から寝坊しちゃったのだ!」
可愛らしい足音と同時に光戦士が飛び込んで来る。
「ご、ごめんさいなのだー!
ピチピチの若者であるボクは皆さんみたいな糞老害みたいに早起き出来ないのだー。
それはもう誠にごめんなさいなのだ!」
道理で慌てていると思ったら、寝坊を咎められるかと思ったのか。
非常識な子だと思っていたが、彼なりに考えているのだな。
『おはよう、光戦士君。』
「お、おはようございますなのだ!
明日からは頑張って早起きするのだ!」
『あ、いや。
特に起床時間は決まっていないんだ。
私も普段は遅く起きる事が多い。
日によっては昼間に目が覚めることもある。』
「ぷぷぷのぷーw
昼に起きるなんて糞ニートの駄目人間なのだw」
『なので、君の起床時間を咎めるつもりはない。
ただ、君のお父様にも伝えた事だが、現在の私は故あって頻繁に移動する生活をしている。
なので、場合によっては深夜早朝の身支度をお願いする場面もあるかも知れない。
無論、極力そういう事態にはならないように配慮するつもりだ。』
「ほえー、ひょっとしてリン兄ちゃんはホワイト企業ッスか?」
『さあ、君の食事もちゃんと用意してある。
強要はしないが、腹に入れておきなさい。』
「ホントなのだ!?
やったーなのだ!
…って和食かよ。
ケーキ屋の息子で西欧かぶれのボクは
テンションだだ下がりなんですけど。
刺身だけガツガツ平らげて、後は全部お残ししたい位なのだ!」
『ん?
光戦士君は刺身を好むのか?
まだいっぱい残っている。
好きなだけ食べなさい。
さあ、醤油だ。』
「あ、ありがとなのだ。
むむむ?
この刺身はなんなのだ?
偏食のボクはサーモンみたいな
鬼畜米英共でも理解出来るような味の濃い魚しか食べられないのだ。」
『うん、それは平目だ。
サーモンよりはかなり値の張る高級魚だな。』
「え!?
高級魚!?
な、なんだか急に美味しそうに見えて来たのだ!」
『深緑の小鉢に盛られたのがあるだろう?
それはエンガワと言って高級部位だ。
私も最近知った事なんだが、回らない寿司屋で特上を頼むと入っているようなネタらしい。
稀少なものだから、記念に食べておくといい。』
「特上!!
た、たべるのだ!
ムシャムシャ!
味はわからないけどムシャムシャ!
そんなに好きな味じゃないんだけど
高級と聞くと得をした気分で資本主義的に幸せなのだ!
モシャモシャ!!
さいこーーーーーーなのだ!!」
『気に入ったようで何よりだ。
じゃあ、君の分のお茶も入れよう。』
「はっw
これだから凡人はw
ケーキ屋の息子のボクはジュースをチューチューしながらじゃないと
ご飯が食べられないのだw」
『ああ、君のお兄さんも似たような事を言っていたな。
懐かしいよ。
そうだな。
100g1万円ほどの濃い茶だから、刺身にはキツ過ぎるかも知れないな。
わかった、宿にジュースを持ってこさせよう。』
「ちょっと待つのだー!!」
『?』
「え!?
このお茶、そんなに高いのだ?」
『いや、私も値段には疎いのだが
お茶の世界は上を見ればキリがないらしいから。』
「の、飲むのだ!!
ボク、枝豆の癖に緑茶は苦手だけど。
金本家の家訓である
《食べ放題では店が嫌がるものを固め喰いしろ》
に従うのだ!
ゴクゴク!
苦っ! 苦っ!
お茶は苦苦!
平目は不味不味!」
『無理をしなくていいからな?
味覚は人それぞれだ、苦手やアレルギーがあればちゃんと申し出る様に。』
「苦っ苦っ!
不味っ不味っ!
とほほ、資本主義には勝てなかったよ。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、jetとオンライン通話。
向こうは光戦士を知っていたらしく、大いに驚いていた。
『マジ?
光戦士君ってそんなに有名人なの?』
「ああ、知らずに同行してたのか。
ネットの玩具的な文脈ではあるが、まあ人気者だな。
まとめサイトを閲覧する習慣のある人間なら、大抵知ってると思う。」
『へえ、そうなんだ。』
「ただ、不登校に関してはバッシングされてるから
扱いには気を付けろよ。
特に、授業の時間帯には配信させない方がいい。
今は不登校youtuberとか流行してて、結構議論になってるからな。」
『ありがと。
jetが教えてくれなかったら、俺は多分そういう地雷踏んでたと思う。』
「まあでも、概ね好かれてはいる方だと思うよ。
ずんだもんブームは、少なく見積もっても5年は続くだろうからな。
…リンの事だから、この子の将来とかも考えてるんだろ?」
『まあ、配信だけで喰って行けるとは思えないからな。
彼も男なんだから、手に職を付けさせなければだよ。
ご実家が訴えられていなければ、親御さんの下で見習いとして修業する事を推奨したんだけど。』
「俺も、家業持ってる奴は素直に継ぐのが一番だと思う。
そこら辺、継ぐ気はあるのかそれとなく聞いておいてやれ。」
『わかった。
いずれにせよ光戦士が生計に困らない様に配慮しておくよ。
jet、オマエにばかり負担をかけて申し訳ないが…』
「その話はしない約束だろ?
明日の新宿イベント、地元誌も取材してくれる事になった。
オマエの活動にちゃんと繋げてやるから、安心しろ。
今夜と明日の昼、通信周りだけチェックさせてくれ。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
10時過ぎ。
福田魁に礼を述べてから安宅車に乗り込む。
どうやら鯨に関しては問題なく処理出来るらしい。
皆で手を振り合ってから全車両を発進させる。
平原が助手席に光戦士を座らせたがったが、あからさまに怯えていたので寺之庄車に載せた。
俺はそのまま安宅車の助手席。
…安宅一冬。
最初の大口出資者。
カネ以外でも功績は多い。
故に、この男に何とか女を当てがいたい。
今の俺は、周囲に異性が多い。
これは非常に困った状況だ。
何故なら、コアメンバーに女を与えないまま、異性に耽溺してしまうと後々のトラブルに発展しかねないから。
なので、今の俺は女を割り振ることばかり考えている。
後藤・江本・寺之庄・飯田と他の4人には恋人的な存在が居る。
だが、安宅だけに女が居ない。
困るのだ、こういう不均衡は…
蟻の一穴天下の破れ。
俺は組織に綻びが生じるとすれば、安宅からだと内心確信している。
安宅に女を支給さえ出来れば勝ち、出来なければ我が身の破滅。
それ位の危機感を俺は持っている。
娼婦は駄目だ。
安宅がますます劣等感を感じてしまう。
一定ランク以上の、人が羨むランクの女でなければならない。
しかも、金目当てではなく安宅の人格に惚れて貰わねば困る。
そういう女を複数この男に提供したい。
言うまでもなく、ヒルダの手は借りない。
奥の発言力がこれ以上増大すると、必ずや天下静謐の妨げとなるからだ。
漢王朝草創譚のラストバトルが劉家vs呂家だったように、王朝が生まれる時は多かれ少なかれ表と奥の利害対決が発生する。
故に、粛清も含めて女共の処理方法をそろそろ検討しておかなければならない。
そんな風に、1日の9割くらいは安宅の事を考えている。
俺も半ば意地になっているのだろう。
コイツがセックスするまでは誰ともセックスしないと誓いを立ててしまった。
頼む、安宅。
早くセックスしてくれ。
オマエの所為でこっちは地獄の禁欲生活を過ごしているんだぞ。
『まさか、新橋で会っただけの安宅さんを
こんなに連れ回してしまうなんて思ってもいませんでした。
タワマンまで売らせてしまって恐縮です。』
「ははは。
どうせ独り暮らしですしww
遊びに来てくれる女の子も居ませんしね。
どこに住んでも一緒ですよw」
俺は動揺を必死で抑え込みながら、適度に同調して笑う。
…バカヤロー、年上の癖にセンシティブな話題に触れるな。
俺がどれだけオマエに神経遣ってると思ってるんだ。
『確かに。
都会だとどこもそんなに変わらないですね。
安宅さん行ってみたい街とかあります?』
「リクエストですか?
沖縄です!
南国に憧れがあるんですよ!」
…ゴメン、沖縄はNG
遠距離移動はリスクが高過ぎる。
それに船舶・飛行機の搭乗には身分証が必要だし。
多分、権力を得るまでは北海道・東北・沖縄には行かないと思う。
『沖縄いいですねぇ!!
あ、じゃあ沖縄支部が必要になったら
安宅さんに初代支部長をお願いしていいですか?
勿論、超豪華リゾート社宅を用意します!』
「お!
リゾート社宅最高ですねえ!!
あ、勿論仕事に専念するので安心して下さいね!」
『ははは、お互い息抜きもちゃんとしましょうよー。
実はここだけの話、私だって遊び呆けたいのが本音なんですよー。』
「えー!
そうだったんですか!
トイチ先生、全然そんな気配がないからー!!」
いや、そんな訳ないじゃん。
天下国家にしか興味がないから、こんなバカなキャラバン生活をしているんだろうが。
『そりゃあ、私だって。
仕事ばかりじゃ息が詰まりますよ。
安宅さんの若い頃の話とか聞かせて下さいよー。
ヒルズ族ってどんな遊びをしてたんですかー?』
やや不自然だが、強引に遊びの話に持って行く。
この男も俺同様ワーカーホリックだからな。
誘導してやらないと、女漁りをしてくれない。
「ええ、遊びってほどじゃないですよーww
ヒルズの遊び人、まあぶっちゃけキョロ充共なんですけど
そいつらの金魚のフンでしたww」
『でも、当時は皆が羨んでたと聞いてます。
豪遊されたんでしょ?』
「ははは。
六本木のクラブを貸し切って、女を集めてファッションショーとかですね
それもアイドルとかモデルとか名の通った女ばかりです。
…ここだけの話、私ですらモデルとセックス出来ましたから。」
『おお!
モデルさんが相手だなんて凄いですねえ!
やっぱり皆さんお綺麗だったでしょう。』
「いやー、たまたま私がハズレばっかり引いたのかも知れませんが
カネの亡者みたいな女が続いたので…
あの界隈が一気に嫌いになりました。
LINEとか全部ブロックしましたし。」
『ああ、確かに派手な業界ですからねえ。
私も欲深い女は嫌いなので、モデルとは上手く行かないかも知れませんw』
「そんな事言ってたら松村さんの生徒務まりませんよーw」
『あの女の教員免許、誰か剥奪して下さいよーーww』
「『あっはっはっはwww』」
「でも、身体は最高ですね、あの人。」
『いや、クラスでもその話題で持ちきりでしたよ。
何せあの身体ですからね。』
「ああ、身体と言えば。
インスタにモデルとかダンサーとかのDMが増えたんです。」
『え、そうなんですか!
おめでとうございます!』
EXPASA海老名 (下り)で停車して、2人で品評会。
モデルなので当然全員可愛いが、殆どの者が金目当てっぽい。
酷い者に至っては露骨に売春の誘いである。
…これ、普通に売春防止法違反ではないのだろうか?
「これなんですよ。
愛想のいい文面で話し掛けて来て、結局はカネの話でしょ?
正直、傷付くんです。」
『あ、わかります。
自分の人間性が否定されてる気がしますよね。
《どうせ俺じゃなくて、俺のカネが好きなんだろ》
ってたまに言いたくなる時がありますもの。』
「女性陣にも悪気がないのは理解出来るんですけど。
彼女達が思ってる以上に、男って繊細なんですよね。
だから、もう少し気を遣って欲しいです。
ほら、この子からのDM見て下さい。
《海外旅行が趣味です。
ドバイとかベガスとか連れてって欲しいです。》」
『うわ、露骨ですね。
え? この子まだ安宅さんとは面識ないんでしょ?
非常識にも程がありますよ。』
「でも、ヒルズで遊んでた時はこういうノリの子多かったですよ。
第一声が《ヴィトンの新作買って下さい》の子も居た位です。」
『え!?
初対面でですか!?』
「このくらいで驚いていたら港区じゃ遊べないですよ。
もうねー、まともな女性ってクロネコヤマトの配達お姉さんくらいのものでしたから。」
『あははは
確かに、女性で肉体労働してる人って、基本的に夜職が嫌いなのかも知れませんね。』
ふと、コレット親衛隊の全てを拒絶するような表情を思い出し、すぐに脳裏から追い出す。
2人で頷き合いながら、連れションを済ませて缶コーヒーを買って車内に戻る。
「結局ねえ。
女性も質実剛健が一番ですよ。」
『わかります!
ちゃんとした女の人が一番ですね。』
「その点、ヒルダさんはきっちりしてて素敵ですね!」
『…あ、はい。
そうっすね。』
俺の中で芽生えかけていた女遊び意欲が一瞬で粉砕される。
…あの女の顔を思い出すと、色々萎えるんだよな。
「あーあ、私も地に足に着いた女性と遊びたいなーー!!」
くっそ、人の気も知らないで好き勝手言いやがって。
オマエは何気なく放言しているが…
冷静に考えたらオマエと遊んでる時点で地に足着いてないじゃねーか。
こうなったら意地でもセックスして貰うからな!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
磐田ICで降りて、一旦鳩野を見送る。
いや見送る予定だった。
「…何も言わずに出て行ったので、お母さんに怒られるかもです。」
真顔でそう言いなり、こちらをチラチラ見て来るので仕方なく一緒に行ってやる。
正直、そんな義理は1ミリもないのだが、俺とてヒルダに逆らえないので文句を言う立場にない。
鳩野の実家は富士見町という丘陵の住宅街にある平屋の豪邸で、周辺の区画よりも遥かに広かった。
停まっている車からしても、鳩野一族はこの辺の小地主か何かなのだろう。
遠くから見守っていると、玄関に初老の女性が出て来てヒステリックに鳩野を叱責していた。
そりゃ怒られるだろう。
この十数日、ずっと連絡を取ってなかったらしいからな。
本人は荷物を整理してからすぐに再出発するつもりだったらしいが、とてもではないがそういう雰囲気でもない。
あれよあれよという間に、家の奥から作業着姿の男性(恐らくは鳩野の兄だろう)が出て来て、哀れ鳩野は殴り倒されてしまう。
雰囲気的には後数発殴られそうな様子である。
鳩野が縋る様に見て来たので、仕方なく助け船を出す事にする。
『あの、すみません。』
「は!?
アンタは!?
取り込み中なんだけど!?」
…怖い。
そりゃあね、不肖の弟に鉄拳制裁している最中に話し掛けられたらいい気はしないよね。
『実は、私は鳩野先生に助けられた者でして。』
特にこの男に何かをして貰った記憶はないのだが、精一杯鳩野を持ち上げておく。
口から出まかせにペラペラ喋っているうちに何故か鳩野が
《チンピラ集団に絡まれて殺され掛けていた俺を颯爽と救ってくれた命の恩人》
《ボランティア活動を手伝ってくれた魂の恩人にして真の聖者》
という事になってしまう。
繰り返すが、俺はこの男とそこまで親しい訳ではない。
(下戸か上戸かすら、まだよく知らない。)
あくまで出資者の後輩に過ぎないのだ。
しばらく嘘八百を並べて、ようやく鳩野家が平静を取り戻したので、世話になった返礼として相模土産を渡してしまう。
あーあ、明日のBBQで振舞う予定だったのに…
冷静になると鳩野兄は善良で純朴な農家だった。
こちらが恐縮するくらい歓待してくれる。
そんな兄をここまで怒らせたのは、日頃の蓄積だったのだろう。
ちなみに鳩野は生まれてこの方、実家の農作業をただの一度も手伝ったことがないらしい。
トレーダーってそういう人種が消去法的に就く生業なのかも知れない。
話の流れで猟師と付き合いのある話をすると、紹介をせがまれた。
どうやら猪害に悩まされているものの、狩猟関係者との深い付き合いがなく、誰にも相談出来ずに困っていたらしい。
「最近は急に減ったんだけどねえ。
また農繁期に出没したら困るから。」
どうやら鈴木一派の乱獲は功を奏しているらしく、少し嬉しい気分になる。
鳩野はこれだけ俺達と一緒に居て、実家に猟師を紹介するという選択肢を思いつかなかったらしい。
そりゃあ殴られるわな。
俺は隣街の浜松で鈴木と親しく付き合ってる旨を告げ、紹介することを約束して鳩野家を後にした。
鳩野家から磐田ICまで10分、磐田ICから浜松西ICまで10分。
すぐに浜名湖畔に到着し、鈴木と再会する。
固く抱擁し日頃の感謝を述べ合う。
まとまった数のイノシシを私有地にキープしてくれていた。
集めも集めたり46頭。
うち2頭が衰弱死していたので、44頭である。
加えて四肢を縛ったシカも17匹確保、衰弱死10匹なので7匹キープとなる。
(四肢を縛った上で猿轡、寧ろそれで生きていた7匹の生命力に敬意を表する。)
鯨の正確な経験値を調べる為にも、極力経験値は取得したくないのだが…
これだけ奔走してくれた鈴木に不信感を抱かせるのはマズい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【所持金】
15億1536万6510円
↓
15億0256万6510円
※鈴木翔に1280万円を支払い。
(日当20万円+イノシシ捕獲褒賞920万円+シカ捕獲褒賞340万円)
イノシシ1頭20万円×46頭=920万円
シカ1頭20万円×17匹=340万円
【推定経験値】
イノシシ44頭
40×44=1760ポイント
シカ7匹
20×7=140ポイント
《経験》 15667→17567
本日取得 1900
本日利息 未取得
※レベル12到達まで合計20470ポイント必要
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
…参ったな。
鯨の経験値が俺の中で確定するまでは、狩猟を控えたかったのだが…
いや、別にレベルさえ上がれば何だっていいんだけどさ。
自分の内的なデータを把握出来ないのって怖いんだよ。
異世界でも糞長称号の所為で自分のステータスが見えない時期が一番精神的に辛かったしな。
そして本題。
獲物買取の中止を申し出る。
「え!?
こちらに何か至らぬ点が…」
『いえ、私が多忙になって来たので
これまで程に身動きが出来ないんです。』
無論、嘘。
今の俺は毎日2000弱の経験値を利息で取得出来るようになった。
つまりイノシシ50匹を自動的に殺害しているようなものなのである。
これこそ俺の【複利】が最強である理由。
纏まった経験値さえ稼いでしまえば、後は実質的な自動レベルアップ。
無論、これは秘中の秘だが。
鯨殺害というコスパの良い経験値獲得方法を平原が提案してくれた現在。
本当に申し訳ないのだが、狩猟家達の優先順位が下がっているのだ。
「他にも我々で何かお役に立てる事はありますか?」
鈴木が食い下がる。
当然だろう。
ここで簡単に諦めたら商売人失格である。
俺は俺で必死に考える。
鈴木はこちらの初動を支えてくれた。
なので、無下に放り出すような真似はしたくない。
そういう不義理な振舞を続けていると、それが遠市厘のカラーになってしまうからだ。
『えっと…
論点を逸らす訳ではないのですが…
鈴木社長の方で何かお困りのことはありませんか?』
「え!?
いえ、何だろ…
何かあるかな?
えっと、えっと。」
『鈴木社長個人でなくとも、御家族や御地域でも…』
「家族… 地域…
あ!」
『何かありますか?』
「いやー、狩猟とは関係なくて申し訳ないんですけど。
浜松で盗難事件が激増してるんです。」
『ほう!』
「元々、そこまで治安の良い土地では無かったのですが…
クルマとか家畜とか大量に盗まれて…
親父の知り合いで畜産をされていた方が…
牛をごっそり盗まれて… その自死されたみたいで。」
『ああ、家畜泥棒多いみたいですね。』
「…多分、外国人労働者でしょ、犯人。」
『そうなんですか?』
「だって、たまに自動車盗難事件で捕まってますし。
先週はビニルハウスに侵入して捕まった連中が居ましたし。」
『なるほど。』
「どこかに、ガイジンに家畜を盗ませて…
それを解体している大本が居るんですよ。
でなきゃ、こんなに大量に盗まれる訳ないですもの。」
『しかし、牛なんか盗みますか?
こういう言い方は悪いですけど、自動車を盗んだ方がコスパが良いのでは?』
「いやあ、自動車は車体番号とか製造番号とかありますからね。
家畜の場合は解体して食肉にしちゃったら、現金化出来るじゃないですか?
クルマと違って車検はないし、それこそ腹に入っちゃたら、もう証拠は残らないし。」
『ああ、そっかあ。
そういう視点の犯罪もあるんですね。』
「一応、畜産家さんもカメラ設置しているみたいなんですけど。
ご高齢の方が多い業界ですからね。
中々上手く運用出来てないみたいで。」
…ふーむ。
まあ、浜松という土地には世話になったからな。
BBQイベントの舞台にも使わせて貰ったし、何か提供してから去るか。
『私の友人にトレイルカメラに詳しい人間が居るのですが
宜しければ寄贈させて貰えませんか?
勿論、手柄は鈴木さんのものにして下さい。』
そういう話があったので、付近で休憩していた平原猛人に通話で諸々を尋ねる。
「トレイルカメラの運用なら、夜色が一番だろう。」
『あ、そうなんですか?』
「俺は所詮素人だが…
アイツは名人芸レベルだぞ?」
『へえ。
あ、次にメールする時に相談しておいて貰えませんか?』
「わかった。
浜松の防犯だな?
夜色も忙しそうだが、オマエの望みであれば喜んで聞くだろう。
OK、この後打診しておく。」
『雑用を押し付けてしまって申し訳ないです。
助かります。』
「ま、これもスマホが届くまでだ。
納品されたら、すぐにオマエに届けてやるから。
楽しみにしておけ。」
「ありがとうございます!」
…スマホかあ、楽しみだな。
やっべ緊張して来た。
スマホを手に入れたら何をしよう。
まずはエロ動画なんだが、聞くところによるとエロ動画を見るとランサムウェア?
そういう悪いウイルスみたいなものがあってカネを盗まれるらしい。
詳しい話を皆に聞きたいのだが、恥ずかしくて聞けない。
辛い。
まあいい、エロ動画を安全に視聴する方法を何とかして調べてみよう。
その後、鳩野に電話して鈴木を正式に紹介。
挨拶を兼ねた飲み会が開かれる事になったようだ。
我ながらぞんざいな気もするが…
多分、義理は果たせた方だと思う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、色々あったが昼過ぎには名古屋入り。
まず奔走してくれた飯田に感謝を述べる。
明日のイベントに備えて、今日はもう動かない事を決意、用意してくれていた風呂に浸かって疲れを癒す。
その後に光戦士を呼び出して、配信場所・配信時間のルールを定める。
深夜早朝は控えろとか、配信する前に許可を求めろとか、そういう内容。
案の定、嫌そうな顔をされるが、これは誰かが教えてやらなければならない事なので、何度も言い聞かせる。
『学校に行かず配信に専念するのも一つの選択肢だ。
悪いとは思わない。
ただ、専業配信者と言えば聞こえはいいが、要するに事業者となる事を意味する。
だから、商売を円滑に進める為にも、人一倍ルールを守ったり周囲に配慮する癖を付けなさい。
それが未来の君自身を守ることに繋がる。』
現に異世界では、商売が上手く行ってる者ほど腰が低かったからな。
ピット会長やドナルド・キーン。
こちらが恐縮するほど礼儀正しく気配りがあった。
結局、事業主になるとは、そういうことなのだ。
光戦士はまだそこら辺がわかっていない。
金本一族は才覚人揃いであるが故に、細かい配慮の大切さを伝えきれていないのかも知れない。
今思えば、光戦士の兄・光宙などはそこら辺のバランス感覚に秀でていたような気がする。
彼であれば勤め人になろうが事業を興そうが上手くやっただろう。
翻って光戦士…
現時点では父や兄程の才覚・バイタリティがあるようには思えない。
何とか彼を傷つけないように、伝えたいのだが…
「ぴえん。
ルールばかりが増えて辛いのだ。
まるでブラック企業の社畜なのだ。」
『…。』
「と凡人なら思う所。」
『お?』
「賢いボクはこの状況の旨味を理解出来ているのだ。」
『ほう。』
「ふっふっふ。
リン兄ちゃんは大金持ちですね?」
『いや、大したことは…』
「とぼけても無駄なのだ。
リン兄ちゃんはピカ兄ちゃんと同学年の癖に
大人の人達をペコペコさせているのだ。
こんなチー牛陰キャ野郎に頭を下げる理由って
どう考えてもカネ以外に考えられないのだ♪
つまり結論、リン兄ちゃんは大金持ち♪
一緒に居るだけで丸儲け!
Q.E.D.なのだ!」
『ほう…』
「あ!
チー牛って言ったから怒ってるのだ!
ごめんなさいなのだー!!」
『いや、別に怒ってはいない。
君の食事も用意するので風呂にでも入ってくつろいでおきなさい。』
「ほ♪
コイツ、チョロいのだww
ボクのコミュ力をもってすれば
こんな陰キャを黙らせるくらい楽楽ちんちんなのだ!」
…そうか、《大人の人達をペコペコさせている》か。
いや、少年の目にそう映ったのであれば、俺にそういう驕りがあるのだろう。
戒めなければな。
「いや、リン君。
俺の意見は逆だよ。」
光戦士とのやりとりを見ていた飯田が声を発する。
『え?
と言いますと。』
「頭を下げる下げないは周囲の勝手だよ。
リン君には価値がある。
そう感じる者は拒んでも勝手に頭を下げて来るんだ。
こればかりはどうしようもない。
言っておくけど、おカネじゃないよ?
リン君の業績や立ち居振る舞いに魅力があるから、人が集まって来ている。」
『…魅力はないですよ。』
「あるよお。
現にヒルダさんや鷹見ちゃんが、君を慕ってる訳じゃない?
後、木下ちゃん。
あの子なんて、そもそもが数分話しただけの子でしょ?」
…それな。
木下が何故俺に粘着するのか未だに分からない。
本当に数分立ち話しただけだぞアイツ。
『…女はカネの臭いに敏感ですから。
私から何かを感じ取ったのでしょう。』
「メールでも報告したけど、県議・市議が明日の視察を申し出ている。
NPO団体の代表も多いね。
打ち合わせ通り、黙殺してるけど。」
『なんか、税金泥棒ばっかり来ますね。』
「うーーん。
君の価値を解する程の嗅覚があるから
中間搾取者の地位を獲得出来るんじゃない?
議員は嫌い?」
『公費の浪費が嫌いなだけです。
明日はそういう連中の応対、全部任せていいですか?』
「うん、別に構わないけど
君は何をするの?」
『普通に肉を焼いて、本当に困ってる人に配ります。』
「あははw
リン君らしいな。」
『自分でも子供っぽいとは自覚してるんですけど。
現時点でああいう層の相手をする意味って絶無なんですよね。
そのうち、こちらの足場が固まってくれば、向こうから適切な距離感を保ってくれますよ。』
「ふふっw
見て来たように言うねw
異世界でもそうだったの?」
『資産額と権力が正比例していたので…
内心アホらしく感じてました。
…結局、世の中カネなのかなぁって。
上手く言えませんけど、寂しい気持ちでした。
一番カネを持っちゃうと、もう人間として終わりですね。』
「はははw
そんなリン君に朗報だ。
君を越える大富豪が現れたw」
『え? 大富豪?』
「自称、宇宙一の大富豪が君に挑戦状を叩きつけている。」
『え?
私にですか?
って宇宙って凄いですねw』
「詐欺師だよ。
仮想通貨だのポンジだの、そういう類の。」
『ああ、そっちのw』
「いや、さっき届いた後藤君からの報告書を見るに笑えないんだ。
ほら、見て。」
『あ、はい。
えっと。』
要は宇宙一の運用実績を誇るポンジ屋さんが、最近関西を地盤に蠢動しているらしいのだ。
彼らは大袈裟な配当を約束し、マルチ商法のランク制を織り交ぜて、関西の事業者から大量のカネを巻き上げていた。
「で、その社名が
《異世界ファンド・コーポレーション》
なんだ。」
『あ、アホですねー(呆)。』
「最近は異世界ブームだからね。
一昔前までポンジと言えば《グローバル》とか《国際》とかを冠する団体が多かったんだけど。
最近の詐欺師は結構異世界名乗ってるよ?」
…勘弁してくれよ、俺とか荒木の評判が下がるじゃねーか。
「中国は日本以上の異世界ブームなんだけど…
向こうでもそのまま異世界って単語が使われてるのね?
で、半年前に上海で《異世界投资公司》なる詐欺会社が当局に摘発されたんだ。
確か翌週判決、即日死刑執行だったかな。」
『素晴らしいです。
我が国も中国を手本に、厳罰化・即罰化を図らねば!』
「逮捕された代表は
《異世界で獲得した未来予知スキルで資産運用します。》
って触れ込みで10億元を集めちゃったらしい。
日本円だと220億円くらいね。」
『いや、中国の人は賢いから、そういうのに騙されないでしょ。』
「ははは。
騙す側のレベルも高いんだよ。」
『ああ、確かに。』
「多分、その手法を真似してるんだろうね。
件のポンジ屋さんも異世界帰りを自称してカネを集めてるんだ。
結構、順調に集めてたみたいなんだけど…
最近になって苦しみ始めた。」
『あ!』
「そう、リン君という本物が突如出現して、本当にカネを払い始めたからだね。
顧客を取られて大変みたいだよ。
ポンジスキームを成立させる為には莫大な広告宣伝費が必要だ。
その為にも新規顧客を獲得し続けなけば破綻してしまう運命にある。」
『…。』
「それで彼らが焦っている。
多分、あちこちでリン君と比較されちゃっただろうね。
で、まさしく今夜。
突然、公開討論を要求してきた。」
『え? 今夜? アポもなしで?』
「向こうもアポは取りたがってたみたいなんだけど。
君、住所もスマホも持ってないからね。
江本君の実家にまで押し掛けて大変だったみたいだよ。
しかもランチタイムで、半チャンラーメンを11人分作ってる最中に。」
『いやあ、チャーハン炒めてる時に押し掛けるなんて非常識にも程がありますよ。』
「どうやらバックに半グレが居るっぽいんだよ。
オレオレ詐欺をやっていたグループがポンジに転身したいみたいな…
そんな雰囲気。
だから強引なんだよ。」
『ああ、なるほど。
怖いですねえ
警察は何をやってるんですか?』
「そのうち逮捕されるとは思うんだけど
警察は経済犯罪への対処が苦手だから。
連中は君を警戒している。
と言うより、詐欺のネタを横取りしたと思い込んで逆恨みしている。」
『そんなことで恨まれても困りますよ。
理不尽じゃないですか。』
「いや、そこは半グレだから。
理屈が通じないんだよ。
今夜の公開討論にしても、カタギの人はそんなこと絶対しない訳じゃない?
相手の同意も無く会場を抑えるなんて滅茶苦茶だからね。」
『えっと、私が顔を出した方がいいですか?』
「あ、いや。
危ないよ。
相手は大阪中で事実無根の誹謗中傷を行ってるらしいんだ。
《トイチは最低のDV野郎だ》って。」
『うーーん、反論出来ないなww
もうDV野郎の最低野郎で構わないですよ。』
「そうだね。
関わるべきじゃないよ。
彼らは後藤君や江本君まで中傷する連中だからね。
何をされるか分からない。」
『…すみません。
やはり今から行きます。』
「止めときなよ。
《大阪世論は自分達で宥める》
って後藤君も書いてるだろ?」
『じゃあ、後藤さんへのメッセージで《ゴメン》って送っておいて下さいw』
「彼、怒るよーww
まあいいや、それじゃあちょっと顔出そうか?
ヤバくなったら逃げるよ?」
『猛人さんを捨て奸要員として連れて行かせて下さい。」
「あははは、君も酷い奴だなーww
でもあの人喜びそうww
何?
リン君も異世界スイッチ入っちゃった?」
『そんなことないですよーw
いざ!
激闘ポンジ合戦!!』
「変なスイッチ入ってるしーーーww」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【遠市パーティー行動表】
①西進組
俺
寺之庄 (側近)
平原 (運転手・暴力要員)
金本 (広報・記録役)
②名古屋待機組
飯田 (イベントの最終準備)
安宅 (イベント来訪者の身元チェック)
鳩野 (今夜到着予定)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
拠点は飯田に守って貰う。
俺は複利を発動してから大阪に向かう。
先方が指定した時間は20時。
ハービスホールなる大阪駅と直通した会場。
まあ17時に出れば間に合うだろう。
さてと。
部屋に籠るか。
『ヒロノリさん、介添えをお願いします。』
「心得た。」
見た感じ、光戦士は飯田に懐きそうだ。
子供は嗅覚が優れてるからな。
飯田清磨の面倒見の良さを本能的に察知したのだろう。
(逆に平原には1ミリも近づかない)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【所持金】
15億0256万6510円
↓
65億0256万6510円
※出資金50億円を預かり
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『お!
50億ジャスト!
計算がし易くて助かります!
ずっとこの金額で固定して貰えません?』
「残念ww
まだまだ増えるよーww
今、後藤邸に行列が出来てるみたいだからw」
『マジっすかーww
後藤さんの商売の邪魔するなよーーww』
「後藤君のお兄さん、かなり怖い人だからね
普通は臆して近づけないんだけど
カネが掛かってるから皆必死だよww」
17時が来るまで寺之庄と拠点談義。
本州を活動範囲に定めた場合、名古屋IC側のここに居を構えるのは吉か凶か?
寺之庄は名古屋案に反対。
《このヴィラでは、今後予想される客人の増加に対応できない。
現在の知名度を鑑みれば東京一択。
東横キッズのブランディングも利用し易い》
とのこと。
まあ、首都だしな。
それに東京には水岡やjetも居て心強い。
名古屋はそこまで縁のある味方が、まだいないからな。
恐らく、今後は鯨以外の狩猟はしない。
狩猟地に行くとしても、協力猟師への謝罪と補償がメインとなるだろう。
なので、もう高速道路のIC側に拘る必要はないのだ。
…どこに住むか。
異世界でゲルに住んでいた所為か、グランピングが性には合ってるんだけどな。
「トイチ君。
時間だ!
照準しっかり!」
『はい!
補助お願いします!』
寺之庄の声に我に返った俺は集中態勢に入る。
気が散るとお札が家具の裏側とかに飛んでいっちゃうからね。
新札は拾いにくいから結構重要なんだよ、これ。
《7億8030万8000円の配当が支払われました。》
『あ!』
「ど、どうしたの!?」
『いや、ちょっと経験値計算ミスったって言うか。
日利、上がっちゃいました。』
「うん、僕も計算してるけど。
12%になってるね。
個人的にはおめでとうと言いたい所なんだけど。
トイチ君的には、あまり好ましくないんだね?」
『そうですね。
実害がある訳ではないんですけど。
少しモヤモヤとします。』
落ち着け、落ち着け俺。
日利が増えること自体は良いことではないか。
意識を修正すれば良いだけだ。
午前中までの俺の仮定は以下の通り。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【これまでの推定経験値】
※鯨の経験値を1万ポイントと仮定した場合。
《経験》 17567
本日取得 1900
本日利息 未取得
※レベル12到達まで合計20470ポイント必要
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
経験値17567ポイントの11%は1933ポイント。
つまり本日は19500ポイントでストップし、レベルアップはしないと考えていた。
だが12%支払われたということは、昨日の鯨の経験値が11000ポイント以上あったという事。
俺は1万ジャストと見当を付けていたが…
11000~15000からのレンジで再計算しておかなければならないな。
よし間をとって13000に仮定し直しだ。
…うーーん、ステータス画面が見れないのは辛い。
地球人の俺でもこれだけ歯痒い思いをしているのだから、ヒルダはさぞかし苦しんでることだろう。
(あの女なら根性で閲覧能力を復旧させていても不思議ではないが…)
まあいい。
まずはポンジ見物だ。
とっととカネの整理をしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【所持金】
65億0256万6510円
↓
72億8287万4510円
↓
71億8287万4510円
↓
21億8287万4510円
※配当7億8030万8000円を取得
※配当金1億円を出資者に支払い
※出資金50億円を別に保管
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
飯田が車を回してきて、扉のギリギリに付ける。
俺と寺之庄は大阪組に支給するカネを積み込むが…
お、重い。
1億円で10キロあるからな。
いや、ゴメン、もう無理。
取り回しを考えれば1億以上はイランわ。
地球のカネ重すぎだろ?
何でミスリル貨がないんだよ!
『ねえ、2人共。
日本銀行券重すぎでしょう。
もう少し軽い通貨はないんですか?
1億円札を発行してる国があれば調べておいて下さい。』
「トイチ君!
外国のおカネを勝手に刷ったら戦争になっちゃうよ!」
『確かに…
そりゃそうか。
真正面から喧嘩売ってますものね。』
「ロシアのおカネを刷ったら西側は喜ぶだろうけど。
幾ら君でもルーブルは要らないだろ?」
『ははは。
現在の情勢でルーブルを大量に持ってたら
間違いなく工作員扱いされちゃいますよ。』
3人で笑いながら、カネの保管方法を必死で考える。
愚案百出、男同士の会話なのでそれが心地良い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
メンバーに勧められて車内では仮眠。
まだ寝るような時間ではなかったが
「休める時に休むのもリーダーの仕事」
と寺之庄に押し切られてしまう。
光戦士も眠そうだったのでもたれ合って眠る。
強く抱き着かれて息苦しかったが…
まあ、まだ親元から離れる歳ではないよな。
…この少年より更に年下のコレットを置き去りにしたのだから
俺って本当に駄目な奴だよな。
そりゃあポンジグループからも批判されるよ。
「リン。
起きろ、着いたぞ。」
平原に身体を揺すられて覚醒する。
「大丈夫。
現在、19時20分。
ここは会場の地下駐車場だ。」
『ありがとうございます。
トイレを済ませて、手早く大阪組に合流しましょう。』
俺は両手で頬をパンパン叩いて気合を入れる。
明日イベントなのにな。
何やってんだか、俺。
ここはハービスホールの地下4階。
本日の公開討論は地下2階の小ホールで行われるそうだ。
俺が周囲を見渡していると、背後に気配が湧く。
『エモやんさん、お疲れ様です。』
「よく俺やと解りましたね。」
『面白いことをするのは全部エモやんさんですから。』
「えー、俺そんなに面白いことしてますかねえ?
うーーん、参ったなあ。」
コイツ、面白いから好き。
「じゃあ遠市さん。
楽屋まで行きましょう。
ってこの子が噂のリアルずんだもんですか!
うっわぁ、顔以外そっくり!」
『顔は私の級友にそっくりなんです。』
「初対面でDISられたのだ。」
「はっはっは。
ゴメンゴメン。
今度、君の動画に投げ銭しとくから許してーなw」
「毎度ありィなのだ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
楽屋に向かう途中、それらしい連中の前を通り過ぎる。
「え!? ホンマに来おった!?」
という声が聞こえたので、彼らにとって俺の来訪は想定外だったらしい。
まあ、冷静に考えればそうだよな。
当日誘われて来る馬鹿はいないよな。
彼らのヒソヒソ話(声がデカすぎて内緒話になってない)を鑑みると、どうやら不戦勝狙いだったらしい。
《以前からトイチを討論に誘っていたが臆して逃げた。》
と言う方向に話を持って行きたかったそうだ。
俺は突然殴られる事も覚悟していたのだが、派手なスーツを着た男から「困りますよぉ」と言われた以外には特に何もされなかった。
声色からして、どうやら本当に困ってるらしい。
なんかゴメンな。
控室で光戦士にジュースを飲ませているとドアがノックされる。
どうやらポンジ屋さんのプレゼンが始まるらしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺がホールに入ると、丁度中央のスクリーンから動画が流れ始めた所だった。
「2023ッ! twenty twenty-threeッ!」
突如、大音量のナレーションが流れて驚く。
「ンンンンンッッ!! パーセントぉぉ!!!」
動画内で花火ドーン!! 荘厳なBGMバーン!!
「我々、異世界ファンド・コーポレーションはッ!!
異世界級のチート配当を約束しまあああああす!!!!
絶対儲かりまあああああああす!!!!」
え? 金商法どこ行った?
あっ、さっきの派手なスーツの人がドヤ顔でゆっくり登壇し始めた。
「それでは皆様。
改めてニューミレニアムのニューリーダーを紹介します。
御多忙の中、本拠ドゥバイから急遽駆け付けて下さいました!
我らが異世界ファンド・コーポレーションの代表取締役会長…
チートスキルを授かりし者!!
宇宙一の大富豪!!
天空院~ッ 翔真ぁッ!!!!」
会場中に鳴り響く拍手。
一瞬は感心したのだが、よくよく聞いてみると会場中に配置されているスピーカーから聞こえるBGMっぽい。
派手なスーツの人は壇上で、ゆっくり人差し指を真上に向けた。
「やらない人は…
馬鹿です。」
喋り方が芝居がかっていて思わずクスッとなる。
ヤバい、笑っちゃ駄目だ。
相手は半グレ集団なので殴られるかも知れないw
「我が国は未曽有の危機に晒されております。
今なお続くコロナ!
終わりの見えないウクライナ戦争!
少子高齢化!
年金破綻!
円安による日本の地位低下!
もうねー。
私の住むドゥバイでは、日本人って名乗っただけで皆に心配されるんですよ。
《オマエの国は大丈夫か?》
《もし日本が破綻したら俺の国に来い》
《円? 昔はそんな通貨あったねえ。》
毎日毎日、そんなことを言われるんです。
もうね-。
国際的には…
日本円は紙屑です。
大切な事なので繰り返しますね?
日本円はもう紙切れです!
いや、本当なんです。
ドゥバイでは皆がそう言っている。」
会場内の最前列と最後尾から「おー」とか「なるほどー」という合いの手が入る。
サクラは中列に仕込むべきだとは思うのだが、他人様の手口には口を挟まない。
突如、壇上の天空院が涙を流し始める。
「日本を救いたい!!!」
不意の叫びに会場が静まる。
「未来を守りたい!!!」
力強く拳を振り上げ叫ぶ天空院。
なんかちょっとカッコいい。
「皆さんと共に歩みたいいいいいッ!!!!!!」
あ、この演説カッコいいな。
自分が考えたことにして、明日の名古屋イベントで使おう。
「それでもッ!!
守りたい世界があるんだあああああ!!!!」
サクラの拍手がやや早いので、ここが区切りとわかってしまう。
あ、ここからポンジの本題に入るんだな。
「皆さん、聞いて下さい。
このままでは日本は滅亡します!
…私もドゥバイでは王族の友人が多いです。
なので、彼らを通じて政府に数々の改善案を提出して参りました。
ですが、愚かにも既得権益者達は…
下らない権力争いばかりに気を取られ、私の提言に耳を傾けようとしない!」
感動系BGM流れ始める。
「…せめて、せめて皆さんだけでも救いたぁぁぁぁい!!!
いいですか皆さん、これは縁なのです!
この広い宇宙で! この悠久の時の流れの中で!
今日! ここで巡り逢えた!
これって運命以外のなにものでもないんですよお!!!」
サクラ、すすり泣き始める。
「御安心下さい。
この会場は… ノアの箱舟です!
私がッ! 日本をッ! 世界をッ! そして皆様の未来をッ!!
守りまぁあああああす!!!!」
天空院が両手を翼のように広げて天を仰ぐ。
どうやら決めポーズらしい。
ヤバい、カッコいい。
俺もアレをやりたい。
「結論から申し上げましょう。
年利2023%。
ええ、保証します。
驚かれるのも無理はありません。
この地獄の低金利時代。
皆様の常識では未知の世界のものでしょう。
ですが、それ位の金利を支払わなくては
皆さんの未来は救えないのです。
故に2023ッ!
故にtwenty twenty-threeッ!
出来るのです。
我々ならば。
我々、異世界ファンド・コーポレーションのチート仮想通貨運用なら。
我々のファンドがポンジスキームであるとの誹謗中傷をネット上で行う不心得者もおりますが。
騙されないで下さい。
ネットの意見は全て嘘です!
我々は完全合法です!
さて。
…これは極秘情報ですが。
我々は異世界の技術を駆使し、量子コンピューターを越える粒子コンピューターの開発に成功しました!」
サクラ一斉にどよめく。
「マーケットにおいて、我々だけが未来を見ている!
故に2023%という驚異の高配当を約束出来るのです。
さあ皆さん!!
行きましょう! 未来へ!
掴みましょう! 幸福を!
笑いましょう! 皆で!」
へえ、結構いい演説だなぁ。
気が付くと俺は立ち上がって無邪気に拍手していたのだが、どうやら彼らの目には挑発と映ったらしい。
反対側に座っていた異世界ファンドの連中が唇を噛みながら俺を睨みつけていた。
天空院もプルプル小刻みに震えて拳を握り締めている。
「えー、皆さん。
本日は素晴らしいゲストをお迎えしております。」
天空院は目元の痙攣を必死に堪えながらマイクを握り直した。
「ニュースなどでも報道されている、時の人。
遠市厘氏です。」
壇上の彼が言い終わるよりも先に会場中から歓声が上がった。
まるで怒号だった。
見渡すと200人程度が入る会場だろうか?
その殆どが嬉しそうな顔で俺の名をコールしている。
それは天空院にとって、極めて不本意な展開だったのだろう。
(勿論、俺も驚いている。)
やや怯えたような表情で会場を見渡してから、傍らにいた部下に指示を出している。
30秒後くらいにわざとらしくBGMの音量が上がり、驚いた聴衆が黙ってしまうと同時にボリュームが下がった。
なるほど!
群衆というのはこうやって黙らせるのか!
いい勉強になった!
「いやあ、遠市さん。
凄い人気ですねー。
流石は国連に贔屓されているだけのことはある。」
天空院は必死で笑顔を作って、フレンドリーな声色で俺に話し掛けて来る。
向こう側のスタッフが小走りでやって来て寺之庄を通して俺にマイクを渡した。
『いえいえ、お恥ずかしい限りです。
先程の天空院さんのスピーチ、ヒーローみたいで格好良かったです。』
俺は褒めたつもりだったのだが、おちょくっているように解釈されてしまったらしい。
天空院一派は露骨に不機嫌になる。
まあ所詮は半グレだからな、沸点が低いのだろう。
「…ははは、お褒めに預かり光栄です。
ところで、遠市さんも我々と同じ名前のファンドを展開されているようですが。」
天空院がハッキリと敵意を表す。
なるほどね、カネを集める過程で《異世界ファンド》なる言葉が自然発生したのだろう。
そりゃあね、俺の名前で検索したら検索候補に《異世界》とか《クラス転移》とか表示されるからね。
或いは天空院のファンドと混同する人間が多かったのかも知れない。
きっと彼らのシノギを大きく侵害しているのだろう。
『はて?
私はファンドを起ち上げた覚えはありませんが?』
「あはは。
遠市さぁん。
この期に及んで言い逃れは止めましょうよ。
貴方が我々の顧客を盗んでる話は業界では有名ですよ?
何でも小銭をチマチマと撒いてるとか?」
『ええ、宗教行為の一環として信徒たちに神の恩寵を授けてますね。』
「いやいや、宗教は反則でしょう。」
『いけませんか?』
「おカネを配って信者集めカネ集め…
悪徳新興宗教じゃないですか。」
『うーーん、それは見解の相違ですねぇ。
カネも信者も自分から集めた覚えはないのですが。』
「いやいやw
貴方、大阪では随分有名ですよ?
神様からおカネを貰ったとか吹聴しているらしいじゃないですか。」
『はあ。
吹聴した覚えはありませんが、神様が勝手に私にお金をくれますね。
独り占めするのもなんですから、志を共にする皆様に分配しているだけです。』
「遠市さん。
正直に言いましょうよ。
要するに宗教を偽装したファンドでしょ?
…それも、我々の商標を剽窃して!」
まーた、この論争か。
俺、異世界でもエリクサーの商標権で告訴されたからな。
正直、懲りてるんだよなあ。
先に洋菓子のカネモトを告訴しろよ。
『仕方ないじゃないですか。
私の名前で検索したら《異世界》って検索候補が出て来るんですから。』
「異世界マウントはやめましょうよ!
今してるのは商標権の話でしょ!」
『ですから。
ファンドでは無いので、名前もないです。
あまり厳しい事は言いたくないですけど。
単にね?
私の周辺に居た方が経済効率がいいから、こっちに人が集まるんじゃないですか?』
「…ちょっと待って。
ちょっと待って!
それは聞き捨てなりませんね。
今、アナタ。
我々より高配当だと仰った?
え? 挑発ですか?
嘘を吐いてまで、こちらの顧客を盗みたいですか!?」
『いやいや、天空院さん。
挑発とか盗むとか人聞きの悪い言い方はやめて下さいよ。
私は私、天空院さんは天空院さん。
それでいいじゃないですか。』
「何%ですか?」
『は?』
「いや、もうここで白黒ハッキリさせましょうよ。
御社の勧誘員がね?
弊社を引き合いに出して《遠市ファンドの方が得だ》って吹聴してるんですよ。
これ、営業妨害ですよね?」
『いやいや、そんな話初耳ですよ。
大体、損得は主観でしょ?
その人から見ればたまたま私と付き合う方が得に感じたんじゃないですか?』
「ああ言えばこう言う人ですね。
じゃあ、貴方。
年利何%払えるんですか!
今ここで確約してみなさいよ。」
『え? 今ここでですか?
いや、急に言われましても。』
「おやおや、臆病風に吹かれたみたいですね。
あ、逃げるんですね?
それは、負けを認めると解釈して宜しいんですね?」
いや、ポンジに勝ちも負けもないだろうが。
アホらしいので退席しようと立ち上がった時のことである。
江本がドヤ顔で俺のマイクを奪った。
ん?
「天空院会長。
究極のポンジの解説ありがとうございました。
続きましては!
弊教団、神聖教団の!
遠市厘大主教の御講話となります!!」
会場中から一斉に喝采が飛ぶ。
天空院一派は必死にBGM戦法を駆使するが2回目なので効果がない。
「関西人に同じ技は通じへんでぇ!」
誰かが飛ばした野次が爆笑という形で賛同を集めた。
「それでは遠市猊下!!
我々の至高のポンジスキームをご解説下さいませ!!」
江本ノリノリだな。
隣で後藤が怖い顔をしているので、のちほど厳しく叱責されるのだろう。
『あー、どうも。
遠市です。
どもども。』
鳴りやまない拍手に業を煮やした天空院一派が「正々堂々年利を開示しろー!」と野次を飛ばしている。
『えっと。
究極のポンジ側は2023%と年利で換算されておられたのですが。
天空院会長。
実は私、年利で計算した事がないんです。』
「おやおや、遠市大主教w
アナタ、あれだけの大金を集めておいて年利を設定していない?
いやー、これは問題ですなあ。
アナタ、金商法を御存知ない?
利率を伏せておカネを集めるなんて許される訳ないでしょーが!!!」
『ああ、いやいや。
私は日払いなんですよ。
生まれついての小心者で、他人様から預かったおカネを何日も持っているということが…
生理的に苦痛なんです。
ほら、誤解されたら嫌じゃないですか。
《逃げるんじゃないか?》とか
《使い込みをしてるんじゃないか?》とか。
だから即日配当を払うことにしているんです。』
「…え?
それは年間で預かる我々への当てつけですか?
批判? 誹謗中傷と解釈せざるを得ませんよ?」
『いやいやいや、天空院会長。
会長がどんな形態で資金を集めようが、どんな契約で支払いをしようが。
それは会長と出資者の問題であって、私には関係ないでしょ?』
「遠市さん。
そうやって論点を逸らし続けるのはやめましょうよ。
卑怯ですよ、アナタ。」
『いや、卑怯と言われましても。』
「男なら正々堂々と数字で答えて下さい。
御社の年利は何%ですか?
毎日配当で年利が答えられないなら日利を答えなさいよ!」
『エモやんさん、今ってエンドに幾ら配当してますか?』
「1%固定です!」
『会長。
弊教団では1%の日利を支払っているとのことです。』
「…1%?」
一瞬、天空院陣営が静まり返る。
聴衆は息を飲む。
次の瞬間。
天空院陣営が駆け寄って集まり喝采を上げながら抱き合う。
まるで甲子園優勝の瞬間みたいに。
「あっははは!!!
そうですかそうですか!!!
潔く負けを認めるのですね。
いやあ、失礼しました!!」
『はあ。』
「会場の皆さん!!!
今、長い戦いに決着が付きました!!!
至高のポンジは1日1%×365日で年利365%!
一方、我々究極のポンジは2023%!!!!
実にッ!
えっと、えっと。
2500%くらい弊社の方が勝っております!!
いやあ、遠市陣営の潔い敗北宣言に心からの敬意を表します。
遠市大主教、ナイスファイトでした!」
ふむ。
確かに。
俺も計算は苦手なのだが、2023対365では勝ち目がないな。
敗者は潔く去るか。
明日BBQだし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はい!
それではお集りの皆様!
健闘された遠市大主教に、もう一度盛大な拍手を。
あっはっは。
いやあ、我々もね。
こんな大袈裟な討論なんてしたくなかったんですけど。
うっかり間違える方がおられたら大変だから。
遠市大主教にもご迷惑が掛かっちゃいますしね♪
それでは皆様!
今後共《異世界ファンド・コーポレーション》を宜しくお願いいたします!
いやあ、今日は有意義な1日になった。」
満面の笑みで天空院が壇上から降りると、スタッフが一斉にパンフレットを配りだす。
俺も1枚貰ったが、摩天楼を背景にスポーツカーに乗った天空院がポーズを決めてる表紙だった。
中をめくると、シンガポールやトバイのタワマンが誇示されており、結構景気が良い。
続いて、スタッフTシャツを着た男が壇上に駆け上がる。
「はーーーい、みなさーーーん。
どうも、お疲れ様でしたーーーー。
異世界ファンド・コーポレーションの申し込みは出口向かって右側の机です。
受付さーん、手を振ってあげてー。
はい、今黄色いTシャツを着て手を振っている彼の居る場所が受付ブースでーす!
ファンド購入は日本円のみとなりまーす!
仮想通貨払いには対応しておりませんのでご了承下さーい!
一口たったの500万円から!
分割支払いにも対応しております!
絶対儲かる最強ファンドですよー。」
男の声が合図になったのか、聴衆が一斉に立ち上がった。
天空院一派が泣きながら抱き合いガッツポーズを取る。
「よっしゃ、勝った!」
「これで今月のノルマ達成や!」
「箱代ペイ出来るでー!」
じゃ、用事が終わったみたいだし俺も帰りますか。
そう思い荷物を纏めると…
「ちょっとちょっと!
みなさーーん、受付はこっちですよお!!!」
聴衆は全て俺達の前に列を成した。
天空院ファンドの受付には誰も近寄っていない。
『え?
何でこっちに?
私は天空院会長とは関係ありませんよ?』
眼前の老人に尋ねると、彼は笑って答える。
「ちゃうちゃう。
ワシら全員、遠市さんにお目に掛かれる機会を待っとったんや。
ここに来たら代理の方に挨拶くらいは出来ると思ってんけど。
まさかご本人に逢えるとは。
あの、いつも応援しております!
国連なんかに負けんとって下さいね!」
『ああ、どもども。
手が空いたら国連改革も進めておきますので、あまり彼らを責めないでやって下さい。』
「おお!!
頼もしや!!!」
老人と話していると、後列の者達も一斉に口を開く。
皆が俺の方に名刺を突き出して来たので、慌てて仲間に指示を出して回収する。
『申し訳ございませーん。
戒律で禁止されているので私は名刺を所持しておりません。
ただ、皆様からの御挨拶は謹んでお受け致します!!!』
これはマジ。
神聖教では宗教者個々の売名は本来禁止されている。
(個人崇拝に発展しかねないからね。)
なので、異世界において神聖教団の聖職者達はネームプレートや表札の類を一切使用していなかった。
四方八方から差し出される名刺を後藤と江本が恭しく頭を下げながら受け取っている。
聴衆には神聖教のお題目を唱えるお調子者まで居る始末。
「カネカネカネカネ、ナンマイダー!」
1人が唱えると、皆が笑いながら唱和する。
「カネカネカネカネ、ナンマイダー!」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー♪」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー!」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー!」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー♥」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー!」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー♪」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー!」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー!」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー♪」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー!」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー♥」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー!」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー!」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー♥」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー!」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー♪」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー!」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー!」
「カネカネカネカネ、ナンマイダー♪」
俺が呆気に取られていると会場中が題目で満ち溢れた。
天空院一派が懸命に何かを叫んでいるが、楽し気な題目にかき消されてしまう。
そりゃあね。
人間「カネカネ」言ってる時が一番テンション上がるもん。
楽しいじゃん、カネの話。
俺もヒルダとか鷹見とかに嫌な目に遭わされた時は、この題目を口に出して平静を取り戻してるくらいだからね。
それにこの人達、関西の商売人でしょ?
多分、この題目と相性いいんだよ。
唱和が一区切りして皆で笑い合っていると、背後から天空院が叫んだ。
「ど! どうして!
至高のポンジなんかより…
我々究極のポンジの方がどう考えても勝ってるのに!!!」
彼は両の拳を握り締め苦悶の表情を浮かべていた。
まあな、こんな駅直結のデカい箱を借りて、商売敵の引き立て役にされるなんて…
どう考えても発狂ものだわ。
俺がぼんやり眺めていると、何人かの和服の老人が天空院に歩み寄った。
「天空院クン。
お主の究極のポンジ。
中々の魅力じゃった。
特に粒子コンピューターという単語は思わず引き込まれたわい。」
「だ、だったらどうして!!!」
「2023%という華々しい年利に我々審査員は最初大いに幻惑されたのじゃ。
じゃが、すぐに思い直した。」
「い、一体何が…」
「支払いまでのスパンじゃよ。
天空院クンの2023%は確かに魅力的。
じゃが、年末締めの翌年末支払いじゃろ?
これでは実質1年半ほど、カネを君に預けてしまうことになる。」
「そ、それは!
償還にも色々準備や手続きが!」
「うむ。
ファンドによって規約が異なるのは充分承知しておる。
じゃからこそ、遠市猊下の日払システムは我々にとって衝撃的じゃった。」
「いえ、先生!!
遠市ファンドはたったの365%!!
我々は2023%ですよ!!!」
「ほっほっほ。
遠市猊下は既に支払い実績がある。
翻って天空院クンには実績がない。
言ってしまえば、猊下は本物。
天空院クンは絵に描いた餅じゃよ。」
「あ、あ、あ、あ…」
「猊下のポンジに比べたら、天空院はんのポンジはカスや。」
「うっ、うわああああああああ!!!」
崩れ落ちる天空院。
まあ、そりゃあね。
誰だって来年の100万円より今日の1万円が欲しいからね。
仕方ないよね。
床に叩きつけた拳を震わせたまま天空院は俺を見上げて睨みつける。
「遠市厘!!」
『あ、はい。』
「今日の所は敗北を認めよう…
だが!
いつの日か俺はオマエを越えるポンジスキームを産み出してみせる!!」
『あ、そうっすか。』
「今日はこれくらいにしとったるわ!!!」
最後に叫ぶと天空院は足早に立ち去ってしまった。
立ち去る彼らの背を見て聴衆は一斉に題目を唱えて追撃した。
「「「「「カネカネカネカネ、ナンマイダーッ♪」」」」」
あまりに彼らが可哀想だったので、受付で天空院のグッズを買ってやることにする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【所持金】
21億8287万4510円
↓
21億8284万4510円
※異世界ファンド・コーポレーション購買部にて天空院翔真写真集vol.4を3万円で購入。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
尚も聴衆達が俺との面談を要求したのだが、流石に他団体が借りた会場で話し込むのも失礼だからな。
会場の向かいにあった西梅田公園に全員で移動して、手短に挨拶して締めくくった。
そのまま平原が回して来た車に乗り込んで手を振る。
聴衆は爆笑しながら題目を唱和して俺を見送ってくれた。
まあ、楽しそうで何よりだ。
大阪組は、今夜配当を配り切ってから明日の午前に名古屋入りする手筈である。
俺が振り返ると後藤らしき人影が快活に手を振っているのが見えた。
『…今日も不毛だった。』
「その割に楽しそうなのだ。」
『あんなのは見ようと思って見れるものでもないからね。』
「賢いボクは知っているのだ。
アレはポンジスキームと言って、詐欺の手口なのだ。」
『お、よく勉強しているな。
流石は金本さんの息子さんだ。
偉いぞ。』
「えへへ。」
『動画、撮ってくれたか?』
「最初から最後まで全て撮っているのだ。
ほら、画質も完璧。」
『OK、流石だ。
コピーをヒロノリさんのアドレスに送っておいてくれ。』
「ラジャー、もう送ったのだ!」
『いやあ、流石にデジタルネイティブだな。
光戦士君の手際には感心するよ。
ほら、これは謝礼兼経費だ。
取っておきなさい。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【所持金】
21億8284万4510円
↓
21億8274万4510円
※金本光戦士に危険手当込み賃金として10万円を支払い
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あわわ!
今日もこんなに貰えたのだ!
この分だとボクはすぐに大金持ちなのだ!」
『いや、光戦士君。
それは誤解だ。』
「え? 違うのだ?」
『君が手に入れたのは、あくまでスポットの臨時収入。
毎日得られれば良いかも知れないが、今回みたいなレアケースにはそうそう巡り逢えない。
日収10万円なら高給取りと言えるが、もしもこの仕事が1年に1回しか無ければ年俸換算で10万円になってしまうよね?
どう思う?
それは金持ちと言えるかい?』
「最下層の底辺なのだ。」
『逆に凄いのが君のお父様だ。』
「パパ上はしがないケーキ屋なのだ。」
『いや、彼は業界内で確固たる地位を築いているし常連客もキープしている。
だからこそ、東西に店舗を構え続ける事が出来ている。
お父様の関西進出からまだ3年だよ?
なのに、あれだけの予約注文を獲得することに成功している。』
「言われてみれば…
凄いことなのだ?」
『君の年齢ではお父様の偉大さが理解出来ないのは仕方ない。
だが、この先も色々と社会を見聞していく過程で…
自ずとお父様や御家業の真価が見えて来ることだろう。
何より、君自身がやりたい事もね。』
わかったのかわからないのか、光戦士は指をしゃぶりながら考え込んでいる。
この年齢の少年にはまだ早い話だったかも知れない。
でも、それでも。
今日の体験が僅かでも彼の成長に繋がれば嬉しい。
…金本君。
俺が君にしてやれる精一杯がこれだ。
どうか安らかに眠って欲しい。
【名前】
遠市・コリンズ・厘
【職業】
神聖教団 大主教
東横キッズ
詐欺師
【称号】
女の敵
【ステータス】 (地球上にステータス閲覧手段無し)
《LV》 12
《HP》 慢性的満身創痍
《MP》 万全
《力》 女と小動物なら殴れる
《速度》 小走り不可
《器用》 使えない先輩
《魔力》 ?
《知性》 悪魔
《精神》 マジモンのサイコパス
《幸運》 的盧
《経験》 23405
本日取得 1900
本日利息 2508
次のレベルまでの必要経験値17545
※レベル13到達まで合計40950ポイント必要
※キョンの経験値を1と断定
※イノシシの経験値を40と断定
※うり坊(イノシシの幼獣)の経験値を成獣並みと断定
※クジラの経験値を13000と仮定
※経験値計算は全て仮説
【スキル】
「複利」
※日利12%
下2桁切り上げ
【所持金】
所持金21億8274万4510円
【所持品】
jet病みパーカー
エモやんシャツ
エモやんデニム
エモやんシューズ
エモやんリュック
エモやんアンダーシャツ
寺之庄コインケース
奇跡箱
コンサル看板
荒木のカバン
天空院翔真写真集vol.4 ←new
【約束】
古屋正興 「異世界に飛ばして欲しい。」
飯田清麿 「結婚式へ出席して欲しい。」
〇 「同年代の友達を作って欲しい。」
「100倍デーの開催!」
「一般回線で異世界の話をするな。」
〇後藤響 「今度居酒屋に付き合って下さい(但しワリカン)」
「大阪を滅ぼさないで下さい!!!」
江本昴流 「後藤響を護って下さい。」
×弓長真姫 「二度と女性を殴らないこと!」
× 「女性を大切にして!」
〇寺之庄煕規 「今度都内でメシでも行きましょう。」
×森芙美香 「我ら三人、生まれ(拒否)」
×中矢遼介 「ホストになったら遼介派に加入してよ。」
「今度、焼肉でも行こうぜ!」
〇藤田勇作 「日当3万円。」
〇堀田源 「トイレコインの使い方を皆に教えておいて。」
〇山田典弘 「一緒にイケてる動画を撮ろう。」
〇 「お土産を郵送してくれ。」
楢崎龍虎 「いつかまた、上で会おう!」
警視庁有志一同 「オマエだけは絶対に逃さん!」
×国連人権委員会 「全ての女性が安全で健(以下略)」
〇安宅一冬 「浅草寺周辺を一緒に散策しましょう。」
水岡一郎 「タックスヘイブンの利用・移住をしないこと。」
×平原猛人 「殺す。」
「鹿児島旅行に一緒に行く。」
「一緒にかすうどんを食べる」
車坂聖夜Mk-II 「世界中の皆が笑顔で暮らせる、優しい世界を築く」
今井透 「原油価格の引き下げ。」
〇荒木鉄男 「伊藤教諭の墓参りに行く。」
鈴木翔 「配信に出演して。」
×遠藤恭平 「ハーレム製造装置を下さい。」
〇 「子ども食堂を起ち上げる。」
〇田名部淳 「全財産を預けさせて下さい!」
三橋真也 「実は配信者になりたいので相談に乗って下さい。」
DJ斬馬 「音楽を絡めたイベントを開催する際、日当10万で雇用する。」
金本宇宙 「異世界に飛ばして欲しい。」
天空院翔真 「ポンジ勝負で再戦しろ!」
〇木下樹理奈 「一緒に住ませて」
×松村奈々 「二度と靴は舐めないにゃ♥」
〇 「仲間を売るから私は許して♥」
〇鷹見夜色 「ウ↑チ↓を護って。」
〇 「カノジョさんに挨拶させて。」
〇 「責任をもって養ってくれるんスよね?」
×ヒルダ・コリンズ 「芋羊羹…。」
「王国の酒…。」
「表参道のスイーツ…。」
× 「ポン酢で寿司を喰いに行く。」